あらすじ
夏の夜、遠くから聞こえる木菟(ミミズク)の鳴き声。その音色は、どこか物悲しい。都会の喧騒の中でも、木菟は夜空を舞い、その独特な鳴き声を響かせる。時には、窓辺に現れ、人の心を惹きつける。作者は、木菟に魅了され、その鳴き声に耳を傾け、様々な思いを巡らせる。都会と自然、そしてそこに生きる人々の姿を、木菟の鳴き声を通して描き出す、幻想的な物語である。
 苗賣(なへうり)の聲(こゑ)は、なつかしい。
……垣(かき)の卯(う)の花(はな)、さみだれの、ふる屋(や)の軒(のき)におとづれて、朝顏(あさがほ)の苗(なへ)や、夕顏(ゆうがほ)の苗(なへ)……
 またうたに、
……田舍(ゐなか)づくりの、かご花活(はないけ)に、づツぷりぬれし水色(みづいろ)の、たつたを活(い)けし樂(たの)しさは、心(こゝろ)の憂(う)さもどこへやら……
 小(こ)うたの寄(よ)せ本(ぼん)で讀(よ)んだだけでも一寸(ちよつと)意氣(いき)だ、どうして惡(わる)くない。が、四疊半(よでふはん)でも六疊(ろくでふ)でも、琵琶棚(びはだな)つきの廣間(ひろま)でも、そこは仁體(にんてい)相應(さうおう)として、これに調子(てうし)がついて、別嬪(べつぴん)の聲(こゑ)で聞(き)かうとすると、三味線(さみせん)の損料(そんれう)だけでもお安(やす)くない。白(しろ)い手(て)の指環(ゆびわ)の税(ぜい)がかゝる。それに、われら式(しき)が、一念發起(いちねんほつき)に及(およ)んだほどお小遣(こづかひ)を拂(はた)いて、羅(うすもの)の褄(つま)に、すツと長(なが)じゆばんの模樣(もやう)が透(す)く、……水色(みづいろ)の、色氣(いろけ)は(たつた)で……斜(なゝめ)に座(すわ)らせたとした所(ところ)で、歌澤(うたざは)が何(なん)とかで、あのはにあるの、このはにないのと、淺間(あさま)の灰(はひ)でも降(ふ)つたやうに、その取引(とりひき)たるや、なか/\むづかしいさうである。
 先哲(せんてつ)いはく……君子(くんし)はあやふきに近(ちか)よらず、いや頬杖(ほゝづゑ)で讀(よ)むに限(かぎ)る。……垣(かき)の卯(う)の花(はな)、さみだれの、ふる屋(や)の軒(のき)におとづれて……か。
 惡(わる)いことは申(まを)さぬ。これに御同感(ごどうかん)の方々(かた/″\)は、三味線(さみせん)でお聞(き)きになるより、字(じ)でお讀(よ)みになる方(はう)が無事(ぶじ)である。――
 下町(したまち)の方(はう)は知(し)らない。江戸(えど)のむかしよりして、これを東京(とうきやう)の晝(ひる)の時鳥(ほとゝぎす)ともいひたい、その苗賣(なへうり)の聲(こゑ)は、近頃(ちかごろ)聞(き)くことが少(すくな)くなつた。偶(たま)にはくるが、もう以前(いぜん)のやうに山(やま)の手(て)の邸町(やしきまち)、土(ど)べい、黒(くろ)べい、幾曲(いくまが)りを一聲(ひとこゑ)にめぐつて、透(とほ)つて、山王樣(さんわうさま)の森(もり)に響(ひゞ)くやうなのは聞(き)かれない。
 久(ひさ)しい以前(いぜん)だけれども、今(いま)も覺(おぼ)えて居(ゐ)る。一度(いちど)は本郷(ほんがう)龍岡町(たつをかちやう)の、あの入組(いりく)んだ、深(ふか)い小路(こうぢ)の眞中(まんなか)であつた。一度(いちど)は芝(しば)の、あれは三田(みた)四國町(しこくまち)か、慶應大學(けいおうだいがく)の裏(うら)と思(おも)ふ高臺(たかだい)であつた。いづれも小笠(をがさ)のひさしをすゑ、脚半(きやはん)を輕(かる)く、しつとりと、拍子(ひやうし)をふむやうにしつゝ聲(こゑ)にあやを打(う)つてうたつたが……うたつたといひたい。私(わたし)は上手(じやうず)の名曲(めいきよく)を聞(き)いたと同(おな)じに、十年(じふねん)、十五年(じふごねん)の今(いま)も忘(わす)れないからである。
 この朝顏(あさがほ)、夕顏(ゆふがほ)に續(つゞ)いて、藤豆(ふぢまめ)、隱元(いんげん)、なす、さゝげ、唐(たう)もろこしの苗(なへ)、また胡瓜(きうり)、糸瓜(へちま)――令孃方(れいぢやうがた)へ愛相(あいさう)に(お)の字(じ)をつけて――お南瓜(たうなす)の苗(なへ)、……と、砂村(すなむら)で勢(せい)ぞろひに及(およ)んだ、一騎當千(いつきたうせん)、前栽(せんざい)の強物(つはもの)の、花(はな)を頂(いたゞ)き、蔓手綱(つるたづな)、威毛(をどしげ)をさばき、裝(よそほ)ひに濃(こ)い紫(むらさき)を染(そめ)などしたのが、夏(なつ)の陽炎(かげろふ)に幻影(まぼろし)を顯(あら)はすばかり、聲(こゑ)で活(い)かして、大路(おほぢ)小路(こうぢ)を縫(ぬ)つたのも中頃(なかごろ)で、やがて月見草(つきみさう)、待(まつ)よひ草(ぐさ)、くじやく草(さう)などから、ヒヤシンス、アネモネ、チウリツプ、シクラメン、スヰートピイ。笛(ふえ)を吹(ふ)いたら踊(をど)れ、何(なん)でも舶來(はくらい)ものの苗(なへ)を並(なら)べること、尖端(モダン)新語辭典(しんごじてん)のやうになつたのは最近(さいきん)で、いつか雜曲(ざつきよく)に亂(みだ)れて來(き)た。
 決(けつ)して惡(わる)くいふのではない、聲(こゑ)はどうでも、商賣(しやうばい)は道(みち)によつて賢(かしこ)くなつたので、この初夏(しよか)も、二人(ふたり)づれ、苗賣(なへうり)の一組(ひとくみ)が、下六番町(しもろくばんちやう)を通(とほ)つて、角(かど)の有馬家(ありまけ)の黒塀(くろべい)に、雁(がん)が歸(かへ)るやうに小笠(をがさ)を浮(う)かして顯(あら)はれた。
