あらすじ
ある男の乞食は、赤ん坊をおぶって、人情味のない町々をさまよっていました。しかし、その町は突如、海嘯によって壊滅してしまいます。男は、かつての町の人々が、今頃は優しい心を取り戻しているかもしれないと信じ、その廃墟へと戻ります。そこには、かつての繁栄を偲ばせる、散らばった財宝が残されていました。男は月からの導きで、財宝を拾い集め、再び町を築き上げます。その後、男は亡くなり、息子が町を継ぎます。息子は不思議な夢を繰り返し見るようになり、夢の中の哀れな人々を救いたいと強く願うようになります。やがて、息子は、父の過去と、夢の意味を知る、不思議な船の船長に出会うのでした。
 赤(あか)ん坊(ぼう)をおぶった、男(おとこ)の乞食(こじき)が町(まち)へはいってきました。その男(おとこ)は、まだそんなに年(とし)をとったというほどではありませんでした。
 男(おとこ)の乞食(こじき)は、りっぱな構(かま)えをした家(うち)の前(まえ)へきますと、立(た)ち止(ど)まって、考(かんが)え込(こ)みました。それから、おそるおそる門(もん)の中(なか)へ入(はい)ってゆきました。
「どうか、なにかやってくださいまし。」と、声(こえ)をふるわせて頼(たの)みました。
 しかし、家(うち)の中(なか)では、その小(ちい)さい声(こえ)が聞(き)こえなかったものか、返事(へんじ)がありませんでした。
 乞食(こじき)は、つぎには、もっと大(おお)きな声(こえ)を出(だ)していいました。
「なにか、この哀(あわ)れな子供(こども)にやってくださいまし。」といいました。すると、家(うち)の中(なか)から、声(こえ)ばかりで、だれも、顔(かお)を出(だ)さずに、
「なにも、やるようなものはない!」と、しかるように答(こた)えました。
 その日(ひ)は、どういうものか、乞食(こじき)は、何家(どこ)へいきましても、同(おな)じようなことをいって断(ことわ)られました。
「こんなに、りっぱな、大(おお)きな家(うち)に住(す)んでいながら、くれるようなものがないとは、不思議(ふしぎ)なことだ。」と、乞食(こじき)は、つくづく思(おも)わずにはいられませんでした。
 脊中(せなか)におぶさっている赤(あか)ん坊(ぼう)が、腹(はら)が減(へ)ったので泣(な)き出(だ)しました。乞食(こじき)は、どうしたらいいか、ほんとうに困(こま)ってしまいました。
 太陽(たいよう)は、やがて西(にし)に傾(かたむ)きかかっています。その日(ひ)の光(ひかり)をながめて、ぼんやりと思案(しあん)にふけっていますと、太陽(たいよう)は、にこやかな円(まる)い顔(かお)をして、
「いつまでも、こんな人情(にんじょう)のない町(まち)にいたのではしかたがない。早(はや)く、日(ひ)の暮(く)れないうちに、ほかの町(まち)へいったほうがいい。」と、諭(さと)しているように思(おも)われました。
 男(おとこ)の乞食(こじき)は、自分(じぶん)たちに、不人情(ふにんじょう)であった町(まち)をうらめしそうに、幾(いく)たびも見(み)かえりながら、疲(つか)れた足(あし)をひきずって、とぼとぼと、また遠(とお)い道(みち)を歩(ある)いて、ほかの町(まち)をさしていったのであります。
 それから三日(みっか)ばかりたちました。ある町(まち)をあるきまわっていますときに、乞食(こじき)は、三日(みっか)ばかり前(まえ)に自分(じぶん)がたってきた町(まち)が、すっかり海嘯(つなみ)のためにさらわれてしまった、というようなうわさを聞(き)きました。
 乞食(こじき)は、夢(ゆめ)のような気(き)がしました。そして、あの町(まち)はどうなったろうと、りっぱな構(かま)えをした、いろいろな形(かたち)をしていた家(うち)などを、目(め)に思(おも)い浮(う)かべたのであります。
