あらすじ
谷中感応寺に五重塔が建つことになり、腕は確かだが世事に疎い十兵衛は、その仕事をどうしても請け負いたいと願います。しかし、すでに同じ仕事を請け負っている棟梁の源太がおり、十兵衛の願いは叶うのか、それとも… 二人の棟梁の運命を左右する、上人の思惑とは? 職人たちのプライドと、人情が交錯する物語です。
 木理(もくめ)美(うるわ)しき槻胴(けやきどう)、縁にはわざと赤樫(あかがし)を用いたる岩畳作りの長火鉢(ながひばち)に対(むか)いて話し敵(がたき)もなくただ一人、少しは淋(さび)しそうに坐(すわ)り居る三十前後の女、男のように立派な眉(まゆ)をいつ掃(はら)いしか剃(そ)ったる痕(あと)の青々と、見る眼も覚(さ)むべき雨後の山の色をとどめて翠(みどり)の匂(にお)いひとしお床しく、鼻筋つんと通り眼尻(めじり)キリリと上り、洗い髪をぐるぐると酷(むご)く丸(まろ)めて引裂紙(ひっさきがみ)をあしらいに一本簪(いっぽんざし)でぐいと留(とど)めを刺した色気なしの様はつくれど、憎いほど烏黒(まっくろ)にて艶ある髪の毛の一ト綜(ふさ)二綜後(おく)れ乱れて、浅黒いながら渋気の抜けたる顔にかかれる趣きは、年増嫌(としまぎら)いでも褒(ほ)めずにはおかれまじき風体、わがものならば着せてやりたい好みのあるにと好色漢(しれもの)が随分頼まれもせぬ詮議(せんぎ)を蔭(かげ)ではすべきに、さりとは外見(みえ)を捨てて堅義を自慢にした身の装(つく)り方、柄の選択(えらみ)こそ野暮ならね高が二子の綿入れに繻子襟(しゅすえり)かけたを着てどこに紅(べに)くさいところもなく、引っ掛けたねんねこばかりは往時(むかし)何なりしやら疎(あら)い縞(しま)の糸織なれど、これとて幾たびか水を潜って来た奴(やつ)なるべし。
 今しも台所にては下婢(おさん)が器物(もの)洗う音ばかりして家内静かに、ほかには人ある様子もなく、何心なくいたずらに黒文字を舌端(したさき)で嬲(なぶ)り躍(おど)らせなどしていし女、ぷつりとそれを噛(か)み切ってぷいと吹き飛ばし、火鉢の灰かきならし炭火体(てい)よく埋(い)け、芋籠(いもかご)より小巾(こぎれ)とり出(いだ)し、銀ほど光れる長五徳(ながごとく)を磨(みが)きおとしを拭(ふ)き銅壺(どうこ)の蓋(ふた)まで奇麗にして、さて南部霰地(なんぶあられ)の大鉄瓶(おおてつびん)をちゃんとかけし後、石尊様詣りのついでに箱根へ寄って来しものが姉御(あねご)へ御土産(おみや)とくれたらしき寄木細工の小繊麗(こぎよう)なる煙草箱(たばこばこ)を、右の手に持った鼈甲管(べっこうらお)の煙管(きせる)で引き寄せ、長閑(のどか)に一服吸うて線香の煙るように緩々(ゆるゆる)と煙りを噴(は)き出(いだ)し、思わず知らず太息(ためいき)吐(つ)いて、多分は良人(うち)の手に入るであろうが憎いのっそりめが対(むこ)うへ廻(まわ)り、去年使うてやった恩も忘れ上人様に胡麻摺(ごます)り込んで、たってこん度の仕事をしょうと身の分も知らずに願いを上げたとやら、清吉(せいきち)の話しでは上人様に依怙贔屓(えこひいき)のお情(こころ)はあっても、名さえ響かぬのっそりに大切(だいじ)の仕事を任せらるることは檀家方の手前寄進者方の手前もむつかしかろうなれば、大丈夫此方(こち)に命(いいつ)けらるるにきまったこと、よしまたのっそりに命けらるればとて彼奴(あれめ)にできる仕事でもなく、彼奴の下に立って働く者もあるまいなれば見事でかし損ずるは眼に見えたこととのよしなれど、早く良人(うちのひと)がいよいよ御用命(いいつ)かったと笑い顔して帰って来られればよい、類の少い仕事だけに是非して見たい受け合って見たい、欲徳はどうでも関(かま)わぬ、谷中感応寺(やなかかんおうじ)の五重塔は川越(かわごえ)の源太(げんた)が作りおった、ああよくでかした感心なと云われて見たいと面白がって、いつになく職業(しょうばい)に気のはずみを打って居らるるに、もしこの仕事を他(ひと)に奪(と)られたらどのように腹を立てらるるか肝癪(かんしゃく)を起さるるか知れず、それも道理であって見れば傍(わき)から妾(わたし)の慰めようもないわけ、ああなんにせよめでとう早く帰って来られればよいと、口には出さねど女房気質、今朝背面(うしろ)からわが縫いし羽織打ち掛け着せて出したる男の上を気遣うところへ、表の骨太格子(ほねぶとごうし)手あらく開(あ)けて、姉御、兄貴は、なに感応寺へ、仕方がない、それでは姉御に、済みませんがお頼み申します、つい昨晩(ゆうべ)酔(へべ)まして、と後は云わず異な手つきをして話せば、眉頭(まゆがしら)に皺(しわ)をよせて笑いながら、仕方のないもないもの、少し締まるがよい、と云い云い立って幾らかの金を渡せば、それをもって門口(かどぐち)に出で何やらくどくど押し問答せし末こなたに来たりて、拳骨(げんこつ)で額を抑え、どうも済みませんでした、ありがとうござりまする、と無骨な礼をしたるもおかし。

 火は別にとらぬから此方(こち)へ寄るがよい、と云いながら重げに鉄瓶を取り下して、属輩(めした)にも如才なく愛嬌(あいきょう)を汲(く)んでやる桜湯一杯、心に花のある待遇(あしらい)は口に言葉の仇(あだ)繁(しげ)きより懐かしきに、悪い請求(たのみ)をさえすらりと聴(き)いてくれし上、胸にわだかまりなくさっぱりと平日(つね)のごとく仕做(しな)されては、清吉かえって心羞(うらはず)かしく、どうやら魂魄(たましい)の底の方がむず痒(がゆ)いように覚えられ、茶碗(ちゃわん)取る手もおずおずとして進みかぬるばかり、済みませぬという辞誼(じぎ)を二度ほど繰り返せし後、ようやく乾(かわ)ききったる舌を湿(うるお)す間もあらせず、今ごろの帰りとはあまり可愛がられ過ぎたの、ホホ、遊ぶはよけれど職業(しごと)の間を欠いて母親(おふくろ)に心配さするようでは、男振りが悪いではないか清吉、汝(そなた)はこのごろ仲町(なかちょう)の甲州屋様の御本宅の仕事が済むとすぐに根岸の御別荘のお茶席の方へ廻らせられて居るではないか、良人(うち)のも遊ぶは随分好きで汝たちの先に立って騒ぐは毎々なれど、職業を粗略(おろそか)にするは大の嫌い、今もし汝の顔でも見たらばまた例の青筋を立つるに定(き)まって居るを知らぬでもあるまいに、さあ少し遅くはなったれど母親の持病が起ったとか何とか方便は幾らでもつくべし、早う根岸へ行くがよい、五三(ごさ)様もわかった人なれば一日をふてて怠惰(なまけ)ぬに免じて、見透(みす)かしても旦那の前は庇護(かぼ)うてくるるであろう、おお朝飯がまだらしい、三や何でもよいほどに御膳(ごぜん)を其方(そち)へこしらえよ、湯豆腐に蛤鍋(はまなべ)とは行かぬが新漬に煮豆でも構わぬわのう、二三杯かっこんですぐと仕事に走りゃれ走りゃれ、ホホ睡(ねむ)くても昨夜(ゆうべ)をおもえば堪忍(がまん)のなろうに精を惜しむな辛防(しんぼう)せよ、よいは[#「よいは」はママ]弁当も松に持たせてやるわ、と苦(にが)くはなけれど効験(ききめ)ある薬の行きとどいた意見に、汗を出して身の不始末を慚(は)ずる正直者の清吉。
 姉御、では御厄介(ごやっかい)になってすぐに仕事に突っ走ります、と鷲掴(わしづか)みにした手拭(てぬぐい)で額拭(ふ)き拭き勝手の方に立ったかとおもえば、もうざらざらざらっと口の中へ打(ぶ)ち込むごとく茶漬飯五六杯、早くも食うてしまって出て来たり、さようなら行ってまいります、と肩ぐるみに頭をついと一ツ下(さ)げて煙草管(きせる)を収め、壺屋(つぼや)の煙草入(りょうさげ)三尺帯に、さすがは気早き江戸ッ子気質(かたぎ)、草履(ぞうり)つっかけ門口出づる、途端に今まで黙っていたりし女は急に呼びとめて、この二三日にのっそりめに逢(お)うたか、と石から飛んで火の出しごとく声を迸(はし)らし問いかくれば、清吉ふりむいて、逢いました逢いました、しかも昨日御殿坂で例ののっそりがひとしおのっそりと、往生した鶏(とり)のようにぐたりと首を垂(た)れながら歩行(ある)いて居るを見かけましたが、今度こっちの棟梁(とうりょう)の対岸(むこう)に立ってのっそりの癖に及びもない望みをかけ、大丈夫ではあるものの幾らか棟梁にも姉御にも心配をさせるその面(つら)が憎くって面が憎くって堪(たま)りませねば、やいのっそりめと頭から毒を浴びせてくれましたに、あいつのことゆえ気がつかず、やいのっそりめ、のっそりめと三度めには傍へ行って大声で怒鳴ってやりましたればようやくびっくりして梟(ふくろ)に似た眼で我(ひと)の顔を見つめ、ああ清吉あーにーいかと寝惚声(ねぼけごえ)の挨拶(あいさつ)、やい、汝(きさま)は大分好い男児(おとこ)になったの、紺屋(こうや)の干場へ夢にでも上(のぼ)ったか大層高いものを立てたがって感応寺の和尚様に胡麻を摺(す)り込むという話しだが、それは正気の沙汰か寝惚けてかと冷語(ひやかし)をまっ向からやったところ、ハハハ姉御、愚鈍(うすのろ)い奴というものは正直ではありませんか、なんと返事をするかとおもえば、我(わし)も随分骨を折って胡麻は摺って居るが、源太親方を対岸に立てて居るのでどうも胡麻が摺りづらくて困る、親方がのっそり汝(きさま)やって見ろよと譲ってくれればいいけれどものうとの馬鹿に虫のいい答え、ハハハ憶(おも)い出しても、心配そうに大真面目くさく云ったその面がおかしくて堪りませぬ、あまりおかしいので憎っ気もなくなり、箆棒(べらぼう)めと云い捨てに別れましたが。それぎりか。へい。そうかえ、さあ遅くなる、関わずに行くがよい。さようならと清吉は自己(おの)が仕事におもむきける、後はひとりで物思い、戸外(おもて)では無心の児童(こども)たちが独楽戦(こまあて)の遊びに声々喧(かしま)しく、一人殺しじゃ二人殺しじゃ、醜態(ざま)を見よ讐(かたき)をとったぞと号(わめ)きちらす。おもえばこれも順々競争(がたき)の世の状(さま)なり。

