あらすじ
一人の男が、かつて牛乳屋を営んでいたが、家族を病気で亡くし、精神に異常をきたした花前という男を乳しぼりとして雇う。花前は、時間通りに起き、黙々と仕事をするが、人とほとんど言葉を交わさない。主人は花前の奇妙な言動や生活様式に戸惑いながらも、その行動の確信と底抜け感に不思議な魅力を感じ、観察を続ける。やがて、花前の過去やその境遇を知ることになった主人は、花前の心の内を探ろうとするが、花前は深淵の闇の中にいるかのよう。主人は、花前を通じて自分の生活や人生の意味について深く考えさせられる。
 朝霧(あさぎり)がうすらいでくる。庭の槐(えんじゅ)からかすかに日光がもれる。主人(しゅじん)は巻(ま)きたばこをくゆらしながら、障子(しょうじ)をあけ放(はな)して庭をながめている。槐(えんじゅ)の下の大きな水鉢(みずばち)には、すいれんが水面(すいめん)にすきまもないくらい、丸(まる)い葉(は)を浮(う)けて花が一輪(りん)咲(さ)いてる。うす紅(くれない)というよりは、そのうす紅(くれない)色が、いっそう細(こま)かに溶解(ようかい)して、ただうすら赤いにおいといったような淡(あわ)あわしい花である。主人は、花に見とれてうつつなくながめいっている。
 庭の木戸(きど)をおして細君(さいくん)が顔をだした。細君は年(とし)三十五、六、色の浅黒(あさぐろ)い、顔がまえのしっかりとした、気むつかしそうな人である。
「ねいあなた、大島(おおじま)の若衆(わかしゅう)が乳(ちち)しぼりをつれてきてくれましたがね」
 こういって、細君(さいくん)は庭にはいってくる。主人(しゅじん)はゆるやかに細君に目をくれたが、たちまちけわしい声でどなった。
「そんなひよりげたで庭へはいっちゃいかん、雨あがりの庭をふみくずしてしまうじゃないか。どうも無作法(ぶさほう)なやつじゃなあ、こら、いかんというに……」
 主人のどなりと細君の足とはほとんど並行(へいこう)したので、主人は舌(した)うちして細君をながめたが、細君は、主人の小言(こごと)に顔の色も動(うご)かさず、あえてまたいいわけもいわない。ただにわかに足をうかすようなあるきかたをして縁先(えんさき)へきてしまった。
 げたのあとは、ずいぶん目だって庭に傷(きず)つけたけれど、主人はふたたび小言(こごと)はいわなかった。主人は、平生(へいぜい)自分の神経過敏(しんけいかびん)から、らちもないことに腹(はら)をたてることを、自分の損(そん)だと考えてる人である。いま細君にたいする小言(こごと)のしりを結(むす)ばずにしまったことを、ふとおのれに勝(か)ちえたように思いついて、すいれんのことも忘(わす)れ、庭を損(そん)じたことも忘れて、笑顔(えがお)を細君にむけた。
 細君は下女(げじょ)をよんで、自分のひよりげたを駒(こま)げたにとりかえさして、縁端(えんばた)へ腰(こし)をかけた。そうしてげたのあとを消(け)してくれ、と下女に命(めい)じた。
 細君は、主人からある場合(ばあい)になにほどどなられても、たいていのことでは腹(はら)をたてたり、反抗(はんこう)したりせぬ。それはあながち主人(しゅじん)の小言(こごと)になれたからというのでもなく、主人を恐(おそ)れないからというのでもない。細君は主人の小言を根(ね)のある小言か根のない小言かを、よく直覚的(ちょっかくてき)に判断(はんだん)して、根のない小言と思ったときは、なんといわれたってけっして主人にさからうようなことはせぬ。
 主人は細君をそれほど重(おも)んじてはいないが、ただ以上(いじょう)の点(てん)をおおいに敬(けい)している。
「おまえは、とくな性(しょう)だ」
とほめてる。細君も笑って、
「とくな性(しょう)ではありませんよ、はじめから損(そん)をあきらめてるから、とくのように見えるのでしょう」という。
 世間(せけん)には、ちょっとしたはずみで夫(おっと)から打(う)たれても、それをいっこう心にもとめず、打たれたあとからすぐ夫と仲(なか)よく話をする女がいくらもあるから、これは女性(じょせい)の特有性(とくゆうせい)かもしれぬ。妻(つま)などはそれをすこしうまく発達(はったつ)したものであろうと、主人は考えている。
 そう考えてみると、自分が妻にたいしてわずかのことに大声たててどなるのは、いささかきまりがわるくなる。それで近来(きんらい)主人は、ある場合(ばあい)にどなることはどなっても、きょうのようにしりを結(むす)ばぬことがおおいのだ。
 乳(ちち)しぼりというのは、五十ばかりの赤(あか)ら顔(がお)な、がんじょうな、人に会(あ)ってもただ頭をたてにすこし動かすだけで、めったに口をきかない。それでどうかすると大きな茶目(ちゃめ)を見はって人を見る。たいていの女であったら、気味(きみ)わるがって顔をそむけそうな、すこぶる人好(ひとず)きのわるい男だ。
 つれてきた若衆(わかしゅう)の話によると、乳(ちち)しぼりは非常(ひじょう)にじょうずで朝おきるにも、とけいさえまかしておけば、一年にも二年にも一朝(ひとあさ)時間をたがえるようなことはない。ただすこし頭の調子(ちょうし)が人なみでないから、どうもこれまで一か所(しょ)に長くいられなかったが、ご主人(しゅじん)のほうで、すこしその気質(きしつ)をのみこんでいて使ってくだされば、それはそれはりっぱな乳しぼりだ、こちらのだんなならきっとうまく使ってくださるにちがいない、本人(ほんにん)もそういってあがったというのであった。
 細君(さいくん)は、こうひととおり話しおわってから、
「わたしはどうも、あまり好(この)ましくないけれど、乳(ちち)しぼりもなくてはじつにこまるから、おいてみましょうねえ」
