あらすじ
大脳は、眼球という料理女によって管理される、薄暗く埃っぽい厨房です。眼球は、日差しを嫌がり、瞼の鎧戸を閉ざして大脳の奥深くへ引きこもっています。厨房には、様々な食品が積み重ねられ、青カビが生えたパンや、切り口が腐りかけたソーセージなどが置かれています。眼球は、獣脂を焚き、大脳の棚から食品を取り出し、煮込み料理を作ります。しかし、その料理が誰のためなのか、眼球は知りません。ただ、彼女は、退屈ながらも、唯一の仕事である料理を続けるのです。瞼の鎧戸をひたとおろし
頭蓋の中へ引き退く。
大脳の小区画を填めるものは
困憊したさまざまの食品である。
青かびに被はれたパンの缺け、
切り口の饐えたソオセエジ……
オリーヴ油はまださらさらと透明らしいが
瓶一面の埃のために
よくは見えない。
眼球は醜い料理女である。
厨房の中はうす暗い。
彼女は床のまん中で
少しばかりの獣脂を焚く。
背の低い焔が立つて
油煙がそつと 頭蓋の天井に附く。
彼女は大脳の棚の下をそゝくさとゆきゝして
幾品かの食品をとりおろす。
さて 片隅の大鍋をとつて
もの倦げに黄いろな焔の上にかける……
彼女はこの退屈な文火の上で
誰のためにあやしげな煮込みをつくらうといふのか。
彼女は知らない。
けれども、それが彼女の退屈な
しかし唯一の仕事である。
大脳はうす暗い。
頭蓋は燻つてゐる。
彼女は――眼球は愚かなのである。
了
底本:「富永太郎詩集」現代詩文庫、思潮社
1975(昭和50)年7月10日初版第1刷
1984(昭和59)年10月1日第6刷
底本の親本:「定本富永太郎詩集」中央公論社
1971(昭和46)年1月
入力:村松洋一
校正:川山隆
2014年3月7日作成
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