あらすじ
北の国の町で、人々を恐れなくなった賢い鳥・つばめは、家々に巣を作ります。それは、つばめが町の人の優しさを見抜き、安心して暮らせる場所を見つけたからだとされています。しかし、その裏には、かつて三人の男が遭難し、つばめの島と呼ばれる南方の島で人々の温かい助けを受けたという、忘れられない物語がありました。彼らは、島の娘からもらった不思議な貝のボタンを、旅費を得るために売ります。故郷に戻った彼らは、そのボタンが普通の貝ではないことに気づき、忘れられない島の思い出を語り継ぎます。そして、春になると、つばめの島からやってきたつばめを、町の皆は喜びで迎えます。
目次
 北(きた)の方(ほう)の町(まち)では、つばめが家(いえ)の中(なか)に巣(す)をつくることをいいことにしています。いつのころからともなく、つばめは、町(まち)の人々(ひとびと)をおそれなくなりました。このりこうな鳥(とり)は、どの家(いえ)が、朝早(あさはや)く起(お)きて、戸(と)を開(あ)けるか、またどの家(いえ)には、どんな性質(せいしつ)の人(ひと)が住(す)んでいるか、また、この家(いえ)は、規律(きりつ)正(ただ)しいかどうかということを、よく見(み)ぬいていました。それでなければ、安心(あんしん)して、家(いえ)の中(なか)に、巣(す)はつくれなかったからです。また、大事(だいじ)な自分(じぶん)たちの子(こ)どもをも育(そだ)てられなかったからです。
 つばめのいいと思(おも)った家(いえ)は、ほんとうにいい家(いえ)であったから、巣(す)をつくるのは、無理(むり)もなかったのでしたが、もう一つこれには、町(まち)の人(ひと)が、なぜこんなにつばめを愛(あい)するかという話(はなし)があります。
 それは、昔(むかし)のことでした。この海岸(かいがん)に近(ちか)い町(まち)の人々(ひとびと)は、船(ふね)に乗(の)って、沖(おき)へ出(で)て漁(りょう)をしていました。
 ある日(ひ)のこと、幾(いく)そうかの船(ふね)は、いつものごとく青(あお)い波間(なみま)に浮(う)かんで、漁(りょう)をしていたのです。すると、天気(てんき)がにわかにかわって、ひどい暴風(ぼうふう)となりました。いままで静(しず)かであった海原(うなばら)は、さながら、白(しろ)くにえかえるようになり、風(かぜ)は、吹(ふ)きに吹(ふ)きすさみました。たちまち、幾(いく)そうかの船(ふね)は、くつがえってしまった。そして、その中(なか)の、ただ一そうの船(ふね)は、遠(とお)く遠(とお)く沖(おき)の方(ほう)へ吹(ふ)き流(なが)されてしまったのです。
 暴風(ぼうふう)がやんだときに、この一そうの船(ふね)は、まったくひろびろとした海(うみ)の上(うえ)に、あてもなく、ただよっていました。どちらが北(きた)であり、どちらが南(みなみ)であるかさえわからなかった。
 この船(ふね)に乗(の)っている三人(にん)のものは、たがいに顔(かお)を見合(みあ)って、ため息(いき)をつきました。生(せい)も、死(し)も、運命(うんめい)にまかせるよりほかに、みちがなかったからです。
 ふしぎに船(ふね)は、くつがえりもせず、波(なみ)にゆられて風(かぜ)のまにまに、すでに幾日(いくにち)となく海(うみ)の上(うえ)をただよっていました。三人(にん)は、つねに、こうしたときの用意(ようい)にしまっておいたかつお節(ぶし)や、こんぶなどをとり出(だ)して、わずかに飢(う)えをしのいだのでした。
 今日(きょう)は、船(ふね)に出(で)あわないか、明日(あす)になったら、どこかの浜(はま)に着(つ)かないかと、空(むな)しい望(のぞ)みを抱(いだ)いて、ただ、海(うみ)から上(のぼ)った太陽(たいよう)をながめ、やがて、赤(あか)く沈(しず)んでゆく太陽(たいよう)を見送(みおく)ったのです。
「どうかして、すくわれたいものだな。」
