明治四十一年の入谷田圃。老遊女お筆が住む尾彦楼の寮には、十五歳の娘・光子と家庭教師の工阪杉江が暮らしていた。毎年、お筆は節句の日に、かつて彼女のために家蔵を傾けた客たちの遺品を雛段に飾り立てていた。その異様な習慣は、寮の人々に薄気味悪さを覚えさせていた。ある年の節句の日、お筆は杉江に、かつての愛人・小式部との心中話を語り出す。小式部が「釘抜」という刑罰を受けていた時のこと、そして、その場に居合わせた豊妻可遊との心中劇――。その夜、上野で開催された博覧会の大観覧車が、お筆の視線を捉える。お筆は、その観覧車の紅色の車室を閉会まで買い切り、必ず一番上に止めておくように命じる。その奇妙な行動には、誰も理解できない。やがて、お筆は観覧車に目を奪われたまま、息絶える。工阪杉江は、お筆の死に隠された、もう一つの真実を光子に語り始める。それは、お筆の過去と、観覧車の赤い車室に隠された、恐ろしい真実だった。