あらすじ
汽車は、雨に煙る東京を発ち、奥州へと向かいます。車窓には、薄暗がりの中、雨に打たれる風景が流れていきます。旅の不安を払拭するため、主人公は、故人の妻から贈られた銀の鍋をバスケットから取り出します。それは、故人が愛した、思い出の詰まった大切な品でした。汽車は、夜空に浮かぶ満月のように、その銀色の輝きを宿し、静かに故郷へと進んでいきます。
 汽車(きしや)は寂(さび)しかつた。
 わが友(とも)なる――園(その)が、自(みづ)から私(わたし)に話(はな)した――其(そ)のお話(はなし)をするのに、念(ねん)のため時間表(じかんへう)を繰(く)つて見(み)ると、奥州(おうしう)白河(しらかは)に着(つ)いたのは夜(よる)の十二時(じ)二十四分(ぷん)で――
 上野(うへの)を立(た)つたのが六時半(じはん)である。
 五月(ぐわつ)の上旬(じやうじゆん)……とは言(い)ふが、まだ梅雨(つゆ)には入(はひ)らない。けれども、ともすると卯(う)の花(はな)くだしと称(とな)うる長雨(ながあめ)の降(ふ)る頃(ころ)を、分(わ)けて其年(そのとし)は陽気(やうき)が不順(ふじゆん)で、毎日(まいにち)じめ/\と雨(あめ)が続(つゞ)いた。然(しか)も其(そ)の日(ひ)は、午前(ごぜん)の中(うち)、爪皮(つまかは)の高足駄(たかげた)、外套(ぐわいたう)、雫(しづく)の垂(したゝ)る蛇目傘(ぢやのめがさ)、聞(き)くも濡々(ぬれ/\)としたありさまで、(まだ四十には間(ま)があるのに、壮(わか)くして世(よ)を辞(じ)した)香川(かがは)と云(い)ふ或素封家(あるそはうか)の婿(むこ)であつた、此(これ)も一人(ひとり)の友人(いうじん)の、谷中(やなか)天王寺(てんわうじ)に於(お)ける其(そ)の葬(とむらひ)を送(おく)つたのである。
 園(その)は予定(よてい)のかへられない都合(つがふ)があつた。で、矢張(やつぱ)り当日(たうじつ)、志(こゝろざ)した奥州路(おうしうぢ)に旅(たび)するのに、一旦(たん)引返(ひきかへ)して、はきものを替(か)へて、洋杖(すてつき)と、唯(たゞ)一つバスケツトを持(も)つて出直(でなほ)したのであるが、俥(くるま)で行(ゆ)く途中(とちう)も、袖(そで)はしめやかで、上野(うへの)へ着(つ)いた時(とき)も、轅棒(かぢ)をトンと下(お)ろされても、あの東京(とうきやう)の式台(しきだい)へ低(ひく)い下駄(げた)では出(で)られない。泥濘(ぬかるみ)と言(い)へば、まるで沼(ぬま)で、構内(こうない)まで、どろ/\と流込(ながれこ)むで、其処等(そこら)一面(めん)の群集(ぐんしふ)も薄暗(うすぐら)く皆(みな)雨(あめ)に悄(しを)れて居(ゐ)た。
「出口(でぐち)の方(はう)へ着(つ)けて見(み)ませう。」
「然(さ)う、何(ど)うぞ然(さ)うしておくれ。」
 さてやがて乗込(のりこ)むのに、硝子窓(ガラスまど)を横目(よこめ)で見(み)ながら、例(れい)のぞろ/\と押揉(おしも)むで行(い)くのが、平常(いつも)ほどは誰(だれ)も元気(げんき)がなさゝうで、従(したが)つて然(さ)まで混雑(こんざつ)もしない。列車(れつしや)は、おやと思(おも)ふほど何処(どこ)までも長々(なが/\)と列(つら)なつたが、此(これ)は後半部(こうはんぶ)が桐生行(きりふゆき)に当(あ)てられたものであつた。
 室(しつ)はがらりと透(す)いて、それでも七八人(にん)は乗組(のりこ)んだらう。女気(をんなげ)なし、縦(たて)にも横(よこ)にも自由(じいう)に居(ゐ)られる。
 と思(おも)ふうちに、最(も)う茶(ちや)の外套(ぐわいたう)を着(き)たまゝ、ごろりと仰向(あふむ)けに成(な)つた旅客(りよかく)があつた。
 汽車(きしや)は志(こゝろざ)す人(ひと)をのせて、陸奥(みちのく)をさして下(くだ)り行(ゆ)く――早(は)や暮(く)れかゝる日暮里(につぽり)のあたり、森(もり)の下闇(したやみ)に、遅桜(おそざくら)の散(ち)るかと見(み)たのは、夕靄(ゆふもや)の空(そら)が葉(は)に刻(きざ)まれてちら/\と映(うつ)るのであつた。
 田端(たばた)で停車(ていしや)した時(とき)、園(その)は立上(たちあが)つて、其(そ)の夕靄(ゆうもや)にぽつと包(つゝ)まれた、雨(あめ)の中(なか)なる町(まち)の方(はう)に向(むか)つて、一寸(ちよつと)会釈(ゑしやく)した。
 更(あらた)めてくどくは言(い)ふまい。其処(そこ)には、今日(こんにち)告別式(こくべつしき)を済(す)ました香川(かがは)の家(いへ)がある。と同時(どうじ)に一昨年(さくねん)の冬(ふゆ)、衣絵(きぬゑ)さん、婿君(むこぎみ)のために若奥様(わかおくさま)であつた、美(うつく)しい夫人(ふじん)がはかなくなつて居(ゐ)る……新仏(しんぼとけ)は、夫人(ふじん)の三年目(ねんめ)に、おなじ肺結核(はいけつかく)で死去(しきよ)したのであるが……
 園(その)は、実(じつ)は其(そ)の人(ひと)たちの、まだ結婚(けつこん)しない以前(いぜん)から衣絵(きぬゑ)さんを知(し)つて居(ゐ)た……と言(い)ふよりも知(し)られて居(ゐ)たと言(い)つて可(よ)からう。