とつけくわえた。主人も聞いてみると、すこしはうわさに聞いたことのある、花前(はなまえ)という男だ。変人(へんじん)で手におえないとも、じつはかわいそうな人間だともいわれて、府下(ふか)の牛乳屋(ぎゅうにゅうや)をわたっていた乳(ちち)しぼりである。主人はしばらく考えたのち、
「それはうわさに聞いたことのある変人(へんじん)の乳(ちち)しぼりだ。朝おきるのがたしかで乳しぼりがじょうずなら、使ってみようじゃねいか。うまくいかぬことがあったら、それはそのときのこととして、とにかくおいてみるさ」
 細君(さいくん)も不安(ふあん)なりに同意(どうい)して、その乳しぼりをおいてやることになった。牛舎(ぎゅうしゃ)のほうでは親牛(おやうし)と子牛(こうし)とを引(ひ)き分(わ)けて運動場(うんどうじょう)にだしたから、親牛も子牛もともによびあって鳴(な)いてる。二、三日ぶり外(そと)へだされた乳牛(にゅうぎゅう)は、よろこんでしきりに運動場をとびまわる。
 洗濯物(せんたくもの)に気をとられてる細君の目には、雨あがりのうるおった庭のおもむきも、すいれんのうるわしい花もいっこう問題にはならない。
「それじゃそう」
との一言(ごん)をのこして、また木戸(きど)から細君はでていった。

 昼乳(ひるちち)をしぼる刻限(こくげん)になった。女が若衆(わかしゅう)をおこす。細君は花前(はなまえ)にひととおりのさしずをしてくださいというてきた。ほかのふたりの若(わか)いものは運動場の乳牛(にゅうぎゅう)を入れにかかる。はり板(いた)をふみたてる牛の足音がバタバタ混合(こんごう)して聞こえる。主人も牛舎(ぎゅうしゃ)へでた。乳牛(にゅうぎゅう)はそれぞれ馬塞(ませ)にはいって、ひとりは掃除(そうじ)にかかる、ひとりは飼(か)い葉(ば)にかかる。主人はここではじめて花前に会(あ)った。
 五十になってもしりのおちつかない、落(お)ちぶれはてた花前は、さだめてそぼろなふうをしているかと思いのほか、髪(かみ)をみじかく刈(か)り、ひげをきれいにそって、ズボンにチョッキもややあかぬけのしたのを着(き)てる。白いシャツをひじまでまくり、天竺(てんじく)もめんのまっ白い前掛(まえか)けして、かいがいしい身(み)ごしらえだ。
 主人はまずそれがおおいに気持ちよかった。花前は主人に対(たい)しても、ただ例(れい)のごとくちょっと頭をさげたばかりである。かえって主人のほうからしたしくことばをかけた。
「花前(はなまえ)、おまえのうわさはちょいちょい聞(き)いていたよ、こんどよくきてくれた、なにぶん頼(たの)むぞ」
 花前(はなまえ)は、はいともいわない、わずかに目であいさつしてる。主人は家の習慣(しゅうかん)とだいたいの順序(じゅんじょ)とをつげて、これだけの仕事(しごと)はおまえにまかせるからと命(めい)じた。
 花前は、耳で合点(がてん)したともいうべきふうをして仕事(しごと)にかかる。片手(かたて)にしぼりバケツと腰掛(こしか)けとを持ち、片手(かたて)に乳房(ちぶさ)を洗(あら)うべき湯(ゆ)をくんで、じきにしぼりにかかる。花前もここでは、
「どれとどれをしぼるのですか」
と主人に聞いた。
 主人はこれとこれとと、つぎつぎ数(かぞ)えてつごう十余頭(よとう)が乳(ちち)のでるのだ。それからこの西側(にしがわ)から三つめの黒白まだらが足をあげるから、飼(か)い葉(ば)をやっておいて、しぼらねばいかぬとつげる。花前はそういう下から、すぐはじめの赤牛からしぼりにかかった。花前の乳しぼる姿勢(しせい)ははなはだ気にいった。
 左の足を乳牛(にゅうぎゅう)の胸(むね)あたりまでさし入れ、かぎの手に折(お)った右足のひざにバケツを持たせて、肩(かた)を乳牛(にゅうぎゅう)のわき腹(ばら)につけ、手も動かずからだも動かず、乳汁(にゅうじゅう)は滝(たき)のようにバケツにほとばしる。五分間ばかりで四升(しょう)あまりの乳をしぼった。しぼった乳(ちち)は、高くもりあがったあわが雪のように白く、毛のさきほどのほこりもない。主人はおぼえずみごとな腕前(うでまえ)だと嘆称(たんしょう)した。
 乳を受(う)け取(と)って濾(こ)しにかけた細君も、きれの上にほこりがないのにおどろいて、
「なるほど、花前はしぼるのがじょうずだ」
と主人のところへ顔をだしてほめる。
 花前は色(いろ)も動きはしない。もとより一言(ごん)ものをいうのでない。主人(しゅじん)や細君(さいくん)とはなんらの交渉(こうしょう)もないふうで、つぎの黒白まだらの牛にかかった。主人は兼吉(かねきち)をよんで、いましぼるからこの牛に飼(か)い葉(ば)をやれと命(めい)じた。花前(はなまえ)はしぼりバケツを左に持ちながら、右手で乳牛(にゅうぎゅう)の肩(かた)のへんをなでて、バアバアとやさしく二、三度(ど)声をかける。
 乳牛はすこしがたがた四肢(し)を動かしたが、飼い葉をえて一心(しん)に食(く)いはじめる。花前は、いささか戒心(かいしん)の態度(たいど)をとってしぼりはじめた。じゅうぶん心得(こころえ)ている花前は、なんの苦(く)もなくはね牛の乳をしぼってしまった。主人は安心(あんしん)すると同時(どうじ)に、つくづく花前の容貌風采(ようぼうふうさい)を注視(ちゅうし)して、一種の感じを禁(きん)じえなかった。
 その毅然(きぜん)として、なにかかたく信ずるところあるがごとき花前は、その技(わざ)においてもじつに神(かみ)に達(たっ)している。しかるにもかかわらず、人に使われてるのみならず、おちついて使われている主人をすらえられないかと思うと、そこに大(だい)なる矛盾(むじゅん)を思わぬわけにいかない。
 見るところ、花前は、ほとんど口をきく必要(ひつよう)のないまで、自分の思うとおりを直行(ちょっこう)するほか、なんの考えるところもないらしい。こう思うと、われわれの平生(へいぜい)は、ただ方便(ほうべん)を主(しゅ)とすることばかりおおくて、かえってこの花前に気恥(きは)ずかしいような感じもする。
