あらすじ
高い山の険しい崖に根を張る一本のシンパクは、長い年月をかけて様々な変化を目の当たりにしてきました。人間や自然の脅威に耐えながら、奇跡的に生き延びてきたシンパクは、やがて人間の手によってその場所から切り離され、新たな環境へと運ばれていきます。そこでは、かつて経験した荒々しい自然とは異なる、穏やかで美しい世界が広がっていました。しかし、シンパクは、その変化の中で、これまで当たり前だと思っていた自然の厳しさと、人間の力の大きさ、そして愛の複雑さを改めて感じ、自身の運命を静かに受け入れることになるのです。
 高(たか)い山(やま)の、鳥(とり)しかゆかないような嶮(けわ)しいがけに、一本(ぽん)のしんぱくがはえていました。その木(き)は、そこで幾(いく)十年(ねん)となく月日(つきひ)を過(す)ごしたのであります。
 人間(にんげん)のまれにしかゆかない山(やま)とはいいながら、その長(なが)い間(あいだ)には、幾多(いくた)の変化(へんか)がありました。人(ひと)の足(あし)の踏(ふ)み入(い)るところ、また手(て)のとどくところ木(き)は切(き)られたり、また持(も)ち去(さ)られたりしたのであります。そして、それは人間(にんげん)ばかりとかぎっていなかった。
 あるときは、雨(あめ)がつづいて、出水(しゅっすい)のために、あるときは、すさまじいあらしのために、また真(しん)に怖(おそ)ろしい雪(ゆき)のために、その脅威(きょうい)は一つではなかったのです。
 同(おな)じ生命(せいめい)を有(ゆう)している人間(にんげん)のすることにくらべて、はかり知(し)れない、暴力(ぼうりょく)の所有者(しょゆうしゃ)である自然(しぜん)のほうが、どれほど怖(おそ)ろしいかしれないと木(き)は思(おも)っていました。しかし、こうした嶮岨(けんそ)な場所(ばしょ)に生(しょう)じたために、しんぱくは、無事(ぶじ)に今日(こんにち)まで日(ひ)を送(おく)ることができたのであります。けれど、それは、また偶然(ぐうぜん)であるといわなければなりません。
 なぜなら、たとえ、人間(にんげん)の力(ちから)では、そこへは達(たっ)しなかったけれど、自然(しぜん)の力(ちから)は、いつも自由(じゆう)であったからです。現(げん)に、数年前(すうねんぜん)のこと、ちょうど春先(はるさき)であったが、轟然(ごうぜん)として、なだれがしたときに、幹(みき)の半分(はんぶん)はさかれて、雪(ゆき)といっしょに谷底(たにそこ)へ落(お)ちてしまったのでした。幸(さいわ)いに根(ね)のかみついていた岩角(いわかど)が砕(くだ)けなかったから、よかったものの、もし壊(こわ)れたら、おそらくそれが最後(さいご)だったでありましょう。
 しかし、いまは、そのときの傷痕(きずあと)も古(ふる)びてしまって、幹(みき)には、雅致(がち)が加(くわ)わり、細(こま)かにしげった緑色(みどりいろ)の葉(は)は、ますます金色(きんいろ)を帯(お)び、朝夕(あさゆう)、霧(きり)にぬれて、疾風(しっぷう)に身(み)を揺(ゆ)すりながら、騎士(きし)のように朗(ほが)らかに見(み)られたのであります。
 冬(ふゆ)でも、この岩穴(いわあな)の中(なか)に越年(えつねん)する、いわつばめがすんでいました。ひらひらと、青(あお)い空(そら)をかすめて、右(みぎ)に、左(ひだり)に、飛(と)んでいたが、やがて、風(かぜ)に舞(ま)って落(お)ちてきた木(き)の葉(は)のように、しんぱくの枝(えだ)にきて止(と)まりました。
「雪(ゆき)が近(ちか)づきましたよ。西(にし)の空(そら)が火(ひ)のように赤(あか)いのです。こんどあらしがあるときっと雪(ゆき)を持(も)ってきますからね。」
 そういって、いわつばめは、だんだん黄昏(たそが)れていく、奥深(おくぶか)い空(そら)を見上(みあ)げていました。
 うっかりしようものなら、冷(つめた)い風(かぜ)が、小(ちい)さな体(からだ)をさらって、もう暗(くら)くなった谷間(たにま)へたたき落(お)とそうとしたのであります。
 しんぱくは、そのたびに、頭(あたま)をはげしく振(ふ)りました。