 園(その)は従兄弟(いとこ)に、幸流(こうりう)の小鼓打(こつゞみうち)がある。其(そ)の役者(やくしや)を通(つう)じてゞある。が、興行(こうぎやう)の折(をり)の桟敷(さじき)、又(また)は従兄弟(いとこ)の住居(すまゐ)で、顔(かほ)も合(あ)はせれば、ものを言(い)ひ交(か)はす、時々(とき/″\)と言(い)ふほどでもないが、ともに田端(たばた)の家(いへ)を訪(おとづ)れた事(こと)もあつて、人目(ひとめ)に着(つ)くよりは親(した)しかつた……
 親(した)しかつたうへに、お嬢(ぢやう)さん……後(のち)の香川夫人(かがはふじん)は、園(その)のつくる歌(うた)の愛人(あいじん)であつた。園(その)は其(そ)の作家(さくか)なのである。
「行(い)つて参(まゐ)りますよ。」
と、其処(そこ)で心(こゝろ)で言(い)つた。
 汽車(きしや)が出(で)る。
 がた/\と揺(ゆ)れるので、よろけながら腰(こし)を据(す)ゑた。
 恁(かく)の如(ごと)く、がらあきの席(せき)であるから、下(した)へも置(お)かず、席(シイト)に取(と)つた――旅(たび)に馴(な)れないしるしには、真新(まあたらし)いのが見(み)すぼらしいバスケツトの中(なか)に、――お嬢(ぢやう)さん衣絵(きぬゑ)の頃(ころ)の、彼(かれ)に(おくりもの)が秘(ひそ)めてある。

 今(いま)は紀念(かたみ)と成(な)つた。
 友染(いうぜん)の切(きれ)に、白羽二重(しろはぶたへ)の裏(うら)をかさねて、紫(むらさき)の紐(ひも)で口(くち)を縷(かゞ)つた、衣絵(きぬゑ)さんが手縫(てぬい)の服紗袋(ふくさぶくろ)に包(つゝ)んで、園(その)に贈(おく)つた、白(しろ)く輝(かゞや)く小鍋(こなべ)である。
 彼(かれ)は銀(ぎん)の鼎(かなへ)と言(い)ふ……
 組込(くみこみ)の三脚(きやく)に乗(の)る錫(すゞ)の鑵(くわん)に、結晶(けつしやう)した酒精(アルコール)の詰(つ)まつたのが添(そ)つて、此(これ)は普通(ふつう)汽車中(きしやちう)で湯(ゆ)を沸(わ)かす器(うつわ)である。
 道中(だうちう)――旅行(たび)の憂慮(きづかひ)は、むかしから水(みづ)がはりだと言(い)ふ。……それを、人(ひと)が聞(き)くと可笑(おかし)いほど気(き)にするのであるから、行先々(ゆくさき/″\)の停車場(ステーシヨン)で売(う)る、お茶(ちや)は沸(わ)いて居(ゐ)る、と言(い)つても安心(あんしん)しない。要心(えうじん)を通越(とほりこ)した臆病(おくびやう)な処(ところ)へ、渇(かわ)くのは空腹(ひもじい)にまさる切(せつ)なさで、一(ひと)つは其(それ)がためにもつい出億劫(でおつくふ)がるのが癖(くせ)で。
「……はる/″\奥(おく)の細道(ほそみち)とさへ言(い)ふ。奥州路(おうしうぢ)などは分(わ)けて水(みづ)が悪(わる)いに違(ちが)ひない。ものを較(くら)べるのは恐縮(きようしゆく)だけれど、むかし西行(さいぎやう)でも芭蕉(ばせを)でも、皆(みな)彼処(あすこ)では腹(はら)を疼(いた)めた――惟(おも)ふに、小児(こども)の時(とき)から武者絵(むしやゑ)では誰(たれ)もお馴染(なじみ)の、八幡(まん)太郎義家(たらうよしいへ)が、龍頭(たつがしら)の兜(かぶと)、緋縅(ひおどし)の鎧(よろい)で、奥州合戦(おうしうかつせん)の時(とき)、弓杖(ゆんづゑ)で炎天(えんてん)の火(ひ)を吐(は)く巌(いはほ)を裂(さ)いて、玉(たま)なす清水(しみづ)をほとばしらせて、渇(かわき)に喘(あへ)ぐ一軍(ぐん)を救(すく)つたと言(い)ふのは、蓋(けだ)し名将(めいしやう)の事(こと)だから、今(いま)の所謂(いはゆる)軍事衛生(ぐんじゑいせい)を心得(こゝろえ)て、悪水(あくすゐ)を禁(きん)じた反対(はんたい)の意味(いみ)に相違(さうゐ)ない。」
と、今度(こんど)の旅(たび)の前(まへ)にも……私(わたし)たちに真面目(まじめ)で言(い)つた。
 何(なに)を、馬鹿(ばか)な。
 と平生(へいぜい)から嘲(あざけ)るものは嘲(あざけ)るが、心優(こゝろやさ)しい衣絵(きぬゑ)さんは、それでも気(き)の毒(どく)がつて、存分(ぞんぶん)に沸(わ)かして飲(の)むやうにと言(い)つた厚情(こゝろざし)なのであつた。
 機会(をり)もなくつて、それから久(ひさ)しぶりの旅(たび)に、はじめてバスケツトに納(をさ)めたのである。
「さあ、来(こ)い、川(かは)も濁(にご)れ、水(みづ)も淀(よど)め。」
と何(なに)か、美(うつくし)い魔法(まはふ)で、水(みづ)を澄(す)ませて従(したが)へさへ出来(でき)さうに、銀鍋(ぎんなべ)の何(なん)となくバスケツトの裡(うち)に透(す)く光(ひかり)を、友染(いうぜん)のつゝみにうけて、袖(そで)に月影(つきかげ)を映(うつ)すかと思(おも)ふ、それも、思(おも)へばしめやかであつた。
 窓(まど)の外(そと)は雨(あめ)が降(ふ)る、降(ふ)る。