 花前はかえって人のいつわりおおきにあきれて、ほとんど世人(せじん)を眼中(がんちゅう)におかなく、心中(しんちゅう)に自分らをまで侮蔑(ぶべつ)しつくしてるのじゃないかとも思われる。さりとてまた、五十になる身(み)を人にたくして、とんと人と交渉(こうしょう)しえない、世にもあわれな人間とも思われる。
 主人が妄想(もうそう)に落(お)ちて、いたずらに立てるあいだに、花前は二頭(とう)三頭とちゃくちゃくしぼり進(すす)む。かれは毅然(きぜん)たる態度(たいど)でそのなすべきことをなしつつある。花前は一面(めん)あわれむべき人間には相違(そうい)ないが、主人も花前を見るにつけ、みずからかえりみると、確信(かくしん)なきわが生活の、精神上(せいしんじょう)にその日暮(ひぐ)らしである恥(は)ずかしさをうち消すことができなかった。
「だんな、くそがはねますよ、すこしどうかこっちへきてください」
 そういう兼吉(かねきち)は、もはや飼(か)い葉(ば)をすませて、おぼれ板(いた)の掃除(そうじ)にかかったのだ。うまやぼうきに力を入れ、糞尿(ふんにょう)相混(あいこん)じた汚物(おぶつ)を下へ下へとはきおろしてきたのである。
「湯(ゆ)が煮(に)たったから、ふすまをかいておくれ、兼吉(かねきち)」
 流(なが)し場(ば)から細君の声で兼吉はほうきをおいて走っていく。五郎はまぐさをいっせいに乳牛にふりまく。十七、八頭の乳牛は一時(じ)に騒然(そうぜん)として草をあらそいはむ。そのあいだにも花前はすこしでも、わが行為(こうい)の緊張(きんちょう)をゆるめない。やがて主人は奥(おく)に客(きゃく)があるというので牛舎(ぎゅうしゃ)をでた。

 その夜の晩餐(ばんさん)のときに、細君はそろそろこぼしはじめた。
「ねいあなた、人なみでないっち話ではあったけれど、よほど人なみでないようですねい、主人からものをいわれても、なるべくは返事(へんじ)もしたくないというふうですからねえ、あれでどうでしょうかねえ」
「うむ、変人(へんじん)だと承知(しょうち)でおいてみるのだから、いまからこぼすのはまだ早い、とにかく十日(か)か二十日も使ってみんことにはわかりゃせんじゃないか」
「そりゃそうですけれど」
「えいさ、変人(へんじん)のなりがわかりさえすりゃ、その変人なりに使ってやる道があるだろう」
 話もそれでおわりになったが、主人(しゅじん)はこの花前(はなまえ)のことについて考えることに興味(きょうみ)を持(も)ってきた。その夜もいろいろと考えた。
 かれははじめから変人ではなかったろう。かれがあんなになるについては、かならず容易(ようい)ならぬ経歴(けいれき)があったにちがいない。それがわかれば、いっそうかれが今日(こんにち)の状態(じょうたい)に興味(きょうみ)がふかいだろうけれど、わからぬものはしかたがないとして、きょう見ただけでもかれは興味(きょうみ)ある変人だ。かれが顔色とかれが風采(ふうさい)とに見るもかれがはじめから狂愚(きょうぐ)でないことはわかる。
 かれが行動(こうどう)の確信(かくしん)あるがごとくにして、その確信(かくしん)の底(そこ)がぬけているところ、かれが変人たるゆえんではあるが、しかしながらかれは確信(かくしん)という自覚(じかく)があるかどうか、確信の自覚がないのに底ぬけを気づくべきはずのないのはあたりまえだ。おそらくかれには確信という意識(いしき)はないにちがいない。確信も意識もないにしても、かれの実行動(じつこうどう)は緊張(きんちょう)した精神をもって毅然直行(きぜんちょっこう)している。その脈絡(みゃくらく)のていどや統一(とういつ)の範囲(はんい)は、もうすこしたってみねばわからぬが、とにかく一部(ぶ)の脈絡(みゃくらく)と統一(とういつ)とはじゅうぶんみとめることができる。みょうな変人があったものだ。
 なにひとつ人にすぐれたことのない人間(にんげん)からみると、ああいう人間のほうがたしかにおもしろい。あまりよく他(た)と調和(ちょうわ)する人間にろくなやつはないけれど、そのろくでもないやつのほうが、この世の中ではたいてい幸福(こうふく)であるのがおかしい。
 自分と花前(はなまえ)とをくらべて考えるとおもしろい対照(たいしょう)ができる。われわれは問題の大小を識別(しきべつ)して、いつでも小問題をごまかしているが、花前は問題の大小などいう考えがはじめからなくて、なにごともごまかすことが絶対(ぜったい)にできない。であるからわれわれは、近い左右前後(さゆうぜんご)はいつでもあいまいであるけれど、遠い前後と広(ひろ)い周囲(しゅうい)には、やや脈絡(みゃくらく)と統一(とういつ)がある。花前になると、それが反対(はんたい)になって、近い左右前後(さゆうぜんご)はいつでも明瞭(めいりょう)であって、遠い前後や広い周囲(しゅうい)はまるで暗(くら)やみである。
 まずちょっとこんなふうに差別(さべつ)されるようだが、近い周囲をあいまいにして世(よ)に処(しょ)するということが、けっしてほこるべきことではなかろう。結局(けっきょく)主人は、花前に学(まな)ぶところがおおいなと考えた。
 そのよく朝であった。細君(さいくん)はたばこ盆(ぼん)に長いきせるを持ちそえて、主人の居間(いま)にはいってきた。
「花前は保証人(ほしょうにん)があるでしょうか、なんでも大島(おおじま)の若衆(わかしゅう)の話では、親類(しんるい)も身内(みうち)もないひとりものだということですから、保証人はないかもしれませんよ」
「うむ」
「金銭(きんせん)に関係(かんけい)しないから、そのほうはなんですけれど、病気にでもかかったらこまりゃしませんかねえ」
「そうさな、保証人(ほしょうにん)のあるにましたことはないが……じゃちょっと花前(はなまえ)をよんでみろ」
