目次
 宴會(えんくわい)と云(い)ふが、優(やさ)しい心(こゝろ)ざしの人(ひと)たちが、なき母親(はゝおや)の追善(つゐぜん)を營(いとな)んだ、其(そ)の席(せき)に列(つら)なつて、式(しき)も盞(さかづき)も濟(す)んだ、夏(なつ)の夜(よ)の十時(じ)過(す)ぎを、袖崎(そでさき)と言(い)ふ、………今年(ことし)東京(とうきやう)の何某大學(なにがしだいがく)の國文科(こくぶんくわ)を卒業(そつげふ)して、故郷(こきやう)へ歸省中(きせいちう)の青年(せいねん)が山(やま)の麓(ふもと)を川(かは)に添(そ)つて、下流(かりう)の方(はう)へ車(くるま)を走(はし)らして歸(かへ)つて來(き)た。やがて町(まち)に近(ちか)い、鈴(すゞ)の緒(を)と云(い)ふ橋(はし)が、河原(かはら)の晃々(きら/\)と白(しろ)い、水(みづ)の蒼(あを)い、對岸(むかうぎし)の暗(くら)い、川幅(かははゞ)を横(よこ)に切(き)つて、艷々(つや/\)と一條(ひとすぢ)架(かゝ)る。袂(たもと)に黒(くろ)く、こんもりと濃(こ)い緑(みどり)を包(つゝ)んで、遙(はる)かに星(ほし)のやうな遠灯(とほあかり)を、ちら/\と葉裏(はうら)に透(すか)す、一本(ひともと)の榎(えのき)の姿(すがた)を、前(まへ)に斜(なゝめ)に見(み)た處(ところ)で、
「車夫(わかいしゆ)、」
 と上(うへ)から聲(こゑ)を懸(か)けた。
「待(ま)つとくれ。」
「へい、」
「其處(そこ)へ。一寸(ちよいと)、右(みぎ)へ入(はひ)つて貰(もら)ひたいな。」
 ト車(くるま)は、急(きふ)に石※(「石+鬼」、第4水準2-82-48)路(いしころみち)に、がた/\と音(おと)を立(た)てて山(やま)の裾(すそ)へ曳込(ひきこ)んだが、ものの半町(はんちやう)もなしに、直(す)ぐ上(あが)り口(ぐち)の、草深(くさぶか)い嶮(けはし)い坂(さか)に成(な)るのであるから、默(だま)つて居(ゐ)ても其處(そこ)で留(と)まつた。
「旦那(だんな)、何(ど)うなさります。」
「下(おろ)せ。」
 と云(い)ふ時(とき)、袖崎(そでさき)に續(つゞ)いて、背後(うしろ)から並(なら)んで來(き)た五六臺(だい)の車(くるま)が、がら/\と川縁(かはべり)を、町(まち)へ差(さ)して通過(とほりす)ぎる。看板(かんばん)の薄黄色(うすきいろ)い灯(ひ)が、幕(まく)を開(あ)けた舞臺(ぶたい)を走(はし)る趣(おもむき)に見(み)えた。
 尤(もつと)も彼(かれ)の前(まへ)にも車(くるま)が續(つゞ)いた。爾時(そのとき)、橋(はし)の上(うへ)をひら/\肩裾(かたすそ)の薄(うす)く濃(こ)く、月下(げつか)に入亂(いりみだ)れて對岸(たいがん)へ渡(わた)つた四五人(にん)の影(かげ)も見(み)えた。其等(それら)は徒歩(かち)で、些(ち)と早(はや)めに宴會(えんくわい)を辭(じ)した連中(れんぢう)。初夜(しよや)過(す)ぎの今頃(いまごろ)を如何(いか)に夏(なつ)の川縁(かはべり)でも人通(ひとどほ)りは絶(た)えてない。人(ひと)も車(くるま)も、いづれ列席(れつせき)したものばかりで、……其(そ)の前後(あとさき)の車(くるま)の中(なか)から、彼(かれ)は引外(ひきはづ)して、此處(こゝ)に入(はひ)つて來(き)たのである。
 氣(き)の可(い)い中親仁(ちうおやぢ)だつた。車夫(くるまや)は、楫棒(かぢぼう)を上(あ)げたまゝ捻向(ねぢむ)いて、
