あらすじ
ある村の餅屋には、毎日赤ん坊を抱いた女が餅を買いにやってきます。毎日必ず来るその女の姿に、餅屋の者は不審を抱き、こっそり後をつけます。すると、女は村はずれの古廟の近くで姿を消してしまうのです。謎めいた女の正体を探るため、餅屋は再び女の後をつけますが、今度は赤ん坊だけが残り、女の姿はありませんでした。一体、女はどこへ消えたのでしょうか。そして、赤ん坊の運命は…?宣城は兵乱の後、人民は四方に離散して、郊外の所々に蕭条たる草原が多かった。
その当時のことである。民家の妻が妊娠中に死亡したので、その亡骸を村内の古廟のうしろに葬った。その後、廟に近い民家の者が草むらの間に灯のかげを見る夜があった。あるときはどこかで赤児の啼く声を聞くこともあった。
街に近い餅屋へ毎日餅を買いにくる女があって、彼女は赤児をかかえていた。それが毎日かならず来るので、餅屋の者もすこしく疑って、あるときそっとその跡をつけて行くと、女の姿は廟のあたりで消え失せた。いよいよ不審に思って、その次の日に来た時、なにげなく世間話などをしているうちに、隙をみて彼女の裾に紅い糸を縫いつけて置いて、帰るときに再びそのあとを附けてゆくと、女は追ってくる者のあるのを覚ったらしく、いつの間にか姿を消して、赤児ばかりが残っていた。糸は草むらの塚の上にかかっていた。
近所で聞きあわせて、塚のぬしの夫へ知らせてやると、夫をはじめ一家の者が駈けつけて、試みに塚を掘返すと、女の顔色は生けるがごとくで、妊娠中の胎児が死後に生み出されたものと判った。
夫の家では妻のなきがらを灰にして、その赤児を養育した。
了
底本:「綺堂随筆 江戸の思い出」河出文庫、河出書房新社
2002(平成14)年10月20日初版発行
底本の親本:「綺堂劇団」青蛙房
1956(昭和31)年2月
入力:江村秀之
校正:川山隆
2014年1月18日作成
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