大正三年の夏、著者は大井川奥山の縦走を試みます。静岡から大日峠を越え、白峰山脈の青薙山に登り、東河内の谷から田代へ下る予定でしたが、案内者が見つからず断念し、山伏峠を越えて田代へ到着します。田代で案内者の望月雄吉と人夫の滝波国一を雇い、十日分の食糧を背負って出発したのは、七月三十一日の午前六時頃でした。小河内道を取って大井川の左岸を上り、信濃俣の谷に入り込みます。翌日はガッチ河内と中俣との合流点で釣りを楽しんだ後、いよいよ山の神尾根の登りに挑戦します。険しい道のりを経て、八月二日の午前十時二十分に駿信国境のイザルケ岳の頂上にたどり着きます。