 雪駄(せつた)、傘(からかさ)、下駄(げた)、足駄(あしだ)。
 幸手(さつて)、栗橋(くりばし)、古河(こが)、間々田(まゝだ)……の昔(むかし)の語呂合(ごろあはせ)を思(おも)ひ出(だ)す。
武左(ぶざ)な客(きやく)には芸(げい)しやがこまる。
芝(しば)の浦(うら)にも名所(めいしよ)がござる。
ゐなか侍(ざむらひ)茶店(ちやみせ)にあぐら。
死(し)なざやむまい三味線(さみせん)枕(まくら)。
「鰻(うなぎ)の丼(どんぶり)は売切(うりきれ)です。」
「ぢやあ弁当(べんたう)だ」
 小山(をやま)は夜(よる)で暗(くら)かつた。
 嘗(かつ)て衣絵(きぬゑ)さんが、婿君(むこぎみ)とこゝを通(とほ)つて、鰻(うなぎ)を試(こゝろ)みたと言(い)ふのを聞(き)いて居(ゐ)たので、園(その)は、自分好(じぶんず)きではないが、御飯(ごはん)だけもと思(おも)つたのに、最(も)う其(それ)は売切(うりき)れた……
「そら行(ゆ)け。」
 どんと後(うしろ)で突(つ)く、
「がつたん/\。」
と挨拶(あいさつ)する。こゝで列車(れつしや)が半分(はんぶん)づゝに胴中(どうなか)から分(わか)れたのである。
 又(また)づしんと響(ひゞ)いた。
 乗(の)つて来(く)るものは一人(ひとり)もなし、下(お)りた客(きやく)も居(ゐ)なかつたが、園(その)は急(きふ)に又(また)寂(さびし)い気(き)がした。
 行先(ゆきさき)は尚(な)ほ暗(くら)い。
 開(ひら)くでもなしに、弁当(べんたう)を熟々(つく/″\)視(み)ると、彼処(あすこ)の、あの上包(うはつゝみ)に描(ゑが)いた、ばら/\蘆(あし)に澪標(みをつくし)、小舟(こぶね)の舳(みよし)にかんてらを灯(とも)して、頬被(ほうかむり)したお爺(ぢい)の漁(あさ)る状(さま)を、ぼやりと一絵具(ゑのぐ)淡(あは)く刷(は)いて描(ゑが)いたのが、其(そ)のまゝ窓(まど)の外(そと)の景色(けしき)に見(み)える。
 雨(あめ)は小留(をやみ)もない。
 た※[#濁点付き二の字点、166-2]渺々(べう/\)として果(はて)もない暗夜(やみ)の裡(なか)に、雨水(あめみづ)の薄白(うすじろ)いのが、鰻(うなぎ)の腹(はら)のやうに畝(うね)つて、淀(よど)んだ静(しづか)な波(なみ)が、どろ/\と来(き)て線路(せんろ)を浸(ひた)して居(ゐ)さうにさへ思(おも)はれる。
 ほたり/\と落(お)ちて、ずるりと硝子窓(がらすまど)に流(なが)るゝ雫(しづく)は、鰌(どぜう)の覗(のぞ)く気勢(けはひ)である。

 バスケツトを引揚(ひきあ)げて、底(そこ)へ一寸(ちよつと)手(て)を当(あ)てゝ見(み)た。雨気(あまけ)が浸通(しみとほ)つて、友染(いうぜん)が濡(ぬ)れもしさうだつたからである。
 そんな事(こと)は決(けつ)してない。
 が、小人数(こにんず)とは言(い)へ、他(た)に人(ひと)がなかつたら、此(こ)の友染(いうぜん)の袖(そで)をのせて、唯(たゞ)二人(ふたり)で真暗(まつくら)の水(みづ)に漾(たゞよ)ふ思(おもひ)がしたらう。
 宇都宮(うつのみや)へ着(つ)いてさへ、船(ふね)に乗(の)つた心地(こゝち)がした。
 改札口(かいさつぐち)には、雨(あめ)に灰色(はひいろ)した薄(うす)ぼやけた旅客(りよかく)の形(かたち)が、もや/\と押重(おしかさな)つたかと思(おも)ふと、宿引(やどひき)の手(て)ン手(で)の提灯(ちやうちん)に黒(くろ)く成(な)つて、停車場前(ステーシヨンまへ)の広場(ひろば)に乱(みだ)れて、筋(すぢ)を流(なが)す灯(ひ)の中(なか)へ、しよぼ/\と皆(みな)消(き)えて行(ゆ)く。……其(そ)の中(なか)で、山高(やまかた)が突立(つきた)ち、背広(せびろ)が肩(かた)を張(は)つたのは、皆(みな)同室(どうしつ)の客(きやく)。で、こゝで園(その)と最(も)う一人(ひとり)――上野(うへの)を出(で)ると其(そ)れ切(きり)寝(ね)たまゝの茶(ちや)の外套氏(ぐわいたうし)ばかりを残(のこ)して、尽(こと/″\)く下車(げしや)したのである。
 まことに寂(さびし)い汽車(きしや)であつた。
 やがて大那須野(おほなすの)の原(はら)の暗(くらがり)を、沈々(ちん/\)として深(ふか)く且(か)つ大(おほき)な穴(あな)へ沈(しづ)むが如(ごと)く過(す)ぎて行(ゆ)く。
 野川(のがは)で鰌(どぜう)を突(つ)くのであらう。何処(どこ)かで、かんてらの火(ひ)が一(ひと)つ、ぽつと小(ちひ)さく赤(あか)かつた。火(ひ)は水(みづ)に影(かげ)を重(かさ)ねたが、八重撫子(やへなでしこ)の風情(ふぜい)はない。……一つ家(や)の鬼(をに)が通(とほ)るらしい。
 黒磯(くろいそ)――
 左斜(ひだりはす)の其(そ)の茶(ちや)の外套氏(ぐわいたうし)の鼾(いびき)にも黒気(こつき)が立(た)つた。
 燈(ひ)も暗(くら)い。