 細君(さいくん)は下女(げじょ)に命(めい)じて花前をよばせる。まもなくかれはズボンチョッキのこざっぱりしたふうで唐紙(からかみ)の外(そと)へすわった。例(れい)のごとく軽(かる)く黙礼(もくれい)しただけで、もとよりものをいわずよそ見をしている。花前の顔色には不安(ふあん)もなければ安心(あんしん)もない。主人は無意職(むいしき)に色をやわらげてことば軽(かる)く、
「花前、おまえ保証人(ほしょうにん)はあるかね」
「ありません」
 花前は、よどみなく決然(けつぜん)と答えて平気(へいき)でいる。話のしりを結(むす)ばないことになれてる主人も、ただありませんと聞いたばかりではこまった。なみのものであれば、すぐにそれでおまえどうする気かと問(と)いかえすにきまってるけれど、変人(へんじん)をみとめている花前にそういってもしかたがないから、
「うん、そうか」
といったまま、しばらく黙(もく)している。細君はじれ気味(ぎみ)に、
「おまえずいぶん長いあいだ東京にいるというに、懇意(こんい)の人もないのかね」
 花前はちょっと目を細君にむけたが、くちびるは動かない。これは細君の問(と)いがおかしいのだ。変人でとおった人間に懇意(こんい)な人があるかでもあるまい。主人はしかたがなく、
「まあえいや、そんなことあとの話にしよう、えいや花前」
「保証人がなくていけなければ帰(かえ)ります」
「いや、帰られてはこまる、えいから花前やってくれや、じゃこうしよう、おれが保証人になることにしよう、だからやってくれや」
 細君は、目をぱちつかせて主人の顔を見る。
 主人は目で細君を制(せい)す。勝手(かって)で子どもが泣(な)きたったので細君は去(さ)った。花前もつづいて立ちかけたのをふたたび座(ざ)になおって、
「この国で生(う)まれた人間ですから、つまりはこの国のやっかいになってもしかたありません」
 主人はきっと花前を見おろした。果然(かぜん)、花前にはなにか信念(しんねん)があるなと思った。それでさらにおだやかに、
「そうだとも、それでおまえの精神(せいしん)はわかった、それで、おれがおまえの保証人になるから、おまえ安心してやってくれ、まだ昼乳(ひるちち)までにはすこし休(やす)むまがあるから休んでくれ」
 こういわれて花前は、それに答(こた)うることばなく立った。花前は保証人になる人がないのではないらしい。自分のようなものは、いよいよ働けなくなれば、個人(こじん)が世話(せわ)するよりは国家(こっか)が世話すべきだと思ってるらしい。それならば考えのすじはたっていると主人は思った。主人はうしろ姿(すがた)を見送(みおく)って、この変人いよいよおもしろいなと思った。

 それから五、六日たった。花前の働きぶりはほとんど水車(すいしゃ)の回転(かいてん)とちがわない。時間(じかん)の順序(じゅんじょ)といい、仕事(しごと)の進行(しんこう)といい、いかにも機械的(きかいてき)である。余分(よぶん)なことはすこしもしないかわりに、なすべきことはちょっとのゆるみもない。細君はやや安心して、結局(けっきょく)よい乳しぼりだと思った。
 ところが花前(はなまえ)の評判(ひょうばん)は、若衆(わかしゅう)のほうからも台所(だいどころ)のほうからもさかんにおこった。花前は、いままでに一度(ど)もふたりの朋輩(ほうばい)と口をきかない。自分は一分(ぷん)もちがわず時間どおりにおきるが、けっして朋輩(ほうばい)をおこさない。それでいまだに一度も笑(わら)ったこともない。したがって人がどんなことしようと、それにいっこう頓着(とんちゃく)もせぬ。自分は自分だけのことをして、さっさとあがってしまう。
 そうかといって、花前さんちょっとこれこれしてくれといえば、それにさからいもしない。自分のからだにだけは非常(ひじょう)に潔癖(けっぺき)であって、シャツとか前掛(まえか)けとかいうものは毎日洗(あら)っている。
 主人(しゅじん)は笑って、それだけのことならばしごくけっこうじゃないかという。
 台所のうわさはまたおもしろい。下女(げじょ)はだいいちに花前さんはえい人だという。変人(へんじん)だといってばかにするのはかわいそうだという。ご飯(はん)だといわなければ、けっして食(く)いにこない。
 一日二日まえ、下女がうっかりしてよぶのを忘(わす)れたら、ついに飯(めし)を食(く)いにこなかった。若衆(わかしゅう)はすましたことと思ってさそわなかったとか。下女が夜おそくふと気づいて、聞きにいったら、まだ食わなかったそうで、それから食いにきた。
 下女はとんだことをしたと悔(く)やんでいた。花前が食事(しょくじ)も水車的(すいしゃてき)でいつもおなじような順序(じゅんじょ)をとる。自分のときめた飯椀(めしわん)と汁椀(しるわん)とは、かならず番(ばん)ごと自分で洗って飯を食(た)べる。白いふきんと象牙(ぞうげ)のはしとをだいじに持っておって、それは人に手をつけさせない。この象牙(ぞうげ)のはしにはだれもおどろいてる。ややたいらめな質(しつ)のもっとも優等(ゆうとう)な象牙(ぞうげ)で、金蒔絵(きんまきえ)がしてある。細君(さいくん)などは見たこともないものだといっている。下女の話によると、下女が花前さんのおはしはじつにりっぱなものですねえ、なにかいわくのありそうなはしじゃありませんかというと、しろりと笑うそうだ。
 下女は花前さんを笑わせるにゃ、はしをほめるにかぎるといって笑っている。
 しかし細君や子どもたちは、変人(へんじん)とはいえ、花前がいかにもきちんとした顔をしているので、いたずら半分(はんぶん)にはしのことを問(と)うてみるようなことは得(え)しない。細君はどういうものか、いまだに花前を気味(きみ)わるくばかり思って、かわいそうという心持(こころも)ちになれぬらしい。
