あらすじ
ある日、男は田んぼで奇妙な男に出くわします。男は不気味なオーラを放ち、鋭い鎌を手に持ち、まるで死を象徴しているかのようでした。恐怖に駆られた男は必死に逃げ出します。その後、男は駅で奇妙な老婆に出会います。老婆は白い目を持ち、盲目のようです。老婆はビーズを糸に通していましたが、男は老婆の異常さに気づき、再び恐怖に襲われます。男は、友人の死をきっかけに、生と死について深く考えるようになります。しかし、その夜、男の家に死が訪れます。死は男に語りかけ、生と死について考えさせます。
 A(エー)は、秋(あき)の圃(たんぼ)へやってきました。夏(なつ)の時分(じぶん)には、小道(こみち)をふさいで、脊(せ)高(たか)く伸(の)びていた、きびや、もろこしの葉(は)は、褐色(かっしょく)に枯(か)れて、茎(くき)だけが、白(しろ)さびの出(で)たと思(おも)われるほど、かさかさにひからびて、気味悪(きみわる)く光(ひか)っていました。そして、ところどころに、赤(あか)い実(み)のとうがらしが、頭(あたま)を上(あ)げて、すきとおるような、青(あお)い空(そら)をながめていたのです。
 もう、北(きた)の方(ほう)から吹(ふ)いてくる風(かぜ)は、なんとなく冷(ひ)ややかでした。あたりは、しんとして、これらの景色(けしき)は、ガラスに描(か)かれた絵(え)のように、音(おと)もなかったのでした。
 彼(かれ)は、なんの気(き)なしに、圃(たんぼ)の中(なか)へはいってゆきますと、見知(みし)らぬ大(おお)きな男(おとこ)が、すぐ前(まえ)に突(つ)っ立(た)っていました。
「見(み)なれない百姓(しょう)だな。」と思(おも)って、彼(かれ)も、立(た)ち止(ど)まって、その顔(かお)を見上(みあ)げますと、赤銅色(しゃくどういろ)に日(ひ)に焼(や)けて、角張(かくば)った顔(かお)は、なんとなく、残忍(ざんにん)な相(そう)をあらわして、あちらをにらんで、身動(みうご)きすらしなかった。鼻(はな)の先(さき)がとがって、両眼(りょうがん)が落(お)ちくぼんで、手(て)ぬぐいで向(む)こうはち巻(ま)きをして、きっと口(くち)をむすんでいます。
 彼(かれ)は、多少(たしょう)、無気味(ぶきみ)になりました。
「それにしても、鋳物(いもの)のように動(うご)かないのはおかしいな。まさか、かかしではあるまい……。」
 こんなことを考(かんが)えているうちに、それが、普通(ふつう)の人間(にんげん)としては、ばかに大(おお)きいということに気(き)がついた。このとき、A(エー)の胸(むね)はどきどきしました。幻(まぼろし)を見(み)ているわけではあるまいと、自分(じぶん)の心(こころ)に問(と)うてみたのです。
「あ!」と、彼(かれ)は、思(おも)わず叫(さけ)びをあげた。
「かま……?」
 そのかまは、大(おお)きく、鋭(するど)く、そして、三日月(みかづき)のように細(ほそ)いのを、大男(おおおとこ)は、右手(みぎて)に握(にぎ)っていたからです。
「死(し)だ! 死(し)だ!」A(エー)は、口(くち)のうちでささやきながら、急(いそ)いで、きた道(みち)をもどると、中途(ちゅうと)から、人家(じんか)の見(み)える村(むら)をさして、駆(か)け出(だ)したのであります。
       *   *   *   *   *
 沿海線(えんかいせん)に沿(そ)うて、レールが走(はし)っていました。小高(こだか)い丘(おか)の上(うえ)に、停車場(ていしゃじょう)があって、待合室(まちあいしつ)は風(かぜ)に吹(ふ)きさらしになっています。
 A(エー)は、段(だん)を上(あ)がって、待合室(まちあいしつ)にはいると、がらんとして、人影(ひとかげ)はなく、ただ一人(ひとり)、黒(くろ)い服装(ふくそう)をした外国(がいこく)のおばあさんが、ベンチに腰(こし)をおろして、下(した)を向(む)いて、なにかしていました。
「どこの国(くに)のおばあさんだろう。故国(ここく)は、遠(とお)いにちがいないが、いま、どんな気持(きも)ちで、ここにきて、なにをしているのだろうか?」と、そんなことを思(おも)いながら、彼女(かのじょ)を驚(おどろ)かさないように近(ちか)づいたのでした。
 雲(くも)をもれて、おりおり、見渡(みわた)すかぎりの自然(しぜん)の上(うえ)へ、太陽(たいよう)の光線(こうせん)は、虎斑(こはん)のようなしまめを描(えが)いています。そして、どこともなくあちらの方(ほう)から、鈍(にぶ)い波(なみ)の音(おと)がきこえてきました。砂原(すなはら)の上(うえ)を、その音(おと)は、ころげてきたのでした。
 ド、ド――
 ド、ド、ド。
「おばあさんは、なにをしているのだろう?」
 彼(かれ)は、近(ちか)づいてみると、無数(むすう)の小(ちい)さなビーズを、ひざのあたり、黒(くろ)い衣服(いふく)の上(うえ)にまいて、その一つ一つに針(はり)を通(とお)しながら、それらの赤(あか)・白(しろ)・青(あお)・黄(き)・紫(むらさき)のビーズを糸(いと)につないでいました。
