あらすじ
ある日、地主は、植木屋から聞いた不思議な山の話を耳にする。そこには、光る岩があり、それはダイヤモンドかもしれないというのだ。金儲けの夢に心を奪われた地主は、植木屋と共にその山へ旅に出る。しかし、険しい道のりを経てたどり着いた光るものは、ただの岩から湧き出る水だった。地主は、せっかくの旅が無駄になったことに落胆し、植木屋を責める。一方で、真面目に働く農民の百姓は、地主の旅の間も、変わらず自分の仕事に励んでいた。
 秋(あき)になって穫(と)れた野菜(やさい)は、みんな上(じょう)できでありましたが、その中(なか)にも、大根(だいこん)は、ことによくできたのであります。
 百姓(しょう)は、骨(ほね)をおった、かいのあることをいまさらながら喜(よろこ)びました。そして、これだけにできるまでの、過(す)ぎ去(さ)った日(ひ)のことなどを考(かんが)えずにはいられませんでした。
 彼(かれ)は、ある日(ひ)、圃(はたけ)に出(で)て、たねをまきました。それが、小(ちい)さなちょうの翼(つばさ)のような芽(め)を出(だ)してから、どんなに手(て)のかかったことでしょう。柔(やわ)らかな葉(は)に、虫(むし)がついたときに、それを取(と)ってやりました。また、暑(あつ)い日盛(ひざか)りには、楽(らく)に暮(く)らしているような人々(ひとびと)は、みんな昼寝(ひるね)をしている時分(じぶん)にも、圃(はたけ)に出(で)て肥(こえ)をかけてやりました。また、ひでりが幾日(いくにち)もつづいて、圃(はたけ)の土(つち)が白(しろ)く乾(かわ)きましたときに、水(みず)をやることを怠(おこた)りませんでした。
 こうした、ようようの骨(ほね)おりで、大根(だいこん)は、こんなにみごとにできたのであります。百姓(しょう)は、考(かんが)えるとうれしくてたまらなかったのであります。そして、自分(じぶん)の子供(こども)を見(み)るような目(め)つきをしてながめていました。
 百姓(しょう)は、自分(じぶん)の汗(あせ)や涙(なみだ)がかかり、また魂(たましい)の宿(やど)っている、それらの野菜(やさい)を、そのまますぐに車(くるま)に積(つ)んで町(まち)へ売(う)りにゆくには、なんとなくしのびませんでした。
 せめて、この中(なか)のいいのを地主(じぬし)のところへ持(も)っていってあげようと思(おも)いました。
 百姓(しょう)は、たくさんの大根(だいこん)の中(なか)から、いちばんできのいいのを十本(ぽん)ばかり撰(よ)って、それを村(むら)の地主(じぬし)のところへ持(も)ってまいりました。
「だんなさま、今年(ことし)は、大根(だいこん)が珍(めずら)しく、よくできましたから、持(も)ってあがりました。どうぞごらんなさってください。」といって、頭(あたま)を下(さ)げました。
 地主(じぬし)は、台所(だいどころ)へ顔(かお)を出(だ)しました。そして、百姓(しょう)の持(も)ってきた大根(だいこん)をちょいとながめました。
「なるほど、今年(ことし)は、大根(だいこん)がよくできたな。天気(てんき)ぐあいがよかったせいだろう。」といいました。
「だんなさま、なかなか今年(ことし)は、虫(むし)がつきました。雨(あめ)がつづきまして、ひでりがまた、つづきましたもんでございますから……。」と、百姓(しょう)はいって、こんなによくできたのは、自分(じぶん)がいっしょうけんめいに手(て)をかけてやったからだといいたかったのです。
「そんなに、雨(あめ)が、今年(ことし)はつづいたかなあ。」と地主(じぬし)は、夏(なつ)ごろの天気(てんき)のことなどは、もう忘(わす)れていました。
「これは、たばこ代(だい)だ。」といって、地主(じぬし)は、いくらか銭(ぜに)を紙(かみ)に包(つつ)んで、百姓(しょう)の前(まえ)に投(な)げるように与(あた)えました。
