あらすじ
戦後、物資不足と復興の影が重くのしかかる街で、少年は古い美術品や珍しい鯨肉に出会い、時代の変化を肌で感じます。戦争の傷跡と、大人たちの欲望渦巻く社会に、少年は息苦しさを感じ、空想の中で自由を求めます。やがて少年は、仲間たちと未来への希望を語り合い、平和な世界を願う心を育んでいきます。
 S少年(エスしょうねん)は、町(まち)へ出(で)ると、時計屋(とけいや)の前(まえ)に立(た)つのが好(す)きでした。そして、キチキチと、小(ちい)さな針(はり)が、正(ただ)しく休(やす)みなく、時(とき)をきざんでいるのを見(み)て、――この時計(とけい)は、どこの工場(こうば)で、どんな人(ひと)たちの手(て)で造(つく)られたのだろう――と、空想(くうそう)するのでした。
 すると、明(あか)るい、清潔(せいけつ)な、設備(せつび)のよくいきとどいた、近代(きんだい)ふうの工場(こうば)が、目(め)の前(まえ)に浮(う)かび上(あ)がります。彼(かれ)は、いつか自分(じぶん)も、こんな工場(こうば)へ通(かよ)って働(はたら)き、熟練工(じゅくれんこう)になるかもしれないと、思(おも)ったりするのでした。こうして、町(まち)は、少年(しょうねん)にいろいろな、たのしい夢(ゆめ)を与(あた)えてくれました。
 ある日(ひ)、四(よ)つつじの角(かど)のところへ、新(あたら)しく美術店(びじゅつてん)ができました。しかし、そこには、新(あたら)しいものより、古(ふる)いもののほうが多(おお)かったから、むしろ、こっとう店(てん)というのかもしれません。
 入(い)り口(ぐち)のガラス窓(まど)の内(うち)には、まるいつぼがおいてありました。
 少年(しょうねん)は、その深(ふか)みのある、青(あお)い海(うみ)をのぞくような色(いろ)に、ひきつけられたのです。
「いい色(いろ)だな。」と、そのやわらかな感(かん)じは、なんとなく気持(きも)ちをやわらげました。まだ、なにかあるかと、あたりを見(み)まわすと、おくの方(ほう)の台(だい)に、赤(あか)いさらがかざってありました。
 これは、夏(なつ)の晩方(ばんがた)、海面(かいめん)へ、たれさがる雲(くも)のように、みずみずとして、美(うつく)しかったので、こんどは、目(め)がその方(ほう)へ奪(うば)われてしまいました。なんでも、その図(ず)は、中国人(ちゅうごくじん)らしい、一人(ひとり)の女(おんな)が、赤(あか)いたもとをひるがえして、おどっているのでした。
 少年(しょうねん)は、近(ちか)くそばへ寄(よ)って見(み)たかったのだけれど、買(か)えるような身(み)でないから、さすがにその勇気(ゆうき)がなく、こころ残(のこ)りを感(かん)じながら、店(みせ)さきをはなれたのです。
 すこしくると、魚屋(さかなや)がありました。店(みせ)さきの台(だい)の上(うえ)に、大(おお)きな切(き)り身(み)がおいてありました。その肉(にく)の色(いろ)は、おどろくばかり毒々(どくどく)しく、赤黒(あかぐろ)くて、かつて、魚(さかな)では、こんなのを見(み)たことがありません。
「これは、鯨(くじら)の肉(にく)だな。そうだ、南極(なんきょく)からきた冷凍肉(れいとうにく)だ。人間(にんげん)とおなじく、赤(あか)ちゃんをかわいがる哺乳動物(ほにゅうどうぶつ)の肉(にく)なんだ。」
 こう思(おも)った瞬間(しゅんかん)、いままでの頭(あたま)の中(なか)のなごやかなまぼろしは消(き)えてしまって、そこには、残忍(ざんにん)な、血(ち)なまぐさい光景(こうけい)が、ありありと浮(う)かびました。
 捕鯨(ほげい)の状況(じょうきょう)を考(かんが)えると、たえられない気持(きも)ちがして、少年(しょうねん)は、途中(とちゅう)にある丘(おか)にかけ登(のぼ)りました。丘(おか)の上(うえ)には、大(おお)きなけやきの木(き)がありました。その根(ね)に、腰(こし)をおろしたのです。ついこのあいだまで、芽(め)をふいたばかりの新緑(しんりょく)が、うす緑色(みどりいろ)に煙(けむ)っていたのが、すっかり青葉(あおば)となっていました。ここからは、あちらまでつづく、町(まち)の方(ほう)が見(み)おろされました。ぴか、ぴかと、線(せん)を引(ひ)くごとく流(なが)れるのは、自動車(じどうしゃ)でありました。そのかぶとむしのような、黒光(くろびか)りのする体(からだ)に、アンテナを立(た)てていて、走(はし)りながら、どこかと話(はな)したり、また、放送(ほうそう)の音楽(おんがく)をきいたりするのです。