 ひとたびは、死(し)を覚悟(かくご)したものが、こうして毎日(まいにち)、おだやかな海(うみ)を見(み)るうちに、どうかして生(い)きたいという希望(きぼう)に燃(も)えたのでした。
 のろわしい風(かぜ)も、いまは、やさしく彼(かれ)らの耳(みみ)にささやき、ほおを吹(ふ)いたのであります。船(ふね)は、あてもなくただよって、ただ、風(かぜ)がつれていってくれるところへ着(つ)かなければなりませんでした。
 海(うみ)の上(うえ)に、うすく霧(きり)がかかって、一日(にち)は、むなしく暮(く)れてゆく時分(じぶん)でした。あちらに、赤(あか)い火影(ほかげ)をみとめたのです。
「火(ひ)だ、火(ひ)だ。」
 三人(にん)は、じっと、それをながめました。急(きゅう)に、元気(げんき)がわいて、かじを取(と)って、その方(ほう)へいっしょうけんめいに船(ふね)を進(すす)めるのでした。火(ひ)は、だんだん近(ちか)くなりました。小(ちい)さな燈台(とうだい)のようでした。
「いったい、ここはどこだろう。」
 夜(よる)の空(そら)をすかして見(み)ると、熱帯植物(ねったいしょくぶつ)がこんもりと立(た)っていました。そこは、大洋(たいよう)の真(ま)ん中(なか)にあった、小(ちい)さな島(しま)であることがわかったのでした。
「なんだか、夢(ゆめ)のようだな。」と、一人(ひとり)がいいました。
「幽霊島(ゆうれいとう)でないかしらん。」
「どこでもかまったことはない。なるほど、このあたりは、岩(いわ)が多(おお)いようだ。沖(おき)へ出(で)ている船(ふね)もいるとみえて、あの赤(あか)い火(ひ)がついているのだろう。」と、もう一人(ひとり)がいいました。
 三人(にん)は、いつまでもこうしていては、助(たす)からないと思(おも)いましたから、命(いのち)がけの冒険(ぼうけん)をする気(き)で、十分(ぶん)注意(ちゅうい)しながら、岩(いわ)と岩(いわ)の間(あいだ)をこいで、その島(しま)に上陸(じょうりく)しました。
 屋根(やね)の低(ひく)い家(いえ)が、ところどころにありました。葉(は)の大(おお)きな植物(しょくぶつ)が、こんもりとして、海(うみ)の方(ほう)から吹(ふ)いてくる風(かぜ)に、うちわをふるように、はたはたと夜空(よぞら)に音(おと)をたてています。そして、どこからともなく、らんの花(はな)のいい香(かお)りが流(なが)れてきました。
 三人(にん)は、知(し)らない島(しま)に上(あ)がりました。不安(ふあん)な心(こころ)をおさえながら、一軒(けん)の家(いえ)の窓(まど)に近寄(ちかよ)ってのぞいてみますと、髪(かみ)の長(なが)、美(うつく)しい目(め)をした少女(しょうじょ)が、両(りょう)はだをぬいで、下(した)を向(む)いて貝(かい)をみがいていました。
 人種(じんしゅ)こそちがっているけれど、けっしてこの島(しま)の人(ひと)は、わるい人(ひと)たちでないとわかると、三人(にん)はやっと安心(あんしん)をして、島(しま)の中(なか)をぐるぐると歩(ある)きはじめたのです。そのうちに、島(しま)の人(ひと)たちは、三人(にん)を見(み)つけて、めずらしそうに、まわりに集(あつ)まってきました。
 もとより言葉(ことば)は、たがいにわからなかったけれど、手(て)まねで、やっと三人(にん)が、遠(とお)い北(きた)の方(ほう)から、暴風(ぼうふう)のために、幾日(いくにち)も漂流(ひょうりゅう)して、この島(しま)に着(つ)いたことがわかったのでした。
 三人(にん)は、数日間(すうじつかん)というもの、島(しま)の人(ひと)たちに、いろいろともてなされました。その間(あいだ)に、疲(つか)れたからだを休(やす)めて、勇気(ゆうき)をとりもどすことができたので、ふたたび、遠(とお)い故郷(こきょう)をさして帰(かえ)ることにしました。