 野(の)も山(やま)も、此(こ)の果(はて)しなき雨夜(あめよ)の中(なか)へ、ふと窓(まど)を開(あ)けて、此(こ)の銀(ぎん)の鍋(なべ)を翳(かざ)したら、きらりと半輪(はんりん)の月(つき)と成(な)つて二三尺(じやく)照(て)らすであらう。……実際(じつさい)、ふと那様(そん)な気(き)がしたのであつた。が、其(それ)は衣絵(きぬゑ)さんが生(い)きて居(ゐ)て、翳(かざ)すのに、其(そ)の袖口(そでぐち)がほんのり燃(も)えて、白(しろ)い手(て)の艶(つや)が添(そ)はねば不可(いけな)い……
 自分(じぶん)が遣(や)ると狐(きつね)の尻尾(しつぽ)だ。
 と独(ひとり)で苦笑(くせう)する。其(そ)のうちに、何故(なぜ)か、バスケツトを開(あ)けて、鍋(なべ)を出(だ)して、窓(まど)へ衝(つ)と照(て)らして見(み)たくてならない。指(ゆび)さきがむづ痒(がゆ)い。
 こんな時(とき)は魔(ま)が唆(そゝの)かして、狂人(きちがひ)じみた業(わざ)をさせて、此(これ)を奪(うば)はうとするのかも知(し)れぬ。
 園(その)は悚然(ぞつ)として、道祖神(だうそじん)を心(こゝろ)に念(ねん)じた。
 真個(まつたく)、この暫時(しばらく)の間(あひだ)は稀有(けぶ)であつた。
 郡山(こほりやま)まで行(ゆ)くと……宵(よひ)がへりがして、汽車(きしや)もパツと明(あかる)く成(な)つた。思見(おもひみ)る、磐梯山(ばんだいさん)の煙(けむり)は、雲(くも)を染(そ)めて、暗(やみ)は尚(な)ほ蓬々(おどろ/\)しけれど、大(だい)なる猪苗代(ゐなはしろ)の湖(みづうみ)に映(うつ)つて、遠(とほ)く若松(わかまつ)の都(みやこ)が窺(うかゞ)はれて、其(そ)の底(そこ)に、東山温泉(ひがしやまおんせん)の媚(なまめ)いた窓々(まど/\)の燈(ともし)の紅(べに)を流(なが)すのが遥々(はろ/″\)と覗(のぞ)かれる。
 園(その)が曾遊(そういう)の地(ち)であつた。
 バスケツトの中(なか)も何(なん)となく賑(にぎや)かである。
 と次第(しだい)に遠(とほ)い里(さと)へ、祭礼(さいれい)に誘(さそ)はれるやうな気(き)がして、少(すこ)しうと/\として、二本松(にほんまつ)と聞(き)いては、其処(そこ)の並木(なみき)を、飛脚(ひきやく)が通(かよ)つて居(ゐ)さうな夢心地(ゆめごゝち)に成(な)つた。
 茶(ちや)の外套氏(ぐわいたうし)が大欠伸(おほあくび)をして起(お)きた。口髯(くちひげ)も茶色(ちやいろ)をした、日(ひ)に焼(や)けた人物(じんぶつ)で、ズボンを踏(ふ)み開(はだ)けて、どつかと居直(ゐなほ)つて、
「あゝゝ、寝(ね)たぞ。」
と又(また)欠伸(あくび)をして、
「何(ど)の辺(へん)まで来(き)たかなあ。」
 殆(ほとん)ど独言(ひとりごと)だつたが、しかし言掛(いひか)けられたやうでもあるから、
「失礼(しつれい)――今(いま)しがた二本松(ほんまつ)を越(こ)したやうです。」
と園(その)が言(い)つた。
「や、それは又(また)馬鹿(ばか)に早(はや)いですな。」
と驚(おどろ)いた顔(かほ)をして、ちよつきをがつくりと前屈(まへかゞ)みに、肱(ひぢ)を蟹(かに)の手(て)に鯱子張(しやちこば)らせて、金時計(きんどけい)を撓(た)めながら、
「……十一時(じ)十五分(ふん)。」
と鼻筋(はなすぢ)をしかめて、園(その)を真正面(ましやうめん)に見(み)て耳(みゝ)に当(あ)てた。
「留(とま)つては居(を)らんなあ。はてなあ、此(こ)の汽車(きしや)は十二時(じ)二十四分(ふん)に、漸(やうや)く白河(しらかは)へ着(つ)きをるですがな。」
と硝子(ガラス)に吸着(すひつ)いたやうに窓(まど)を覗(のぞ)く。
 園(その)も、一驚(きやう)を吃(きつ)して時計(とけい)を見(み)た。針(はり)は相違(さうゐ)なく十一時(じ)の其処(そこ)をさして、汽車(きしや)の馳(は)せつゝあるまゝにセコンドを刻(きざ)むで居(ゐ)る。
 バスケツトを圧(おさ)へて、吻(ほつ)と息(いき)して、
「何(ど)うも済(す)みません、少(すこ)し、うと/\しましたつけ。うつかり夢(ゆめ)でも視(み)たやうで、――郡山(こほりやま)までは一度(ど)行(い)つた事(こと)があるものですから……」
 園(その)も窓(まど)を覗(のぞ)きながら、
「しかし、何(ど)うも済(す)みません、第(だい)一見(み)た事(こと)もありませんのに、奥州(おうしう)二本松(ほんまつ)と云(い)ふのは、昔話(むかしばなし)や何(なに)かで耳(みゝ)について居(ゐ)たものですから、夢現(ゆめうつゝ)に最(も)う其処(そこ)を通(とほ)つたやうに思(おも)つたんです。」
 燈(あかし)が白(しろ)く、ちら/\と窓(まど)を流(なが)れた。
「白坂(しらさか)だ、白坂(しらさか)だ。」
と茶(ちや)の外套氏(ぐわいたうし)が言(い)つた。……向直(むきなほ)つて口(くち)を開(あ)けたが、笑(わら)ひもしないで落着(おちつ)いた顔(かほ)して、
「此(こ)の汽車(きしや)は、豊原(とよはら)と此処(こゝ)を抜(ぬ)くですで……今度(こんど)が漸(やうや)く白河(しらかは)です。」
「何(ど)うもお恥(はづ)かしい……狐(きつね)に魅(つま)まれましたやうです。」
