あらすじ
古道具屋に置かれた、張り板、机、乳母車という3つの古道具が、それぞれ過去の思い出や、なぜ今の姿になったのかを語り合います。それぞれの道具が、かつて持ち主から愛され、大切にされてきた日々を懐かしむ一方で、今は時代に取り残され、静かに時を過ごしています。しかし、いつまでも同じ場所に留まっているわけではなく、彼らの未来は、新しい持ち主と出会うことで、再び動き出すのかもしれません。
 広(ひろ)やかな通(とお)りには、日(ひ)の光(ひかり)が暖(あたた)かそうにあたっていました。この道(みち)に面(めん)して、両側(りょうがわ)には、いろいろの店(みせ)が並(なら)んでいました。ちょうどその四(よ)つ辻(つじ)のところに、一軒(けん)の古道具(ふるどうぐ)をあきなっている店(みせ)がありました。そこに、各種(かくしゅ)の道具類(どうぐるい)が置(お)かれてある有(あ)り様(さま)は、さながら、みんなは、いままで働(はたら)いていたけれど、不用(ふよう)になったので、しばらく骨休(ほねやす)みをしているというようなようすでありました。
 どんなものが、そこにあったかというのに、まず壁(かべ)ぎわには、張(は)り板(いた)が立(た)てかけられてあり、その下(した)のところに、乳母車(うばぐるま)が置(お)いてあり、その横(よこ)に机(つくえ)があり、その他(た)、火(ひ)ばち・針箱(はりばこ)・瓶(びん)というように、いろいろな道具類(どうぐるい)が並(なら)べられてありました。
 しかし、張(は)り板(いた)と乳母車(うばぐるま)と机(つくえ)とが、いちばんたがいに距離(きょり)が近(ちか)かったものだから、話(はなし)もし、また親(した)しくもしていました。彼(かれ)らは、このごろは仕事(しごと)もないし、ただ空想(くうそう)にふけったり、昔(むかし)のことを思(おも)い出(だ)したりしているよりほかはなかったのであります。
 そのなかでも乳母車(うばぐるま)は、ちょうど腰(こし)の曲(ま)がったおばあさんのように、愚痴(ぐち)ばかりいっているのでした。
「まだ、あなたは、その年(とし)でもないのに、なぜそう愚痴(ぐち)ばかりおっしゃるのですか。また、これから世(よ)の中(なか)へ出(で)て、どんなおもしろいめをしないともかぎりますまいに……。」と、机(つくえ)はよく、乳母車(うばぐるま)に向(む)かっていったことがあります。
 すると、青(あお)いペンキのところどころはげ落(お)ちた乳母車(うばぐるま)は、急(きゅう)に、元気(げんき)づいた調子(ちょうし)になって、
「ほんとうに考(かんが)えればそうなんですよ。けれど、こうして、じっとしていますと、つい気(き)がめいりまして、しかたがないもんですから……。」と、乳母車(うばぐるま)は答(こた)えました。
「ああ、もうじき春(はる)がくるよ。そうすれば、おれたちは、きっとおもしろいことがあるだろう。そう長(なが)いことでもあるまい……。」と、張(は)り板(いた)が、身柄相応(みがらそうおう)な大(おお)きな声(こえ)を出(だ)して、口(くち)をいれました。
 今日(きょう)も、乳母車(うばぐるま)は、日(ひ)のあたたかそうにあたって、黄色(きいろ)なほこりが、人間(にんげん)の歩(ある)くげたのさきから、また荷車(にぐるま)のわだちの後(あと)から起(お)こるのを見(み)ていましたが、いつしか、いつものごとく訴(うった)えるような調子(ちょうし)で、
「わたしにも、おもしろいことも、おかしいことも、ありましたっけ。あれはどこだったろう。いい音楽(おんがく)の聞(き)こえてくる坂道(さかみち)を、赤(あか)ん坊(ぼう)をのせて登(のぼ)ると、そこには桜(さくら)の木(き)が幾本(いくほん)もあって、みごとに花(はな)が咲(さ)いていました。吹(ふ)いてくる風(かぜ)は、なんともいえず気持(きも)ちがよかったし、いつまでもその木(き)の下(した)で遊(あそ)んでいました。もう一度(ど)あんなところへいってみたいと思(おも)います……。」
 乳母車(うばぐるま)は、語(かた)るともつかず、ひとりで、こういって、空想(くうそう)にふけっていると、
「乳母車(うばぐるま)さん、あなたが、昔(むかし)のことをなつかしがりなさるのも、無理(むり)はないが、だれにだって、そうした思(おも)い出(で)というようなものはあるものです。しかしそれがどうなるもんでしょうか?」と、机(つくえ)がいいました。
 乳母車(うばぐるま)は、机(つくえ)のいったことは、耳(みみ)にはいらず、なにかいっしんに沈(しず)んだ顔(かお)をして考(かんが)えていました。
 このとき、突然(とつぜん)にも、壁(かべ)に寄(よ)りかかっている張(は)り板(いた)が口(くち)を開(ひら)いたのです。
