あらすじ
「町の真理」は、異なる立場や価値観を持つ人々の心の奥底にある真実を描いた、哀切で印象的な作品です。子供たちの遊びを通して描かれる残酷さと、大人たちの心の奥底に潜む寂しさと欲望。様々な視点を通して、人間の心の複雑さを、静かに、しかし深く問いかけます。
目次
 B坊(ビーぼう)が、だれかにいじめられて、路(みち)の上(うえ)で泣(な)いていました。
「どうしたの?」と、わけをきくと、こうなのであります。
 A坊(エーぼう)と、B坊(ビーぼう)は、いっしょに遊(あそ)んでいたのです。すると、みんみんぜみが飛(と)んできて、頭(あたま)の上(うえ)の枝(えだ)に止(と)まりました。
 二人(ふたり)は、家(いえ)に走(はし)っていって、もち棒(ぼう)を持(も)ってこようとしました。すると、日(ひ)ごろから、強(つよ)い、わんぱく子(こ)のA坊(エーぼう)が、
「これは、僕(ぼく)のせみだから逃(に)がしちゃいけないよ。番(ばん)をしていておくれ。」と、命(めい)ずるように、B坊(ビーぼう)に向(む)かっていいました。
「清水良雄《しみずよしお》・絵《え》」のキャプション付きの図
清水良雄(しみずよしお)・絵(え)[#「清水良雄(しみずよしお)・絵(え)」はキャプション]

 気(き)の弱(よわ)いB坊(ビーぼう)は、たとえ内心(ないしん)では、それを無理(むり)と感(かん)じても、だまって、うなずくよりほかはなかったのです。
「どうか、A(エー)ちゃんのくるまで、みんみんぜみが、逃(に)げてくれなければいいが……。」と、B坊(ビーぼう)は、心配(しんぱい)していました。なぜなら、もし、せみが、逃(に)げたら、きっとA坊(エーぼう)は、自分(じぶん)のせいにすると思(おも)ったから。
 B坊(ビーぼう)は、上(うえ)を向(む)いて、せみを見守(みまも)りながら、身動(みうご)きもせず、じっとしていました。せみは、つづけて、ミン、ミン、ミン――と鳴(な)きました。そして、鳴(な)きやむと、思(おも)い出(だ)したように、遠方(えんぽう)を目(め)がけて、飛(と)び去(さ)ってしまいました。うらめしそうに、B坊(ビーぼう)は、しばらく、飛(と)び去(さ)ってしまったせみの行方(ゆくえ)を見守(みまも)っていました。
 そのとき、もち棒(ぼう)を持(も)ったA坊(エーぼう)が、息(いき)をきらしながら、あちらから駆(か)けてきました。
「B(ビー)ちゃん、せみはいる?」と、遠(とお)くから、こちらを見(み)て叫(さけ)びました。B坊(ビーぼう)は、なんとなく、すまなそうな顔(かお)つきをして、頭(あたま)をふり、
「逃(に)げてしまった。」と、答(こた)えました。
「うそだ! 君(きみ)が、逃(に)がしたのだろう……。」と、A坊(エーぼう)は、すぐ、そばにくると難題(なんだい)をいいかけました。
「僕(ぼく)が、逃(に)がしたのではないよ。」と、B坊(ビーぼう)は、あまりのA坊(エーぼう)の邪推(じゃすい)に、不平(ふへい)を抱(いだ)きました。
「君(きみ)は、番(ばん)をしているといったじゃないか?」
 B坊(ビーぼう)は、たしかにそういったから、だまっていました。
「君(きみ)は、番(ばん)をしているといったろう。このうそつき!」
 こういって、A坊(エーぼう)は、B坊(ビーぼう)をなぐったのです。
 ――話(はなし)はこういうのでした。さあ、どちらに真理(しんり)がありましょう?

