あらすじ
東京で天然痘が流行する中、主人公の喜多八は、種痘の副反応で奇妙な焦燥感にさいなまれます。東京での生活に疲れ果てた彼は、大阪にいる友人・矢太を訪ねる決意をし、女房に信玄袋を持たせ、汽車に乗り込みます。旅の途中で、電報を打つことを思い立ちますが、時間外のため、翌日に届くことになります。汽車の中で、膝栗毛を読みながら、過去の旅の思い出に浸り、懐かしい故郷や女房を思う喜多八。次第に酒の力に酔いしれ、安堵感に包まれていきます。汽車は一路大阪へと進み、喜多八は、いよいよ大阪への到着を目前に控えます。
 これは喜多八(きたはち)の旅(たび)の覺書(おぼえがき)である――
 今年(ことし)三月(さんぐわつ)の半(なか)ばより、東京市中(とうきやうしちう)穩(おだや)かならず、天然痘(てんねんとう)流行(りうかう)につき、其方此方(そちこち)から注意(ちうい)をされて、身體髮膚(しんたいはつぷ)これを父母(ふぼ)にうけたり敢(あへ)て損(そこな)ひ毀(やぶ)らざるを、と其(そ)の父母(ふぼ)は扨(さ)て在(おは)さねども、……生命(いのち)は惜(を)しし、痘痕(あばた)は恐(こは)し、臆病未練(おくびやうみれん)の孝行息子(かうかうむすこ)。
 三月(さんぐわつ)のはじめ、御近所(ごきんじよ)のお醫師(いしや)に參(まゐ)つて、つゝましく、しをらしく、但(たゞ)し餘(あま)り見榮(みばえ)のせぬ男(をとこ)の二(に)の腕(うで)をあらはにして、神妙(しんめう)に種痘(しゆとう)を濟(す)ませ、
「おとなしくなさい、はゝゝ。」と國手(ドクトル)に笑(わら)はれて、「はい。」と袖(そで)をおさへて歸(かへ)ると、其(そ)の晩(ばん)あたりから、此(こ)の何年(なんねん)にもつひぞない、妙(めう)な、不思議(ふしぎ)な心持(こゝろもち)に成(な)る。――たとへば、擽(くすぐ)つたいやうな、痒(かゆ)いやうな、熱(あつ)いやうな、寒(さむ)いやうな、嬉(うれ)しいやうな、悲(かな)しいやうな、心細(こゝろぼそ)いやうな、寂(さび)しいやうな、もの懷(なつか)しくて、果敢(はか)なくて、たよりのない、誰(たれ)かに逢(あ)ひたいやうな、焦(じれ)つたい、苛々(いら/\)しながら、たわいのない、恰(あたか)も盆(ぼん)とお正月(しやうぐわつ)と祭禮(おまつり)を、もう幾(いく)つ寢(ね)ると、と前(まへ)に控(ひか)へて、そして小遣錢(こづかひせん)のない處(ところ)へ、ボーンと夕暮(ゆふぐれ)の鐘(かね)を聞(き)くやうで、何(なん)とも以(もつ)て遣瀬(やるせ)がない。
 勉強(べんきやう)は出來(でき)ず、稼業(かげふ)の仕事(しごと)は捗取(はかど)らず、持餘(もてあま)した身體(からだ)を春寒(はるさむ)の炬燵(こたつ)へ投(はふ)り込(こ)んで、引被(ひつかつ)いでぞ居(ゐ)たりけるが、時々(とき/″\)掛蒲團(かけぶとん)の襟(えり)から顏(かほ)を出(だ)して、あゝ、うゝ、と歎息(ためいき)して、ふう、と氣味惡(きみわる)く鼻(はな)の鳴(な)るのが、三井寺(みゐでら)へ行(い)かうでない、金子(かね)が欲(ほ)しいと聞(きこ)える。……
 綴蓋(とぢぶた)の女房(にようばう)が狹(せま)い臺所(だいどころ)で、總菜(そうざい)の菠薐草(はうれんさう)を揃(そろ)へながら、
「また鼻(はな)が鳴(な)りますね……澤山(たんと)然(さ)うなさい、中屋(なかや)の小僧(こぞう)に遣(や)つ了(ちま)ふから……」
「眞平(まつぴら)御免(ごめん)。」
 と蒲團(ふとん)をすつぽり、炬燵櫓(こたつやぐら)の脚(あし)を爪尖(つまさき)で抓(つね)つて居(ゐ)て、庖丁(はうちやう)の音(おと)の聞(きこ)える時(とき)、徐々(そろ/\)と又(また)頭(あたま)を出(だ)し、一(ひと)つ寢返(ねがへ)つて腹這(はらば)ひで、