 主人は以上(いじょう)の話を総合(そうごう)してみて、残酷(ざんこく)な悲惨(ひさん)な印象(いんしょう)を自分の脳裏(のうり)に禁(きん)じえない。精神病者(せいしんびょうしゃ)に相違(そうい)ないけれど、花前(はなまえ)が人間ちゅうの廃物(はいぶつ)でないことは、畜牛(ちくぎゅう)いっさいのことを弁(べん)じて、ほとんどさしつかえなきのみならず、ある点(てん)には、なみの人のおよばぬことをしている。いつかのように、この国で生(う)まれた人間ですからというような調子(ちょうし)に、人世上(じんせいじょう)のことになんらか考えてやしまいか。人世問題(じんせいもんだい)になんらかの考えがあって、いまの境遇(きょうぐう)にありとせば、いよいよ悲惨(ひさん)な運命(うんめい)である。
 こう考える主人は、ときどきそれとなく奥(おく)へ招(まね)いで茶菓(ちゃか)などをあたえ、種々(しゅじゅ)会話(かいわ)をこころみるけれど、かれが心面(しんめん)になんらのひびきを見いだしえない。なにを問(と)うても、かれは、はあというきりで、なんらの語(ご)もつづらない。主人は百方(ひゃっぽう)意(い)をつくして、この国で生まれた人間ですからというような糸口(いとぐち)を引きだそうとこころみたが、いつでも失敗(しっぱい)におわった。かれは主人に対(たい)したときにも、ときをきらわず立ってしまう。
 あるときはその象牙(ぞうげ)のはしから話しかけてみると、なるほど下女のいうごとく、かれががんじょうな顔にしろりと笑(わら)いを動(うご)かした。しかしこれも笑(わろ)うたきりで、それ以上(いじょう)には、なんの話もせぬ。依然(いぜん)たる前後の暗黒(あんこく)であった。
 そのように花前は、絶対(ぜったい)にほかに交渉(こうしょう)しえないけれど、周囲(しゅうい)はしだいにその変人(へんじん)をのみこみ、変人になれて、石塊(せっかい)を綿(わた)につつんだごとく、無交渉(むこうしょう)なりに交渉(こうしょう)ができている。かくて数月(すうげつ)をぶじにすごした。

 人との交渉には、感情絶無(かんじょうぜつむ)な花前も、ふしぎと牛はだいじにする。愛(あい)してだいじにするのか、運動の習慣(しゅうかん)でだいじにするのか、いささか分明(ぶんめい)を欠(か)くのだが、とにかく牛をだいじにすることはひととおりでない。それに規則的(きそくてき)にしかも仕事(しごと)は熟練(じゅくれん)してるから、花前(はなまえ)がきてから二か月にして、牛舎(ぎゅうしゃ)は一変(ぺん)した観(かん)がある、主人(しゅじん)はもはやじゅうぶんに花前の変人なりをのみこんでるから、すべてつごうよくはこぶのであった。
 水車(すいしゃ)の運動はことなき平生(へいぜい)には、きわめて円滑(えんかつ)にゆくけれど、なにかすこしでも輪(わ)の回転(かいてん)にふれるものがあると、いささかの故障(こしょう)が全部(ぜんぶ)の働きをやぶるのである。
 主人は読書(どくしょ)にあいて庭に運動した。秋草もまったく朽(く)ちつくして、わずかにけいとうと野菊(のぎく)の花がのこっているばかりである。主人は熱(ねっ)した頭を冷気(れいき)にさらしてしばらくたたずんでおった。露霜(つゆしも)に痛(いた)められて、さびにさびたのこりの草花に、いいがたきあわれを感じて、主人はなんとなし悲(かな)しくなった。
 こういうときには、みょうにものに驚(おどろ)きやすい、主人は耳をそばだてて、牛舎(ぎゅうしゃ)に荒(あら)あらしきののしりの声を聞きつけた。やがて細君(さいくん)も木戸(きど)へ顔をだして、きてくれという。いってみると、兼吉(かねきち)と五郎(ごろう)がふたりして、花前を引(ひ)きたてて牛舎(ぎゅうしゃ)からでるところであった。
 花前は、ややもすればふたりをはらいのけようとする。ふたりは、ひっしと花前の両手を片手(かたて)ずつとらえて離(はな)さない。ふたりはとうとう花前を主人のまえに引きすえて訴(うった)える。兼吉(かねきち)は、
「わし、この気ちがいに打(う)たれました、なぐり返(かえ)そうと思っても、ひとりではとてもこの野郎(やろう)にかないません、五郎(ごろう)さんがおさえてくれなきゃ……わし、こんな気ちがいといっしょにいるのはいやですから、ひまをいただきます」
「この若(わか)いものが、牛をたたいたから打ちました」
「わし、牛を打ったのではありません……」
 主人(しゅじん)は、まあまあとことばしずかにふたりを制(せい)した。秋のゆくというさびしいこのごろ、無分別(むふんべつ)な若ものと気ちがいとのあらそいである。主人はおぼえず身(み)ぶるいをした。花前(はなまえ)は平然(へいぜん)たるもので、
「牛をたたくという法(ほう)はない」
 こう語勢(ごせい)強くいったきり、ふたたび口を開(ひら)かぬ。ふたりはしきりに気ちがいなどに打たれたりなんかされて、とてもいられないとわめく。
 話をまとめてみると、兼吉(かねきち)が尿板(にょうばん)のうしろを通(とお)ろうとすると、一頭(とう)の牛がうしろへさがって立ってるので通れないから、ただ平手(ひらて)で軽(かる)く牛のしりを打ったまでなのを、牛をだいじにする花前は、兼吉がらんぼうに牛をたたいたとおこったらしい。それで例(れい)の無言(むごん)で、不意(ふい)にうしろから兼吉にげんこをくれた。
 兼吉は、腕力(わんりょく)では花前によりつけないから、五郎に加勢(かせい)を頼(たの)んだのだ。事実(じじつ)は兼吉が牛をたたいたのかもしれないが、ふたりのいい状(じょう)はそうであった。ふたりに同時(どうじ)に去(さ)られてもこまるから、主人はふたりを庭(にわ)へつれこんだ。