 世に栄え富める人々は初霜月の更衣(うつりかえ)も何の苦慮(くるしみ)なく、紬(つむぎ)に糸織に自己(おの)が好き好きの衣(きぬ)着て寒さに向う貧者の心配も知らず、やれ炉開きじゃ、やれ口切りじゃ、それに間に合うよう是非とも取り急いで茶室成就(しあげ)よ待合の庇廂(ひさし)繕えよ、夜半(よわ)のむら時雨(しぐれ)も一服やりながらでのうては面白く窓撲(う)つ音を聞きがたしとの贅沢(ぜいたく)いうて、木枯(こがらし)凄(すさ)まじく鐘の音(ね)氷るようなって来る辛き冬をば愉快(こころよ)いものかなんぞに心得らるれど、その茶室の床板(とこいた)削りに鉋(かんな)礪(と)ぐ手の冷えわたり、その庇廂の大和(やまと)がき結いに吹きさらされて疝癪(せんしゃく)も起すことある職人風情(ふぜい)は、どれほどの悪い業(ごう)を前の世になしおきて、同じ時候に他(ひと)とは違い悩め困(くる)しませらるるものぞや、取り分け職人仲間の中でも世才に疎(うと)く心好き吾夫(うちのひと)、腕は源太親方さえ去年いろいろ世話して下されし節(おり)に、立派なものじゃと賞(ほ)められしほど確実(たしか)なれど、寛濶(おうよう)の気質(きだて)ゆえに仕事も取り脱(はぐ)りがちで、好いことはいつも他(ひと)に奪(と)られ年中嬉しからぬ生活(くらし)かたに日を送り月を迎うる味気なさ、膝頭(ひざがしら)の抜けたを辛くも埋め綴(つづ)[#ルビの「つづ」は底本では「つつ」]った股引(ももひき)ばかりわが夫にはかせおくこと、婦女(おんな)の身としては他人(よそ)の見る眼も羞ずかしけれど、何にもかも貧がさする不如意に是非のなく、いま縫う猪之(いの)が綿入れも洗い曝(ざら)した松坂縞(まつざかじま)、丹誠一つで着させても着させ栄(ば)えなきばかりでなく見ともないほど針目がち、それを先刻(さっき)は頑是(がんぜ)ない幼な心といいながら、母様其衣(それ)は誰がのじゃ、小さいからは我(おれ)の衣服(べべ)か、嬉しいのうと悦(よろこ)んでそのまま戸外(おもて)へ駈け出(いだ)し、珍らしゅう暖かい天気に浮かれて小竿(こざお)持ち、空に飛び交う赤蜻※(「虫+廷」、第4水準2-87-52)(あかとんぼ)を撲(はた)いて取ろうとどこの町まで行ったやら、ああ考え込めば裁縫(しごと)も厭気になって来る、せめて腕の半分も吾夫の気心が働いてくれたならばこうも貧乏はしまいに、技倆(わざ)はあっても宝の持ち腐れの俗諺(たとえ)の通り、いつその手腕(うで)の顕(あら)われて万人の眼に止まるということの目的(あて)もない、たたき大工穴鑿(あなほ)り大工、のっそりという忌々(いまいま)しい諢名(あだな)さえ負わせられて同業中(なかまうち)にも軽(かろ)しめらるる歯痒(はがゆ)さ恨めしさ、蔭(かげ)でやきもきと妾(わたし)が思うには似ず平気なが憎らしいほどなりしが、今度はまたどうしたことか感応寺に五重塔の建つということ聞くや否や、急にむらむらとその仕事を是非する気になって、恩のある親方様が望まるるをも関わず胴欲に、このような身代の身に引き受きょうとは、ちとえら過ぎると連れ添う妾(わたし)でさえ思うものを、他人はなんと噂(うわ)さするであろう、ましてや親方様は定めし憎いのっそりめと怒ってござろう、お吉様はなおさら義理知らずの奴めと恨んでござろう、今日は大抵どちらにか任すと一言上人様のお定(き)めなさるはずとて、今朝出て行かれしがまだ帰られず、どうか今度の仕事だけはあれほど吾夫は望んで居らるるとも此方(こち)は分に応ぜず、親方には義理もありかたがた親方の方に上人様の任さるればよいと思うような気持もするし、また親方様の大気にて別段怒りもなさらずば、吾夫にさせて見事成就させたいような気持もする、ええ気の揉(も)める、どうなることか、とても良人(うち)にはお任せなさるまいがもしもいよいよ吾夫のすることになったら、どのようにまあ親方様お吉様の腹立てらるるか知れぬ、ああ心配に頭脳(あたま)の痛む、またこれが知れたらば女の要(い)らぬ無益(むだ)心配、それゆえいつも身体の弱いと、有情(やさし)くて無理な叱言(こごと)を受くるであろう、もう止めましょ止めましょ、ああ痛、と薄痘痕(うすいも)のある蒼(あお)い顔を蹙(しか)めながら即効紙の貼(は)ってある左右の顳※(「需+頁」、第3水準1-94-6)(こめかみ)を、縫い物捨てて両手で圧(おさ)える女の、齢は二十五六、眼鼻立ちも醜からねど美味(うま)きもの食わぬに膩気(あぶらけ)少く肌理(きめ)荒れたる態(さま)あわれにて、襤褸衣服(ぼろぎもの)にそそけ髪ますます悲しき風情なるが、つくづく独(ひと)り歎ずる時しも、台所の劃(しき)りの破れ障子がらりと開けて、母様これを見てくれ、と猪之が云うにびっくりして、汝(そなた)はいつからそこにいた、と云いながら見れば、四分板六分板の切れ端を積んで現然(ありあり)と真似び建てたる五重塔、思わず母親涙になって、おお好い児ぞと声曇らし、いきなり猪之に抱(いだ)きつきぬ。

 当時に有名(なうて)の番匠川越の源太が受け負いて作りなしたる谷中感応寺の、どこに一つ批点を打つべきところあろうはずなく、五十畳敷格天井(ごうてんじょう)の本堂、橋をあざむく長き廻廊、幾部(いくつ)かの客殿、大和尚が居室(いま)、茶室、学徒所化(しょけ)の居るべきところ、庫裡(くり)、浴室、玄関まで、あるは荘厳を尽しあるは堅固を極(きわ)め、あるは清らかにあるは寂(さ)びておのおのそのよろしきに適(かな)い、結構少しも申し分なし。そもそも微々たる旧基を振るいてかほどの大寺を成せるは誰ぞ。法諱(おんな)を聞けばそのころの三歳児(みつご)も合掌礼拝すべきほど世に知られたる宇陀(うだ)の朗円上人(ろうえんしょうにん)とて、早くより身延(みのぶ)の山に螢雪(けいせつ)の苦学を積まれ、中ごろ六十余州に雲水の修行をかさね、毘婆舎那(びばしゃな)の三行(さんぎょう)に寂静(じゃくじょう)の慧剣(えけん)を礪(と)ぎ、四種の悉檀(しったん)に済度の法音を響かせられたる七十有余の老和尚、骨は俗界の葷羶(くんせん)を避くるによって鶴(つる)のごとくに痩(や)せ、眼(まなこ)は人世(じんせい)の紛紜(ふんうん)に厭(あ)きて半ば睡(ねむ)れるがごとく、もとより壊空(えくう)の理を諦(たい)して意欲の火炎(ほのお)を胸に揚げらるることもなく、涅槃(ねはん)の真を会(え)して執着(しゅうじゃく)の彩色(いろ)に心を染まさるることもなければ、堂塔を興(おこ)し伽藍(がらん)を立てんと望まれしにもあらざれど、徳を慕い風を仰いで寄り来る学徒のいと多くて、それらのものが雨露凌(しの)がん便宜(たより)も旧(もと)のままにてはなくなりしまま、なお少し堂の広くもあれかしなんど独語(つぶや)かれしが根となりて、道徳高き上人の新たに規模を大きゅうして寺を建てんと云いたまうぞと、このこと八方に伝播(ひろま)れば、中には徒弟の怜悧(りこう)なるがみずから奮って四方に馳(は)せ感応寺建立に寄附を勧めて行(ある)くもあり、働き顔に上人の高徳を演(の)べ説き聞かし富豪を慫慂(すす)めて喜捨せしむる信徒もあり、さなきだに平素(ひごろ)より随喜渇仰(かつごう)の思いを運べるもの雲霞のごときにこの勢いをもってしたれば、上諸侯より下町人まで先を争い財を投じて、我一番に福田(ふくでん)へ種子を投じて後の世を安楽(やす)くせんと、富者は黄金白銀を貧者は百銅二百銅を分に応じて寄進せしにぞ、百川海に入るごとく瞬(またた)く間(ひま)に金銭の驚かるるほど集まりけるが、それより世才に長(た)けたるものの世話人となり用人となり、万事万端執(と)り行うてやがて立派に成就しけるとは、聞いてさえ小気味のよき話なり。
 しかるに悉皆(しっかい)成就の暁、用人頭の為右衛門普請諸入用諸雑費一切しめくくり、手脱(てぬか)ることなく決算したるになお大金の剰(あま)れるあり。これをばいかになすべきと役僧の円道(えんどう)もろとも、髪ある頭に髪なき頭突き合わせて相談したれど別に殊勝なる分別も出でず、田地を買わんか畠(はた)買わんか、田も畠も余るほど寄附のあれば今さらまたこの浄財をそのようなことに費すにも及ばじと思案にあまして、面倒なりよきに計らえと皺枯(しわが)れたる御声にて云いたまわんは知れてあれど、恐る恐る円道ある時、思(おぼ)さるる用途(みち)もやと伺いしに、塔を建てよとただ一言云われしぎり振り向きもしたまわず、鼈甲縁(べっこうぶち)の大きなる眼鏡(めがね)の中(うち)より微(かす)かなる眼の光りを放たれて、何の経やら論やらを黙々と読み続けられけるが、いよいよ塔の建つに定まって例の源太に、積り書出(いだ)せと円道が命令(いいつ)けしを、知ってか知らずにか上人様にお目通り願いたしと、のっそりが来しは今より二月ほど前なりし。