「だんなさま、私(わたし)は、こんなものをいただきにあがったのではありません……。」と、百姓(しょう)は、自分(じぶん)の胸(むね)の中(なか)をすっかりいいつくし得(え)ないで、かまちに頭(あたま)をすりつけていました。そして、しまいに、その紙(かみ)に包(つつ)んだのを押(お)しいただいて、台所口(だいどころぐち)を出(で)ていったのであります。
 百姓(しょう)の去(さ)った後(あと)で、地主(じぬし)は、足(あし)もとの大根(だいこん)を見下(みお)ろしていました。
「あいつは自慢(じまん)していたが、こんな大根(だいこん)がいくらするもんだ。町(まち)へいって買(か)ったって、知(し)れている。」と、地主(じぬし)はつぶやきました。
 ちょうど、そこへ、町(まち)から、かねてあいそのいい植木屋(うえきや)が、山(やま)にいって、帰(かえ)った土産(みやげ)だといって、しゃくなげを持(も)ってきました。
「だんなさま、つくか、つかないかしれませんが、これをあの石(いし)どうろうの下(した)の岩蔭(いわかげ)に植(う)えておいてください。」といいました。
 地主(じぬし)は、どんなに喜(よろこ)んだでしょう。
 植木屋(うえきや)は、庭(にわ)さきに出(で)て、持(も)ってきたしゃくなげを植(う)えました。そして縁側(えんがわ)に腰(こし)をかけて茶(ちゃ)を飲(の)みながら地主(じぬし)と調子(ちょうし)よく、いろいろの話(はなし)をいたしました。
「だんなさま、不思議(ふしぎ)なこともあるもんです。それは、とうてい人間(にんげん)のゆけるようなところでありません。嶮岨(けんそ)な山(やま)、また山(やま)の奥(おく)で、しかも谷(たに)の向(む)こう側(がわ)です。大(おお)きな岩(いわ)がありまして、その岩(いわ)の頭(あたま)が、日(ひ)が射(さ)すと五色(しき)の火(ひ)のように光(ひか)るのです。なんだろう? といって、案内人(あんないにん)もたまげていました。」と、植木屋(うえきや)が語(かた)りました。
「ダイヤモンドで、ないかな。」と、地主(じぬし)はいいました。
「ダイヤモンドというものを、まだ見(み)たことがありませんが、そんなところにあるもんですか?」
「なんでも、岩(いわ)の中(なか)に、はいっていると聞(き)いたことがある。ガラスびんのかけらじゃないだろうな。」と地主(じぬし)はいいました。
「だんなさま、じょうだんおっしゃってはいけません。さるだって、くまだって、ゆかれるところじゃありません。」と、植木屋(うえきや)は答(こた)えました。
 こんな話(はなし)をしますと、地主(じぬし)は、もしそれがダイヤモンドであったら、たいへんな金(かね)になると考(かんが)えました。
 植木屋(うえきや)が、帰(かえ)ってしまった後(あと)でも、地主(じぬし)は暇(ひま)なものですから、そのことばかり考(かんが)えていました。
 航海(こうかい)する船(ふね)が、海(うみ)の中(なか)で、岩角(いわかど)に光(ひか)るものを見(み)つけて、やっとこぎ寄(よ)せてみると、それがダイヤモンドであったという話(はなし)を思(おも)い出(だ)しますと、地主(じぬし)はひとつ冒険(ぼうけん)をしてみたくなりました。
「なに、株(かぶ)でも買(か)った気(き)になりゃ、なんでもないことだ。知(し)らない景色(けしき)を見(み)ただけでも損(そん)にはならない。それに、今年(ことし)は旅行(りょこう)もしなかったのだから……。」と、地主(じぬし)は思(おも)いました。
 彼(かれ)は、町(まち)の植木屋(うえきや)を呼(よ)びました。そして、光(ひか)るものの正体(しょうたい)を探(さぐ)りにゆこうといいだしました。
