あらすじ
酒を止めてから、金も必要なく、欲しいものも何もないことに気づき、生活は少しずつ楽になっていく。人生観も変化し、誰を見ても、自分を見ても、朝から晩まで真面目な顔をしているように見える。しかし、心の奥底では、かつての自分と同じように、どこか醒めない酔いがある。酒を止めたことで得られた客観的な視点と、心の奥底に残る酔いとの間で揺れ動く、複雑な心情を描いた作品です。さて斯う毎日白々しく机に向つてゐる次第であるが、自分の云ひ草なんて面白くもなく、これはどうしても所謂客観的に物事を見物するより他に暮しようも、考へ方もないような気がして来るのである。何も酔つてはゐないまでも、心の何処かには酔つたやうなものがあつて、容易につまらぬ自分からも離れ難いものであるが、左うするより他に道も道楽もなく追ひ詰められるならば、物事の好き嫌ひなどは頓着もなく、少くとも好き嫌ひを持たうとする自分の気持の自由の上に、自ら君臨するより他に術もないのである。酒のことなど別段のこともないに決つてゐるが、思考上の焦点を求めるよすがには、やはり相当役立つものだなどゝ、誌すと厭に尤もらしいが夢の中では仲々の嵐である。
了
底本:「牧野信一全集第六巻」筑摩書房
2003(平成15)年5月10日初版第1刷
底本の親本:「Home line(ホーム・ライン) 第二巻第七号(十一月号)」玉置合名会社
1935(昭和10)年11月15日発行
初出:「Home line(ホーム・ライン) 第二巻第七号(十一月号)」玉置合名会社
1935(昭和10)年11月15日発行
入力:宮元淳一
校正:門田裕志
2011年9月30日作成
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