「そうだ……気ちがいだから、おれに免(めん)じておまえたちもがまんしてくれ、おれがあやまり賃(ちん)はだすから、花前も気ちがいながら、牛をだいじにしてからの思いちがいであってみるとかわいそうなところがある、だからおれがあやまる、これからおまえたちはふたりで仲間(なかま)になっていて、花前(はなまえ)は相手(あいて)にせぬようにしていたらえいじゃないか、これで一ぱいやってがまんしてくれるさ、えいか」
 兼吉(けんきち)も五郎(ごろう)も主人に、おれがあやまるからといわれては口はあけない。酒代(さかだい)一枚(まい)でかれらはむぞうさにきげんを直(なお)した。水車の回転(かいてん)も止(と)めずにすんだ。生業(せいぎょう)ということにかかわっていれば、らちもないことにも怖(お)じ驚(おどろ)くばかばかしさを主人はふかく感じた。細君(さいくん)もでてきて、
「わたしほんとにおどろきました、あのけたたましい声ったらないですもの、気ちがいがどんなことをしたかと思って……ああそうでしたか、まあよかった、それにしても花前はなんだかわたし、気味(きみ)がわるくて……」
 主人は細君のことばを打(う)ち消(け)して、
「花前の気ちがいぶりもわかってるのだから、すこしも気味(きみ)のわるいことはないよ、こんどのことはどっちがどうだかわかりゃしない、乳(ちち)しぼりが牛をだいじにするというのだから、たとえまちがっても憎(にく)くはないじゃないか」
 細君は、
「そりゃそうですがねい」
とまだふにおちかねたが、主人は、
「あんなにいかいかしいふうをしておっても、しりのぬけてるのが、かわいそうに見えないか、ふびんをかけてやれ」
というのであった。細君の去(さ)ったあとで、主人は、おもしろいということのない花前がおこったというのはおかしいなと考えたけれど、その理由(りゆう)は解釈(かいしゃく)がつかなかった。
 はじめて花前(はなまえ)に笑わせた下女(げじょ)は、おせっかいにも花前にぜひ象牙(ぞうげ)のはしの話をさせるといって、いろいろしんせつに世語(せわ)をしたり、話をしかけたりしたけれど、しろりと笑(わら)わせるのが精(せい)一ぱいで、それ以上(いじょう)にはなにごとをもえられなかった。もう根(こん)がつきたと下女は笑ってる。
 かくて水車(すいしゃ)はますますぶじに回転(かいてん)しいくうち、意外(いがい)な滑稽劇(こっけいげき)が一家(か)を笑わせ、石塊(せっかい)のごとき花前も漸次(ぜんじ)にこの家になずんでくる。
 ある日、主人のるすの日であった。警視庁(けいしちょう)の技師(ぎし)が、ふいに牛舎(ぎゅうしゃ)の検分(けんぶん)にきた。いきなり牛舎のまえに車にのりこんできて、すこぶる権柄(けんぺい)に主人はいるかとどなった。
 兼吉(かねきち)と五郎(ごろう)は洗(あら)いものをしている。花前(はなまえ)が例(れい)の毅然(きぜん)たる態度(たいど)で技師(ぎし)先生のまえにでた。技師はむろん主人と見たので、いささかていねいに用むきを談(だん)ずる。
 花前はときどき頭(あたま)を動かすだけで一言(ごん)もものをいわない。技師先生心中(しんちゅう)非常に激高(げっこう)、なお二言三言、いっそう権柄(けんぺい)に命令(めいれい)したけれど、花前のことだから冷然(れいぜん)として相手(あいて)にならない。技師は激(げき)しているから花前の花前たるところにいっこう気がつかない。技師はたまりかねたか、ここでは話ができないといって玄関(げんかん)へまわった。あらたまってその無礼(ぶれい)を詰責(きっせき)するつもりであったらしい。
 玄関では細君(さいくん)がでて、ねんごろに主人の不在(ふざい)なことをいうて、たばこ盆(ぼん)などをだした。技師もここで花前の花前たることを聞き、おおいにきまりわるくなって、むつかしい顔のしまつに究(きゅう)したまま逃(に)げ去(さ)った。夜、主人が帰ってから一家(か)くずるるばかり大笑いをやった。兼吉(かねきち)と五郎(ごろう)は、かわりがわり技師と花前との身(み)ぶりをやって人を笑わせた。細君が花前を気味(きみ)わるがるのも、まったくそのころから消(き)えた。

 年が暮(く)れて春がき、夏がきてまた秋がきた。花前(はなまえ)もここに早(はや)一年おってしまった。この間(かん)、花前の一身上(しんじょう)には、なんらの変化(へんか)もみとめえなかった。ただ考(かんが)え性(しょう)な主人の頭には、花前のように、きのうときょうとの連絡(れんらく)もなく、もちろんきょうとあすとの連絡もない。まして一年とかひと月とかいう時間の意味(いみ)のありようもなく、かれは生(い)きるために働(はたら)くのでなく、生きているから働くというような生活、きょうというほかに時間の考えはなく、自分というほかに人生(じんせい)の考えはない。いやきょうということも自分ということも意識(いしき)していやしない。
 してみると、かれに義務(ぎむ)責任(せきにん)などいう考えのありようもなければ、きゅうくつも心配も不安もないわけだ。明るいところに魔(ま)の住(す)まないごとく、花前のような生活には虚偽(きょぎ)罪悪(ざいあく)などいうものの宿(やど)りようがない。大悟徹底(だいごてってい)というのがそれか。絶対的(ぜったいてき)安心(あんしん)というのがそれか。むかしは、宰相(さいしょう)を辞(じ)して人のために園(えん)にそそいだという話があるが、花前はそれに比(ひ)すべき感がある。
 主人はまたこう考えた。かえりみて自分の生活をみると、じつになさけないとらわれの身(み)である。わずかに手を動(うご)かすにも足を動かすにも、あとさきを考えねばならぬ。かりそめにものをいうにも、人の顔色(かおいろ)を見ねばならぬ。前後左右(ぜんごさゆう)に係累者(けいるいしゃ)はまといついてる。なにをひとつするにも、自分のみを標準(ひょうじゅん)として動くことはできぬ。とうてい社会組織(しゃかいそしき)上の一分子(ぶんし)であるから、いかなる場合(ばあい)にも絶対(ぜったい)単独(たんどく)の行動(こうどう)はゆるされない。
