あらすじ
一年前に牢獄に投げ込まれた主人公は、最初は巨大な赤煉瓦の建物に不思議な感覚を抱いていました。しかし、時は流れ、二度目の春が訪れ、灰色のコンクリートの壁に囲まれた日常は平凡なものに変わってしまいました。目の前に奇蹟も不思議も存在せず、ただ日常の出来事だけが繰り返されます。しかし、主人公は、自分にとって触れられない「彼方の世界」こそが、思惟の土台であり、心の支えであると気づきます。春が訪れ、牢獄の中にいても、主人公の心は自由を求めて、その「彼方の世界」へと向かっているのです。
牢獄の春はふたたびおれの上にやってきた!
一年以前、この赤煉瓦の建物の中に投げ込まれたときには
あのトルコの王様の退屈を慰めたというアラビアンナイトの人喰鬼の宮殿のように
おれにはこの巨大な赤煉瓦の沈黙した建物は摩訶不思議なものであった。
だが 一年の月日は流れ去り、
春風の中を自由に軽快に飛行機の飛ぶ二度目の春がきた今日!
そして、奇蹟や素晴しい精神では何事も解決つかない今日!
相変らず灰色のコンクリートの壁に包囲されているが、おれの前には、一沫の不思議も存在しない!
コンクリートの廊下に響く靴音も、麦飯を運ぶ車の音も、それは毎日の平凡な出来事となった!
そして、把むことのできない世の中の激しい変化は、ただ脳髄の中で考えるだけだ!
しかし、おれにとって、把み、見ることのできない彼方の世界こそ思惟する土台であり、神を質に入れても触れてみたいものだ
春が、春がふたたび牢獄にもやってきた
(獄中から山本喜三郎宛書簡一九三一年三月七日付 『陀田勘助詩集』を底本)

底本:「日本プロレタリア文学集・38 プロレタリア詩集(一)」新日本出版社
   1987(昭和62)年5月25日初版
底本の親本:「陀田勘助詩集」国文社
   1963(昭和38)年8月
入力:坂本真一
校正:雪森
2015年12月12日作成
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