「いや、汽車(きしや)の中(なか)は大丈夫(だいぢやうぶ)――所謂(いはゆる)白河夜船(しらかはよふね)ですな。」
園(その)は俯向(うつむ)いたが、
「――何方(どちら)まで。」
「はあ、北海道(ほくかいだう)へは始終(しじう)往復(わうふく)をするですが、今度(こんど)は樺太(からふと)まで行(ゆ)くですて。」
「それは、何(ど)うも御遠方(ごゑんぱう)……」
 彼(かれ)の持(もち)ふるした鞄(かばん)を見(み)よ。手摺(てずれ)の靄(もや)が一面(めん)に、浸(しみ)の形(かた)が樺太(からふと)の図(づ)に浮(うか)ぶ。汽車(きしや)は白河(しらかは)へ着(つ)いたのであつた。

「牛乳(ぎうにう)、牛乳(ぎうにう)――牛乳(ぎうにう)はないのか。――夜中(よなか)に成(な)ると無精(ぶしやう)をしをるな。」
 茶(ちや)の外套氏(ぐわいたうし)は、ぽく/\と立(た)つて、ガタンと扉(どあ)を開(ひら)いて出(で)た。
 窓(まど)を開(あ)けると、氷(こほり)を目(め)に注(そゝ)ぐばかり、颯(さつ)と雨(あめ)が冷(つめた)い。恰(あだか)も墨(すみ)を敷(し)いたやうなプラツトホームは、ざあ/\と、さながら水(みづ)が流(なが)れるやうで、がく/\こう/\と鳴(な)く蛙(かはづ)の声(こゑ)が、町(まち)も、山(やま)も、田(た)も一斉に波打(なみう)つ如(ごと)く、夜(よ)ふけの暗中(やみ)に鳴拡(なきひろ)がる。声(こゑ)は雲(くも)まで敷(し)くやうであつた。
 ト、すぐ裏(うら)に田(た)が見(み)えて、雨脚(あまあし)も其処(そこ)へ、どう/\と強(つよ)く落(お)ちて、濁(にご)つた水(みづ)がほの白(しろ)い。停車場(ステーシヨン)の一方(ぱう)の端(はし)を取(と)つて、構内(こうない)の出(で)はづれの処(ところ)に、火(ひ)の番小屋(ばんごや)をからくりで見(み)せるやうな硝子窓(がらすまど)の小店(こみせ)があつて、ふう/\白(しろ)い湯気(ゆげ)が其(そ)の窓(まど)へ吹出(ふきだ)しては、燈(ともしび)に淡(うす)く濃(こ)く、ぼた/\と軒(のき)を打(う)つ雨(あめ)の雫(しづく)に打(う)たれては又(また)消(き)える。と湯気(ゆげ)の中(なか)に、ビール、正宗(まさむね)の瓶(びん)の、棚(たな)に直(ひた)と並(なら)んだのが、むら/\と見(み)えたり、消(き)えたりする。……横手(よこて)の油障子(あぶらしやうじ)に、御酒(おんさけ)、蕎麦(そば)、饂飩(うどん)と読(よ)まれた……
 若(わか)い駅員(えきゐん)が二人(ふたり)、真黒(まつくろ)な形(かたち)で、店前(みせさき)に立(た)つたのが、見(み)え隠(かく)れする湯気(ゆげ)を嬲(なぶ)るやうに、湯気(ゆげ)がまた調戯(からか)ふやうに、二人(ふたり)互違(たがひちが)ひに、覗込(のぞきこ)むだり、胸(むね)を衝(つ)と開(ひら)いたり、顔(かほ)を背(そむ)けたり、頤(あご)を突出(つきだ)したりすると、それ、湯気(ゆげ)は立(た)つたり伏(ふさ)つたり、釦(ぼたん)に掛(かゝ)つたり、耳(みゝ)を巻(ま)いたり、鼻(はな)を吹(ふ)いたりする。……其(そ)の毎(たび)に、銀杏返(いてふがへし)の黒(くろ)い頭(あたま)が、縦横(たてよこ)に激(はげ)しく振(ふ)れて、まん円(まる)い顔(かほ)のふら/\と忙(せは)しく廻(まは)るのが、大(おほき)な影法師(かげばうし)に成(な)つて、障子(しやうじ)に映(うつ)る……
 で、駅(えき)は唯(たゞ)水(みづ)の中(なか)のやうである。雨(あめ)は冷(つめた)く流(なが)れて降(ふ)りしきる。
 駅員(えきゐん)の一人(ひとり)は、帽子(ばうし)とゝもに、黒(くろ)い頸窪(ぼんのくぼ)ばかりだが、向(むか)ふに居(ゐ)て、此方(こつち)に横顔(よこがほ)を見(み)せた方(はう)は、衣兜(かくし)に両手(りやうて)を入(い)れたなり、目(め)を細(ほそ)め、口(くち)を開(あ)けた、声(こゑ)はしないで、あゝ、笑(わら)つてると思(おも)ふのが、もの静(しづ)かで、且(か)つ沁々(しみ/″\)寂(さび)しい。
 其(そ)の一人(ひとり)が、高足(たかあし)を打(う)つて、踏(ふ)んで、澄(すま)してプラツトホームを横状(よこざま)に歩行出(あるきだ)すと、いま笑(わら)つたのが掻込(かいこ)むやうに胸(むね)へ丼(どんぶり)を取(と)つた。湯気(ゆげ)がふつと分(わか)れて、饂飩(うどん)がする/\と箸(はし)で伸(の)びる。
 其(そ)の肩越(かたごし)に、田(た)のへりを、雪(ゆき)が装上(もりあが)るやうに、且(か)つ雫(しづく)さへしと/\と……此(こ)の時(とき)判然(はつきり)と見(み)えたのは、咲(さ)きむらがつた真白(まつしろ)な卯(う)の花(はな)である。
 雨(あめ)に誘(さそ)はれて影(かげ)も白(しろ)し、蛙(かはづ)は其(そ)の饂鈍(うどん)食(く)ふ駅員(えきゐん)の靴(くつ)の下(した)にも鳴(な)く。
 声(こゑ)が、声(こゑ)が
「かあ、かあ、
白(しら)あ河(か)あ。