「いや、そのほうがいいでしょう。あなたたちは、岩穴(いわあな)の中(なか)でゆっくり眠(ねむ)りなさるがいい。かれこれするうちに、じきに四、五月(がつ)ごろとなります。あの水晶(すいしょう)のように明(あか)るい雪解(ゆきど)けの春(はる)の景色(けしき)はなんともいえませんからね。それまで、私(わたし)は、あらしや、吹雪(ふぶき)の唄(うた)でも楽(たの)しんできいています。そして、あなたたちが、岩穴(いわあな)の中(なか)で、こうもりのおばあさんからきいた、不思議(ふしぎ)のおとぎばなしを教(おし)えてくだされば、私(わたし)は、西風(にしかぜ)のうたっていた北(きた)の国(くに)の唄(うた)をうたってきかせますよ。」
「なんだか、来年(らいねん)の春(はる)が楽(たの)しみですが、もう人間(にんげん)が、ここへやってくるようなことがなければいいが。」
 いわつばめは、不吉(ふきつ)な予感(よかん)がしたように、いきいきとした顔(かお)をくもらしました。
 しんぱくは、またひとしきり、疾風(しっぷう)に顔(かお)を動(うご)かしながら、
「このごろは、夜(よる)になると霜(しも)がおります。そして、星(ほし)の影(かげ)は、魔物(まもの)の目(め)のようにすごく光(ひか)ります。どんな人間(にんげん)でも、露宿(ろしゅく)することはできますまい。あの、あおずんだ、真夜中(まよなか)の景色(けしき)を、あなたに見(み)せたいものです。」
 だまって、しんぱくの話(はなし)をきいていたいわつばめは、急(きゅう)に身(み)ぶるいをしました。そして、あわてて岩穴(いわあな)に帰(かえ)ってゆきました。
 真夜中(まよなか)ごろ、木(き)は、頭(あたま)の上(うえ)を、青(あお)い炎(ほのお)の尾(お)をひいて流(なが)れる星(ほし)を見(み)ました。なんとなく、宇宙(うちゅう)に存在(そんざい)するいっさいのものが、運命(うんめい)に支配(しはい)され、流転(るてん)することを語(かた)るごとくに感(かん)じたのです。
 あくる日(ひ)のこと、すぐ近(ちか)くで、人間(にんげん)の声(こえ)がしました。さるのごとく、岩角(いわかど)を伝(つた)わって、綱(つな)を頼(たよ)りに下(お)りてくる男(おとこ)を見(み)ました。腰(こし)には、岩(いわ)を砕(くだ)き、根(ね)を切(き)る道具(どうぐ)を結(むす)びつけていたので、しんぱくは、だれを目(め)あてにやってくるのか、すぐに悟(さと)ったのでありました。
「ああ、いい木(き)だ。長(なが)いことにらんでいたのだが、まったく命(いのち)がけでなければ取(と)れるところでない。」と、年(とし)をとった男(おとこ)は、独(ひと)りごとをしました。
 そして、そこで、幾(いく)十年(ねん)生(い)きてきたしんぱくを、岩角(いわかど)から切(き)りはなして、その根(ね)もとを掘(ほ)り抜(ぬ)くとしっかり背負(せお)って、綱(つな)をたぐって上(あ)がってゆきました。しんぱくは、かつて自然(しぜん)をおそれて、人間(にんげん)にどれほどのことができるものかと、考(かんが)えていたことの、たいへんなまちがいだったのを、この瞬間(しゅんかん)に悟(さと)ったのであるが、それから、自分(じぶん)はどうされたのであるか、先(さき)のことはわからなかったのです。
 木(き)が、やっと元気(げんき)を快復(かいふく)して、はっきりと見(み)、また聞(き)くようになったのは、ある大(おお)きな盆栽師(ぼんさいし)の庭園(ていえん)でありました。そして、自分(じぶん)は珍(めずら)しい支那鉢(しなばち)に植(う)えられて、一段(だん)高(たか)い、だんの上(うえ)に載(の)せられていたのでした。
 夜(よる)になると、風(かぜ)は吹(ふ)いたけれど、あのむちを振(ふ)り、ひづめを鳴(な)らして過(す)ぎるようなあらしではありませんでした。星(ほし)の光(ひかり)は急(きゅう)に、遠(とお)くなって、また銀河(ぎんが)の色(いろ)は、見(み)えるか見(み)えぬほどのかすかさです。