 紺とはいえど汗に褪(さ)め風に化(かわ)りて異な色になりし上、幾たびか洗い濯(すす)がれたるためそれとしも見えず、襟(えり)の記印(しるし)の字さえ朧(おぼろ)げとなりし絆纏(はんてん)を着て、補綴(つぎ)のあたりし古股引(ふるももひき)をはきたる男の、髪は塵埃(ほこり)に塗(まみ)れて白(しら)け、面は日に焼けて品格(ひん)なき風采(ようす)のなおさら品格なきが、うろうろのそのそと感応寺の大門を入りにかかるを、門番尖(とが)り声で何者ぞと怪しみ誰何(ただ)せば、びっくりしてしばらく眼を見張り、ようやく腰を屈(かが)めて馬鹿丁寧に、大工の十兵衛と申しまする、御普請につきましてお願いに出ました、とおずおず云う風態(そぶり)の何となく腑(ふ)には落ちねど、大工とあるに多方源太が弟子かなんぞの使いに来たりしものならんと推察(すい)して、通れと一言押柄(おうへい)に許しける。
 十兵衛これに力を得て、四方(あたり)を見廻わしながら森厳(こうごう)しき玄関前にさしかかり、お頼申(たのもう)すと二三度いえば鼠衣(ねずみごろも)の青黛頭(せいたいあたま)、可愛(かわゆ)らしき小坊主の、おおと答えて障子引き開(あ)けしが、応接に慣れたるものの眼捷(めばや)く人を見て、敷台までも下りず突っ立ちながら、用事なら庫裡(くり)の方へ廻れ、と情(つれ)なく云い捨てて障子ぴっしゃり、後はどこやらの樹頭(き)に啼(な)く鵯(ひよ)の声ばかりして音もなく響きもなし。なるほどと独(ひと)り言(ごと)しつつ十兵衛庫裡にまわりてまた案内を請えば、用人為右衛門仔細(しさい)らしき理屈顔して立ち出で、見なれぬ棟梁殿、いずくより何の用事で見えられた、と衣服(みなり)の粗末なるにはや侮(あなど)り軽(かろ)しめた言葉遣(づか)い、十兵衛さらに気にもとめず、野生(わたくし)は大工の十兵衛と申すもの、上人様の御眼にかかりお願いをいたしたいことのあってまいりました、どうぞお取次ぎ下されまし、と首(こうべ)を低くして頼み入るに、為右衛門じろりと十兵衛が垢臭(あかくさ)き頭上(あたま)より白の鼻緒の鼠色になった草履はき居る足先まで睨(ね)め下し、ならぬ、ならぬ、上人様は俗用にお関(かか)わりはなされぬわ、願いというは何か知らねど云うて見よ、次第によりては我が取り計ろうてやる、とさもさも万事心得た用人めかせる才物ぶり。それを無頓着(むとんじゃく)の男の質朴(ぶきよう)にも突き放して、いえ、ありがとうはござりますれど上人様に直々(じきじき)でのうては、申しても役に立ちませぬこと、どうぞただお取次ぎを願いまする、と此方(こち)の心が醇粋(いっぽんぎ)なれば先方(さき)の気に触(さわ)る言葉とも斟酌(しんしゃく)せず推し返し言えば、為右衛門腹には我を頼まぬが憎くて慍(いか)りを含み、理(わけ)のわからぬ男じゃの、上人様は汝(きさま)ごとき職人らに耳は仮(か)したまわぬというに、取り次いでも無益(むやく)なれば我が計ろうて得させんと、甘く遇(あしら)えばつけ上る言い分、もはや何もかも聞いてやらぬ、帰れ帰れ、と小人の常態(つね)とて語気たちまち粗暴(あら)くなり、膠(にべ)なく言い捨て立たんとするにあわてし十兵衛、ではござりましょうなれど、と半分いう間なく、うるさい、喧(やかま)しいと打ち消され、奥の方に入られてしもうて茫然(ぼんやり)と土間に突っ立ったまま掌(て)の裏(うち)の螢(ほたる)に脱去(ぬけ)られしごとき思いをなしけるが、是非なく声をあげてまた案内を乞うに、口ある人のありやなしや薄寒き大寺の岑閑(しんかん)と、反響(ひびき)のみはわが耳に堕(お)ち来れど咳声(しわぶき)一つ聞えず、玄関にまわりてまた頼むといえば、先刻(さき)見たる憎げな怜悧小僧(りこうこぼうず)のちょっと顔出して、庫裡へ行けと教えたるに、と独語(つぶや)きて早くも障子ぴしゃり。
 また庫裡に廻りまた玄関に行き、また玄関に行き庫裡に廻り、ついには遠慮を忘れて本堂にまで響く大声をあげ、頼む頼むお頼申すと叫べば、其声(それ)より大(でか)き声を発(いだ)して馬鹿めと罵(ののし)りながら為右衛門ずかずかと立ち出で、僮僕(おとこ)どもこの狂漢(きちがい)を門外に引き出(いだ)せ、騒々しきを嫌いたまう上人様に知れなば、我らがこやつのために叱らるべしとの下知(げじ)、心得ましたと先刻(さき)より僕人部屋(おとこべや)に転(ころ)がりいし寺僕(おとこ)ら立ちかかり引き出さんとする、土間に坐り込んで出(いだ)されじとする十兵衛。それ手を取れ足を持ち上げよと多勢(おおぜい)口々に罵り騒ぐところへ、後園の花二枝(にし)三枝剪(はさ)んで床の眺めにせんと、境内(けいだい)あちこち逍遙(しょうよう)されし朗円上人、木蘭色(もくらんじき)の無垢(むく)を着て左の手に女郎花(おみなえし)桔梗(ききょう)、右の手に朱塗(しゅ)の把(にぎ)りの鋏(はさみ)持たせられしまま、図らずここに来かかりたまいぬ。

 何事に罵り騒ぐぞ、と上人が下したまう鶴(つる)の一声のお言葉に群雀の輩(ともがら)鳴りを歇(とど)めて、振り上げし拳(こぶし)を蔵(かく)すに地(ところ)なく、禅僧の問答にありやありやと云いかけしまま一喝されて腰の折(くだ)けたるごとき風情なるもあり、捲(まく)り縮めたる袖を体裁(きまり)悪げに下してこそこそと人の後ろに隠るるもあり。天を仰げる鼻の孔(あな)より火煙も噴(ふ)くべき驕慢(きょうまん)の怒りに意気昂(たか)ぶりし為右衛門も、少しは慚(は)じてや首をたれ掌(て)を揉(も)みながら、自己(おのれ)が発頭人なるに是非なく、ありし次第をわが田に水引き水引き申し出づれば、痩せ皺びたる顔に深く長く痕(つ)いたる法令の皺溝(すじ)をひとしお深めて、にったりと徐(ゆる)やかに笑いたまい、婦女(おんな)のように軽(かろ)く軟(やわ)らかな声小さく、それならば騒がずともよいこと、為右衛門汝(そなた)がただ従順(すなお)に取り次ぎさえすれば仔細はのうてあろうものを、さあ十兵衛殿とやら老衲(わし)について此方(こち)へおいで、とんだ気の毒な目に遇(あ)わせました、と万人に尊敬(うやま)い慕わるる人はまた格別の心の行き方、未学を軽んぜず下司をも侮らず、親切に温和(ものやさ)しく先に立って静かに導きたまう後について、迂濶(うかつ)な根性にも慈悲の浸み透れば感涙とどめあえぬ十兵衛、だんだんと赤土のしっとりとしたるところ、飛石の画趣(えごころ)に布(し)かれあるところ、梧桐(あおぎり)の影深く四方竹の色ゆかしく茂れるところなど※(「螢」の「虫」に代えて「糸」、第3水準1-90-16)(めぐ)り繞(めぐ)り過ぎて、小(ささ)やかなる折戸を入れば、花もこれというはなき小庭のただものさびて、有楽形(うらくがた)の燈籠(とうろう)に松の落葉の散りかかり、方星宿(ほうせいしゅく)の手水鉢(ちょうずばち)に苔(こけ)の蒸せるが見る眼の塵(ちり)をも洗うばかりなり。
 上人庭下駄脱ぎすてて上にあがり、さあ汝(そなた)も此方(こち)へ、と云いさして掌(て)に持たれし花を早速(さそく)に釣花活(つりはないけ)に投げこまるるにぞ、十兵衛なかなか怯(お)めず臆(おく)せず、手拭(てぬぐい)で足はたくほどのことも気のつかぬ男とてなすことなく、草履脱いでのっそりと三畳台目の茶室に入りこみ、鼻突き合わすまで上人に近づき坐りて黙々と一礼する態(さま)は、礼儀に嫻(なら)わねど充分に偽飾(いつわり)なき情(こころ)の真実(まこと)をあらわし、幾たびかすぐにも云い出でんとしてなお開きかぬる口をようやくに開きて、舌の動きもたどたどしく、五重の塔の、御願いに出ましたは五重の塔のためでござります、と藪(やぶ)から棒を突き出したように尻(しり)もったてて声の調子も不揃(ふぞろ)いに、辛くも胸にあることを額やら腋(わき)の下の汗とともに絞り出せば、上人おもわず笑いを催され、何か知らねど老衲(わし)をば怖(こわ)いものなぞと思わず、遠慮を忘れてゆるりと話をするがよい、庫裡の土間に坐り込(こ)うで動かずにいた様子では、何か深う思い詰めて来たことであろう、さあ遠慮を捨てて急(せ)かずに、老衲をば朋友(ともだち)同様におもうて話すがよい、とあくまで慈(やさ)しき注意(こころぞえ)。十兵衛脆(もろ)くも梟(ふくろ)と常々悪口受くる銅鈴眼(すずまなこ)にはや涙を浮めて、はい、はい、はいありがとうござりまする、思い詰めて参上(まい)りました、その五重の塔を、こういう野郎でござります、御覧の通り、のっそり十兵衛と口惜(くや)しい諢名(あだな)をつけられて居る奴(やっこ)でござりまする、しかしお上人様、真実(ほんと)でござりまする、工事(しごと)は下手ではござりませぬ、知っております私(わたく)しは馬鹿でござります、馬鹿にされております、意気地のない奴(やつ)でござります、虚誕(うそ)はなかなか申しませぬ、お上人様、大工はできます、大隅流(おおすみりゅう)は童児(こども)の時から、後藤(ごとう)立川(たてかわ)二ツの流義も合点(がてん)致しておりまする、させて、五重塔の仕事を私にさせていただきたい、それで参上(まい)りました、川越の源太様が積りをしたとは五六日前聞きました、それから私は寝ませぬわ、お上人様、五重塔は百年に一度一生に一度建つものではござりませぬ、恩を受けております源太様の仕事を奪(と)りたくはおもいませぬが、ああ賢い人は羨ましい、一生一度百年一度の好い仕事を源太様はさるる、死んでも立派に名を残さるる、ああ羨ましい羨ましい、大工となって生きている生き甲斐もあらるるというもの、それに引き代えこの十兵衛は、鑿(のみ)手斧(ちょうな)もっては源太様にだとて誰にだとて、打つ墨縄の曲ることはあれ万が一にも後れを取るようなことは必ず必ずないと思えど、年が年中長屋の羽目板(はめ)の繕いやら馬小屋箱溝(はこどぶ)の数仕事、天道様が知恵というものを我(おれ)には賜(くだ)さらないゆえ仕方がないと諦(あきら)めて諦めても、拙(まず)い奴らが宮を作り堂を受け負い、見るものの眼から見れば建てさせた人が気の毒なほどのものを築造(こしら)えたを見るたびごとに、内々自分の不運を泣きますわ、お上人様、時々は口惜しくて技倆(うで)もない癖に知恵ばかり達者な奴が憎くもなりまするわ、お上人様、源太様は羨ましい、知恵も達者なれば手腕(うで)も達者、ああ羨ましい仕事をなさるか、我(おれ)はよ、源太様はよ、情ないこの我(おれ)はよと、羨ましいがつい高じて女房(かか)にも口きかず泣きながら寝ましたその夜のこと、五重塔を汝(きさま)作れ今すぐつくれと怖(おそ)ろしい人にいいつけられ、狼狽(うろた)えて飛び起きさまに道具箱へ手を突っ込んだは半分夢で半分現(うつつ)、眼が全く覚めて見ますれば指の先を鐔鑿(つばのみ)につっかけて怪我をしながら道具箱につかまって、いつの間にか夜具の中から出ていたつまらなさ、行燈(あんどん)の前につくねんと坐ってああ情ない、つまらないと思いました時のその心持、お上人様、わかりまするか、ええ、わかりまするか、これだけが誰にでも分ってくれれば塔も建てなくてもよいのです、どうせ馬鹿なのっそり十兵衛は死んでもよいのでござりまする、腰抜鋸(こしぬけのこ)のように生きていたくもないのですわ、其夜(それ)からというものは真実(ほんと)、真実でござりまする上人様、晴れて居る空を見ても燈光(あかり)の達(とど)かぬ室(へや)の隅(すみ)の暗いところを見ても、白木造りの五重の塔がぬっと突っ立って私を見下しておりまするわ、とうとう自分が造りたい気になって、とても及ばぬとは知りながら毎日仕事を終るとすぐに夜を籠(こ)めて五十分一の雛形(ひながた)をつくり、昨夜(ゆうべ)でちょうど仕上げました、見に来て下されお上人様、頼まれもせぬ仕事はできてしたい仕事はできない口惜しさ、ええ不運ほど情ないものはないと私(わし)が歎けばお上人様、なまじできずば不運も知るまいと女房めが其雛形(それ)をば揺り動かしての述懐、無理とは聞えぬだけによけい泣きました、お上人様お慈悲に今度の五重塔は私に建てさせて下され、拝みます、こここの通り、と両手を合わせて頭(かしら)を畳に、涙は塵を浮べたり。