「机(つくえ)くん、君(きみ)にも、なにかそんなはなやかな思(おも)い出(で)があるのかね。君(きみ)の姿(すがた)を見(み)たのでは、どんな虐待(ぎゃくたい)を人間(にんげん)から受(う)けてきたかと思(おも)われるくらいだ。僕(ぼく)は、また君(きみ)こそ、過去(かこ)の苦痛(くつう)の連続(れんぞく)であって、こうしてのんきにしていられるのが、どんなに君(きみ)にとって幸福(しあわせ)のことかしれないと思(おも)ったが、やはり、昔(むかし)が恋(こい)しいとみえるのは不思議(ふしぎ)なくらいだが……。」と、張(は)り板(いた)はいったのでした。
 机(つくえ)は、感慨深(かんがいぶか)そうな顔(かお)つきをして、張(は)り板(いた)のいうことに耳(みみ)を傾(かたむ)けていました。
「そう思(おも)われるのは、無理(むり)はありません。この体(からだ)をしていては……。」といいました。
 なぜなら机(つくえ)の四(よ)つ角(かど)は、小刀(こがたな)かなにかで、不格好(ぶかっこう)に削(けず)り落(お)とされて円(まる)くされ、そして、面(かお)には、縦横(じゅうおう)に傷(きず)がついていたのであります。張(は)り板(いた)がその過去(かこ)に、どんなひどいめにあわされてきたかと疑(うたが)ったことに、すこしのふしぎもなかったからです。しかし、机(つくえ)はそのことについて語(かた)りはじめました。
「もと私(わたし)は、なかなかりっぱな机(つくえ)でした。その時分(じぶん)、お嬢(じょう)さまは、私(わたし)の前(まえ)にすわって、歌(うた)をお作(つく)りなされました。お嬢(じょう)さまは、夏(なつ)の山路(やまじ)という題(だい)について、秋(あき)の野原(のはら)という課題(かだい)について、虫(むし)や、露(つゆ)について、また雨(あめ)にぬれた花(はな)などについて、どんなにかぎりない美(うつく)しい空想(くうそう)を、私(わたし)の前(まえ)で読(よ)み、歌(うた)われたかしれません。そして、あるときは故郷(こきょう)を思(おも)い出(だ)しては、悲(かな)しいやるせない、それは、私(わたし)には、あまり微妙(びみょう)でいいあらわせないような、もっとも尊重(そんちょう)されなければならぬ感情(かんじょう)を、私(わたし)にばかり、惜(お)しげもなく見(み)せられたかしれません……。このことは、あなたたちには、まったく、想像(そうぞう)のつかないことです。」といいました。
「それだのに、なぜ君(きみ)は、そんなかたわ者(もの)にされたんだね。」
「まあ、聞(き)いてください。お嬢(じょう)さまが結婚(けっこん)なされたときに、私(わたし)もいっしょに、お伴(とも)をしてまいりました。どうです、私(わたし)は、それほどのお気(き)にいりであったのでした。そのうちに、坊(ぼっ)ちゃんが生(う)まれました。坊(ぼっ)ちゃんが三つのとき、なにかのはずみにあやまって、私(わたし)の角(かど)で頭(あたま)をお打(う)ちになったのです。すると、気(き)の短(みじか)いご主人(しゅじん)は、なにか私(わたし)が悪(わる)いことでもしたように誤解(ごかい)されて、前後(ぜんご)の考(かんが)えもなく、腹(はら)だちまぎれに、私(わたし)の四(よ)すみの角(かど)をみんな小刀(こがたな)で削(けず)り落(お)としてしまわれました。そのときから、私(わたし)は、こんなかたわ者(もの)になったのです。それからというもの、私(わたし)は、なにかにつけて手荒(てあら)く取(と)り扱(あつか)われましたが、しまいに、大(おお)きくなった坊(ぼっ)ちゃんのために、またこんなに面(かお)にまで傷(きず)をつけられてしまいました。しかし、それまでの、長(なが)い間(あいだ)の栄華(えいが)な生活(せいかつ)を思(おも)い出(だ)せば、私(わたし)は、しあわせのほうで、なにも、うらむことはないのであります。」と、机(つくえ)は答(こた)えました。
 張(は)り板(いた)は、なんと思(おも)ったか、あざ笑(わら)いました。
「あなたが、こんなように、角(かど)を削(けず)り落(お)とされずにいたなら、ここへは、まだおいでにならなかったでしょう……。みんな、運命(うんめい)というもんでしょうね。」と、乳母車(うばぐるま)がいいました。
「うらむ、うらまないといって、もう二度(ど)と君(きみ)は、栄華(えいが)の日(ひ)を見(み)ることはあるまい。」と、張(は)り板(いた)がいいました。
「ほんとうに、あのとき、坊(ぼっ)ちゃんがころんで頭(あたま)を私(わたし)の角(かど)で打(う)ちさえしなければ、こんなことにはならなかったのです。」
「わたしも、やはりそうなんです。引(ひ)っ越(こ)しのときに、私(わたし)の小(ちい)さな体(からだ)では、無理(むり)なほど重(おも)い、大(おお)きなものを積(つ)み重(かさ)ねられましたので、そのとき、体(からだ)の具合(ぐあい)をいけなくしてしまったのです。もうすこし、私(わたし)の身(み)を思(おも)ってくれたらと思(おも)いますが、今(いま)となってはしかたがありません。また、そのうちには、いいこともないとかぎりますまいから……。」と、乳母車(うばぐるま)はいいました。