「何(なに)か甘(うま)いもの。」
「拳固(げんこ)……抓(つね)り餅(もち)、……赤(あか)いお團子(だんご)。……それが可厭(いや)なら蝦蛄(しやこ)の天麩羅(てんぷら)。」と、一(ひと)ツづゝ句切(くぎ)つて憎體(にくた)らしく節(ふし)をつける。
「御免々々(ごめん/\)。」と又(また)潛(もぐ)る。
 其(そ)のまゝ、うと/\して居(ゐ)ると、種痘(うゑばうさう)の爲(な)す業(わざ)とて、如何(いか)にとも防(ふせ)ぎかねて、つい、何時(いつ)の間(ま)にか鼻(はな)が鳴(な)る。
 女房(にようばう)は鐵瓶(てつびん)の下(した)を見(み)かた/″\、次(つぎ)の間(ま)の長火鉢(ながひばち)の前(まへ)へ出張(しゆつちやう)に及(およ)んで、
「お前(まへ)さん、お正月(しやうぐわつ)から唄(うた)に謠(うた)つて居(ゐ)るんぢやありませんか。――一層(いつそ)一思(ひとおも)ひに大阪(おほさか)へ行(い)つて、矢太(やた)さんや、源太(げんた)さんに逢(あ)つて、我儘(わがまゝ)を言(い)つていらつしやいな。」
 と、先方(さき)が男(をとこ)だから可恐(おそろし)く氣前(きまへ)が好(よ)い。
「だがね……」
 工面(くめん)の惡(わる)い事(こと)は、女房(にようばう)も一(ひと)ツ世帶(しよたい)でお互(たがひ)である。
 二日(ふつか)も三日(みつか)も同(おな)じやうな御惱氣(ごなうけ)の續(つゞ)いた處(ところ)、三月(さんぐわつ)十日(とをか)、午後(ごご)からしよぼ/\と雨(あめ)になつて、薄暗(うすぐら)い炬燵(こたつ)の周圍(しうゐ)へ、別(べつ)して邪氣(じやき)の漾(たゞよ)ふ中(なか)で、女房(にようばう)は箪笥(たんす)の抽斗(ひきだし)をがた/\と開(あ)けたり、葛籠(つゞら)の蓋(ふた)を取(と)つたり、着換(きがへ)の綻(ほころび)を檢(しら)べたり、……洗(あら)つた足袋(たび)を裏返(うらがへ)したり、女中(ぢよちう)を買(かひ)ものに出(だ)したり、何(なに)か小氣轉(こぎてん)に立※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(たちまは)つて居(ゐ)たと思(おも)ふと、晩酌(ばんしやく)に乾(ひ)もので一合(いちがふ)つけた時(とき)、甚(はなは)だ其(そ)の見事(みごと)でない、箱根土産(はこねみやげ)の、更紗(さらさ)の小(ちひ)さな信玄袋(しんげんぶくろ)を座蒲團(ざぶとん)の傍(そば)へ持出(もちだ)して、トンと置(お)いて、
「楊枝(やうじ)、齒磨(はみがき)……半紙(はんし)。」
 と、口(くち)のかゞりを一寸(ちよつと)解(と)いて、俯向(うつむ)いて、中(なか)を見(み)せつゝ、
「手巾(ハンカチ)の洗(あら)つたの、ビスミツト、紙(かみ)に包(つゝ)んでありますよ。寶丹(はうたん)、鶯懷爐(うぐひすくわいろ)、それから膝栗毛(ひざくりげ)が一册(いつさつ)、いつも旅(たび)と云(い)ふと持(も)つておいでなさいますが、何(なん)になるんです。」
「道中(だうちう)の魔除(まよけ)に成(な)るのさ。」
 鶯懷爐(うぐひすくわいろ)で春(はる)めいた處(ところ)へ、膝栗毛(ひざくりげ)で少(すこ)し氣勢(きほ)つて、熱燗(あつかん)で蟲(むし)を壓(おさ)へた。
「しかし、一件(いつけん)は?」
「紙入(かみいれ)に入(はひ)つて居(ゐ)ます、小(ちひ)さいのが蝦蟇口(がまぐち)……」