「草場(くさつぱ)の夜露(よつゆ)が酷(ひど)うございますで、旦那(だんな)、お袴(はかま)の裾(すそ)が濡(ぬ)れませう。乘(の)つていらつしやいまし。ええ、何(な)んでござります、最(も)う彼是(かれこれ)然(さ)うして待(ま)ちますほどの事(こと)もござりますまい。お連(つれ)の方(かた)は皆(みんな)通過(とほりす)ぎて了(しま)つたやうでござりますで、大概(たいがい)大丈夫(だいぢやうぶ)でござりませう。徐々(そろ/\)曳出(ひきだ)して見(み)ませうで。いや、何(ど)うも其(そ)の、あれでござりますよ。つい此(こ)のお酒(さけ)と言(い)ひますものが、得(え)て其(そ)の素直(すなほ)に内(うち)へお歸(かへ)りになり憎(にく)いものでござりまして、二次會(にじくわい)とか何(なん)とか申(まを)しますんで、えへゝ、」
 と人(ひと)の好(い)い笑(わら)ひ聲(ごゑ)。
「あゝ、若(わか)い衆(しう)何(なに)かい、連(つれ)のものが、何處(どこ)か二次會(にじくわい)へ引張出(ひつぱりだ)さうとして、私(わたし)を中(なか)へ引挾(ひつぱさ)んだ、……其(そ)れを外(はづ)したのだと思(おも)つたのかい。」
「へい、それ引込(ひきこ)め、と仰有(おつしや)りますから、精々(せい/″\)目着(めつか)りませんやうに、突然(いきなり)蝋燭(らふそく)を消(け)して來(き)たでござります。山(やま)の蔭(かげ)に成(な)りますで、車(くるま)一臺(だい)は月夜(つきよ)でも、一寸(ちよいと)目(め)には着(つ)きますまいと思(おも)ひまして、へい。」と云(い)つて、些(ち)と間拍子(まびやうし)の拔(ぬ)けた、看板(かんばん)をぶらり笠(かさ)の下(した)へ釣(つ)つて見(み)せた。が、地方(ゐなか)の事(こと)とて、番號(ばんがう)もなく茫(ばつ)と白(しろ)い。
「御深切(ごしんせつ)、御深切(ごしんせつ)、」
 と笑(わら)つて、
「然(さ)うぢやないのだ。まあ下(お)りよう。」
「へい、お待(ま)ちなさいまし、石※(「石+鬼」、第4水準2-82-48)(いしころ)で齒(は)が軋(きし)みますで。」と蹲(つくば)つて、ぐい、と楫(かぢ)を壓(おさ)へる。
 其處(そこ)へ下(お)りた。
「しかし、然(さ)う思(おも)つたのは道理(もつとも)だよ、同伴(つれ)が同伴(つれ)だからね。」
「えゝ、大分(だいぶ)、お綺麗(きれい)な處(ところ)がお揃(そろ)ひでござりました、皆(みな)新地(しんち)の御連中(ごれんぢう)。」
「處(ところ)が、今日(けふ)の會(くわい)は眞面目(まじめ)なんだよ。婦人(をんな)たちはお酌(しやく)に來(き)たのでもなければ、取卷(とりま)きでもない、實(じつ)は施主(せしゆ)なんだ。」
「施主(せしゆ)、へい、施主(せしゆ)と申(まを)しますと……」と何(なに)かまぶしさうな目(め)を細(ほそ)うして、薄(うす)い眉毛(まゆげ)を俯向(うつむ)けた、窶(やつれ)た親父(おやぢ)が手拭(てぬぐひ)で額(ひたひ)を拭(ふ)く。
「志(こゝろざ)す佛(ほとけ)の追善(つゐぜん)をしたのさ。藝者(げいしや)たちが感心(かんしん)ぢやないか。」
「お珍(めづ)らしい、奇特(きとく)な事(こと)でござります。いづれ旦那筋(だんなすぢ)のでござりませう。」
「一寸(ちよつと)聞(き)くと誰(だれ)でも然(さ)う思(おも)ふだらう、處(ところ)が違(ちが)ふんだ、客筋(きやくすぢ)のぢやない。皆(みんな)の師匠(ししやう)の追善(つゐぜん)なんだ。」
「お師匠(ししやう)さんと申(まを)しますと?」
 爲(ため)に蝋燭(らふそく)まで消(け)した車夫(くるまや)は、つい通(とほ)りの乘客(きやく)ではない、馴染(なじみ)の氣(き)らしく、親(した)しげに問懸(とひか)ける。
