あらすじ
飯坂の温泉へ向かう道中、車夫の腕前や風景、そして道行く人々の様子が生き生きと描かれます。旅籠に到着し、目の前に広がるのは、雄大な自然と温泉街の喧騒。風情ある街並みに心惹かれる一方、どこか哀愁漂う風景にも出会います。旅人の目を通して、飯坂の独特な魅力が、鮮やかに浮かび上がってくる作品です。
 旅(たび)は此(これ)だから可(い)い――陽氣(やうき)も好(よし)と、私(わたし)は熟(じつ)として立(た)つて視(み)て居(ゐ)た。
 五月十三日(ごぐわつじふさんにち)の午後(ごご)である。志(こゝろざ)した飯坂(いひざか)の温泉(をんせん)へ行(ゆ)くのに、汽車(きしや)で伊達驛(だてえき)で下(お)りて、すぐに俥(くるま)をたよると、三臺(さんだい)、四臺(よだい)、さあ五臺(ごだい)まではなかつたかも知(し)れない。例(れい)の梶棒(かぢぼう)を横(よこ)に見(み)せて並(なら)んだ中(なか)から、毛(け)むくじやらの親仁(おやぢ)が、しよたれた半纏(はんてん)に似(に)ないで、威勢(ゐせい)よくひよいと出(で)て、手繰(たぐ)るやうにバスケツトを引取(ひきと)つてくれたは可(い)いが、續(つゞ)いて乘掛(のりか)けると、何處(どこ)から繰出(くりだ)したか――まさか臍(へそ)からではあるまい――蛙(かへる)の胞衣(えな)のやうな管(くだ)をづるりと伸(の)ばして、護謨輪(ごむわ)に附着(くツつ)けたと思(おも)ふと、握拳(にぎりこぶし)で操(あやつ)つて、ぶツ/\と風(かぜ)を入(い)れる。ぶツ/\……しゆツ/\と、一寸(ちよつと)手間(てま)が取(と)れる。
 蹴込(けこみ)へ片足(かたあし)を掛(か)けて待(ま)つて居(ゐ)たのでは、大(おほい)に、いや、少(すくな)くとも湯治客(たうぢきやく)の體面(たいめん)を損(そこな)ふから、其處(そこ)で、停車場(ていしやぢやう)の出口(でぐち)を柵(さく)の方(はう)へ開(ひら)いて、悠然(いうぜん)と待(ま)つたのである。
「ちよツ、馬鹿親仁(ばかおやぢ)。」と年紀(とし)の若(わか)い、娑婆氣(しやばツけ)らしい夥間(なかま)の車夫(わかいしゆ)が、後歩行(うしろあるき)をしながら、私(わたし)の方(はう)へずつと寄(よ)つて來(き)て、
「出番(でばん)と見(み)たら、ちやんと拵(こしら)ツて置(お)くが可(え)いだ。お客(きやく)を待(ま)たして、タイヤに空氣(くうき)を入(い)れるだあもの。……馬鹿親仁(ばかおやぢ)。」と散溢(ちりこぼ)れた石炭屑(せきたんくづ)を草鞋(わらぢ)の腹(はら)でバラリと横(よこ)に蹴(け)つて、
「旦那(だんな)、お待遠樣(まちどほさま)づらえ。」何處(どこ)だと思(おも)ふ、伊達(だて)の建場(たてば)だ。組合(くみあひ)の面(つら)にかゝはる、と言(い)つた意氣(いき)が顯(あらは)れる。此方(こつち)で其(そ)の意氣(いき)の顯(あらは)れる時分(じぶん)には、親仁(おやぢ)は車(くるま)の輪(わ)を覗(のぞ)くやうに踞込(しやがみこ)んで、髯(ひげ)だらけの唇(くちびる)を尖(とんが)らして、管(くだ)と一所(いつしよ)に、口(くち)でも、しゆツ/\息(いき)を吹(ふ)くのだから面白(おもしろ)い。
 さて、若葉(わかば)、青葉(あをば)、雲(くも)いろ/\の山々(やま/\)、雪(ゆき)を被(かつ)いだ吾妻嶽(あづまだけ)を見渡(みわた)して、一路(いちろ)長(なが)く、然(しか)も凸凹(でこぼこ)、ぐら/\とする温泉(ゆ)の路(みち)を、此(こ)の親仁(おやぢ)が挽(ひ)くのだから、途中(みち)すがら面白(おもしろ)い。
 輕便鐵道(けいべんてつだう)の線路(せんろ)を蜿々(うね/\)と通(とほ)した左右(さいう)の田畑(たはた)には、ほの白(じろ)い日中(ひなか)の蛙(かへる)が、こと/\、くつ/\、と忍笑(しのびわら)ひをするやうに鳴(な)いた。
