あらすじ
正ちゃんは、幼い頃に母親を亡くし、女中のおんぶで「お母ちゃん」と呼びながら、その不在を悲しんでいました。女中は、正ちゃんを慰めるため、絵の描かれたうちわを見せ、「お母さんはここにいるのよ」と、絵の中の女性を指さしました。正ちゃんは、その絵に心を奪われ、うちわを手放さず、母親の姿をそこに重ねていました。しかし、夏の終わりが近づき、女中はうっかりうちわを焦がしてしまい、正ちゃんは泣きじゃくります。女中は、同じようなうちわを探し求め、町中をさまよい歩きましたが、なかなか見つかりませんでした。そして、秋の夜、正ちゃんを抱いて歩いていると、まんまるな月が林の上に現れました。「お母さんは、あの中にいるのよ」と、女中が月を指さすと、正ちゃんは月を見つめ、「お母ちゃん」と微笑みました。
 正(しょう)ちゃんは、三つになったときに、はじめて自分(じぶん)には、お母(かあ)さんのないことを知(し)りました。それは、どんなにさびしかったでありましょう。みんなに、お母(かあ)さんがあるのに、どうして、自分(じぶん)にばかり、お母(かあ)さんがないのか? それで、正(しょう)ちゃんは、女中(じょちゅう)の脊中(せなか)におぶわれながら、
「お母(かあ)ちゃん、……お母(かあ)ちゃん。」と、小(ちい)さな掌(てのひら)で、女中(じょちゅう)の肩(かた)のあたりをたたきながら、呼(よ)びました。
 それは、「私(わたし)には、ほかの子供(こども)たちのように、やさしいお母(かあ)さんがないの?」と、たずねていることがよくわかりましたので、女中(じょちゅう)は、
「坊(ぼっ)ちゃんのお母(かあ)さんは、ののさまになってしまわれましたのですよ。」といって、青(あお)い空(そら)の方(ほう)を指(さ)したのであります。
 しかし、ののさまということも、また、ののさまになれば、空(そら)へ上(のぼ)ってしまわなければならぬということも、まだ正(しょう)ちゃんには、わかりませんでした。いろいろとかたことまじりに、女中(じょちゅう)に問(と)いましたので、彼女(かのじょ)は、
「坊(ぼっ)ちゃんのお母(かあ)さんは、遠(とお)いところへいってしまわれたのですよ。」と、哀(あわ)れな子供(こども)に、説(と)いて聞(き)かせなければならなかったのです。
 彼女(かのじょ)には、どうしても、このとき、死(し)んでしまったということが、あまりに、子供(こども)に対(たい)して、いじらしくていえなかったのでした。
 正(しょう)ちゃんは、お母(かあ)さんが、遠(とお)いところへいったと聞(き)くと、よく女中(じょちゅう)の話(はなし)がわかりました。いつ、その遠(とお)いところから、帰(かえ)ってくるかということも、また、その遠(とお)いところというのは、どこだろうということも知(し)らなかったけれど、ただ、ぼんやりと、遠(とお)いところへいったのだということだけがわかりました。
 正(しょう)ちゃんは、自分(じぶん)をよくかわいがってくれる女中(じょちゅう)の脊中(せなか)にいて、不自由(ふじゆう)はしなかったけれど、自分(じぶん)にはほかの子供(こども)のように、お母(かあ)さんがないのだと思(おも)ったときは、さびしそうにみえました。そして、どんなことを、小(ちい)さな頭(あたま)の中(なか)で思(おも)っているのか、
「お母(かあ)ちゃん、……お母(かあ)ちゃん。」といって、小(ちい)さな掌(てのひら)で、女中(じょちゅう)の肩(かた)のあたりをたたいたのであります。
 ある日(ひ)のこと、もう、夏(なつ)でありましたから、女中(じょちゅう)は手(て)にうちわを持(も)っていました。そのうちわは、毎日(まいにち)のように、勝手(かって)もとへご用(よう)を聞(き)きにくる、出入(でい)りの商人(しょうにん)が暑中伺(しょちゅううかが)いに持(も)ってきたのであって、だれが描(か)いたのかしれないが、若(わか)い女(おんな)の人(ひと)が、晩方(ばんがた)の町(まち)を歩(ある)いている絵(え)が描(か)いてありました。
 女中(じょちゅう)は、なんということなく、また深(ふか)い考(かんが)えもなく、脊中(せなか)の正(しょう)ちゃんに、うちわを見(み)せて、
「坊(ぼっ)ちゃんのお母(かあ)さんは、ここにいられますよ。」といって、うちわの中(なか)の女(おんな)の人(ひと)を指(ゆび)さしたのでした。
 正(しょう)ちゃんは、じっと、その絵(え)にみとれていましたが、