 ――紅花(べにばな)の苗(なへ)や、おしろいの苗(なへ)――特(とく)に註(ちう)するに及(およ)ぶまい、苗賣(なへうり)の聲(こゑ)だけは、草(くさ)、花(はな)の名(な)がそのまゝでうたになること、波(なみ)の鼓(つゞみ)、松(まつ)の調(しら)べに相(あひ)ひとしい。床(とこ)の間(ま)ものの、ぼたん、ばらよりして、缺摺鉢(かけすりばち)、たどんの空箱(あきばこ)の割長屋(わりながや)、松葉(まつば)ぼたん、唐辛子(たうがらし)に至(いた)るまで聲(こゑ)を出(だ)せば節(ふし)になる。むかし、下(しも)の句(く)に(それにつけても金(かね)の欲(ほ)しさよ)と吟(ぎん)ずれば、前句(まへく)はどんなでもぴつたりつく。(ほとゝぎすなきつるかたをながむれば)――(それにつけてもかねのほしさよ、)――一寸(ちよつと)見本(みほん)がこんなところ。古池(ふるいけ)や、でも何(なん)でも構(かま)はぬ、といつた話(はなし)がある。もつともだ。うら盆(ぼん)で餘計(よけい)身(み)にしみて聞(き)こえるのと、卑(さも)しいけれども、同(おな)じであらう。
 その……
――紅花(べにばな)の苗(なへ)や、おしろいの苗(なへ)――
 小(こ)うたなるかな。ふる屋(や)の軒(のき)におとづれた。何(なに)、座(すわ)つて居(ゐ)ても、苗屋(なへや)の笠(かさ)は見(み)えるのだが、そこは凡夫(ぼんぷ)だ、おしろいと聞(き)いたばかりで、破(やれ)すだれ越(ごし)に乘(のり)だして見(み)たのであるが、續(つゞ)いて、
――紅鷄頭(あかけいとう)、黄鷄頭(きげいとう)、雁來紅(がんらいこう)の苗(なへ)。……とさか鷄頭(けいとう)、やり鷄頭(けいとう)の苗(なへ)――
 と呼(よ)んだ。繪(ゑ)で見(み)せないと、手(て)つきや口(くち)の説明(せつめい)では、なか/\形(かた)が見(み)せられないのに、この、とさか鷄頭(けいとう)、やり鷄頭(けいとう)は、いひ得(え)てうまい。……學者(がくしや)の術語(じゆつご)ばなれがして、商賣(しやうばい)によつて賢(かしこ)しである、と思(おも)つたばかりは二人組(ふたりぐみ)かけ合(あひ)の呼聲(よびごゑ)も、實(じつ)は玄米(げんまい)パンと、ちんどん屋(や)、また一所(いつしよ)になつた……どぢやう、どぢやう、どぢやう――に紛(まぎ)れたのであつた。
 こちらで氣(き)をつけて、聞迎(きゝむか)へるのでなくつては、苗賣(なへうり)は、雜音(ざつおん)のために、どなたも、一寸(ちよつと)氣(き)がつかないかも知(し)れぬと思(おも)ふ。
 まして深夜(しんや)の鳥(とり)の聲(こゑ)。
 俳諧(はいかい)には、冬(ふゆ)の季(き)になつて居(ゐ)たはずだが、みゝづくは、春(はる)の末(すゑ)から、眞夏(まなつ)、秋(あき)も鳴(な)く。……ともすると梅雨(つゆ)うちの今頃(いまごろ)が、あの、忍術(にんじゆつ)つかひ得意(とくい)の時(とき)であらうも知(し)れぬ。魔法(まはふ)、妖術(えうじゆつ)、五月暗(さつきやみ)にふさはしい。……よひの間(ま)のホウ、ホウは、あれは、夜鷹(よたか)だと思(おも)はれよ。のツホウホー、人魂(ひとだま)が息吹(いぶき)をするとかいふ聲(こゑ)に、藍暗(らんあん)、紫色(ししよく)を帶(たい)して、のりすれ、のりほせのないのは木菟(みゝづく)で。……大抵(たいてい)眞夜中(まよなか)の二時(にじ)過(す)ぎから、一時(ひととき)ほどの間(あひだ)を遠(とほ)く、近(ちか)く、一羽(いちは)だか、二羽(には)だか、毎夜(まいよ)のやうに鳴(な)くのを聞(き)く。寢(い)ねがての夜(よる)の慰(なぐさ)みにならないでもない。

 陽氣(やうき)の加減(かげん)か、よひまどひをして、直(ぢ)き町内(ちやうない)の大銀杏(おほいてふ)、ポプラの古樹(ふるき)などで鳴(な)く事(こと)があると、梟(ふくろ)だよ、あゝ可恐(こは)い。……私(わたし)の身邊(しんぺん)には、生(あい)にくそんな新造(しんぞ)は居(ゐ)ないが、とに角(かく)、ふくろにして不氣味(ぶきみ)がる。がふくろの聲(こゑ)は、そんな生優(なまやさ)しいものではない。――相州(さうしう)逗子(づし)に住(すま)つた時(とき)、秋(あき)もややたけた頃(ころ)、雨(あめ)はなかつたが、あれじみた風(かぜ)の夜中(よなか)に、破屋(あばらや)の二階(にかい)のすぐその欄干(らんかん)と思(おも)ふ所(ところ)で、化(ば)けた禪坊主(ぜんばうず)のやうに、※(「口+同」、第4水準2-3-86)喝(どうかつ)をくはしたが、思(おも)はず、引(ひ)き息(いき)で身震(みぶる)ひした。唐突(だしぬけ)に犬(いぬ)がほえたやうな凄(すさ)まじいものであつた。
 だから、ふくろの聲(こゑ)は、話(はなし)に聞(き)く狼(おほかみ)がうなるのに紛(まぎ)れよう。……みゝづくの方(はう)は、木精(こだま)が戀(こひ)をする調子(てうし)だと思(おも)へば可(い)い。が、いづれ魔(ま)ものに近(ちか)いのであるから、又(また)ばける、といはれるのを慮(おもんぱか)つて、内々(ない/\)遠慮(ゑんりよ)がちに話(はな)したけれども、實(じつ)は、みゝづくは好(す)きである。第一(だいいち)形(かたち)が意氣(いき)だ。――閨(ねや)、いや、寢床(ねどこ)の友(とも)の、――源語(げんご)でも、勢語(せいご)でもない、道中膝栗毛(だうちうひざくりげ)を枕(まくら)に伏(ふ)せて、どたりとなつて、もう鳴(な)きさうなものだと思(おも)ふのに、どこかの樹(き)の茂(しげ)りへ顯(あら)はれない時(とき)は、出來(でき)るものなら、内懷(うちぶところ)に隻手(せきしゆ)の印(いん)を結(むす)んで、屋(や)の棟(むね)に呼(よ)びたい、と思(おも)ふくらゐである。
 旅行(りよかう)をしても、この里(さと)、この森(もり)、この祠(ほこら)――どうも、みゝづくがゐさうだ、と直感(ちよくかん)すると、果(はた)して深更(しんかう)に及(およ)んで、ぽツと、顯(あら)はれ出(い)づるから則(すなは)ち話(はな)せる。――のツほーほう、ほツほウ。