 まだ、おもしろい事(こと)は、――停車場(ていしやば)を肱下(ひぢさが)りに、ぐる/\と挽出(ひきだ)すと、間(ま)もなく、踏切(ふみきり)を越(こ)さうとして梶棒(かぢぼう)を控(ひか)へて、目當(めあて)の旅宿(りよしゆく)は、と聞(き)くから、心積(こゝろづも)りの、明山閣(めいざんかく)と言(い)ふのだと答(こた)へると、然(さ)うかね、此(これ)だ、と半纏(はんてん)の襟(えり)に、其(そ)の明山閣(めいざんかく)と染(そ)めたのを片手(かたて)で叩(たゝ)いて、飯坂(いひざか)ぢやあ、いゝ宿(やど)だよと、正直(しやうぢき)を言(い)つたし。――後(のち)に、村(むら)一(ひと)つ入口(いりぐち)に樹(き)の繁(しげ)つた、白木(しらき)の宮(みや)、――鎭守(ちんじゆ)の社(やしろ)を通(とほ)つた。路傍(みちばた)に、七八臺(しちはちだい)荷車(にぐるま)が、がた/\と成(な)つて下(お)り居(ゐ)て、一(ひと)つ一(ひと)つ、眞白(まつしろ)な俵詰(たはらづめ)の粉(こな)を堆(うづたか)く積(つ)んだのを見(み)た時(とき)は……
「磨砂(みがきずな)だ、磨砂(みがきずな)だ。」と氣競(きほ)つて言(い)つた。――
「大層(たいそう)なものだね。」
 實際(じつさい)、遠(とほ)く是(これ)を望(のぞ)んだ時(とき)は――もう二三日(にさんにち)、奧州(あうしう)の旅(たび)に馴(な)れて山(やま)の雪(ゆき)の珍(めづら)しくない身(み)も、前途(ゆくて)に偶(ふ)と土手(どて)を築(つ)いて怪(あや)しい白氣(はくき)の伏勢(ふせぜい)があるやうに目(め)を欹(そばだ)てたのであつた。

 荷車挽(にぐるまひき)は、椿(つばき)の下(もと)、石燈籠(いしどうろう)の陰(かげ)に、ごろ/\休(やす)んで居(ゐ)る。
「飯坂(いひざか)の前途(さき)の山(やま)からの、どん/\と出(で)ますだで。――いゝ磨砂(みがきずな)だの、これ。」と、逞(たくま)しい平手(ひらて)で、ドンと叩(たゝ)くと、俵(たはら)から其(そ)の白(しろ)い粉(こ)が、ふツと立(た)つ。
 ぱツと、乘(の)つて居(ゐ)るものの、目(め)にも眉(まゆ)にもかゝるから、ト帽子(ばうし)を傾(かたむ)けながら、
「名(めい)ぶつかい。」
「然(さ)うで、然(さ)うで、名(めい)ぶつで。」と振向(ふりむ)いて、和笑(にやり)としながら、平手(ひらて)で又(また)敲(たゝ)いて、續(つゞ)けざまにドン/\と俵(たはら)を打(う)つと、言(い)ふにや及(およ)ぶ、眞白(まつしろ)なのが、ぱつ/\と立(た)つ――東京(とうきやう)の埃(ほこり)の中(なか)で、此(こ)の御振舞(おふるまひ)を一口(ひとくち)啖(くら)つては堪(た)まらない。書肆(ほんや)へ前借(さきがり)に行(ゆ)く途中(とちう)ででもあつて見(み)たが可(い)い、氣(き)の弱(よわ)い嫁(よめ)が、松葉(まつば)で燻(いぶ)されるくらゐに涙(なみだ)ぐみもしかねまい。が、たとへば薄青(うすあを)い樹(き)の蔭(かげ)の清(きよ)らかなる境内(けいだい)を、左(ひだり)に、右(みぎ)には村(むら)の小家(こいへ)に添(そ)つて、流(なが)れがさら/\と畔(くろ)を走(はし)る。――杜若(かきつばた)が、持(もち)ぬしの札(ふだ)も立(た)たずに好(す)きなまゝ路傍(みちばた)の其(そ)の細流(さいりう)に露(つゆ)を滴(したゝ)らして居(ゐ)るのである。
 親仁(おやぢ)の掌(たなそこ)は陽炎(かげろふ)を掴(つか)んで、客(きやく)は霞(かすみ)を吸(す)ふやうであつた。
 雨(あめ)も露(つゆ)も紫(むらさき)に、藍(あゐ)に、絞(しぼ)りに開(ひら)く頃(ころ)は、嘸(さ)ぞと思(おも)ふ。菖蒲(あやめ)、杜若(かきつばた)は此處(こゝ)ばかりではない、前日(ぜんじつ)――前々日(ぜん/\じつ)一見(いつけん)した、平泉(ひらいづみ)にも、松島(まつしま)にも、村里(むらざと)の小川(をがは)、家々(いへ/\)の、背戸(せど)、井戸端(ゐどばた)、野中(のなか)の池(いけ)、水(みづ)ある處(ところ)には、大方(おほかた)此(こ)のゆかりの姿(すがた)のないのはなかつた。又(また)申合(まをしあ)はせたやうに牡丹(ぼたん)を植(うゑ)てゐる。