 と此(こ)の分(ぶん)だけは、鰐皮(わにがは)の大分(だいぶ)膨(ふくら)んだのを、自分(じぶん)の晝夜帶(ちうやおび)から抽出(ひきだ)して、袱紗包(ふくさづつ)みと一所(いつしよ)に信玄袋(しんげんぶくろ)に差添(さしそ)へて、
「大丈夫(だいぢやうぶ)、往復(わうふく)の分(ぶん)と、中二日(なかふつか)、何處(どこ)かで一杯(いつぱい)飮(の)めるだけ。……宿(やど)は何(ど)うせ矢太(やた)さんの高等御下宿(かうとうおんげしゆく)にお世話樣(せわさま)に成(な)るんでせう。」
 傳(つた)へ聞(き)く……旅館以下(りよくわんいか)にして、下宿屋以上(げしゆくやいじやう)、所謂(いはゆる)其(そ)の高等御下宿(かうとうおんげしゆく)なるものは――東區(ひがしく)某町(ぼうちやう)と言(い)ふのにあつて、其處(そこ)から保險會社(ほけんぐわいしや)に通勤(つうきん)する、最(もつと)も支店長格(してんちやうかく)で、年(とし)は少(すくな)いが、喜多八(きたはち)には過(す)ぎた、お友達(ともだち)の紳士(しんし)である。で、中二日(なかふつか)と數(かぞ)へたのは、やがて十四日(じふよつか)には、自分(じぶん)も幹事(かんじ)の片端(かたはし)を承(うけたまは)つた義理(ぎり)の宴曾(えんくわい)が一(ひと)つあつた。
「……緩(ゆる)り御飯(ごはん)をめしあがれ、それでも七時(しちじ)の急行(きふかう)に間(ま)に合(あ)ひますわ。」
 澄(す)ました顏(かほ)で、長煙管(ながぎせる)で一服(いつぷく)スツと吹(ふ)く時(とき)、風(かぜ)が添(そ)つて、ざツざツと言(い)ふ雨風(あめかぜ)に成(な)つた。家(や)の内(うち)ではない、戸外(おもて)である、暴模樣(あれもやう)の篠(しの)つく大雨(おほあめ)。……

「何(ど)うだらう、車夫(わかいしゆ)、車夫(わかいしゆ)――車(くるま)が打覆(ぶつかへ)りはしないだらうか。」
 俥(くるま)が霞(かすみ)ヶ關(せき)へ掛(かゝ)つて、黒田(くろだ)の海鼠壁(なまこかべ)と云(い)ふ昔(むかし)からの難所(なんしよ)を乘(の)る時分(じぶん)には、馬(うま)が鬣(たてがみ)を振(ふ)るが如(ごと)く幌(ほろ)が搖(ゆ)れた。……此(こ)の雨風(あめかぜ)に猶豫(ためら)つて、いざと云(い)ふ間際(まぎは)にも、尚(な)ほ卑怯(ひけふ)に、さて發程(たた)うか、止(や)めようかで、七時(しちじ)の其(そ)の急行(きふかう)の時期(じき)を過(す)ごし、九時(くじ)にも間(ま)に合(あ)ふか、合(あ)ふまいか。
「もし、些(ちつ)と急(いそ)がないと、平常(ふだん)なら、何(なに)、大丈夫(だいぢやうぶ)ですが、此(こ)の吹降(ふきぶり)で、途中(とちう)手間(てま)が取(と)れますから。」
「可(よ)し。」と決然(けつぜん)とし、長火鉢(ながひばち)の前(まへ)を離(はな)れたは可(い)いが、餘(あま)り爽(さわや)かならぬ扮裝(いでたち)で、
「可厭(いや)に成(な)つたら引返(ひきかへ)さう。」
「あゝ、然(さ)うなさいましともさ。――では、行(い)つて入(い)らつしやい。」で、漸(や)つと出掛(でか)けた。
 車夫(わかいしゆ)は雨風(あめかぜ)にぼやけた聲(こゑ)して、
「大丈夫(だいぢやうぶ)ですよ。」
 雖然(けれども)、曳惱(ひきなや)んで、ともすれば向風(むかひかぜ)に押戻(おしもど)されさうに成(な)る。暗闇(やみ)は大(おほい)なる淵(ふち)の如(ごと)し。……前途(ゆくさき)の覺束(おぼつか)なさ。何(ど)うやら九時(くじ)のに間(ま)に合(あ)ひさうに思(おも)はれぬ。まゝよ、一分(いつぷん)でも乘後(のりおく)れたら停車場(ステエシヨン)から引返(ひきかへ)さう、それが可(い)い、と目指(めざ)す大阪(おほさか)を敵(かたき)に取(と)つて、何(ど)うも恁(か)うはじめから豫定(よてい)の退却(たいきやく)を畫策(くわくさく)すると云(い)ふのは、案(あん)ずるに懷中(くわいちう)のためではない。膝(ひざ)に乘(の)せた信玄袋(しんげんぶくろ)の名(な)ゆゑである。願(ねがは)くはこれを謙信袋(けんしんぶくろ)と改(あらた)めたい。