「若(わか)い衆(しう)、知(し)つてるだらう、此(こ)の川下(かはしも)の稻荷河原(いなりがはら)と云(い)ふ、新地(しんち)の裏(うら)に成(な)る。彼處(あすこ)に、――遊廓(いうくわく)の女(をんな)が、遊藝(いうげい)から讀書(よみかき)、茶(ちや)、花(はな)なんぞの授業(じゆげふ)を受(う)ける女紅場(ぢよこうば)と云(い)ふのがあるのを、」
「ござります、へい、成程(なるほど)。」と早(は)や半(なか)ば合點(がてん)した風(ふう)をした。
「其處(そこ)のお師匠(ししやう)さんの十三囘忌(くわいき)を營(いとな)んだのだよ。」
「十三囘忌(くわいき)、はあ、大分(だいぶ)久(ひさ)しいあとの佛樣(ほとけさま)を、あの徒(てあひ)には猶更(なほさら)奇特(きとく)な事(こと)でござります。」と手拭(てぬぐひ)を掴(つか)んだ手(て)を、胸(むね)に置(お)いて傾(かたむ)いて、
「旦那(だんな)、くどい事(こと)をお尋(たづ)ね申(まを)しますやうでござりますが、あの其(そ)の十三囘忌(くわいき)の今日(けふ)の佛樣(ほとけさま)は、旦那衆(だんなしう)でござりますか、それとも御婦人(ごふじん)で、」
「女(をんな)だ。何(ど)うしたい、」と言(い)ひながら、袖崎(そでさき)は尾上(をのへ)の松(まつ)を仰(あふ)いだ。山懷(やまふところ)に絽(ろ)が暗(くら)く、髮(かみ)黒(くろ)く、月影(つきかげ)に其(そ)の色(いろ)が白(しろ)い。
 笠(かさ)の下(した)から、これを透(す)かして、車夫(くるまや)は其笠(そのかさ)を取(と)りながら、思案顏(しあんがほ)の額(ひたひ)を伏(ふ)せた。
「もし、それぢや、其(そ)のお方(かた)は、袖崎(そでさき)さんの御新姐(ごしんぞ)ぢやござりませんか。」
「え、知(し)つてるかい、若(わか)い衆(しう)。」と振返(ふりかへ)つて熟(じつ)と視(み)た。
「面目(めんぼく)もござりません。」と手拭(てぬぐひ)を笠(かさ)に落(おと)して、裏返(うらがへ)しに膝(ひざ)へ下(さ)げた、腰(こし)を屈(かゞ)めて、
「十三囘忌(くわいき)の其(そ)の佛樣(ほとけさま)は、貴方(あなた)の御母樣(おつかさま)でいらつしやいませう。坊(ぼつ)ちやん、前(ぜん)に御厄介(ごやくかい)になりました友造(ともざう)でござります、最(も)う、お覺(おぼ)えはござりますまい。」
 と滅入(めい)つた聲(こゑ)して、目(め)のしよぼ/\した寂(さび)しい眉(まゆ)を擡(あ)げて言(い)つた。
「まあ、何(ど)うした?」
 と手(て)にした扇子(あふぎ)を、その、袴(はかま)へ。
「僕(ぼく)は些(ちつ)とも氣(き)がつかなかつた。」
「此(こ)の體(てい)でござります。へい、御見忘(おみわす)れは御道理(ごもつとも)で。いや、最(も)うからつきし、意氣地(いくぢ)もだらしもござりません。貴下(あなた)は御成人遊(ごせいじんあそ)ばしましたな。何(ど)うも御樣子(ごやうす)が肖(に)ておいでなさいます、と今(いま)申(まを)せば申(まを)しますやうなものの、餘(あんま)りおほきくお成(な)りなさいましたで、まるで以(もつ)て、思掛(おもひが)けずでござりました。失禮(しつれい)ながら、お幾(いく)つに。」
「友(とも)さん、後厄(あとやく)だよ。」
「へゝゝ、誰(だれ)にお聞(き)き遊(あそ)ばしたやら、大分(だいぶ)高慢(かうまん)な口(くち)をお利(き)きに成(なり)ます、お廿六で、」
「あゝ、」