差覗(さしのぞ)く軒(のき)、行(ゆ)きずりの垣根越(かきねごし)、藏(くら)の廂合(ひあはひ)まで、目(め)に着(つ)けば皆(みな)花壇(くわだん)があつて、中(なか)には忘(わす)れたやうな、植棄(うゑす)てたかと思(おも)ふ、何(なん)の欲(よく)のないのさへ見(み)えて、嚴(いつく)しく靜(しづ)かな葉(は)は、派手(はで)に大樣(おほやう)なる紅白(こうはく)の輪(わ)を、臺(うてな)を、白日(はくじつ)に或(あるひ)は抱(いだ)き或(あるひ)は捧(さゝ)げて居(ゐ)た。が、何(なん)となく、人(ひと)よりも、空(そら)を行(ゆ)く雲(くも)が、いろ/\の影(かげ)に成(な)つて、其(そ)の花(はな)を覗(なが)めさうな、沈(しづ)んだ寂(さび)しい趣(おもむき)の添(そ)つたのは、奧州(あうしう)の天地(てんち)であらう。
 此(これ)は……しかし、菖蒲(あやめ)、杜若(かきつばた)は――翌日(よくじつ)、湯(ゆ)の山(やま)の水(みづ)を處々(ところ/″\)見(み)た、其處(そこ)にも、まだ一輪(いちりん)も咲(さ)かなかつた。蕾(つぼ)んだのさへない。――盛(さかり)は丁(ちやう)ど一月(ひとつき)おくれる。……六月(ろくぐわつ)の中旬(ちうじゆん)だらうと言(い)ふのである。たゞ、さきに、伊達(だて)の停車場(ていしやぢやう)を出(で)て間(ま)もなく踏切(ふみきり)を越(こ)して、しばらくして、一二軒(いちにけん)、村(むら)の小家(こいへ)の前(まへ)に、細(ほそ)い流(ながれ)に一際(ひときは)茂(しげ)つて丈(たけ)ののびたのがあつて、すつと露(つゆ)を上(あ)げて薄手(うすで)ながら、ふつくりとした眞新(まあたら)しい蕾(つぼみ)を一(ひと)つ見(み)た。白襟(しろえり)の女(をんな)の、後姿(うしろすがた)を斜(なゝめ)に、髷(まげ)の紫(むらさき)の切(きれ)を、ちらりと床(ゆか)しく見(み)たやうな思(おも)ひがした。――
 其(そ)の、いま、鎭守(ちんじゆ)の宮(みや)から――道(みち)を横(よこ)ぎる、早(は)や巖(いは)に水(みづ)のせかるゝ、……音(おと)に聞(き)く溪河(たにがは)の分(わかれ)を思(おも)はせる、流(ながれ)の上(うへ)の小橋(こばし)を渡(わた)ると、次第(しだい)に兩側(りやうがは)に家(いへ)が續(つゞ)く。――小屋(こや)が藁屋(わらや)、藁屋(わらや)茅屋(かやや)が板廂(いたびさし)。軒(のき)の數(かず)、また窓(まど)の數(かず)、店(みせ)の數(かず)、道(みち)も段々(だん/\)に上(のぼ)るやうで、家並(やなみ)は、がつくりと却(かへ)つて低(ひく)い。軒(のき)は俯向(うつむ)き、屋根(やね)は仰向(あふむ)く。土間(どま)はしめつて、鍛冶屋(かぢや)が驟雨(ゆふだち)、豆府屋(とうふや)が煤拂(すゝはき)をするやうな、忙(せは)しく暗(くら)く、佗(わび)しいのも少(すくな)くない。
 猿(さる)が、蓑(みの)着(き)て向(むか)ひの山(やま)へ花(はな)をりに行(ゆ)く童謠(どうえう)に、
一本(いつぽん)折(を)つては腰(こし)にさし、
二本(にほん)折(を)つては蓑(みの)にさし、
三枝(みえだ)、四枝(よえだ)に日(ひ)が暮(く)れて。
彼方(あつち)の宿(やど)へ泊(とま)らうか。
此方(こつち)の宿(やど)へ泊(とま)らうか。
彼方(あちら)の宿(やど)は雨(あめ)が漏(も)る、
此方(こちら)の宿(やど)は煤拂(すゝはき)で……
 と唄(うた)ふ……あはれさ、心細(こゝろぼそ)さの、謠(うた)の心(こゝろ)を思(おも)ひ出(だ)す。

 二階(にかい)が、また二階(にかい)が見(み)える。黒(くろ)い柱(はしら)に、煤(すゝ)け行燈(あんどん)。木賃(きちん)御泊宿(おとまりやど)――内湯(うちゆ)あり――と、雨(あま)ざらしに成(な)つたのを、恁(か)う……見(み)ると、今(いま)めかしき事(こと)ながら、芭蕉(ばせを)が奧(おく)の細道(ほそみち)に……
五月朔日(ごぐわつついたち)の事(こと)也(なり)。其夜(そのよ)、飯坂(いひざか)に宿(とま)る。温泉(をんせん)あれば湯(ゆ)に入(いり)て宿(やど)をかるに、土座(どざ)に筵(むしろ)を敷(し)いて、あやしき貧家(ひんか)なり。灯(ともしび)もなければ、ゐろりの火影(ほかげ)に寢所(しんじよ)を設(まう)けて云々(うん/\)。――雨(あめ)しきりに降(ふり)て臥(ね)る上(うへ)よりもり、