 土橋(どばし)を斜(なゝめ)に烏森(からすもり)、と町(まち)もおどろ/\しく、やがて新橋驛(しんばしえき)へ着(つ)いて、づぶ/\と其(そ)の濡幌(ぬれほろ)を疊(たゝ)んで出(い)で、※(ぱつ)[#「火+發」、U+243CB、532-10]と明(あかる)く成(な)つた處(ところ)は、暴風雨(あらし)の船(ふね)に燈明臺(とうみやうだい)、人影(ひとかげ)黒(くろ)く、すた/\と疎(まば)らに往來(ゆきか)ふ。
「間(ま)に合(あ)ひましたぜ。」
「御苦勞(ごくらう)でした。」
 際(きは)どい處(どころ)か、發車(はつしや)には未(ま)だ三分間(さんぷんかん)ある。切符(きつぷ)を買(か)つて、改札口(かいさつぐち)を出(で)て、精々(せい/″\)、着(き)た切(きり)の裾(すそ)へ泥撥(どろはね)を上(あ)げないやうに、濡(ぬ)れた石壇(いしだん)を上(あが)ると、一面(いちめん)雨(あめ)の中(なか)に、不知火(しらぬひ)の浮(う)いて漾(たゞよ)ふ都大路(みやこおほぢ)の電燈(でんとう)を見(み)ながら、横繁吹(よこしぶき)に吹(ふ)きつけられて、待合所(まちあひじよ)の硝子戸(がらすど)へ入(はひ)るまで、其(そ)の割(わり)に急(いそ)がないで差支(さしつかへ)ぬ。……三分間(さんぷんかん)もあだには成(な)らない。
 處(ところ)へ、横(よこ)づけに成(な)つた汽車(きしや)は、大(おほき)な黒(くろ)い縁側(えんがは)が颯(さつ)と流(なが)れついた趣(おもむき)である。
「おつと、助船(たすけぶね)。」
 と最(も)う恁(か)う成(な)れば度胸(どきよう)を据(す)ゑて、洒落(しや)れて乘(の)る。……室(しつ)はいづれも、舞臺(ぶたい)のない、大入(おほいり)の劇場(げきぢやう)ぐらゐに籠(こ)んで居(ゐ)たが、幸(さいは)ひに、喜多八(きたはち)懷中(くわいちう)も輕(かる)ければ、身(み)も輕(かる)い。荷物(にもつ)はなし、お剩(まけ)に洋杖(ステツキ)が細(ほそ)い。鯱(しやち)と鯨(くぢら)の中(なか)へ、芝海老(しばえび)の如(ごと)く、呑(の)まれぬばかりに割込(わりこ)んで、一(ひと)つ吻(ほつ)と呼吸(いき)をついて、橋場(はしば)、今戸(いまど)の朝煙(あさけむり)、賤(しづ)ヶ伏屋(ふせや)の夕霞(ゆふがすみ)、と煙(けむ)を眺(なが)めて、ほつねんと煙草(たばこ)を喫(の)む。
 ……品川(しながは)へ來(き)て忘(わす)れたる事(こと)ばかり――なんぞ何(なに)もなし。大森(おほもり)を越(こ)すあたりであつた。……
「もし/\、此(こ)の電報(でんぱう)を一(ひと)つお願(ねが)ひ申(まを)したうございます。」
 列車(れつしや)の給仕(きふじ)の少年(せうねん)は――逢(あ)ひに行(ゆ)く――東區(ひがしく)某町(ぼうちやう)、矢太(やた)さんの右(みぎ)の高等御下宿(かうとうおんげしゆく)へあてた言句(もんく)を見(み)ながら、
「えゝ、此(こ)の列車(れつしや)では横濱(よこはま)で電報(でんぱう)を扱(あつか)ひません、――大船(おほふな)で打(う)ちますから。」
 と器用(きよう)な手(て)つきで、腹(はら)から拔出(ぬけだ)したやうに横衣兜(よこがくし)の時計(とけい)を見(み)たが、
