あらすじ
鉄工場で知られる町に、炭俵を背負った山男がやってきました。男は、町の裕福な家に炭を売りに行きますが、代金は少なく支払われ、男は怒りをあらわにします。町では、山男が炭代をごまかされたという噂が広がり、少年は山男の怒りを目の当たりにしたように感じます。その後、町に巨大な鐘が作られます。鐘は完成し、港まで運ばれるのですが、囚人たちが鐘を引き、その姿を見た少年は愕然とします。鐘は海に落ちてしまい、嵐の日に海の底から鐘の音が聞こえたという話も伝わりますが、やがて鐘の音も消えていきます。少年は大人になり、町の工場で働き、正義と自由のために闘います。疲れ果てると、少年は山男や囚人の姿を見、鐘の音を聞き、闘うことを決意するのです。
 K町(ケーまち)は、昔(むかし)から鉄工場(てっこうじょう)のあるところとして、知(し)られていました。町(まち)には、金持(かねも)ちが、たくさん住(す)んでいました。西(にし)の方(ほう)を見(み)ると、高(たか)い山(やま)が重(かさ)なり合(あ)って、その頂(いただき)を雲(くも)に没(ぼっ)していました。そして、よほど、天気(てんき)のいい日(ひ)でもなければ、連(つら)なる山(やま)のすがたを見(み)つくすことができなかったのであります。
 その山(やま)おくにも、人間(にんげん)の生活(せいかつ)が、いとなまれていました。ひとりの背(せ)の高(たか)い、かみのぼうぼうとした、目(め)ばかり光(ひか)る、色(いろ)の黒(くろ)い男(おとこ)が、夏(なつ)のさかりに、大(おお)きな炭俵(すみだわら)をおって、このけわしい山道(やまみち)を歩(ある)いて、町(まち)へ売(う)りにきました。じぶんが木(き)をきり、そしてたいて製造(せいぞう)したものを、売(う)りに出(で)て、その金(かね)で、食(た)べ物(もの)や、着(き)る物(もの)を買(か)って、ふたたび山(やま)へはいるにちがいありません。それは、いくらかせいでも、しれたものです。これだけで、人間(にんげん)が、一年(ねん)じゅうの生活(せいかつ)をすると考(かんが)えると、ひとつの炭俵(すみだわら)にも、命(いのち)がけのしんけんなものがあるはずでありました。
 ある夏(なつ)のこと、男(おとこ)は、汗(あせ)をたらして、重(おも)い炭(すみ)だわらを二つずつおって、山(やま)をくだり、これを町(まち)のある素封家(そほうか)の倉(くら)へおさめました。この家(いえ)は、けちんぼということで、町(まち)でもだれ知(し)らぬはなかったのです。そのおさめ終(お)わった日(ひ)に、男(おとこ)は代金(だいきん)をせいきゅうしますと、おさめた俵数(たわらかず)より、二俵(ひょう)少(すく)なく、これしかうけとらぬから、それだけの代金(だいきん)しかはらえないというのでした。
「そんなはずはない、十俵(ぴょう)いれました。」と、男(おとこ)は庭(にわ)さきにつったって、いいました。
「八俵(ぴょう)しか、いれてない。そんないいがかりをつけるなら、倉(くら)にはいってかぞえてみるがいい。」と、主人(しゅじん)は、いたけだかになりました。
 男(おとこ)は、山(やま)を五たび下(くだ)って、またのぼったきおくがあります。それで倉(くら)にいって、数(かず)をかぞえてみると十いれたものが、八つしかなかった。かれの顔(かお)は、土色(つちいろ)となりました。しかたなく、八俵(ぴょう)の代金(だいきん)をふるえる手(て)で、うけとると、おそろしい顔(かお)をして、このいかめしい門(もん)のある家(いえ)をみかえって出(で)ていきました。
 男(おとこ)は丘(おか)の上(うえ)に立(た)って、K町(ケーまち)を見(み)おろしながら、
「死(し)んでも、忘(わす)れやしねえぞ。」といった。
 そのとき、少年(しょうねん)は、かれのみすぼらしい、いかりにおののいた姿(すがた)をみたのです。目(め)の下(した)に、林(はやし)のごとく立(た)った、えんとつからは、黒(くろ)いけむりが、青(あお)い空(そら)にのぼっていました。
 その後(ご)、だれの口(くち)からともなく、うわさにのぼった、金持(かねも)ちが、山男(やまおとこ)の炭代(すみだい)をごまかしたというのをきいたとき、少年(しょうねん)は、ある日(ひ)、けっして、男(おとこ)は、気(き)がくるっていたのではないのを知(し)りました。そして、この素封家(そほうか)の前(まえ)を通(とお)るたびに、いかめしい門(もん)をにらんだのであります。
「あのしんだいで、そのうえ、鉄工場(てっこうじょう)の、利益配当(りえきはいとう)が、たくさんあるのに、なんで、山男(やまおとこ)の炭(すみ)なんかをごまかすような、けちなことをするのか。」
 こういう、人(ひと)の話(はなし)をきくときに、少年(しょうねん)には、みすぼらしい、いかりにもえた、山男(やまおとこ)の姿(すがた)が、目(め)にみえたのでした。
 他国(たこく)の寺(てら)から、大(おお)きなぼん鐘(しょう)をこの町(まち)でひきうけたのは、それからのちのことでありました。
「大(おお)きなもんだそうだ。他(た)の工場(こうじょう)では、どこでもつくり手(て)がないというので、この町(まち)へあつらえにきた。なにしろ寄進(きしん)の金(かね)で、できるのだそうだから、この町(まち)の工場(こうじょう)でも、職工(しょっこう)にいいつけて、念(ねん)をいれてつくっているということだ。」
