あらすじ
少年善吉は、他の子供たちが自由に遊ぶ中、家事の手伝いや弟の世話で、なかなか遊びにいけませんでした。しかし、彼は高い木に登るのが得意で、木の上から広がる景色を眺めることに喜びを感じていました。ある日、友だちに誘われ、からすの巣から子供を捕ることに挑戦します。善吉は高い木に登り、からすの子供を捕まえてきましたが、地主に見つかってしまいます。善吉は怒られることを覚悟しますが、母親は、彼をかばうために地主と勇敢に言い争います。善吉は母親の愛情に気づき、それからは家事や弟の世話を進んでするようになりました。
 善吉(ぜんきち)は、ほかの子供(こども)のように、学校(がっこう)から家(いえ)に帰(かえ)っても、すぐにかばんをほうり出(だ)して、外(そと)へいって、友(とも)だちと自由(じゆう)に飛(と)びまわって遊(あそ)ぶことはできませんでした。仕事(しごと)のてつだいをさせられるか、弟(おとうと)を脊中(せなか)におぶって、守(も)りをさせられたからであります。彼(かれ)と同(おな)じ年(とし)ごろの子供(こども)たちが、土手(どて)へはい上(あ)がったり、茶(ちゃ)の木(き)の蔭(かげ)にかくれたり、みぞをおもしろそうに飛(と)び越(こ)すのなどを、そばでぼんやりとながめながら、
「おれも、あんなようにして遊(あそ)びたいものだな。」と、心(こころ)のうちで思(おも)っていました。
 彼(かれ)は、どうかして、学校(がっこう)から帰(かえ)ったら、うまく、逃(に)げ出(だ)したいものだと考(かんが)えていました。しかし、家(うち)のものに気(き)づかれずに、外(そと)へいってみんなといっしょに遊(あそ)ぶことができたにしても、それは、ほんのすこしの間(あいだ)であって、すぐに、家(うち)へ呼(よ)びもどされたのです。
「そう、親(おや)のいうことを聞(き)かぬようでは、どこかへやってしまうぞ。」
「だれが、ゆくものか。」
「いいや、やってしまう。おまえみたいな、いうことをきかぬ子(こ)は、ほんとうは、うちの子(こ)ではないのだ。」
「そんなら、どこの子(こ)だい。」
「どこの子(こ)だか知(し)らないが、小(ちい)さなときに、かわいそうだと思(おも)って拾(ひろ)ってきて育(そだ)てたのだ。」
 母親(ははおや)は、むきになってしかりました。善吉(ぜんきち)はしまいにかなしくなって、しくしくと泣(な)き出(だ)しました。そして、小(ちい)さな胸(むね)の中(うち)で、
「ほんとうに、おれは、ここの家(うち)に生(う)まれたのでなくて、拾(ひろ)われてきたのだろうか。」と、悲(かな)しかったのであります。
 そのときは、母親(ははおや)のいうことを聞(き)いて、手助(てだす)けをしましたが、すぐにほかの子供(こども)たちの楽(たの)しそうな呼(よ)び声(ごえ)や、笑(わら)い声(ごえ)をききますと、広(ひろ)い、自由(じゆう)の世界(せかい)が恋(こい)しくなりました。
 あるとき、みんなで木登(きのぼ)りをしたときに、善吉(ぜんきち)はだれよりも上手(じょうず)でありました。相撲(すもう)をとったり、走(はし)りっこをしたのでは、いつでもいちばんに上手(じょうず)だといわれなかったけれど、木登(きのぼ)りにかけては、自分(じぶん)は、だれにも負(ま)けないという自信(じしん)ができました。
 ほかのものが、怖(おそ)ろしがって、低(ひく)いところで、枝(えだ)につかまって、それから上(うえ)へ登(のぼ)り得(え)ないのを見(み)ると、自分(じぶん)は、ぐんぐん上(うえ)へ、上(うえ)へと登(のぼ)っても、けっして、怖(おそ)ろしくないばかりか、ますます気持(きも)ちがはればれしくなるのを知(し)ると、なんともいえず、愉快(ゆかい)でたまりません。
