あらすじ
「みつ柏」は、旅の途中で迷い込んだ飛脚が、奇妙な古廟にたどり着くことから始まります。その廟には、閻魔像が鎮座し、周囲には荒涼とした景色が広がっています。飛脚は、そこで亡くなったはずの妻と再会するのですが、彼女はすでに冥土の鬼の妻となっており、生前の面影を残しながらも、どこか異質な雰囲気を漂わせています。さらに、飛脚は妻から奇妙な植物を洗う様子を見せられ、その植物が人間の運命と関係していることを知らされます。その後、飛脚は不思議な出来事に巻き込まれ、生と死、現実と幻想の境界線が曖昧になっていく中で、人間の業と運命の深淵に突き落とされていくのです。
「はゝあ、此(こ)の堂(だう)がある所爲(せゐ)で==陰陽界(いんやうかい)==などと石碑(せきひ)にほりつけたんだな。人(ひと)を驚(おどろ)かしやがつて、惡(わる)い洒落(しやれ)だ。」
 と野中(のなか)の古廟(こべう)に入(はひ)つて、一休(ひとやす)みしながら、苦笑(にがわらひ)をして、寂(さび)しさうに獨言(ひとりごと)を云(い)つたのは、昔(むかし)、四川※(「艷のへん+おおざと」、第4水準2-90-30)都縣(しせんほうとけん)の御城代家老(ごじやうだいがらう)の手紙(てがみ)を持(も)つて、遙々(はる/″\)燕州(えんしう)の殿樣(とのさま)へ使(つかひ)をする、一刀(いつぽん)さした威勢(ゐせい)の可(い)いお飛脚(ひきやく)で。
 途次(みちすがら)、彼(か)の世(よ)に聞(きこ)えた鬼門關(きもんくわん)を過(す)ぎようとして、不案内(ふあんない)の道(みち)に踏迷(ふみまよ)つて、漸(やつ)と辿着(たどりつ)いたのが此(こ)の古廟(こべう)で、べろんと額(ひたひ)の禿(は)げた大王(だいわう)が、正面(しやうめん)に口(くち)を赫(くわつ)と開(あ)けてござる、うら枯(が)れ野(の)に唯(たゞ)一(ひと)つ、閻魔堂(えんまだう)の心細(こゝろぼそ)さ。
「第一(だいいち)場所(ばしよ)が惡(わる)いや、鬼門關(きもんくわん)でおいでなさる、串戲(じようだん)ぢやねえ。怪(け)しからず霧(きり)が掛(かゝ)つて方角(はうがく)が分(わか)らねえ。石碑(せきひ)を力(ちから)だ==右(みぎ)に行(ゆ)けば燕州(えんしう)の道(みち)==とでもしてあるだらうと思(おも)つて見(み)りや、陰陽界(いんやうかい)==は氣障(きざ)だ。思出(おもひだ)しても悚然(ぞつ)とすら。」
 飛脚(ひきやく)は大波(おほなみ)に漾(たゞよ)ふ如(ごと)く、鬼門關(きもんくわん)で泳(およ)がされて、辛(から)くも燈明臺(とうみやうだい)を認(みと)めた一基(いつき)、路端(みちばた)の古(ふる)い石碑(せきひ)。其(それ)さへ苔(こけ)に埋(うも)れたのを、燈心(とうしん)を掻立(かきた)てる意氣組(いきぐみ)で、引※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)(ひきむし)るやうに拂落(はらひおと)して、南(みなみ)か北(きた)か方角(はうがく)を讀(よ)むつもりが、ぶる/\と十本(じつぽん)の指(ゆび)を震(ふる)はして、威(おど)かし附(つ)けるやうな字(じ)で、曰(いは)く==陰陽界(いんやうかい)==とあつたので、一竦(ひとすく)みに縮(ちゞ)んで、娑婆(しやば)へ逃出(にげだ)すばかりに夢中(むちう)で此處(こゝ)まで駈(か)けたのであつた。が、此處(こゝ)で成程(なるほど)と思(おも)つた。石碑(せきひ)の面(おもて)の意(い)を解(かい)するには、堂(だう)に閻魔(えんま)のござるが、女體(によたい)よりも頼母(たのも)しい。
「可厭(いや)に大袈裟(おほげさ)に顯(あら)はしたぢやねえか==陰陽界(いんやうかい)==なんのつて。これぢや遊廓(くるわ)の大門(おほもん)に==色慾界(しきよくかい)==とかゝざあなるめえ。」
 と、大分(だいぶ)娑婆(しやば)に成(な)る。
「だが、恁(か)う拜(をが)んだ處(ところ)はよ、閻魔樣(えんまさま)の顏(かほ)と云(い)ふものは、盆(ぼん)の十六日(じふろくにち)に小遣錢(こづかひぜに)を持(も)つてお目(め)に掛(かゝ)つた時(とき)の外(ほか)は、餘(あま)り喝采(やんや)とは行(ゆ)かねえもんだ。……どれ、急(いそ)がうか。」
 で、兩(ふた)つ提(さげ)へ煙管(きせる)を突込(つツこ)み、
「へい、殿樣(とのさま)へ、御免(ごめん)なせいまし。」と尻(しり)からげの緊(しま)つた脚絆(きやはん)。もろに揃(そろ)へて腰(こし)を屈(かゞ)めて揉手(もみで)をしながら、ふと見(み)ると、大王(だいわう)の左右(さいう)の御傍立(おわきだち)。一(ひと)つは朽(く)ちたか、壞(こは)れたか、大破(たいは)の古廟(こべう)に形(かたち)も留(と)めず。右(みぎ)に一體(いつたい)、牛頭(ごづ)、馬頭(めづ)の、あの、誰方(どなた)も御存(ごぞん)じの――誰(たれ)が御存(ごぞん)じなものですか――牛頭(ごづ)の鬼(おに)の像(ざう)があつたが、砂埃(すなほこり)に塗(まみ)れた上(うへ)へ、顏(かほ)を半分(はんぶん)、べたりとしやぼんを流(なが)したやうに、したゝかな蜘蛛(くも)の巣(す)であつた。
「坊主(ばうず)は居(ゐ)ねえか、無住(むぢう)だな。甚(ひど)く荒果(あれは)てたもんぢやねえか。蜘蛛(くも)の奴(やつ)めも、殿樣(とのさま)の方(はう)には遠慮(ゑんりよ)したと見(み)えて、御家來(ごけらい)の顏(かほ)へ※(「走」の「土」に代えて「彡」、第3水準1-92-51)(しんにふ)を掛(か)けやがつた。なあ、これ、御家來(ごけらい)と云(い)へば此方人等(こちとら)だ。其(そ)の又(また)家來(けらい)又(また)家來(けらい)と云(い)ふんだけれど、お互(たがひ)に詰(つま)りませんや。これぢや、なんぼお木像(もくざう)でも鬱陶(うつたう)しからう、お氣(き)の毒(どく)だ。」
 と、兩袖(りやうそで)を擧(あ)げて、はた/\と拂(はら)つて、颯(さつ)と埃(ほこり)を拭(ふ)いて取(と)ると、芥(ごみ)に咽(む)せて、クシヤと圖拔(づぬ)けな嚏(くしやみ)をした。
「ほい。」と云(い)ふ時(とき)、もう枯草(かれくさ)の段(だん)を下(お)りて居(ゐ)る、嚏(くしやみ)に飛(と)んだ身輕(みがる)な足取(あしどり)。