「しみ/″\存(ぞん)じて居(を)りますのは、まだ七歳(なゝつ)八歳(やつ)、御親父樣(ごしんぷさま)も、御存命(ごぞんめい)の時分(じぶん)でござりますから、彼是(かれこれ)雜(ざつ)と二十年(ねん)。其(そ)れがお亡(な)くなりなすつて、母樣(おつかさま)が、女紅場(ぢよこうば)へいらつしやつて、踊(をどり)やなにか、遊藝(いうげい)の師匠(ししやう)を遊(あそ)ばして、手一(てひと)つで、貴下(あなた)をお育(そだ)てなさります時分(じぶん)は、蔭(かげ)ながらお顏(かほ)を見(み)ましたくらゐなもの。大(いか)い御恩(ごおん)を蒙(かうむ)りましたに、いざお家(いへ)が、と言(い)ふ頃(ころ)には、碌(ろく)に暑寒見舞(しよかんみまひ)にも御伺(おうかゞ)ひいたしません。手前(てまへ)が其(そ)の不都合(ふつがふ)な料簡方(れうけんがた)と、お家(いへ)の罰(ばち)で、此(こ)の體裁(ていさい)でございます、へい。
 こんな薄汚(うすぎたな)い、車夫風情(しやふふぜい)をつかまへて、かつたい坊(ばう)ともお呼(よ)びなさらず、
(友(とも)さん。)と今(いま)おつしやつて下(くだ)さいました、其(そ)の御聲(おこゑ)が、御新姐樣(ごしんぞさま)そつくりで、――友造(ともざう)は胸(むね)が充滿(いつぱい)に成(な)りました。」
 袖崎(そでさき)は再(ふたゝ)び峰(みね)を仰(あふ)いだ。言(い)はれて見(み)れば我(われ)ながら、=友(とも)さん=と呼(よ)んだ自分(じぶん)の聲(こゑ)が、谷(たに)深(ふか)く谺(こだま)に響(ひゞ)いたやうにも思(おも)ふ。母親(はゝおや)の其(そ)の墳墓(おくつき)は、此(こ)の山(やま)の唯(と)ある丘(をか)の、此(こ)の月(つき)の淺茅生(あさぢふ)に、影(かげ)薄(うす)く露(つゆ)濃(こまや)かに寂(じやく)とある。
 友造(ともざう)は鼻(はな)をすゝつて、
「えゝ、人間(にんげん)恁(か)うまでに成(な)りませずば、表向(おもてむ)き貴下(あなた)のお供(とも)をいたしまして、今夜(こんや)なんぞ、たとひ對手(あひて)は藝者(げいしや)でも、御新姐樣(ごしんぞさま)には齋檀那(ときだんな)、施主方(せしゆがた)の下足番(げそくばん)でもしませうものを、早(は)や全(まつた)く腑甲斐(ふがひ)ない、殘念(ざんねん)な事(こと)でござります。」と曲(ま)げた腰(こし)も立(た)ちあへず、石(いし)を噛(か)む齒(は)の根(ね)に蹲(うづく)まつた。草(くさ)も荒(あ)れ、地(ち)も破(わ)れて、樹蔭(こかげ)を洩(も)る月(つき)斷々(きれ/″\)に、骨(ほね)を碎(くだ)いて散(ち)らしたれば、片輪車(かたわぐるま)の影(かげ)を倒(たふ)して、輪※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(りんね)を凄(すご)く描(ゑが)ける其(そ)の状(さま)。

 此(こ)の可哀(あはれ)な車夫(しやふ)に向(むか)つて、大川(おほかは)の流(ながれ)の音(おと)の身(み)に沁(し)むやうに、姿(すがた)を引締(ひきし)めて彳(たゝず)んだ袖崎(そでさき)の帽子(ばうし)には、殊更(ことさら)に月(つき)が宿(やど)るが如(ごと)く見(み)えた。
「何(なに)も稼業(かげふ)なら可(い)いではないか、天秤棒(てんびんぼう)を擔(かつ)いだつて楫棒(かぢぼう)を握(にぎ)つたつて、誰(だれ)に、何(なに)が極(きま)りが惡(わる)いね。
