田舎の蚊々、なんじ竹藪の奥に生れて、その親も知らず、昼は雪隠せっちんにひそみて伏兵となり、夜は臥床がしょうをくぐりて刺客となる、とつ汝の一身は総てこれ罪なり、人の血を吸ふは殺生罪なり、蚊帳の穴をくぐるは偸盗ちゅうとう罪なり、耳のほとりにむらがりて、雷声をなすは妄語罪なり、酒の香をしたふて酔ふことを知らざるは、飲酒罪なり、汝五逆の罪を犯してなほ生を人界にぬすむは、そもそも何の心ぞ、あくまで血にふくれて、腹のさくるは自業自得じごうじとくなり、子をさして母をこまらせ親を苦しめて子をなかせたる罪の、今たちまち報ひ来て我手の先にたおれたり、悟れや汝生きて桓公かんこうの血に罪を作らんよりは、死して文人の手に葬らるるにしかず、丈草じょうそうかつて汝が先祖を引導す、我また汝をひつぎにおさめて東方十万億土花の都の俳人によするものなり、何の恨みか存ぜんかつ
念仏のとぎれけり蚊をたたく声
〔『法の雷』第十三号 明治241015

底本:「飯待つ間」岩波文庫、岩波書店
   1985(昭和60)年3月18日第1刷発行
   2001(平成13)年11月7日第10刷発行
底本の親本:「子規全集 第12巻」講談社
   1975(昭和50)年10月刊
初出:「法の雷 第13号」
   1891(明治24)年10月15日
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
※底本では、表題の下に「盗化生」と記載されています。
入力:ゆうき
校正:noriko saito
2010年4月22日作成
2011年5月11日修正
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