あらすじ
白く垂れ下がった薄紗の帳は、窓のガラスを虚しく打ち、そこに何もないことを告げます。しかし詩人の心には、黄金の夢が満ち溢れ、そこに存在しない「床」を創造する力があります。それは、外の世界から独立した、詩人自身の内面から生まれる創造の力なのです。
薄紗(はくしや)の帳(とばり)たれてあれど、
こよなき「あそび」は思ふらく、
げにもゆゆしき涜(けがれ)かな、
徒(いたづら)なりや床(とこ)は無し。

この一面に白妙(しろたへ)の
房(ふさ)と房(ふさ)とのからみあひ、
蒼(あを)みて曇る玻璃(はり)の戸を
空(むな)しく打つて事も無し。

されど黄金(こがね)の夢の身には
樂(がく)の音(ね)籠(こ)もる虚(うろ)のなか、
琵琶(びは)悲(かな)しげに眠りゐて、

いづこの※(「片+總のつくり」、第3水準1-87-68)(まど)か知(し)らねども、
よそにはあらず、われとわが
胎(たい)より生(あ)るる子(こ)はあらむ。

註―― Une dentelle s'abolit の句を以(もつ)て起るマラルメの難解詩を譯してみた。薄紗の帳白く垂れて輕く窓の板玻璃を打つ景を詩人が見て、之(これ)はどうしても帳中に伉儷(かうれい)の契淺からぬ相思の人の床が無ければならぬと「こよなきあそび」即(すなわ)ち藝術の方面から推察するところ、實は之が空しく、そこに何も無いと知つて、宛(あたか)も冒涜(ぼうとく)の感を起すといふのが、初、二節の意である。然(しか)し「黄金の夢」即ち空想豐かなる詩人の胸には琵琶が常に藏(かく)れてゐる。この空想よりして詩人は外物の助をからず、われとわが身より物象を創作する、此(この)場合について言はゞ、「床」を創作し得るのだ。この一篇の中心思想は藝術の特權を説いたところにあるのだらう。
了

底本:「上田敏全訳詩集」岩波文庫、岩波書店
   1962(昭和37)年12月16日第1刷発行
   2010(平成22)年4月21日第38刷改版発行
初出:「アルス 一ノ五」
   1915(大正4)年8月
※著者名の原綴り「Stphane Mallarm」は、ファイル冒頭ではアクセント符号を略し、「Stephane Mallarme」としました。
入力:川山隆
校正:岡村和彦
2012年11月24日作成
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