 それでつまりよいかげんなことばかりをやって、まにあわせのことばかりいっておらねばならぬ。それというのも、義務(ぎむ)とか責任(せきにん)とかいうことを、まじめに正直(しょうじき)に考えておったらば、実際(じっさい)人間の立(た)つ瀬(せ)はない。手足を縛(ばく)して水中(すいちゅう)におかれたとなんの変(か)わるところもない。
 このせつない覊絆(きはん)を脱(だっ)して、すこしでもかってなことをやるとなったらば、人間の仲間(なかま)入りもできない罪悪者(ざいあくしゃ)とならねばならぬ。考えれば考えるほどばかげているけれども、それをどうすることもできないのがわれわれの生活状態(せいかつじょうたい)である。
 こう思うと自分がどれだけ花前(はなまえ)に勝(まさ)っているか、いよいよわからなくなる。むしろどうか一度(ど)でもよいから花前のような生活がしてみたくなってくる。
 要(よう)するに、自分を強(つよ)く意識(いしき)するのがわるいのだ。自分を強く意識(いしき)するから、世の中がきゅうくつになる。主人はこんな結論(けつろん)をこしらえてみたけれど、すぐあとからあやふやになってしまった。自分と花前との差別(さべつ)はどう考えても、意識(いしき)があるのとないのとのほかない。自分に意識がなければ自分はこのままでもすぐ花前になることができるとすれば、花前はけっしてうらやむべきでないのだ。
 大悟徹底(だいごてってい)と花前とは有(ゆう)と無(む)との差(さ)である。花前は大悟徹底(だいごてってい)の形(かたち)であって心(こころ)ではなかった。主人(しゅじん)はようやく結論(けつろん)をえたのであった。主人はこの結論をえたにかかわらず、さらば自分の生活にどれだけの価値(かち)があるかと思うてみて、やはりわけがわからなくなった。花前と大悟徹底(だいごてってい)とは、裏表(うらおもて)であるが、自分と大悟徹底とは千葉と東京との差(さ)であるように思われた。
 ここ一、二年水害(すいがい)をまぬがれた庭は、去年(きょねん)より秋草がさかんである。花のさかりには、まだしばらくまがありそうだ。主人はけさも朝涼(ちょうりょう)に庭を散歩(さんぽ)する。すいれんの花を見て、去年花前がきたのも秋であったことを思いだす。この日、主人は細君より花前の上について意外(いがい)な消息(しょうそく)を聞いた。
 花前は、けさ民子(たみこ)をだいてしばらくあるいておった。細君はもちろん、若衆(わかしゅう)をはじめ下女(げじょ)までいっせいにふしぎがったとの話である。それは実際(じっさい)ふしぎに相違(そうい)ない。これまでの花前にして、子どもをだいてみるなぞは、どうしても破天荒(はてんこう)なできごとといわねばならぬ。
 下女の話によると、タアちゃんはこれまでもときどき、花前、花前といって花前のところへいき、花前もタアちゃんの持っていったお菓子(かし)を食(た)べたようすであったという。主人はこの話を非常(ひじょう)な興味(きょうみ)をもって聞いた。今後(こんご)花前の上になんらかの変化(へんか)をきたすこともやと思わないわけにはいかなかった。
 その後(ご)自分も注意(ちゅうい)し家のものの話にも注意してみると、花前はかならず一度ぐらいずつ民子をだいてみる。民子(たみこ)もますます花前(はなまえ)、花前といってへやへ遊(あそ)びにゆく。花前は、ついに自分で菓子(かし)など買(こ)うてきて、民子にやるようになった。ときにはさびしい笑(わら)いようをして、タアちゃんと一言(こと)くらいよぶのであった。そう思って見ると、花前の毅然(きぜん)とした顔つきが、このごろは、いくらかやわらいできたようにも見える。若衆(わかしゅう)の話では、花前は近(ちか)ごろ元気がおとろえたようだという。それでもその水車的運動(すいしゃてきうんどう)にはまだすこしも変(か)わるところはなかった。
 それからひと月ばかり花前の新傾向(しんけいこう)はさしたる発展(はってん)もなく秋もようやく涼(すず)しくなった。

花前の友人(ゆうじん)という人が、とつぜんたずねてきて、花前の身分(みぶん)がようやく明らかになった。
 友人というのは、某会社(ぼうかいしゃ)の理事(りじ)安藤某(あんどうぼう)という名刺(めいし)をだして、年ごろ四十五、六、洋服(ようふく)の風采(ふうさい)堂(どう)どうとしたる紳士(しんし)であった。主人は懇切(こんせつ)に奥(おく)に招(しょう)じて、花前の一身(しん)につき、問(と)いもし語(かた)りもした。
 安藤は話(はなし)の口があくと、まず自分が一年まえに会(あ)ったときと、きょう会った花前はよほど変(か)わっている。自分は十代(だい)から花前と懇意(こんい)であって、花前にはひとかたならず世話(せわ)にもなったが、自分も花前のためにはそうとう以上(いじょう)につくした。いまのような境遇(きょうぐう)になって、だれひとりおとのうてなぐさめるものもないうちに、自分だけはたえず見舞(みも)うておった。
 その自分に対(たい)して、去年(きょねん)会(お)うたときには、某牛舎(ぼうぎゅうしゃ)に寝(ね)ておって、うん安藤(あんどう)かといったきり、おきもしなかった。それがきょうは、意外(いがい)に自分を見るとうれしそうに立ちあがって、よくきてくれたといった。じつは自分は花前はもうだめとあきらめていたところ、きょうのようすでは精神(せいしん)の状態(じょうたい)が、たしかにすこしよくなってる。この家へきたときからこのくらいか、あるいはいつごろから調子(ちょうし)がよくなったかと問(と)うのであった。安藤は真(しん)の花前の友(とも)である。