「おいでなさい、今晩(こんばん)は。……」
 つい先月(せんげつ)の中旬(ちうじゆん)である。はじめて外房州(そとばうしう)の方(はう)へ、まことに緊縮(きんしゆく)な旅行(りよかう)をした、その時(とき)――
 待(ま)て、旅(たび)といへば、内(うち)にゐて、哲理(てつり)と岡(をか)ぼれの事(こと)にばかり凝(こ)つてゐないで、偶(たま)には外(そと)へ出(で)て見(み)たがよい。よしきり(よし原(はら)すゞめ、行々子(ぎやう/\し))は、麥(むぎ)の蒼空(おほぞら)の雲雀(ひばり)より、野趣(やしゆ)横溢(わういつ)して親(した)しみがある。前(まへ)にいつたその逗子(づし)の時分(じぶん)は、裏(うら)の農家(のうか)のやぶを出(で)ると、すぐ田越川(たごえがは)の流(なが)れの續(つゞ)きで、一本橋(いつぽんばし)を渡(わた)る所(ところ)は、たゞ一面(いちめん)の蘆原(あしはら)。滿潮(まんてう)の時(とき)は、さつと潮(さ)してくる浪(なみ)がしらに、虎斑(とらふ)の海月(くらげ)が乘(の)つて、あしの葉(は)の上(うへ)を泳(およ)いだほどの水場(みづば)だつたが、三年(さんねん)あまり一度(いちど)もよしきりを聞(き)いた事(こと)……無論(むろん)見(み)た事(こと)もない。
 後(のち)に、奧州(あうしう)の平泉(ひらいづみ)中尊寺(ちうそんじ)へ詣(まう)でたかへりに、松島(まつしま)へ行(ゆ)く途中(とちう)、海(うみ)の底(そこ)を見(み)るやうな岩(いは)の根(ね)を拔(ぬ)ける道々(みち/\)、傍(かたはら)の小沼(こぬま)の蘆(あし)に、くわらくわいち、くわらくわいち、ぎやう、ぎやう、ぎやう、ちよツ、ちよツ、ちよツ……を初音(はつね)に聞(き)いた。
 まあ、そんなに念(ねん)いりにいはないでも、凡(およそ)烏(からす)の勘左衞門(かんざゑもん)、雀(すゞめ)の忠三郎(ちうざぶらう)などより、鳥(とり)でこのくらゐ、名(な)と聲(こゑ)の合致(がつち)したものは少(すくな)からう、一度(いちど)もまだ見聞(みき)きした覺(おぼ)えのないものも、聲(こゑ)を聞(き)けば、すぐ分(わか)る……
ぎやうぎやうし、ぎやうぎやうし、ぎやうぎやうし、ぎやうぎやうし。
 もし/\、久保田(くぼた)さん、と呼(よ)んで、こゝで傘雨(さんう)さんにお目(め)にかゝりたい。これでは句(く)になりますまいか。
ぎやうぎやうし、ぎやうぎやうし、ぎやうぎやうし。
 顏(かほ)と腹(はら)を横(よこ)に搖(ゆす)つて、万(まん)ちやんの「折合(をりあ)へません」が目(め)に見(み)える。
 加賀(かが)の大野(おほの)、根生(ねぶ)の濱(はま)を歩行(ある)いた時(とき)は、川口(かはぐち)の洲(す)の至(いた)る所(ところ)、蘆(あし)一(ひと)むらさへあれば、行々子(ぎやう/\し)の聲(こゑ)が渦(うづ)を立(た)てた、蜷(にな)の居(ゐ)る渚(なぎさ)に寄(よ)れば、さら/\と袖(そで)ずれの、あしのもとに、幾十羽(いくじつぱ)ともない、くわらくわいち、くわらくわいち、ちよツ、ちよツで。ぬれ色(いろ)の、うす紅(あか)らんだ莖(くき)を傳(つた)ひ、水(みづ)をはねて、羽(はね)の生(は)えた鮒(ふな)で飛囘(とびまは)る。はら/\と立(た)つて、うしろの藁屋(わらや)の梅(うめ)に五六羽(ごろつぱ)、椿(つばき)に四五羽(しごは)、ちよツちよツと、旅人(たびびと)を珍(めづら)しさうに、くちばしを向(む)けて共音(ともね)にさへづつたのである。――なじみに成(な)ると、町中(まちなか)の小川(をがは)を前(まへ)にした、旅宿(やどや)の背戸(せど)、その水(みづ)のめぐる柳(やなぎ)の下(もと)にも來(き)て、朝(あさ)はやくから音信(おとづ)れた。
 ……次手(ついで)に、おなじ金澤(かなざは)の町(まち)の旅宿(りよしゆく)の、料理人(れうりにん)に聞(き)いたのであるが、河蝉(かはせみ)は黐(もち)を恐(おそ)れない。寧(むし)ろ知(し)らないといつても可(い)い。庭(には)の池(いけ)の鯉(こひ)を、大小(だいせう)計(はか)つてねらひにくるが、仕(し)かけさへすれば、すぐにかゝる。また、同國(どうこく)で、特産(とくさん)として諸國(しよこく)に貨(くわ)する、鮎釣(あゆつり)の、あの蚊針(かばり)は、すごいほど彩色(さいしき)を巧(たくみ)に昆蟲(こんちう)を模(も)して造(つく)る。針(はり)の稱(な)に、青柳(あをやぎ)、女郎花(をみなへし)、松風(まつかぜ)、羽衣(はごろも)、夕顏(ゆふがほ)、日中(ひなか)、日暮(ひぐれ)、螢(ほたる)は光(ひか)る。(太公望(たいこうばう))は諷(ふう)する如(ごと)くで、殺生道具(せつしやうだうぐ)に阿彌陀(あみだ)は奇(き)なり。……黒海老(くろえび)、むかで、暗(やみ)がらす、と不氣味(ぶきみ)になり、黒虎(くろとら)、青蜘蛛(あをぐも)とすごくなる。就中(なかんづく)、ねうちものは、毛卷(けまき)におしどりの羽毛(うまう)を加工(かこう)するが、河蝉(かはせみ)の羽(はね)は、職人(しよくにん)のもつとも欲(ほつ)するところ、特(とく)に、あの胸毛(むなげ)の火(ひ)の燃(も)ゆる緋(ひ)は、魔(ま)の如(ごと)く魚(うを)を寄(よ)せる、といつて價(あたひ)を選(えら)ばないさうである。たゞ斷(ことわ)つて置(お)くが、その搖(ゆる)る篝火(かゞりび)の如(ごと)き、大紅玉(だいこうぎよく)を抱(いだ)いた彼(か)のをんなは、四時(しじ)ともに殺生禁斷(せつしやうきんだん)のはずである。