 まだ方角(はうがく)も確(たしか)でない。旅馴(たびな)れた身(み)は野宿(のじゆく)の覺悟(かくご)で、幽(かすか)に黒雲(くろくも)の如(ごと)き低(ひく)い山(やま)が四方(しはう)を包(つゝ)んだ、灰(はひ)のやうな渺茫(べうばう)たる荒野(あらの)を足(あし)にまかせて辿(たど)ること二里(にり)ばかり。
 前途(ゆくて)に、さら/\と鳴(な)るは水(みづ)の聲(こゑ)。
 扨(さて)は流(ながれ)がある。里(さと)もやがて近(ちか)からう。
 雖然(けれども)、野路(のみち)に行暮(ゆきく)れて、前(まへ)に流(なが)れの音(おと)を聞(き)くほど、うら寂(さび)しいものは無(な)い。一(ひと)つは村里(むらざと)に近(ちかづ)いたと思(おも)ふまゝに、里心(さとごころ)がついて、急(きふ)に人懷(ひとなつ)かしさに堪(た)へないのと、一(ひと)つは、水(みづ)のために前途(ゆくて)を絶(た)たれて、渡(わた)るに橋(はし)のない憂慮(きづか)はしさとである。
 但(たゞ)し仔細(しさい)のない小川(をがは)であつた。燒杭(やけぐひ)を倒(たふ)したやうな、黒焦(くろこげ)の丸木橋(まるきばし)も渡(わた)してある。
 唯(ト)、其(そ)の橋(はし)の向(むか)う際(ぎは)に、淺(あさ)い岸(きし)の流(ながれ)に臨(のぞ)んで、束(たば)ね髮(がみ)の襟許(えりもと)白(しろ)く、褄端折(つまはしよ)りした蹴出(けだ)しの薄(うす)ら蒼(あを)いのが、朦朧(もうろう)として其處(そこ)に俯向(うつむ)いて菜(な)を洗(あら)ふ、と見(み)た。其(そ)の菜(な)が大根(だいこん)の葉(は)とは違(ちが)ふ。
 葡萄色(ぶだういろ)に藍(あゐ)がかつて、づる/\と蔓(つる)に成(な)つて、葉(は)は蓮(はす)の葉(は)に肖如(そつくり)で、古沼(ふるぬま)に化(ば)けもしさうな大(おほき)な蓴菜(じゆんさい)の形(かたち)である。
 はて、何(なん)の菜(な)だ、と思(おも)ひながら、聲(こゑ)を掛(か)けようとして、一(ひと)つ咳(しはぶき)をすると、此(これ)は始(はじ)めて心着(こゝろづ)いたらしく、菜(な)を洗(あら)ふ其(そ)の婦(をんな)が顏(かほ)を上(あ)げた。夕間暮(ゆふまぐれ)なる眉(まゆ)の影(かげ)、鬢(びん)の毛(け)も縺(もつ)れたが、目鼻立(めはなだ)ちも判明(はつきり)した、容色(きりやう)のいゝのを一目(ひとめ)見(み)ると、呀(あつ)、と其處(そこ)へ飛脚(ひきやく)が尻餅(しりもち)を搗(つ)いたも道理(だうり)こそ。一昨年(をとゝし)亡(な)くなつた女房(にようばう)であつた。
「あら、丁(てい)さん。」
 と婦(をんな)も吃驚(びつくり)。――亭主(ていしゆ)の亭(てい)と云(い)ふのではない。飛脚(ひきやく)の名(な)は丁隷(ていれい)である。
「まあ、お前(まへ)さん、何(ど)うして此處(こゝ)へ、飛(と)んだ事(こと)ぢやありませんかねえ。」
 人間界(にんげんかい)ではないものを……と、唯(たつ)た今(いま)、亭主(ていしゆ)に死(し)なれたやうな聲(こゑ)をして、優(やさ)しい女房(にようばう)は涙(なみだ)ぐむ。思(おも)ひがけない、可懷(なつか)しさに胸(むね)も迫(せま)つたらう。
 丁告之以故(ていこれにつぐるにゆゑをもつてす)。――却説(さて)、一體(いつたい)此處(こゝ)は何處(どこ)だ、と聞(き)くと、冥土(めいど)、と答(こた)へて、私(わたし)は亡(な)き後(あと)、閻魔王(えんまわう)の足輕(あしがる)、牛頭鬼(ごづおに)のために娶(めと)られて、今(いま)は其(そ)の妻(つま)と成(な)つた、と告(つ)げた。
 飛脚(ひきやく)は向(むか)う見(み)ずに、少々(せう/\)妬(や)けて、
「畜生(ちくしやう)め、そして變(へん)なものを洗(あら)ふと思(おも)つた。汝(てめえ)、そりや間男(まをとこ)の鬼(おに)の腹卷(はらまき)ぢやねえかい。」
 婦(をんな)は、ぽツと瞼(まぶた)を染(そ)めながら、
「馬鹿(ばか)なことをお言(い)ひでない。丁(てい)さん、こんなお前(まへ)さん、ぺら/\した……」
「乾(かわ)くと虎(とら)の皮(かは)に代(かは)る奴(やつ)よ。」
「可(い)い加減(かげん)なことをお言(い)ひなさいな。此(これ)はね、嬰兒(あかご)の胞胎(えな)ですよ。」と云(い)つた。
 十度(とたび)、これを洗(あら)ひたるものは、生(うま)れし兒(こ) 清秀(せいしう)にして貴(たつと)し。洗(あら)ふこと二三度(にさんど)なるものは、尋常(じんじやう)中位(ちうゐ)の人(ひと)、まるきり洗濯(せんたく)をしないのは、昏愚(こんぐ)、穢濁(あいだく)にして、然(しか)も淫亂(いんらん)だ、と教(をし)へたのである。
「内職(ないしよく)に洗(あら)ふんですわ。」
「所帶(しよたい)の苦勞(くらう)まで饒舌(しやべ)りやがる、畜生(ちくしやう)め。」
 とづか/\と橋(はし)を渡(わた)り掛(か)ける。
「あゝ、不可(いけな)い、其處(そこ)を。」と手(て)を擧(あ)げて留(と)める間(ま)もなく、足許(あしもと)に、パツと火(ひ)が燃(も)えて、わツと飛(と)び移(うつ)つた途端(とたん)に、丸木橋(まるきばし)はぢゆうと水(みづ)に落(お)ちて、黄色(きいろ)な煙(けむり)が――濛(もう)と湧立(わきた)つ。
「何(なに)が、不可(いけね)え。何(なん)だ内職(ないしよく)の葉(は)ツ葉(ぱ)ぐれえ。」
 女房(にようばう)は、飛脚(ひきやく)を留(と)めつゝ驚(おどろ)く發奮(はずみ)に、白(しろ)い腕(うで)に掛(か)けた胞胎(えな)を一條(ひとすぢ)流(なが)したのであつた。
「否(いゝえ)、まあ、流(なが)した方(はう)は、お氣(き)の毒(どく)な娑婆(しやば)で一人(ひとり)流産(りうざん)をしませうけれど、そんな事(こと)よりお前(まへ)さん、橋(はし)を渡(わた)らない前(まへ)だと、まだ何(ど)うにか、仕樣(しやう)も分別(ふんべつ)もありましたらうけれど、氣短(きみじか)に飛越(とびこ)して了(しま)つてさ。」
