あらすじ
現代は科学の時代であり、宗教は不要だと考える人もいるかもしれません。しかし、科学は人間の心や霊魂を支配することはできません。科学が人間の生理や病理を解き明かした先に、宗教は人間の精神世界を照らし出すのです。宗教は人間の理智の無力さを知り、困惑する中で生まれます。科学と宗教は、それぞれ異なる視点から世界を捉えるものです。科学が肉眼では見えない世界を機械の目で観測するように、宗教は心の目で世界を見、その大法則に畏敬の念を抱くのです。一切を阿弥陀仏に帰一して、その絶対の力に楽しみ喜んで服従しようとする浄土宗の教えは、天皇に帰一し奉ろうと身命を捧げている日本人にとっては、不思議と互に似た信仰に感ぜられるに相違ない。格別の不思議はない。思うに法然上人は我が国体の認識を深くして仏教のなかにこの国体の認識を織り込んで置かれたからである。この意味で浄土教こそ最も日本的な宗教と言い得る。
自分はこの間古河の近村に「日本の母」を訪問して、一家の愛国の熱情と捧仕の生活とに感動して、この家族は必ず信仰の力に生きているであろうと感じたから、これを聞いてみたら代々浄土宗の家であるという答であった。自分はなるほどと感じて、一切が明瞭になったのをおぼえた。
現代が科学の時代である事だけを知って、我々の愛国精神の影に古来の日本的宗教が脈々と現代に生きていることを知らないのは、迂愚もまた、甚しい論である。
あらゆる宗教をして迷信たらしめるな。あらゆる宗教をして日本の国柄と国土とに適合せしめよ。
これが現代の宗教家にとっての唯一の急務であろう。また、こういう宗教家を活動せしめる事が現代の為政者の智慧でなければなるまい。
了
底本:「仏教の名随筆 2」国書刊行会
2006(平成18)年7月10日初版第1刷発行
底本の親本:「定本 佐藤春夫全集 第22巻」臨川書店
1999(平成11)年8月10日初版発行
初出:「浄土 第九巻第一号」
1943(昭和18)年1月1日発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2018年1月27日作成
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