「ねえ、叔父(おじ)さん、上野(うえの)へまいりましょう。」と、学生(がくせい)がいいました。
 もう、秋(あき)で、上野(うえの)の山(やま)には、いろいろの展覧会(てんらんかい)がありました。
「そうだな、天気(てんき)がいいから、いってみようか。」
 二人(ふたり)は、家(いえ)を出(で)かけました。そして、電車(でんしゃ)を降(お)りて、石段(いしだん)を上(あ)がり、桜(さくら)の木(き)の下(した)を歩(ある)いて、動物園(どうぶつえん)の方(ほう)へきかかりました。いつしか桜(さくら)の葉(は)は黄(き)ばみかかって、なかに、虫(むし)ばんでいるのもあれば、風(かぜ)もないのに、力(ちから)なく落(お)ちるのもありました。
「おまえは、光琳(こうりん)の絵(え)を見(み)たことがあるか。」と、叔父(おじ)さんは、甥(おい)にききました。
「よく、絵画雑誌(かいがざっし)に載(の)っている、写真版(しゃしんばん)で見(み)たことがあります。」
「写真版(しゃしんばん)では、うまみがよくわからんが、気品(きひん)があるだろう……。」と、叔父(おじ)さんがいわれた。
「なかなか、豪華(ごうか)でいいと思(おも)います。」と、学生(がくせい)は答(こた)えました。
「そう、豪華(ごうか)じゃ。」
 二人(ふたり)は、博物館(はくぶつかん)の前(まえ)の通(とお)りを歩(ある)いていました。
「おまえは、どこへゆくつもりじゃ。」と、叔父(おじ)さんは、立(た)ち止(ど)まってきかれました。
 学生(がくせい)は、美術館(びじゅつかん)に、いま開(ひら)かれている洋画(ようが)の展覧会(てんらんかい)を見(み)たいと思(おも)ったのです。
「博物館(はくぶつかん)に、いま光琳(こうりん)・抱(ほう)一など、琳派(りんぱ)の陳列(ちんれつ)があるのじゃがな。」と、叔父(おじ)さんは、博物館(はくぶつかん)の門(もん)のある方(ほう)をつえで指(さ)しました。しかし、その方(ほう)には、人影(ひとかげ)が少(すく)なくて、寂(さび)しかったのです。そして、青年(せいねん)や若(わか)い女(おんな)たちは、うららかな秋(あき)の日(ひ)の光(ひかり)を浴(あ)びながら、旗(はた)の立(た)っている美術館(びじゅつかん)の方(ほう)へと、あとからあとから、つづいたのでした。
「僕(ぼく)は洋画(ようが)を見(み)たいのですが、叔父(おじ)さんもごらんなさいませんか。」と、学生(がくせい)は、いいました。
「なるほど、みんな、そっちへばっかりゆくのう、どんな傑作(けっさく)があるのか、おまえのおつきあいをしてみようか。」
 叔父(おじ)さんは、博物館(はくぶつかん)の方(ほう)を名残惜(なごりお)しそうに、もう一度(ど)見返(みかえ)ったが、つい甥(おい)の後(あと)からついて美術館(びじゅつかん)の入(い)り口(ぐち)をはいってゆきました。
 帰(かえ)る時分(じぶん)になって、叔父(おじ)さんは、思(おも)いました。――西洋画(せいようが)なんて、どこがおもしろいのだろう? そして、博物館(はくぶつかん)にいい陳列(ちんれつ)があるのに、見(み)にゆかずに、こちらへばかりやってくる――。
「高(たか)い金(かね)を出(だ)して見(み)るだけのこともないじゃないか。」と、叔父(おじ)さんはいいました。
「叔父(おじ)さん、昔(むかし)の絵(え)は、いくらよくたって、冷(つめ)たい墓石(はかいし)のようなものです。いまの若(わか)い人(ひと)の画(え)には、自分(じぶん)たちと同(おな)じ血(ち)が通(かよ)っています。まあ、自分(じぶん)の姿(すがた)を見(み)にゆくのですね。」
「すると、おもしろくないのは、もう自分(じぶん)の姿(すがた)がどこにも見(み)いだせないというわけかな。そう考(かんが)えれば、さびしい気(き)がするのう。」
 頭(あたま)の白(しろ)くなった、人(ひと)のよい叔父(おじ)さんは、ほんとうに、さびしそうに笑(わら)いました。