かあ、かあ、
買(か)へ、かへ、
うどん買(か)へ、買(か)へ。
しらあ、河(か)あ。」と鳴(な)く。
 あゝ風情(ふぜい)とも、甘味(おいし)さうとも――園(その)は乗出(のりだ)して、銀杏返(ゐてふがへし)の影法師(かげばふし)の一寸(ちよつと)静(しづま)つたのを呼(よ)ばうとした。
 順礼(じゆんれい)がとぼ/\と一人(ひとり)出(で)た。
 薄(うす)い髪(け)の、かじかんだお盥結(たらひむす)びで、襟(えり)へ手拭(てぬぐひ)を巻(ま)いて居(ゐ)る、……汚(きたな)い笈摺(おひずり)ばかりを背(せ)にして、白木綿(しろもめん)の脚絆(きやはん)、褄端折(つまばしより)して、草鞋穿(わらぢばき)なのが、ずつと身(み)を退(ひ)いて、トあとびしやりをした駅員(えきゐん)のあとへ、しよんぼりと立(た)つて、饂飩(うどん)へ顔(かほ)を突込(つきこ)むだ。――青膨(あをぶく)れの、額(ひたひ)の抜上(ぬきあが)つたのを視(み)ると、南無(なむ)三宝(ぱう)、眉毛(まゆげ)がない、……はまだ仔細(しさい)ない。が、小鼻(こばな)の両傍(りやうわき)から頤(あご)へかけて、口(くち)のまはりを、ぐしやりと輪取(わど)つて、瘡(かさ)だか、火傷(やけど)だか、赤爛(あかたゞ)れにべつたりと爛(たゞ)れて居(ゐ)た。
 其(そ)の口(くち)へ、――忽(たちま)ちがつちりと音(おと)のするまで、丼(どんぶり)を当(あ)てると、舌(した)なめずりをした前歯(まへば)が、穴(あな)に抜(ぬ)けて、上下(うへした)おはぐろの兀(はげ)まだら。……
 湯気(ゆげ)を揺(ゆす)つて、肩(かた)も手(て)もぶる/\と震(ふる)へて掻食(かつく)ふ。
「あ。」
 あゝ、あの丼(どんぶり)は可恐(おそろ)しい。
 無論(むろん)こんな事(こと)は、めつたにあるまい。それに、げつそりするまで腹(はら)も空(す)く。
 白河(しらかは)の雨(あめ)の夜(よ)ふけに、鳴立(なきた)つて蛙(かはづ)が売(う)る、卯(う)の花(はな)の影(かげ)を添(そ)へた、うまさうな饂飩(うどん)は何(ど)うもやめられない。
「洗(あら)つてさへくれゝば可(い)いのだが、さし当(あた)り……然(さ)うだ、此方(こちら)の容器(うつは)を持(も)つて買(か)はう。」
 其処(そこ)で、バスケツトを開(あ)けた。
 中(なか)に咲(さ)いたやうな……藤紫(ふじむらさき)に、浅黄(あさぎ)と群青(ぐんじやう)で、小菊(こぎく)、撫子(なでしこ)を優(やさ)しく染(そ)めた友染(いうぜん)の袋(ふくろ)を解(と)いて、銀(ぎん)の鍋(なべ)を、園(その)はきら/\と取(と)つて出(で)た。
 出(で)ると、横(よこ)ざまに颯(さつ)と風(かぜ)が添(そ)つた。
 成(な)るたけ順礼(じゆんれい)を遠(とほ)くよけて、――最(も)う人気配(ひとけはひ)に後(うしろ)へ振向(ふりむ)けた、銀杏返(ゐてふがへし)の影法師(かげばふし)について、横障子(よこしやうじ)を裏(うら)へ廻(まは)つた。店(みせ)は裏(うら)へ行抜(ゆきぬ)けである。
 外套(ぐわいたう)は脱(ぬ)いで居(ゐ)た――背中(せなか)へ、雨(あめ)も、卯(う)の花(はな)も、はら/\とかゝつた。
 たゝきへ白(しろ)く散(ち)つて居(ゐ)る。
「饂飩(うどん)を一(ひと)つ。」
と出(だ)しながら、ふと猶予(ためら)つたのは、手(て)が一(ひと)つ、自分(じぶん)の他(ほか)に、柔(やはら)かく持添(もちそ)へて居(ゐ)るやうだつたからである。――否(いや)、其(そ)の人(ひと)の袖(そで)のしのばるゝ友染(いうぜん)の袋(ふくろ)さへ、汽車(きしや)の中(なか)に預(あづ)けて来(き)たのに――
「此(これ)へおくれ。」
 銀杏返(ゐてうがへし)は赤(あか)ら顔(がほ)で、白粉(おしろい)を濃(こ)くして居(ゐ)た。
 駅員(えきゐん)は最(も)う見(み)えなかつた。其(そ)の順礼(じゆんれい)のお盥髪(たらひがみ)さへ、此方(こつち)に背(そむ)き、早(は)やうしろを見(み)せて、びしや/\と行(ゆ)く処(ところ)を――(見(み)なくとも可(よ)いのに)気(き)にすると、恰(あだか)も油(あぶら)さしがうつ伏(ぶ)せに鉄(くろがね)の底(そこ)を覗(のぞ)く、かんてらの火(ひ)の上(うへ)へ、ぼやりと影(かげ)を沈(しづ)めて、大(おほき)な鼠(ねずみ)のやうに乗(の)つて消(き)えた。
 駅員(えきゐん)が黒(くろ)く、すら/\と、雨(あめ)の雫(しづく)の彼方此方(あつちこつち)。

 他(た)には数(かぞ)うるほどの乗客(じようかく)もなさゝうな、余(あま)り寂(さび)しさに、――夏(なつ)の夜(よ)の我家(わがや)を戸外(おもて)から覗(のぞ)くやうに――恁(か)う上下(あとさき)を見渡(みわた)すと、可(か)なりの寄席(よせ)ほどにむら/\と込(こ)む室(へや)も、さあ、二(ふた)つぐらゐはあつたらう。……