 と言(い)ふのと、三百有餘年(さんびやくいうよねん)を經(へ)て、あまり變(かは)りは無(な)ささうである。
 と※(「目+句」、第4水準2-81-91)(みまは)す顏(かほ)を、突然(いきなり)、燕(つばめ)も蝙蝠(かうもり)も飛(と)ばずに、柳(やなぎ)のみどりがさらりと拂(はら)ふと、其(そ)の枝(えだ)の中(なか)を掻潛(かいくゞ)るばかり、しかも一段(いちだん)づいと高(たか)く、目(め)が覺(さ)めるやうな廣(ひろ)い河原(かはら)を下(した)に、眞蒼(まつさを)な流(ながれ)の上(うへ)に、鋼鐵(かうてつ)の欄干(らんかん)のついた釣橋(つりばし)へ、ゆら/\と成(な)つて、スツと乘(の)つた。
 行燈部屋(あんどんべや)を密(そつ)と忍(しの)んで、裏階子(うらばしご)から、三階見霽(さんがいみはらし)の欄干(てすり)へ駈上(かけあが)つたやうである。
 ……しばらく、行燈部屋(あんどんべや)、裏階子(うらばしご)、三階見霽(さんがいみはらし)の欄干(てすり)と言(い)ふのは、何(なん)の、何處(どこ)の事(こと)だとお尋(たづ)ねがあるかも知(し)れない。
 いや、實(じつ)は私(わたし)も知(し)らん。――此(これ)は後(あと)で、飯坂(いひざか)の温泉(ゆ)で、おなじ浴槽(ゆぶね)に居(ゐ)た客同士(きやくどうし)が、こゝなる橋(はし)について話(はな)して居(ゐ)たのを、傍聞(かたへぎ)きしたのである。
 唯(と)見(み)ると、渡過(わたりす)ぐる一方(いつぱう)の岸(きし)は、目(め)の下(した)に深(ふか)い溪河(たにがは)――即(すなは)ち摺上川(すりかみがは)――の崖(がけ)に臨(のぞ)んで、づらりと並(なら)んだ温泉(ゆ)の宿(やど)の幾軒々々(いくけん/\)、盡(こと/″\)く皆(みな)其(そ)の裏(うら)ばかりが……三階(さんがい)どころでない、五階(ごかい)七階(しちかい)に、座敷(ざしき)を重(かさ)ね、欄干(てすり)を積(つ)んで、縁側(えんがは)が縱(たて)に繞(めぐ)り、階子段(はしごだん)が横(よこ)に走(はし)る。……
 此(こ)の陽氣(やうき)で、障子(しやうじ)を開放(あけはな)した中(なか)には、毛氈(まうせん)も見(み)えれば、緞通(だんつう)も見(み)える。屏風(びやうぶ)、繪屏風(ゑびやうぶ)、衣桁(いかう)、衝立(ついたて)――お輕(かる)が下(お)りさうな階子(はしご)もある。手拭(てぬぐひ)、浴衣(ゆかた)を欄干(てすり)に掛(か)けたは、湯治場(たうぢば)のお定(さだ)まり。萌黄(もえぎ)、淡紅(ときいろ)しどけない夜(よる)の調度(てうど)も部屋々々(へや/″\)にあからさまで、下屋(したや)の端(はし)には、紅(あか)い切(きれ)も翻々(ひら/\)する。寢轉(ねころ)んだ男(をとこ)、柱(はしら)に凭(よ)つた圓髷姿(まるまげすがた)、膳(ぜん)を運(はこ)ぶ島田髷(しまだまげ)が縁側(えんがは)を――恁(か)う宙(ちう)に釣下(つりさが)つたやうに通(とほ)る。……其(そ)の下(した)の水際(みづぎは)の岩窟(いはむろ)の湯(ゆ)に、立(た)つたり、坐(すわ)つたり、手拭(てぬぐひ)を綾(あや)にした男女(だんぢよ)の裸身(はだか)があらはれたかと思(おも)ふと、横(よこ)の窓(まど)からは馬(うま)がのほりと顏(かほ)を出(だ)す、厩(うまや)であらう。山吹(やまぶき)の花(はな)が石垣(いしがき)に咲(さ)いて、卯(う)の花(はな)が影(かげ)を映(うつ)す。――宛如(さながら)、秋(あき)の掛稻(かけいね)に、干菜(ほしな)、大根(だいこん)を掛(か)けつらね、眞赤(まつか)な蕃椒(たうがらし)の束(たば)を交(まじ)へた、飄逸(へういつ)にして錆(さび)のある友禪(いうぜん)を一面(いちめん)ずらりと張立(はりた)てたやうでもあるし、しきりに一小間々々(ひとこま/\)に、徳利(とくり)にお猪口(ちよく)、お魚(さかな)に扇(あふぎ)、手桶(てをけ)と云(い)ふのまで結(むす)びつけた、小兒衆(こどもしう)がお馴染(なじみ)の、當(あて)ものの臺紙(だいがみ)で山(やま)を包(つゝ)んだ體(てい)もある。奇觀(きくわん)、妙觀(めうくわん)と謂(いつ)つべし。で、激流(げきりう)に打込(うちこ)んだ眞黒(まつくろ)な杭(くひ)を、下(した)から突支棒(つツかひぼう)にした高樓(たかどの)なぞは、股引(もゝひき)を倒(さかさま)に、輕業(かるわざ)の大屋臺(おほやたい)を、チヨンと木(き)の頭(かしら)で載(の)せたやうで面白(おもしろ)い。