 さて、よしきりだが、あのおしやべりの中(なか)に、得(え)もいはれない、さびしい情(じやう)の籠(こも)つたのがうれしい。いふまでもなく番町邊(ばんちやうあたり)では、あこがれる蛙(かへる)さへ聞(き)かれない。どこか近郊(きんこう)へ出(で)たら、と近(ちか)まはりで尋(たづ)ねても、湯屋(ゆや)も床屋(とこや)も、釣(つり)の話(はなし)で、行々子(ぎやう/\し)などは對手(あひて)にしない。ひばり、こま鳥(どり)、うぐひすを飼(か)ふ町内(ちやうない)名代(なだい)の小鳥(ことり)ずきも、一向(いつかう)他人(たにん)あつかひで對手(あひて)にせぬ。まさか自動車(じどうしや)で、ドライブして、搜(さが)して囘(まは)るほどの金(かね)はなし……縁(えん)の切(き)れめか、よし原(はら)すゞめ、當分(たうぶん)せかれたと斷念(あきら)めて居(ゐ)ると、當年(たうねん)五月(ごぐわつ)――房州(ばうしう)へ行(い)つた以前(いぜん)である。
 馬鹿(ばか)の一覺(ひとつおぼ)え、といふのだらう。あやめは五月(ごぐわつ)と心得(こゝろえ)た。一度(いちど)行(い)つて見(み)よう見(み)ようで、まだ出(で)かけた事(こと)のない堀切(ほりきり)へ……急(いそ)ぎ候(さふらふ)ほどに、やがて着(つ)くと、引(ひ)きぞ煩(わづ)らはぬいづれあやめが、憚(はゞか)りながら葉(は)ばかりで伸(の)びて居(ゐ)た。半出來(はんでき)の藝妓(げいしや)――淺草(あさくさ)のなにがしと札(ふだ)を建(た)てた――活人形(いきにんぎやう)をのぞくところを、唐突(だしぬけ)に、くわら/\、くわら、と蛙(かへる)に高笑(たかわら)ひをされたのである。よしよしそれも面白(おもしろ)い。あれから柴又(しばまた)へお詣(まゐ)りしたが、河甚(かはじん)の鰻(うなぎ)……などと、贅(ぜい)は言(い)はない。名物(めいぶつ)と聞(き)く切干大根(きりぼしだいこん)の甘(あま)いにほひをなつかしんで、手製(てせい)ののり卷(まき)、然(しか)も稚氣(ちき)愛(あい)すべきことは、あの渦卷(うづまき)を頬張(ほゝば)つたところは、飮友達(のみともだち)は笑(わら)はば笑(わら)へ、なくなつた親(おや)どもには褒美(はうび)に預(あづ)からうといふ、しをらしさのおかげかして、鴻(こう)の臺(だい)を向(むか)うに見(み)る、土手(どて)へ上(あが)ると、鳴(な)く、鳴(な)く、鳴(な)くぞ、そこに、よしきり。
 巣立(すだ)ちの頃(ころ)か、羽音(はおと)が立(た)つて、ひら/\と飛交(とびか)はす。
 あしの根(ね)に近(ちか)づくと、またこの長汀(ちやうてい)、風(かぜ)さわやかに吹通(ふきとほ)して、人影(ひとかげ)のないもの閑(しづ)かさ。足音(あしおと)も立(た)つたのに、子供(こども)だらう、恐(おそ)れ氣(げ)もなく、葉先(はさき)へ浮(うき)だし、くちばしを、ちよんと黒(くろ)く、顏(かほ)をだして、ちよ、ちよツ、とやる。根(ね)に潛(ひそ)んで、親鳥(おやどり)が、けたゝましく呼(よ)ぶのに、親(おや)の心(こゝろ)、子(こ)知(し)らずで、きよろりとしてゐる。
「おつかさんが呼(よ)んでるぢやないか。葉(は)の中(なか)へ早(はや)くお入(はひ)り――人間(にんげん)が居(ゐ)て可恐(こは)いよ。」
「人間(にんげん)は飛(と)べませんよ、ちよツ、ちよツ、ちよツちよツ。」
「犬(いぬ)がくるぞ。」
「をぢちやんぢやあるまいし……」
 やゝ長(なが)めな尾(を)をぴよんと刎(は)ねた――こいつ知(し)つて居(ゐ)やあがる。前後左右(ぜんごさいう)、たゞ犬(いぬ)は出(で)はしまいかと、内々(ない/\)びく/\もので居(ゐ)る事(こと)を。
「犬(いぬ)なんか可恐(こは)くないよ。ちツちツちツ。」
 畜生(ちくしやう)め。
「これ/\一坊(いちばう)や、一坊(いちばう)や、くわらかいち、くわらかいち。」
 それお母(つか)さんが叱(しか)つて居(ゐ)る。
 可愛(かはい)いこの一族(いちぞく)は、土手(どて)の續(つゞ)くところ、二里(にり)三里(さんり)、蘆(あし)とともに榮(さか)えて居(ゐ)る喜(よろこ)ぶべきことを、日(ひ)ならず、やがて發見(はつけん)した。――房州(ばうしう)へ行(ゆ)く時(とき)である。汽車(きしや)が龜戸(かめゐど)を過(す)ぎて――あゝ、このあひだの堤(どて)の續(つゞ)きだ、すぐに新小岩(しんこいは)へ近(ちか)づくと、窓(まど)の下(した)に、小兒(こども)が溝板(どぶいた)を驅(か)けだす路傍(みちばた)のあしの中(なか)に、居(ゐ)る、居(ゐ)る。ぎやうぎやうし、ぎやうぎやうし。
「をぢさんどこへ。……」
 と鳴(な)いて居(ゐ)た。
 白鷺(しらさぎ)が――私(わたし)はこれには、目覺(めざ)むるばかり、使(つか)つて居(ゐ)た安扇子(やすせんす)の折目(をりめ)をたゝむまで、えりの涼(すゞ)しい思(おも)ひがした。嘗(かつ)て、ものに記(しる)して、東海道中(とうかいだうちう)、品川(しながは)のはじめより、大阪(おほさか)まはり、山陰道(さんいんだう)を通(つう)じて、汽車(きしや)から、婀娜(あだ)と、しかして、窈窕(えうてう)と、野(や)に、禽類(きんるゐ)の佳人(かじん)を見(み)るのは、蒲田(かまた)の白鷺(しらさぎ)と、但馬(たじま)豐岡(とよをか)の鶴(つる)ばかりである、と知(し)つたかぶりして、水上(みなかみ)さんに笑(わら)はれた。
「少(すこ)しお歩行(ある)きなさい、白鷺(しらさぎ)は、白金(しろかね)(本家(ほんけ)、芝(しば))の庭(には)へも來(き)ますよ。」つい小岩(こいは)から市川(いちかは)の間(あひだ)、左(ひだり)の水田(すゐでん)に、すら/\と三羽(さんば)、白(しろ)い褄(つま)を取(と)つて、雪(ゆき)のうなじを細(ほつそ)りとたゝずんで居(ゐ)たではないか。