 しかし仕事(しごと)は何(ど)うしたんだね、友(とも)さんは手(て)に好(い)い職(しよく)があるのぢやないか。」と訝(いぶか)しさうに然(さ)う言(い)つた。友造(ともざう)が袖崎(そでさき)の家(うち)に恩(おん)があると言(い)つたのも他(ほか)ではない、此(こ)の縣(けん)に聞(きこ)えた蒔繪師(まきゑし)だつた、彼(かれ)の父(ちゝ)に師(し)とし事(つか)へて、友造(ともざう)は一廉(ひとかど)腕(うで)の出來(でき)た職人(しよくにん)であつたので。固(もと)より以前(いぜん)から、友造(ともざう)の家(いへ)は、土地(とち)でも、場末(ばすゑ)の、町(まち)はづれの、舊(もと)の足輕町(あしがるまち)の破(やぶ)れ長屋(ながや)に、家族(かぞく)が大勢(おほぜい)で、かびた、濕(しめ)つた、じと/\した貧(まづ)しい暮(くら)しで居(ゐ)たのであるから、自分(じぶん)に店(みせ)を張(は)つて註文(ちうもん)を取(と)るほどの資力(しりよく)はないまでも、同業(どうげふ)の許(もと)に雇(やと)はれて、給金(きふきん)を取(と)らうなら、恁(か)うした力業(ちからわざ)をするには當(あた)らぬ。又(また)其(そ)の方(はう)が收入(みいり)も多(おほ)い筈(はず)ではないか。
「えゝ、其(そ)れが矢張(やはり)、手前(てまへ)心(こゝろ)から仕方(しかた)がないのでござりまして、以前(いぜん)、お家(うち)に居(を)りました時分(じぶん)から、何(ど)うも此(こ)の目(め)が惡(わる)いので、」
 と掌(てのひら)で上(うへ)へ擦(こす)つて、
「此(これ)に就(つ)けては御親父樣(ごしんぷさま)、御新造樣(ごしんぞさま)も大概(たいがい)御心配下(ごしんぱいくだ)すつた事(こと)ではござりません。友造(ともざう)や、身體(からだ)を謹(つゝし)め、友(とも)さん、酒(さけ)をお飮(の)みでないよ、と親身(しんみ)に仰有(おつしや)つて下(くだ)さります。……貴下(あなた)の前(まへ)でござりますが、我(われ)ながら愛想(あいそ)の盡(つ)きた不身持(ふみもち)でござりまして、毎々(まい/\)男(をとこ)の面目玉(めんぼくだま)が溝漬(どぶづけ)の茄子(なす)に成(な)らうとする處(ところ)を、幾度(いくたび)お救(すくひ)を頂(いたゞ)いたか分(わか)りません。其(そ)れにも懲(こ)りず、一時(あるとき)なんぞは、頓(とん)と遊蕩(のら)の金子(かね)に困(こま)ります處(ところ)から、最(も)う目(め)が見(み)えぬ、へゝゝゝ、」と情(なさけ)ない聲(こゑ)を出(だ)して、
「言(い)はうやうもござりません。もう、最(も)う目(め)が見(み)えぬ、一生(いつしやう)の大難(たいなん)でござりますと、御新姐樣(ごしんぞさま)をお拜(をが)み申(まを)して、此(こ)の二十里(り)先(さき)の大巖(おほいは)の不動樣(ふどうさま)と申(まを)すのへ、お籠(こも)りの願掛(ぐわんが)けに參(まゐ)りたい、と泣(な)いて見(み)せて、最(も)う其(そ)れまでにも毎々(まい/\)の、迚(とて)も御利生(ごりしやう)のない處(ところ)を、御新姐樣(ごしんぞさま)のお執成(とりなし)で、些(ちつ)と纏(まと)まつた草鞋錢(わらぢせん)を頂戴(ちやうだい)する、と其(そ)の足(あし)で新地入(しんちばひ)りでござります。何處(どこ)へ罰(ばち)が當(あた)りませう。達者(たつしや)な目(め)でも盲目(めくら)に成(な)らずには濟(す)まぬ筈(はず)を、其(そ)の上(うへ)にもお詫(わび)を叶(かな)へて下(くだ)さいました。御兩親(ごりやうしん)の御利益(ごりやく)で、まだ、まあ恁(か)うやつて大(おほ)まかな處(ところ)は、雲(くも)と霞(かすみ)と、見分(みわ)けの着(つ)きまするのが、目(め)つけものでござります。
