あらすじ
三月の空の下、風は冷たく、夜は寒さが増していました。そんな夜、ある病院に、貧しい老人が助けを求めてやってきます。院長は、老人の姿に心を痛めながらも、多忙を理由に診察を拒否してしまいます。老人は、必死に医師を探し、ようやくたどり着いたのは、親切な医師がいる小さな診療所でした。老人は、医師の温かい看病のもと、静かに息を引き取りました。老人が遺したわずかな貯金と、すいせんの球根は、医師の心を強く揺さぶり、彼は後に慈善病院を設立するのです。
 花(はな)の咲(さ)く前(まえ)には、とかく、寒(さむ)かったり、暖(あたた)かかったりして天候(てんこう)の定(さだ)まらぬものです。
 その日(ひ)も暮(く)れ方(がた)まで穏(おだ)やかだったのが夜(よる)に入(はい)ると、急(きゅう)に風(かぜ)が出(で)はじめました。
 ちょうど、悪寒(おかん)に襲(おそ)われた患者(かんじゃ)のように、常磐木(ときわぎ)は、その黒(くろ)い姿(すがた)を暗(やみ)の中(なか)で、しきりに身震(みぶる)いしていました。
 A院長(エーいんちょう)は、居間(いま)で、これから一杯(ぱい)やろうと思(おも)っていたのです。そこへはばかるような小(ちい)さい跫音(あしおと)がして、取(と)り次(つ)ぎの女中(じょちゅう)兼(けん)看護婦(かんごふ)が入(はい)ってきて、
「患者(かんじゃ)がみえましたが。」と、告(つ)げました。
「だれだ? 初診(しょしん)のものか。」と、院長(いんちょう)は、目(め)を光(ひか)らしました。
「はい、はじめての方(かた)で、よほどお悪(わる)いようなのでございます。」
 まだ年(とし)の若(わか)い彼女(かのじょ)は、こんなものを院長(いんちょう)に取(と)り次(つ)いだのは悪(わる)いとは思(おも)ったけれど、それよりも、目(め)にうつる哀(あわ)れな男(おとこ)の姿(すがた)のほうが、いっそう強(つよ)く心(こころ)を動(うご)かしたのです。けれど、院長(いんちょう)は容易(ようい)に座(ざ)を立(た)ち上(あ)がろうとしなかった。
「そんなに悪(わる)いのに、ここへやってきたのか。」
「はい。」
 院長(いんちょう)は、きたときいては、捨(す)ててもおけなかったのでした。どんな身分(みぶん)の患者(かんじゃ)であって、またどこが悪(わる)いのか、それを知(し)りたいという職業意識(しょくぎょういしき)も起(お)こって、
「いま、ゆくから。」と、静(しず)かに、答(こた)えて、苦(にが)い顔(かお)つきをしながら、居間(いま)を出(で)ました。
 控(ひか)え室(しつ)をのぞくと、乞食(こじき)かと思(おも)われたようなよぼよぼの老人(ろうじん)が、ふろしき包(づつ)みをわきに置(お)いてうずくまっていました。
 院長(いんちょう)は、その老人(ろうじん)と、取(と)り次(つ)いだ看護婦(かんごふ)とを鋭(するど)く一瞥(いちべつ)してからいかにも、こんなものを……ばかなやつだといわぬばかりに、
「みてもらいたいというのは、この方(かた)かね。」と、ききました。
「さよう、私(わたくし)でございます。遠(とお)いところ、やっと歩(ある)いてまいりました。」と、老人(ろうじん)はとぎれとぎれに答(こた)えました。
「遠(とお)いところ? なんで、もっと近所(きんじょ)の医者(いしゃ)にかからなかったんだね。」
「だめです、いいお医者(いしゃ)さんがありません。」と、老人(ろうじん)は頭(あたま)を左右(さゆう)に揺(ゆ)すりました。
(そうだろうとも、だれが、こんなものを見(み)てやるものだ。このばかな女(おんな)でもなければ、一目(ひとめ)見(み)て追(お)い帰(かえ)すにちがいない。いったい、医者(いしゃ)というものをなんと心得(こころえ)ているのだろう。)
「おじいさん、せっかくだが、私(わたし)は、これから急病人(きゅうびょうにん)の迎(むか)えを受(う)けているので、出(で)かけなければならないのだ。だからすぐみてあげることができない。どうか、よそへいってもらいたい。」
 院長(いんちょう)は、そばに、まごまごしている、看護婦(かんごふ)の顔(かお)をにらんで、奥(おく)へさっさとはいってしまいました。