「人間(にんげん)というものは、不幸(ふこう)にあわなければ、人情(にんじょう)というものを悟(さと)るものでない。」と、彼(かれ)は、いつか聞(き)いた言葉(ことば)を思(おも)い出(だ)しました。
「そうだ。あの不(ふ)しんせつであった町(まち)の人々(ひとびと)も、きっと思(おも)いあたったろう。いまごろはどんなにやさしい人(ひと)たちになっているかしれない。きっと、手(て)がなくて弱(よわ)っているものもあろう。自分(じぶん)のようなものにも、される仕事(しごと)がないとはかぎらない。どれ、ひとつ、その変(か)わった町(まち)へもどってみようか。」と思(おも)いました。
 そして、彼(かれ)は、いつも、自分(じぶん)の胸(むね)に思(おも)ったことは、はたしていいかどうであるかたずねてみるように、太陽(たいよう)を仰(あお)いだのであります。
 太陽(たいよう)は、あいかわらず、にこにことしていました。
「おまえが、そう思(おも)うならいってみるがいい。」といっているようでありました。
 乞食(こじき)は、赤(あか)ん坊(ぼう)をおぶって、いつかたった町(まち)へもどってゆきました。海辺(うみべ)には、白(しろ)い、海鳥(うみどり)が空(そら)を舞(ま)っていました。日(ひ)の光(ひかり)は、彼(かれ)のゆく道(みち)を暖(あたた)かに照(て)らしていました。
 まだ、日(ひ)がまったく沈(しず)みきらないうちに、乞食(こじき)は、その町(まち)のあったところに着(つ)きました。きてみると、びっくりしました。一軒(けん)として満足(まんぞく)な家(うち)が建(た)っていないばかりか、たいていは、波(なみ)にさらわれてしまったとみえて、一面(めん)荒(あ)れ果(は)てた野原(のはら)に変(か)わっていたのです。
 人(ひと)たちは、どうなったものか、影(かげ)さえ見(み)えませんでした。ただ、ところどころに木立(こだち)がそびえていて、その枝(えだ)に、髪(かみ)の毛(け)のからんだようにいろいろなものが引(ひ)っかかっている、ものすごい、みすぼらしい有(あ)り様(さま)が見(み)られるばかりでした。
「まあ、こんなになってしまったのか?」と、彼(かれ)は、その荒(あ)れ果(は)てた野原(のはら)の中(なか)に立(た)って、足(あし)もとに散(ち)らばった材木(ざいもく)や、ものの壊(こわ)れたのや、大(おお)きな家(うち)が建(た)っていた跡(あと)らしい、礎(いしずえ)などを見(み)まわしながら、いろいろの思(おも)いにふけったのです。
 彼(かれ)は、あまりのはげしい変(か)わり方(かた)と、あわただしいできごとのために、なにを思(おも)うともなく、しばらくは、ただぼんやりとしていました。
 そのうちに、青(あお)ざめた月(つき)が空(そら)に上(のぼ)りました。そして、この荒(あ)れはてた景色(けしき)と、ぼんやりと考(かんが)え込(こ)んでいる哀(あわ)れな乞食(こじき)とを照(て)らしたのです。
 そのとき、月(つき)が、うなだれている乞食(こじき)の耳(みみ)もとにささやいたのであります。
「大(おお)きな海嘯(つなみ)で、みんな沖(おき)へ持(も)っていかれてしまった。しかし、まだすこしは残(のこ)っていよう。おまえが、いつかなにかくださいと頼(たの)んだとき、なにもやるようなものはないといったが、まあ、あすこをごらん、あんなに光(ひか)っているものがある。あれはダイヤモンドだ。ぜいたくな女(おんな)の指(ゆび)にはめた、指輪(ゆびわ)についていたのだ。まあ、あすこをごらん、あんなにぴかぴか光(ひか)っているものがある。あれは、強欲(ごうよく)なじいさんが大事(だいじ)にしまっておいた黄金(こがね)の塊(かたまり)だ。しかし、もうみんなその人(ひと)たちは、どこへかいってしまった。おそらく永久(えいきゅう)に帰(かえ)ってくることがあるまい。また、その人(ひと)たちを捜(さが)したとて、永久(えいきゅう)に捜(さが)しあてることができまい。あの宝(たから)は、みんな腐(くさ)ってしまうか、地(ち)の中(なか)にしぜんにうずもれてしまうのだ。おまえはあの宝(たから)で、もう一度(ど)、りっぱな町(まち)をこのところに建(た)てる考(かんが)えはないか。そうすれば、私(わたし)は今夜(こんや)、宝(たから)の残(のこ)っているところを教(おし)えてやろう……。」