 へい、陰徳(いんとく)は何(な)んとやら、と御酒(ごしゆ)の上(うへ)では、能(よ)く御親父樣(ごしんぷさま)がお話(はな)しになりましたが、世(よ)の中(なか)の事(こと)と申(まを)しますものは、書物(しよもつ)の通(とほ)りには參(まゐ)りませんで。……お慈悲深(じひぶか)いお方(かた)だけに、お貯蓄(たくはへ)と言(い)つてはござりませんで、……お亡(なく)なりなさりますと、直(す)ぐに御新姐樣(ごしんぞさま)が、貴下(あなた)と、お年寄(としより)を抱(かゝ)へて、お一人(ひとり)で御辛勞(ごしんらう)をなさりました。
 女紅場(ぢよこうば)で、お師匠(ししやう)さんをなさります、其(そ)のお心(こゝろ)の中(うち)を存(ぞん)じながら、勿體(もつたい)ない、引張(ひつぱ)りの地獄宿(ぢごくやど)で、鮹(たこ)の脚(あし)を噛(かじ)りながら、袖崎(そでさき)の御新姐(ごしんぞ)が直傳(ぢきでん)だ、と紀伊國(きいのくに)は音無瀬川(おとなせがは)の狐(きつね)が憑(つ)いた人畜(にんちく)が、沙汰(さた)の限(かぎ)りでござります。
 えゝ、坊(ぼつ)ちやん、こんな世迷言(よまひごと)を申(まを)しまして、今更(いまさら)貴下(あなた)に、お詫(わび)を願(ねが)つて、又(また)お目(め)に懸(かゝ)りたいの何(ど)うのと申(まを)します、然(さ)うした料簡(れうけん)ではござりませんが、これでも貴下(あなた)の母樣(おつかさま)の何囘忌(なんくわいき)ぐらゐは心(こゝろ)に覺(おぼ)えて居(を)ります處(ところ)へ、餘(あま)り思懸(おもひが)けないお方(かた)にお目通(めどほり)をいたしましたで、つい、其處(そこ)に、御新姐樣(ごしんぞさま)が目(め)の前(まへ)へお立(た)ち遊(あそ)ばしたやうに見(み)えましたものでござりますから、豫(かね)て胸充滿(むねいつぱい)の申譯(まをしわけ)をうか/\喋舌(しやべ)つたでござります。」
 と言(ことば)が途絶(とだ)えた、咳(しはぶき)をして、
「ヤ、而(そ)して、お宿(やど)は何方(どちら)においでなさります。」
「あゝ、明日(あす)でも話(はな)しに來(こ)ないか、私(わたし)はね、針屋(はりや)に居(ゐ)るよ、知(し)つてるだらう、祖母(おばあ)さんの實家(じつか)で、再從兄妹(またいとこ)の内(うち)さ。」
「道理(だうり)こそ、私(てまへ)を雇(やと)つてくれました若(わか)い衆(しう)が、小蓑小路(こみのこうぢ)まで、と申(まを)しました。いえ、彼處(あすこ)に供待(ともま)ちをしました、あの徒(てあひ)は皆(みんな)遊廓(くるわ)のでござりますで、看板(かんばん)がどれも新地組合(しんちくみあひ)、印(しるし)が麗々(れい/\)と書(か)いてござります。※(ねえ)[#「女+(「第−竹」の「コ」に代えて「丿」)、「姉」の正字」、U+59CA、11-9]さんたちが心着(こゝろづ)けたでござりませう。貴下(あなた)をお送(おく)り申(まを)しますのに、町中(まちぢう)を新地組合(しんちくみあひ)の看板(かんばん)では、御外聞(おぐわいぶん)に係(かゝ)はらうと云(い)ふ、……其處(そこ)で此(こ)の橋向(はしむか)うを、あぶれてぶらついて居(を)ります、私(てまへ)が、お見出(みだ)しに預(あづか)りましたものと見(み)えます、へい、へい。」と叩頭馴(おじぎな)れて、生(うま)れついて車夫(くるまや)らしいのも、目(め)の薄(うす)いのが物寂(ものさび)しい。