 園(その)の隣(となり)なる車(くるま)は、づゝと長(なが)く通(とほ)つた青(あを)い室(へや)で、人数(にんず)は其処(そこ)も少(すく)ない。が、しかし二十人(にん)ぐらゐは乗(の)つて居(ゐ)た。……但(たゞ)し其(それ)も、廻燈籠(まはりどうろ)の燈(ひ)が消(き)えて、雨(あめ)に破(やぶ)れて、寂然(しん)と静(しづ)まつた影(かげ)に過(す)ぎない。
 左右(さいう)を見定(みさだ)めて、鍋(なべ)を片手(かたて)に乗(の)らうとすると、青森行(あをもりゆき)――二等室(とうしつ)と、例(れい)の青(あを)に白(しろ)く抜(ぬ)いた札(ふだ)の他(ほか)に、踏壇(ふみだん)に附着(くつゝ)いたわきに、一枚(まい)思懸(おもひが)けない真新(まあたらし)い木札(きふだ)が掛(かゝ)つて居(ゐ)る……
臨時運転特別車(りんじうんてんとくべつしや)
但(たゞ)し試用(しよう)一回(くわい)限(かぎ)り。
「おや/\……」
 園(その)は一寸(ちよつと)猶予(ためら)つた。
 成程(なるほど)、空(す)きに空(す)いた上(うへ)にも、寝起(ねおき)にこんな自由(じいう)なのは珍(めづ)らしいと思(おも)つた。席(せき)を片側(かたがは)へ十五ぐらゐ一杯(いつぱい)に劃(しき)つた、たゞ両側(りやうがは)に成(な)つて居(ゐ)て、居(ゐ)ながらだと楽々(らく/\)と肘(ひぢ)が掛(か)けられる。脇息(けふそく)と言(い)ふ態(さま)がある。シイトの薄萠黄(うすもえぎ)の――最(もつと)も古(ふる)ぼけては居(ゐ)たが――天鵝絨(びらうど)の劃(しきり)を、コチンと窓(まど)へ上(あ)げると、紳士(しんし)の作法(さはふ)にありなしは別問題(べつもんだい)だが、いゝ頃合(ころあひ)の枕(まくら)に成(な)る。
「まてよ……」
 衣絵(きぬゑ)さんが此辺(このあたり)を旅行(たび)した時(とき)の車(くるま)と言(い)ふのを、話(はなし)の次手(つひで)に聞(き)いたのが――寸分(すんぶん)違(ちが)はぬ的切(てつきり)此(これ)だ……
「待(ま)てよ。」
 無論(むろん)、婿(むこ)がねと一所(いつしよ)で、其(それ)は一等室(とうしつ)はあつたかも知(し)れない。が、乗心(のりごゝろ)の模様(もやう)も、色合(いろあひ)も、いま見(み)て思(おも)ふのと全(まつた)く同(おな)じである。
「――臨時運転特別車(りんじうんてんとくべつしや)。但(たゞ)し試用(しよう)――一回(くわい)限(かぎ)り……」
と二行(ぎやう)に最(もう)一度(ど)読(よ)みながら、つひ、銀(ぎん)の鍋(なべ)を片袖(かたそで)で覆(おほ)ふて入(はい)つた。
 饂飩(うどん)を庇(かば)つたのではない。
 唯(ト)、席(せき)に着(つ)くと、袖(そで)から散(ち)つたか、あの枝(えだ)からこぼれたか、鍋(なべ)の蓋(ふた)に、颯(さつ)と卯(う)の花(はな)が掛(かゝ)つて居(ゐ)て、華奢(きやしや)な細(ほそ)い蕋(しべ)が、下(した)のぬくもりに、恁(か)う、雪(ゆき)が溶(と)けるやうな薄(うす)い息(いき)を戦(そよ)がせる。
 其(そ)の雪(ゆき)より白(しろ)く、透通(すきとほ)る胸(むね)に、すや/\と息(いき)を引(ひ)いた、肺(はい)を病(なや)むだ美女(たをやめ)の臨終(いまは)の状(さま)が、歴々(あり/\)と、あはれ、苦(くる)しいむなさきの、襟(ゑり)の乱(みだ)れたのさへ偲(しの)ばるゝではないか。
 はつと下(した)に置(お)くと、はづみで白(しろ)い花片(はなびら)は、ぱらりと、藤色(ふぢいろ)の地(ぢ)の友染(いうぜん)にこぼれたが、こぼれた上(うへ)へ、園(その)は尚(な)ほ密(そ)と手(て)を当(あ)てゝ蓋(ふた)を傾(かたむ)けた。
 蓋(ふた)のほの暖(あゝたか)いのに、ひやりとした。
 火(ひ)に掛(か)けて煮(に)ようとする鍋(なべ)の上(うへ)へ、少(すくな)くとも其(そ)の花片(はなびら)は置(お)けなかつたからである。
 気(き)が着(つ)くと、茶(ちや)の外套氏(ぐわいたうし)は形(かたち)もない。ドキリとした。
 が、例(れい)の大鞄(おほかばん)が、其(そ)のまゝ網棚(あみだな)にふん反返(ぞりがへ)つて、下(した)に皺(しな)びた空気枕(くうきまくら)が仰向(あふむ)いたのに、牛乳(ぎうにう)の壜(びん)が白(しろ)い首(くび)で寄添(よりそ)つて、何(なん)と……、添寝(そひね)をしようかとする形(かたち)で居(ゐ)る。
 徳利(とつくり)が化(ば)けた遊女(おいらん)と云(い)ふ容子(ようす)だが、其(そ)の窓(まど)へ、紅(べに)を刷(は)いたら、恐(おそ)らく露西亜(ろしや)の辻占(つぢうら)であらう。
 では、汽車(きしや)の中(なか)に一人(ひとり)踞(つくば)つて、真夜中(まよなか)の雨(あめ)の下(した)に、鍋(なべ)で饂飩(うどん)を煮(に)る形(かたち)は何(なん)だ? ……
 説明(せつめい)も形容(けいよう)も何(なに)もない――燐寸(まつち)を摺(す)ると否(いな)や、アルコールに火(ひ)をつけるのであるから、言句(ごんく)もない。……発(ぱつ)と朱(しゆ)が底(そこ)へ漲(みなぎ)ると、銀(ぎん)を蔽(おほ)ふて、三脚(きやく)の火(ひ)が七(なゝ)つに分(わか)れて、青(あを)く、忽(たちま)ち、薄紫(うすむらさき)に、藍(あゐ)を投(な)げて軽(かる)く煽(あふ)つた。