 青(あお)ざめた月(つき)は、太陽(たいよう)のように、けっして、にこやかな顔(かお)はしていなかったけれど、まじめになって、乞食(こじき)にいいました。
「私(わたし)みたいなものに、そんなことができようか?」と、乞食(こじき)はうなだれて思案(しあん)をしました。
「なに、いっしょうけんめいになってやれば、できないということはないはずだ。おまえにできなかったときは、おまえの子供(こども)の時代(じだい)にできるにちがいない。おまえは赤(あか)ん坊(ぼう)をおぶっているではないか。」と、月(つき)は、はっきりとさえた声(こえ)でいいました。
 乞食(こじき)は、ついにやってみる気(き)をおこしました。
「どうか、お月(つき)さま、私(わたし)に宝(たから)の落(お)ちているところを教(おし)えてください。」と、月(つき)を見上(みあ)げて願(ねが)いました。
 月(つき)の光線(こうせん)は、身軽(みがる)にどんな狭(せま)いところへもくぐり込(こ)みました。またどんなものの上(うえ)へもはいまわりました。こうして乞食(こじき)は、月(つき)の助(たす)けによって、たくさんの宝物(たからもの)を拾(ひろ)い集(あつ)めることができました。
 夜(よ)が明(あ)けると、太陽(たいよう)が彼(かれ)を励(はげ)ましました。乞食(こじき)は、境遇(きょうぐう)で貧乏(びんぼう)をしましたけれど、りこうで正直(しょうじき)な人間(にんげん)でありましたから、四方(ほう)から、あらゆる方面(ほうめん)の知識(ちしき)があり、勤勉(きんべん)に働(はたら)く人(ひと)たちを呼(よ)び集(あつ)めて、町(まち)を新(あたら)しく造(つく)りはじめたのであります。
 数年(すうねん)の後(のち)には、その町(まち)はりっぱにできあがりました。そして、煙突(えんとつ)からは、黒(くろ)い煙(けむり)が流(なが)れていました。工場(こうじょう)や、製造場(せいぞうじょう)などが、いくつも建(た)てられました。しかし、だれも、この美(うつく)しい町(まち)が乞食(こじき)の手(て)によって造(つく)られたということを、おそらく知(し)るものがなかったでありましょう。
 昔(むかし)の赤(あか)ん坊(ぼう)は、大(おお)きくなって、いまでは、いい若者(わかもの)となりました。父親(ちちおや)は、財産(ざいさん)を残(のこ)して亡(な)くなりました。その後(あと)で、若者(わかもの)は、父親(ちちおや)の仕事(しごと)をついで、よく働(はたら)いていました。
 ある日(ひ)のこと、若者(わかもの)は夢(ゆめ)を見(み)ました。
 なんでも、あまりにぎやかでない、はじめて通(とお)るような町(まち)を歩(ある)いてゆきました。すると、あちらに白(しろ)い桃(もも)の花(はな)だか、すももの花(はな)だか、白(しろ)くこんもりと浮(う)き出(で)たように咲(さ)いていました。彼(かれ)は、その花(はな)を目(め)あてに歩(ある)いていますと、その木(き)の下(した)に、小(ちい)さな理髪店(りはつてん)がありました。主人(しゅじん)というのは、顔(かお)つきの四角(かく)な人(ひと)でして、がみがみと小僧(こぞう)をしかっていました。小僧(こぞう)は汚(よご)れた白(しろ)い上着(うわぎ)を着(き)て働(はたら)いていました。顔色(かおいろ)が青(あお)くて、体(からだ)がやせて目(め)ばかり大(おお)きく飛(と)び出(で)ていました。