「お母(かあ)ちゃん。」といって、急(きゅう)に、かわいらしい手(て)で、しっかりとうちわの柄(え)をつかんでしまって、放(はな)しませんでした。
 その絵(え)の女(おんな)の人(ひと)の顔(かお)は、あちらを向(む)いているので半分(はんぶん)しか描(か)いてありません。けれど若(わか)い、しとやかな、美(うつく)しい姿(すがた)をしていました。そして、墨絵(すみえ)で書(か)かれた町(まち)は、黒(くろ)く浮(う)き出(で)て、町(まち)の屋根(やね)を赤(あか)く染(そ)めて、夕焼(ゆうや)けの空(そら)が、もの悲(がな)しく見(み)えていたのです。
 子供(こども)の目(め)に、その絵(え)は、どんなふうに映(うつ)ったでしょうか。それをだれも知(し)る人(ひと)はありません。しかし正(しょう)ちゃんは、そのうちわを持(も)つと、じっとその絵(え)に見入(みい)っていました。赤(あか)い絵(え)の具(ぐ)の色(いろ)が、水晶(すいしょう)のように、清(きよ)らかに澄(す)んだ、正(しょう)ちゃんの瞳(ひとみ)の中(なか)にうつるのでありました。
「坊(ぼっ)ちゃんは、このうちわが、大好(だいす)きですね。」と、女中(じょちゅう)は、笑(わら)いながらいいました。
 正(しょう)ちゃんは、寝起(ねお)きのいい子(こ)でありましたけれど、おりには、不(ふ)きげんで、泣(な)くこともありました。そんなとき、彼女(かのじょ)は、うちわを持(も)ってきて、
「お母(かあ)ちゃんが、お母(かあ)ちゃんが……。」といいました。哀(あわ)れな子供(こども)は、ものいわない絵(え)に見入(みい)って、泣(な)きやむのがつねでありました。そして、小(ちい)さな指(ゆび)で、うちわに描(か)かれた、女(おんな)の人(ひと)を指(ゆび)さして、
「お母(かあ)ちゃん、……お母(かあ)ちゃん。」と、かわいらしい声(こえ)を出(だ)して、正(しょう)ちゃんはいったのです。
 絵(え)は、もとよりなんの言葉(ことば)もありませんでした。しかし、正(しょう)ちゃんは、絵(え)のお母(かあ)さんが、笑(わら)ってでも見(み)えるのか、ひとり、声(こえ)をたて、自分(じぶん)で笑(わら)って、なぐさめられたのであります。
 夏(なつ)でありましたから、ちょうどうちわの絵(え)のように夕焼(ゆうや)けのした景色(けしき)が、町(まち)の中(なか)でも見(み)られました。そのうちに、だんだん夏(なつ)も終(お)わりに近(ちか)づいたのです。
 暑(あつ)さを忘(わす)れるようになると、だれでも、うちわを粗末(そまつ)にします。たいていうちわというものは、その年(とし)だけしか使用(しよう)しないからです。女中(じょちゅう)も、やはりその一人(ひとり)でありました。ある日(ひ)のこと、勝手(かって)もとで、しちりんに鍋(なべ)をかけて煮物(にもの)をしていましたが、その焼(や)けた鍋(なべ)を下(お)ろすときに、正(しょう)ちゃんの好(す)きなうちわだという考(かんが)えもなく、その上(うえ)におろしました。そのために、うちわの絵(え)の描(か)いてある表(おもて)が、赤黒(あかぐろ)く焦(こ)げてしまったのです。そして、正(しょう)ちゃんのお母(かあ)さんも焦(こ)げてしまいました。
「お母(かあ)ちゃん、……お母(かあ)ちゃん。」と、正(しょう)ちゃんがいったときに、女中(じょちゅう)は、その焦(こ)げたうちわを取(と)り上(あ)げて、いまさら、自分(じぶん)の無分別(むふんべつ)をば、深(ふか)く心(こころ)に恥(は)じながら、これを正(しょう)ちゃんに渡(わた)しますと、正(しょう)ちゃんは、おどろいて、そのうちわを見(み)つめていましたが、ばたりと手(て)から落(お)として、急(きゅう)に、悲(かな)しくなって泣(な)き出(だ)しました。
「お母(かあ)ちゃん! お母(かあ)ちゃん!」
 なんといっても、呼(よ)びつづけてやみませんでした。女中(じょちゅう)は、困(こま)ってしまった。しかし、自分(じぶん)が悪(わる)いのだと思(おも)って、
「さあ、坊(ぼっ)ちゃん、おんぶなさい。いいきれいなうちわを買(か)ってきましょう……。」といいました。
 彼女(かのじょ)は、探(さが)したら、これと同(おな)じ絵(え)の描(か)いてあるうちわを見(み)つけないものでもない。それでなければ、もっと美(うつく)しい女(おんな)の人(ひと)の描(か)いてあるうちわがあるだろうと思(おも)ったからです。