「自分(じぶん)の生活(せいかつ)は、変(か)わってしまったのだ。あの岩(いわ)から引(ひ)き離(はな)されたときは、枯(か)れると思(おも)ったのがこうして生(い)きるばかりでなく、あのあらしから、吹雪(ふぶき)から、もう、まったく安心(あんしん)なのだ。なんという人間(にんげん)は、神(かみ)以上(いじょう)の力(ちから)を持(も)っていることだろう。」
 しんぱくは、人間(にんげん)を偉(えら)いと思(おも)いました。ここへくる人(ひと)たちは、だれでも、この鉢植(はちう)えの前(まえ)に足(あし)をとめて、感心(かんしん)して、ながめました。
「いい、しんぱくですな。」
 木(き)は、みんなが、自分(じぶん)をほめてくれるのでうれしく思(おも)いました。いわつばめや、こうもりなどに、愛(あい)されるよりは、人間(にんげん)にほめられるほうが、うれしいような気(き)がしたのです。
「命(いのち)がけで、自分(じぶん)を山(やま)からつれてきて、かわいがってくれるのだからな。」
 こう、木(き)は思(おも)うと、また、いつか雲(くも)が、
「山(やま)に育(そだ)って、下界(げかい)へいったものは、みんな死(し)んでしまう。だから、霧(きり)と、あらしと、雪(ゆき)の中(なか)の暮(く)らしを恨(うら)んではならない。なんといっても、それが貴(とうと)くて、輝(かがや)かしいのだから。」といったことが、愚(おろ)かしく感(かん)じられました。
 ある日(ひ)、りっぱな紳士(しんし)が令嬢(れいじょう)をつれて、この庭園(ていえん)へはいってきました。そして、やがて同(おな)じように、しんぱくの前(まえ)に立(た)って、主人(しゅじん)から話(はなし)をきかされていました。
「それは、人間(にんげん)のちょっとゆけるような場所(ばしょ)でありません。高山(こうざん)の、しかも奥深(おくふか)い嶮岨(けんそ)ながけの岩角(いわかど)にはえて、はげしいあらしに吹(ふ)かれていた木(き)です。このしみは、なだれに打(う)たれた傷痕(きずあと)でございます。」
「一度(いちど)そういう山(やま)へ、登(のぼ)ってみたいと思(おも)いながら、私(わたし)たちには、そんな元気(げんき)がない。せめてこの木(き)でもながめて、あこがれた山(やま)へいったつもりでいましょう。」
 紳士(しんし)は、高価(こうか)な金(かね)を払(はら)って、しんぱくを車(くるま)の中(なか)へ持(も)ち込(こ)みました。このとき、しんぱくは、命(いのち)を賭(か)けて取(と)り、育(そだ)ててくれたほどの人(ひと)が、金銭(きんせん)で売(う)ってしまった、その愛(あい)について疑(うたが)わずにはいられなかったのでした。しかし、これが人間社会(にんげんしゃかい)の掟(おきて)でもあろうかと思(おも)ったのであります。
 ついに、しんぱくは、岩頭(がんとう)のかわりに、紫檀(したん)の卓(たく)の上(うえ)から垂(た)れたのでした。そして、星(ほし)のかわりに、はなやかな電燈(でんとう)が照(て)らしたのでした。そして、周囲(しゅうい)を舞(ま)うものは、あの可憐(かれん)ないわつばめでなくて、人間(にんげん)の美(うつく)しい男女(だんじょ)らでした。きくのはあらしの唄(うた)でなく、ピアノの奏楽(そうがく)でした。この息詰(いきづ)まる空気(くうき)の中(なか)で、木(き)は、刻々(こくこく)に自分(じぶん)の生命(いのち)の枯(か)れてゆくのを感(かん)じながら、「見(み)ぬうちは、みんながあこがれるが、おとぎばなしの世界(せかい)はけっしてくるところでなく、ただ、きくだけのものだ。」と、しみじみ悟(さと)ったのでありました。
了

底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社
   1977(昭和52)年8月10日第1刷発行
   1983(昭和58)年1月19日第6刷発行
初出:「民政」
   1933(昭和8)年10月
※表題は底本では、「しんぱくの話(はなし)」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:仙酔ゑびす
2012年5月6日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。