「人間(にんげん)は、ほかの動物(どうぶつ)のできない発明(はつめい)をする。もし、おれが鯨(くじら)だったら、どうして人間(にんげん)という敵(てき)から、のがれることができようか。」と、少年(しょうねん)は、空想(くうそう)しました。
 もっと、もっと、氷山(ひょうざん)のおく深(ふか)く、安全(あんぜん)な場所(ばしょ)をさがして、はいりこむだろう。いや、それもだめだ、どんなかくれ場(ば)でも、人間(にんげん)はさぐる。精巧(せいこう)な機械(きかい)を持(も)っているし、また、おそろしい武器(ぶき)を持(も)っている。そう考(かんが)えると、少年(しょうねん)には、人間(にんげん)がひきょうに見(み)えました。そして、自分(じぶん)の力(ちから)よりほかに、たのむことができない鯨(くじら)がかわいそうになりました。それは鯨(くじら)とかぎりません。命(いのち)のとうとさは、強(つよ)いもの、弱(よわ)いもの、べつにかわりがないからです。
 少年(しょうねん)は、世(よ)の中(なか)の、不公平(ふこうへい)や、不平等(ふびょうどう)が、つぎつぎにうずまき、頭(あたま)がつかれたので、やわらかな草(くさ)の上(うえ)へ、仰向(あおむ)けになってねころび、目(め)をふさぎました。太陽(たいよう)の光(ひかり)は、やわらかなようでも、するどかったのです。目(め)をとじていても、まぶしかったのでした。
 このとき、耳(みみ)もとへ、ささやくものがありました。大空(おおぞら)をわたる、初夏(しょか)の風(かぜ)が、草(くさ)の葉(は)を分(わ)ける音(おと)でした。
「おごるものは、おごらせておくがいいのさ。かならず天罰(てんばつ)があたるから。いつ氷河(ひょうが)がやってくるかもしれない。あまり不意(ふい)で、逃(に)げるひまのなかった、マンモスの肉(にく)が、まだくさらずに、氷(こおり)の中(なか)から出(で)たというではないか。それどころか、今日(きょう)にでも、太陽(たいよう)が大爆発(だいばくはつ)をしないとかぎらない。そのときは、地球上(ちきゅうじょう)のものは、ことごとく焼(や)けてしまうのだ。」
 あいづちをうつごとく、どこかの工場(こうば)から、正午(しょうご)の汽笛(きてき)が鳴(な)りひびきました。少年(しょうねん)は、これを機会(きかい)に、丘(おか)を下(お)りたのでした。
 机(つくえ)の前(まえ)にすわって、雑誌(ざっし)を見(み)ていると、K(ケー)くんが、ボールをしないかと、S少年(エスしょうねん)を呼(よ)びにきました。
 すぐ外(そと)へとび出(だ)すと、
「畑(はたけ)へ、いこうよ。」と、K(ケー)が、いいました。
 このころまで、家(いえ)と家(いえ)の間(あいだ)の通路(つうろ)となっている路地(ろじ)しか、子供(こども)たちにとって、遊(あそ)び場(ば)がなかったのを、ようやく、青物(あおもの)が出(で)まわり、家庭菜園(かていさいえん)などというものが影(かげ)を消(け)してから、ふたたび、いままでのごとく、空(あ)き地(ち)や、原(はら)っぱが、子供(こども)らの手(て)にかえったのです。したがって、彼(かれ)らは、あやまって、窓(まど)のガラスをわり、しかられることもなく、たのしく、のびのびとして、ボールが投(な)げられるのでした。
 まりを投(な)げているさいちゅうでした。
「K(ケー)ちゃん、君(きみ)に飛行機(ひこうき)が見(み)える。」と、S少年(エスしょうねん)は、なにを思(おも)い出(だ)したか、手(て)をやすめて、空(そら)をながめました。
 K(ケー)も手(て)をやすめて、おなじく空(そら)をながめたのです。
「音(おと)はするけど、なんにも見(み)えないね。S(エス)ちゃんには見(み)える。」と、K(ケー)は、ききかえしました。
「たいへん近(ちか)く音(おと)がきこえるけど、わからない。よっぽど高(たか)いところを飛(と)んでいるんだね。」