「べらぼうめ、飛越(とびこ)したぐらゐの、ちよろ川(がは)だ、また飛返(とびかへ)るに仔細(しさい)はあるめえ。」と、いきつて見返(みかへ)すと、こはいかに、忽(たちま)ち渺々(べう/\)たる大河(たいが)と成(な)つて、幾千里(いくせんり)なるや果(はて)を見(み)ず。
 飛脚(ひきやく)は、ハツと目(め)が眩(くら)んで、女房(にようばう)に縋着(すがりつ)いた。
 強(し)ひても拒(こば)まず、極(きま)り惡(わる)げに、
「放(はな)して下(くだ)さい、見(み)られると惡(わる)いから。」
「助(たす)けてくれ。」
「まあ、私(わたし)何(ど)うしたら可(い)いでせう。……」
 と色(いろ)つぽく氣(き)を揉(も)んで、
「とに角(かく)、家(うち)へおいでなさいまし。」
「助(たす)けてくれ。」
 川(かは)の可恐(おそろ)しさに氣落(きおち)がして、殆(ほとん)ど腰(こし)の立(た)たない男(をとこ)を、女房(にようばう)が手(て)を曳(ひ)いて、遠(とほ)くもない、槐(ゑんじゆ)に似(に)た樹(き)の森々(しん/\)と立(た)つた、青煉瓦(あをれんぐわ)で、藁葺屋根(わらぶきやね)の、妙(めう)な住居(すまひ)へ伴(ともな)つた。
 飛脚(ひきやく)が草鞋(わらぢ)を脱(ぬ)ぐうちに、女房(にようばう)は褄(つま)をおろした。
 まだ夕飯(ゆふはん)の前(まへ)である。
 部屋(へや)へ灯(あかし)を點(つ)ける途端(とたん)に、入口(いりぐち)の扉(とびら)をコト/\と輕(かる)く叩(たゝ)くものがある。
 白(しろ)い頬(ほゝ)へ口(くち)を寄(よ)せつゝ、極(ごく)低聲(こごゑ)で、
「誰(だれ)だい、誰(だれ)だい。」
「内(うち)の人(ひと)よ。」
「呀(やあ)、鬼(おに)か。」
 と怨(うら)めしさうに、女房(にようばう)の顏(かほ)をじろり。で、慌(あわ)てて寢臺(ねだい)の下(した)へ潛込(もぐりこ)む。
 布(ぬの)で隱(かく)して、
「はい、唯今(たゞいま)。」
 扉(とびら)を開(あ)ける、とスーと入(はひ)つた。とゞろ/\と踏鳴(ふみな)らしもしない、輕(かる)い靴(くつ)の音(おと)も、其(そ)の筈(はず)で、ぽかりと帽子(ばうし)を脱(ぬ)ぐやうに角(つの)の生(は)えた面(めん)を取(と)つて、一寸(ちよつと)壁(かべ)の釘(くぎ)へ掛(か)けた、顏(かほ)を見(み)ると、何(なん)と! 色白(いろじろ)な細面(ほそおもて)で、髮(かみ)を分(わ)けたハイカラな好男子(かうだんし)。
「いや、何(ど)うも、今日(けふ)は閻王(たいしやう)の役所(やくしよ)に檢(しら)べものが立込(たてこ)んで、甚(ひど)く弱(よわ)つたよ。」
 と腹(はら)も空(す)いたか、げつそりとした風采(ふうつき)。ひよろりとして飛脚(ひきやく)の頭(あたま)の前(まへ)にある椅子(いす)にぐたりと腰(こし)を掛(か)けた、が、細(ほそ)い身體(からだ)をぶる/\と振(ふ)つた。
「人臭(ひとくさ)いぞ、變(へん)だ。甚(ひど)く匂(にほ)ふ、フン、ハン。」
 と嗅※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(かぎまは)して、
「これは生々(なま/\)とした匂(にほ)ひだ。眞個(まつたく)人臭(まひとくさ)い。」
 前刻(さつき)から、手(て)を擧(あ)げたり、下(さ)げたり、胸(むね)に波(なみ)を打(う)たして居(ゐ)た女房(にようばう)。爰(こゝ)に於(おい)て其(そ)の隱(かく)し終(おほ)すべきにあらざるを知(し)つて、衝(つ)と膝(ひざ)を支(つ)いて、前夫(ぜんぷ)の飛脚(ひきやく)の手(て)を取(と)つて曳出(ひきだ)すとともに、夫(をつと)の足許(あしもと)に跪(ひざまづ)いて、哀求(あいきう)す。曰(いは)く、
「後生(ごしやう)でござんす。」――と仔細(しさい)を語(かた)る。
 曳出(ひきだ)された飛脚(ひきやく)は、人間(にんげん)が恁(か)うして、こんな場合(ばあひ)に擡(もた)げると些(すこ)しも異(かは)らぬ面(つら)を擡(もた)げて、ト牛頭(ごづ)と顏(かほ)を見合(みあ)はせた。
(家内(かない)が。)(家内(かない)が。)と雙方(さうはう)同音(どうおん)に云(い)つたが==毎々(まい/\)お世話(せわ)に==と云(い)ふべき處(ところ)を、同時(どうじ)に兩方(りやうはう)でのみ込(こ)みの一寸(ちよつと)默然(だんまり)。
「其(そ)の時(とき)のよ、己(おれ)の顏(かほ)も見(み)たからうが、牛頭(ごづ)の顏(かほ)も、そりや見(み)せたかつた。」
 と、蘇生(よみがへ)つて年(とし)を經(へ)てから、丁(てい)飛脚(ひきやく)が、内證(ないしよう)で、兄弟分(きやうだいぶん)に話(はな)したと傳(つた)へられる。
 時(とき)に其時(そのとき)、牛頭(ごづ)は慇懃(いんぎん)に更(あらた)めて挨拶(あいさつ)した。
「貴方(あなた)、お手(て)をお擧(あ)げ下(くだ)さい。家内(かない)とは一方(ひとかた)ならぬ。」と云(い)ひかけて厭(いや)な顏(かほ)もしないが、婦(をんな)と兩方(りやうはう)を見較(みくら)べながら、
「御懇意(ごこんい)の間(あひだ)と云(い)ひ、それにです。貴方(あなた)は私(わたし)のためには恩人(おんじん)でおいでなさる。――お前(まへ)もお聞(き)きよ、私(わたし)が毎日(まいにち)出勤(しゆつきん)するあの破堂(やぶれだう)の中(なか)で、顏(かほ)は汗(あせ)だらけ、砂埃(すなぼこり)、其(そ)の上(うへ)蜘蛛(くも)の巣(す)で、目口(めくち)も開(あ)かない、可恐(ひど)く弱(よわ)つた處(ところ)を、此(こ)のお方(かた)だ、袖(そで)で綺麗(きれい)にして下(くだ)すつた。……お救(すく)ひ申(まを)さないでおかるゝものか。」

「故郷(ふるさと)を離(はな)れまして、皆樣(みなさん)にお別(わか)れ申(まを)してから、ちやうど三年(さんねん)でございます。私(わたし)は其(そ)の間(あひだ)に、それは/\……」
 と俯目(ふしめ)に成(な)つて、家(うち)の活計(くらし)のために身(み)を賣(う)つて、人買(ひとかひ)に連(つ)れられて國(くに)を出(で)たまゝ、行方(ゆくへ)の知(し)れなかつた娘(むすめ)が、ふと夢(ゆめ)のやうに歸(かへ)つて來(き)て、死(し)したるものの蘇(よみがへ)つた如(ごと)く、彼(か)の女(をんな)を取卷(とりま)いた人々(ひと/″\)に、窶(やつ)れた姿(すがた)で弱々(よわ/\)と語(かた)つた。支那(しな)に人身賣買(じんしんばいばい)の公(おほやけ)に行(おこな)はれた時(とき)の事(こと)である。