 木彫りの羅漢(らかん)のように黙々と坐りて、菩提樹(ぼだいじゅ)の実の珠数(ずず)繰りながら十兵衛が埒(らち)なき述懐に耳を傾け居られし上人、十兵衛が頭(かしら)を下ぐるを制しとどめて、わかりました、よく合点が行きました、ああ殊勝な心がけを持って居らるる、立派な考えを蓄(たくわ)えていらるる、学徒どもの示しにもしたいような、老衲(わし)も思わず涙のこぼれました、五十分一の雛形とやらも是非見にまいりましょう、しかし汝(そなた)に感服したればとて今すぐに五重の塔の工事(しごと)を汝に任するわと、軽忽(かるはずみ)なことを老衲の独断(ひとりぎめ)で言うわけにもならねば、これだけは明瞭(はっきり)とことわっておきまする、いずれ頼むとも頼まぬともそれは表立って、老衲からではなく感応寺から沙汰をしましょう、ともかくも幸い今日は閑暇(ひま)のあれば汝が作った雛形を見たし、案内してこれよりすぐに汝が家へ老衲を連れて行てはくれぬか、とすこしも辺幅(ようだい)を飾らぬ人の、義理(すじみち)明らかに言葉渋滞(しぶり)なく云いたまえば、十兵衛満面に笑みを含みつつ米舂(つ)くごとくむやみに頭を下げて、はい、はい、はいと答えおりしが、願いをお取り上げ下されましたか、ああありがとうござりまする、野生(わたくし)の宅(うち)へおいで下さりますると、ああもったいない、雛形はじきに野生めが持ってまいりまする、御免下され、と云いさまさすがののっそりも喜悦に狂して平素(つね)には似ず、大げさに一つぽっくりと礼をばするや否や、飛石に蹴躓(けつまず)きながら駈け出してわが家に帰り、帰ったと一言女房にも云わず、いきなりに雛形持ち出して人を頼み、二人して息せき急ぎ感応寺へと持ち込み、上人が前にさし置きて帰りけるが、上人これを熟(よく)視(み)たまうに、初重より五重までの配合(つりあい)、屋根庇廂(ひさし)の勾配(こうばい)、腰の高さ、椽木(たるき)の割賦(わりふり)、九輪請花露盤宝珠(くりんうけばなろばんほうじゅ)の体裁までどこに可厭(いや)なるところもなく、水際(みずぎわ)立ったる細工ぶり、これがあの不器用らしき男の手にてできたるものかと疑わるるほど巧緻(たくみ)なれば、独りひそかに歎じたまいて、かほどの技倆(うで)をもちながら空(むな)しく埋(うず)もれ、名を発せず世を経るものもあることか、傍眼(わきめ)にさえも気の毒なるを当人の身となりてはいかに口惜しきことならん、あわれかかるものに成るべきならば功名(てがら)を得させて、多年抱(いだ)ける心願(こころだのみ)に負(そむ)かざらしめたし、草木とともに朽ちて行く人の身はもとより因縁仮和合(いんねんけわごう)、よしや惜しむとも惜しみて甲斐なく止(とど)めて止まらねど、たとえば木匠(こだくみ)の道は小なるにせよそれに一心の誠を委(ゆだ)ね生命(いのち)をかけて、欲も大概(あらまし)は忘れ卑劣(きたな)き念(おもい)も起さず、ただただ鑿(のみ)をもってはよく穿(ほ)らんことを思い、鉋(かんな)を持ってはよく削らんことを思う心の尊(たっと)さは金にも銀にも比(たぐ)えがたきを、わずかに残す便宜(よすが)もなくていたずらに北※(「氓のへん+おおざと」、第3水準1-92-61)(ほくぼう)の土に没(うず)め、冥途(よみじ)の苞(つと)と齎(もたら)し去らしめんこと思えば憫然(あわれ)至極なり、良馬(りょうめ)主(しゅう)を得ざるの悲しみ、高士世に容(い)れられざるの恨みも詮(せん)ずるところは異(かわ)ることなし、よしよし、我図らずも十兵衛が胸に懐(いだ)ける無価の宝珠の微光を認めしこそ縁なれ、こたびの工事(しごと)を彼に命(いいつ)け、せめては少しの報酬(むくい)をば彼が誠実(まこと)の心に得させんと思われけるが、ふと思いよりたまえば川越の源太もこの工事をことのほかに望める上、彼には本堂庫裏(くり)客殿作らせし因(ちな)みもあり、しかも設計予算(つもりがき)まではや做(な)し出(いだ)してわが眼に入れしも四五日前なり、手腕(うで)は彼とて鈍きにあらず、人の信用(うけ)ははるかに十兵衛に超えたり。一ツの工事に二人の番匠、これにもさせたし彼にもさせたし、いずれにせんと上人もさすがこれには迷われける。

 明日辰(たつ)の刻ごろまでに自身当寺へ来たるべし、かねてその方工事仰せつけられたきむね願いたる五重塔の儀につき、上人直接(じき)にお話示(はなし)あるべきよしなれば、衣服等失礼なきよう心得て出頭せよと、厳格(おごそか)に口上を演(の)ぶるは弁舌自慢の円珍(えんちん)とて、唐辛子をむざと嗜(たしな)み食(くら)える祟(たた)り鼻の頭(さき)にあらわれたる滑稽納所(おどけなっしょ)。平日(ふだん)ならば南蛮(なんばん)和尚といえる諢名(あだな)を呼びて戯談口(じょうだんぐち)きき合うべき間なれど、本堂建立中朝夕(ちょうせき)顔を見しよりおのずと狎(な)れし馴染(なじ)みも今は薄くなりたる上、使僧らしゅう威儀をつくろいて、人さし指中指の二本でややもすれば兜背形(とっぱいなり)の頭顱(あたま)の頂上(てっぺん)を掻(か)く癖ある手をも法衣(ころも)の袖に殊勝くさく隠蔽(かく)し居るに、源太も敬(うやま)い謹(つつし)んで承知の旨を頭下げつつ答えけるが、如才なきお吉はわが夫をかかる俗僧(ずくにゅう)にまでよく評(い)わせんとてか帰り際に、出したままにして行く茶菓子とともに幾干銭(いくら)か包み込み、是非にというて取らせけるは、思えばけしからぬ布施のしようなり。円珍十兵衛が家にも詣(いた)りて同じことを演(の)べ帰りけるが、さてその翌日となれば源太は鬚剃(ひげそ)り月代(さかやき)して衣服をあらため、今日こそは上人のみずから我に御用仰せつけらるるなるべけれと勢い込んで、庫裏より通り、とある一ト間に待たされて坐(ざ)を正しくし扣(ひか)えける。
 態(さま)こそ異(かわ)れ十兵衛も心は同じ張りをもち、導かるるまま打ち通りて、人気のなきに寒さ湧(わ)く一室(ひとま)の中(うち)にただ一人兀然(つくねん)として、今や上人の招(よ)びたまうか、五重の塔の工事一切汝(そなた)に任すと命令(いいつけ)たまうか、もしまた我には命じたまわず源太に任すと定(き)めたまいしを我にことわるため招ばれしか、そうにもあらば何とせん、浮むよしなき埋れ木のわが身の末に花咲かん頼みも永くなくなるべし、ただ願わくは上人のわが愚かしきを憐(あわ)れみて我に命令たまわんことをと、九尺二枚の唐襖(からかみ)に金鳳銀凰(きんほうぎんおう)翔(かけ)り舞うその箔(はく)模様の美しきも眼に止めずして、茫々(ぼうぼう)と暗路(やみじ)に物を探(さぐ)るごとく念想(おもい)を空に漂わすことやや久しきところへ、例の怜悧(りこう)げな小僧(こぼうず)いで来たりて、方丈さまの召しますほどにこちらへおいでなされまし、と先に立って案内すれば、すわや願望(のぞみ)のかなうともかなわざるとも定まる時ぞと魯鈍(おろか)の男も胸を騒がせ、導かるるまま随いて一室(ひとま)の中(うち)へずっと入る、途端にこなたをぎろりっと見る眼鋭く怒りを含んで斜めに睨(にら)むは思いがけなき源太にて、座に上人の影もなし。事の意外に十兵衛も足踏みとめて突っ立ったるまま一言もなく白眼(にらみ)合いしが、是非なく畳二ひらばかりを隔てしところにようやく坐り、力なげ首悄然(しおしお)と己(おの)れが膝(ひざ)に気勢(いきおい)のなきたそうなる眼を注(そそ)ぎ居るに引き替え、源太郎は小狗(こいぬ)を瞰下(みおろ)す猛鷲(あらわし)の風に臨んで千尺の巌(いわお)の上に立つ風情、腹に十分(じゅうぶ)の強みを抱きて、背をも屈(ま)げねば肩をも歪(ゆが)めず、すっきり端然(しゃん)と構えたる風姿(ようだい)といい面貌(きりょう)といい水際立ったる男振り、万人が万人とも好かずには居られまじき天晴(あっぱ)れ小気味のよき好漢(おとこ)なり。
 されども世俗の見解(けんげ)には堕(お)ちぬ心の明鏡に照らしてかれこれともに愛し、表面(うわべ)の美醜に露泥(なず)まれざる上人のかえっていずれをとも昨日までは択(えら)びかねられしが、思いつかるることのありてか今日はわざわざ二人を招び出されて一室に待たせおかれしが、今しも静々居間を出でられ、畳踏まるる足も軽(かろ)く、先に立ったる小僧が襖明くる後より、すっと入りて座につきたまえば、二人は恭(うやま)い敬(つつし)みてともに斉(ひと)しく頭(こうべ)を下げ、しばらく上げも得せざりしが、ああいじらしや十兵衛が辛くも上げし面には、まだ世馴れざる里の子の貴人(きにん)の前に出でしように羞(はじ)を含みて紅(くれない)潮(さ)し、額の皺の幾条(いくすじ)の溝(みぞ)には沁出(にじみ)し熱汗(あせ)を湛(たた)え、鼻の頭(さき)にも珠(たま)を湧かせば腋(わき)の下には雨なるべし。膝におきたる骨太の掌指(ゆび)は枯れたる松が枝ごとき岩畳作りにありながら、一本ごとにそれさえもわなわな顫(ふる)えて一心にただ上人の一言を一期の大事と待つ笑止さ。
 源太も黙して言葉なく耳を澄まして命を待つ、どちらをどちらと判(わ)けかぬる、二人の情(こころ)を汲みて知る上人もまたなかなかに口を開かん便宜(よすが)なく、しばしは静まりかえられしが、源太十兵衛ともに聞け、今度建つべき五重塔はただ一ツにて建てんというは汝(そなた)たち二人、二人の願いを双方とも聞き届けてはやりたけれど、それはもとよりかないがたく、一人に任さば一人の歎き、誰に定めて命(いいつ)けんという標準(きめどころ)のあるではなし、役僧用人らの分別にも及ばねば老僧(わし)が分別にも及ばぬほどに、この分別は汝たちの相談に任す、老僧は関(かま)わぬ、汝たちの相談の纏(まと)まりたる通り取り上げてやるべければ、よく家に帰って相談して来よ、老僧が云うべきことはこれぎりじゃによってそう心得て帰るがよいぞ、さあしかと云い渡したぞ、もはや帰ってもよい、しかし今日は老僧も閑暇(ひま)で退屈なれば茶話しの相手になってしばらくいてくれ、浮世の噂なんど老衲(わし)に聞かせてくれぬか、その代り老僧も古い話しのおかしなを二ツ三ツ昨日見出したを話して聞かそう、と笑顔やさしく、朋友(ともだち)かなんぞのように二人をあしろうて、さて何事を云い出さるるやら。