 植木屋(うえきや)は、その道(みち)の嶮岨(けんそ)なことを考(かんが)えました。また、秋(あき)の変(か)わりやすい天候(てんこう)のことを思(おも)いました。
「だんなさま、およしになったら、いかがです。」
 しかし、自分(じぶん)で、いったん思(おも)いたったことは、やめるような地主(じぬし)でありませんでした。地主(じぬし)は、金(かね)のあるにまかせて、
「いい日当(にっとう)を出(だ)すから、いってもらいたい。」といいました。
 植木屋(うえきや)は、日当(にっとう)がもらえるし、ゆけば、またなにか珍(めずら)しい高山植物(こうざんしょくぶつ)を採(と)ってこようと思(おも)いましたので、ついにゆくことにしました。
 百姓(しょう)は、一年(ねん)じゅう、休(やす)む日(ひ)というものは、まれにしかありません。つねに、圃(はたけ)や、田(た)に出(で)て働(はたら)いています。つぎからつぎに、仕事(しごと)が絶(た)え間(ま)なくあるからであります。
 大根(だいこん)を、地主(じぬし)のところへ持(も)ってまいりました、同(おな)じ百姓(しょう)は、ある朝(あさ)、地主(じぬし)が、山(やま)へゆくのに出(で)あいました。
「おはようございます。どちらへお出(で)かけでございますか。」と、百姓(しょう)は、ていねいにあいさつをしてたずねました。
「これから、山(やま)へいってくる。いいことがあるのだ。うまくいったら、たいへんな土産(みやげ)を持(も)ってくるぞ。」と、地主(じぬし)は、あちらの山(やま)の方(ほう)を望(のぞ)みながらいいました。
 百姓(しょう)は、地主(じぬし)がいいことがあるといったのは、なんだろう? きっとなにか大(おお)もうけの口(くち)があったにちがいない。自分(じぶん)たちは、一年(ねん)じゅう、こうして、朝(あさ)から、晩(ばん)まで働(はたら)いていても、金(かね)のたまるわけではなし、おもしろいことを見(み)るでもない。ほんとうにつまらないものだと思(おも)いましたが、百姓(しょう)は、また、人間(にんげん)というものは、正直(しょうじき)に働(はたら)かなければならないものだと考(かんが)え直(なお)しました。そして、熱心(ねっしん)に、自分(じぶん)のする仕事(しごと)にとりかかりました。
「天気(てんき)は、どうだろうかな。」と、地主(じぬし)は、歩(ある)きながら、植木屋(うえきや)にたずねました。
「だんなさま、このとおり雲(くも)ひとつない上天気(じょうてんき)でございます。このぶんですと天気(てんき)がつづくだろうと思(おも)います。」と、如才(じょさい)ない植木屋(うえきや)は、答(こた)えました。
 そのあくる日(ひ)は、いよいよその山(やま)の中(なか)にはいるのです。力(ちから)の強(つよ)い案内人(あんないにん)を二人(ふたり)も頼(たの)みまして、山奥(やまおく)へと道(みち)を分(わ)けて、はいってゆきました。
 歩(ある)きつけない、嶮(けわ)しい道(みち)を登(のぼ)りますときも、地主(じぬし)は目(め)にダイヤモンドの光(ひかり)を見(み)つめていました。それがために、苦(くる)しさをも忘(わす)れました。変(か)わりがちな秋(あき)の空(そら)は、たちまち雨(あめ)になりました。ことに、山(やま)の中(なか)は、もう寒(さむ)かったのであります。こんなときも、地主(じぬし)は、ダイヤモンドの光(ひかり)を目(め)に描(えが)いて、苦痛(くつう)を忘(わす)れたのであります。
 やっと、植木屋(うえきや)が、あちらの岩角(いわかど)に、光(ひか)るものを見(み)たという場所(ばしょ)までたどりつきました。ちょうど空(そら)はよく晴(は)れて日(ひ)の光(ひかり)が、あたりにあふれていました。それは真夏(まなつ)の時分(じぶん)と違(ちが)って、幾分(いくぶん)か弱(よわ)く、また暑(あつ)さもひどく感(かん)じなかったけれど、深(ふか)い谷河(たにがわ)を隔(へだ)ててあちらの岩(いわ)をも日光(にっこう)は照(て)らしていたのであります。
