あらすじ
正吉は、貧しいながらも懸命に働く母親を支えようと、将来マラソン選手になって有名になり、母親を幸せにしようと決意します。しかし、夢を追いかける道は険しく、足の怪我をしてしまい、母親は治療費のために苦労します。そんな時、現れた女こじきが教えてくれた薬草で、正吉の足はみるみる回復していきます。母親の優しさと、人々の温かさに触れ、正吉は自分の夢と現実をしっかりと見つめ直すのでした。
 道(みち)であった、顔見知(かおみし)りの人(ひと)は、みすぼらしい正吉(しょうきち)の母(はは)にむかって、
「よく、女手(おんなで)ひとつで、むすこさんを、これまでになさった。」と、いって、うしろについてくる正吉(しょうきち)を見(み)ながら、正吉(しょうきち)の母(はは)をほめるのでした。
 しかし、心(こころ)から感心(かんしん)するように見(み)せても、じつは母子(おやこ)のしがない暮(く)らしを、あわれむというふうが見(み)えるので、正吉(しょうきち)は子供(こども)ながら、それを感(かん)じていましたが、母(はは)は、そういって、なぐさめられると、気(き)が弱(よわ)くなっているせいか、すぐなみだぐんで、
「なにしろ、三つのときから、一人(ひとり)で育(そだ)て、やっと来年(らいねん)は小学校(しょうがっこう)を、卒業(そつぎょう)するまでにしました。」と、うったえるように答(こた)えたのでした。
 あいては、もっと立(た)ちいって、二人(ふたり)の生活(せいかつ)を知(し)ろうとするのを、正吉(しょうきち)は母(はは)のたもとをひっぱって、
「さあ、早(はや)くいこうよ。」と、その場(ば)から、はなれたのでした。
 正吉(しょうきち)は、そのときだまっていたけれど、自分(じぶん)の母(はは)を、きのどくに思(おも)いました。そして、母(はは)のためなら、どんな困難(こんなん)もいとわないと、心(こころ)にちかったのです。
「来年(らいねん)は、ぼく、おじさんの家(いえ)へいくのだ。そうしたら、おかあさんは、一人(ひとり)になって、さびしいだろうね。」と、正吉(しょうきち)はいうのでした。
「いいえ、さびしいものかね。おかあさんは、はたらいて、はたらいて、そんなことわすれてしまいます。ただおまえが、早(はや)く大(おお)きくなって、ひとり立(だ)ちするのを、たのしみとしますよ。」と、母(はは)は、ねっしんに針(はり)をもつ手(て)をはこびながら、答(こた)えるのでした。
 正吉(しょうきち)が学校(がっこう)からかえると、近所(きんじょ)の武夫(たけお)くんとさそいあって、原(はら)っぱへあそびにいき、草(くさ)の上(うえ)にねころんでいました。
「だれでも、ほかが、まねのできない技術(ぎじゅつ)をもてば、えらくなれると、先生(せんせい)がいったね。」と、正吉(しょうきち)は学校(がっこう)で聞(き)いてきた話(はなし)を、思(おも)いだしました。
「ああ、そうだよ。マラソン選手(せんしゅ)となって、オリンピックで名(な)をあげるのも、図画(ずが)がじょうずになって、名高(なだか)い画家(がか)となるのも、自分(じぶん)一人(ひとり)だけの名誉(めいよ)でなく、やはり国(くに)の名誉(めいよ)だと、先生(せんせい)がいわれたよ。それも、自信(じしん)と努力(どりょく)することが、たいせつなんだって。」と、武夫(たけお)は答(こた)えました。
「ぼく、徒競走(ときょうそう)に自信(じしん)があるんだがな。」と、正吉(しょうきち)は目(め)をかがやかしました。
「そうだ、正(しょう)ちゃんは、いつも徒競走(ときょうそう)では、一番(ばん)だから、練習(れんしゅう)して、マラソン選手(せんしゅ)になるといいよ。」と、武夫(たけお)は手(て)をたたいて、正吉(しょうきち)の思(おも)いつきに賛成(さんせい)しました。