「……申(まを)しやうもござんせん、淺(あさ)ましい、恥(はづ)かしい、苦(くる)しい、そして不思議(ふしぎ)な目(め)に逢(あ)ひましたのでございます。
 國境(くにざかひ)を出(で)ましてからは、私(わたし)には東西(とうざい)も分(わか)りません。長(なが)い道中(だうちう)を、あの人買(ひとかひ)に連(つ)れて行(い)かれましたのでございます。そして其(そ)の人買(ひとかひ)の手(て)から離(はな)れましたのは、此(こ)の邊(へん)からは、遠(とほ)いか、形(かたち)も見(み)えません、高(たか)い山(やま)の裾(すそ)にある、田舍(ゐなか)のお醫師(いしや)の家(いへ)でございました。
 一晩(ひとばん)、其(そ)のお醫師(いしや)の離座敷(はなれざしき)のやうな處(ところ)に泊(と)められますと、翌朝(あけのあさ)、咽喉(のど)へも通(とほ)りません朝御飯(あさごはん)が濟(す)みました。間(ま)もなくでございましたの。
 田舍(ゐなか)の事(こと)で、別(べつ)に此(これ)と云(い)ふ垣根(かきね)もありません。裏(うら)の田圃(たんぼ)を、山(やま)の裾(すそ)から、藜(あかざ)の杖(つゑ)を支(つ)いて、畝路(あぜみち)づたひに、私(わたし)が心細(こゝろぼそ)い空(そら)の雲(くも)を見(み)て居(を)ります、離座敷(はなれざしき)へ、のそ/\と入(はひ)つて來(き)ました、髯(ひげ)の白(しろ)い、赤(あか)ら顏(がほ)の、脊(せ)の高(たか)い、茶色(ちやいろ)の被布(ひふ)を着(き)て、頭巾(づきん)を被(かぶ)つた、お爺(ぢい)さんがあつたのでございます。私(わたし)は檀那寺(だんなでら)の和尚(をしやう)の、それも隱居(いんきよ)したのかと思(おも)ひました。
 其(そ)の和尚(をしやう)が、私(わたし)の目(め)の前(まへ)へ腰(こし)を屈(かゞ)めて、支(つ)いた藜(あかざ)を頤杖(あごづゑ)にして、白(しろ)い髯(ひげ)を泳(およ)がせ泳(およ)がせ、口(くち)も利(き)かないで、身體中(からだぢう)をじろ/\と覗込(のぞきこ)むではござんせんか。
 可厭(いやあ)なねえ。
 私(わたし)は一層(いつそ)、藥研(やげん)で生肝(いきぎも)をおろされようとも、お醫師(いしや)の居(ゐ)る母屋(おもや)の方(はう)に逃(に)げ込(こ)まうかと思(おも)ひました。其(そ)の和尚(をしやう)の可厭(いや)らしさに。
 處(ところ)が不可(いけ)ないのでございます。お察(さつ)し下(くだ)さいまし。……
 私(わたし)が逃(に)げようと起(た)ちます裾(すそ)を、ドンと杖(つゑ)の尖(さき)で壓(おさ)へました。熊手(くまで)で搦(から)みましたやうな甚(ひど)い力(ちから)で、はつと倒(たふ)れる處(ところ)を、ぐい、と手(て)を取(と)つて引(ひ)くのです。
 あれ、摺拔(すりぬ)けようと身(み)を※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)(もが)きます時(とき)、扉(とびら)を開(あ)けて、醫師(いしや)が顏(かほ)を出(だ)しました。何(なに)をじたばたする、其(そ)のお仙人(せんにん)と汝(きさま)は行(ゆ)くのだ、と睨付(にらみつ)けて申(まを)すのです。そして、殿樣(とのさま)の前(まへ)のやうに、お醫師(いしや)は、べた/\と唯(たゞ)叩頭(おじぎ)をしました。
 すぐに連(つ)れられて參(まゐ)つたんです。生肝(いきぎも)を藥研(やげん)でおろされる方(はう)がまだしもと思(おも)ひました、其(そ)の仙人(せんにん)に連(つ)れられて――何處(どこ)へ行(い)くのかと存(ぞん)じますと、田圃道(たんぼみち)を、私(わたし)を前(まへ)に立(た)たせて、仙人(せんにん)が後(あと)から。……情(なさけ)なさに歩行(ある)き惱(なや)みますと、時々(とき/″\)、背後(うしろ)から藜(あかざ)の杖(つゑ)で、腰(こし)を突(つ)くのでございますもの。
 麓(ふもと)へ出(で)ますと、段々(だん/\)山(やま)の中(なか)へ追込(おひこ)みました。何(ど)うされるのでございませう。――意甚疑懼(こゝろはなはだぎくす)。然業已賣與無如何(しかれどもすでに/\うるまたいかんともすべきなし)――」
 と本章(ほんしやう)に書(か)いてある、字(じ)は硬(かた)いが、もの柔(やはらか)にあはれである。
「……目(め)を確(しつか)り瞑(つぶ)れや。杖(つゑ)に掴(つか)まれ。言(ことば)を背(そむ)くと生命(いのち)がないぞ。
 やがて、人里(ひとざと)を離(はな)れました山懷(やまふところ)で、仙人(せんにん)が立直(たちなほ)つて申(まを)しました。
 然(さ)うした身(み)にも、生命(いのち)の惜(をし)さに、言(い)はれた通(とほ)りに目(め)を瞑(ふさ)ぎました後(あと)は、裾(すそ)が渦(うづ)のやうに足(あし)に煽(あふ)つて搦(から)みつきますのと、兩方(りやうはう)の耳(みゝ)が風(かぜ)に當(あた)つて、飄々(へう/\)と鳴(な)りましたのばかりを覺(おぼ)えて居(を)ります。
 可(よ)し、と言(い)はれて、目(め)を開(あ)けますと、地(ち)の底(そこ)の穴(あな)の裡(うち)ではなかつたのです。すつくり手(て)を立(た)てたやうな高(たか)い峰(みね)の、其(そ)の上(うへ)にもう一(ひと)つ塔(たふ)を築(つ)きました臺(だい)の上(うへ)に居(を)りました。部屋(へや)も欄干(らんかん)も玉(たま)かと思(おも)ふ晃々(きら/\)と輝(かゞや)きまして、怪(あやし)いお星樣(ほしさま)の中(なか)へ投込(なげこ)まれたのかと思(おも)ひましたの。仙人(せんにん)は見(み)えません。其處(そこ)へ二十人(にじふにん)餘(あま)り、年紀(とし)こそ十五六から三十ぐらゐまで、いろ/\に違(ちが)ひましたが、皆(みな)揃(そろ)つて美(うつく)しい、ですが、悄乎(しを/\)とした女(をんな)たちが出(で)て來(き)ましてね、いづれ、同(おな)じやうなお身(み)の上(うへ)でおいでなさいませう。お可哀相(かはいさう)でございますわね、と皆(みな)さんで優(やさ)しく云(い)つて下(くだ)さるのです。
