あらすじ
中原中也の友人である高森文夫の詩集「浚渫船」は、世間の表舞台に出ることを良しとせず、寡作でありながら、深い思索を秘めた詩を紡ぎ出す男の静かな魅力が詰まった一冊です。詩集のタイトル「浚渫船」は、底深い静けさの中に秘められた、誰しもが感じながらも言葉にできない感情を、人知れず掬い上げているかのようにも感じられます。高森文夫は、宮崎県の中学で英語教師として勤めており、都会を離れ、静かな南国の地で詩を創作しています。彼の詩は、静かで美しく、読者の心に深く響くことでしょう。今度出来て来た詩集をみると「浚渫船」とある。どういふつもりで付けたのかまだ訊ねてみないが、僕が勝手に想像する所では、無口でそつとしておいて貰ひたい男が、誰でもが多かれ少なかれ感じてはゐても余りに底深い、流れだとして殆んど全く触れないで過ぎる態の非情を、人目にも立たず浚渫してゐるといつた風の心得であらうと思ふ。
高森は今宮崎県の中学で英語の先生をしてゐる。大学を出て一年ばかり郷里の日向で何をするともなく暮してゐた。それから半年ばかり上京して牛込あたりの下宿にゐたが、就職口があつたんだと云つて宮崎県に行つた。舎監になつたが、夜になると時々寄宿生の誰かが便所へ行く音がするきり何にも聞こえないと此の間の手紙には書いてゐた。熊本へ出張して一と晩久しぶりで旅人の気分で歩いたが、熊本といふ所はいい所です 火山地方特有の落付がありますとも書いてゐた。
僕は高森のことを想ふと、いつも一匹の美しい仔熊を聯想する。今日も彼は紺の背広を着て熊のやうにしづ/\と南国の夏の町を歩いてゐるのであらう。
僕は彼の詩を茲に抜出して来てお目にかけたい。然し僕はどれを出すかに迷ふし、一つの詩の一部を抜出すといふやり方は高森の詩には適当でないし、結局沢山出さなければならないやうに思はれるから茲には割愛しなければならぬが、どうぞ此の落付いた稀特な詩集が、一冊でも沢山に売れるやう希望するものである。
了
底本:「新編中原中也全集 第四巻 評論・小説」角川書店
2003(平成15)年11月25日初版発行
底本の親本:「四季」
1937(昭和12)年8月号
初出:「四季」
1937(昭和12)年8月号
※()内の編者によるルビは省略しました。
入力:村松洋一
校正:noriko saito
2015年2月20日作成
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