 小僧(こぼうず)がもって来し茶を上人みずから汲みたまいてすすめらるれば、二人とももったいながりて恐れ入りながら頂戴するを、そう遠慮されては言葉に角が取れいで話が丸う行かぬわ、さあ菓子も挾(はさ)んではやらぬから勝手に摘(つま)んでくれ、と高坏(たかつき)推しやりてみずからも天目取り上げ喉(のど)を湿(うるお)したまい、面白い話というも桑門(よすてびと)の老僧(わし)らにはそうたくさんないものながら、このごろ読んだお経の中(うち)につくづくなるほどと感心したことのある、聞いてくれこういう話しじゃ、むかしある国の長者が二人の子を引きつれてうららかな天気の節(おり)に、香(かお)りのする花の咲き軟らかな草の滋(しげ)って居る広野(ひろの)を愉快(たのし)げに遊行(ゆぎょう)したところ、水は大分に夏の初めゆえ涸(か)れたれどなお清らかに流れて岸を洗うて居る大きな川に出で逢うた、その川の中には珠のような小磧(こいし)やら銀のような砂でできて居る美しい洲(す)のあったれば、長者は興に乗じて一尋(ひとひろ)ばかりの流れを無造作に飛び越え、あなたこなたを見廻せば、洲の後面(うしろ)の方もまた一尋ほどの流れで陸(おか)と隔てられたる別世界、まるで浮世のなまぐさい土地(つち)とは懸絶(かけはな)れた清浄(しょうじょう)の地であったまま独(ひと)り歓び喜んで踊躍(ゆやく)したが、渉(わた)ろうとしても渉り得ない二人の児童(こども)が羨ましがって喚(よ)び叫ぶを可憐(あわれ)に思い、汝(そなた)たちには来ることのできぬ清浄の地であるが、さほどに来たくば渡らしてやるほどに待っていよ、見よ見よわが足下(あしもと)のこの磧(こいし)は一々蓮華(れんげ)の形状(かたち)をなし居る世に珍しき磧なり、わが眼の前のこの砂は一々五金の光をもてる比類(たぐい)まれなる砂なるぞと説き示せば、二人は遠眼にそれを見ていよいよ焦躁(あせ)り渡ろうとするを、長者は徐(しず)かに制しながら、洪水(おおみず)の時にても根こぎになったるらしき棕櫚(しゅろ)の樹の一尋余りなを架(か)け渡して橋としてやったに、我が先へ汝は後にと兄弟争い鬩(せめ)いだ末、兄は兄だけ力強く弟(おとと)をついに投げ伏せて我意(がい)の勝を得たに誇り高ぶり、急ぎその橋を渡りかけ半途(なかば)にようやく到(いた)りし時、弟は起き上りさま口惜しさに力を籠(こ)めて橋をうごかせば兄はたちまち水に落ち、苦しみ※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)(もが)いて洲に達せしが、この時弟ははやその橋を難なく渡り超えかくるを見るより兄もその橋の端を一揺り揺り動かせば、もとより丸木の橋なるゆえ弟も堪(たま)らず水に落ち、わずかに長者の立ったるところへ濡(ぬ)れ滴(したた)りて這(は)い上った、その時長者は歎息して、汝たちには何と見ゆる、今汝らが足踏みかけしよりこの洲はたちまち前と異なり、磧は黒く醜くなり沙(すな)は黄ばめる普通(つね)の沙となれり、見よ見よいかにと告げ知らするに二人は驚き、眼(まなこ)を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)(みは)りて見れば全く父の言葉に少しも違(たが)わぬ沙(すな)磧(こいし)、ああかかるもの取らんとて可愛き弟を悩ませしか、尊(たっと)き兄を溺(おぼ)らせしかと兄弟ともに慚(は)じ悲しみて、弟の袂(たもと)を兄は絞り兄の衣裾(もすそ)を弟は絞りて互いにいたわり慰めけるが、かの橋をまた引き来たりて洲の後面(うしろ)なる流れに打ちかけ、はやこの洲には用なければなおもあなたに遊び歩かん、汝たちまずこれを渡れと、長者の言葉に兄弟は顔を見合いて先刻(さき)には似ず、兄上先にお渡りなされ、弟よ先に渡るがよいと譲り合いしが、年順なれば兄まず渡るその時に、転(まろ)びやすきを気遣いて弟は端を揺がぬようしかと抑(おさ)ゆる、その次に弟渡れば兄もまた揺がぬように抑えやり、長者は苦なく飛び越えて、三人ともにいと長閑(のどけ)くそぞろに歩むそのうちに、兄が図らず拾いし石を弟が見れば美しき蓮華の形をなせる石、弟が摘(つま)み上げたる砂を兄が覗(のぞ)けば眼も眩(まばゆ)く五金の光を放ちていたるに、兄弟ともども歓喜(よろこ)び楽しみ、互いに得たる幸福(しあわせ)を互いに深く讃歎し合う、その時長者は懐中(ふところ)より真実(まこと)の璧(たま)の蓮華を取り出し兄に与えて、弟にも真実の砂金を袖より出して大切(だいじ)にせよと与えたという、話してしまえば小供欺(だま)しのようじゃが仏説に虚言(うそ)はない、小児欺しでは決してない、噛みしめて見よ味のある話しではないか、どうじゃ汝たちにも面白いか、老僧には大層面白いが、と軽く云われて深く浸む、譬喩(ひゆ)方便も御胸の中(うち)にもたるる真実(まこと)から。源太十兵衛二人とも顔見合わせて茫然たり。

