あらすじ
高い木は雷を恐れて震えていました。ある日、たかが木にやってきて、雷を都会へ誘い出すことを提案します。雷は都会の喧騒に圧倒され、電線に落ちてしまいます。都会は真っ暗になり、機械の音も止まりました。雷は自分の行動に驚き、高い木は安心した夜空を見上げていました。
 都会(とかい)から、あまり遠(とお)く離(はな)れていないところに、一本(ぽん)の高(たか)い木(き)が立(た)っていました。
 ある夏(なつ)の日(ひ)の暮(く)れ方(がた)のこと、その木(き)は、恐(おそ)ろしさのために、ぶるぶると身(み)ぶるいをしていました。木(き)は、遠(とお)くの空(そら)で、雷(かみなり)の鳴(な)る音(おと)をきいたからです。
 小(ちい)さな時分(じぶん)から、木(き)は、雷(かみなり)の怖(おそ)ろしいのをよく知(し)っていました。風(かぜ)をよけて、自分(じぶん)をかばってくれた、あのやさしいおじさんの大木(たいぼく)も、ある年(とし)の夏(なつ)の晩方(ばんがた)のこと、目(め)もくらむばかりの、電(いなずま)といっしょに落(お)ちた、雷(かみなり)のために、根(ね)もとのところまで裂(さ)かれてしまったのでした。そればかりでない、この広(ひろ)い野原(のはら)のそこここに、どれほど多(おお)くの木(き)が、雷(かみなり)のために、打(う)たれて枯(か)れてしまったことでしょう。
「あまり、大(おお)きく、高(たか)くならないうちが、安心(あんしん)だ。」といわれていましたのを、木(き)は、思(おも)い出(だ)ました。
 しかし、いま、この木(き)は、いつしか、高(たか)く大(おお)きくなっていたのでした。それをどうすることもできませんでした。
 木(き)は、それがために、雷(かみなり)をおそれていました。そして、いま、遠方(えんぽう)で鳴(な)る雷(かみなり)の音(おと)をきくと、身(み)ぶるいせずにはいられませんでした。
 このとき、どこからともなく、湿(しめ)っぽい風(かぜ)に送(おく)られてきたように、一羽(わ)のたかが飛(と)んできて、木(き)のいただきに止(と)まりました。
「私(わたし)は、山(やま)の方(ほう)から駆(か)けてきた。どうか、すこし、翼(はね)を休(やす)めさしておくれ。」と、たかはいいました。
 しかし、木(き)は、身(み)ぶるいしていて、よくそれに答(こた)えることができませんでした。
「そ、そんなことは、お安(やす)いご用(よう)です。た、ただ、あなたの身(み)に、障(さわ)りがなければいいがと思(おも)っています。」と、やっと、木(き)は、それだけのことをいうことができました。
「それは、どういうわけですか。なにを、そんなに、おまえさんは、おそれているのですか?」と、たかは、木(き)に向(む)かって問(と)いました。木(き)は、雷(かみなり)のくるのを恐(おそ)ろしがっていると、たかに向(む)かって、これまで聞(き)いたり、見(み)たりしたことを、子細(しさい)に物語(ものがた)ったのでありました。これを聞(き)いて、たかはうなずきました。
「おまえさんのおそれるのも無理(むり)のないことです。雷(かみなり)は、こちらにくるかもしれません。いま、私(わたし)は、あちらの山(やま)のふもとを翔(か)けてきたときに、ちょうど、その近(ちか)くの村(むら)の上(うえ)を暴(あば)れまわっていました。しかしそんなに心配(しんぱい)なさいますな。私(わたし)が、雷(かみなり)を、こちらへ寄越(よこ)さずに、ほかへいくようにいってあげます。」と、たかはいいました。
 木(き)は、これを聞(き)くと、安心(あんしん)いたしました。しかし、この鳥(とり)のいうことを、はたして、雷(かみなり)がききいれるだろうかと不安(ふあん)に思(おも)いました。そのことを木(き)は、たかにたずねますと、
「私(わたし)は、山(やま)にいれば、雷(かみなり)を友(とも)だちとして遊(あそ)ぶこともあるのですから、きくも、きかぬもありません。」と、たかは、うけあって、いいました。ちょうど、そのとき、前(まえ)よりは、いっそう、大(おお)きくなって、雷(かみなり)の音(おと)が、とどろいたのでした。木(き)は、顔色(かおいろ)を失(うしな)って、青(あお)ざめて、ふるえはじめたのです。たかは、空(そら)にまき起(お)こった、黒雲(くろくも)を目(め)がけて、高(たか)く、高(たか)く、舞(ま)い上(あ)がりました。そして、その姿(すがた)を雲(くも)の中(なか)に、没(ぼっ)してしまいました。たかは、黒雲(くろくも)の中(なか)を翔(か)けりながら、雷(かみなり)に向(む)かって、叫(さけ)びました。
