あらすじ
峠の茶屋は、旅人や村人が立ち寄り、親しみやすいおじいさんが営んでいました。おじいさんは、静かに時を過ごし、昔の思い出に浸っていましたが、ある日、村人から奇妙な噂を耳にします。それは、近頃、峠に現れたという悪戯好きの狐のことでした。狐は、あめ屋を惑わせたり、村人の持ち物を盗んだりするなど、人々を騒がせていました。おじいさんは、狐の噂を半信半疑ながらも、不安を感じ始めます。そんな中、助役が茶屋を訪れ、バスが通るようになったら、おじいさんの商売はなくなるかもしれないと告げます。おじいさんは、将来を案じ、息子のもとへ行くことを考え始めます。しかし、親しみ深い村の人々や、静かな峠の風景を離れるのは、容易ではありませんでした。
 とうげの、中(なか)ほどに、一けんの茶屋(ちゃや)がありました。町(まち)の方(ほう)からきて、あちらの村(むら)へいくものや、またあちらの村(むら)から、とうげを越(こ)して、町(まち)の方(ほう)へ出(で)ていくものは、この茶屋(ちゃや)で休(やす)んだのであります。
 ここには、ただひとり、おじいさんが住(す)んでいました。男(おとこ)ながら、きれいにそうじをして、よく客(きゃく)をもてなしました。お茶(ちゃ)をいれ、お菓子(かし)をだしたり、また酒(さけ)を飲(の)むものには、あり合(あ)わせのさかなに、酒(さけ)のかんをして、だしました。おじいさんは、女房(にょうぼう)に死(し)なれてから、もう長(なが)いこと、こうしてひとりで、商売(しょうばい)をしていますが、みんなから、親(した)しまれ、ゆききに、ここへ立(た)ち寄(よ)るものが、多(おお)かったのであります。おじいさんは、いつも、にこにこして、だれ彼(かれ)の差別(さべつ)なく、客(きゃく)をもてなしましたから、だれからも、
「おじいさん、おじいさん。」と、いわれていました。
 おじいさんも、こうして、いそがしいときは、小(ちい)さなからだをくるくるさして、考(かんが)えごとなど、するひまはありませんが、人(ひと)のこないときは、ただひとり、ぼんやりとして、店(みせ)さきにすわっているのでした。すると、いつとなしに、眠気(ねむけ)をもよおしていねむりをするのでした。
 もっとも、だんだん年(とし)をとると、こうして、ひとりでじっとしているときは、目(め)をあけても、ふさいでも、おなじように、いつも夢(ゆめ)を見(み)ているような、また、うつつでいるような、ちょうど酒(さけ)にでも酔(よ)っているときのような、気持(きも)ちになるのです。
 おじいさんも、このごろ、こんなような日(ひ)がつづきました。戸外(こがい)は、秋日和(あきびより)で、空気(くうき)がすんでいて、はるかのふもとを通(とお)る汽車(きしゃ)の音(おと)が、よくきこえてきます。どこか、森(もり)で鳴(な)く、鳥(とり)の声(こえ)が、手(て)にとるように、耳(みみ)へとどきます。
 おじいさんは、汽車(きしゃ)の音(おと)がかすかになるまで、耳(みみ)をすましていました。やがて、あちらの山(やま)の端(は)を、海岸(かいがん)の方(ほう)へまわるとみえて、一声(せい)汽笛(きてき)が、高(たか)く空(そら)へひびくと、車(くるま)が音(おと)がしだいにかすかに消(き)えていきます。
「もう、汽車(きしゃ)の窓(まど)から、沖(おき)の白(しろ)い浪(なみ)が見(み)えろるだろう。」
 おじいさんは、自分(じぶん)が、その車(くるま)に乗(の)っているような気(き)でいました。