「時間外(じかんぐわい)に成(な)るんですが。」
「は、結構(けつこう)でございます。」
「記號(きがう)を入(い)れますよ、ら、ら、」と、紐(ひも)のついた鉛筆(えんぴつ)で一寸(ちよつと)記(しる)して、
「それだけ賃錢(ちんせん)が餘分(よぶん)に成(な)ります。」
「はい/\。」
 此(こ)の電報(でんぱう)の着(つ)いたのは、翌日(よくじつ)の午前(ごぜん)十時(じふじ)過(す)ぎであつた。

 大船(おほふな)に停車(ていしや)の時(とき)、窓(まど)に立(た)つて、逗子(づし)の方(かた)に向(むか)ひ、うちつけながら某(それがし)がお馴染(なじみ)にておはします、札所(ふだしよ)阪東第三番(ばんどうだいさんばん)、岩殿寺(いはとのでら)觀世音(くわんぜおん)に御無沙汰(ごぶさた)のお詫(わび)を申(まを)し、道中(だうちう)無事(ぶじ)と、念(ねん)じ參(まゐ)らす。
 此處(こゝ)を、發車(はつしや)の頃(ころ)よりして、乘組(のりくみ)の紳士(しんし)、貴夫人(きふじん)、彼方此方(あちらこちら)に、フウ/\と空氣枕(くうきまくら)を親嘴(キス)する音(おと)。……
 誰(たれ)一人(ひとり)、横(よこ)に成(な)るなんど場席(ばせき)はない。花枕(はなまくら)、草枕(くさまくら)、旅枕(たびまくら)、皮枕(かはまくら)、縱(たて)に横(よこ)に、硝子窓(がらすまど)に押着(おしつ)けた形(かた)たるや、浮嚢(うきぶくろ)を取外(とりはづ)した柄杓(ひしやく)を持(も)たぬものの如(ごと)く、折(をり)から外(そと)のどしや降(ぶり)に、宛然(さながら)人間(にんげん)の海月(くらげ)に似(に)て居(ゐ)る。
 喜多(きた)は一人(ひとり)、俯向(うつむ)いて、改良謙信袋(かいりやうけんしんぶくろ)の膝栗毛(ひざくりげ)を、縞(しま)の着(き)ものの胡坐(あぐら)に開(あ)けた。スチユムの上(うへ)に眞南風(まみなみ)で、車内(しやない)は蒸(む)し暑(あつ)いほどなれば、外套(ぐわいたう)は脱(ぬ)いだと知(し)るべし。
 ふと思(おも)ひついた頁(ペエジ)を開(ひら)く。――西國船(さいこくぶね)の難船(なんせん)においらが叔父的(をぢき)の彌次郎兵衞(やじろべゑ)、生命懸(いのちがけ)の心願(しんぐわん)、象頭山(ざうづざん)に酒(さけ)を斷(た)つたを、咽喉(のど)もと過(す)ぎた胴忘(どうわす)れ、丸龜(まるがめ)の旅籠(はたご)大物屋(だいもつや)へ着(つ)くと早(は)や、茶袋(ちやぶくろ)と土瓶(どびん)の煮附(につけ)、とつぱこのお汁(しる)、三番叟(さんばそう)の吸(すひ)もので、熱燗(あつかん)と洒落(しやれ)のめすと、罰(ばつ)は覿面(てきめん)、反返(そりかへ)つた可恐(おそろ)しさに、恆規(おきて)に從(したが)ひ一夜(いちや)不眠(ふみん)の立待(たちまち)して、お詫(わび)を申(まを)す處(ところ)へ、宵(よひ)に小當(こあた)りに當(あた)つて置(お)いた、仇(あだ)な年増(としま)がからかひに來(く)る條(くだり)である。
女(をんな)、彌次郎(やじらう)が床(とこ)の上(うへ)にあがり、横(よこ)になつて、此處(こゝ)へ來(こ)いと、手招(てまね)ぎをして彌次郎(やじらう)をひやかす、彌次郎(やじらう)ひとり氣(き)を揉(も)み「エヽ情(なさけ)ない、其處(そこ)へ行(い)つて寢(ね)たくてもはじまらねえ、こんな事(こと)なら立待(たちまち)より寢(ね)まちにすればよかつたものを。女「何(なん)ちふいはんす。私(わし)お嫌(きら)ひぢやな、コレイナアどうぢやいな。「エヽこんな間(ま)の惡(わる)い事(こと)あねえ、早(はや)く八(や)つを打(う)てばいゝ、もう何時(なんどき)だの。