あらすじ
山間の一軒家に宿ったロシア人の生地売りが、言葉を発することなく、ただ「生地 日本 ウレナイ ヨカ ヨカ」と呟く姿に、語り手は深い哀愁を感じます。周りの人々は異国人の珍奇さに面白がっていますが、語り手だけが、生地売りの言葉に込められた切ない思いを理解するのです。
ロシヤ人の生地売りは
山間の一軒家に宿ってゐた
「生地 日本 ウレナイ ヨカ ヨカ」
無論誰にも面と向かって語ったのではない
けれど私は只一語聞いた胸に
幾回となく生地売りの言葉をくりかへした
あの一晩中
山間のあばら家に耳をそばだてて
××の鋭い眼光もて探照してゐた憲兵でも
否恐らく
この狭隘な山間に住む人皆に
生地売りの哀愁はわからなかった
人々は
異国人の珍奇を只むさぼり嗤った
「生地 日本 ウレナイ ヨカ ヨカ」
ああロシヤの一商人は
たった今までも私の求めてゐる或物を事実に示してくれた
腕を組んで湿っぽい夜空を見上げた私には
星の一つもまたたいてくれなかったけれど
いばらのさしかかった山路は私の前に遠く限りなくつづいてゐる……

底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩」国書刊行会
   1991(平成3)年6月6日第1刷
底本の親本:「泉芳朗詩集」泉芳朗詩集刊行会
   1959(昭和34)年
入力:坂本真一
校正:フクポー
2018年4月26日作成
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