あらすじ
土人形である「汝」は、かつては愛されていたものの、今は使い道もなく、道端の夜店に置かれたまま埃をかぶっていました。作者は八銭で「汝」を買い、七年もの間、共に過ごしてきましたが、もはや愛想が尽き、ついに「汝」を捨てようと考えています。作者は「汝」に恨みはないと語り、形あるものはいつか必ず役に立つ時が来ると説きます。しかし、「汝」は役に立つものとは程遠く、捨てられても拾われることもなく、売っても値段がつかないでしょう。作者は「汝」を庭の石に投げつけ、元の土に帰らせることを決意します。
 汝もといづくの辺土の山の土くれぞ。急須(きゅうす)となりて茶人が長き夜のつれづれを慰むるにもあらねば、徳利となりて林間に紅葉を焚(た)くの風流も知らず。さりとて来山が腹に乗りて物喰はぬ妻と可愛がられたる女人形のたぐひにもあらず。過去の因業(いんごう)いまだ尽きず、拙(つたな)きすゑものつくりにこねられてかかる見にくき姿とはなりける。むつかしき頬(ほお)ふくらしてひたすらに世を睨(にら)みつけたる愛嬌(あいきょう)なさに前の持主にも見離され道端の夜店に埃(ほこり)をかぶりて手のなき古雛(ふるびな)と共に淋(さび)しく立ち尽したるを八銭に代へて連れ帰り、新世帯の床の間に行脚(あんぎゃ)の蓑笠(みのかさ)に添へて安置したるは汝が一世の曠(こう)なるべし。然りしより後汝と一室を共にして相対することここに七年、朝にながめ、夕にながめ、書に倦(う)みたる春の日、文作りなづみし秋の夜半、ながめながめてつくづくと愛想尽きたる今、忽ち破(や)れ団扇(うちわ)と共に汝を捨てんの心切(せつ)なり。世に用あるものは形の美醜を問はず、とぢ蓋(ぶた)もわれ鍋に用ゐられ悪女も終には縁づく時あり。汝無用の長物にしてしかも人に憎まれくらさんはなかなかに罪深きわざなめるを、我固(もと)より汝に恨(うらみ)なし、今汝を捨つるとも汝かまへて我を恨むべからず。捨てんか捨てんか、捨てたりともしろかねの猫にあらねば門前の童子もよも拾はじ。売らんか売らんか、売りたりとも金箔(きんぱく)の兀(は)げたる羽子板にも劣りていたづらに屑屋(くずや)に踏(ふ)み倒されん。如(し)かず椽先の飛石に投げうつて昔に返る粉(こ)な微塵(みじん)、宿業全く終りて永く三界(さんがい)の輪廻(りんね)を免れんには。汝もし霊あらば庭下駄の片足を穿(うが)ちて疾(と)く西に帰れ。
蚯蚓(みみず)鳴くや土の達磨(だるま)はもとの土
〔『ホトトギス』第二巻第一号 明治31・10・10〕
了

底本:「飯待つ間」岩波文庫、岩波書店
   1985(昭和60)年3月18日第1刷発行
   2001(平成13)年11月7日第10刷発行
底本の親本:「子規全集 第十二巻」講談社
   1975(昭和50)年10月刊
初出:「ホトトギス 第二巻第一号」
   1898(明治31)年10月10日
※ルビは新仮名とする底本の扱いにそって、ルビの拗音、促音は小書きしました。
※底本では、表題の下に「子規子」と記載されています。
入力:ゆうき
校正:noriko saito
2010年4月22日作成
2011年5月11日修正
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