 正吉(しょうきち)はきゅうに、からだをおこして、空(そら)をあおぎながら、しんけんに考(かんが)えこんだのです。そして、自分(じぶん)が、はなやかな世界的(せかいてき)の選手(せんしゅ)となった日(ひ)のゆめを、目(め)にえがいたのです。
「なんで、そんなことを、きゅうにいいだしたの。」と、武夫(たけお)はふしぎに思(おも)って、聞(き)きました。
「もし、そうなったら、ぼくのおかあさんが、どんなによろこぶだろうと思(おも)ったのさ。だれでも得手(えて)というものがあるから、それをのばせば、成功(せいこう)すると先生(せんせい)がいったので、ぼく、元気(げんき)が出(で)て、うれしくなったよ。」と正吉(しょうきち)は、すなおに心(こころ)のうちを、友(とも)だちにうちあけたのでした。
 武夫(たけお)もいつになく、くつろいだ気(き)もちになって、正吉(しょうきち)をよろこばせようと、
「正(しょう)ちゃんはいい子(こ)だと、うちのおとうさんも、おかあさんも、いっていたよ。正(しょう)ちゃんのおかあさんは、いまはくるしくても、正(しょう)ちゃんが大(おお)きくなれば、きっと楽(らく)をされるだろう。」
 こうして、武夫(たけお)が両親(りょうしん)のうわさしたことをつげようとするのを、正吉(しょうきち)はうちけすようにして、
「ぼくのうちは、貧乏(びんぼう)だし、なかなか上(うえ)の学校(がっこう)へいかれない。来年(らいねん)は町(まち)のおじさんの店(みせ)へ奉公(ほうこう)して、夜学(やがく)で勉強(べんきょう)をするつもりだ。武(たけ)ちゃんは、いいおとうさんがあって、安心(あんしん)して勉強(べんきょう)ができるから、きっと、えらくなれるだろう。ぼくは、自分(じぶん)の力(ちから)だけで、やらなければならないからね。」と、正吉(しょうきち)は、日(ひ)ぐれがたの空(そら)に、わきあがる雲(くも)を、じっと見(み)ていました。
 いま、西(にし)の空(そら)には、炎(ほのお)の流(なが)れるように、赤(あか)い雲(くも)が、うずをまいていました。そして、ほかにも花(はな)びらを散(ち)らすように、おなじ色(いろ)の雲(くも)が、ちぎれちぎれにとんでいました。それが、いつしか、一(ひと)かたまりとなって、たてがみをなびかせた金色(きんいろ)のししの姿(すがた)となったり、高(たか)くかけあがる神馬(しんめ)の形(かたち)をつくったりして、はるかの青々(あおあお)とした地平線(ちへいせん)を目(め)ざして、うごいていたのでした。
 正吉(しょうきち)はしばらく、その雲(くも)のゆくえを見(み)まもるうちに、空想(くうそう)は、町(まち)の文房具(ぶんぼうぐ)を売(う)る店(みせ)へと、とんでいました。ちょうど、金色(きんいろ)の雲(くも)が、たれさがったあたりに、その町(まち)はあるのでした。空気(くうき)とガラスの見(み)さかいが、つかないほど、よくふき清(きよ)められたまどの上(うえ)のたなに、青(あお)くぬられた飛行機(ひこうき)が、いまにもとび立(た)ちそうなかっこうで、おいてあり、その下(した)の台(だい)には、まっかな洋服姿(ようふくすがた)のおどり子(こ)の人形(にんぎょう)が、片方(かたほう)の足(あし)を上(あ)げて立(た)っていました。それは、野原(のはら)にさく赤(あか)いゆりよりも、はなやかであったし、また川(かわ)ふちでかおる、のばらの花(はな)よりも、目(め)にしみるまぶしさでありました。
「武(たけ)ちゃん、きみは、町(まち)の文房具屋(ぶんぼうぐや)にあるおもちゃを見(み)た?」と、正吉(しょうきち)は、そのときぼんやりとして、ならんでいた武夫(たけお)に聞(き)きました。
「どんなおもちゃだったかな。バットとグローブは、知(し)っているけど。」と、武夫(たけお)は、頭(あたま)をかしげていました。
「青(あお)い飛行機(ひこうき)と、赤(あか)いお人形(にんぎょう)さんだよ。」と、正吉(しょうきち)は友(とも)だちを見(み)て、たずねました。
