岡崎御坊は、檀家を持たない貧しい寺でした。代々学者肌の住職が、法談で得た布施で生活を立てていました。ある時、評判の良い美僧・道珍和上が住職になりました。道珍和上は、若い頃に呉服屋の娘を妻に迎えましたが、結婚からわずか三日で亡くなりました。その後、学識豊かな朗然和上が住職となり、呉服屋の娘は朗然和上の妻となりました。しかし、二人は性格が合わず、二人の間には溝が生まれました。朗然和上は、学問に熱心で、世事に疎い面がありました。一方、奥方は町娘育ちで、贅沢好きでした。和上が奥方の気質を軽蔑する一方、奥方は実家へ帰らずに和上の子供を三人産みました。やがて、奥方は病弱になり、気性が荒くなりました。一方、朗然和上は、政治に熱心になり、長年家を空けました。その間に、奥方は経済的に困窮し、子供を寺から出しました。そして、遂に朗然和上は、奥方の気持ちなどお構いなしに、新しい事業に熱中し始めました。