「はあ、御串戲(ごじようだん)をなさりますな、貴下(あなた)からお酒錢(さかて)なんぞ、何(ど)うして最(も)う餘分(よぶん)な御祝儀(ごしうぎ)を姐(ねえ)さんたちに頂(いたゞ)いて居(を)ります。格別(かくべつ)氣(き)をつけてお供申(ともまを)せと言(い)ふ事(こと)で。へい、是(これ)も全(まつた)くもちまして今日(けふ)の御新姐樣(ごしんぞさま)がお惠(めぐ)みでござります。なか/\、まだこれでも坊(ぼつ)ちやんさへ御承知下(ごしようちくだ)されば、車(くるま)を此處(こゝ)へ打棄(うつちや)つて、猿抱負(さるおんぶ)に負(おぶ)ひ申(まを)して、友造(ともざう)が褌(ふんどし)の紐(ひも)へ通(とほ)した天保錢(てんぱうせん)で、風車(かざぐるま)を買(か)つてお持(も)たせ申(まを)したうござります。ヤ、然(さ)う言(い)へば、今夜(こんや)は遊廓前(くるわまへ)の毘沙門樣(びしやもんさま)のお裏祭禮(うらまつり)。あれ、お聞(き)きなさりまし、どんどろ/\と、刻(きざ)んだ太鼓(たいこ)が聞(きこ)えます。」
 と眩(まぶ)しさうに仰向(あをむ)いた。月(つき)は時(とき)に川浪(かはなみ)の上(うへ)に打傾(うちかたむ)き、左右(さいう)に薄雲(うすぐも)の手(て)を伸(の)べては、思(おも)ふまゝに光(ひかり)を投(な)げ、水(みづ)を碎(くだ)いて、十日(とをか)の影(かげ)が澄渡(すみわた)る。……空(そら)を劃(くぎ)つた峰(みね)の姿(すがた)は、此(こ)の山懷(やまふところ)へ暗(くら)く成(な)つて、崕(がけ)の樹立(こだち)の黒(くろ)い中(なか)に、折(をり)から晃々(きら/\)と星(ほし)が輝(かゞや)く。
 友造(ともざう)の影(かげ)は石※(「石+鬼」、第4水準2-82-48)(いしころ)の上(うへ)に搖(ゆら)いで、
「あゝ、最(も)う大分(だいぶ)遲(おそ)うござります。さあ、お召(め)しなさりまし。御存(ごぞん)じの、あの目(め)の赤(あか)い大蜈蚣(おほむかで)の紆(うね)つた、下(さが)り藤(ふぢ)の揃(そろ)ひの軒提灯(のきぢやうちん)を御覽(ごらう)じながら、徐々(そろ/\)お歸(かへ)りなさいませんか。」と話(はなし)に紛(まぎ)れて、友造(ともざう)は、こゝに自分(じぶん)たちが不意(ふい)にめぐり逢(あは)うとして、其(そ)れがために同伴(つれ)の中(なか)から車(くるま)をはづして引込(ひきこ)んだものと思(おも)つて了(しま)つたらしい。
 此方(こなた)も、又(また)墓(はか)から草鞋穿(わらぢばき)で出(で)て來(き)たやうな古(ふる)い男(をとこ)に逢(あ)つたので、忘(わす)れるともなく紛(まぎ)れたが、祭禮(まつり)の太鼓(たいこ)と云(い)ふにつけて、夢見(ゆめみ)る耳(みゝ)に、一撥(ひとばち)、どろ/\と入(はひ)つたやうに、目(め)覺(さ)むるばかり思出(おもひだ)した。
 こゝに待合(まちあ)はす婦(をんな)がある。
 立直(たちなほ)つて、
「友(とも)さん、最(も)う可(い)い、歸(かへ)つておくれ。何(な)んだか、此(こ)の上(うへ)の山(やま)見(み)たやうに話(はなし)があるが、立(た)つて居(ゐ)ては、落着(おちつ)かない。何處(どこ)かへ一所(いつしよ)にと思(おも)ふが、其(そ)れも遲(おそ)し、明日(あす)でも又(また)逢(あ)はうよ、ね。
 お前(まへ)さんは稼人(かせぎにん)だ、忙(いそが)しからう、此處(こゝ)は最(も)う可(い)いよ。否(いゝえ)、遠慮(ゑんりよ)をするんぢやない。はじめから最(も)う此(こ)の坂(さか)で車(くるま)から下(お)りるつもりで入(はひ)つたんだ。友(とも)さんと知(し)れて、其(そ)れで乘(の)るのを止(よ)すんぢやないから。さあ、構(かま)はず、お出掛(でか)け。」