 こんなことばが、少年(しょうねん)の耳(みみ)にはいったとき、人(ひと)のまねることのできない、どんな芸術品(げいじゅつひん)がうまれるだろうと、いろいろの美(うつく)しい、鐘(かね)の形(かたち)を、そうぞうにえがきました。
 それは、ちょうど、夏(なつ)も、やがていこうとするところであります。
「大(おお)きな鐘(かね)が、できあがって、港(みなと)まで、車(くるま)に乗(の)せて、引(ひ)かれていき、そこから船(ふね)で、あちらへ送(おく)られるのだ。」と伝(つた)わりました。
「町(まち)じゅう、たいへんなさわぎだというから、ぜひ、けんぶつにいかなくてはならぬ。」と、村(むら)の人(ひと)たちもいいました。
 その日、少年(しょうねん)にとって、昼(ひる)まえは、いそがしくて出(で)られませんでした。いまごろ、鐘(かね)を引(ひ)く行列(ぎょうれつ)が、町(まち)を通(とお)るであろう昼(ひる)すぎになって、町(まち)へいこうとした、そのじぶんから、きゅうに天気(てんき)があやしくなりました。つめたい風(かぜ)が、ふきだして、木立(こだち)の葉(は)や、たんぼにうわっている、とうもろこしの葉(は)うらをかえして、それがなんとなく不安(ふあん)に、銀(ぎん)のごとく白(しろ)くきらめいていたのです。
「降(ふ)るかもしれないが、いってみようかな。」
 少年(しょうねん)は、ちゅうちょしましたが、ついに、灰色(はいいろ)の雲(くも)のせわしそうに、頭(あたま)の上(うえ)を走(はし)る野原(のはら)をひととびに走(はし)って、町(まち)へいきました。さすがに、両(りょう)がわに、人(ひと)は黒山(くろやま)のごとく集(あつ)まっています。人(ひと)をおしわけて、
「どんな、大(おお)きい、みごとな鐘(かね)か? どんな、形(かたち)をしているか?」
 少年(しょうねん)は、のぞいてみようとしました。そして、かれは、なにをみたでしょう?
 いく十人(にん)か、かき色(いろ)の着物(きもの)をきた、囚人(しゅうじん)が、列(れつ)をなして、なわにすがり、それを引(ひ)いていたのです。
「あっ……。」という、おどろきが、少年(しょうねん)の口(くち)から出(で)ました。もうそれをみる勇気(ゆうき)もなく、しおしおとして、かれは、さっききた道(みち)を、村(むら)へもどりました。
「なんで、囚人(しゅうじん)になんか、引(ひ)かせたのだろう?」と少年(しょうねん)は、晩(ばん)がた町(まち)から、見(み)てきた年(とし)よりにむかって、たずねました。
「賃金(ちんぎん)が、やすいからだろうが、あんなことをさせるのは、むじひだ。」
 年(とし)よりは、こうかんたんにこたえました。このじぶんから、いよいよ雨(あめ)がふりだした。
 鐘(かね)は、船(ふね)にうつすさいに、すべって、板(いた)をころがると海(うみ)のなかに落(お)ちてしまったそうです。その話(はなし)が夜(よる)になってから、町(まち)や村(むら)を、びっくりさせました。
 落(お)ちた鐘(かね)は、海(うみ)が深(ふか)く、下(した)に岩(いわ)が多(おお)いために、ありかをさぐったけれど、わからず、それきりになってしまったが、ふしぎなことは、とうざ、あらしの日(ひ)に、海(うみ)があれると、どこからともしれず、海(うみ)のなかから鐘(かね)の音(ね)がきこえたことです。
 しかし、それも月日(つきひ)がたつと、鐘(かね)の音(ね)も、うわさとともに、きえていきました。
 ただ、たねだけは、いつか芽(め)が生(は)え、その芽(め)はのびるものです。少年(しょうねん)は、大(おお)きくなってから、この町(まち)の工場(こうじょう)に働(はたら)いて、正義(せいぎ)と自由(じゆう)のために、たたかう身(み)となりました。そしてつかれると、かれは、丘(おか)にあがった。すると、みすぼらしいふうをした山男(やまおとこ)が、いかりにおののいて、
「死(し)んでも、忘(わす)れやしねえぞ!」とさけんだ、姿(すがた)が目(め)にみえて、かれをうちのめしました。
 また、海岸(かいがん)に立(た)って、ぼうぜんとして、ため息(いき)をつくと、どこからともなく、鐘(かね)の音(ね)が、きこえて、すげがさをかぶった、囚人(しゅうじん)のむれが、くもの子(こ)のごとく、なぎさにうごめくまぼろしがうかびました。
「よし、たたかうぞ! なんで忘(わす)れるものか。」と勇気(ゆうき)をとりかえして、さけぶと、たちまち、あわれな囚人(しゅうじん)たちの姿(すがた)は、白鳥(はくちょう)となって、夕(ゆう)やけのする、空(そら)に舞(ま)いあがり、ようようとして、つばさをかがやかして、とぶのでした。ただ、鐘(かね)の音(ね)ばかりは、しおの色(いろ)が、くらくなるまで、いつまでも、なりやまなかったのであります。
――一九三〇・九――
了

底本:「定本小川未明童話全集 7」講談社
   1977(昭和52)年5月10日第1刷発行
   1982(昭和57)年9月10日第6刷発行
底本の親本:「童話の社会」
   1930(昭和5)年9月
初出:「童話の社会」
   1930(昭和5)年9月
※表題は底本では、「鐘(かね)」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:館野浩美
2019年9月27日作成
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