 達者(たっしゃ)のうちは、せっせと働(はたら)いてやっとその日(ひ)を暮(く)らし、病気(びょうき)になってからは、食(く)うや食(く)わずにいて、ついに、のたれ死(じ)にをしたあわれな男(おとこ)がありました。その死骸(しがい)は犬(いぬ)ころの屍(しかばね)と同(おな)じく、草深(くさぶか)い、野原(のはら)のすみにうずめられてしまった。そして、その人(ひと)の一生(しょう)は、終(お)わってしまったのであるが、彼(かれ)の霊魂(れいこん)だけは、どうしても浮(う)かばれなかったのです。
「文明(ぶんめい)だという、にぎやかな世(よ)の中(なか)へ生(う)まれ出(で)て、いったいどんなしあわせを受(う)けたろう? 生(い)きている間(あいだ)は、世(よ)の中(なか)のために仕事(しごと)をした。死(し)んでも形(かたち)だけの葬式(そうしき)ひとつしてもらえなかった……これでは、犬(いぬ)やねこと同(おな)じであって、冥土(めいど)の門(もん)もくぐれないではないか?」
 霊魂(れいこん)は、まったく浮(う)かばれなかったのです。りっぱなお寺(てら)へいって、お経(きょう)をあげてもらい、丁寧(ていねい)に葬(とむら)いをしてもらってから、冥土(めいど)の旅(たび)につこうと思(おも)いました。
 うす曇(ぐも)った、風(かぜ)の寒(さむ)い日(ひ)の午後(ごご)のこと、この貧乏人(びんぼうにん)の霊魂(れいこん)は、☆棺屋(かんや)の前(まえ)をうろついていました。
「だれか、冥土(めいど)の途(みち)づれにするものはないかな。」と、人間(にんげん)を物色(ぶっしょく)していたのです。
 ここに、金持(かねも)ちの老人(ろうじん)がありました。何不足(なにふそく)なく暮(く)らしていました。ただ、もっと見(み)たい、もっと知(し)りたい、もっと味(あじ)わいたいという欲望(よくぼう)は、かずかぎりなくあったが、だんだん体力(たいりょく)の衰(おとろ)えるのをどうすることもできませんでした。
 寒(さむ)い風(かぜ)の吹(ふ)く中(なか)を、この老人(ろうじん)は歩(ある)いてきました。棺屋(かんや)の前(まえ)にさしかかって、ふと、その店先(みせさき)にあった棺(かん)や、花輪(はなわ)が目(め)に触(ふ)れると、
「あの中(なか)へ、だれかはいるのだろうが、このおれも、いつか一度(ど)は、はいらなければならぬ。ああ、そんなことを思(おも)っても、気(き)が滅入(めい)ってくる……。」と、頭(あたま)を振(ふ)って、通(とお)り過(す)ぎようとしました。
 これを見(み)た霊魂(れいこん)は、冷(つめ)たい青(あお)い笑(わら)いをしました。そして、金持(かねも)ちの背中(せなか)へ、そっと、しがみつきました。
「おお寒(さむ)い! かぜをひいたかな。」
 金持(かねも)ちの老人(ろうじん)は、思(おも)わず身(み)ぶるいをして、家(いえ)へ急(いそ)ぎました。
 それから、十日(とおか)ばかりたつと、金持(かねも)ちは、かぜがもとで死(し)んだのであります。
 生(い)きている間(あいだ)は、自動車(じどうしゃ)に、乗(の)ったことのない貧(まず)しい男(おとこ)の霊魂(れいこん)は、いま金色(きんいろ)の自動車(じどうしゃ)に乗(の)せられて、冥土(めいど)の旅(たび)をつづけました。また、ありがたいお経(きょう)によって、すべての妄念(もうねん)から洗(あら)い浄(きよ)められた。金持(かねも)ちの霊魂(れいこん)は、平等(びょうどう)・無差別(むさべつ)の生(う)まれる前(まえ)に立(た)ち返(かえ)って、二つの魂(たましい)は仲(なか)よくうちとけていました。
「こうして途(みち)づれがあれば、十万(まん)億土(おくど)の旅(たび)も、さびしいことはない。」と、金持(かねも)ちの霊魂(れいこん)がいえば、
「なぜ、娑婆(しゃば)にいるうちから、こうして、お友(とも)だちにならなかったものか……。」と、貧乏人(びんぼうにん)の霊魂(れいこん)は、いぶかしく感(かん)じました。
 あちらの空(そら)には、ちぎれ、ちぎれの雲(くも)が飛(と)んで、青(あお)い水色(みずいろ)の山(やま)が、地平線(ちへいせん)から、顔(かお)を出(だ)して微笑(びしょう)しています。秋雨(あきさめ)の降(ふ)った後(あと)の野原(のはら)は、草(くさ)も木(き)も色(いろ)づいて、鳥(とり)の声(こえ)もきこえませんでした。
 金色(きんいろ)にかがやく、棺(かん)を載(の)せた自動車(じどうしゃ)は、ぬかるみの道(みち)をいくたびか、右(みぎ)と左(ひだり)におどりながら、火葬場(かそうじょう)の方(ほう)へと走(はし)ったのです。

☆棺屋(かんや)――葬儀社(そうぎしゃ)
了

底本:「定本小川未明童話全集 8」講談社
   1977(昭和52)年6月10日第1刷発行
   1982(昭和57)年9月10日第6刷発行
底本の親本:「青空の下の原っぱ」六文館
   1932(昭和7)年3月
初出:「帝国教育 589号」
   1931(昭和6)年9月
※表題は底本では、「町(まち)の真理(しんり)」となっています。
※本文末の語注のページ数は省略しました。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:津村田悟
2021年4月27日作成
青空文庫作成ファイル:
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