 また、若(わか)い時分(じぶん)、山(やま)へ薪(たきぎ)をとりに、せがれをつれていって、ちょうど出(で)はじめたきのこをたくさんとったことを思(おも)い出(だ)しました。あのときの、冷(つめ)たい地面(じめん)に漂(ただよ)う朽(く)ちかけた葉(は)の、なつかしい香(かお)りが、いまも鼻先(はなさき)でするようです。帰(かえ)ると、おばあさんも、まだ達者(たっしゃ)だったから、すぐなべへ入(い)れて、火(ひ)にかけました。
 いま鳴(な)く、鳥(とり)の声(こえ)が、そのときのことを、しみじみと思(おも)い出(だ)させるのでした。
 夢(ゆめ)ともなく、うつつともなく、おじいさんが、じっとして愉(たの)しい空想(くうそう)にふけっていると、朝(あさ)、この前(まえ)を通(とお)って町(まち)へ出(で)た村(むら)の人々(ひとびと)が、もう用(よう)をたしてもどるころともなるのでした。
 この、のどかな、ゆったりとした気持(きも)ちは、おじいさんと向(む)き合(あ)う山(やま)も同(おな)じでありました。黄(き)・紫(むらさき)・紅(あか)と、峰(みね)や谷(たに)が美(うつく)しく彩(いろど)られていました。そして、まんまんと、青(あお)く澄(す)みわたる空(そら)の下(した)で、静(しず)かに考(かんが)え込(こ)んでいるように見(み)えました。こうして、いい天気(てんき)のつづく後(あと)には、冬(ふゆ)を迎(むか)えるすさまじいあらしがくるのを、あらかじめ知(し)らぬのではないけれど、すぎし日(ひ)の、春(はる)から夏(なつ)へかけての、かがやかしかった思(おも)い出(で)に、心(こころ)を奪(うば)われて、短(みじか)い日(ひ)ざしのうつるのを忘(わす)れているのでした。まして、このとき、おじいさんと山(やま)の静(しず)かな心持(こころも)ちを破(やぶ)るものは、なにひとつなかったのです。
 ところが、ある日(ひ)、こんなうわさが、茶屋(ちゃや)で休(やす)んだ村(むら)の人(ひと)から、おじいさんの耳(みみ)へはいりました。
「おじいさん、ここへ、このあいだ、あめ屋(や)さんが寄(よ)って、たいそう酔(よ)ったというじゃないか。」
「ああ、いい気持(きも)ちで、帰(かえ)らした。」と、おじいさんは、にこにこして、答(こた)えました。
「どうりで、きつねにばかされたって。なんでも、一晩(ひとばん)じゅう林(はやし)の中(なか)で、明(あ)かさしたということだ。」
「えっ、あめ屋(や)さんがかい。」と、おじいさんは、びっくりしました。
「町(まち)へいく道(みち)へ出(で)ようと思(おも)って、おなじ道(みち)をなんべんも、ぐるぐるまわっているうちに、目(め)がさめると、西山(にしやま)の林(はやし)の中(なか)で、寝(ね)ていたというこった。」と、村(むら)の人(ひと)はいいました。
 そのとき、おじいさんは、あめ屋(や)が、いい機嫌(きげん)になって、子供(こども)の時分(じぶん)のことなどを話(はな)して、
「この西(にし)の方(ほう)の山(やま)へ、子供(こども)のころ、きのこをとりにきたことがあった。」と、さもなつかしげに、あちらをながめて、あの山(やま)でなかったか、いや、もうすこしこちらの山(やま)であったとかいっていたのを思(おも)い出(だ)しました。酔(よ)っているので、しぜんと足(あし)が、その方(ほう)へ向(む)いたのかもしれぬと、そう、そのときのようすを村人(むらびと)に話(はな)すと、
「なるほど、そんなことかもしれぬ。多分(たぶん)そうだろうよ。いまどき、きつねにばかされるなんて、まったくばかげた、おかしな話(はなし)だものな。」
 その村人(むらびと)も、そういって、笑(わら)いました。
 しかし、このきつねの話(はなし)は、よほど誠(まこと)しやかに、伝(つた)えられたものとみえ、その翌日(よくじつ)だったか、村(むら)の助役(じょやく)が、茶屋(ちゃや)へ入(はい)ってくると、