 私(わたし)は、私(わたし)は殺(ころ)されるんでございませうか、と泣(な)きながら申(まを)しますとね、年上(としうへ)の方(かた)が、否(いゝえ)、お仙人(せんにん)のお伽(とぎ)をしますばかりです、それは仕方(しかた)がござんせん。でも、こゝには、金銀如山(きんぎんやまのごとく)、綾羅(りようら)、錦繍(きんしう)、嘉肴(かかう)、珍菓(ちんくわ)、あり餘(あま)つて、尚(な)ほ、足(た)りないものは、お使者(ししや)の鬼(おに)が手(て)を敲(たゝ)くと整(とゝの)へるんです、それに不足(ふそく)はありません。毎日(まいにち)の事(こと)は勿體(もつたい)ない、殿樣(とのさま)に擬(まが)ふほどなのです。其(そ)の代(かは)り――
 其(そ)の代(かは)り、と聞(き)いただけで身(み)がふるへたではありませんか。――えゝ、其(そ)の代(かは)り。……何(なに)、其(それ)だつて、と其(そ)の年紀上(としうへ)の方(かた)が又(また)、たゞ毎月(まいげつ)一度(いちど)づゝ、些(ちつ)と痛(いた)い苦(くる)しい思(おもひ)をするだけなんですツて――
 さあ、あの、其(そ)の、思(おもひ)をしますのを、殺(ころ)されるやうに思(おも)つて、待(ま)ちました。……欄干(らんかん)に胸(むね)を壓(おさ)へて、故郷(ふるさと)の空(そら)とも分(わ)かぬ、遙(はる)かな山(やま)の頂(いたゞき)が細(ほそ)い煙(けむり)を噴(は)くのを見(み)れば、あれが身(み)を焚(や)く炎(ほのほ)かと思(おも)ひ、石(いし)の柱(はしら)に背(せ)を凭(もた)れて、利鎌(とがま)の月(つき)を見(み)る時(とき)は、それも身(み)を斬(き)る刃(やいば)かと思(おも)つたんです。
 お前(まへ)さん、召(め)しますよ。
 えゝ! さあ、其(そ)の時(とき)が參(まゐ)りました。一月(ひとつき)の中(うち)に身體(からだ)がきれいに成(な)りました、其(そ)の翌日(あくるひ)の事(こと)だつたんです、お仙人(せんにん)は杖(つゑ)を支(つ)いて、幾壇(いくだん)も壇(だん)を下(お)りて、館(やかた)を少(すこ)し離(はな)れました、攀上(よぢのぼ)るほどな巖(いは)の上(うへ)へ連(つ)れて行(い)きました。眞晝間(まつぴるま)の事(こと)なんです。
 天狗(てんぐ)の俎(まないた)といひますやうな 大木(たいぼく)の切(き)つたのが据置(すゑお)いてあるんです。其(そ)の上(うへ)へ、私(わたし)は内外(うちと)の衣(きぬ)を褫(と)られて、そして寢(ね)かされました。仙人(せんにん)が、あの廣(ひろ)い袖(そで)の中(なか)から、眞紅(まつか)な、粘々(ねば/\)した、艷(つや)のある、蛇(へび)の鱗(うろこ)のやうな編方(あみかた)した、一條(ひとすぢ)の紐(ひも)を出(だ)して絲(いと)ほどにも、身(み)の動(うご)きませんほど、手足(てあし)を其(そ)の大木(たいぼく)に確乎(しつかり)結(いは)へて、綿(わた)の丸(まる)けた球(たま)を、口(くち)の中(なか)へ捻込(ねぢこ)みましたので、聲(こゑ)も出(で)なくなりました。
 其處(そこ)へ、キラ/\する金(きん)の針(はり)を持(も)つて、一睨(ひとにら)み睨(にら)まれました時(とき)に、もう氣(き)を失(うしな)つたのでございます。
 自分(じぶん)に返(かへ)りました時(とき)、兩臂(りやうひぢ)と、乳(ちゝ)の下(した)と、手首(てくび)の脈(みやく)と 方々(はう/″\)に血(ち)が浸(にじ)んで、其處(そこ)へ眞白(まつしろ)な藥(くすり)の粉(こな)が振掛(ふりか)けてあるのが分(わか)りました。
 翌月(あくるつき)、二度目(にどめ)の時(とき)に、それでも氣絶(きぜつ)はしませんでございました。そして、仙人(せんにん)の持(も)ちましたのは針(はり)ではありません、金(きん)の管(くだ)で、脈(みやく)へ刺(さ)して、其(そ)の管(くだ)から生血(いきち)を吸(す)はれるつて事(こと)を覺(おぼ)えたのです。一時(ひととき)ばかり、其(そ)の間(あひだ)の苦痛(くつう)と云(い)つてはありません。
 が、藥(くすり)をつけられますと、疵(きず)あとは、すぐに次(つぎ)の日(ひ)に痂(か)せて落(お)ちて、蟲(むし)に刺(さ)されたほどのあとも殘(のこ)りません。
 えゝ、そんな思(おも)ひをして、雲(くも)も雨(あめ)も、みんな、目(め)の下(した)に遠(とほ)く見(み)えます、蒼空(あをぞら)の高(たか)い峰(みね)の館(やかた)の中(なか)に、晝(ひる)は伽(とぎ)をして暮(くら)しました。
 つい此(こ)の頃(ごろ)でございます。思(おも)ひもかけず、屋根(やね)も柱(はしら)も搖(ゆ)れるやうな白(しろ)い風(かぜ)が矢(や)を射(い)るやうに吹(ふ)きつけますと、光(ひか)り輝(かゞや)く蒼空(あをぞら)に、眞黒(まつくろ)な雲(くも)が一掴(ひとつかみ)、鷲(わし)が落(おと)しますやうな、峰一杯(みねいつぱい)の翼(つばさ)を開(ひら)いて、山(やま)を包(つゝ)んで、館(やかた)の屋根(やね)に渦(うづま)いてかゝりますと、晝間(ひるま)の寢床(ねどこ)――仙人(せんにん)は夜(よる)はいつでも一睡(いつすゐ)もしないのです、夜分(やぶん)は塔(たふ)の上(うへ)に上(あが)つて、月(つき)に跪(ひざまづ)き、星(ほし)を拜(をが)んで、人(ひと)の知(し)らない行(ぎやう)をします――其(そ)の晝(ひる)の寢床(ねどこ)から當番(たうばん)の女(をんな)を一人(ひとり)、小脇(こわき)に抱(かゝ)へたまゝ、廣室(ひろま)に駈込(かけこ)んで來(き)たのですが、皆(みんな)來(こ)い! と呼立(よびた)てます。聲(こゑ)も震(ふる)へ、身(み)も慄(をのゝ)いて、私(わたし)たち二十人(にじふにん)餘(あま)りを慌(あわたゞ)しく呼寄(よびよ)せて、あの、二重(にぢう)三重(さんぢう)に、白(しろ)い膚(はだ)に取圍(とりかこ)ませて、衣類(きもの)衣服(きもの)の花(はな)の中(なか)に、肉身(にくしん)の屏風(びやうぶ)させて、一(ひと)すくみに成(な)りました。