女「九(こゝの)つでもあろかい。彌次「まだ一時(いつとき)だな、コレ有樣(ありやう)は今夜(こんや)おいらは立待(たちまち)だから寢(ね)る事(こと)がならねえ、此處(こゝ)へ來(き)な、立(た)つて居(ゐ)ても談(はなし)が出來(でき)やす。女「あほらしい、私(わたし)や立(た)つて居(ゐ)て話(はなし)ノウする事(こと)は、いや/\。彌次「エヽそんならコウ鐵槌(かなづち)があらば持(も)つて來(き)て貸(か)しねえ。女「オホホ、鐵(かな)さいこ槌(づち)の事(こと)かいな、ソレ何(なん)ちふさんすのぢやいな。「イヤあの箱枕(はこまくら)を此柱(このはしら)へうちつけて立(た)ちながら寢(ね)るつもりだ。
 考(かんが)へると、(をかしてならん。)と一寸(ちよつと)京阪(かみがた)の言葉(ことば)を眞似(まね)る。串戲(じようだん)ではない。彌次郎(やじらう)が其(そ)の時代(じだい)には夢(ゆめ)にも室氣枕(くうきまくら)の事(こと)などは思(おも)ふまい、と其處等(そこいら)を※(「目+句」、第4水準2-81-91)(みまは)すと、又(また)一人々々(ひとり/\)が、風船(ふうせん)を頭(あたま)に括(くゝ)つて、ふはり/\と浮(う)いて居(ゐ)る形(かたち)もある。是(これ)しかしながら汽車(きしや)がやがて飛行機(ひかうき)に成(な)つて、愛宕山(あたごやま)から大阪(おほさか)へ空(そら)を翔(かけ)る前表(ぜんぺう)であらう。いや、割床(わりどこ)の方(かた)、……澤山(たんと)おしげりなさい。
 喜多(きた)は食堂(しよくだう)へ飮酒(のみ)に行(ゆ)く。……あの鐵(てつ)の棒(ぼう)につかまつて、ぶるツとしながら繋目(つなぎめ)の板(いた)を踏越(ふみこ)すのは、長屋(ながや)の露地(ろぢ)の溝板(どぶいた)に地震(ぢしん)と云(い)ふ趣(おもむき)あり。雨(あめ)は小留(をや)みに成(な)る。
 白服(しろふく)の姿勢(しせい)で、ぴたりと留(と)まつて、じろりと見(み)る、給仕(きふじ)の氣構(きがまへ)に恐(おそ)れをなして、
「日本(にほん)の酒(さけ)はござんせうか。……濟(す)みませんが熱(あつ)くなすつて。」
 玉子(たまご)の半熟(はんじゆく)、と誂(あつら)へると、やがて皿(さら)にのつて、白服(しろふく)の手(て)からトンと湧(わ)いて、卓子(テエブル)の上(うへ)へ顯(あらは)れたのは、生々(なま/\)しい肉(にく)の切味(きりみ)に、半熟(はんじゆく)の乘(の)つたのである。――玉子(たまご)は可(い)いが、右(みぎ)の肉(にく)で、うかつには手(て)が着(つ)けられぬ。其處(そこ)で、パンを一切(ひときれ)燒(や)いて貰(もら)つた。ボリ/\噛(か)みつゝ、手酌(てじやく)で、臺附(だいつき)の硝子杯(コツプ)を傾(かたむ)けたが、何故(なぜ)か、床(とこ)の中(なか)で夜具(やぐ)を被(かぶ)つて、鹽煎餅(しほせんべい)をお樂(たの)にした幼兒(をさなご)の時(とき)を思出(おもひだ)す。夜(よ)もやゝ更(ふ)けて、食堂(しよくだう)の、白(しろ)く伽藍(がらん)としたあたり、ぐら/\と搖(ゆ)れるのが、天井(てんじやう)で鼠(ねずみ)が騷(さわ)ぐやうである。……矢張(やつぱ)り旅(たび)はもの寂(さび)しい、酒(さけ)の銘(めい)さへ、孝子正宗(かうしまさむね)。可懷(なつかし)く成(な)る、床(ゆか)しく成(な)る、種痘(うゑばうさう)が痒(かゆ)く成(な)る。
「坊(ばう)やはいゝ兒(こ)だ寢(ねん)ねしな。」……と口(くち)の裡(うち)で子守唄(こもりうた)は、我(われ)ながら殊勝(しゆしよう)である。