 感応寺よりの帰り道、半分は死んだようになって十兵衛、どんつく布子の袖組み合わせ、腕拱(こまぬ)きつつうかうか歩き、お上人様のああおっしゃったはどちらか一方おとなしく譲れと諭(さと)しの謎々(なぞなぞ)とは、何ほど愚鈍(おろか)な我(おれ)にも知れたが、ああ譲りたくないものじゃ、せっかく丹誠に丹誠凝らして、定めし冷えて寒かろうにお寝(やす)みなされと親切でしてくるる女房(かか)の世話までを、黙っていよよけいなと叱り飛ばして夜の眼も合わさず、工夫に工夫を積み重ね、今度という今度は一世一代、腕一杯の物を建てたら死んでも恨みはないとまで思い込んだに、悲しや上人様の今日のお諭(さと)し、道理には違いないそうもなければならぬことじゃが、これを譲っていつまた五重塔の建つという的(あて)のあるではなし、一生とてもこの十兵衛は世に出ることのならぬ身か、ああ情ない恨めしい、天道様が恨めしい、尊(たっと)い上人様のお慈悲は充分わかっていて露ばかりもありがとうなくは思わぬが、ああどうにもこうにもならぬことじゃ、相手は恩のある源太親方、それに恨みの向けようもなし、どうしてもこうしても温順(すなお)に此方(こち)の身を退(ひ)くよりほかに思案も何もないか、ああないか、というて今さら残念な、なまじこのようなことおもいたたずに、のっそりだけで済ましていたらばこのように残念な苦悩(おもい)もすまいものを、分際忘れた我(おれ)が悪かった、ああ我が悪い、我が悪い、けれども、ええ、けれども、ええ、思うまい思うまい、十兵衛がのっそりで浮世の怜悧(りこう)な人たちの物笑いになってしまえばそれで済むのじゃ、連れ添う女房(かか)にまでも内々活用(はたらき)の利かぬ夫じゃと喞(かこ)たれながら、夢のように生きて夢のように死んでしまえばそれで済むこと、あきらめて見れば情ない、つくづく世間がつまらない、あんまり世間が酷(むご)過ぎる、と思うのもやっぱり愚痴か、愚痴か知らねど情な過ぎるが、言わず語らず諭された上人様のあのお言葉の真実(まこと)のところを味わえば、あくまでお慈悲の深いのが五臓六腑に浸み透って未練な愚痴の出端もないわけ、争う二人をどちらにも傷つかぬよう捌(さば)きたまい、末の末までともによかれと兄弟の子に事寄せて尚(とうと)いお経を解きほぐして、噛(か)んで含めて下さったあのお話に比べて見ればもとより我は弟(おとと)の身、ひとしお他(ひと)に譲らねば人間(ひと)らしくもないものになる、ああ弟とは辛いものじゃと、路(みち)も見分かで屈托の眼(まなこ)は涙(なんだ)に曇りつつ、とぼとぼとして何一ツ愉快(たのしみ)もなきわが家の方に、糸で曳(ひ)かるる木偶(でく)のように我を忘れて行く途中、この馬鹿野郎発狂漢(きちがい)め、我(ひと)のせっかく洗ったものに何する、馬鹿めとだしぬけに噛(か)みつくごとく罵(ののし)られ、癇張声(かんばりごえ)に胆を冷やしてハッと思えばぐゎらり顛倒(てんどう)、手桶(ておけ)枕に立てかけありし張物板に、我知らず一足二足踏みかけて踏み覆(かえ)したる不体裁(ざまのな)さ。
 尻餅(しりもち)ついて驚くところを、狐憑(きつねつ)[#ルビの「きつねつ」は底本では「きつねつつ」]きめ忌々(いまいま)しい、と駄力(だぢから)ばかりは近江(おうみ)のお兼(かね)、顔は子供の福笑戯(ふくわらい)に眼をつけ歪(ゆが)めた多福面(おかめ)のごとき房州出らしき下婢(おさん)の憤怒、拳(こぶし)を挙げて丁と打ち猿臂(えんぴ)を伸ばして突き飛ばせば、十兵衛堪(たま)らず汚塵(ほこり)に塗(まみ)れ、はいはい、狐に誑(つま)まれました御免なされ、と云いながら悪口雑言聞き捨てに痛さを忍びて逃げ走り、ようやくわが家に帰りつけば、おおお帰りか、遅いのでどういうことかと案じていました、まあ塵埃(ほこり)まぶれになってどうなされました、と払いにかかるを、構うなと一言、気のなさそうな声で打ち消す。その顔を覗き込む女房(にょうぼ)の真実心配そうなを見て、何か知らず無性に悲しくなってじっと湿(うる)みのさしくる眼(まなこ)、自分で自分を叱るように、ええと図らず声を出し、煙草を捻(ひね)って何気なくもてなすことはもてなすものの言葉もなし。平時(つね)に変れる状態(ありさま)を大方それと推察(すい)してさて慰むる便(すべ)もなく、問うてよきやら問わぬがよきやら心にかかる今日の首尾をも、口には出して尋ね得ぬ女房は胸を痛めつつ、その一本は杉箸(すぎばし)で辛くも用を足す火箸に挾んで添える消炭の、あわれ甲斐なき火力(ちから)を頼り土瓶(どびん)の茶をば温(ぬく)むるところへ、遊びに出たる猪之の戻りて、やあ父様帰って来たな、父様も建てるか坊も建てたぞ、これ見てくれ、とさも勇ましく障子を明けて褒(ほ)められたさが一杯に罪なくにこりと笑いながら、指さし示す塔の模形(まねかた)。母は襦袢(じゅばん)の袖を噛み声も得たてず泣き出せば、十兵衛涙に浮くばかりの円(つぶら)の眼(まなこ)を剥(む)き出(いだ)し、まじろぎもせでぐいと睨(ね)めしが、おおでかしたでかした、よくできた、褒美(ほうび)をやろう、ハッハハハと咽(むせ)び笑いの声高く屋の棟(むね)にまで響かせしが、そのまま頭(こうべ)を天に対(むか)わし、ああ、弟とは辛いなあ。

 格子(こうし)開くる響き爽(さわ)やかなること常のごとく、お吉、今帰った、と元気よげに上り来たる夫の声を聞くより、心配を輪に吹き吹き吸うていし煙草管(きせる)を邪見至極に抛(ほう)り出して忙わしく立ち迎え、大層遅かったではないか、と云いつつ背面(うしろ)へ廻って羽織を脱がせ、立ちながら腮(あご)に手伝わせての袖畳み小早く室隅(すみ)の方にそのままさし置き、火鉢の傍(そば)へすぐまた戻(もど)ってたちまち鉄瓶に松虫の音(ね)を発(おこ)させ、むずと大胡坐(おおあぐら)かき込み居る男の顔をちょっと見しなに、日は暖かでも風が冷たく途中は随分寒(ひえ)ましたろ、一瓶(ひとつ)煖酒(つけ)ましょか、と痒(かゆ)いところへよく届かす手は口をきくその間(ひま)に、がたぴしさせず膳(ぜん)ごしらえ、三輪漬は柚(ゆ)の香ゆかしく、大根卸(おろし)で食わする※(「魚+生」、第3水準1-94-39)卵(はららご)は無造作にして気が利きたり。
 源太胸には苦慮(おもい)あれども幾らかこれに慰められて、猪口(ちょく)把(と)りさまに二三杯、後一杯を漫(ゆる)く飲んで、汝(きさま)も飲(や)れと与うれば、お吉一口、つけて、置き、焼きかけの海苔(のり)畳み折って、追っつけ三子の来そうなもの、と魚屋の名を独(ひと)り語(ごと)しつ、猪口を返して酌(しゃく)せし後、上々吉と腹に思えば動かす舌も滑(なめ)らかに、それはそうと今日の首尾は、大丈夫此方(こち)のものとは極(き)めていても、知らせて下さらぬうちは無益(むだ)な苦労を妾(わたし)はします、お上人様は何と仰せか、またのっそりめはどうなったか、そう真面目顔でむっつりとして居られては心配で心配でなりませぬ、と云われて源太は高笑い。案じてもらうことはない、お慈悲の深い上人様はどの道我(おれ)を好漢(いいおとこ)にして下さるのよ、ハハハ、なあお吉、弟を可愛がればいい兄きではないか、腹の饑(へ)ったものには自分が少しは辛くても飯を分けてやらねばならぬ場合もある、他(ひと)の怖(こわ)いことは一厘ないが強いばかりが男児(おとこ)ではないなあ、ハハハ、じっと堪忍(がまん)して無理に弱くなるのも男児だ、ああ立派な男児だ、五重塔は名誉の工事(しごと)、ただ我(おれ)一人でものの見事に千年壊(こわ)れぬ名物を万人の眼に残したいが、他の手も知恵も寸分交ぜず川越の源太が手腕(うで)だけで遺(のこ)したいが、ああ癇癪(かんしゃく)を堪忍するのが、ええ、男児だ、男児だ、なるほどいい男児だ、上人様に虚言(うそ)はない、せっかく望みをかけた工事を半分他にくれるのはつくづく忌々(いまいま)しけれど、ああ、辛いが、ええ兄きだ、ハハハ、お吉、我はのっそりに半口やって二人で塔を建てようとおもうわ、立派な弱い男児か、賞(ほ)めてくれ賞めてくれ、汝(きさま)にでも賞めてもらわなくてはあまり張合いのない話しだ、ハハハと嬉しそうな顔もせで意味のない声ばかりはずませて笑えば、お吉は夫の気を量(はか)りかね、上人様が何とおっしゃったか知らぬが妾(わたし)にはさっぱり分らずちっとも面白くない話し、唐偏朴(とうへんぼく)のあののっそりめに半口やるとはどういうわけ、日ごろの気性にも似合わない、やるものならば未練気なしにすっかりやってしまうが好いし、もとより此方(こち)で取るはずなれば要(い)りもせぬ助太刀頼んで、一人の首を二人で切るような卑劣(けち)なことをするにも当らないではありませぬか、冷水(ひやみず)で洗ったような清潔(きれい)な腹をもって居ると他にも云われ自分でも常々云うていた汝(おまえ)が、今日に限って何という煮えきれない分別、女の妾から見ても意地の足らないぐずぐず思案、賞めませぬ賞めませぬ、どうしてなかなか賞められませぬ、高が相手は此方(こち)の恩を受けて居るのっそりめ、一体ならば此方(こち)の仕事を先潜(さきくぐ)りする太い奴と高飛車に叱りつけて、ぐうの音も出させぬようにすればなるのっそりめを、そう甘やかして胸の焼ける連名工事(れんみょうしごと)をなんでするに当るはずのあろうぞ、甘いばかりが立派のことか、弱いばかりが好い男児か、妾の虫には受け取れませぬ、なんなら妾が一ト走りのっそりめのところに行って、重々恐れ入りましたと思い切らせて謝罪(あやま)らせて両手を突かせて来ましょうか、と女賢(さか)しき夫思い。源太は聞いて冷笑(あざわら)い、何が汝にわかるものか、我のすることを好いとおもうていてさえくるればそれでよいのよ。

 色も香もなく一言に黙っていよとやり込められて、聴(き)かぬ気のお吉顔ふり上げ何か云い出したげなりしが、自己(おのれ)よりは一倍きかぬ気の夫の制するものを、押し返して何ほど云うとも機嫌(きげん)を損ずることこそはあれ、口答えの甲斐(かい)は露なきを経験(おぼえ)あって知り居れば、連れ添うものに心の奥を語り明かして相談かけざる夫を恨めしくはおもいながら、そこは怜悧(りこう)の女の分別早く、何も妾が遮(さえぎ)って女の癖に要らざる嘴(くち)を出すではなけれど、つい気にかかる仕事の話しゆえ思わず様子の聞きたくて、よけいなことも胸の狭いだけに饒舌(しゃべ)ったわけ、と自分が真実籠(こ)めし言葉をわざとごくごく軽うしてしもうて、どこまでも夫の分別に従うよう表面(うわべ)を粧うも、幾らか夫の腹の底にある煩悶(もしゃくしゃ)を殺(そ)いでやりたさよりの真実(まこと)。源太もこれに角張りかかった顔をやわらげ、何ごとも皆天運(まわりあわせ)じゃ、此方(こち)の了見さえ温順(すなお)に和(やさ)しくもっていたならまた好いことの廻って来ようと、こうおもって見ればのっそりに半口やるもかえって好い心持、世間は気次第で忌々(いまいま)しくも面白くもなるものゆえ、できるだけは卑劣(けち)な※(「金+肅」、第3水準1-93-39)(さび)を根性に着けず瀟洒(あっさり)と世を奇麗に渡りさえすればそれで好いわ、と云いさしてぐいと仰飲(あお)ぎ、後は芝居の噂やら弟子どもが行状(みもち)の噂、真に罪なき雑話を下物(さかな)に酒も過ぎぬほど心よく飲んで、下卑(げび)た体裁(さま)ではあれどとり膳睦(むつ)まじく飯を喫了(おわ)り、多方(おおかた)もう十兵衛が来そうなものと何事もせず待ちかくるに、時は空(むな)しく経過(たっ)て障子の日※(「日/咎」、第3水準1-85-32)(ひかげ)一尺動けどなお見えず、二尺も移れどなお見えず。
 是非先方(むこう)より頭(かしら)を低くし身を縮(すぼ)めて此方(こち)へ相談に来たり、何とぞ半分なりと仕事をわけて下されと、今日の上人様のお慈愛(なさけ)深きお言葉を頼りに泣きついても頼みをかけべきに、何としてこうは遅きや、思いあきらめて望みを捨て、もはや相談にも及ばずとて独りわが家に燻(くすぼ)り居るか、それともまた此方より行くを待って居るか、もしも此方の行くを待って居るということならばあまり増長した了見なれど、まさかにそのような高慢気も出(いだ)すまじ、例ののっそりで悠長(ゆうちょう)に構えて居るだけのことならんが、さても気の長い男め迂濶(うかつ)にもほどのあれと、煙草ばかりいたずらに喫(ふ)かしいて、待つには短き日も随分長かりしに、それさえ暮れて群烏(むらがらす)塒(ねぐら)に帰るころとなれば、さすがに心おもしろからずようやく癇癪の起り起りて耐(こら)えきれずなりし潮先、据(す)えられし晩食(ゆうめし)の膳に対(むか)うとそのまま云いわけばかりに箸をつけて茶さえゆるりとは飲まず、お吉、十兵衛めがところにちょっと行て来る、行違いになって不在(るす)へ来(こ)ば待たしておけ、と云う言葉さえとげとげしく怒りを含んで立ち出でかかれば、気にはかかれど何とせん方もなく、女房は送って出したる後にて、ただ溜息(ためいき)をするのみなり。