「おまえは、どこから雇(やと)われてきたのか?」と、若者(わかもの)はたずねますと、小僧(こぞう)は、大(おお)きな目(め)に、いっぱい涙(なみだ)をためて、
「私(わたし)には、お父(とう)さんがありません。お母(かあ)さんもありません。ただ一人(ひとり)の妹(いもうと)がありましたが、いまは、どこにいるか知(し)らないのです。」と答(こた)えた。
 目(め)がさめると、それは夢(ゆめ)でありました。けれど若者(わかもの)は、小僧(こぞう)の顔(かお)が、目(め)についていてどうしても離(はな)れませんでした。
「私(わたし)には、弟(おとうと)も、妹(いもうと)もないはずだ。」
 彼(かれ)は、終日(しゅうじつ)、昨夜(ゆうべ)の夢(ゆめ)を思(おも)い出(だ)して考(かんが)え込(こ)んでいました。
 二、三日(にち)すると、彼(かれ)は、また、不思議(ふしぎ)な夢(ゆめ)を見(み)ました。
 ある工場(こうじょう)で、まだ十三、四の少女(しょうじょ)が、下(した)を向(む)いて糸(いと)を採(と)っていました。すると、いつか夢(ゆめ)で見(み)たことのある理髪店(りはつてん)の主人(しゅじん)よりは、もっと、恐(おそ)ろしい顔(かお)つきをして、黒(くろ)い洋服(ようふく)を着(き)た、脊(せ)の高(たか)い男(おとこ)が、ふいに少女(しょうじょ)をむちでなぐりました。
「なにを、ぐずぐずしているのか!」
 少女(しょうじょ)は震(ふる)えあがりました。そして、真(ま)っ赤(か)な顔(かお)をして、泣(な)きながら、せっせと糸(いと)を採(と)っていました。
 目(め)がさめると、これもやはり夢(ゆめ)でありました。若者(わかもの)は、どういうものか、この少女(しょうじょ)の顔(かお)もこのときから忘(わす)れることができませんでした。
「俺(おれ)は、どうしてこんな夢(ゆめ)を見(み)るのだろう。もっと愉快(ゆかい)な夢(ゆめ)を、なぜ見(み)ることができないのか。おもしろい、愉快(ゆかい)な夢(ゆめ)は、みんなほかの人(ひと)が見(み)つくしてしまったというわけでもあるまいが。」と、彼(かれ)は思(おも)いました。
 この世(よ)の中(なか)におもしろい、楽(たの)しい夢(ゆめ)がなくなってしまった時分(じぶん)には、どこからか船(ふね)に乗(の)せていろいろな夢(ゆめ)をもってきて、港(みなと)に着(つ)いてから、人(ひと)の知(し)らぬ間(ま)にまき散(ち)らすのだと、いつかこの町(まち)に入(はい)ってきた巫女(みこ)がいったということでした。
 どんな船(ふね)が、どんなような色(いろ)の帆(ほ)を掛(か)けて夢(ゆめ)を運(はこ)んでくるか、まだだれも見(み)たものはなかったのです。
 ある夜(よ)、若者(わかもの)は、第(だい)三の夢(ゆめ)を見(み)ました。
 暗(くら)い晩(ばん)に、雪(ゆき)の凍(こお)った、細道(ほそみち)を歩(ある)いてゆくと、あちらから笛(ふえ)を吹(ふ)いて、とぼとぼと歩(ある)いてくる年(とし)とった盲目(めくら)の女按摩(おんなあんま)に出(で)あいました。
「おまえさんはこの年(とし)になって、どうしてこんな寒(さむ)い晩(ばん)に働(はたら)かなければならないのか。」と聞(き)きますと、
「私(わたし)は不幸(ふこう)な女(おんな)です。最初(さいしょ)夫(おっと)をもって、かわいらしい男(おとこ)の子(こ)が生(う)まれると、夫(おっと)は、その子供(こども)を連(つ)れて家(いえ)を出(で)てしまったっきり帰(かえ)ってきませんでした。しかたなく、それから三年(ねん)ばかりたってから、私(わたし)は二番(ばん)めの夫(おっと)をもちました。そして、一人(ひとり)の男(おとこ)の子(こ)と、一人(ひとり)の女(おんな)の子(こ)を生(う)みました。しかし、私(わたし)たちの幸福(こうふく)は、長(なが)くはつづきませんでした。夫(おっと)は病気(びょうき)をして死(し)んでしまいました。まもなく私(わたし)は目(め)を患(わずら)って、両方(りょうほう)の目(め)とも見(み)えなくなってしまいました。私(わたし)は、二人(ふたり)の子供(こども)を親類(しんるい)にあずけました。その親類(しんるい)は、しんせつではありませんでした。二人(ふたり)の子供(こども)をどこかへやってしまいました。それからというもの、私(わたし)は、所(ところ)を定(さだ)めず、さまよっているのであります……。」