 息子(むすこ)の性(せい)は善(ぜん)にして、鬼神(きじん)に横道(わうだう)なしと雖(いへど)も、二合半(こなから)傾(かたむ)けると殊勝(しゆしよう)でなく成(な)る。……即(すなは)ち風(かぜ)の聲(こゑ)、浪(なみ)の音(おと)、流(ながれ)の響(ひゞき)、故郷(こきやう)を思(おも)ひ、先祖代々(せんぞだい/\)を思(おも)ひ、唯(たゞ)女房(にようばう)を偲(しの)ぶべき夜半(よは)の音信(おとづれ)さへ、窓(まど)のささんざ、松風(まつかぜ)の濱松(はままつ)を過(す)ぎ、豐橋(とよはし)を越(こ)すや、時(とき)やゝ經(ふ)るに從(したが)つて、横雲(よこぐも)の空(そら)一文字(いちもんじ)、山(やま)かづら、霞(かすみ)の二字(にじ)、雲(くも)も三色(みいろ)に明初(あけそ)めて、十人十色(じふにんといろ)に目(め)を覺(さま)す。
 彼(か)の大自然(だいしぜん)の、悠然(いうぜん)として、土(つち)も水(みづ)も新(あた)らしく清(きよ)く目覺(めざむ)るに對(たい)して、欠伸(あくび)をし、鼻(はな)を鳴(な)らし、髯(ひげ)を掻(か)き、涎(よだれ)を切(き)つて、うよ/\と棚(たな)の蠶(かひこ)の蠢(うごめ)き出(い)づる有状(ありさま)は、醜(わる)く見窄(みすぼ)らしいものであるが、東雲(しのゝめ)の太陽(たいやう)の惠(めぐみ)の、宛然(さながら)處女(しよぢよ)の血(ち)の如(ごと)く、爽(さわやか)に薄紅(うすくれなゐ)なるに、難有(ありがた)や、狐(きつね)とも成(な)らず、狸(たぬき)ともならず、紳士(しんし)と成(な)り、貴婦人(きふじん)となり、豪商(がうしやう)となり、金鎖(きんぐさり)となり、荷物(にもつ)と成(な)り、大(おほい)なる鞄(かばん)と成(な)る。
 鮨(すし)、お辨當(べんたう)、鯛(たひ)めしの聲々(こゑ/″\)勇(いさ)ましく、名古屋(なごや)にて夜(よ)は全(まつた)く明(あ)けて、室内(しつない)も聊(いさゝ)か寛(くつろ)ぎ、暖(あたゝ)かに窓(まど)輝(かゞや)く。
 米原(まいばら)は北陸線(ほくりくせん)の分岐道(ぶんきだう)とて、喜多(きた)にはひとり思出(おもひで)が多(おほ)い。が、戸(と)を開(あ)けると風(かぜ)が冷(つめた)い。氣(き)の所爲(せゐ)か、何爲(いつ)もそゞろ寒(さむ)い驛(えき)である。
「三千歳(みちとせ)さん、お桐(きり)さん。」――風流懺法(ふうりうせんぽふ)の女主人公(をんなしゆじんこう)と、もう一人(ひとり)見知越(みしりごし)の祇園(ぎをん)の美人(びじん)に、停車場(ステエシヨン)から鴨川越(かもがはごえ)に、遙(はる)かに無線電話(むせんでんわ)を送(おく)つた處(ところ)は、然(さ)まで寢惚(ねとぼ)けたとも思(おも)はなかつたが、飛(と)ぶやうに列車(れつしや)の過(す)ぐる、小栗栖(をぐるす)を窓(まど)から覗(のぞ)いて、あゝ、あすこらの藪(やぶ)から槍(やり)が出(で)て、馬上(ばじやう)に堪(たま)らず武智光秀(たけちみつひで)、どうと落人(おちうど)から忠兵衞(ちうべゑ)で、足(あし)捗取(はかど)らぬ小笹原(こざさはら)と、線路(せんろ)の堤防(どて)の枯草(かれくさ)を見(み)た料簡(れうけん)。――夢心地(ゆめごこち)の背(せ)をドンと一(ひと)ツ撲(ぶ)たれたやうに、そも/\人口(じんこう)……萬(まん)、戸數(こすう)……萬(まん)なる、日本(につぽん)第二(だいに)の大都(だいと)の大木戸(おほきど)に、色香(いろか)も梅(うめ)の梅田(うめだ)に着(つ)く。