「君(きみ)は、あんな、さびしい、野原(のはら)などをおびやかしたって、しかたがないだろう。それよりか、もっと、おびやかしがいのある、都(みやこ)の方(ほう)へでもいったらどうだ。」と、たかは、いったのです。怖(おそ)ろしい顔(かお)をしているが、案外(あんがい)、心(こころ)のやさしい雷(かみなり)は、太(ふと)いしゃがれた声(こえ)をだして、
「いったい僕(ぼく)は、だれをも、おびやかしたくないんだが、僕(ぼく)が、散歩(さんぽ)に出(で)ると、みんなが怖(こわ)がってしかたがない。なんという僕(ぼく)は不幸(ふこう)ものだろう。野原(のはら)にいっても、いちばん高(たか)い木(き)のとがった、頂(いただき)へ、ちょっと足(あし)を止(と)めるばかりなんだ。どこへいったって、僕(ぼく)は遠慮(えんりょ)をしている。都(みやこ)の方(ほう)に、あまりいかないのも、僕(ぼく)の遠慮(えんりょ)がちからなんだ。それで、いつもさびしい野原(のはら)の方(ほう)へ、いくようなしだいなんだ。」と、答(こた)えました。すると、たかは、空(そら)に、もんどりを打(う)ちながら、
「よく、君(きみ)の心(こころ)の中(なか)は、わかっている。しかし、いつも、野原(のはら)の方(ほう)へいくんでは、君(きみ)も、散歩(さんぽ)のかいがないというもんだ。このごろ、都会(とかい)は美(うつく)しいぜ。ひとつ、今日(きょう)は、都会(とかい)の方(ほう)へいってみたらいいだろう。」と、たかはいいました。
 正直(しょうじき)で、信(しん)じやすい雷(かみなり)は、たかのいうことに従(したが)いました。そして、雷(かみなり)は、方向(ほうこう)を転(てん)じて、都(みやこ)の方(ほう)へ進(すす)んでいきました。黒雲(くろくも)は雷(かみなり)に、従(したが)いました。そして、さながら前(まえ)ぶれのように冷(つめ)たい、湿(しめ)っぽい風(かぜ)は、野面(のづら)を吹(ふ)くかわりに、都会(とかい)の上(うえ)を襲(おそ)ったのです。
 雷(かみなり)は目(め)の下(した)に、燈火(ともしび)のきらきらとついた都会(とかい)をながめました。そこからは、自分(じぶん)の鳴(な)る音(おと)に負(ま)けないほどの、ゴウゴウなりとどろく、汽罐(きかん)のうなり音(おと)や、車輪(しゃりん)のまわる音(おと)や、いろいろの蒸気機関(じょうききかん)の活動(かつどう)するひびきをききました。
 この有(あ)り様(さま)を見(み)ると、雷(かみなり)は、ここでは、遠慮(えんりょ)をしなくてもいいだろう、という気(き)が起(お)こりました。しかし、雷(かみなり)は、どこへでも落(お)ちていいというような、乱暴(らんぼう)な考(かんが)えはもちませんでした。どこか、自分(じぶん)の、ちょっと足(あし)をとめていいところはないかと探(さが)しました。
 正直(しょうじき)な、やさしい雷(かみなり)は、黒(くろ)い、太(ふと)い一筋(ひとすじ)の電線(でんせん)が、空中(くうちゅう)にあるのを見(み)つけました。そして、注意深(ちゅういぶか)く、その線(せん)の上(うえ)に降(お)りました。すると、いままで、威勢(いせい)よく、きらきらと燈火(あかり)が輝(かがや)いて、荘厳(そうごん)に見(み)えた都会(とかい)が、たちまち真(ま)っ暗(くら)となって、すべての機械(きかい)の鳴(な)る音(おと)が、止(と)まってしまいました。
 雷(かみなり)は、どうしたことかと、びっくりしてしまいました。このとき、野原(のはら)の高(たか)い木立(こだち)は、星晴(ほしば)れのした空(そら)に、すがすがしく脊伸(せの)びをしたのであります。
――一九二四・七――
了

底本:「定本小川未明童話全集 5」講談社
   1977(昭和52)年3月10日第1刷発行
※表題は底本では、「ぴかぴかする夜(よる)」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:雪森
2013年5月4日作成
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