「おじいさん、わるいきつねが出(で)て、人(ひと)を騒(さわ)がすそうだが、ここでは、なにも変(か)わったことはないかね。」と、問(と)いました。
 おじいさんは、にこにこしながら、
「あめ屋(や)さんが、ばかされたといいますが。」
「村(むら)の女(おんな)どもも、町(まち)からの帰(かえ)りに、ぶらさげてきた塩(しお)ざけをとられたといっている。なんでも、後(あと)からついてきて、さらったものらしい。」
「それは、いつのことですか。」
「つい、二、三日前(にちまえ)のことで、まだうす暗(ぐら)くなったばかりのころだそうだ。」
 そうきくと、おじいさんの目(め)へ、二、三人(にん)の若(わか)い女(おんな)れんが、ぺちゃくちゃとしゃべりながら、この家(いえ)の前(まえ)を通(とお)った、姿(すがた)が浮(う)かびました。その中(なか)の一人(ひとり)は、背(せ)にさけをぶらさげていたが、からだをゆすって笑(わら)うたびに、さけが、右(みぎ)へ、左(ひだり)へ、ぶらぶらと、振(ふ)り子(こ)のようにうごいて、途中(とちゅう)で落(お)ちなければいいがと、こちらから見(み)ていて、思(おも)ったのを記憶(きおく)に呼(よ)びもどしました。
「これから、寒(さむ)くなって、えさがなくなると、どんないたずらをするかしれない。」
 助役(じょやく)は、こういって、たばこに、火(ひ)をつけました。
「どこか、道(みち)で落(お)としたのでありませんか。」と、おじいさんは、いいました。
「なに、逃(に)げていくきつねのうしろ姿(すがた)を見(み)たというから、ほんとうのことだろう。」と、助役(じょやく)は、そう信(しん)じていました。
「おじいさん、きつねなんか、まあどうでもいいがね、それより、来年(らいねん)はこの前(まえ)をバスが通(とお)るというじゃないか。」と、助役(じょやく)は、あらたまって、さもおおげさに、いいました。
「バスがで、ございますか。」
「まだ、知(し)らないとみえるな。そうしたら、いままでのように、歩(ある)くものがなくなるだろう。」
「歩(ある)くものが、なくなりましょうな。そうすれば、もう、この商売(しょうばい)もどうなりますか。」
 おじいさんは、力(ちから)なくいいました。
「世(よ)の中(なか)が、便利(べんり)になれば、一方(ぽう)に、いいこともあるし、一方(ぽう)には、わるいこともある。しかし、そこは頭(あたま)の働(はたら)かせようだ。考(かんが)えてみさっしゃい。近(ちか)い他(た)の村(むら)から、みんなこの道(みち)へ出(で)てくるだろう。バスの停留場(ていりゅうじょう)が、この家(いえ)の前(まえ)にでも着(つ)くことに決(き)まったものなら、この店(みせ)はいくら繁昌(はんじょう)するかしれないぜ。」
「そうでございましょうか。」と、おじいさんは、白髪頭(しらがあたま)をかしげて、あたらしくいれた茶(ちゃ)を助役(じょやく)の前(まえ)へ出(だ)しました。助役(じょやく)は茶(ちゃ)わんをとり上(あ)げながら、
「それも、運動(うんどう)するのはいまのうち、早(はや)いほうがいいぜ。」といいました。
「運動(うんどう)するといいましても、なにぶん、この年寄(としよ)りひとりではどこへも出(で)られません。」と、おじいさんは、かしこまってすわり、ひざの上(うえ)で、しなびた手(て)をこすっていました。
「なに、おまえさんがその気(き)なら、代(か)わって運動(うんどう)をしてやってもいい。」と、若(わか)い助役(じょやく)は、相手(あいて)の心持(こころも)ちを読(よ)みとろうと、鋭(するど)く、おじいさんの顔(かお)を見(み)ました。