 のみならず、汽車(きしや)が千葉(ちば)まはりに譽田(ほんだ)……を過(す)ぎ、大網(おほあみ)を本納(ほんなふ)に近(ちかづ)いた時(とき)は、目(め)の前(まへ)の苗代田(なはしろだ)を、二羽(には)銀翼(ぎんよく)を張(は)つて、田毎(たごと)の三日月(みかづき)のやうに飛(と)ぶと、山際(やまぎは)には、つら/\と立並(たちなら)んで、白(しろ)い燈(ひ)のやうに、青葉(あをば)の茂(しげ)みを照(てら)すのをさへ視(み)たのである。
 目的(めあて)の海岸(かいがん)――某地(ぼうち)に着(つ)くと、海(うみ)を三方(さんぱう)――見晴(みはら)して、旅館(りよくわん)の背後(うしろ)に山(やま)がある。上(うへ)に庚申(かうしん)のほこらがあると聞(き)く。……町並(まちなみ)、また漁村(ぎよそん)の屋根(やね)を、隨處(ずゐしよ)に包(つゝ)んだ波状(はじやう)の樹立(こだち)のたゝずまひ。あの奧(おく)遙(はるか)に燈明臺(とうみやうだい)があるといふ。丘(をか)ひとつ、高(たか)き森(もり)は、御堂(みだう)があつて、姫神(ひめがみ)のお庭(には)といふ。丘(をか)の根(ね)について三所(みところ)ばかり、寺院(じゐん)の棟(むね)と、ともにそびえた茂(しげ)りは、いづれも銀杏(いてふ)のこずゑらしい。
 ……と表二階(おもてにかい)、三十室(さんじふま)ばかり、かぎの手(て)にづらりと並(なら)んだ、いぬゐの角(すみ)の欄干(らんかん)にもたれて見(み)まはした所(ところ)、私(わたし)の乏(とぼ)しい經驗(けいけん)によれば、確(たしか)にみゝづくが鳴(な)きさうである。思(おも)つたばかりで、その晩(ばん)は疲(つか)れて寢(ね)た。が次(つぎ)の夜(よ)は、もう例(れい)によつて寢(ね)られない。刻(きざみ)と、卷(まき)たばこを枕元(まくらもと)の左右(さいう)に、二嬌(にけう)の如(ごと)く侍(はべ)らせつゝも、この煙(けむり)は、反魂香(はんごんかう)にも、夢(ゆめ)にもならない。とぼけて輪(わ)になれ、その輪(わ)に耳(みゝ)が立(た)つてみゝづくの影(かげ)になれ、と吹(ふ)かしてゐると、五月(さつき)やみが屋(や)を壓(あつ)し、波(なみ)の音(おと)も途絶(とだ)ゆるか、鐘(かね)の音(ね)も聞(き)こえず、しんとする。
 刻限(こくげん)、到限(こくげん)。
 ――のツ、ほツほウ――
「あゝ、おいでなさい。……今晩(こんばん)は。」
 隣(となり)の間(ま)の八疊(はちでふ)に、家内(かない)とその遠縁(とほえん)にあたる娘(むすめ)を、遊(あそ)びに一人(ひとり)預(あづ)かつたのと、ふすまを並(なら)べてゐる。兩人(りやうにん)の裾(すそ)の所(ところ)が、床(とこ)の間(ま)横(よこ)、一間(いつけん)に三尺(さんじやく)、張(はり)だしの半戸(はんと)だな、下(した)が床張(ゆかば)り、突當(つきあた)りがガラス戸(ど)の掃(はき)だし窓(まど)で、そこが裏山(うらやま)に向(むか)つたから、丁(ちやう)どその窓(まど)へ、松(まつ)の立樹(たちき)の――二階(にかい)だから――幹(みき)がすく/\と並(なら)んでゐる。枝(えだ)の間(あひだ)を白砂(はくさ)のきれいな坂(さか)が畝(うね)つて拔(ぬ)けて、その丘(をか)の上(うへ)に小學校(せうがくかう)がある。ほんの拔裏(ぬけうら)で、ほとんど學校(がくかう)がよひのほか、用(よう)のない路(みち)らしいが、それでも時々(とき/″\)人通(ひとどほ)りがある。――寢(ね)しなに女連(をんなれん)のこれが問題(もんだい)になつた。ガラスを通(とほ)して、ふすまが松葉越(まつばご)しに外(そと)から見(み)えよう。友禪(いうぜん)を敷(し)いた鳥(とり)の巣(す)のやうだ。あら、裾(すそ)の方(はう)がくすぐつたいとか、何(なん)とかで、娘(むすめ)が騷(さわ)いで、まづ二枚折(にまいをり)の屏風(びやうぶ)で圍(かこ)つたが、尚(なほ)隙(すき)があいて、燈(ひ)が漏(も)れさうだから、淡紅色(ときいろ)の長(なが)じゆばんを衣桁(いかう)からはづして、鹿(か)の子(こ)の扱帶(しごき)と一所(いつしよ)に、押(おし)つくねるやうに引(ひつ)かけて塞(ふさ)いだのが、とに角(かく)一寸(ちよつと)媚(なま)めかしい。
 魔(ま)ものの鳥(とり)が、そこを、窓(まど)をのぞくやうに鳴(な)いたのである。――晝(ひる)見(み)た、坂(さか)の砂道(すなみち)には、青(あを)すすき、蚊帳(かや)つり草(ぐさ)に、白(しろ)い顏(かほ)の、はま晝顏(ひるがほ)、目(ま)ぶたを薄紅(うすべに)に染(そめ)たのなどが、松(まつ)をたよりに、ちらちらと、幾人(いくたり)も花(はな)をそろへて咲(さ)いた。いまその露(つゆ)を含(ふく)んで、寢顏(ねがほ)の唇(くちびる)のやうにつぼんだのを、金色(こんじき)のひとみに且(か)つ青(あを)く宿(やど)して……木菟(みゝづく)よ、鳴(な)く。
 が、鳥(とり)の事(こと)はいはれない。今朝(けさ)、その朝(あさ)、顏(かほ)を洗(あら)つたばかりの所(ところ)、横縁(よこえん)に立(た)つた娘(むすめ)が、「まあ容子(ようす)のいゝ、あら、すてきにシヤンよ、をぢさん、幼稚園(えうちゑん)の教員(けうゐん)さんらしいわ。」「おつと來(き)たり。」「お前(まへ)さんお茶(ちや)がこぼれますよ。」「知(し)つてる。」と下(した)に置(お)けばいゝものを、滿々(まん/\)とあるのを持(も)ちかへようとして沸(わ)き立(た)つて居(ゐ)るから振(ふ)りこぼして、あつゝ。「もうそつちへ行(ゆ)くわ、靴(くつ)だから足(あし)が早(はや)い。」「心得(こゝろえ)た。」下(した)のさか道(みち)の曲(まが)れるを、二階(にかい)から突切(つきき)るのは河川(かせん)の彎曲(わんきよく)を直角(ちよくかく)に、港(みなと)で船(ふね)を扼(やく)するが如(ごと)し、諸葛孔明(しよかつこうめい)を知(し)らないか、とひよいと立(た)つて件(くだん)の袋戸(ふくろと)だなの下(した)へ潛込(もぐりこ)む。