「なるほど、きれいなビーズだが、これも外国(がいこく)から持(も)ってきたのかもしれん。なんという、あの青(あお)い色(いろ)は、ペルシアのつぼのように、あくどく、冴(さ)えた色(いろ)をしていることだろう……。」
 彼(かれ)は、しばらく立(た)って、ぴかぴか光(ひか)る針(はり)と糸(いと)につながれてゆくビーズの色(いろ)にひきつけられていました。
 電線(でんせん)を吹(ふ)く、風(かぜ)の音(おと)。
 波(なみ)の音(おと)。
 ド、ド――
 ド、ド、ド。
 いつまでたっても、ほかに、だれも上(あ)がってこなかった。また、耳(みみ)を傾(かたむ)けても、汽笛(きてき)の音(おと)さえきこえなかったのでした。
「いまにも、汽車(きしゃ)がきたら、ビーズがひざにあって、おばあさんは、どうして立(た)ち上(あ)がるだろう?」
 そう考(かんが)えると、いぶかしくなりました。紙(かみ)にもつつんでないから、みんな地(ち)にこぼれてしまうだろう……。ちょうど、そのとき、おばあさんが、顔(かお)を上(あ)げました。あっと、彼(かれ)は、驚(おどろ)いた。なぜなら、二つの目(め)は、魚(さかな)のうろこを張(は)ったように、白(しろ)く、瞳(ひとみ)がなく、まったくの盲目(めくら)であったのです。
「死(し)だ! 死(し)だ!」
 こう叫(さけ)んで、彼(かれ)は、丘(おか)を駆(か)け下(くだ)りました。
       *   *   *   *   *
 寒(さむ)い夜(よる)のことです。
 明(あか)るい燈火(ともしび)の下(した)で、A(エー)は、細君(さいくん)と話(はなし)をしていました。二人(ふたり)の家庭(かてい)は、むつまじく、そして、平和(へいわ)でありました。それにつけて、A(エー)の友(とも)だちの死(し)は、いっそう、考(かんが)えさせられたのです。
「ほんとうに、あの方(かた)は、快活(かいかつ)な、陰気(いんき)なことの大(だい)きらいのお方(かた)でしたわ。それに、日(ひ)ごろあんなに健康(けんこう)そうに見(み)えましたのに……人間(にんげん)の命(いのち)というものは、わからんものですわね。」と、細君(さいくん)はいいました。
「ほんとうに、あの男(おとこ)が、急(きゅう)に死(し)のうなどとだれも思(おも)うまいよ。彼自身(かれじしん)だって思(おも)わなかったにちがいない。これをみても、こうして、無事(ぶじ)に、一日(にち)が送(おく)られるということは、幸福(こうふく)なことだよ。」と、A(エー)は答(こた)えました。
「もし、死(し)ということがなかったら、人生(じんせい)は、どんなに幸福(こうふく)でしょう?」
「それは、そうでない。死(し)があってこそ生(せい)ということがあるのだ。生(い)きているという意識(いしき)は、死(し)の恐(おそ)れを深(ふか)く知(し)るものにだけ、それだけありがたいのだ。夜(よる)がなかったら、太陽(たいよう)の輝(かがや)きはわかるまい。この二つは、自然(しぜん)の大(おお)きな力(ちから)なんだ。」と、A(エー)はいいました。
「あの男(おとこ)は、この自然(しぜん)の力(ちから)について考(かんが)えただろうか。」
 彼(かれ)は、そんなことも思(おも)いました。
 だれか、外(そと)の戸(と)にさわったようなけはいがします。A(エー)は立(た)ち上(あ)がって、出口(でぐち)の戸(と)を開(あ)けてみました。すると、そこに、頭(あたま)から、黒(くろ)い着物(きもの)をかぶった脊(せ)の高(たか)いものが立(た)っているので、びっくりしました。
「おまえは、だれだ?」
「死(し)だ! この家(うち)へはいろうかとのぞいていたのだ。俺(おれ)のことを話(はな)したのも、みんな聞(き)いた。」
 A(エー)の心臓(しんぞう)は、氷(こおり)の手(て)で、ぐっと握(にぎ)られたように、ぞっとして、ものがいえなく、ふるえていました。
「しかし、おまえたちは、俺(おれ)の存在(そんざい)を忘(わす)れないだけ感心(かんしん)だ。こんどだけは、はいるまい。」
 こう、死(し)は、冷(ひ)ややかにいい放(はな)って、大(おお)またで歩(ある)いて去(さ)りました。
 空(そら)には、こぼれ落(お)ちそうに、星(ほし)がきらきらとして、低(ひく)くささやきながら、風(かぜ)が吹(ふ)いていました。
――一九二八・一〇作――
了

底本:「定本小川未明童話全集 6」講談社
   1977(昭和52)年4月10日第1刷
底本の親本:「未明童話集4」丸善
   1930(昭和5)年7月20日
初出:「童話文学」
   1928(昭和3)年11月
※表題は底本では、「死(し)と話(はなし)した人(ひと)」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:へくしん
2022年4月27日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。