 おじいさんは、心(こころ)で、どうせそれには金(かね)がいるんだろう。いったい、いくらばかりあったら、その望(のぞ)みがかなえられるのかと、もじもじやっていました。
「いま、話(はなし)をきいて、すぐといっても、分別(ふんべつ)もつくまいから、おじいさん、よく考(かんが)えておかっしゃい。」
 そう、いいのこすと、助役(じょやく)は店(みせ)を出(で)ていきました。
 おじいさんは、このころから、なにか新(あたら)しい問題(もんだい)が、身(み)に起(お)こると、しきりに心細(こころぼそ)さを感(かん)じました。それは、年(とし)のせいかもしれません。そして、遠(とお)くはなれている一人(ひとり)の息子(むすこ)のことを思(おも)うのでした。いよいよ、いっしょになって、頼(たよ)ろうかとも考(かんが)えるのであります。
 おじいさんは、客(きゃく)がいなくなって、ひとりになると、このあいだ、せがれがよこした、手紙(てがみ)を出(だ)して、見(み)ていました。それにはそちらは、じき寒(さむ)くなって雪(ゆき)が降(ふ)りますが、こちらは冬(ふゆ)もあたたかです。父上(ちちうえ)も、どうかこちらへいらして、親子(おやこ)いっしょにお暮(く)らしくださいませんか。私(わたし)どもも、まだ子供(こども)のないうちに孝行(こうこう)したいと思(おも)います、というようなことが書(か)いてありました。たぶん、せがれが、工場(こうじょう)の休(やす)み時間(じかん)に書(か)いたものとみえ、工場(こうじょう)の用箋(ようせん)が使(つか)ってありました。おじいさんは、それらの文字(もじ)ににじむ、親思(おやおも)いの情(じょう)をうれしく、ありがたく感(かん)じ、手紙(てがみ)をいただくようにして、また仏壇(ぶつだん)のひきだしへしまいました。長年(ながねん)苦楽(くらく)を共(とも)にした女房(にょうぼう)が、また、せがれにはやさしかった母(はは)が、いまは霊(れい)となって、ここにはいり、なにもかもじっと見(み)ている気(き)がして、おじいさんは花生(はない)けの水(みず)をかえ、かねをたたいて、つつましく手(て)を合(あ)わせました。
 このとき、人(ひと)のきたけはいがしました。
「このごろは、めっきり、早(はや)く日(ひ)が暮(く)れるのう。」
 そういいながら入(はい)ったのは、年(とし)とった百姓(しょう)でありました。
「いま、町(まち)のもどりかの。」と、おじいさんは、親(した)しげに迎(むか)えました。
 百姓(しょう)は、おじいさんのそばへ寄(よ)って、腰(こし)を下(お)ろしました。おじいさんのおし出(だ)す火鉢(ひばち)にあたって、昔風(むかしふう)の太(ふと)いきせるに火(ひ)をつけました。
 二人(ふたり)は、小学校時代(しょうがっこうじだい)からの友(とも)だちでありました。ほかにも仲(なか)のよかったものもあったが、早(はや)く死(し)んだり、あるいは、この土地(とち)にいなくなったりして、この年(とし)となるまでつき合(あ)いをし、たがいに身(み)の上話(うえばなし)を打(う)ち明(あ)けるのは、わずかこの二人(ふたり)ぐらいのものであります。
「一本(ぽん)つけるかの。」
「それを、たのしみに、町(まち)で飲(の)みたいのを我慢(がまん)してきたわい。」
 これを聞(き)くと、おじいさんは、炉(ろ)の中(なか)に松葉(まつば)をたき、上(うえ)から釣(つ)るした鉄(てつ)びんをわかしにかかりながら、
