あらすじ
夏の夜、博覧会に訪れた父と息子、そして妻。象の前で二人は蹲んで、妻を待つ。博覧会を出ると、不忍池のほとりで息子は池に浮かぶものをじっと見つめる。それは息子にとって、水の中のもっとも大きいものだった。父は息子の髪が風に吹かれるのを眺め、広小路へと歩く。そこで息子は玩具の兎を手に入れる。博覧会のはじめの頃は明るく、昼の明かりが残っていた。飛行機に乗り、夕空を旋回する中で、息子は紺青の空に浮かぶ無数の燈光を、まるで貝釦のように見ていた。 夏の夜の博覧会は、哀しからずや
雨ちよと降りて、やがてもあがりぬ
夏の夜の、博覧会は、哀しからずや
女房買物をなす間、かなしからずや
象の前に僕と坊やとはゐぬ、
二人蹲んでゐぬ、かなしからずや、やがて女房きぬ
三人博覧会を出でぬかなしからずや
不忍ノ池の前に立ちぬ、坊や眺めてありぬ
そは坊やの見し、水の中にて最も大なるものなりき、かなしからずや、
髪毛風に吹かれつ
見てありぬ、見てありぬ、かなしからずや
それより手を引きて歩きて
広小路に出でぬ、かなしからずや
広小路にて玩具を買ひぬ、兎の玩具かなしからずや
その日博覧会に入りしばかりの刻は
なほ明るく、昼の明ありぬ、
われら三人飛行機にのりぬ
例の廻旋する飛行機にのりぬ
飛行機の夕空にめぐれば、
四囲の燈光また夕空にめぐりぬ
夕空は、紺青の色なりき
燈光は、貝釦の色なりき
その時よ、坊や見てありぬ
その時よ、めぐる釦を
その時よ、坊やみてありぬ
その時よ、紺青の空!
(一九三六・一二・二四)
了
底本:「中原中也詩集」角川文庫、角川書店
1968(昭和43)年12月10日改版初版発行
1973(昭和48)年8月30日改版13版発行
入力:ゆうき
校正:木浦
2013年1月23日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。