「へい。」と煮切(にえき)らない返事(へんじ)をして、少(すこ)し退(すさ)つて、猶豫(ためら)ひながら、
「而(そ)して、貴下(あなた)は、坊(ぼつ)ちやん。」
「こんなに、月(つき)は良(よ)し、」
 と悠然(いうぜん)として、草(くさ)を踏(ふ)んで左右(さいう)へ一歩(ひとあし)。
「追善(つゐぜん)のあつた今夜(こんや)だし、墓參(はかまゐ)りする路(みち)だらう。まあ此(こ)の清水(しみづ)で、」
 と言(い)ふ袴(はかま)の裾(すそ)を、サラ/\と石(いし)を潛(くゞ)つて、草(くさ)の下(した)行(ゆ)く細流(さいりう)あり。坂(さか)はたら/\と雫(しづく)を絞(しぼ)つて、崕(がけ)から路(みち)に滴(したゝ)るのである。
「……手(て)でも灌(すゝ)いで、此處(こゝ)からお參(まゐ)りをして歸(かへ)らうと思(おも)ふんだから、」
「さあ/\御緩(ごゆつく)り御拜(おをがみ)をなさりまし、お待(ま)ち申(まを)しますとも、私(てまへ)は。……貴下(あなた)、手(て)をお灌(すゝ)ぎなさるなんのと、可(い)い加減(かげん)な水惡戲(みづいたづら)をなさつて、袂(たもと)が引摺(ひきず)ると不可(いけ)ません。さあ、袖(そで)を持(も)ちませう。」と眞面目(まじめ)にぬつと兩手(りやうて)を出(だ)す。
 笑(わら)ひながら、片手(かたて)を袖口(そでぐち)に、ぐつと入(い)れて、
「友(とも)さん、幾(いく)つだ、と思(おも)つてる。」
「へゝゝゝ、然(さ)やうでござりましたな。
 ……えゝ、其(そ)れでも貴下(あなた)、石(いし)の下(した)に、多(いか)い事(こと)、澤蟹(さはがに)が、此處(こゝ)の水(みづ)には居(を)りますで、指(ゆび)を挾(はさ)まれると不可(いけ)ません。……お待(ま)ちなさりまし、晝間(ひるま)の辨當箱(べんたうばこ)が開(あ)いて居(を)ります、洗(あら)つて一番(ひとつ)、其(そ)れへ汲出(くみだ)して差上(さしあ)げませう。」
「まあ、お待(ま)ちよ、友(とも)さん、眞個(ほんと)に可(い)いんだよ。……決(けつ)して邪魔(じやま)にするんぢやない。一人(ひとり)の方(はう)が、何(な)んだか落着(おちつ)いて、寂然(しん)として、墓(はか)の松(まつ)に吹(ふ)く風(かぜ)も聞(きこ)えるだらうと思(おも)ふからだよ。」
「あゝ、如何樣(いかさま)、」
 と又(また)しんみりして、
「最惜(いとし)げな。早(はや)くから御兩親(ごりやうしん)にお別(わか)れなすつた貴下(あなた)でござります。格別(かくべつ)のお心持(こゝろもち)、お墓(はか)の松(まつ)の風(かぜ)の音(おと)が、峰(みね)からして此處(こゝ)までなあ……なまいだぶ、なまいだぶ、なまいだぶ、……」
 時(とき)に山彦(やまびこ)が口笛(くちぶえ)吹(ふ)くかと、梟(ふくろふ)の聲(こゑ)が、月(つき)の空(そら)をホツオーホと走(はし)る。
了

底本:「鏡花全集 巻十三」岩波書店
   1941(昭和16)年6月30日第1刷発行
   1987(昭和62)年9月3日第3刷発行
初出:「毎日電報」
   1910(明治43)年3月6日
※「御新造」と「御新姐」、「………」と「……」の混在は、底本通りです。
※「私」に対するルビの「わたし」と「てまへ」の混在は、底本通りです。
入力:門田裕志
校正:岡村和彦
2023年7月31日作成
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