「おうい、ここまで登(のぼ)ってくると、海(うみ)が見(み)えるぞ!」と、善吉(ぜんきち)は、高(たか)いすぎの木(き)の、いちばん先(さき)の細(ほそ)くなっているあたりまで登(のぼ)って、下(した)に小(ちい)さくなってみえる友(とも)だちに向(む)かっていいました。
「善(ぜん)ちゃん、ほんとうかい。ほんとうに、海(うみ)が見(み)えるかい。」
「うそをいうものか。あっちには、町(まち)が見(み)える……。いい景色(けしき)だなあ。」と、善吉(ぜんきち)は、木(き)の頂(いただき)に登(のぼ)っていいました。
 下(した)の子供(こども)たちは、うらやましがって、上(うえ)を仰(あお)いで口(くち)を開(あ)けています。中途(ちゅうと)まで、登(のぼ)ったものも、いつか思(おも)いあきらめて、降(お)りてしまいました。
「善(ぜん)ちゃん、おっこちたら、死(し)んでしまうよ。」と、自分(じぶん)はできなかったので、負(ま)け惜(お)しみに、善吉(ぜんきち)が早(はや)く降(お)りるように、そんなことをいっていました。
 すると、善吉(ぜんきち)は、だれもできないことを、ひとりしているので、ますます得意(とくい)になって、
「海(うみ)が、よく見(み)えるな。あ、汽車(きしゃ)が通(とお)っている。ほら森(もり)に隠(かく)れた。あ、見(み)えた。あすこが停車場(ていしゃば)か。」と、いちいちいって、下(した)のものをうらやましがらしていました。
「早(はや)く、善(ぜん)ちゃん降(お)りておいで、鬼(おに)ごっこをしようや。」
 こう下(した)から呼(よ)ぶと、善吉(ぜんきち)は、ゆうゆうと上(うえ)から降(お)りてきました。そして、自分(じぶん)ひとりだけしか知(し)らない、高(たか)い木(き)の上(うえ)で見(み)た景色(けしき)をいろいろに物語(ものがた)ったのです。
「善(ぜん)や、善吉(ぜんきち)や。」
 あちらで、母親(ははおや)が呼(よ)ぶ声(こえ)がしました。すると、善吉(ぜんきち)の、いままで輝(かがや)いていた顔(かお)が、たちまち曇(くも)りました。
「おら、うちへ帰(かえ)って、子守(こもり)しなければ、しかられるから、鬼(おに)ごっこをよしておこう……。」
 こういって、名残(なごり)惜(お)しそうに帰(かえ)ってゆきました。

 いつからともなく、善吉(ぜんきち)は、みんなから離(はな)れて、高(たか)い木(き)に登(のぼ)って、ひとり、広々(ひろびろ)とした景色(けしき)を見(み)て楽(たの)しむことを好(この)むようになりました。ほかの子供(こども)たちは、善吉(ぜんきち)をさるとあだ名(な)づけたのです。彼(かれ)は、ぞうりを草(くさ)の中(なか)に隠(かく)して、高(たか)い木(き)に登(のぼ)りさえすれば、いっさい、うるさい世(よ)の中(なか)のことからはなれてしまえば、また、耳(みみ)に聞(き)くこともなかったのでした。たとえ、母親(ははおや)が、いくら自分(じぶん)の名(な)を呼(よ)びながら探(さが)しても、見(み)つかる気遣(きづか)いもなければ、だれだって、自分(じぶん)の姿(すがた)を探(さが)し出(だ)すものはなかったのです。
「しっかり、枝(えだ)に足(あし)をかけて、わき見(み)をしてはだめだ。そうだ、もう一段(だん)、もう一段(だん)……。」と、太陽(たいよう)は、大空(おおぞら)から声(こえ)をかけてくれて、にこやかに笑(わら)いながら、善吉(ぜんきち)の登(のぼ)るのを見(み)ていました。
「こんなに、よく遠(とお)く晴(は)れているが、おまえには海(うみ)に浮(う)かんでいる白帆(しらほ)の影(かげ)は、見(み)えなかろう……。」と、やさしい風(かぜ)は、やわらかに吹(ふ)いて、善吉(ぜんきち)のほおをなでてゆきました。やっと、しなしなしなう頂(いただき)まで登(のぼ)って顔(かお)を出(だ)すと、
「おまえは、まるで鳥(とり)のようだな。」と、太陽(たいよう)は、円(まる)い顔(かお)で、あきれるように、口(くち)を開(あ)けていいました。