 湯野(ゆの)の温泉(をんせん)の一部(いちぶ)である。

 飯坂(いひざか)と、此(こ)の温泉(をんせん)は、橋(はし)一(ひと)つ隔(へだ)てるのであるが、摺上川(すりかみがは)を中(なか)にして兩方(りやうはう)から湯(ゆ)の宿(やど)の裏(うら)の、小部屋(こべや)も座敷(ざしき)も、お互(たがひ)に見(み)え合(あ)ふのが名所(めいしよ)とも言(い)ふべきである……と、後(のち)に聞(き)いた。
 時(とき)に――今(いま)渡(わた)つた橋(はし)である――私(わたし)は土産(みやげ)に繪(ゑ)葉(は)がきを貰(もら)つて、此(こ)の寫眞(しやしん)を視(み)て、十綱橋(とつなばし)とあるのを、喜多八(きたはち)以來(いらい)の早合點(はやがてん)で、十網橋(とあみばし)だと思(おも)つた。何故(なぜ)なら、かみ手(て)は、然(さ)うして山(やま)が迫(せま)つて、流(ながれ)も青(あを)く暗(くら)いのに、橋(はし)を境(さかひ)に下流(かりう)の一方(いつぱう)は、忽(たちま)ち豁然(くわつぜん)として磧(かはら)が展(ひら)けて、巖(いは)も石(いし)も獲(え)ものの如(ごと)くバツと飛(と)ばして凄(すご)いばかりに廣(ひろ)く成(な)る。……山(やま)も地平線上(ちへいせんじやう)に遠霞(とほがす)んで、荒涼(くわうりやう)たる光景(くわうけい)が恰(あたか)も欄干(らんかん)で絞(しぼ)つて、網(あみ)を十(と)をばかり、ぱつと捌(さば)いて大(おほ)きく投(な)げて、末(すゑ)を廣(ひろ)げたのに譬(たとへ)たのだらう。と、狼狽(うろた)へて居(ゐ)たのである。
 念(ねん)のために、訂(たゞ)すと、以(もつ)ての外(ほか)で。むかしは兩岸(りやうがん)に巨木(きよぼく)を立(た)て、之(これ)に藤(ふぢ)の綱(つな)十條(とすぢ)を曳(ひ)き、綱(つな)に板(いた)を渡(わた)したと言(い)ふ、著(いちじる)しき由緒(ゆゐしよ)があつて、いまも古制(こせい)に習(なら)つた、鐵(てつ)の釣橋(つりばし)だと言(い)ふ……おまけに歌(うた)まである。
陸奧(みちのく)の十綱(とつな)の橋(はし)に繰(く)る綱(つな)の
  絶(た)えずもくるといはれたるかな――千載集(せんざいしふ)
「旦那(だんな)――あの藤(ふぢ)の花(はな)、何(ど)うだ。」
「はあ。」
「あれだ、見(み)さつせえ、名所(めいしよ)だにの。」
「あゝ、見事(みごと)だなあ。」
 私(わたし)は俥(くるま)から、崖(がけ)の上(うへ)へ乘出(のりだ)した。對岸(たいがん)(――橋(はし)を渡(わた)つて俥(くるま)は湯(ゆ)の原(はら)の宿(しゆく)の裏(うら)を眞正面(ましやうめん)の坂(さか)を上(のぼ)る――)に五層(ごそう)七層(しちそう)を連(つら)ねた中(なか)に、一所(ひとところ)、棟(むね)と棟(むね)との高(たか)い切目(きれめ)に、樅(もみ)か欅(けやき)か、偉(おほい)なる古木(こぼく)の青葉(あをば)を卷(ま)いて、其(そ)の梢(こずゑ)から兩方(りやうはう)の棟(むね)にかゝり、廂(ひさし)に漾(たゞよ)ひ羽目(はめ)に靡(なび)いて、颯(さつ)と水(みづ)に落(お)つる、幅(はゞ)二間(にけん)ばかりの紫(むらさき)を、高樓(たかどの)で堰(せ)き、欄干(らんかん)にしぶきを立(た)たせて散(ち)つたも見(み)える、藤(ふぢ)の花(はな)なる瀧(たき)である。
 私(わたし)は繰返(くりかへ)した。
「あゝ、見事(みごと)だなあ。」
「旦那(だんな)、あの藤(ふぢ)での、むかし橋(はし)を架(か)けたげだ。」