「それ、頭(あたま)が危(あぶな)いわ。」「合點(がつてん)だ。」といふ下(した)から、コツン。おほゝゝほ。「あゝ殘念(ざんねん)だ、後姿(うしろすがた)だ。いや、えり脚(あし)が白(しろ)い。」といふ所(ところ)を、シヤンに振向(ふりむ)かれて、南無三寶(なむさんばう)。向直(むきなほ)らうとして、又(また)ゴツン。おほほほゝ。……で、戸(と)だなを落(おと)した喜多八(きたはち)といふ身(み)ではひだすと、「あの方(かた)、ね、友禪(いうぜん)のふろ敷包(しきづつみ)を。……かうやつて、少(すこ)し斜(なゝめ)にうつむき加減(かげん)に、」とおなじ容子(ようす)で、ひぢへ扇子(せんす)の、扇子(せんす)はなしに、手(て)つきで袖(そで)へ一寸(ちよつと)舞振(まひぶり)。……娘(むすめ)の舞振(まひぶり)は、然(さ)ることだが、たれかの男振(をとこぶり)は、みゝづくより苦々(にが/\)しい。はツはツはツはツ。
 叱(しつ)!……これ丑滿時(うしみつどき)と思(おも)へ。ひとり笑(わら)ひは怪(ばけ)ものじみると、獨(ひとり)でたしなんで肩(かた)をすくめる。と、またしんとなる。
 ――のツほツほ――五聲(いつこゑ)ばかり窓(まど)で鳴(な)いて、しばらくすると、山(やま)さがりに、ずつと離(はな)れて、第一(だいいち)の寺(てら)の銀杏(いてふ)の樹(き)と思(おも)ふあたりで、聲(こゑ)がする。第二(だいに)の銀杏(いてふ)――第三(だいさん)へ。――やがて、もつとも遠(とほ)くかすかになるのが――峰(みね)の明神(みやうじん)の森(もり)であつた。
 東京(とうきやう)――番町(ばんちやう)――では、周圍(しうゐ)の廣(ひろ)さに、みゝづくの聲(こゑ)は南北(なんぼく)にかはつても、その場所(ばしよ)の東西(とうざい)をさへわきまへにくい。……こゝでは町(まち)も、森(もり)も、ほとんど一浦(ひとうら)のなぎさの盤(ばん)にもるが如(ごと)く、全幅(ぜんぷく)の展望(てんばう)が自由(じいう)だから、瀬(せ)も、流(なが)れも、風(かぜ)の路(みち)も、鳥(とり)の行方(ゆくへ)も知(し)れるのである。又(また)禽類(きんるゐ)の習性(しふせい)として、毎夜(まいよ)、おなじ場處(ばしよ)、おなじ樹(き)に、枝(えだ)に、かつ飛(と)び、かつ留(とま)るものださうである。心得(こゝろえ)て置(お)く事(こと)で……はさんでは棄(す)てる蛇(へび)の、おなじ場所(ばしよ)に、おなじかま首(くび)をもたげるのも、敢(あへ)て、咒詛(じゆそ)、怨靈(をんりやう)、執念(しふねん)のためばかりではない事(こと)を。
 ……こゝに、をかしな事(こと)がある。みゝづくのあとへ鼠(ねずみ)が出(で)る。蛇(へび)のあとでさへなければ可(い)い。何(なん)のあとへ鼠(ねずみ)が出(で)ても、ちつとも差支(さしつかへ)はないのであるが、そのみゝづくが窓(まど)を離(はな)れて、第一(だいいち)のいてふへ飛移(とびうつ)つたと思(おも)ふ頃(ころ)、おなじガラス窓(まど)の上(うへ)の、眞片隅(まかたすみ)、ほとんど鋭角(えいかく)をなした所(ところ)で、トン、と音(おと)がする。……續(つゞ)いて、トン、と音(おと)がする。女(をんな)二人(ふたり)の眠(ねむ)つた天井裏(てんじやううら)を、トコ、トン、トコ、トン、トコ、トン、トコ、トン。はゝあ鼠(ねずみ)だ。が、大(おほ)げさではない、妙(めう)な歩行(ある)きかただ、と、誰方(どなた)も思(おも)はれようと考(かんが)へる。
 お互(たがひ)に――お互(たがひ)は失禮(しつれい)だけれど、破屋(あばらや)の天井(てんじやう)を出(で)てくる鼠(ねずみ)は、忍(しの)ぶにしろ、荒(あ)れるにしろ、音(おと)を引(ひき)ずつて囘(まは)るのであるが、こゝのは――立(た)つて後脚(あとあし)で歩行(ある)くらしい。はてな、じつと聞(き)くと、小(ちひ)さな麻(あさ)がみしもでも着(き)て居(ゐ)さうだ、と思(おも)ふうち、八疊(はちでふ)に、私(わたし)の寢(ね)た上(うへ)あたりで、ひつそりとなる。一呼吸(ひといき)拔(ぬ)いて置(お)いて、唐突(だしぬけ)に、ばり/\ばり/\、びしり、どゞん、廊下(らうか)の雨戸外(あまどそと)のトタン屋根(やね)がすさまじく鳴響(なりひゞ)く。ハツと起(お)きて、廊下(らうか)へ出(で)た。退治(たいぢ)る氣(き)ではない、逃路(にげみち)を搜(さが)したのである。
 屋根(やね)に、忍術(にんじゆつ)つかひが立(た)つたのでも何(なん)でもない。それ切(きり)で、第二(だいに)の銀杏(いてふ)にみゝづくの聲(こゑ)が冴(さ)えた。
 更(さら)に人間(にんげん)に別條(べつでう)はない。しかし、おなじ事(こと)が三晩(みばん)續(つゞ)いた。刻限(こくげん)といひ、みゝづくの窓(まど)をのぞくのから、飛移(とびうつ)るあとをためて、天井(てんじやう)の隅(すみ)へトン、トコ、トン、トコ、トン――三晩(みばん)めは、娘(むすめ)も家内(かない)も三人(さんにん)起(お)き直(なほ)つて聞(き)いたのである。が、びり/\、がらん、どゞん、としても、もう驚(おどろ)かない。何事(なにごと)もないとすると、寢覺(ねざ)めのつれ/″\には面白(おもしろ)し、化鼠(ばけねずみ)。
 どれ、これを手(て)づるに、鼠(ねずみ)をゑさに、きつね、たぬき、大(おほ)きくいへば、千倉(ちくら)ヶ沖(おき)の海坊主(うみばうず)、幽靈船(いうれいぶね)でも釣(つり)ださう。
 如何(いか)に、所(ところ)の人(ひと)はわたり候(さふらふ)か。――番頭(ばんとう)を呼(よび)だすも氣(き)の毒(どく)だ。手近(てぢか)なのは――閑靜期(かんせいき)とかで客(きやく)がないので、私(わたし)どもが一番(いちばん)の座敷(ざしき)だから――一番(いちばん)さん、受持(うけもち)の女中(ぢよちう)だが、……そも/\これには弱(よわ)つた。