「そうだ。おまえさんなどは、そうおいぼれたばあさんでもないから、春(はる)になったら、どこへか売(う)れ口(くち)がないものでもない。」と、脊高(せだか)な、口(くち)だけは達者(たっしゃ)であるが、そのわりに能(のう)のなさそうな張(は)り板(いた)はいったのです。
「張(は)り板(いた)さん、あなたはどうなんですか。私(わたし)どもから見(み)れば、あなたは、しごく、のんきなように見(み)えまが、それでも苦労(くろう)はありますかい。」と、机(つくえ)は、張(は)り板(いた)に向(む)かって、たずねました。
「おれには、なに、苦労(くろう)なんかあるものか。おれみたいに、みんながのんきに暮(く)らしていれば、べつに悲観(ひかん)することもないのだ。せま苦(くる)しい家(うち)の中(なか)にいるときはべつだが、いつも天気(てんき)のいい日(ひ)は外(そと)に出(で)て、通(とお)る人間(にんげん)をながめたり、あたりの景色(けしき)をながめているのさ。病気(びょうき)をしてみたいと思(おも)っても病気(びょうき)のしようがないのだ。」
「それで、退屈(たいくつ)はなさいませんか?」と、乳母車(うばぐるま)がやさしい声(こえ)できいたのです。
「元来(がんらい)おれなどは、怠(なま)け者(もの)だから……なにを見(み)てもおもしろいね。とんぼの飛(と)ぶのを見(み)ても、犬(いぬ)がけんかをするのを見(み)ても、子供(こども)が輪(わ)をまわして遊(あそ)ぶのを見(み)ても……。だから、退屈(たいくつ)はしたことがない。」
「そうでございますか。」
「ここで、こうして、おたがいに仲(なか)よくなったのですから、たとえここを出(で)てしまっても、おたがいに幸福(こうふく)に日(ひ)を送(おく)りたいものですね……。」と、机(つくえ)が、いまさら感(かん)じたらしくいいました。
「ほんとうに、そうでございます。いつまたみんなが、一つところに落(お)ち合(あ)うことでございましょう?」
「いや、もうけっして、落(お)ちあうことはありますまい。」
 このとき張(は)り板(いた)は、からからと笑(わら)いながら、
「だれに、明日(あす)のことがわかるもんか。しかし、悪(わる)くなったって、よくなりっこはないだろうな。なぜって、こうして、骨休(ほねやす)みをしている楽(らく)にこした、楽(らく)はあるまいからな。机(つくえ)くんなどは、こんど働(はたら)きに出(で)れば、きっと重(おも)いものの台(だい)にでもなるだろう。そうすれば、一生(いっしょう)浮(う)かぶ瀬(せ)がない。乳母車(うばぐるま)さんだって、どうせ楽(らく)な日(ひ)はありっこない。まあ、こうして、一日(にち)でも長(なが)くいられるにこしたことがない……。」といいました。みんなは、なるほどそうかなと考(かんが)えられたのです。
 一日(じつ)、客(きゃく)がこの店(みせ)にはいってきました。主人(しゅじん)は、なにかその客(きゃく)と話(はなし)をしていました。張(は)り板(いた)・机(つくえ)・乳母車(うばぐるま)は、めいめいに自分(じぶん)が買(か)われてゆくのでないかと、胸(むね)をどきどきさしていました。それは、不安(ふあん)なうちにどこか明(あか)るい希望(きぼう)のあるような感(かん)じでもありました。
 そのうちに、主人(しゅじん)は、一方(ぽう)のすみの方(ほう)から、手(て)を延(の)ばして、あまり大(おお)きくないものをつかみ出(だ)しました。みんなは、それがなんであるかと目(め)を向(む)けますと、鼻(はな)がねずみに食(く)われて欠(か)けていた、古(ふる)いひな人形(にんぎょう)でありました。いつか、みんなは、この人形(にんぎょう)が仲間入(なかまい)りをしたときに、大(おお)いに笑(わら)ったものです。その後(ご)、その存在(そんざい)すら忘(わす)れられていたのでした。客(きゃく)は、どういうつもりか、その人形(にんぎょう)を買(か)ってゆきました。
 店(みせ)さきが、ふたたび静(しず)かになったとき、みんなは顔(かお)を見合(みあ)わせて、いまさら運命(うんめい)というものの不可思議(ふかしぎ)を考(かんが)えさせられたのであります。
――一九二五・一二――
了

底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社
   1977(昭和52)年3月10日第1刷発行
初出:「赤い鳥」
   1926(大正15)年3月
※表題は底本では、「春(はる)さきの古物店(こぶつてん)」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:雪森
2013年5月4日作成
青空文庫作成ファイル:
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