 此(これ)が禁厭(まじなひ)に成(な)るのと見(み)えます。窓(まど)を透(とほ)して手(て)のやうに擴(ひろ)がります、其(そ)の黒雲(くろくも)が、じり/\と來(き)ては、引返(ひきかへ)し、じり/\と來(き)ては、引返(ひきかへ)し、仙人(せんにん)の背(せ)は波打(なみう)つやうに、進退(かけひき)するのが見(み)えました。が、やがて、凄(すさま)じい音(おと)がしますと、雲(くも)の中(なか)に、龍(りう)の形(かたち)が顯(あら)はれたんです。柱(はしら)のやうに立(た)つたと思(おも)ふと、ちやうど箕(み)の大(おほき)さに見(み)えました、爪(つめ)が電(いなづま)のやうな掌(てのひら)を開(ひら)いて、女(をんな)たちの髮(かみ)の上(うへ)へ仙人(せんにん)の足(あし)を釣上(つりあ)げた、と見(み)ますと、天井(てんじやう)が、ぱつと飛散(とびち)つて、あとはたゞ黒雲(くろくも)の中(なか)に、風(かぜ)の荒狂(あれくる)ふのばかりを覺(おぼ)えて、まるで現(うつゝ)に成(な)つたんです。
 村(むら)の人(ひと)に介抱(かいはう)されると、知(し)らない國(くに)の、路傍(みちばた)に倒(たふ)れて居(ゐ)ました。
 其處(そこ)で訊(たづ)ねまして、はじめて、故郷(ふるさと)は然(さ)まで遠(とほ)くない、四五十里(しごじふり)だと云(い)ふのが分(わか)つて、それから、釵(かんざし)を賣(う)り、帶(おび)を賣(う)つて、草樹(くさき)をしるべに、漸(や)つと日(ひ)をかさねて歸(かへ)つたのでございます。」
 あはれ、此(こ)の婦(をんな)は、そして久(ひさ)しからずして果敢(はか)なく成(な)つたと傳(つた)へられる。

 傳(つた)へ聞(き)く、近頃(ちかごろ)、天津(てんしん)の色男(いろをとこ)に何生(なにがし)と云(い)ふもの、二日(ふつか)ばかり邸(やしき)を明(あ)けた新情人(しんいろ)の許(もと)から、午後二時半頃(こごにじはんごろ)茫(ばう)として歸(かへ)つて來(き)た。
「しかし奧(おく)も美人(びじん)だよ。あの烈(はげ)しく妬(や)くと云(い)ふものが、恐(おそ)らく己(おれ)を深(ふか)く思(おも)へばこそだからな。賣色(ばいしよく)の輩(はい)と違(ちが)ふ、慾得(よくとく)づくや洒落(しやれ)に其(そ)の胸倉(むなぐら)を取(と)れるわけのものではないのだ。うふゝ。貴方(あなた)はな、とそれ、赫(かつ)と成(な)る。あの瞼(まぶた)の紅(くれなゐ)と云(い)ふものが、恰(あたかも)是(これ)、醉(よ)へる芙蓉(ふよう)の如(ごと)しさ。自慢(じまん)ぢやないが、外國(ぐわいこく)にも類(たぐ)ひあるまい。新婚當時(しんこんたうじ)の含羞(はにか)んだ色合(いろあひ)を新(あたら)しく拜見(はいけん)などもお安(やす)くない奴(やつ)。たゞし嬌瞋(けうしん)火(ひ)に似(に)たりと云(い)ふのを思(おも)つたばかりでも、此方(こつち)も耳(みゝ)が熱(ほて)るわけさ。」
 と六月(ろくぐわつ)の日(ひ)の照(て)らす中(なか)に、寢不足(ねぶそく)の蒼白(あをじろ)い顏(かほ)を、蒸返(むしかへ)しにうだらして、筋(すぢ)もとろけさうに、ふら/\と邸(やしき)に近(ちか)づく。
 唯(ト)、夫人(ふじん)の居室(ゐま)に當(あた)る、甘(あま)くして艷(つや)つぽく、色(いろ)の濃(こ)い、唐(から)の桐(きり)の花(はな)の咲(さ)いた窓(まど)の下(した)に、一人(ひとり)影(かげ)暖(あたゝ)かく彳(たゝず)んだ、少年(せうねん)の書生(しよせい)の姿(すがた)がある。其(そ)の人(ひと)、形容(けいよう)、都(と)にして麗(れい)なり、と書(か)いてある。若旦那(わかだんな)には氣(き)の毒(どく)ながら、書(か)いてあるので仕方(しかた)がない。
 これが植込(うゑこみ)を遙(はる)かに透(すか)し、門(もん)の外(そと)からあからさまに見(み)えた、と見(み)る間(ま)もなく、件(くだん)の美少年(びせうねん)の姿(すがた)は、大(おほき)な蝶(てふ)の影(かげ)を日南(ひなた)に殘(のこ)して、飜然(ひらり)と――二階(にかい)ではないが――窓(まど)の高(たか)い室(しつ)へ入(はひ)つた。再(ふたゝ)び説(と)く。其處(そこ)が婦人(ふじん)の居室(ゐま)なのである。
 若旦那(わかだんな)は、くわつと逆上(のぼ)せた頭(あたま)を、我(われ)を忘(わす)れて、うつかり帽子(ばうし)の上(うへ)から掻※(「てへん+毟」、第4水準2-78-12)(かきむし)りながら、拔足(ぬきあし)に成(な)つて、庭傳(にはづた)ひに、密(そつ)と其(そ)の窓(まど)の下(した)に忍(しの)び寄(よ)る。内(うち)では、媚(なま)めいた聲(こゑ)がする。
「よく來(き)てねえ、丁(ちやう)ど待(ま)つて居(ゐ)た處(ところ)なんですよ、心(こゝろ)が通(つう)じたんだわね。」
 と、舌(した)つたるさも沙汰(さた)の限(かぎ)りな、それが婦人(ふじん)の聲(こゑ)である。
 若旦那(わかだんな)勃然(ぼつぜん)として怒(おこ)るまいか。あと退(じさ)りに跳返(はねかへ)つた、中戸口(なかどぐち)から、眞暗(まつくら)に成(な)つて躍込(をどりこ)んだが、部屋(へや)の扉(と)の外(そと)に震(ふる)へる釘(くぎ)の如(ごと)くに突立(つツた)つて、拳(こぶし)を握(にぎ)りながら、
「りんよ、りんよ、權平(ごんぺい)、權平(ごんぺい)よ、りんよ、權平(ごんぺい)。刀(かたな)を寄越(よこ)せ、刀(かたな)を寄越(よこ)せ、刀(かたな)を。」と喚(よび)かけたが、權平(ごんぺい)も、りんも、寂然(ひつそり)して音(おと)も立(た)てない。誰(たれ)が敢(あへ)て此處(こゝ)へ切(きれ)ものを持出(もちだ)すものか。
 若旦那(わかだんな)、地(ぢ)たゝらを踏(ふ)みながら、
「汝(これ)、汝(これ)、部屋(へや)の中(なか)に居(ゐ)るのは誰(たれ)だ、誰(たれ)が居(ゐ)るんだ、汝(これ)。」
 と怒鳴(どな)つた。裡(うち)に敵(てき)ありと見(み)て、直(す)ぐに猪(いのしゝ)の如(ごと)く飛込(とびこ)まないのが、しかし色男(いろをとこ)の身上(しんしやう)であると思(おも)へ。