「知(し)らなかったな。」と、武夫(たけお)はてんで、そんなものに気(き)がつかなかったようです。正吉(しょうきち)は、やっと安心(あんしん)しました。もし、武夫(たけお)がそれをほしいと思(おも)えば、いつでも自分(じぶん)のものに、することができたからでした。
 しばらくして、こんどは武夫(たけお)のほうから、
「正(しょう)ちゃん、そんなに、いいおもちゃだったの。」と、聞(き)きかえしました。正吉(しょうきち)はそれに答(こた)えず、
「ねえ武(たけ)ちゃん、あの金色(きんいろ)の雲(くも)をごらん。きれいだろう。そして、あちらの空(そら)をごらん。あの青(あお)い色(いろ)もきれいだね。ぼく、いままで見(み)た、美(うつく)しいものが、みんな目(め)にうかんでくるんだよ。」と、正吉(しょうきち)は、とび立(た)つような、自分(じぶん)の心(こころ)を、おさえきれなかったのです。

 つぎの日(ひ)の昼間(ひるま)、また二人(ふたり)は、この原(はら)っぱへきました。武夫(たけお)がわざと三輪車(りんしゃ)で走(はし)るのを、正吉(しょうきち)はそれと競走(きょうそう)しようとして、素足(すあし)で走(はし)りました。いまにマラソン選手(せんしゅ)になる自信(じしん)をもとうとして、あやまって、足(あし)の指(ゆび)をいためました。
 晩(ばん)になると、その指(ゆび)がだんだんいたみだして、こらえられなくなったのでした。
「どんなに、なっているの。ちょっと見(み)せな。」と、母(はは)にいわれると、正吉(しょうきち)の顔(かお)は、たちまち、くらくなりました。
「おや、えらく、はれているでないか。」と、母(はは)はびっくりしました。こうした母(はは)のおどろき声(ごえ)は、正吉(しょうきち)の心(こころ)を、するどく、むちうって、しばらく足(あし)のいたみも、わすれたのでした。
 ふだんから、母(はは)は正吉(しょうきち)にむかって、おとうさんがいないのだから、わたしは、おまえ一人(ひとり)をたよりに生(い)きていると、いわれたのが思(おも)いだされて、後悔(こうかい)で、胸(むね)が、はりさけそうになりました。
「あっ、おかあさん、いたいから、さわらんでおくれ。」と、足(あし)をひっこめようとすると、母(はは)は正吉(しょうきち)のひざがしらに、ふれてみて、
「たいへんな熱(ねつ)だね。今夜(こんや)、こうしておいて、さしつかえないものだろうか。」と、うろたえるのでした。
 正吉(しょうきち)は母(はは)があわれになって、すまぬことをしたと思(おも)いました。
「あすになれば、なおるよ。」と、いって、がまんしながら、ねどこにはいったのでした。
 医者(いしゃ)のもとへいったのは、それから二、三日(にち)あとのことでした。
「いままで、おじさんのところへ、お金(かね)のことで、たのみにいったおぼえはないのだが、こんどばかりは、そんなことを、いっていられないのでね。」と、道(みち)すがら母(はは)に聞(き)かされたことばは、正吉(しょうきち)をせめるのでした。
 正吉(しょうきち)は、医者(いしゃ)が自分(じぶん)の足(あし)を見(み)て、なんというだろうか、このうえとも、自分(じぶん)たちをくるしめることに、なりはしないだろうかと、診察室(しんさつしつ)へはいると、なんとなく不安(ふあん)に、足(あし)がふるえたのでした。
「なぜ、もっと早(はや)く、見(み)せにこなかったのです。」と、医者(いしゃ)は、まゆをひそめながらいいました。
「注射(ちゅうしゃ)をしていただいたら、なおりませんでしょうか。」と、母(はは)はわが子(こ)の、身(み)の上(うえ)を気(き)づかいながら聞(き)くのでした。
「手(て)おくれなので、注射(ちゅうしゃ)がきかなければ、手術(しゅじゅつ)をするのですな。そうすると、二、三日(にち)入院(にゅういん)しなければなりません。」と、医者(いしゃ)はすこしの思(おも)いやりすらなく、ひややかに答(こた)えました。
 医者(いしゃ)のところを出(で)ると、