 渋って開(あ)きかぬる雨戸にひとしお源太は癇癪の火の手を亢(たかぶ)らせつつ、力まかせにがちがち引き退(の)け、十兵衛家(うち)にか、と云いさまにつとはいれば、声色(こわいろ)知ったるお浪(なみ)早くもそれと悟って、恩あるその人の敵(むこう)に今は立ち居る十兵衛に連れ添える身の面(おもて)を対(あわ)すこと辛く、女気の繊弱(かよわ)くも胸をどきつかせながら、まあ親方様、とただ一言我知らず云い出したるぎり挨拶(あいさつ)さえどぎまぎして急には二の句の出ざるうち、煤(すす)けし紙に針の孔(あな)、油染みなんど多き行燈(あんどん)の小蔭(こかげ)に悄然(しょんぼり)と坐り込める十兵衛を見かけて源太にずっと通られ、あわてて火鉢の前に請(しょう)ずる機転の遅鈍(まずき)も、正直ばかりで世態(よ)を知悉(のみこ)まぬ姿なるべし。
 十兵衛は不束(ふつつか)に一礼して重げに口を開き、明日の朝参上(あが)ろうとおもうておりました、といえばじろりとその顔下眼に睨(にら)み、わざと泰然(おちつき)たる源太、おお、そういう其方(そち)のつもりであったか、こっちは例の気短ゆえ今しがたまで待っていたが、いつになって汝(そなた)の来るか知れたことではないとして出かけて来ただけ馬鹿であったか、ハハハ、しかし十兵衛、汝は今日の上人様のあのお言葉をなんと聞いたか、両人(ふたり)でよくよく相談して来よと云われた揚句に長者の二人の児のお話し、それでわざわざ相談に来たが汝も大抵分別はもう定(き)めて居るであろう、我(おれ)も随分虫持ちだが悟って見ればあの譬諭(たとえ)の通り、尖(とが)りあうのは互いにつまらぬこと、まんざら敵(かたき)同士でもないに身勝手ばかりは我も云わぬ、つまりは和熟した決定(けつじょう)のところが欲しいゆえに、我欲は充分折って摧(くだ)いて思案を凝らして来たものの、なお汝の了見も腹蔵のないところを聞きたく、その上にまたどうともしようと、我も男児(おとこ)なりゃ汚(きたな)い謀計(たくみ)を腹には持たぬ、真実(ほんと)にこうおもうて来たわ、と言葉をしばしとどめて十兵衛が顔を見るに、俯伏(うつむ)いたままただはい、はいと答うるのみにて、乱鬢(らんびん)の中(うち)に五六本の白髪(しらが)が瞬(またた)く燈火(あかり)の光を受けてちらりちらりと見ゆるばかり。お浪ははや寝し猪(い)の助(すけ)が枕の方につい坐って、呼吸(いき)さえせぬようこれもまた静まりかえり居る淋(さび)しさ。かえって遠くに売りあるく鍋焼饂飩(うどん)の呼び声の、幽(かす)かに外方(そと)より家(や)の中(うち)に浸みこみ来たるほどなりけり。
 源太はいよいよ気を静め、語気なだらかに説き出(いだ)すは、まあ遠慮もなく外見(みえ)もつくらず我の方から打ち明けようが、なんと十兵衛こうしてはくれぬか、せっかく汝も望みをかけ天晴(あっぱ)れ名誉の仕事をして持ったる腕の光をあらわし、欲徳ではない職人の本望を見事に遂げて、末代に十兵衛という男が意匠(おもいつき)ぶり細工ぶりこれ視(み)て知れと残そうつもりであろうが、察しもつこう我とてもそれは同じこと、さらにあるべき普請ではなし、取り外(はぐ)っては一生にまた出逢うことはおぼつかないなれば、源太は源太で我が意匠ぶり細工ぶりを是非遺(のこ)したいは、理屈を自分のためにつけて云えば我はまあ感応寺の出入り、汝はなんの縁(ゆかり)もないなり、我は先口、汝は後なり、我は頼まれて設計(つもり)までしたに汝は頼まれはせず、他(ひと)の口から云うたらばまた我は受け負うても相応、汝が身柄(がら)では不相応と誰しも難をするであろう、だとて我が今理屈を味方にするでもない、世間を味方にするでもない、汝が手腕(うで)のありながら不幸せで居るというも知って居る、汝が平素(ふだん)薄命(ふしあわせ)を口へこそ出さね、腹の底ではどのくらい泣いて居るというも知って居る、我を汝の身にしては堪忍(がまん)のできぬほど悲しい一生というも知って居る、それゆえにこそ去年一昨年(おととし)なんにもならぬことではあるが、まあできるだけの世話はしたつもり、しかし恩に被(き)せるとおもうてくれるな、上人様だとて汝の清潔(きれい)な腹の中をお洞察(みとおし)になったればこそ、汝の薄命(ふしあわせ)を気の毒とおもわれたればこそ今日のようなお諭し、我も汝が欲かなんぞで対岸(むこう)にまわる奴ならば、我(ひと)の仕事に邪魔を入れる猪口才(ちょこざい)な死節野郎(しにぶしやろう)と一釿(ひとちょうな)に脳天打(ぶ)っ欠かずにはおかぬが、つくづく汝の身を察すればいっそ仕事もくれたいような気のするほど、というて我(おれ)も欲は捨て断(き)れぬ、仕事は真実どうあってもしたいわ、そこで十兵衛、聞いてももらいにくく云うても退(の)けにくい相談じゃが、まあこうじゃ、堪忍して承知してくれ、五重塔は二人で建ちょう、我を主にして汝不足でもあろうが副(そえ)になって力を仮してはくれまいか、不足ではあろうが、まあ厭でもあろうが源太が頼む、聴いてはくれまいか、頼む頼む、頼むのじゃ、黙って居るのは聴いてくれぬか、お浪さんも我(わし)の云うことのわかったならどうぞ口を副(そ)えて聴いてもらっては下さらぬか、と脆(もろ)くも涙になりいる女房にまで頼めば、お、お、親方様、ええありがとうござりまする、どこにこのような御親切の相談かけて下さる方のまたあろうか、なぜお礼をば云われぬか、と左の袖は露時雨(つゆしぐれ)、涙に重くなしながら、夫の膝を右の手で揺り動かしつ掻(か)き口説(くど)けど、先刻(さき)より無言の仏となりし十兵衛何ともなお言わず、再度(ふたたび)三度かきくどけど黙黙(むっくり)として[#「黙黙(むっくり)として」はママ]なお言わざりしが、やがて垂(た)れたる首(こうべ)を抬(もた)げ、どうも十兵衛それは厭でござりまする、と無愛想に放つ一言、吐胸(とむね)をついて驚く女房。なんと、と一声烈(はげ)しく鋭く、頸首(くびぼね)反らす一二寸、眼に角たててのっそりをまっ向よりして瞰下(みおろ)す源太。

 人情の花も失(な)くさず義理の幹もしっかり立てて、普通(なみ)のものにはできざるべき親切の相談を、一方ならぬ実意(じつ)のあればこそ源太のかけてくれしに、いかに伐(き)って抛(な)げ出したような性質(もちまえ)がさする返答なればとて、十兵衛厭でござりまするとはあまりなる挨拶(あいさつ)、他(ひと)の情愛(なさけ)のまるでわからぬ土人形でもこうは云うまじきを、さりとては恨めしいほど没義道(もぎどう)な、口惜しいほど無分別な、どうすればそのように無茶なる夫の了見と、お浪は呆(あき)れもし驚きもしわが身の急に絞木(しめぎ)にかけて絞めらるるごとき心地のして、思わず知らず夫にすり寄り、それはまあなんということ、親方様があれほどにあなたこなたのためを計って、見るかげもないこの方連れ、云わば一ト足に蹴落しておしまいなさるることもなさらばできるこの方連れに、大抵ではないお情をかけて下され、御自分一人でなさりたい仕事をも分けてやろう半口乗せてくりょうと、身に浸みるほどありがたい御親切の御相談、しかもお招喚(よびつけ)にでもなってでのことか、坐蒲団(ざぶとん)さえあげることのならぬこのようなところへわざわざおいでになってのお話し、それを無にしてもったいない、十兵衛厭でござりまするとは冥利(みょうり)の尽きた我儘(わがまま)勝手、親方様の御親切の分らぬはずはなかろうに胴欲なも無遠慮なも大方程度(ほどあい)のあったもの、これこの妾(わたし)の今着て居るのも去年の冬の取りつきに袷姿(あわせすがた)の寒げなを気の毒がられてお吉様の、縫直(なお)して着よと下されたのとは汝(おまえ)の眼には暎(うつ)らぬか、一方ならぬ御恩を受けていながら親方様の対岸(むこう)へ廻るさえあるに、それを小癪(こしゃく)なとも恩知らずなともおっしゃらず、どこまでも弱い者を愛護(かぼ)うて下さるお仁慈(なさけ)深い御分別にも頼(よ)り縋(すが)らいで一概に厭じゃとは、たとえば真底から厭にせよ記臆(ものおぼえ)のある人間(ひと)の口から出せた言葉でござりまするか、親方様の手前お吉様の所思(おもわく)をもよくとっくりと考えて見て下され、妾はもはやこれから先どの顔さげてあつかましくお吉様のお眼にかかることのなるものぞ、親方様はお胸の広うて、ああ十兵衛夫婦はわけの分らぬ愚か者なりゃ是も非もないと、そのまま何とも思(おぼ)しめされずただ打ち捨てて下さるか知らねど、世間は汝を何と云おう、恩知らずめ義理知らずめ、人情解(げ)せぬ畜生め、あれ奴(め)は犬じゃ烏じゃと万人の指甲(つめ)に弾(はじ)かれものとなるは必定(ひつじょう)、犬や烏と身をなして仕事をしたとて何の功名(てがら)、欲をかわくな齷齪(あくせく)するなと常々妾に諭(さと)された自分の言葉に対しても恥かしゅうはおもわれぬか、どうぞ柔順(すなお)に親方様の御異見について下さりませ、天に聳(そび)ゆる生雲塔(しょううんとう)は誰々二人で作ったと、親方様ともろともに肩を並べて世に称(うた)わるれば、汝の苦労の甲斐も立ち親方様のありがたいお芳志(こころざし)も知るる道理、妾もどのように嬉しかろか喜ばしかろか、もしそうなれば不足というは薬にしたくもないはずなるに、汝は天魔に魅(みい)られてそれをまだまだ不足じゃとおもわるるのか、ああ情ない、妾が云わずと知れている汝自身の身のほどを、身の分際を忘れてか、と泣き声になり掻き口説く女房の頭(こうべ)は低く垂れて、髷(まげ)にさされし縫針の孔(めど)が啣(くわ)えし一条(ひとすじ)の糸ゆらゆらと振うにも、千々に砕くる心の態(さま)の知られていとどいじらしきに、眼を瞑(ふさ)ぎいし十兵衛は、その時例の濁声(だみごえ)出し、喧(やかま)しいわお浪、黙っていよ、我(おれ)の話しの邪魔になる、親方様聞いて下され。