「その枝(えだ)は、あぶない。その下(した)の枝(えだ)に足(あし)をかけて、この枝(えだ)にしっかりつかまっていればだいじょうぶだから。」と、風(かぜ)は、しんせつに、善吉(ぜんきち)に注意(ちゅうい)してくれました。
 彼(かれ)は、いつまでも、こうして、ここで、広々(ひろびろ)とした景色(けしき)をながめて、空想(くうそう)にふけっていたかった。脊中(せなか)に子供(こども)をおぶわされては、飛(と)びまわることもできず、暗(くら)くなるまで子守(こもり)をするのは、いやであった。それをいやといえば、母親(ははおや)にしかられる。「どこかへやってしまうぞ。おまえは、ほんとうは、家(うち)の子(こ)でない、捨(す)ててあったのをかわいそうに思(おも)って、拾(ひろ)ってきて育(そだ)てたのだ。」いつもこんなにいわれる。はたして、自分(じぶん)は、捨(す)て子(ご)だったろうか。ほんとうのお母(かあ)さんは、ほかにいるのだろうか? 木(き)の上(うえ)で、彼(かれ)はいろんな空想(くうそう)にふける。
 ☆石竹色(せきちくいろ)の雲(くも)が、鏡(かがみ)のような北(きた)の空(そら)に、あらわれたかと思(おも)うと、それが天使(てんし)の舞(ま)っている姿(すがた)となり、やがて、小(ちい)さくなって、鳥(とり)のようになり、そして、消(き)えてしまった。
「お母(かあ)さん!」
 善吉(ぜんきち)は、目(め)に、いっぱい涙(なみだ)をためて、ほんとうのお母(かあ)さんを呼(よ)んだのでした。いつも、高(たか)い木(き)に登(のぼ)って、遠(とお)く見(み)るたびに、ほんとうのやさしいお母(かあ)さんが、どこか、美(うつく)しい町(まち)に住(す)んでいて、やはり、自分(じぶん)のことを思(おも)っているような気(き)がしたのであります。

 ある日(ひ)のこと、友(とも)だちが、わいわいいいながら、あちらからやってきました。
「善(ぜん)ちゃん、君(きみ)なら、とれるよ。地主(じぬし)さんの屋敷(やしき)のすぎの木(き)に、からすが巣(す)を造(つく)ったのだ。下(した)からも、よく見(み)える。いって捕(と)ろうや。」
「高(たか)いかい。」と、善吉(ぜんきち)は、聞(き)いた。
「それは、高(たか)いさ。善(ぜん)ちゃんでなければ、だれも、あんなところへ登(のぼ)れないや。」
 こうおだてられると、善吉(ぜんきち)は、つい、みんなとそこへいってみる気(き)になりました。なるほど、すぎ林(ばやし)の中(うち)のいちばん高(たか)い木(き)の上(うえ)の方(ほう)に、からすは、巣(す)をかけていた。風(かぜ)が吹(ふ)くたびに、木(き)の枝(えだ)が揺(ゆ)れて、黒(くろ)い円(まる)い塊(かたまり)が、よく見(み)えたり、また見(み)えなくなったりしました。
「あの中(なか)に、からすの子(こ)がいるよ。善(ぜん)ちゃん、登(のぼ)って捕(と)っておいでよ。」
「垣根(かきね)を破(やぶ)って、はいったら、しかられるからいやだ。」と、善吉(ぜんきち)は、頭(あたま)を振(ふ)りました。
「だいじょうぶだ。ここで、番(ばん)をしているから。」
「善(ぜん)ちゃん、君(きみ)は、木登(きのぼ)りがうまいんじゃないか?」
「からすがくると、頭(あたま)をつつくだろう。」
「いま、親(おや)がらすは、どこかへいっていないぜ。」
 ちょうど、どこからか親(おや)がらすが帰(かえ)ってきました。つづいて、また、一羽(わ)帰(かえ)ってきました。母(はは)がらすと、父(ちち)がらすだったのでありましょう。巣(す)の中(なか)の子供(こども)は、喜(よろこ)んで、カア、カア、鳴(な)いていました。
「いま、じきに餌(えさ)をさがしに、親(おや)がらすがどこかへいくから、その間(あいだ)に、善(ぜん)ちゃん、登(のぼ)って捕(と)っておいでよ。」と、子供(こども)らは、すすめました。