「落(お)ちても可(い)い、渡(わた)りたいな。」
 と言(い)つたばかりで(考慮(かんがへ)のない恥(はづか)しさは、此(こ)れを聞(き)いた時(とき)も綱(つな)には心着(こゝろづ)かなかつた、勿論(もちろん)後(あと)の事(こと)で)其(そ)の時(とき)は……と言(い)つたばかりで、偶(ふ)と口(くち)をつぐんだ。
 馬(うま)の背(せ)のやうに乘上(のりあが)つた俥(くるま)の上(うへ)の目(め)の前(まへ)に、角柱(かくばしら)の大門(おほもん)に、銅板(どうばん)の額(がく)を打(う)つて、若葉町(わかばちやう)旭(あさひ)の廓(くるわ)と鑄(い)てかゝげた、寂然(しん)とした、明(あか)るい場所(しま)を見(み)たからである。
 青磁(せいじ)、赤江(あかえ)、錦手(にしきで)の皿小鉢(さらこばち)、角(かど)の瀬戸(せと)もの屋(や)がきらりとする。横町(よこちやう)には斜(なゝめ)に突出(とつしゆつ)して、芝居(しばゐ)か、何(なん)ぞ、興行(こうぎやう)ものの淺葱(あさぎ)の幟(のぼり)が重(かさ)なつて、ひら/\と煽(あふ)つて居(ゐ)た。
 ぐら/\と、しかし、親仁(おやぢ)は眞直(まつすぐ)に乘込(のりこ)んだ。
「廓(くるわ)でがあすぞ、旦那(だんな)。」
 屋號(やがう)、樓稱(ろうしよう)(川(かは)。)と云(い)ふ字(じ)、(松(まつ)。)と云(い)ふ字(じ)、藍(あゐ)に、紺染(こんぞめ)、暖簾(のれん)靜(しづか)に(必(かならず)。)と云(い)ふ形(かたち)のやうに、結(むす)んでだらりと下(さ)げた蔭(かげ)にも、覗(のぞ)く島田髷(しまだ)は見(み)えなんだ。
「ひつそりして居(ゐ)るづらあがね。」
「あゝ。」
「夜(よ)さりは賑(にぎや)かだ。」
 出口(でぐち)の柳(やなぎ)を振向(ふりむ)いて見(み)ると、間(ま)もなく、俥(くるま)は、御神燈(ごしんとう)を軒(のき)に掛(か)けた、格子(かうし)づくりの家居(いへゐ)の並(なら)んだ中(なか)を、常磐樹(ときはぎ)の影(かげ)透(す)いて、颯(さつ)と紅(べに)を流(なが)したやうな式臺(しきだい)へ着(つ)いた。明山閣(めいざんかく)である。

「綺麗(きれい)だなあ、此(こ)の花(はな)は?……」
 私(わたし)は磨込(みがきこ)んだ式臺(しきだい)に立(た)つて、番頭(ばんとう)と女中(ぢよちう)を左右(さいう)にしたまゝ、うつかり訊(き)いた。
「躑躅(つゝじ)でござります。」と年配(ねんぱい)の番頭(ばんとう)が言(い)つた。
 櫻(さくら)か、海棠(かいだう)かと思(おも)ふ、巨(おほき)なつゝじの、燃立(もえた)つやうなのを植(うゑ)て、十鉢(とはち)ばかりずらりと並(なら)べた――紅(べに)を流(なが)したやうなのは、水打(みづう)つた石疊(いしだたみ)に其(そ)の影(かげ)が映(うつ)つたのである。
 が、待(ま)てよ。……玄關口(げんくわんぐち)で、躑躅(つゝじ)の鉢植(はちうゑ)に吃驚(びつくり)するやうでは――此(こ)の柄(がら)だから通(とほ)しはしまいが――上壇(じやうだん)の室(ま)で、金屏風(きんびやうぶ)で、牡丹(ぼたん)と成(な)ると、目(め)をまはすに相違(さうゐ)ない。とすると、先祖(せんぞ)へはともかく、友達(ともだち)の顏(かほ)にかゝはる……と膽(たん)を廊下(らうか)に錬(ね)つて行(ゆ)くと、女中(ぢよちう)に案内(あんない)されたのは、此(これ)は又(また)心易(こゝろやす)い。爪尖上(つまさきあが)りの廊下(らうか)から、階子段(はしごだん)を一度(いちど)トン/\と下(お)りて、バタンと扉(とびら)を開(あ)けて入(はひ)つた。縁側(えんがは)づきのおつな六疊(ろくでふ)。――床(とこ)わきの袋戸棚(ふくろとだな)に、すぐに箪笥(たんす)を取着(とりつ)けて、衣桁(いかう)が立(た)つて、――さしむかひに成(な)るやうに、長火鉢(ながひばち)が横(よこ)に、谿河(たにがは)の景色(けしき)を見通(みとほ)しに据(す)ゑてある。