 植木屋(うえきや)は、もしや、あの光(ひか)るものが、いつのまにかなくなりはしないかと、心配(しんぱい)でなりませんので、さっそくその方(ほう)を見(み)ますと、ちかちかとまぶしく光(ひか)るものがあったのです。
「なるほど、あれはなんだろう?」
「不思議(ふしぎ)だ。」
「なんだろう。」
 みんなは、その方(ほう)を見(み)て、頭(あたま)を傾(かたむ)けていました。地主(じぬし)は、これを見(み)ると、高(たか)い銭(ぜに)を使(つか)って、ここまでやってきたかいのあったことを喜(よろこ)びました。それにしても、あすこへは、どうしていったらいいだろう?
 いままで、黙(だま)っていました、案内者(あんないしゃ)の一人(ひとり)は、はじめて口(くち)を開(ひら)いて、
「なにけい、光(ひか)っているあれけい、ありゃ、岩(いわ)の裂(さ)けめから水(みず)がわいているのだ。」と、ゆったりとした調子(ちょうし)でいいました。
「え、水(みず)?」
「水(みず)か。」
「水(みず)だろうか?」
 みんなは、あの光(ひか)るものは、ほかのなんでもない、水(みず)であったとわかって、あっけにとられてしまいました。中(なか)にも、地主(じぬし)と植木屋(うえきや)は、光(ひか)るものがガラスか、ダイヤモンドか、二つよりしか考(かんが)えつかなかったのでありました。
「そういえば、水(みず)にちがいない。」と、みんなははじめて思(おも)いました。岩鼻(いわはな)から水(みず)がわくことは、きわめてしぜんなことであったからであります。
 地主(じぬし)は、帰(かえ)りには、不平(ふへい)のいいつづけでした。植木屋(うえきや)に向(む)かって、
「おまえは、商売(しょうばい)がらでありながら、岩角(いわかど)から、水(みず)のわき出(で)ているのがわからないとはどういうことだ。」といいました。さすがに、如才(じょさい)のない植木屋(うえきや)も、ちょっとした話(はなし)がこんなことになるとは思(おも)いませんでした。こういわれても、返事(へんじ)することができなかったのであります。村(むら)に帰(かえ)ると、その間(あいだ)に、百姓(しょう)は、怠(おこた)らずに働(はたら)いていました。地主(じぬし)は、はじめて、まじめに働(はたら)かなければならないと知(し)りました。そして、こうして、精(せい)を出(だ)したから、あのみごとな大根(だいこん)はできたのであろう。地主(じぬし)は、いつか百姓(しょう)の持(も)ってきた大根(だいこん)を思(おも)い出(だ)しました。そして、植木屋(うえきや)にあの大根(だいこん)をやったことを惜(お)しみました。なぜなら植木屋(うえきや)のくれたしゃくなげは、まもなく枯(か)れてしまったからであります。
了

底本:「定本小川未明童話全集 4」講談社
   1977(昭和52)年2月10日第1刷
   1977(昭和52)年C第2刷
底本の親本:「ある夜の星だち」イデア書院
   1924(大正13)年11月20日発行
初出:「赤い鳥」
   1923(大正12)年11月
※表題は底本では、「大根(だいこん)とダイヤモンドの話(はなし)」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:へくしん
2020年12月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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