 旅宿(やど)に着(つ)いて、晩飯(ばんめし)と……お魚(さかな)は何(ど)ういふものか、と聞(き)いた、のつけから、「銀座(ぎんざ)のバーから來(き)たばかりですからねえ。」――「姉(ねえ)さん、向(むか)うに見(み)える、あの森(もり)は。」「銀座(ぎんざ)のバーから來(き)たばかりですからねえ。」うつかりして「海(うみ)へは何町(なんちやう)ばかりだえ。」「さあ、銀座(ぎんざ)のバーから來(き)たばかりですからねえ。」あゝ、修業(しゆげふ)はして置(お)く事(こと)だ。人(ひと)の教(をし)へを聞(き)かないで、銀座(ぎんざ)にも、新宿(しんじゆく)にも、バーの勝手(かつて)を知(し)らないから、旅(たび)さきで不自由(ふじいう)する。もつとも、後(のち)に番頭(ばんとう)の陳(ちん)じたところでは、他(た)の女中(ぢよちう)との詮衡上(せんかうじやう)、花番(はなばん)とかに當(あた)つたからださうである。が、ぶくりとして、あだ白(じろ)い、でぶ/\と肥(ふと)つた肉貫(にくかん)――(間違(まちが)へるな、めかたでない、)――肉感(にくかん)の第一人者(だいいちにんしや)が、地響(ぢひゞき)を打(う)つて、外房州(そとばうしう)へ入(はひ)つた女中(ぢよちう)だから、事(こと)が起(おこ)る。
 たしか、三日目(みつかめ)が土曜(どえう)に當(あた)つたと思(おも)ふ。ばら/\と客(きやく)が入(はひ)つた。中(なか)に十人(じふにん)ばかりの一組(ひとくみ)が、晩(ばん)に藝者(げいしや)を呼(よ)んで、箱(はこ)が入(はひ)つた。申兼(まをしか)ねるが、廊下(らうか)でのぞいた。田舍(ゐなか)づくりの籠花活(かごはないけ)に、一寸(いつすん)(たつた)も見(み)える。内々(ない/\)一聲(ひとこゑ)ほとゝぎすでも聞(き)けようと思(おも)ふと、何(ど)うして……いとが鳴(な)ると立所(たちどころ)に銀座(ぎんざ)の柳(やなぎ)である。道頓堀(だうとんぼり)から糸屋(いとや)の娘(むすめ)……女朝日奈(をんなあさひな)の島(しま)めぐりで、わしが、ラバさん酋長(しうちやう)の娘(むすめ)、と南洋(なんやう)で大氣焔(だいきえん)。踊(をど)れ、踊(をど)れ、と踊(をど)り囘(まは)つて、水戸(みと)の大洗節(おほあらひぶし)で荒(あ)れるのが、殘(のこ)らず、銀座(ぎんざ)のバーから來(き)た、大女(おほをんな)の一人藝(ひとりげい)で。……醉(よ)つた、食(く)つた、うたつた、踊(をど)つた。宴席(えんせき)どなりの空部屋(あきべや)へ轉(ころ)げ込(こ)むと、ぐたりと寢(ね)たが、したゝか反吐(へど)をついて、お冷水(ひや)を五杯(ごはい)飮(の)んだとやらで、ウイーと受持(うけもち)の、一番(いちばん)さんへ床(とこ)を取(と)りに來(き)て、おや、旦那(だんな)は醉(よ)つて轉(ころ)げてるね、おかみさん、つまんで布團(ふとん)へ載(の)つけなさいよ。枕(まくら)もとの煙草盆(たばこぼん)なんか、娘(むすめ)さんが手傳(てつだ)つてと、……あゝ、私(わたし)は大儀(たいぎ)だ。」「はい。」「はい。」と女(をんな)どもが、畏(かしこ)まると、「翌日(あした)は又(また)おみおつけか。オムレツか、オートミルでも取(と)ればいゝのに。ウイ……」廊下(らうか)を、づし/\歩行(ある)きかけて、よた/\と引返(ひきかへ)し「おつけの實(み)は何(なん)とかいつたね。さう、大根(だいこん)か。大根(だいこん)、大根(だいこん)、大根(だいこん)でセー」と鼻(はな)うたで、一(ひと)つおいた隣座敷(となりざしき)の、男(をとこ)の一人客(ひとりきやく)の所(ところ)へ、どしどしどしん、座(すわ)り込(こ)んだ。「何(なに)をのんびりしてるのよ、あはゝゝは、ビールでも飮(の)まんかねえ。」前代未聞(ぜんだいみもん)といツつべし。
 宴會客(えんくわいきやく)から第一(だいいち)に故障(こしやう)が出(で)た、藝者(げいしや)の聲(こゑ)を聞(き)かないさきに線香(せんかう)が切(き)れたのである。女中(ぢよちう)なかまが異議(いぎ)をだして、番頭(ばんとう)が腕(うで)をこまぬき、かみさんが分別(ふんべつ)した。翌日(よくじつ)、鴨川(かもがは)とか、千倉(ちくら)とか、停車場前(ていしやぢやうまへ)のカフエーへ退身(たいしん)、いや、榮轉(えいてん)したさうである。寧(むし)ろ痛快(つうくわい)である。東京(とうきやう)うちなら、郡部(ぐんぶ)でも、私(わたし)は訪(たづ)ねて行(い)つて、飮(の)まうと思(おも)ふ。
 といつたわけで……さしあたり、たぬきの釣(つり)だしに間(ま)に合(あ)はず、とすると、こゝに當(たう)朝日新聞(あさひしんぶん)のお客分(きやくぶん)、郷土學(きやうどがく)の總本山(そうほんざん)、内々(ない/\)ばけものの監査取(かんさとり)しまり、柳田(やなぎだ)さん直傳(ぢきでん)の手段(しゆだん)がある。直傳(ぢきでん)が行(い)きすぎならば、模倣(もはう)がある。
 土地(とち)の按摩(あんま)に、土地(ところ)の話(はなし)を聞(き)くのである。

「――木菟(みゝづく)……木菟(みゝづく)なんか、あんなものは……」
 いきなり麻(あさ)がみしもの鼠(ねずみ)では、いくら盲人(まうじん)でも付合(つきあ)ふまい。そこで、寢(ね)ころんで居(ゐ)て、まづみゝづくの目金(めがね)をさしむけると、のつけから、ものにしない。
「直(ね)になりませんな、つかまへたつて食(く)へはせずぢや。」