 洋杖(ステツキ)と紙入(かみいれ)と、蟇口(がまぐち)と煙草入(たばこいれ)を、外套(ぐわいたう)の下(した)に一所(いつしよ)に確乎(しつか)と壓(おさ)へながら、恭(うや/\)しく切符(きつぷ)と急行劵(きふかうけん)を二枚(にまい)持(も)つて、餘(あま)りの人混雜(ひとごみ)、あとじさりに成(な)つたる形(かたち)は、我(われ)ながら、扨(さ)て箔(はく)のついたおのぼりさん。
 家(いへ)あり、妻(つま)あり、眷屬(けんぞく)あり、いろがあつて、金持(かねもち)で、大阪(おほさか)を一(ひと)のみに、停車場前(ステエシヨンまへ)を、さつ/\と、自動車(じどうしや)、俥(くるま)、歩行(ある)くのさへ電車(でんしや)より疾(はや)いまで、猶豫(ため)らはず、十字(じふじ)八方(はつぱう)に捌(さば)ける人數(にんず)を、羨(うらやま)しさうに視(なが)めながら、喜多八(きたはち)は曠野(あらの)へ落(お)ちた團栗(どんぐり)で、とぼんとして立(た)つて居(ゐ)た。
 列(れつ)が崩(くづ)れてばら/\と寄(よ)り、颯(さつ)と飛(と)ぶ俥(くるま)の中(なか)の、俥(くるま)の前(まへ)へ漸(やつ)と出(で)て、
「行(ゆ)くかい。」
「へい、何方(どちら)で、」と云(い)ふのが、赤(あか)ら顏(がほ)の髯(ひげ)もじやだが、莞爾(につこり)と齒(は)を見(み)せた、人(ひと)のよささうな親仁(おやぢ)が嬉(うれ)しく、
「道修町(だうしうまち)と云(い)ふだがね。」
「ひや、同心町(どうしんまち)。」
「同心町(どうしんまち)ではなささうだよ、――保險會社(ほけんぐわいしや)のある處(ところ)だがね。」
「保險會社(ほけんぐわいしや)ちふとこは澤山(たんと)あるで。」
「成程(なるほど)――町名(ちやうめい)に間違(まちがひ)はない筈(はず)だが、言(い)ひ方(かた)が違(ちが)ふかな。」
「何處(どこ)です、旦那(だんな)。」
「何(なん)ちふ處(ところ)や。」と二人(ふたり)ばかり車夫(わかいしゆ)が寄(よ)つて來(く)る。當(たう)の親仁(おやぢ)は、大(おほき)な前齒(まへば)で、唯(たゞ)にや/\。
「……道(みち)は道(みち)だよ、修(しう)はをさむると、……恁(か)う云(い)ふ字(じ)だ。」
 と習(なら)ひたての九字(くじ)を切(き)るやうな、指(ゆび)の先(さき)で掌(てのひら)へ書(か)いて、次手(ついで)に道中安全(だうちうあんぜん)、女難即滅(ぢよなんそくめつ)の呪(じゆ)を唱(とな)へる。……
「分(わか)つた、そりや道修町(どしようまち)や。」
「そら、北(きた)や。」
「分(わか)つたかね。」
「へい、旦那(だんな)……乘(の)んなはれ。」
大正七年十月
了

底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
   1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
   1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
初出:「新小説 第二十三年第十号」春陽堂
   1918(大正7)年10月1日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「種痘」に対するルビの「しゆとう」と「うゑばうさう」の混在は、底本の通りです。
※表題は底本では、「大阪(おほさか)まで」となっています。
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:岡村和彦
2018年7月27日作成
2018年8月28日修正
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