 島(しま)の人(ひと)たちは、三人(にん)の船(ふね)をなおして、新(あたら)しい帆(ほ)を張(は)ってくれたばかりでなく、食物(しょくもつ)や、また、水(みず)などの用意(ようい)もしてくれたのです。美(うつく)しい娘(むすめ)たちは、自分(じぶん)たちが、貝(かい)でつくったボタンを二つずつ三人(にん)に、わけてくれました。そして、無事(ぶじ)に、故郷(こきょう)へ着(つ)くようにと祈(いの)ってくれました。言葉(ことば)はわからなかったけれど、人情(にんじょう)にかわりはありませんでした。島(しま)の人(ひと)たちのまごころは、三人(にん)の胸(むね)に通(つう)じて、永久(えいきゅう)に忘(わす)れられないものでした。また三人(にん)の心(こころ)からの感謝(かんしゃ)は、島(しま)の人(ひと)たちにとどいて、彼(かれ)らが船(ふね)に乗(の)って別(わか)れるときには、娘(むすめ)たちは、涙(なみだ)を流(なが)して見送(みおく)っていたのであります。

 北方人(ほっぽうじん)の目(め)には、島(しま)の景色(けしき)が、いつまでも残(のこ)っていました。また、つばめが、たくさんこの島(しま)にすんでいたこと、島(しま)の人(ひと)たちが、みずから、その島(しま)をつばめの島(しま)といっていたことも忘(わす)れることができませんでした。
 こうして、三人(にん)の乗(の)った船(ふね)は、かぎりない、青(あお)い海(うみ)に吸(す)いこまれるごとく、あてもなくただよいはじめたのです。島(しま)の人々(ひとびと)が、どちらに太陽(たいよう)を見(み)てゆくときは、どの方向(ほうこう)へゆくということを教(おし)えてくれたので、それをただ一つのたよりとしました。
 しかし、北(きた)へ帰(かえ)る旅(たび)も、無事(ぶじ)ではありませんでした。一片(ぺん)の木(こ)の葉(は)にもひとしい、たよりない船(ふね)は、ある日(ひ)、また風(かぜ)のために吹(ふ)き流(なが)されて、知(し)らぬ他国(たこく)の岸(きし)に着(つ)けられたのでした。そして、その国(くに)の人(ひと)たちは、島(しま)の人々(ひとびと)のように、しんせつではありませんでした。三人(にん)は、さっそく金(かね)に困(こま)ったのでした。身(み)につけているもので、売(う)って金目(かねめ)になるようなものはなにもありません。このとき、一人(ひとり)は、島(しま)の娘(むすめ)からもらったボタンに気(き)がつきました。
「おい、兄弟(きょうだい)、なんともいえないきれいなボタンだが、これは金(かね)にならないものだろうか。」
 こういうと、二人(ふたり)は、頭(あたま)をかしげました。
「そうだな、たいした金(かね)にもなるまいが、ひとつ見(み)せてみようか。」といいました。
 それから、町(まち)を歩(ある)きまわって、いろいろめずらしいものを売(う)る店(みせ)にはいって、そのボタンを見(み)せたのです。すると、主人(しゅじん)らしい男(おとこ)が、その六個(こ)のボタンを手(て)にとって、じっとながめていましたが、
「いくらで売(う)るか。」といって聞(き)きました。
 三人(にん)は、自分(じぶん)たちは、風(かぜ)に流(なが)されて、こんなに遠(とお)くきたことを話(はな)しました。それで、故郷(こきょう)に帰(かえ)る旅費(りょひ)にでもなればいいということを――心(こころ)のうちでは、そんなになるとは思(おも)わなかったけれど――いったのでありました。
「いくら、お入(い)り用(よう)か知(し)らないが、精(せい)いっぱいにいただいて、金貨(きんか)五つとならお換(か)えいたします。」と、主人(しゅじん)はいいました。