「家(うち)へかえって、この水薬(みずぐすり)で、足(あし)のいたむところを、ひやしておいで。」と、母(はは)は正吉(しょうきち)とわかれました。正吉(しょうきち)は、母(はは)のいくさきを、聞(き)かなかったけれど、たぶん、おじさんの家(いえ)へいったのだろうと思(おも)いました。
 やがて、日(ひ)がくれてしまい、しばらくたって、母(はは)はかえってきました。
「世間(せけん)で、金(かね)もちといわれても、たのんでいけば、金(かね)がないというものです。はじめてだし、こんどだけは用(よう)だてするけれど、つぎからは、おことわりだと、きっぱりいいました。おじさんだから、とくべつせわしてくれると思(おも)っては、いけません。たよりとなるものは、ただ、自分(じぶん)の力(ちから)だけです。わたしは、これからも、せいいっぱいはたらくことにします。」と、母(はは)はいいました。
 正吉(しょうきち)は、なんとも答(こた)えられず、あついなみだが、こみあげるばかりでした。
 二、三日(にち)、顔(かお)をあわさなかった武夫(たけお)は、学校(がっこう)からかえると、あそびにきました。
「きょう、先生(せんせい)が正吉(しょうきち)くんは、どうして休(やす)んでいるのだと聞(き)いたから、ぼくの三輪車(りんしゃ)と競走(きょうそう)して、足(あし)をいためたといったら、なんでそんなばかのまねをするのかといったよ。だから、ぼくは正(しょう)ちゃんは、マラソン選手(せんしゅ)になるので、三輪車(りんしゃ)なんかに負(ま)けられないのだと話(はな)したら、先生(せんせい)は、人間(にんげん)の足(あし)と機械(きかい)と、いっしょになるかと笑(わら)った。」と、学校(がっこう)の話(はなし)を告(つ)げました。
「ぼく、つまらんことをした。」と、正吉(しょうきち)は、後悔(こうかい)しました。
「もっと、自分(じぶん)をたいせつにしなければ、いい選手(せんしゅ)なんかになれないと、先生(せんせい)もいっていたよ。」と、武夫(たけお)はありのままをつげました。
「お医者(いしゃ)さんに注射(ちゅうしゃ)してもらったけれど、いたみがとれなければ、入院(にゅういん)して手術(しゅじゅつ)するんだって、こまってしまったよ。」と、正吉(しょうきち)が力(ちから)なくいうと、
「とんだめにあったね。そうそう、文房具屋(ぶんぼうぐや)へグローブを買(か)いにいくと、店(みせ)のガラスが、めちゃめちゃにこわれているので、おどろいた。聞(き)くと、トラックがとびこんで、だいじな品物(しなもの)をこわしたと、店(みせ)のおばさんがいっていたよ。」と、武夫(たけお)は、意外(いがい)なことを知(し)らせました。
 正吉(しょうきち)は、ゆめにさえ見(み)た、あの青(あお)い飛行機(ひこうき)や、赤(あか)いおどり子(こ)の人形(にんぎょう)は、どうなったろうと聞(き)くと、武(たけ)ちゃんは、見(み)えなかったから、こわれたのかもしれないというのでした。
「それで、きみのほしいと思(おも)ったグローブはあったの。」と、正吉(しょうきち)は聞(き)きました。
「とりこんでいるときだから、まけておくといって、安(やす)くしてくれたよ。」と、武夫(たけお)はよろこびました。
「どうして、トラックが、店(みせ)へとびこんだのだろうね。」
「運転手(うんてんしゅ)が、お酒(さけ)に酔(よ)っていたって、おばさんがいった。」と、武夫(たけお)はいいながら、このとき、先生(せんせい)が正吉(しょうきち)にいった言葉(ことば)を思(おも)い出(だ)したのか、
「やはり、酔(よ)ったりしては、運転手(うんてんしゅ)になれないんだね。」と、つけくわえました。
 正吉(しょうきち)は下(した)を向(む)いて、だまっていました。足(あし)のいたみは、そのあくる日(ひ)になっても、とれませんでした。母親(ははおや)は、子供(こども)のようすから、すぐにでも手術(しゅじゅつ)を決心(けっしん)したらしく、家(いえ)の中(なか)をかたづけはじめたのです。