 婦人(ふじん)の驚駭(きやうがい)は蓋(けだ)し察(さつ)するに餘(あま)りある。卓(たく)を隔(へだ)てて差向(さしむか)ひにでも逢(あ)ふ事(こと)か、椅子(いす)を並(なら)べて、肩(かた)を合(あ)はせて居(ゐ)るのであるから、股栗不能聲(こりつしてこゑするあたはず)。唯(たゞ)腕(うで)で推(お)し、手(て)で拂(はら)つて、美少年(びせうねん)を、藏(かく)すよりも先(ま)づ、離(はな)さうとあせり悶(もだ)えて、殆(ほとん)ど虚空(こくう)を掴(つか)む形(かたち)。
 美少年(びせうねん)が、何(なん)と飛退(とびの)きもしよう事(こと)か。片手(かたて)で、尚(な)ほつよく、しかと婦人(ふじん)の手(て)を取(と)つたまゝ、その上(うへ)、腰(こし)で椅子(いす)を摺寄(すりよ)せて、正面(しやうめん)をしやんと切(き)つて、曰(いは)く此時(このとき)、神色(しんしよく)自若(じじやく)たりき、としてあるのは、英雄(えいゆう)が事變(じへん)に處(しよ)して、然(しか)るよりも、尚更(なほさ)ら驚歎(きやうたん)に價値(あたひ)する。
 逃(に)げようと思(おも)へば、いま飛込(とびこ)んだ、窓(まど)もあるのに――
「然(さ)うだ。一思(ひとおも)ひに短銃(ピストル)だ。」
 と扉(ドア)の外(そと)でひき呼吸(いき)に呟(つぶや)く聲(こゑ)、彈丸(だんぐわん)の如(ごと)く飛(と)んで行(ゆ)く音(おと)。忽(たちま)ち手負猪(ておひじし)の襲(おそ)ふやうな、殺氣(さつき)立(だ)つた跫音(あしおと)が犇々(ひし/\)と扉(ドア)に寄(よ)る。剩(あまつさ)へ其(そ)の扉(ドア)には、觀世綟(くわんぜより)の鎖(ぢやう)もさゝず、一壓(ひとお)しに押(お)せば開(あ)くものを、其(そ)の時(とき)まで美少年(びせうねん)は件(くだん)の自若(じじやく)たる態度(たいど)を續(つゞ)けた。
 然(しか)も、若旦那(わかだんな)が短銃(ピストル)を持(も)つて引返(ひつかへ)したのを知(し)ると、莞爾(くわんじ)として微笑(ほゝゑ)んで、一層(いつそう)また、婦人(ふじん)の肩(かた)を片手(かたて)に抱(いだ)いた。
 其(そ)の間(あひだ)の婦人(ふじん)の心痛(しんつう)と恐怖(きようふ)はそも、身(み)をしぼる汗(あせ)は血(ち)と成(な)つて、紅(くれなゐ)の雫(しづく)が垂々(たら/\)と落(お)ちたと云(い)ふ。窘(くるしみ)も又(また)極(きはま)つて、殆(ほとん)ど狂亂(きやうらん)して悲鳴(ひめい)を上(あ)げた。
「あれ、強盜(がうたう)が、私(わたし)を、私(わたし)を。」
「何(なに)が盜人(ぬすびと)です、私(わたし)は情人(いろ)ぢやありませんかね。」
 と高(たか)らかに美少年(びせうねん)が言(い)つた。
「何(なん)だ。強盜(がうたう)だ、情人(いろ)だ。」と云(い)ひさま、ドンと開(あ)けて、衝(つ)と入(はひ)つて、屹(き)と其(そ)の短銃(ピストル)を差向(さしむ)けて、一目(ひとめ)見(み)るや、あ、と叫(さけ)んで、若旦那(わかだんな)は思(おも)はず退(すさ)つた。
 怪事(あやし)、婦人(ふじん)の肩(かた)に手(て)を掛(か)けて連理(れんり)の椅子(いす)を並(なら)べたのは、美少年(びせうねん)のそれにあらず。
 此(これ)がために昨夜(ゆうべ)も家(いへ)を開(あ)けて、今(いま)しがた喃々(なん/\)として別(わか)れて來(き)た、若旦那(わかだんな)自身(じしん)の新情婦(しんいろ)の美女(びぢよ)で、婦人(ふじん)と其處(そこ)に兩々(りやう/\)紅白(こうはく)を咲分(さきわ)けて居(ゐ)たのである。
 此(こ)の美女(びぢよ)、姓(せい)は胡(こ)で、名(な)はお好(かう)ちやんと云(い)ふ。
 一體(いつたい)、此(こ)の若旦那(わかだんな)は、邸(やしき)の河下三里(かはしもさんり)ばかりの處(ところ)に、流(ながれ)に臨(のぞ)んだ別業(べつげふ)があるのを、元來(ぐわんらい)色(いろ)好(この)める男子(をとこ)、婦人(ふじん)の張氏(ちやうし)美而(びにして)妬(と)なりと云(い)ふので、浮氣(うはき)をする隱場處(かくればしよ)にして、其(そ)の別業(べつげふ)へ、さま/″\の女(をんな)を引込(ひつこ)むのを術(て)としたが、當春(たうしゆん)、天氣(てんき)麗(うらゝ)かに、桃(もゝ)の花(はな)のとろりと咲亂(さきみだ)れた、暖(あたゝか)い柳(やなぎ)の中(なか)を、川上(かはかみ)へ細(ほそ)い杖(ステツキ)で散策(さんさく)した時(とき)、上流(じやうりう)の方(かた)より柳(やなぎ)の如(ごと)く、流(ながれ)に靡(なび)いて、楚々(そゝ)として且(か)つもの思(おも)はしげに、唯(たゞ)一人(ひとり)渚(なぎさ)を辿(たど)り來(き)た此(こ)の美女(びぢよ)に逢(あ)つて、遠慮(ゑんりよ)なく色目(いろめ)づかひをして、目迎(めむか)へ且(か)つ見送(みおく)つて、何(ど)うだと云(い)ふ例(れい)の本領(ほんりやう)を發揮(はつき)したのがはじまりである。
 流水(りうすゐ)豈(あに)心(こゝろ)なからんや。言(ことば)を交(かは)すと、祕(かく)さず名(な)を言(い)つた。お好(かう)ちやんの語(かた)る處(ところ)によれば、若後家(わかごけ)だ、と云(い)ふ。若旦那(わかだんな)思(おも)ふ壺(つぼ)。で、親族(しんぞく)の男(をとこ)どもが、挑(いど)む、嬲(なぶ)る、威丈高(ゐたけだか)に成(な)つて袖褄(そでつま)を引(ひ)く、其(そ)の遣瀬(やるせ)なさに、くよ/\浮世(うきよ)を柳隱(やなぎがく)れに、水(みづ)の流(なが)れを見(み)るのだ、と云(い)ふ。あはれも、そゞろ身(み)にしみて、春(はる)の夕(ゆふべ)の言(ことば)の契(ちぎり)は、朧月夜(おぼろづきよ)の色(いろ)と成(な)つて、然(しか)も桃色(もゝいろ)の流(ながれ)に銀(しろがね)の棹(さを)さして、お好(かう)ちやんが、自分(じぶん)で小船(こぶね)を操(あやつ)つて、月(つき)のみどりの葉(は)がくれに、若旦那(わかだんな)の別業(べつげふ)へ通(かよ)つて來(く)る、蓋(けだ)しハイカラなものである。