「じゃ、どうしてもみてくださらんのか。」と、老人(ろうじん)は、つぶやきました。
「お気(き)の毒(どく)ですけれど、先生(せんせい)はたいへんお忙(いそが)しいので、みられんとおっしゃいますから、よそのお医者(いしゃ)さまへいってくださいまし。」と、看護婦(かんごふ)は、そういいました。
「ははあ、よそのものはみても、私(わたし)をばみられないとおっしゃるのだな。どうせ、この老耄(おいぼれ)はくたばるのだからいいけれど、そうした道理(どうり)というものはないはずじゃ。もう私(わたし)は歩(ある)けないが、どこか近所(きんじょ)に、お医者(いしゃ)さまはありますかい。」と、老人(ろうじん)は、やっと小(ちい)さな荷物(にもつ)をせおってから、ききました。
「じき、すこしゆくとにぎやかな町(まち)になります。そこには、幾軒(いくけん)もお医者(いしゃ)さまがあります。」
 少女(しょうじょ)は、暗(くら)い外(そと)の方(ほう)を指(さ)して、町(まち)へ出(で)る方向(ほうこう)をおじいさんに教(おし)えました。ところどころに点(つ)いている街燈(がいとう)の光(ひかり)が見(み)えるだけで、あとは風(かぜ)の音(おと)が聞(き)こえるばかりでした。
 ちょうど、その時分(じぶん)、B医師(ビーいし)は、暗(くら)い路(みち)を考(かんが)えながら下(した)を向(む)いて歩(ある)いてきました。彼(かれ)は、いま往診(おうしん)した、哀(あわ)れな子供(こども)のことについて、さまざまのことを思(おも)っていたのです。
 その家(いえ)は貧(まず)しくて、かぜから肺炎(はいえん)を併発(へいはつ)したのに手当(てあ)ても十分(ぶん)することができなかった。小(ちい)さな火鉢(ひばち)にわずかばかりの炭(すみ)をたいたのでは、湯気(ゆげ)を立(た)てることすら不(ふ)十分(ぶん)で、もとより室(しつ)を暖(あたた)めるだけの力(ちから)はなかった。しかし、炭(すみ)をたくさん買(か)うだけの資力(しりょく)のないものはどうしたらいいか、それよりしかたはないのだ。近所(きんじょ)に、宏荘(こうそう)な住宅(じゅうたく)はそびえている。それらの内部(ないぶ)には、独立(どくりつ)した子供部屋(こどもべや)があり、またどの室(しつ)にも暖房装置(だんぼうそうち)は行(ゆ)き届(とど)いているであろう。そこに生(う)まれ育(そだ)った子供(こども)と、あの貧(まず)しい家(いえ)に病(や)んでねている子供(こども)とどこに、かわいらしい子供(こども)ということに変(か)わりがあろうか。しかし、その境遇(きょうぐう)はこうも異(こと)なっているのだ。私(わたし)は、あの哀(あわ)れな子供(こども)を助(たす)けなければならない。
 B医師(ビーいし)は、夕方(ゆうがた)、自分(じぶん)を呼(よ)びにきた、子供(こども)の母親(ははおや)の、おどおどした目(め)つきと、心配(しんぱい)そうな青(あお)ざめた顔(かお)とを思(おも)いあわせたのです。
「あんなになるまで、医者(いしゃ)にかけないという法(ほう)はないのだが、もう手後(ておく)れであるかもしれない。」
 悲壮(ひそう)な気持(きも)ちで、門(もん)を入(はい)ろうとすると、内部(ないぶ)からがやがや人声(ひとごえ)がきこえました。
 一足前(ひとあしまえ)、近所(きんじょ)の人(ひと)たちが、倒(たお)れている老人(ろうじん)を連(つ)れてきたのです。
 B医師(ビーいし)は、すぐに老人(ろうじん)に注射(ちゅうしゃ)を打(う)ちました。
「気(き)がついた。おじいさん泣(な)かんでいい。ここは医者(いしゃ)の家(いえ)だから、安心(あんしん)するがいい。」と、顔(かお)をつけるようにして、B医師(ビーいし)は、燈火(とうか)の消(き)えかかろうとするような老人(ろうじん)をなぐさめました。
「あんたは、お医者(いしゃ)さまか。」と、老人(ろうじん)は、かすかに目(め)を開(ひら)いてB医師(ビーいし)を見(み)て、たずねました。
「そうです、だから、安心(あんしん)なさるがいい。」と、答(こた)えてB医師(ビーいし)は、自(みずか)ら老人(ろうじん)を抱(かか)えて、診察室(しんさつしつ)のベッドの上(うえ)に横(よこ)たえて、やわらかなふとんをかけてやりました。