 目(め)がさめると、それもやはり夢(ゆめ)であったが、どういうものか、その年(とし)とった盲目(めくら)の女(おんな)のようすが、なんとなくみじめで、目(め)から取(と)れませんでした。
 若者(わかもの)は、このごろつづけて見(み)た夢(ゆめ)が、深(ふか)く、彼(かれ)の心(こころ)をとらえて、仕事(しごと)も思(おも)うように手(て)につかなく、海辺(うみべ)へ出(で)ては、沖(おき)をながめながらぼんやりと暮(く)らしていました。
 彼(かれ)は、父親(ちちおや)のいったことを思(おも)い出(だ)したのです。
「私(わたし)は、まだほんとうに哀(あわ)れな人(ひと)というのを見(み)なかったが、もし、この後(のち)、おまえが、哀(あわ)れな人(ひと)を見(み)たときは、その人(ひと)を救(すく)ってやらなければならない。これが、私(わたし)のただ一つおまえにいい残(のこ)しておく、大事(だいじ)なことだ。おまえは、それを守(まも)らなければならない。」
 父親(ちちおや)は、子供(こども)に向(む)かってこういいました。若者(わかもの)は、遠(とお)く沖(おき)の方(ほう)を赤(あか)く色(いろ)づけて、日(ひ)の暮(くれ)れかかる海(うみ)の上(うえ)を見(み)ながら、父親(ちちおや)のいったことを思(おも)い出(だ)していたのであります。
「俺(おれ)の夢(ゆめ)は、ほんとうのことなのか? それなら、俺(おれ)は、あの哀(あわ)れな少年(しょうねん)と、娘(むすめ)と、あの哀(あわ)れな子供(こども)を失(うしな)った母親(ははおや)とを助(たす)けてやらなければならない。」
 ある日(ひ)、沖(おき)に不思議(ふしぎ)な、見(み)なれない船(ふね)が泊(と)まっていました。若者(わかもの)は、すぐにその船(ふね)を見(み)つけて、
「どこからきたのだろう。あの船(ふね)はなにかおもしろい夢(ゆめ)を乗(の)せてやってきた、魔(ま)の船(ふね)ではないかしらん。」と思(おも)いました。
 すると、昼(ひる)ごろ、年(とし)とった白髪(しらが)の脊(せ)の低(ひく)い船長(せんちょう)が陸(おか)に上(あ)がってきて、このあたりをぶらぶらと散歩(さんぽ)していました。
 若者(わかもの)は、船長(せんちょう)がそばを通(とお)りかかったときに、呼(よ)び止(と)めました。
「あの船(ふね)はどこからきました? いろいろな夢(ゆめ)を乗(の)せてくるといううわさの船(ふね)ではありませんか。」と、若者(わかもの)はたずねました。すると、船長(せんちょう)は、大(おお)きな口(くち)を開(あ)けて笑(わら)いました。
「お伽噺(とぎばなし)に、そんな話(はなし)があるが、あの船(ふね)は、そんなものじゃない。毎年(まいねん)のように、この港(みなと)へ昔(むかし)からやってくる船(ふね)なのじゃ。」
「昔(むかし)から?」
 若者(わかもの)は、びっくりして、年(とし)とった船長(せんちょう)をながめました。
「おまえさんは、だれなのじゃ。」
 船長(せんちょう)は、こう若者(わかもの)にたずねました。
 若者(わかもの)は、自分(じぶん)の父親(ちちおや)が、海嘯(つなみ)で滅(ほろ)びてしまったこの町(まち)を、ふたたび新(あたら)しく建(た)てた人(ひと)であることを語(かた)りました。船長(せんちょう)は、うなずきました。
