あらすじ
花子は、二人の兄と二人の妹に囲まれた、五人兄弟の真ん中の子です。ある春の朝、花子は目を覚ますと、自分の部屋の前に立っていました。そこには、つくしん坊になった兄の一郎、つばなになった兄の二郎、れんげ草になった姉の美代子、そしてたんぽぽになった妹の静子がいました。花子は、夢か現実か分からず、戸惑いながらも、いつものように家族と一日を過ごすのでした。晴れ晴れとした春の野辺。ひばりが空高く啼きお陽さまの裳裾がゆらゆらとゆれかがやいて居ます。そして咲き乱れた花が一ぱい! 人は花子のほか誰れも居ません。おかしいとおもいました。少し淋しくありました。が花子は直ぐそれを忘れました。
「摘み草して遊ぼうや」
花子の手近につくしん坊が一本ありました。肥えて丈の高いつくしん坊です。
「つうくし、つうくし」
ぽきんと花子が折ろうとするとつくしん坊は声をあげました。
「おい、亂暴するな。俺は一郎だぞ」
「一郎って私の大きい兄さんの名よ」
「そうだ、俺はお前の兄さんだ」
花子は不平でした。だが、大切な兄さんを折るわけにも行きませんから少し歩いて行きました。一面なつばなです。なかで一番勢いよく穂を立てて居るのを花子は抜こうとしました。
「いたずらするな。僕は二郎だ」
「つばなが二郎さんてあるもんですか私の兄さんつばなじゃないわ」
「いいや、つばなだ、僕は二郎だ」
なるほど二郎の軍人帽の毛にそっくりなつばなです。
れんげ草を摘もうとしました。
「美代子をむしってはいやあよお姉ちゃん」
ここに居るのは一番小ちゃい花子の妹でした。花子が驚いて飛びすさろうとする拍子に傍のたんぽぽが泣き出しました。妹の静子です。
「痛い、お姉ちゃん。私の足をふむんだもの」
朝起きると花子は自分の部屋の前でぼんやり立ってました。
「お早う」「あら、つくしん坊の一郎さん」
「お早う」「二郎さん、つばなよ」「おや、れんげ草の美代ちゃん」「たんぽぽ、静ちゃん痛かった?」
花子がなにをねぼけてるかとくすくす笑い乍らみんなさっさと顔洗所へ行ってしまいました。(よんべの夢あっちへ行け)花子も手を振りながらかけ出しました。
了
底本:「岡本かの子全集1」ちくま文庫、筑摩書房
1994(平成6)年1月24日第1刷発行
底本の親本:「岡本かの子全集 補卷」冬樹社
1977(昭和52)年11月30日初版第1刷発行
初出:「週刊朝日」
1924(大正13)年9月28日
入力:門田裕志
校正:持田和踏
2022年7月27日作成
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