「来年(らいねん)から、この道(みち)をバスが通(とお)るというこった。それで、いまのうち、はやく前(まえ)へ停留場(ていりゅうじょう)の着(つ)くよう運動(うんどう)をしろと、さっき助役(じょやく)さんがいらしていわしたが、おまえも知(し)るとおり、おらも、だんだん年(とし)をとるだし、いっそせがれの許(もと)へいったほうがいいかとも考(かんが)えてな。」と、しんみりとした調子(ちょうし)で、語(かた)りました。
 年(とし)とった百姓(しょう)は、下(した)を向(む)き、青(あお)い煙(けむり)をただよわして、燃(も)える火(ひ)をじっと見(み)て、きいていましたが、
「なにしろ、親(おや)ひとり、子(こ)ひとりだもの、いっしょに暮(く)らすに越(こ)すことはない。だが、生(う)まれたときから、住(す)みなれた土地(とち)だもの、ここをはなれかねるおまえの心持(こころも)ちはよくわかる。どっちでも、よく思案(しあん)して、好(す)きなようにするがいいぜ。しかし、この道(みち)をバスが通(とお)るので、商売(しょうばい)が成(な)り立(た)たぬという心配(しんぱい)なら、しないがいい。バスに乗(の)る人(ひと)はきまっている。毎日(まいにち)、荷(に)を負(お)って、町(まち)へ出(で)たり入(はい)ったりするものが、そんなものに乗(の)れっこない。それに、雪(ゆき)が降(ふ)れば、車(くるま)など、通(とお)りたくても、通(とお)れっこない。ここは、冬(ふゆ)のほうが、休(やす)む人(ひと)が多(おお)いんだから、先越(さきこ)し苦労(くろう)をさっしゃるな。停留場(ていりゅうじょう)なんか、どこへ着(つ)いてもいいという気(き)で、成(な)り行(ゆ)きにまかしておかっしゃい。また、どんなことがあろうと、おまえ一人(ひとり)ぐらい、わしらが、困(こま)らしはしない。」といって、おじいさんをなぐさめました。
「このくらいで、かんはどうだろう?」
 おじいさんが徳利(とくり)を上(あ)げてつぐのを百姓(しょう)はうけ、口(くち)へ入(い)れて、首(くび)をかしげました。
「もうちっと、あつくするかい。」
「いや、ちょうどいい。ああ、おまえがいけるなら、いっしょにやりたいと、いつもおらあ、ざんねんに思(おも)うだよ。」
「なあに、そうして、気持(きも)ちよく飲(の)んでもらえれば、わしも酔(よ)ったように、うれしくなるぜ。」
 二人(ふたり)は、親(した)しく話(はな)しながら、開(あ)いている障子(しょうじ)の間(あいだ)から、ほんのりと明(あか)るく暮(く)れていく山(やま)の方(ほう)をながめていました。
 その翌日(よくじつ)は、にわかに天気(てんき)が変(か)わりました。朝(あさ)のうちから木枯(こが)らしが吹(ふ)きつのり、日中(にっちゅう)も人通(ひとどお)りが、絶(た)えたのです。おじいさんは早(はや)くから戸(と)を閉(し)めてしまいました。
 まだ、外(そと)の空(そら)は、幾分(いくぶん)明(あか)るかったけれど、家(いえ)の内(うち)は、灯(ともしび)をつけると、夜(よ)の更(ふ)けたごとく、しんとしました。このときトン、トン、と戸(と)をたたく音(おと)がしました。
 おじいさんは、風(かぜ)の音(おと)だろうと、はじめは気(き)にとめなかったが、つづいて、トン、トンと、音(おと)がきこえるので、だれかきたのだとさとりました。
 ふと、きつねの出(で)るうわさが、頭(あたま)へ浮(う)かんだので、おじいさんは、いっそう用心(ようじん)しながら、戸(と)の方(ほう)へ近(ちか)づきました。
「なんのご用(よう)かな。」と、内(うち)から大(おお)きな声(こえ)でききました。
「お閉(し)めになったのを、すみません。」