 火(ひ)がどツさり。炭(すみ)が安(やす)い。有難(ありがた)い。平泉(ひらいづみ)の晝食(ちうじき)でも、昨夜(ゆうべ)松島(まつしま)のホテルでも然(さ)うだつた。が、火(ひ)がどツさり。炭(すみ)が安(やす)い。有難(ありがた)い。鐵瓶(てつびん)の湯(ゆ)はたぎる。まだお茶代(ちやだい)も差上(さしあ)げないのに、相濟(あひす)まない、清(きよ)らかな菓子器(くわしき)の中(なか)は、ほこりのかゝらぬ蒸菓子(むしぐわし)であつた。
「先(ま)づ一服(いつぷく)。」
 流(ながれ)の音(おと)が、颯(さつ)と座(ざ)に入(い)つて、カカカカカカカと朗(ほがらか)に河鹿(かじか)が鳴(な)く。
 恰(あたか)も切立(きつたて)の崖上(がけうへ)で、縁(えん)の小庭(こには)に、飛石(とびいし)三(み)つ四(よ)つ。躑躅(つゝじ)――驚(おどろ)くな――山吹(やまぶき)などを輕(かる)くあしらつた、此(こ)の角座敷(かどざしき)。で、庭(には)が尖(とが)つて、あとが座敷(ざしき)つゞきに、むかうへすつと擴(ひろ)がつた工合(ぐあひ)が、友禪切(いうぜんぎれ)の衽前(おくみさき)と言(い)ふ體(てい)がある。縁(えん)の角(かど)の柱(はしら)に、縋(すが)りながら、恁(か)う一(ひと)つ氣取(きど)つて立(た)つと、爪尖(つまさき)が、すぐに浴室(よくしつ)の屋根(やね)に屆(とゞ)いて、透間(すきま)は、巖(いは)も、草(くさ)も、水(みづ)の滴(したゝ)る眞暗(まつくら)な崖(がけ)である。危(あぶな)つかしいが、また面白(おもしろ)い。
 内(うち)のか、外(よそ)のか、重(かさ)なり疊(たゝ)んだ棟(むね)がなぞへに、次第低(しだいびく)に、溪流(けいりう)の岸(きし)に臨(のぞ)んで、通廊下(かよひらうか)が、屋根(やね)ながら、斜違(はすか)ひに緩(ゆる)く上(のぼ)り、又(また)急(きふ)に降(お)りる。……
 湯(ゆ)の宿(やど)と、湯(ゆ)の宿(やど)で、川底(かはそこ)の巖(いは)を抉(ゑぐ)つた形(かたち)で、緑青(ろくしやう)に雪(ゆき)を覆輪(ふくりん)した急流(きふりう)は、颯(さつ)と白雲(はくうん)の空(そら)に浮(う)いて、下屋(げや)づくりの廂(ひさし)に呑(の)まれる。
「いゝ景色(けしき)だ。あれが摺上川(すりかみがは)だね。」
 圓髷(まるまげ)の年増(としま)の女中(ぢよちう)が、
「あら、旦那(だんな)よく御存(ごぞん)じでございますこと。」
「其(そ)のくらゐな事(こと)は學校(がくかう)で覺(おぼ)えたよ。」
「感心(かんしん)、道理(だうり)で落第(らくだい)も遊(あそ)ばさないで。」
「お手柔(てやはら)かに願(ねが)ひます。」

 旅費(りよひ)が少(すくな)いから、旦那(だんな)は脇息(けふそく)とある處(ところ)を、兄哥(あにい)に成(な)つて、猫板(ねこいた)に頬杖(ほゝづゑ)つくと、又(また)嬉(うれ)しいのは、摺上川(すりかみがは)を隔(へだ)てた向(むか)う土手(どて)湯(ゆ)の原(はら)街道(かいだう)を、山(やま)の根(ね)について往來(ゆきき)する人通(ひとどほ)りが、衣(き)ものの色(いろ)、姿容(なりかたち)は、はつきりして、顏(かほ)の朧氣(おぼろげ)な程度(ていど)でよく見(み)える。旅商人(たびあきうど)も行(ゆ)けば、蝙蝠傘(かうもりがさ)張替直(はりかへなほ)しも通(とほ)る。洋裝(やうさう)した坊(ぼつ)ちやんの手(て)を曳(ひ)いて、麥藁帽(むぎわらばう)が山腹(さんぷく)の草(くさ)を縫(ぬ)つて上(のぼ)ると、白(しろ)い洋傘(パラソル)の婦人(ふじん)が續(つゞ)く。
 浴室(よくしつ)の窓(まど)からも此(これ)が見(み)えて、薄(うつす)りと湯氣(ゆげ)を透(すか)すと、ほかの土地(とち)には餘(あま)りあるまい、海市(かいし)に對(たい)する、山谷(さんこく)の蜃氣樓(しんきろう)と言(い)つた風情(ふぜい)がある。