 彼(かれ)らは、ほんとうに、思(おも)いもよらぬ金(かね)になったとよろこびました。それで、ボタンを売(う)って、自分(じぶん)たちの故郷(こきょう)をさして旅立(たびだ)ったのであります。それからまた幾日(いくにち)かのあいだ苦(くる)しみました。そして、ついに彼(かれ)らは、なつかしい故郷(こきょう)に帰(かえ)って、兄弟(きょうだい)や、親(おや)たちの顔(かお)を見(み)ることができたのでした。
「あのボタンは、なんだったろう。」
 三人(にん)は、いまから考(かんが)えると、あれが、普通(ふつう)の貝(かい)ではなかったような気(き)がしました。そして、あの島(しま)のことを思(おも)うと、まったく、夢(ゆめ)のような、ふしぎな気(き)がします。美(うつく)しい娘(むすめ)たちも、しんせつな島(しま)の人(ひと)たちも、木立(こだち)も、あの赤(あか)い燈台(とうだい)の火(ひ)も……。
「もう一度(ど)、あの島(しま)へいってみたいな。」
 三人(にん)は、顔(かお)を見(み)ると、そのときのことを語(かた)りあって、遠(とお)い南(みなみ)の海(うみ)を空想(くうそう)しました。そして、春(はる)になって、つばめが飛(と)んできたとき、
「あの島(しま)からきたのだ。つばめの島(しま)からきたのだ。」といって、このりこうな鳥(とり)を歓迎(かんげい)しました。
 町(まち)の人(ひと)たちは、三人(にん)から、つばめの島(しま)の話(はなし)を聞(き)いて、そんな、いいところが、この世界(せかい)のどこかにあるのかと思(おも)いました。
「つばめは、幸福(こうふく)を持(も)ってきたのだ。」といって、どこの家(いえ)でも、自分(じぶん)の家(いえ)のなかに巣(す)をつくってくれるようにと望(のぞ)んだのです。こうして、いつということなしに、つばめは北方(ほっぽう)へ飛(と)んでいけば、人間(にんげん)は自分(じぶん)たちを保護(ほご)してくれるものでこそあれ、けっして害(がい)を加(くわ)えるものでないことを知(し)ったのであります。
 夏(なつ)のおわりになると、つばめは、北(きた)から南(みなみ)へと、紫色(むらさきいろ)のつばさをひろげて、帰(かえ)ってゆきました。
 冬(ふゆ)のない南方(なんぽう)は、まだ真夏(まなつ)であります。湖(みずうみ)の水(みず)は、銀(ぎん)のごとく、日(ひ)の光(ひかり)を反射(はんしゃ)していました。片方(かたほう)は、高(たか)いがけになって、ちょうど切(き)り落(お)とされたように、赤(あか)い地(じ)はだを静(しず)かな水(みず)の面(おもて)にうつしていました。
 そのがけの半腹(はんぷく)に、円(まる)いあなをうがって、一家族(ひとかぞく)のつばめは、巣(す)をつくりました。そして、子(こ)どもを、あなの中(なか)に産(う)みそだてていました。
 ある日(ひ)、親(おや)つばめは、そのあなの中(なか)から出(で)て、湖水(こすい)の上(うえ)を矢(や)のようにかけてゆきました。ちょうど、そのとき、あのしげみに、一羽(わ)のかわせみが、しょんぼりとしてたたずんでいたが、頭(あたま)の上(うえ)を通(とお)りかかるつばめを見(み)ると、急(きゅう)に声(こえ)をかけて、呼(よ)び止(と)めました。
 つばめは、何事(なにごと)かと思(おも)って、舞(ま)い下(お)りると、一本(ぽん)の強(つよ)そうなあしに止(と)まったのであります。
「どうなさったのですか。」と、快活(かいかつ)に、つばめはたずねました。
「弟(おとうと)はどうしたのでしょう、まだ帰(かえ)ってこないのですが、あなたは、ごらんになりませんでしたか。」と、かわせみは、心配(しんぱい)そうに聞(き)いたのであります。
 つばめは、いまそのことを思(おも)い出(だ)したように、うなずきながら、