 はたして、しばらくすると、二羽(わ)の親(おや)がらすが、いなくなった。善吉(ぜんきち)は、じっと上(うえ)を仰(あお)いでいたが、垣根(かきね)のすき間(ま)からくぐり込(こ)んで、地主(じぬし)の屋敷(やしき)にはいると、そのすぎの木(き)に近寄(ちかよ)って、するすると登(のは)りはじめたのです。
「善(ぜん)ちゃん、落(お)ちないように。」
「だいじょうぶ、番(ばん)をしているから。」
「やかましい。黙(だま)っていれよ。」
 子供(こども)たちは、口々(くちぐち)に、いっているうちに、善吉(ぜんきち)の姿(すがた)は、いつしか、木(き)の頂(いただき)に達(たっ)して、しげった枝(えだ)の中(なか)に隠(かく)れると、急(きゅう)に、カア、カアと、子(こ)がらすのけたたましく鳴(な)く声(こえ)がきこえました。やがて、善吉(ぜんきち)は、一羽(わ)のまだ飛(と)べない子(こ)がらすを片手(かたて)に握(にぎ)って、すぎの木(き)から降(お)りてきました。
 子供(こども)たちは、善吉(ぜんきち)を取(と)り巻(ま)いて、みんなで、あちらの方(ほう)へ凱歌(がいか)をあげてゆきました。あとで、親(おや)がらすが帰(かえ)ってきたが、留守(るす)の間(あいだ)に、かわいい子供(こども)を一羽(わ)、さらわれたとわかると、悲鳴(ひめい)をあげて大騒(おおさわ)ぎをしました。この声(こえ)を聞(き)きつけて、何事(なにごと)によらず、友情深(ゆうじょうぶか)い、おたがいに助(たす)け合(あ)うからすたちは、どこからともなく、たくさんこの林(はやし)の中(なか)に集(あつ)まってきました。そして、自分(じぶん)たちの敵(てき)は、何者(なにもの)だろう……。つれてゆかれた子(こ)がらすは、どうなったろうと、あちらに飛(と)び、こちらに飛(と)び、わめきたてていました。

 夕日(ゆうひ)が、黄色(きいろ)く林(はやし)の間(あいだ)を彩(いろど)って沈(しず)みかけたころから、烈(はげ)しい風(かぜ)となりました。ちょうど、このとき、地主(じぬし)のおじいさんは、かんかんに怒(おこ)って、あちらからやってきました。
「だれだ! からすの子(こ)を捕(と)ったものは? 親(おや)がらすがきちがいになって鳴(な)いているので、家(うち)にいられたものでない。」
 善吉(ぜんきち)の家(うち)のそばで、子供(こども)らは、からすの子(こ)をおもちゃにして遊(あそ)んでいました。ちょうど、そこへおじいさんは、やってきたのです。近所(きんじょ)の人(ひと)たちは、何事(なにごと)が起(お)こったのかと思(おも)って、外(そと)に出(で)てみました。すると、日(ひ)ごろやかましい、がんこな、地主(じぬし)のおじいさんが、怒(おこ)っているので、みんな小(ちい)さくなって、息(いき)を殺(ころ)して、ながめていました。善吉(ぜんきち)の母親(ははおや)も、自分(じぶん)の子供(こども)が、いたずらをしたためしかられるのを、人(ひと)の蔭(かげ)になって見(み)ていました。
「だれが、垣根(かきね)などを破(やぶ)って、内(うち)へはいったのだ。」と、おじいさんは、目(め)をみはりました。
「おらでない。」
「善(ぜん)ちゃんだ。」
「だれが、木(き)などに登(のぼ)って、からすの子(こ)を捕(と)ったりしたのだ。」
「おらでないぞ。」
「善(ぜん)ちゃん……。」
 子供(こども)たちは、口々(くちぐち)に、おれでないといいはりました。そして、善吉(ぜんきち)であることを告(つ)げ口(ぐち)したのです。善吉(ぜんきち)は、下(した)を向(む)いて、顔(かお)を赤(あか)くしていたが、心(こころ)の中(うち)で、友(とも)だちの卑怯(ひきょう)なのを憎(にく)んでいました。自分(じぶん)に捕(と)れといったのは、おまえたちではないか。そして、みんなで、遊(あそ)んでいたのでないか。それを、しかられるときには、おれにだけ罪(つみ)をきせようとする、なんという頼(たの)みにならないやつだろう、と思(おも)っていました。