 二人(ふたり)は、しばらく、ボールを投(な)げるのを忘(わす)れて、夢中(むちゅう)で、飛行機(ひこうき)をさがしていました。戦後(せんご)、彼(かれ)らの希望(きぼう)は失(うしな)われたので、せめてその姿(すがた)だけでも見(み)たかったのです。この瞬間(しゅんかん)にも、せめて思(おも)いきり高(たか)く上(あ)がって、自由(じゆう)に飛(と)べたらという、あこがれが胸(むね)の中(なか)を、わくわくさせました。やがて、空(そら)は、石竹色(せきちくいろ)から、オレンジ色(いろ)と変(か)わって、暮(く)れかかったのであります。
 すでに、あのときから、はや一週間(しゅうかん)近(ちか)くたったであろうか。少年(しょうねん)は、あの中国(ちゅうごく)の女(おんな)のおどっている、赤(あか)いさらが見(み)たくなりました。
「散歩(さんぽ)してこようか。」
 町(まち)へくると、いつものごとく、トラック、自転車(じてんしゃ)、自動車(じどうしゃ)が走(はし)っていました。さんさんたる太陽(たいよう)が、あらゆる地上(ちじょう)の物体(ぶったい)を光(ひかり)の中(なか)にただよわせていました。少年(しょうねん)は、四(よ)つつじのところをうろつきながら、
「おれはきつねにばかされているんでないだろうな。」と、自分(じぶん)に向(む)かっていったのでした。
 なぜなら、あのこっとう店(てん)が、いつのまにかなくなって、見(み)つからなかったからです。そのかわり、そこが葬儀屋(そうぎや)となって、真新(まあたら)しい棺(かん)おけや白(しろ)い蓮華(れんげ)の造花(ぞうか)などが、ならべてありました。
 少年(しょうねん)は、しばらく考(かんが)え込(こ)んで、去(さ)りかねていましたが、念(ねん)のため、魚屋(さかなや)の前(まえ)を通(とお)ってみました。すると、魚屋(さかなや)は、前(まえ)とおなじところにあって、台(だい)はかわいて、もうその上(うえ)には、鯨(くじら)の肉(にく)は見(み)あたりませんでした。
 彼(かれ)は、家(いえ)に帰(かえ)ると、この話(はなし)を兄(にい)さんにしたのであります。
「あんまりの変(か)わりかたで、僕(ぼく)、きつねにばかされたのでないかと思(おも)った。」
 これをきくと、横(よこ)になって、新聞(しんぶん)を見(み)ていた兄(にい)さんは、笑(わら)いながら、起(お)き上(あ)がりました。そして、弟(おとうと)に向(む)かって、つぎのようにいったのです。
「戦争(せんそう)の終(お)わるころは、品物(しなもの)が不足(ふそく)していて、だれでも、すばしっこく、人(ひと)のほしがる品(しな)を動(うご)かしたものは、遊(あそ)んでいても、大(おお)もうけができたのだ。もとより、そういう人々(ひとびと)は、世(よ)の中(なか)のためとか、他人(たにん)のためとかいうことは考(かんが)えていない。ただ自分(じぶん)さえよければいいので、ぜいたくしたものさ。一方(ぽう)には、いままでの金持(かねも)ちが貧乏(びんぼう)して、着物(きもの)を売(う)るやら、家宝(かほう)を売(う)るというふうで、町(まち)にも、幾軒(いくけん)か、こっとう店(てん)ができたのだよ。新興成金(しんこうなりきん)を目(め)あてにね。ところが、やみ物資(ぶっし)もなくなると、たちまち金(かね)もうけの道(みち)がとだえて、にわか大尽(だいじん)は、また昔(むかし)のような丸(まる)はだかとなって、もうこっとう品(ひん)など買(か)うものがなくなる。それどころか、中国(ちゅうごく)へ出(だ)す国内(こくない)の生産(せいさん)が復興(ふっこう)しないから、ともぐいするようになる。弱(よわ)いものからまいってしまう。近(ちか)ごろ、死(し)ぬ人(ひと)がめっきりふえたのもこんな原因(げんいん)がある。だから、町(まち)のこっとう屋(や)が、葬儀屋(そうぎや)に早(はや)がわりするのは不思議(ふしぎ)でないよ。」
「兄(にい)さん、息苦(いきぐる)しい世(よ)の中(なか)になったんだね。」と、少年(しょうねん)は、いいました。
「なにしろ、せまい国(くに)の中(なか)へ、八千万(まん)からの人間(にんげん)がおしこめられているのだものな。」と、兄(にい)さんは、ため息(いき)をつきました。