「それは、高(たか)い山(やま)に、いつも雪(ゆき)のある北(きた)の国(くに)の町(まち)でした。ある日(ひ)、私(わたし)は飛(と)んでいますと、一軒(けん)の薬屋(くすりや)のガラス戸(ど)のはまった店(みせ)さきに、めずらしい鳥(とり)のはくせいがありました。私(わたし)は、見(み)おぼえのあるような気(き)がしたが、そのときは、急(いそ)いでいましたので、よくそれを見(み)ませんでしたが、あれは、あなたの弟(おとうと)さんではなかったようです。きっと、そのうちに、帰(かえ)っておいでになりますよ。」と、なぐさめるようにいいました。
 かわせみは、うらやましそうに、つばめを見上(みあ)げながら、
「あなたたちは、どこへいっても、人間(にんげん)にかわいがられて、おしあわせですこと。」と、感嘆(かんたん)いたしました。
 つばめは、それを打(う)ち消(け)すように、羽(は)ばたきをして、おしゃべりをはじめました。
「北(きた)の国(くに)では、そうでありましても、こちらへきては、なかなか油断(ゆだん)がなりません。へびが子(こ)どもをねらっていますから。」と答(こた)えました。
 かわせみは、すばしこく水(みず)の上(うえ)をいったり、きたりしながら、
「こんどの巣(す)は、なかなか安心(あんしん)な場所(ばしょ)じゃありませんか。それに、巣(す)のまわりの木(き)の枝(えだ)には、毛虫(けむし)がたくさんついていますから、そんなに遠(とお)くまでいって餌(えさ)をおさがしなさらなくてもいいかと思(おも)います。」
「かわせみさん、そこが、私(わたし)の用心深(ようじんぶか)いところなんですよ。だれもすぐあなのまわりに、私(わたし)たちの好(す)きな食物(しょくもつ)があると思(おも)うでしょう。私(わたし)が、それを捕(と)らないのは、巣(す)のあり場(ば)をかくすためです。こういう秘密(ひみつ)も、仲(なか)のいいあなたにだけお教(おし)えするのですよ。」と、つばめは、さも、じまんそうにいいました。そして、立(た)ち去(さ)ったのであります。
 あなにいた子(こ)つばめは、母(はは)つばめの後(あと)をしたいました。もう、目(め)はあいていたから、チイ、チイと鳴(な)いて、あなの入(い)り口(ぐち)まではい出(で)て、お母(かあ)さんの許(ゆる)しなしに、赤(あか)いほおを出(だ)して外(そと)の世界(せかい)をのぞいたのです。
 きらきらとした、美(うつく)しい水(みず)が、目(め)の下(した)にあふれていました。そして、すぐあなの前(まえ)へ差(さ)し出(で)た青(あお)い葉(は)のついている枝(えだ)に、自分(じぶん)たちの好(す)きな、いつも母親(ははおや)が、どこか遠方(えんぽう)から持(も)ってきてくれるのと同(おな)じい毛虫(けむし)が、うようよとして動(うご)いているのを見(み)ました。
「これは、どうしたというのだろう? お母(かあ)さんはこれを知(し)らないのか?」
 子(こ)つばめたちは、首(くび)をのばして、あらそってそれをとろうとしました。そして、つぎの瞬間(しゅんかん)に、みんな湖水(こすい)の中(なか)に落(お)ちておぼれてしまいました。
 親(おや)つばめは、まだそれを知(し)りませんでした。
 りこうで、幸福(こうふく)な鳥(とり)として知(し)られているつばめらも、南(みなみ)の方(ほう)に帰(かえ)ると、こうした思(おも)わぬわざわいにかかることもあったのです。
了

底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社
   1977(昭和52)年4月10日第1刷
底本の親本:「未明童話集4」丸善
   1930(昭和5)年7月20日
初出:「赤い鳥」
   1928(昭和3)年9月
※表題は底本では、「南方物語(なんぽうものがたり)」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:へくしん
2022年1月28日作成
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