 主人は花前が近来(きんらい)の変化(へんか)のありのままを語(かた)ったのち、今後(こんご)あるいは意外(いがい)の回復(かいふく)をみるかもしれぬと注意した。安藤はもちろん見込(みこ)みがありさえすれば、すぐにも自分が引(ひ)き取(と)って治療(ちりょう)をこころみんとの決心(けっしん)を語り、つづいて花前の不幸(ふこう)なりし十年まえの経歴(けいれき)を語(かた)った。
 花前は麻布(あざぶ)某所(ぼうしょ)に中等(ちゅうとう)の牛乳屋(ぎゅうにゅうや)をしておった。畜産(ちくさん)熱心家(ねっしんか)で見職(けんしき)も高く、同業間(どうぎょうかん)にも推重(すいちょう)されておった。母がひとり子ども三人、夫婦(ふうふ)をあわせて六人の家族(かぞく)、妻君(さいくん)というのは、同業者のむすめで花前の恋女房(こいにょうぼう)であった。地所(じしょ)などもすこしは所有(しょゆう)しておって、六人の家族は豊(ゆた)かにたのしく生活しておった。
 それ以前(いぜん)から、安藤(あんどう)は某学校(ぼうがっこう)の学費(がくひ)まで補助(ほじょ)してもらい、無二(むに)の親友(しんゆう)として交際(こうさい)しておったのだが、安藤がいまの会社へはいって二年めの春、母なる人がなくなり、つづいて花前の家にはたえまなき不幸(ふこう)をかさねた。
 その秋の赤痢(せきり)流行(りゅうこう)のさい、親子(おやこ)五人ひとりものこらず赤痢(せきり)をやった。とうとう妻と子ども三人とはひと月ばかりのあいだに死亡(しぼう)し、花前は病院(びょういん)にあってそれを知らないくらいであった。
 そんな状況(じょうきょう)であるから、営業(えいぎょう)どころの騒(さわ)ぎでない。自分が熱心(ねっしん)奔走(ほんそう)してようやく営業(えいぎょう)は人にゆずりわたした。花前は二か月あまりも病院におっていつまで話さずにおくわけにゆかないから、すべてのことを話すと、
「破壊(はかい)しおわった断片(だんぺん)の一個(こ)をのこしてどうするものか、のこったおれだってこまる、のこされた社会もこまるだろう、この一個(こ)の断片(だんぺん)をどうにかしてくれ、おれはどうしてもこの病院をでない」と絶叫(ぜっきょう)して泣いたけれど命数(めいすう)があれば死(し)にも死なれないで、花前は追(お)われるように病院をでた。病院をでてもいく家はない。待(ま)ってる人もない。安藤が自分の家へつれて帰ったものの、慰藉(いしゃ)のあたえようもない。花前はときどき相手(あいて)かまわず、
「どうせばえいんだ」
とどなる。
 安藤は手のつけようがないから、ともかくもと湯河原(ゆがわら)へつれだした。そうして自分もいっしょにひと月もおってなぐさめた。どうかして宗教(しゅうきょう)にはいらしめようとこころみたが、多少(たしょう)理屈(りくつ)の頭があったから、どうしても信仰(しんこう)にはいることができない。破壊以前(はかいいぜん)が人なみよりもあたたかい歓楽(かんらく)に富(と)んでおっただけ、破壊後(はかいご)の悲惨(ひさん)が深刻(しんこく)であった。
 自分もそうそういっしょにはおられないので帰京(ききょう)すると、花前(はなまえ)はそのまま一年半もその家におった。あっただけの財(ざい)をことごとく消費(しょうひ)して、ただ帰京の汽車賃(きしゃちん)で安藤の家に帰ってきた。そのときにはたしかに精神(せいしん)に異状(いじょう)を呈(てい)しておった。なにを話してみようもなく、花前は口をきかなかった。
 その後(ご)無断(むだん)で安藤の家をでて、以前交際(こうさい)した家に乳(ちち)しぼりをしておった。ようやく見つけてたずねていくと、いつのまにかいなくなる。また見つけだしてたずねると、またいなくなる。ゆくさきざきの乳屋で虐待(ぎゃくたい)されて、ますます本物(ほんもの)になったらしい。じつにきのどくというて、このくらい悲惨(ひさん)なことはすくなかろうと、安藤は長ながと話しおわって嘆息(たんそく)した。
 主人もことばのかぎりをつくして同情(どうじょう)した。しんせつな安藤はともかくも治療(ちりょう)の見込(みこ)みがすこしでもあるならば、一日も見てはいられぬといって辞(じ)し去(さ)った。

 安藤は去(さ)ってから三日めに、車(くるま)を用意して自身(じしん)むかえにきた。花前は安藤のいうことをこばまなかった。いよいよ家をでるときには主人にも、ややひととおりのあいさつをして、厚意(こうい)を謝(しゃ)した。台所(だいどころ)へでて、無言(むごん)にタアちゃんをだいたときには、家のものみなが目をうるおした。花前(はなまえ)が去(さ)ったあと、あのはしの話を聞きたかったけれど、なんだかきのどくで聞かれなかったと下女(げじょ)も涙(なみだ)をふいた。
 十日(か)ほどたって、主人は花前を青山の脳病院(のうびょういん)におとのうてみた。花前は非常(ひじょう)によろこんだ。話しするところによると精神(せいしん)のほうはますますよいようであるが、それと反比例(はんぴれい)にからだのほうはたいへん疲(つか)れてるように見えた。それから二十日ばかりして、花前は死(し)んだと安藤から知らせてきた。
了

底本:「野菊の墓」ジュニア版日本文学名作選、偕成社
   1964(昭和39)年10月1刷
   1984(昭和59)年10月44刷
初出:「ホトヽギス 第十三卷第一號」
   1909(明治42)年10月1日
※表題は底本では、「箸(はし)」となっています。
※「兼吉」に対するルビの「かねきち」と「けんきち」の混在は、底本通りです。
※底本巻末の編者による語注は省略しました。
入力:高瀬竜一
校正:岡村和彦
2016年9月2日作成
青空文庫作成ファイル:
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