「それは、僕(ぼく)にもわかるよ。なぜって、小(ちい)さな入(い)れ物(もの)の中(なか)へ、金魚(きんぎょ)をたくさん入(い)れておくと、だんだん死(し)んでしまうものね。」
 彼(かれ)は、このごろ、やっと、ひろびろとした、原(はら)っぱで、野球(やきゅう)のできる喜(よろこ)びを思(おも)い起(お)こして、不幸(ふこう)な祖国(そこく)のきゅうくつな現状(げんじょう)を悲(かな)しまずには、いられませんでした。
「どれ、原(はら)っぱへ遊(あそ)びにいってこよう。」
 少年(しょうねん)は、じっとして、家(いえ)にいられなくなって、こう叫(さけ)ぶと、外(そと)の方(ほう)へ飛(と)び出(だ)しました。しかし、自由(じゆう)を欲(ほっ)する彼(かれ)に対(たい)して、だれもとがめるものはありませんでした。
 原(はら)っぱへいけば、そこには、かならず、二、三人(にん)の彼(かれ)の仲間(なかま)がいました。大空(おおぞら)は、まんまんとして、原(はら)の上(うえ)に青(あお)い天蓋(てんがい)のように、無限(むげん)にひろがっているし、やわらかな草(くさ)は、美(うつく)しい敷物(しきもの)のごとく、地上(ちじょう)を目(め)のとどくかぎりしげっていました。
「世界(せかい)じゅうを、どこまでも飛(と)んでいける、渡(わた)り鳥(どり)はしあわせだね。」と、N(エヌ)くんがいいました。
「そうするように、神(かみ)さまが、羽(はね)をくだされたんだもの。」と、K(ケー)くんが答(こた)えました。
「なぜ、人間(にんげん)にだけ、それができないのだろうね。」と、S(エス)くんが、ただすと、
「人間(にんげん)にだって、汽船(きせん)や、飛行機(ひこうき)を発明(はつめい)する力(ちから)を神(かみ)さまがくださったのだ。自由(じゆう)にどこへでもいけるようにね。」と、K(ケー)くんが、いいました。
「しかし、ここから先(さき)、いってはいけないとか、ここから内(うち)へ入(はい)ってならないとか、実際(じっさい)はきゅうくつなんでないか。」と、S少年(エスしょうねん)は、ききかえしました。
「神(かみ)さまは、世界(せかい)をみんなのため、お造(つく)りになったのだから、だれにもそんな繩張(なわば)りをする権利(けんり)なんかなかったのだ。それを人間(にんげん)どうしが、たがいに意地(いじ)わるをして、強(つよ)いものが、弱(よわ)いものをいじめて、かってに楽(らく)をしようとしたのだよ。」と、K(ケー)くんは答(こた)えて、なお、考(かんが)えていました。少年(しょうねん)はK(ケー)くんの考(かんが)えが、まったく自分(じぶん)の考(かんが)えと一致(ち)しているのを知(し)って、うれしかったのです。
「K(ケー)くん、僕(ぼく)は、人間(にんげん)があまり強欲(ごうよく)なものだから、戦争(せんそう)をしたり、けんかをしたり、罪(つみ)もない動物(どうぶつ)まで殺(ころ)したりするのだと思(おも)うよ。神(かみ)さまの与(あた)えられた生命(いのち)を奪(うば)ってしまうという、残忍(ざんにん)な行為(こうい)は、ゆるされないのでないかね。」と、少年(しょうねん)は、ききました。
「だから、そういう残酷(ざんこく)なことをするものには、きっと罰(ばつ)があたるだろう。」
「君(きみ)もそう思(おも)う。僕(ぼく)も、天罰(てんばつ)があたると思(おも)っている。」
「どうして、ほかの動物(どうぶつ)より、人間(にんげん)のほうがえらいんだろうね。」と、いままで、だまっていた、K(ケー)くんが口(くち)を開(ひら)きました。
「おたがいに、愛情(あいじょう)があり、しんせつだったから、万物(ばんぶつ)の長(ちょう)といわれたが、いまは、残忍(ざんにん)なこと、ほかの動物(どうぶつ)の比(ひ)でないから、かえって、悪魔(あくま)に近(ちか)いといえるだろう。」と、S少年(エスしょうねん)がいいました。
 このとき、赤(あか)く日(ひ)は、西(にし)の山(やま)へ沈(しず)みかけていました。三人(にん)の少年(しょうねん)は、しばらくだまって、地平線(ちへいせん)をながめながら、思(おも)い思(おも)いの空想(くうそう)にふけっていました。
