あらすじ
圓朝|叟の口演を速記したという、三遊亭圓朝の「牡丹灯籠」は、俚言俗語を用いながらも、活き活きとした描写で、あたかも目の前で萩原某や阿露の乙女に出会ったような錯覚を覚えます。相川それの粗忽さ、孝助の忠実さ、それぞれの登場人物が鮮やかに蘇り、読者は笑ったり、感じたりと、まるで実話を読んでいるような気分にさせられます。圓朝|叟の深い人情と巧みな文才が織りなす、この世ならざる物語の世界に、あなたもきっと引き込まれることでしょう。
 およそありの儘(まゝ)に思う情(こゝろ)を言顕(いいあら)わし得(う)る者は知らず/\いと巧妙なる文をものして自然に美辞(びじ)の法(のり)に称(かな)うと士班釵(すぺんさあ)の翁(おきな)はいいけり真(まこと)なるかな此の言葉や此のごろ詼談師(かいだんし)三遊亭の叟(おじ)が口演(くえん)せる牡丹灯籠(ぼたんどうろう)となん呼做(よびな)したる仮作譚(つくりものがたり)を速記という法(ほう)を用いてそのまゝに謄写(うつ)しとりて草紙(そうし)となしたるを見侍(みはべ)るに通篇(つうへん)俚言(りげん)俗語(ぞくご)の語(ことば)のみを用いてさまで華(はな)あるものとも覚えぬものから句ごとに文ごとにうたゝ活動する趣(おもむき)ありて宛然(さながら)まのあたり萩原某(はぎわらそれ)に面(おもて)合わするが如く阿露(おつゆ)の乙女(おとめ)に逢見(あいみ)る心地す相川(あいかわ)それの粗忽(そゝっか)しき義僕(ぎぼく)孝助(こうすけ)の忠(まめ)やかなる読来(よみきた)れば我知(われし)らず或(あるい)は笑い或は感じてほと/\真(まこと)の事とも想われ仮作(つくり)ものとは思わずかし是はた文の妙なるに因(よ)る歟(か)然(しか)り寔(まこと)に其の文の巧妙なるには因ると雖(いえど)も彼(か)の圓朝の叟(おじ)の如きはもと文壇の人にあらねば操觚(そうこ)を学びし人とも覚えずしかるを尚(なお)よく斯(かく)の如く一吐一言(いっといちげん)文をなして彼(か)の爲永(ためなが)の翁(おきな)を走らせ彼(か)の式亭(しきてい)の叟(おじ)をあざむく此の好稗史(こうはいし)をものすることいと訝(いぶか)しきに似たりと雖(いえど)もまた退(しりぞ)いて考うれば単(ひとえ)に叟(おじ)の述(のぶ)る所の深く人情の髄(ずい)を穿(うが)ちてよく情合(じょうあい)を写せばなるべくたゞ人情の皮相(ひそう)を写して死したるが如き文をものして婦女童幼(ふじょどうよう)に媚(こび)んとする世の浅劣(せんれつ)なる操觚者流(そうこしゃりゅう)は此の灯籠の文を読(よみ)て圓朝叟(おじ)に耻(はじ)ざらめやは聊(いさゝか)感ぜし所をのべて序を乞(こ)わるゝまゝ記して与えつ

春のやおぼろ
しるす
了

底本:「圓朝全集 巻の二」近代文芸資料複刻叢書、世界文庫
   1963(昭和38)年7月10日発行
底本の親本:「圓朝全集 巻の二」春陽堂
   1927(昭和2)年12月25日発行
※「旧字、旧仮名で書かれた作品を、現代表記にあらためる際の作業指針」に基づいて、底本の表記をあらためました。
ただし、繰り返し記号はそのまま用いました。
また、総ルビの底本から、振り仮名の一部を省きました。
底本中ではばらばらに用いられている、「其の」と「其」、「此の」と「此」、「彼(あ)の」と「彼(あの)」は、それぞれ「其の」「此の」「彼の」に統一しました。
入力:小林繁雄
校正:仙酔ゑびす
2010年2月8日作成
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