あらすじ
北大路魯山人は、幼い頃から食にこだわり、人一倍味覚が優れていたそうです。長年美食を追求してきた魯山人ですが、記録を残すことを意識して過ごしてきたわけではないため、記憶も曖昧で、自分の食歴を体系的に語ることは難しいと考えています。そのため、この本では、大衆向けの料理ではなく、魯山人自身の経験に基づいた、独特な美食観が語られることになるでしょう。
 わたしはイタイケな時分から、食べ物にはなかなかやかましく、養父母にうるさがられたものである。子供のくせに食品にいやに眼が利き、味の良否も他に勝っていたようである。
 飯も九歳の春から炊き続けて来たが、へんな飯は一度も炊いたことはないようである。それから何十年をいわば美食生活を寸断されることなく続けて今日に至っているが、困ったことには、自分の食歴を書き遺すなどいう考えあって食道楽を続けたわけではないから、もとより記録のあろうはずもなく、記憶もあやしいのである。
 従って組織的に料理を語ることは出来ない相談である。また、大衆の役に立つような料理も語れまいと思っている。おそらく大衆から見れば架空の料理であるかも知れない。
(昭和三十四年)

底本:「魯山人著作集 第三巻」五月書房
   1980(昭和55)年12月30日
入力:江村秀之
校正:植松健伍
2021年2月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。