 温泉(いでゆ)は、やがて一浴(いちよく)した。純白(じゆんぱく)な石(いし)を疊(たゝ)んで、色紙形(しきしがた)に大(おほき)く湛(たゝ)へて、幽(かす)かに青味(あをみ)を帶(お)びたのが、入(はひ)ると、颯(さつ)と吹溢(ふきこぼ)れて玉(たま)を散(ち)らして潔(いさぎよ)い。清々(すが/\)しいのは、かけ湯(ゆ)の樋(ひ)の口(くち)をちら/\と、こぼれ出(で)て、山(やま)の香(か)の芬(ぷん)と薫(かを)る、檜(ひのき)、槇(まき)など新緑(しんりよく)の木(き)の芽(め)である。松葉(まつば)もすら/\と交(まじ)つて、浴槽(よくさう)に浮(う)いて、潛(くゞ)つて、湯(ゆ)の搖(ゆ)るゝがまゝに舞(ま)ふ。腕(うで)へ來(く)る、乳(ちゝ)へ來(く)る。拂(はら)へば馳(はし)つて、又(また)スツと寄(よ)る。あゝ、女(をんな)の雪(ゆき)の二(に)の腕(うで)だと、松葉(まつば)が命(いのち)の黥(いれずみ)をしよう、指(ゆび)には青(あを)い玉(たま)と成(な)らう。私(わたし)は酒(さけ)を思(おも)つて、たゞ杉(すぎ)の葉(は)の刺青(ほりもの)した。
 ……此(こ)の心持(こゝろもち)で晩景(ばんけい)一酌(いつしやく)。
 向(むか)うの山(やま)に灯(ひ)が見(み)えて、暮(く)れせまる谿河(たにがは)に、なきしきる河鹿(かじか)の聲(こゑ)。――一匹(いつぴき)らしいが、山(やま)を貫(つらぬ)き、屋(をく)を衝(つ)いて、谺(こだま)に響(ひゞ)くばかりである。嘗(かつ)て、卯(う)の花(はな)の瀬(せ)を流(なが)す時(とき)、箱根(はこね)で思(おも)ふまゝ、此(こ)の聲(こゑ)を聞(き)いた。が、趣(おもむき)が違(ちが)ふ。彼處(かしこ)のは、横(よこ)に靡(なび)いて婉轉(ゑんてん)として流(ながれ)を操(あやつ)り、此處(こゝ)のは、縱(たて)に通(とほ)つて喨々(れう/\)として瀧(たき)を調(しら)ぶる。
 すぽい/\、すぽい/\と、寂(さび)しく然(しか)も高(たか)らかに、向(むか)う斜(なゝめ)に遙(はるか)ながら、望(のぞ)めば眉(まゆ)にせまる、滿山(まんざん)は靄(もや)にして、其處(そこ)ばかり樹立(こだち)の房(ふつさ)りと黒髮(くろかみ)を亂(みだ)せる如(ごと)き、湯(ゆ)の原(はら)あたり山(やま)の端(は)に、すぽい/\、すぽい/\と唯(たゞ)一羽(いちは)鳥(とり)が鳴(な)いた。――世(よ)の中(なか)のうろたへものは、佛法僧(ぶつぽふそう)、慈悲心鳥(じひしんてう)とも言(い)ふであらう。松(まつ)の尾(を)の峰(みね)、黒髮山(くろかみやま)は、われ知(し)らず、この飯坂(いひざか)に何(なん)の鳥(とり)ぞ。
「すぽい鳥(どり)ですよ。」
 と女中(ぢよちう)は言(い)つた。
 星(ほし)が見(み)えつゝ、聲(こゑ)が白(しろ)い。
 いま、河鹿(かじか)の流(なが)れに、たてがみを振向(ふりむ)けながら、柴(しば)積(つ)んだ馬(うま)が馬士(うまかた)とともに、ぼつと霞(かす)んで消(き)えたと思(おも)ふと、其(そ)のうしろから一(ひと)つ提灯(ちやうちん)。……鄙唄(ひなうた)を、いゝ聲(こゑ)で――
大正十年七月
了

底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
   1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
   1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
初出:「東京日日新聞 第一六〇九二号〜一六〇九八号」東京日日新聞社
   1921(大正10)年7月21日〜27日
※「づらりと」と「ずらりと」、「前途」に対するルビの「ゆくて」と「さき」、「彼方」に対するルビの「あつち」と「あちら」、「此方」に対するルビの「こつち」と「こちら」、「欄干」に対するルビの「らんかん」と「てすり」、「温泉」に対するルビの「ゆ」と「いでゆ」と「をんせん」の混在は、底本通りです。
※表題は底本では、「飯坂(いひざか)ゆき」となっています。
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:岡村和彦
2018年7月27日作成
2018年8月28日修正
青空文庫作成ファイル:
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