 そのとき、ちょうど門口(かどぐち)へ乳飲(ちの)み子(ご)をおぶった女(おんな)こじきが立(た)って、無心(むしん)をねがったのでした。正吉(しょうきち)の母(はは)は女(おんな)こじきを見(み)て、子(こ)もちだと知(し)ると、気(き)ぜわしい中(なか)を、ふところからさいふをだして、金(かね)を手渡(てわた)してやりました。女(おんな)こじきは、心(こころ)からありがたく思(おも)ったらしく、いくたびも頭(あたま)をさげていましたが、そばで、痛(いた)い痛(いた)いと泣(な)き声(ごえ)でうったえている正吉(しょうきち)の姿(すがた)を見(み)ると、おじおじしながら、
「どうなされたので、ございますか。」と、聞(き)いたのでした。
 母親(ははおや)は、こういってやさしく聞(き)かれたので、さすがに当惑(とうわく)しているときであり、気(き)も弱(よわ)くなっていたので、こちらも、ありのままのことを――子供(こども)が走(はし)って、あそんでいるうち、足(あし)の指(ゆび)をいためて、注射(ちゅうしゃ)をしてもらったけれど、ききめがなく、これから、いやがるのをつれて、手術(しゅじゅつ)をうけに医者(いしゃ)のところへ出(で)かけるのだ――と、ほんとうのことを話(はな)したのでした。女(おんな)こじきは、そのことを人事(ひとごと)と思(おも)わず、耳(みみ)をかたむけて、聞(き)いていましたが、
「それなら、いい薬(くすり)があります。このへんにもある草(くさ)です。私(わたし)のいうことを信(しん)じて、ためしてごらんなさい。私(わたし)ども金(かね)のないものは、神(かみ)さまの教(おし)えてくだされたもので、どんな病(やまい)もなおします。その草(くさ)は、秋(あき)になると、黄色(きいろ)な花(はな)の咲(さ)く厚(あつ)い葉(は)です。その葉(は)を火(ひ)にあぶり、やわらかにして、傷口(きずぐち)にはります。痛(いた)みはじきとれて、四、五日(にち)もすると、うみが出(で)てなおります。」と、ていねいに教(おし)えました。
 母親(ははおや)と正吉(しょうきち)は、これを聞(き)いて、一(ひと)すじの光(ひかり)が、急(きゅう)に、やみの中(なか)へさしこんできたような感(かん)じがしました。
「その草(くさ)というのは。」と、母親(ははおや)は、すぐにも知(し)りたかったのです。
「ちょっと、さがしてきます。」と、女(おんな)こじきは、門(もん)から出(で)ていきました。
 親子(おやこ)は、そのうしろ姿(すがた)を、とうとく思(おも)って、おがまんばかりに見(み)おくったのです。そして、いくたびも、母親(ははおや)は外(そと)まで出(で)て、女(おんな)こじきがもどるのをまっていました。
 あまりおそいので、その葉(は)が見(み)つからぬので、そのままどこへか立(た)ちさりはしなかったかと思(おも)い、うたがい、なやんだりしたが、そのうち女(おんな)こじきは、手(て)に青(あお)い葉(は)をにぎって、母親(ははおや)の前(まえ)へあらわれました。
「まあ、ありましたかね。」と、とびつくようにして、母親(ははおや)はむかえたのです。女(おんな)こじきがつくってくれた薬(くすり)をつけると、ふしぎに痛(いた)みがうすらいで、その晩(ばん)、親子(おやこ)は、はじめて、気(き)もちよくねむりました。
 正吉(しょうきち)は夢(ゆめ)の中(なか)で、あのおじおじしたようすで、いたわりながら、薬(くすり)をつけてくれた女(おんな)こじきを思(おも)い出(だ)して、いつまでも、その姿(すがた)が、目(め)からきえずにのこっていました。
 それから、二、三日(にち)もすると、足(あし)のはれがひいて、きず口(ぐち)に、白(しろ)いうみをもちました。母(はは)はこれを見(み)て、おどろき、
