昭和二十年十二月二十三日、前田多門は幣原喜重郎総理大臣から、天皇が「天皇は神ではない」という宣言をするよう、草案作成を依頼される。終戦直後の混乱期に、国民の心を統一し、今後の日本の進むべき道を示すための重要な使命であった。前田は、この命を受け、国務大臣内閣書記官長の次田大三郎と協力し、草案作りに奔走する。しかし、時間もなく、周囲の協力を得られない状況の中、前田は試行錯誤を重ね、ついに草案を完成させる。そして、天皇は草案に目を通し、さらに自身の考えを前田に伝える。前田は天皇の意見を反映させ、最終的に「人間宣言」の草案を完成させる。