「おまえか、からすの子(こ)を捕(と)ったのは?」
 地主(じぬし)のおじいさんは、怖(おそ)ろしい顔(かお)をして、善吉(ぜんきち)をにらみました。
「はい。」と、善吉(ぜんきち)が、正直(しょうじき)にうなずいた。
「その子供(こども)を巣(す)の中(なか)へ返(かえ)してくるだ! あのとおり、親(おや)がらすが鳴(な)いている。」と、おじいさんは、善吉(ぜんきち)に命(めい)じました。
 林(はやし)は、風(かぜ)のために波立(なみだ)っていました。からすは火(ひ)の子(こ)の飛(と)ぶように、空(そら)に黒(くろ)く、鳴(な)きさわいでいました。そして、日(ひ)は、だんだんと暮(く)れかかっていたのです。善吉(ぜんきち)は、からすの子(こ)を抱(だ)いて、地主(じぬし)の後(あと)についてゆきました。
 ふいに、善吉(ぜんきち)の母親(ははおや)が、飛(と)び出(だ)した。
「だんなさん、からすの子(こ)が大事(だいじ)か、人間(にんげん)の子(こ)が大事(だいじ)か。この大風(おおかぜ)に、あなたはあの高(たか)い木(き)へ登(のぼ)らせなさる気(き)なのですか……。」
 平常(ふだん)は、ものをいうのもはばかる地主(じぬし)に向(む)かって、母親(ははおや)は大(おお)きな声(こえ)で叫(さけ)びました。近所(きんじょ)の人々(ひとびと)はじめ、善吉(ぜんきち)まで、びっくりして、母親(ははおや)の顔(かお)を見(み)つめた。
「登(のぼ)らせるもないものだ。親(おや)のしつけが悪(わる)いから、こんないたずらをするのだ。」
「だんなさん、そこは、子供(こども)です……。」
 善吉(ぜんきち)は、もうだまっていられなかった。
「おっかあ、おれが悪(わる)かった。からすの子(こ)、巣(す)にもどしてくる。なに、だいじょうぶだ。落(お)ちるもんか。」
 こういうと、善吉(ぜんきち)は、駆(か)け出(だ)しました。そして、するすると高(たか)い木(き)に登(のぼ)って、巣(す)の中(なか)へ、子(こ)がらすをもとのとおりにいれて降(お)りました。
 彼(かれ)は、ほんとうの母(はは)であればこそ、この場合(ばあい)、だれでも怖(おそ)ろしがる、地主(じぬし)に向(む)かって、自分(じぶん)のためにいい争(あらそ)ってくれたのだ。それだのに、自分(じぶん)は、しかられるたびに、母(はは)を疑(うたが)い、またうらんだことをもったいなく思(おも)いました。それからは、善吉(ぜんきち)は、学校(がっこう)から帰(かえ)って、自分(じぶん)からすすんで、弟(おとうと)を守(も)りし、また親(おや)の手助(てだす)けをしたのであります。
――一九二九・三――
☆石竹色(せきちくいろ)──石竹(せきちく)の花(はな)の色(いろ)。うすい紅色(べにいろ)。ピンク。
了

底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社
   1977(昭和52)年4月10日第1刷
底本の親本:「未明童話集4」丸善
   1930(昭和5)年7月20日
初出:「キング」
   1929(昭和4)年6月
※表題は底本では、「高(たか)い木(き)と子供(こども)の話(はなし)」となっています。
※本文末の語注のページ数は省略しました。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:へくしん
2021年5月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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