 以來(いらい)、百家(ひやくか)の書(しよ)を讀(よ)んで、哲學(てつがく)を修(しう)する、と稱(とな)へて、別業(べつげふ)に居續(ゐつゞ)けして、窓(まど)を閉(と)ぢて、垣(かき)を開(ひら)いた。
 其(そ)のお好(かう)ちやんであつたのである。……
 細君(さいくん)の張氏(ちやうし)より、然(しか)も、五(いつ)つばかり年少(としわか)き一少女(いちせうぢよ)、淡裝(たんさう)素服(そふく)して婀娜(あだ)たるものであつた。
 時(とき)に、若旦那(わかだんな)を見(み)て、露(つゆ)に漆(うるし)したる如(ごと)き、ぱつちりとした瞳(ひとみ)を返(かへ)して、額髮(ひたひがみ)はら/\と色(いろ)を籠(こ)めつゝ、流眄(ながしめ)に莞爾(につこり)した。
 が、椅子(いす)を並(なら)べた張婦人(ちやうふじん)の肩(かた)に掛(か)けた手(て)は、なよ/\としつゝも敢(あへ)て離(はな)さうとはしなかつた。
 言(い)ふまでもなく婦人(ふじん)の目(め)にも、齊(ひと)しく女(をんな)に成(な)つたので、驚駭(きやうがく)を變(か)へて又(また)蒼(あを)く成(な)つた。
 若旦那(わかだんな)も、呆(あき)れて立(た)つこと半時(はんとき)ばかり。聲(こゑ)も一言(ひとこと)もまだ出(で)ない内(うち)に、霞(かすみ)の色(いろ)づく如(ごと)くにして、少女(せうぢよ)は忽(たちま)ち美少年(びせうねん)に變(かは)つたのである。
 變(かは)れば現在(げんざい)、夫(をつと)の見(み)る前(まへ)。婦人(ふじん)は身震(みぶる)ひして飛退(とびの)かうとするのであつたが、輕(かる)く撓柔(しなやか)に背(せ)にかかつた手(て)が、千曳(ちびき)の岩(いは)の如(ごと)く、千筋(ちすぢ)の絲(いと)に似(に)て、袖(そで)も襟(えり)も動(うご)かばこそ。おめ/\として、恥(はづ)かしい、罪(つみ)ある人形(にんぎやう)とされて居(ゐ)る。
 知是妖怪所爲(しるこれえうくわいのしよゐ)。
「退(ど)け、射殺(いころ)すぞ。」
 詰寄(つめよ)る。若旦那(わかだんな)の手(て)を、美少年(びせうねん)の方(はう)から迎(むか)へるやうに、じつと握(にぎ)る、と其(そ)の手(て)の尖(さき)から雪(ゆき)と成(な)つて、再(ふたゝ)び白衣(びやくい)の美女(びぢよ)と變(かは)つた。
「忘(わす)れたの、一寸(ちよつと)……」
 で、辷(すべ)らした白(しろ)い手(て)を、若旦那(わかだんな)の胸(むね)にあてて、腕(うで)で壓(お)すやうにして、涼(すゞし)い目(め)で熟(じつ)と見(み)る。其(そ)の媚(こび)と云(い)つたらない。妖艷無比(えうえんむひ)で、猶(なほ)且(か)つ婦人(ふじん)の背(せ)を抱(だ)いて居(ゐ)る。
 と知(し)りつゝ、魂(たましひ)から前(さき)へ溶(とろ)けて、ふら/\と成(な)つた若旦那(わかだんな)の身體(からだ)は、他愛(たわい)なく、ぐたりと椅子(いす)に落(お)ちたのであつた。于二女之間恍惚夢如(にぢよのあひだにくわうこつとしてゆめのごとし)。
「ほゝゝ、色男(いろをとこ)や、貴女(あなた)に馴染(なじ)んでから丁(ちやう)ど半年(はんとし)に成(な)りますわね。御新造(ごしんぞ)に馴染(なじ)んでからも半年(はんとし)よ。貴方(あなた)が私(わたし)の許(もと)へ來(き)て居(ゐ)るうちは、何時(いつ)でも此方(こちら)へ來(き)て居(ゐ)たの。あら、あんな顏(かほ)をしてさ。一寸(ちよいと)色男(いろをとこ)。私(わたし)と逢(あ)つて居(ゐ)るうちは、其(そ)の時間(じかん)だけも御新造(ごしんぞ)は要(い)らないものでせう。要(い)らないものなら、其間(そのあひだ)は何(ど)うされたつて差支(さしつか)へないぢやありませんか。
 ねえ、若旦那(わかだんな)、私(わたし)は貴方(あなた)は嫌(きらひ)なの。でも嫌(きらひ)だと云(い)つたつて、嫌(きら)はれた事(こと)は分(わか)らないお方(かた)でせう。貴方(あなた)は自分(じぶん)の思(おも)つた女(をんな)は、皆(みんな)云(い)ふ事(こと)を肯(き)くんだと思(おも)つて居(ゐ)るもの。思(おも)はれるものの恥辱(ちじよく)です。
 だから、思(おも)はれた通(とほ)りに成(な)つて――其(そ)のかはり貴方(あなた)に差上(さしあ)げたものを、御新造(ごしんぞ)から頂戴(ちやうだい)しました。可(よ)かありませんか。
 最(も)う此(これ)だけで澤山(たくさん)なんです。」
 言(い)ふと、齊(ひと)しく、俄然(がぜん)として又(また)美少年(びせうねん)と成(な)つて、婦人(ふじん)の打背(うちそむ)く頬(ほゝ)に手(て)を當(あ)てた。が、すらりと身(み)を拔(ぬ)いて、椅子(いす)に立(た)つた。
 若旦那(わかだんな)、氣疲(きつか)れ、魂倦(こんつか)れ、茫(ばう)として手(て)もつけられず。美少年(びせうねん)の拔(ぬ)けたあとを、夫婦(ふうふ)相對(あひたい)して目(め)を見合(みあは)せて、いづれも羞恥(しうち)に堪(た)へず差俯向(さしうつむ)く。
 頭(あたま)の上(うへ)に、はた/\と掌(て)を叩(たゝ)いて、呵々(から/\)と高笑(たかわら)ひするのを、驚(おどろ)いて見(み)れば、少年子(せうねんし)、擧手(きよしゆ)高揖(かういふ)して曰(いは)く、吾去矣(われさらん)。
「御機嫌(ごきげん)よう、失禮(しつれい)。」
 と、變(へん)じて狐(きつね)と成(な)つて、白晝(はくちう)を窓(まど)から蝙蝠(かうもり)の如(ごと)くに消(き)えぬ。
 此(これ)は教訓(けうくん)ではない、事實(じじつ)であると、本文(ほんぶん)に添書(そへが)きがあるのである。
大正三年三月
了

底本:「鏡花全集 巻二十七」岩波書店
   1942(昭和17)年10月20日第1刷発行
   1988(昭和63)年11月2日第3刷発行
※題名の下にあった年代の注を、最後に移しました。
※表題は底本では、「みつ柏(がしは)」とルビがついています。
入力:門田裕志
校正:川山隆
2011年8月14日作成
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