 ドカリ――洗面所(せんめんじよ)の方(かた)なる、扉(どあ)へ立(た)つた、茶色(ちやいろ)な顔(かほ)が、ひよいと立留(たちどま)つてぐいと見込(みこ)むと、茶(ちや)の外套(ぐわいたう)で恁(か)う、肩(かた)を斜(はす)に寄(よ)つたと思(おも)ふと、……件(くだん)の牛乳(ぎうにう)の壜(びん)を引攫(ひつさら)ふが早(はや)いか――声(こゑ)を掛(か)ける間(ま)も何(なに)もなかつた――茶革(ちやがは)の靴(くつ)で、どか/\と降(お)りて行(ゆ)く。
 跫音(きようおん)乱(みだ)れて、スツ/\と擦(す)れつゝ、響(ひゞ)きつゝ、駅員(えきゐん)の驚破(すわ)事(こと)ありげな顔(かほ)が二(ふた)つ、帽子(ぼうし)の堅(かた)い廂(ひさし)を籠(こ)めて、園(その)の居(ゐ)る窓(まど)をむづかしく覗込(のぞきこ)むだ。
 其(そ)の二人(ふたり)が苦笑(くせう)した。
 顔(かほ)が両方(りやうはう)へ、背中合(せなかあは)せに分(わか)れたと思(おも)ふと、笛(ふゑ)が鳴(な)つた。
 園(その)は惘然(まうぜん)とした。
「あゝ、分(わか)つた。」
 狐(きつね)が馬(うま)にも乗(の)らないで、那須野(なすの)ヶ原(はら)を二本松(ほんまつ)へ飛抜(とびぬ)けた怪(あや)しいのが、車内(しやない)で焼酎火(せうちうび)を燃(もや)すのである。
 此(これ)が、少(すく)なからず茶(ちや)の外套氏(ぐわいたうし)を驚(おどろ)かして、渠(かれ)をして駅員(えきゐん)に急(きふ)を告(つ)げしめたものに相違(さうゐ)ない。
 と思(おも)ひながら、四辺(あたり)を見(み)た。
 ※(「目+旬」、第3水準1-88-80)(みまは)したが誰(たれ)も居(ゐ)ない。
「あゝ……心細(こゝろぼそ)いなあ――」
 が、その中(うち)はまだよかつた、……汽車(きしや)は夜(よ)とともに更(ふ)けて行(ゆ)き、夜(よ)は汽車(きしや)とゝもに沈(しづ)むのに、少時(しばらく)すると、また洗面所(せんめんじよ)の扉(どあ)から、ひよいと顔(かほ)を出(だ)して覗(のぞ)いた列車(れつしや)ボーイが、やがて、すた/\と入(はひ)つて来(く)ると、棚(たな)を視(なが)め、席(せき)を窺(うかゞ)ひ、大鞄(おほかばん)と、空気枕(くうきまくら)を、手際(てぎは)よく取(と)つて担(かつ)いで、アルコールの青(あを)い火(ひ)を、靴(くつ)で半輪(はんわ)に廻(まは)つて、出(で)て行(ゆ)くとて――
「御病気(ごびやうき)ですか。」
 園(その)は大真面目(おほまじめ)で、
「いゝえ。」
「はあ。」
と首(くび)をねぢつて、腰(こし)をふりつゝ去(さ)つた。
 此(これ)でまた、汽車(きしや)半分(はんぶん)、否(いな)、室(しつ)一つ我(われ)ばかりを残(のこ)して、樺太(からふと)まで引攫(ひつさら)はれるやうな気(き)がしたのである。
「狂人(きちがひ)だと思(おも)ふんだ。」
 げそりと、胸(むね)をけづられたやうに思(おも)つた。
「勝手(かつて)にしろ。」
 自棄(やけ)に投(な)げる足(あし)も、しかし、すぼまつて、園(その)は寒(さむ)いよりも悚気(ぞつ)とした。
 しかしながら……此(これ)を見(み)れば気(き)も狂(くる)はう。死(し)んだやうな夜気(やき)のなかに、凝(こ)つて、ひとり活(い)きて、卯(う)の花(はな)をかけた友染(いうぜん)は、被衣(かつぎ)をもるゝ袖(そで)に似(に)て、ひら/\と青(あを)く、其(そ)の紫(むらさき)に、芍薬(しやくやく)か、牡丹(ぼたん)か、包(つゝ)まれた銀(しろがね)の鍋(なべ)も、チチと沸(わ)くのが氷(こほり)の裂(さ)けるやうに響(ひゞ)いて、ふきこぼるゝ泡(あは)は卯(う)の花(はな)を乱(みだ)した。
了

底本:「新編 泉鏡花集 第十巻」岩波書店
   2004(平成16)年4月23日第1刷発行
底本の親本:「新柳集」春陽堂
   1922(大正11)年1月1日
初出:「国本 第一巻第七号」国本社
   1921(大正10)年7月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※表題は底本では、「銀鼎(ぎんかなえ)」となっています。
※初出時の署名は「泉鏡花」です。
※「銀杏返」に対するルビの「いてふがへし」と「ゐてふがへし」と「ゐてうがへし」の混在は、底本通りです。
※「硝子窓」に対するルビの「ガラスまど」と「がらすまど」の混在は、底本通りです。
※「襟」に対するルビの「えり」と「ゑり」の混在は、底本通りです。
※「入」に対するルビの「はひ」と「はい」の混在は、底本通りです。
※「帽子」に対するルビの「ぼうし」と「ばうし」の混在は、底本通りです。
※「灯(ひ)」と「燈(ひ)」の混在は、底本通りです。
入力:日根敏晶
校正:門田裕志
2016年9月2日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。