 あつ氣(け)に取(と)られたが、しかし悟(さと)つた。……嘗(かつ)て相州(さうしう)の某温泉(ぼうをんせん)で、朝夕(あさゆふ)ちつともすゞめが居(ゐ)ないのを、夜分(やぶん)按摩(あんま)に聞(き)いて、歎息(たんそく)した事(こと)がある。みんな食(く)つてしまつたさうだ。「すゞめ三羽(さんば)に鳩(はと)一羽(いちは)といつてね。」と丁(ちやん)と格言(かくげん)まで出來(でき)て居(ゐ)た。それから思(おも)ふと、みゝづくを以(もつ)て、忽(たちま)ち食料問題(しよくれうもんだい)にする土地(とち)は人氣(にんき)が穩(おだや)かである。
「からすの方(はう)がましぢやね、無駄鳥(むだどり)だといつても、からすの方(はう)がね、あけの鐘(かね)のかはりになるです、はあ、あけがらすといつてね。時(とき)にあんた方(がた)はどこですか。東京(とうきやう)かね――番町(ばんちやう)――海水浴(かいすゐよく)、避暑(ひしよ)にくる人(ひと)はありませんかな。……この景氣(けいき)だから、今年(ことし)は勉強(べんきやう)ぢやよ。八疊(はちでふ)に十疊(じふでふ)、眞新(まあたら)しいので、百五十圓(ひやくごじふゑん)の所(ところ)を百(ひやく)に勉強(べんきやう)するですわい。」
 大(おほ)きな口(くち)をあけて、仰向(あふむ)いて、
「七八九、三月(みつき)ですが、どだい、安(やす)いもんぢやあろ。」
 家内(かない)が氣(き)の毒(どく)がつて、
「たんと山(やま)がありますが、たぬきや、きつねは。」
「じよ、じようだんばかり、直(ね)が安(やす)いたつて、化物屋敷(ばけものやしき)……飛(と)んでもない、はあ、えゝ、たぬき、きつね、そんなものは鯨(くぢら)が飮(の)んでしまうた、はゝは。いかゞぢや、それで居(ゐ)て、二階(にかい)で、臺所(だいどころ)一切(いつさい)つき、洗面所(せんめんじよ)も……」
 喟然(きぜん)として私(わたし)は歎(たん)じた。人間(にんげん)は斯(そ)の徳(とく)による。むかし、路次裏(ろじうら)のいかさま宗匠(そうしやう)が、芭蕉(ばせを)の奧(おく)の細道(ほそみち)の眞似(まね)をして、南部(なんぶ)のおそれ山(やま)で、おほかみにおどされた話(はなし)がある。柳田(やなぎだ)さんは、旅籠(はたご)のあんまに、加賀(かが)の金澤(かなざは)では天狗(てんぐ)の話(はなし)を聞(き)くし、奧州(あうしう)飯野川(いひのがは)の町(まち)で呼(よ)んだのは、期(き)せずして、同氏(どうし)が研究(けんきう)さるゝ、おかみん、いたこの亭主(ていしゆ)であつた。第一(だいいち)儼然(げんぜん)として絽(ろ)の紋付(もんつき)を着(き)たあんまだといふ、天(てん)の授(さづ)くるところである。
 みゝづくで食(しよく)を論(ろん)ずるあんまは、容體(ようだい)倨然(きよぜん)として、金貸(かねかし)に類(るゐ)して、借家(しやくや)の周旋(しうせん)を強要(きやうえう)する……どうやら小金(こがね)でその新築(しんちく)をしたらしい。
 女教員(ぢよけうゐん)さんのシヤンを覗(のぞ)いて、戸(と)だなで、ゴツンの量見(りやうけん)だから、これ、天(てん)の戒(いまし)むる所(ところ)であらう。
 但(たゞ)、いさゝか自(みづか)ら安(やす)んずる所(ところ)がないでもないのは、柳田(やなぎだ)さんは、身(み)を以(もつ)てその衝(しよう)に當(あた)るのだが、私(わたし)の方(はう)は間接(かんせつ)で、よりに立(た)つた格(かく)で、按摩(あんま)に上(かみ)をもませて居(ゐ)るのは家内(かない)で、私(わたし)は寢(ね)ころんで聞(き)くのである。ご存(ぞん)じの通(とほ)り、品行方正(ひんかうはうせい)の點(てん)は、友(とも)だちが受合(うけあ)ふが、按摩(あんま)に至(いた)つては、然(しか)も斷(だん)じて處女(しよぢよ)である。錢湯(せんたう)でながしを取(と)つても、ばんとうに肩(かた)を觸(さは)らせた事(こと)さへない。揉(もむ)ほどの手(て)つきをされても、一(ひと)ちゞみに縮(ちゞ)み上(あが)る……といつただけでもくすぐつたい。このくすぐつたさを處女(しよぢよ)だとすると、つら/\惟(おもんみ)るに、媒灼人(なかうど)をいれた新枕(にひまくら)が、一種(いつしゆ)の……などは、だれも聞(き)かないであらうか、なあ、みゝづく。……
 鳴(な)いて居(ゐ)る……二時半(にじはん)だ。……やがて、里見(さとみ)さんの眞向(まむか)うの大銀杏(おほいてふ)へ來(く)るだらう。
 みゝづく、みゝづく。苗屋(なへや)が賣(う)つた朝顏(あさがほ)も、もう咲(さ)くよ。
 夕顏(ゆふがほ)には、豆府(とうふ)かな――茄子(なすび)の苗(なへ)や、胡瓜(きうり)の苗(なへ)、藤豆(ふぢまめ)、いんげん、さゝげの苗(なへ)――あしたのおつけの實(み)は……
昭和六年八月
了

底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
   1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
   1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
初出:「東京朝日新聞 第一六二五六号〜第一六二六一号」東京朝日新聞社
   1931(昭和6)年8月2日〜7日
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
※「形」に対するルビの「かた」と「かたち」の混在は、底本の通りです。
※表題は底本では、「木菟(みゝづく)俗見(ぞくけん)」となっています。
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
入力:門田裕志
校正:岡村和彦
2017年10月30日作成
青空文庫作成ファイル:
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