 考(かんが)えれば、まだ地球(ちきゅう)には、どれほど、人(ひと)の住(す)んでいない広(ひろ)い土地(とち)があるかしれない。人間(にんげん)の必要(ひつよう)とする宝(たから)が埋(う)ずまっている山(やま)や、谷(たに)があるかしれない。また茫漠(ぼうばく)として、耕(たがや)されていない野原(のはら)があるかもしれない。それなのに、衣食住(いしょくじゅう)に窮(きゅう)して、死(し)ななければならぬ人間(にんげん)がたくさんいる。それはどうしたことだろうか。
 飢餓(きが)、戦争(せんそう)、奴隷(どれい)、差別(さべつ)、みんな人間(にんげん)の社会(しゃかい)のことであって、かつて鳥類(ちょうるい)や、動物(どうぶつ)の世界(せかい)にこんなようなあさましい、みにくい事実(じじつ)があったであろうか。こんなことをしなくても、彼(かれ)らは自然(しぜん)をたのしみ、なやむことなく、安心(あんしん)して生活(せいかつ)するではないか。こんなような疑(うたが)いが、期(き)せずして三人(にん)の頭(あたま)の中(なか)にあったのでした。
「ああ、忘(わす)れていた。こんど学校(がっこう)へ国際親善(こくさいしんぜん)の題(だい)で、作文(さくぶん)を書(か)いて出(だ)すのだったね。」と、S少年(エスしょうねん)が思(おも)い出(だ)して、いいました。
「君(きみ)は、なにを書(か)くつもり。」と、N(エヌ)くんが、二人(ふたり)の方(ほう)を向(む)いて聞(き)きました。
「僕(ぼく)は、外国(がいこく)のお友(とも)だちに、人間(にんげん)はみんな平等(びょうどう)なのだから、おたがいに力(ちから)を合(あ)わせて、みんなが幸福(こうふく)になるような、いい世界(せかい)を造(つく)ろうじゃないかと訴(うった)えるつもりだ。」と、K(ケー)くんが、いいました。
「K(ケー)ちゃん、僕(ぼく)も、おなじなんだよ。いままで、大人(おとな)たちの強欲(ごうよく)から、戦争(せんそう)が起(お)こったんだ。自分(じぶん)にとってだけでなく、相手(あいて)にとっても尊(とうと)い生命(せいめい)であると知(し)ったら、殺(ころ)し合(あ)うことはできないはずだ。どんな幸福(こうふく)も、これほどの罪悪(ざいあく)には償(つぐな)わないと思(おも)うよ。だから、神(かみ)さまの心(こころ)にそむくような武器(ぶき)は、いっさいなくしてしまって、どうしたら平和(へいわ)にみんなが生活(せいかつ)することができるかと、相談(そうだん)するようにしたい。世界(せかい)じゅうのお友(とも)だちが、その気(き)になってくれたら、僕(ぼく)たちの時代(じだい)には、いままでとちがった、りっぱな世界(せかい)になれるのでないか。」と、S少年(エスしょうねん)がいうと、
「賛成(さんせい)、賛成(さんせい)!」と、N(エヌ)くんが同感(どうかん)して、熱(あつ)い拍手(はくしゅ)をおくりました。
 日(ひ)はまったく暮(く)れて、いつしか、夕焼(ゆうや)けの名残(なごり)すらなく、青々(あおあお)として澄(す)みわたった、空(そら)のたれかかるはてに、黒々(くろぐろ)として、山々(やまやま)の影(かげ)が浮(う)かび上(あ)がって、そのいただきのあたりに、きらきらと、一つ、真珠(しんじゅ)のような星(ほし)が、かがやきました。こんな時分(じぶん)になっても、まだあちらでは、遊(あそ)んでいて、元気(げんき)のあふれる子供(こども)らの声(こえ)が、きこえていました。
了

底本:「定本小川未明童話全集 14」講談社
   1977(昭和52)年12月10日第1刷発行
   1983(昭和58)年1月19日第5刷発行
底本の親本:「太陽と星の下」あかね書房
   1952(昭和27)年1月
初出:「新児童文化 第6冊」
   1950(昭和25)年9月
※表題は底本では、「太陽(たいよう)と星(ほし)の下(した)」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2019年4月26日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(https://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。