「正吉(しょうきち)や、もうだいじょうぶだよ。草(くさ)の名(な)を、よく聞(き)いておくのだったね。あの女(おんな)こじきに、お礼(れい)をいわなければなりません。いつもは、見(み)なかった女(おんな)ですのに、あの日(ひ)どうしてきましたか。こんどきたら、おまえの小(ちい)さいときの着物(きもの)がありますから、赤(あか)んぼにやりたいと思(おも)います。気(き)をつけていて、見(み)たら家(うち)へつれてきておくれ。」と、いつになく母(はは)は、きげんがよかったのです。
 正吉(しょうきち)は足(あし)がよくなったのを、わがことより、よろこんでくれる母(はは)を見(み)て、真(しん)にその恩(おん)を、わすれてはならぬと思(おも)いました。
 いよいよ明日(あした)から、ふだんどおり、武夫(たけお)くんと学校(がっこう)へいけるようになった、その前(まえ)の日(ひ)のことでした。
「正吉(しょうきち)や、なにかおまえに、ほしいものがあるなら、おいい。」と、母(はは)は、つくえの前(まえ)にすわっている正吉(しょうきち)に、たずねました。
 これを聞(き)くと、たちまち、小(ちい)さな胸(むね)へ、よろこびが泉(いずみ)のように、こみあげました。
「青(あお)い飛行機(ひこうき)と、赤(あか)い人形(にんぎょう)と、どちらにしようかな。」と、耳(みみ)のあたりまで赤(あか)くしながら、正吉(しょうきち)は答(こた)えたのです。
「それは、なければならぬ品(しな)ですか。」と、母(はは)は聞(き)きました。
「おかあさん、それより、早(はや)くおじさんに、お金(かね)をかえしたほうがいいよ。」と、正吉(しょうきち)はいいました。
「ああ、その金(かね)は、きっと、私(わたし)がそのうち、もっていきますよ。これは、おまえがつかわずにすんだので、あげますから、すきなものを、お買(か)いなさい。」と、母(はは)はひきだしから、いくらかの金(かね)をとって、正吉(しょうきち)にあたえたのでした。
 いま、青(あお)い、飛行機(ひこうき)でも、赤(あか)いおどり子(こ)の人形(にんぎょう)でも、正吉(しょうきち)のすきなものを、買(か)うことができるのでした。しかし、もう、それを買(か)う気(き)が、なくなってしまいました。
「どんな色(いろ)でも、そろっている上等(じょうとう)のクレヨンを、買(か)おう。」と、正吉(しょうきち)はすぐに、心(こころ)をきめたのでした。
 晩(ばん)になると、原(はら)っぱへいって、草(くさ)の上(うえ)に、こしをおろしました。そこここに、いつものように、赤(あか)い花(はな)がさき、青(あお)い空(そら)は、はてなくひろがって、地平線(ちへいせん)につづき、夏(なつ)を思(おも)わせる金色(きんいろ)の雲(くも)が、西(にし)の方(ほう)からわき出(で)て、音(おと)なく、頭(あたま)の上(うえ)を、うごいていくのでした。
 その雲(くも)には、おかあさんがすわって、仕事(しごと)をしていました。また、ほかの一つの雲(くも)には、乳飲(ちの)み子(ご)をおぶった女(おんな)こじきが、のっていました。二つの雲(くも)は、たがいに近(ちか)づき、また、あるときは、かさなり合(あ)うようになったが、そのうち、はなればなれとなって、いつしか、青(あお)い空(そら)へ、すいこまれるように、きえてしまいました。
了

底本:「定本小川未明童話全集 14」講談社
   1977(昭和52)年12月10日第1刷発行
   1983(昭和58)年1月19日第5刷発行
底本の親本:「うずめられた鏡」金の星社
   1954(昭和29)年6月
初出:「こどものせかい」
   1953(昭和28)年6月
※表題は底本では、「空(そら)にわく金色(きんいろ)の雲(くも)」となっています。
入力:特定非営利活動法人はるかぜ
校正:酒井裕二
2018年6月27日作成
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