あらすじ
静寂に包まれた風景、遠くには筏を連想させる村の姿がかすかに見え、空には彩雲が漂っています。豊かな水に恵まれた田園地帯では、二人が黙々と草刈りをしています。その傍らでは、籠の中で赤ん坊が眠り、草葉の緑が白蝋の手に染み渡ります。童子の小さな声は、静寂の中で大きく響き渡り、天地一体となるような感動を呼び覚まします。心は澄み渡り、遠い岬に沈む夕陽が、燻銀の光を放ちながら、過去を思わせるような微かな光を灯します。
二月半ばのそら、
酒室の呼吸を罩めて、風、
あまし、温かし
円ろかなるこの穹き
懐ろに、音もなく
彩雲ぞ、さすらふなる。

機おる遠き麓のむら村、
ゆるくゆるく、筏の昔幽かに
声音なし、幻の静けさに、たえなる夢を織れるか、
雲にそゝぎ入る恍惚、炊ぐ煙りの
直しき細流、君よとく、来らずや、
この身さみし。

水豊かに遠く連りて、
田を限る畔、唯見る目覚む一色に、
何をするぞ無言の二人、
さても黙然とうづくまりて、青光の鎌の刃に
さくさくと、草葉の重き寝りの上、
白蝋の手に湧くか緑葉は。
籠に緑児はねむり、すやすやと、
沈黙の雫を吸ふ。さくさくと実にさくさくと、
微かに愛しき囁きの忍び寄りて、
童子が朱唇をゆすれば、声は響きを呼び
響きは声を生み、激しき感激のきはみ、
天地一心になりをひそむ。

純なる童子が節調に、快き眠りぞ襲ひ来りて、
魂の蕩け入るけはひなる。あゝ気は澄みたり
固なつぼみを秘めし我が胸裡
ふるゝ心は温かし。
あはれやがて消えなんとする、思ひ出の果、
燻銀の微光澱める、遠き岬に夕陽が赤し。

底本:「沖縄文学全集 第1巻 詩」国書刊行会
   1991(平成3)年6月6日第1刷
底本の親本:「文章世界 第12巻第4号」
   1917(大正6)年4月1日発行
初出:「文章世界 第12巻第4号」
   1917(大正6)年4月1日発行
※初出時の署名は「上里無春」です。
入力:坂本真一
校正:hitsuji
2019年5月28日作成
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