 正(しょう)ちゃんは、すぐには、おんぶしませんでしたが、お母(かあ)ちゃんの描(か)いてある、いいうちわを買(か)ってきましょうといったので、泣(な)く泣(な)く女中(じょちゅう)の肩(かた)につかまりました。
 彼女(かのじょ)は、正(しょう)ちゃんをおぶって、町(まち)の中(なか)をぶらぶら歩(ある)きました。
「どこへいったら、うちわがあるだろう……。」
 もはや、季節(きせつ)が過(す)ぎてしまったので、荒物屋(あらものや)や、絵双紙屋(えぞうしや)のようなところを聞(き)いて歩(ある)いてみたけれど、うちわを並(なら)べている家(うち)はありませんでした。
 女中(じょちゅう)は、ほんとうに困(こま)ってしまいました。
「いま、きっと、どこかにありますよ。」といって、彼女(かのじょ)は正(しょう)ちゃんをおぶって、なおもうちわを探(さが)して歩(ある)いたのでした。けれど、うちわはなかなか見(み)つかりませんでした。たまたま売(う)れ残(のこ)りのうちわがあっても、それは、前(まえ)の正(しょう)ちゃんの大好(だいす)きなうちわとは似(に)つきもしないもので、正(しょう)ちゃんは、それを手(て)に取(と)ると、だまって捨(す)ててしまいました。
 女中(じょちゅう)は、それから、まだどんなに探(さが)して歩(ある)いたことでしょう。
「お母(かあ)ちゃんない、……お母(かあ)ちゃんない?」と、脊中(せなか)で正(しょう)ちゃんはいいました。
「いくら探(さが)しても、どこにも、あれと同(おな)じうちわはありませんよ。」と、彼女(かのじょ)は、答(こた)えました。
 まだ、三つの正(しょう)ちゃんにも、その意味(いみ)がわかったものとみえて、正(しょう)ちゃんは、女中(じょちゅう)の脊中(せなか)で大(おお)あばれをしました。
「お母(かあ)ちゃん、……お母(かあ)ちゃん……。」といって、泣(な)きました。
 女中(じょちゅう)は、しみじみと、これほどまでに坊(ぼっ)ちゃんが、ほんとうのお母(かあ)さんのごとく思(おも)っているものを、自分(じぶん)が粗末(そまつ)にしたことは、まちがっていたと、心(こころ)から悪(わる)かったと思(おも)いました。そして、どんなにしても、あれと同(おな)じようなうちわを探(さが)さなければならぬと思(おも)いました。
 哀(あわ)れな彼女(かのじょ)は、町(まち)の中(なか)を歩(ある)いて、歩(ある)いてまわったのです。とうとう足(あし)は、疲(つか)れました。
 そのうちに、日(ひ)はまったく暮(く)れてしまった。そして、秋(あき)の夜(よ)らしく、淡(うす)いもやが、一面(めん)に町(まち)の屋根(やね)にかかりました。いま、彼女(かのじょ)は、正(しょう)ちゃんをおぶって、寂(さび)しい道(みち)を歩(ある)いていました。
「坊(ぼっ)ちゃん、わたしが悪(わる)かったのですから、どうか堪忍(かんにん)してくださいね。」と、彼女(かのじょ)はいいました。
 子供(こども)は、それがわかったように、おとなしくしていた。そのとき、ちょうど、まんまるな月(つき)が、林(はやし)の上(うえ)へ上(のぼ)ったのであります。
「おお、いいお月(つき)さまだこと。坊(ぼっ)ちゃんのお母(かあ)さんは、あの中(なか)に、おいでなさるのですよ。」と、彼女(かのじょ)は月(つき)を指(ゆび)さしながらいいました。正(しょう)ちゃんは、じっと、月(つき)を水晶(すいしょう)のような清(きよ)らかな目(め)でながめていましたが、それらしいなにかが映(うつ)ったのか、
「お母(かあ)ちゃん、……お母(かあ)ちゃん。」と、自分(じぶん)も月(つき)を指(ゆび)さして、にっこりしました。――これは、正(しょう)ちゃんが、はじめて、この世(よ)の中(なか)の哀(あわ)れを解(かい)したときであったのであります。
――一九二七・一〇――
了

底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社
   1977(昭和52)年4月10日第1刷
底本の親本:「未明童話集3」丸善
   1928(昭和3)年7月6日
初出:「赤い鳥 第十九卷第六號」
   1927(昭和2)年12月1日
※表題は底本では、「遠方(えんぽう)の母(はは)」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:くろべえ
2019年11月24日作成
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