内山完造は、魯迅と十年以上にわたる親交を深めました。魯迅は日本の書物に飢えており、内山書店に頻繁に足を運び、多くの本を買っていました。内山は魯迅の真正直な人柄に惹かれ、どんなことでも丁寧に教えてくれる魯迅を尊敬していました。魯迅は中国の政治に対しては批判的でしたが、日本人の真面目さを高く評価していました。内山は魯迅の家庭の事情を知り、彼の苦悩を目の当たりにしました。魯迅は内山を「パトロン」と呼ぶ人もいましたが、内山は金銭的な援助をしたことは一度もありませんでした。魯迅の死後、内山は彼のことを偲び、二人の交流を語り継いでいます。