「先生(せんせい)、この人(ひと)は、助(たす)かりましょうか。」と、老人(ろうじん)をつれてきた近所(きんじょ)の人(ひと)たちが、ききました。
「わかりません。なにしろ極度(きょくど)に疲(つか)れていますから。私(わたし)は、できるだけの手当(てあ)てをいたしますが……。」と、B医師(ビーいし)は答(こた)えました。
 その夜(よ)、老人(ろうじん)は、最後(さいご)にしんせつな介抱(かいほう)を受(う)けながら死(し)んでゆきました。すこしばかり前(まえ)、かたわらにあった小(ちい)さな荷物(にもつ)を指(さ)しながら、訴(うった)えるように、うなずいて見(み)せたのでした。
 夜明(よあ)け方(がた)になって、ついに雨(あめ)となったのであります。B医師(ビーいし)は、老人(ろうじん)が身(み)から離(はな)さなかった荷物(にもつ)を開(あ)けてみました。紙箱(かみばこ)の中(なか)には、すでに芽(め)を出(だ)しかけた、いくつかのすいせんの球根(きゅうこん)がはいっていました。また、古(ふる)びた貯金帳(ちょきんちょう)といっしょに、なにか書(か)いたものがほかから出(で)てきました。それを見(み)ると、
「私(わたし)は、親(おや)もなければ、兄弟(きょうだい)もない一人(ひとり)ぽっちで暮(く)らしてきた。私(わたし)の一生(しょう)は、けっして楽(らく)なものではなかった。人(ひと)のやさしみというものをしみじみと味(あじ)わわなかった私(わたし)は、せめて死(し)の際(きわ)だけなりと、医者(いしゃ)にかかってしんせつにしてもらいたいと思(おも)って、苦(くる)しい中(なか)から、これだけの貯金(ちょきん)をしたのである。どこで私(わたし)は死(し)ぬかしれないが、おそらく、しんせつな医者(いしゃ)を探(さが)しあてて、その人(ひと)の手(て)にかかって死(し)にたいと思(おも)っている。この金(かね)で死後(しご)の始末(しまつ)をしてもらい、残(のこ)りは、どうか自分(じぶん)と同(おな)じような、不幸(ふこう)な孤独(こどく)な人(ひと)のために費(つか)ってもらいたい。」
 こういうようなことが書(か)いてありました。終生(しゅうせい)独身(どくしん)で過(す)ごした、B医師(ビーいし)はバラック式(しき)であったが、有志(ゆうし)の助力(じょりょく)によって、慈善病院(じぜんびょういん)を建(た)てたのは、それから以後(いご)のことであります。もちろん、老人(ろうじん)の志(こころざし)も無(む)とならなかったばかりか、B医師(ビーいし)は、老人(ろうじん)の好(す)きだったらしいすいせんを病院(びょういん)の庭(にわ)に植(う)えたのでありました。
 しかし、A病院(エーびょういん)は、いまも繁栄(はんえい)しているけれど、慈善病院(じぜんびょういん)は、B医師(ビーいし)の死後(しご)、これを継(つ)ぐ人(ひと)がなかったために滅(ほろ)びてしまいました。その建物(たてもの)も、いつしか取(と)り払(はら)われて、跡(あと)は空(あ)き地(ち)となってしまったけれど、毎年(まいねん)三月(がつ)になると、すいせんの根(ね)だけは残(のこ)っていて、青空(あおぞら)の下(もと)に、黄色(きいろ)い炎(ほのお)の燃(も)えるような花(はな)を開(ひら)きました。そして、この人(ひと)の心臓(しんぞう)に染(そ)まるような花(はな)の香気(こうき)は、またなんともいえぬ悲(かな)しみを含(ふく)んでいるのです。
了

底本:「定本小川未明童話全集 10」講談社
   1977(昭和52)年8月10日第1刷発行
   1983(昭和58)年1月19日第6刷発行
初出:「民政」
   1934(昭和9)年3月
※表題は底本では、「三月(がつ)の空(そら)の下(した)」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:仙酔ゑびす
2012年5月6日作成
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