あらすじ
閉ざされた窓から見える世界は、開かれた窓の外とは全く違います。窓の外は、太陽の光に満ち溢れ、何気ない日常が流れています。しかし、窓の内側には、蝋燭の灯りが照らす、静かで深い世界が広がっています。そこには、想像力を掻き立てる、様々な物語が生まれます。例えば、屋根の向こうに住む、老いた女の姿。彼女は、いつも同じ場所で、同じように過ごしています。その姿から、私は彼女の過去を想像し、物語を紡ぎだします。彼女の寂しそうな表情、皺の刻まれた顔、古びた衣服…。それらすべてが、私の中に彼女の物語を構築し、時には涙さえ誘います。窓の外の現実よりも、窓の内側の、想像の世界こそが、私にとってより真実なのです。波のやうに起伏した屋根の向ふに一人の女が見える。盛りをすぎて既に皺のよつた、貧しい女である。いつも何かに寄りかゝつてゐて、決して外へ出掛けることがない。私は此の女の顔から、衣物から、挙動から、いや殆んど何からといふことはなく、此の女の身の上話を――といふよりは、むしろ伝説を造り上げてしまつた、そして私は時々涙を流しながら、この話を自分に話して聞かせるのである。
これが若し憐れな年とつた男であつたとしても、私は全く同じ位容易に彼の伝説を造りあげたであらう。
それから私は他人の身になつて生活し、苦しんだことを誇りに思ひながら床に就くのである。
諸君はかう云ふかも知れない、「その話しが事実だといふことは確かゝね?」私の外にある真実がどんなものであらうと何の関りがあるものか――若しそれが、私が生活する助けとなり、私が自分の存在してゐることと、自分が何であるかといふことを感ずる助けとなつたものならば。
了
底本:「富永太郎詩集」現代詩文庫、思潮社
1975(昭和50)年7月10日初版第1刷
1984(昭和59)年10月1日第6刷
底本の親本:「定本富永太郎詩集」中央公論社
1971(昭和46)年1月
入力:村松洋一
校正:岩澤秀紀
2013年1月24日作成
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