 そう、いったのは、やさしい女(おんな)の声(こえ)でした。おじいさんは、ますます、不審(ふしん)に思(おも)い、戸(と)を細(ほそ)めに開(あ)けて、外(そと)をのぞきました。
 すると、そこには、小(ちい)さな男(おとこ)の子(こ)をつれた、まだ若(わか)い女(おんな)の人(ひと)が立(た)っていました。ようすで、旅(たび)のものであるとわかります。
「もう、だれもこないと思(おも)いまして、早(はや)くしめました。」
「すみません、お芋(いも)か、かきでも、なにかたべるものがありましたら。」と、女(おんな)は、いいました。
「はい、ありますが。」と、おじいさんは、戸(と)をからりとあけました。
「すこし入(はい)ってお休(やす)みなさっては。どちらへ、おいでなさるのですか。」と、おじいさんは、たずねました。
「この先(さき)の村(むら)へいくのですが、汽車(きしゃ)がおくれて着(つ)きまして、それにはじめての土地(とち)なもんで、聞(き)き、聞(き)き、まいりました。子供(こども)が、もう歩(ある)けないからというのを、なにかあったら、買(か)ってあげようといい、いい、元気(げんき)づけてきました。」
 おじいさんは、奥(おく)から、かきと芋(いも)を盆(ぼん)にのせて持(も)ってきて女(おんな)に渡(わた)し、別(べつ)にゆでたくりを一握(ひとにぎ)り、それは、自分(じぶん)から子供(こども)の両手(りょうて)へ入(い)れてやりながら、
「それは、それは、おたいぎのことです。ここから、もう一息(ひといき)のお骨(ほね)おりですが、道(みち)はよろしゅうございます。それではすこしでもお早(はや)く、明(あか)るいうちに、いらっしゃいまし。」といいました。そして、心(こころ)では、だれか、村(むら)の青年(せいねん)で、他郷(たきょう)に家(いえ)を持(も)ったものの女房(にょうぼう)であろうと思(おも)いました。
「お世話(せわ)になりました。」と、女(おんな)は、礼(れい)をいって、子供(こども)の手(て)を引(ひ)き、風(かぜ)の中(なか)をうす暗(ぐら)くなりかけた道(みち)へ消(き)えていきました。
 しばらく、戸口(とぐち)に立(た)って、見送(みおく)っていたおじいさんは自分(じぶん)にも、あちらでせがれの結婚(けっこん)した嫁(よめ)のあることを思(おも)いました。
「いつ、ああして、訪(たず)ねてこないものでもない。」
 もし、そのとき、町(まち)から、村(むら)へ、バスが通(とお)っていたら、どんなになるか、便利(べんり)なことであろう。そう、考(かんが)えると、このときまで、頭(あたま)の中(なか)にあった、商売上(しょうばいじょう)のことや、一身(しん)の損得(そんとく)などということが一しゅんに落(お)ち葉(ば)のごとく吹(ふ)き飛(と)んでしまって、ただ世(よ)の中(なか)の明(あか)るくなるのが、なにより喜(よろこ)ばしいことであるように感(かん)じられ、また、多(おお)くの人(ひと)たちがしあわせになるのを、真(しん)に心(こころ)から望(のぞ)まれたのでありました。
了

底本:「定本小川未明童話全集 13」講談社
   1977(昭和52)年11月10日第1刷発行
   1983(昭和58)年1月19日第5刷発行
底本の親本:「たましいは生きている」桜井書店
   1948(昭和23)年6月
初出:「新児童文化 第2冊」
   1947(昭和22)年9月
※表題は底本では、「とうげの茶屋(ちゃや)」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2017年11月24日作成
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