「なかなかりっぱな町(まち)になった。私(わたし)は、昔(むかし)の町(まち)もよく知(し)っている。私(わたし)は、昔(むかし)から、この町(まち)に塩(しお)を積(つ)んでくるのだ。」と、船長(せんちょう)はいいました。
「塩(しお)をですか?」
「そうじゃ、この町(まち)では、塩(しお)ができないのだ。」と、船長(せんちょう)は答(こた)えました。
 船長(せんちょう)は、しばらく若者(わかもの)の顔(かお)を見(み)ていましたが、
「おまえさんは、夢(ゆめ)でも見(み)なかったかな。」といいました。
 若者(わかもの)は、このごろになって、不思議(ふしぎ)な夢(ゆめ)をつづけて見(み)たことを話(はな)しました。すると船長(せんちょう)は、
「それはみんなほんとうのことなのだ。おまえさんと、おまえさんのお父(とう)さんの昔(むかし)のことを知(し)っているものは、私(わたし)ばかりじゃ。哀(あわ)れな小僧(こぞう)や、娘(むすめ)や、母親(ははおや)がいるのは、そんなに遠方(えんぽう)の町(まち)ではあるまいから、おまえさんはその小僧(こぞう)と娘(むすめ)と盲目(めくら)の按摩(あんま)を探(さが)しなさるがいい。人間(にんげん)というものは、意外(いがい)なところに、不思議(ふしぎ)な因縁(いんねん)がつながっているものだ。私(わたし)は、また来年(らいねん)か、来々年(さらいねん)、もう一度(ど)この港(みなと)に塩(しお)を積(つ)んではいってこよう。そのときには、不幸(ふこう)な人(ひと)たちが、しあわせになって、みんなが喜(よろこ)んでいる姿(すがた)を見(み)たいものじゃ。」と、船長(せんちょう)はいいました。
 若者(わかもの)は、船長(せんちょう)の話(はなし)によって、深(ふか)く感動(かんどう)しました。そして、自分(じぶん)には、不幸(ふこう)な母(はは)と、腹(はら)ちがいの弟(おとうと)と妹(いもうと)があることを知(し)りました。
 まったく、あてのない望(のぞ)みを抱(いだ)いて、彼(かれ)は、その父(ちち)の造(つく)った美(うつく)しい町(まち)を去(さ)って、終(お)わりない旅(たび)へと出(で)たのであります。
 太陽(たいよう)は、あいかわらず、にこやかに、彼(かれ)の歩(ある)いてゆく道(みち)を照(て)らしていました。
「昔(むかし)、おまえの父(ちち)は、赤(あか)ん坊(ぼう)のおまえをおぶって、このように、あてもなく歩(ある)いたものだ。おまえも希望(きぼう)を捨(す)てずに歩(ある)くがいい。」
 太陽(たいよう)は、こういいました。
 夜(よ)になると、若者(わかもの)は、大空(おおぞら)の月(つき)の光(ひかり)を仰(あお)ぎました。月(つき)は、また語(かた)ったのです。
「町(まち)よりも、宝石(ほうせき)よりも、どんな富(とみ)よりも、人間(にんげん)の愛(あい)というものは貴(とうと)いものだ。私(わたし)は、それらの不幸(ふこう)な人(ひと)たちを毎夜(まいよ)のように照(て)らしている。おまえは、いつまでも美(うつく)しい、貴(とうと)い真心(まごころ)を捨(す)ててはならない。」
 若者(わかもの)の旅(たび)は、それから、夜(よる)となく、昼(ひる)となくつづきました。
了

底本:「定本小川未明童話全集 3」講談社
   1977(昭和52)年1月10日第1刷
   1981(昭和56)年1月6日第7刷
初出:「童話」
   1923(大正12)年5月
※表題は底本では、「塩(しお)を載(の)せた船(ふね)」となっています。
入力:ぷろぼの青空工作員チーム入力班
校正:江村秀之
2014年1月28日作成
青空文庫作成ファイル:
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