 思いの中(うち)に激すればや、じたじたと慄(ふる)い出す膝(ひざ)の頭(かしら)をしっかと寄せ合わせて、その上に両手(もろて)突っ張り、身を固くして十兵衛は、情ない親方様、二人でしょうとは情ない、十兵衛に半分仕事を譲って下さりょうとはお慈悲のようで情ない、厭でござります、厭でござります、塔の建てたいは山々でももう十兵衛は断念(あきら)めておりまする、お上人様のお諭しを聞いてからの帰り道すっぱり思いあきらめました、身のほどにもない考えを持ったが間違い、ああ私が馬鹿でござりました、のっそりはどこまでものっそりで馬鹿にさえなって居ればそれでよいわけ、溝板(どぶいた)でもたたいて一生を終りましょう、親方様堪忍(かに)して下され我(わたし)が悪い、塔を建ちょうとはもう申しませぬ、見ず知らずの他の人ではなし御恩になった親方様の、一人で立派に建てらるるをよそながら視て喜びましょう、と元気なげに云い出づるを走り気の源太ゆるりとは聴いていず、ずいと身を進めて、馬鹿を云え十兵衛、あまり道理が分らな過ぎる、上人様のお諭しは汝(きさま)一人に聴けというてなされたではない我(おれ)が耳にも入れられたは、汝の腹でも聞いたらば我の胸でも受け取った、汝一人に重石(おもし)を背負(しょ)ってそう沈まれてしもうては源太が男になれるかやい、つまらぬ思案に身を退(ひ)いて馬鹿にさえなって居ればよいとは、分別が摯実(くすみ)過ぎて至当(もっとも)とは云われまいぞ、おおそうならば我がすると得たりかしこで引き受けては、上人様にも恥かしく第一源太がせっかく磨(みが)いた侠気(おとこ)もそこで廃(すた)ってしまうし、汝はもとより虻蜂(あぶはち)取らず、知恵のないにもほどのあるもの、そしては二人が何よかろう、さあそれゆえに美しく二人で仕事をしょうというに、少しは気まずいところがあってもそれはお互い、汝が不足なほどにこっちにも面白くないのあるは知れきったことなれば、双方忍耐(がまん)しあうとして忍耐のできぬわけはないはず、何もわざわざ骨を折って汝が馬鹿になってしまい、幾日の心配を煙と消(き)やし天晴れな手腕(うで)を寝せ殺しにするにも当らない、のう十兵衛、我の云うのが腑に落ちたら思案をがらりとし変えてくれ、源太は無理は云わぬつもりだ、これさなぜ黙って居る、不足か不承知か、承知してはくれないか、ええ我の了見をまだ呑み込んではくれないか、十兵衛、あんまり情ないではないか、何とか云うてくれ、不承知か不承知か、ええ情ない、黙って居られてはわからない、我の云うのが不道理か、それとも不足で腹立ててか、と義には強くて情には弱く意地も立つれば親切も飽くまで徹(とお)す江戸ッ子腹の、源太は柔和(やさし)く問いかくれば、聞き居るお浪は嬉しさの骨身に浸みて、親方様ああありがとうござりますると口には出さねど、舌よりも真実(まこと)を語る涙をば溢(あふ)らす眼(まなこ)に、返辞せぬ夫の方を気遣(きづか)いて、見れば男は露一厘身動きなさず無言にて思案の頭(こうべ)重く低(た)れ、ぽろりぽろりと膝の上に散らす涙珠(なみだ)の零(お)ちて声あり。
 源太も今は無言となりしばらくひとり考えしが、十兵衛汝はまだわからぬか、それとも不足とおもうのか、なるほどせっかく望んだことを二人でするは口惜しかろ、しかも源太を心(しん)にして副(そえ)になるのは口惜しかろ、ええ負けてやれこうしてやろう、源太は副になってもよい汝を心に立てるほどに、さあさあ清く承知して二人でしょうと合点せい、と己(おの)が望みは無理に折り、思いきってぞ云い放つ。とッとんでもない親方様、たとえ十兵衛気が狂えばとてどうしてそうはできますものぞ、もったいない、とあわてて云うに、そうなら我の異見につくか、とただ一言に返されて、それは、と窮(つま)るをまた追っかけ、汝を心に立てようか乃至(ないし)それでも不足か、と烈(はげ)しく突かれて度を失う傍(そば)にて女房が気もわくせき、親方様の御異見になぜまあ早く付かれぬ、と責むるがごとく恨みわび、言葉そぞろに勧むれば十兵衛ついに絶体絶命、下げたる頭(こうべ)を徐(しず)かに上げ円(つぶら)の眼(まなこ)を剥(む)き出して、一ツの仕事を二人でするは、よしや十兵衛心になっても副になっても、厭なりゃどうしてもできませぬ、親方一人でお建てなされ、私は馬鹿で終りまする、と皆まで云わせず源太は怒って、これほど事を分けて云う我の親切(なさけ)を無にしてもか。はい、ありがとうはござりまするが、虚言(うそ)は申せず、厭なりゃできませぬ。汝(おのれ)よく云った、源太の言葉にどうでもつかぬか。是非ないことでござります。やあ覚えていよこののっそりめ、他(ひと)の情の分らぬ奴、そのようのこと云えた義理か、よしよし汝に口は利かぬ、一生溝(どぶ)でもいじって暮せ、五重塔は気の毒ながら汝に指もささせまい、源太一人で立派に建てる、ならば手柄に批点(てん)でも打て。

 えい、ありがとうござります、滅法界に酔いました、もう飲(いけ)やせぬ、と空辞誼(そらじぎ)はうるさいほどしながら、猪口(ちょく)もつ手を後へは退(ひ)かぬがおかしき上戸(じょうご)の常態(つね)、清吉はや馳走酒(ちそうざけ)に十分酔ったれど遠慮に三分の真面目をとどめて殊勝らしく坐り込み、親方の不在(るす)にこう爛酔(へべ)では済みませぬ、姉御と対酌(さし)では夕暮を躍(おど)るようになってもなりませんからな、アハハむやみに嬉しくなって来ました、もう行きましょう、はめを外(はず)すと親方のお眼玉だ、だがしかし姉御、内の親方には眼玉を貰(もら)っても私(わっち)は嬉しいとおもっています、なにも姉御の前だからとて軽薄を云うではありませぬが、真実(ほんと)に内の親方は茶袋よりもありがたいとおもっています、いつぞやの凌雲院(りょううんいん)の仕事の時も鉄や慶(けい)を対(むこ)うにしてつまらぬことから喧嘩(けんか)を初め、鉄が肩先へ大怪我をさしたその後で鉄が親から泣き込まれ、ああ悪かった気の毒なことをしたと後悔してもこっちも貧的、どうしてやるにもやりようなく、困りきって逃亡(かけおち)とまで思ったところを、黙って親方から療治手当もしてやって下された上、かけら半分叱言(こごと)らしいことを私に云われず、ただ物和(ものやさ)しく、清や汝(てめえ)喧嘩は時のはずみで仕方はないが気の毒とおもったら謝罪(あやま)っておけ、鉄が親の気持もよかろし汝の寝覚めもよいというものだと心づけて下すったその時は、ああどうしてこんなに仁慈(なさけ)深かろとありがたくてありがたくて私は泣きました、鉄に謝罪るわけはないが親方の一言に堪忍(がまん)して私も謝罪りに行きましたが、それから異(おつ)なものでいつとなく鉄とは仲好しになり、今ではどっちにでもひょっとしたことのあれば骨を拾ってやろうかもらおうかというぐらいの交際(つきあい)になったも皆親方のお蔭(かげ)、それに引き変え茶袋なんぞはむやみに叱言(こごと)を云うばかりで、やれ喧嘩をするな遊興(あそび)をするなとくだらぬことを小うるさく耳の傍(はた)で口説きます、ハハハいやはや話になったものではありませぬ、え、茶袋とは母親(おふくろ)のことです、なに酷(ひど)くはありませぬ茶袋でたくさんです、しかも渋をひいた番茶の方です、あッハハハ、ありがとうござります、もう行きましょう、え、また一本燗(つ)けたから飲んで行けとおっしゃるのですか、ああありがたい、茶袋だと此方(こち)で一本というところを反対(あべこべ)にもう廃(よ)せと云いますわ、ああ好い心持になりました、歌いたくなりましたな、歌えるかとは情ない、松づくしなぞはあいつに賞(ほ)められたほどで、と罪のないことを云えばお吉も笑いを含んで、そろそろ惚気(のろけ)は恐ろしい、などと調戯(からか)い居るところへ帰って来たりし源太、おおちょうどよい清吉いたか、お吉飲もうぞ、支度させい、清吉今夜は酔い潰(つぶ)れろ、胴魔声の松づくしでも聞いてやろ。や、親方立聞きして居られたな。

 清吉酔うてはしまりなくなり、砕けた源太が談話(はなし)ぶり捌(さば)けたお吉が接待(とりなし)ぶりにいつしか遠慮も打ち忘れ、擬(さ)されて辞(いな)まず受けてはつと干(ほ)し酒盞(さかずき)の数重ぬるままに、平常(つね)から可愛らしき紅(あか)ら顔を一層みずみずと、実の熟(い)った丹波王母珠(ほおずき)ほど紅うして、罪もなき高笑いやら相手もなしの空示威(からりきみ)、朋輩の誰の噂彼の噂、自己(おのれ)が仮声(こわいろ)のどこそこで喝采(やんや)を獲たる自慢、奪(あげ)られぬ奪られるの云い争いの末何楼(なにや)の獅顔火鉢(しかみひばち)を盗(と)り出さんとして朋友(ともだち)の仙の野郎が大失策(おおしくじり)をした話、五十間で地廻りを擲(なぐ)ったことなど、縁に引かれ図に乗ってそれからそれへと饒舌(しゃべ)り散らすうち、ふとのっそりの噂に火が飛べば、とろりとなりし眼を急に見張って、ぐにゃりとしていし肩を聳(そば)だて、冷とうなった飲みかけの酒を異(おか)しく唇まげながら吸い干し、一体あんな馬鹿野郎を親方の可愛がるというが私(わっち)には頭(てん)からわかりませぬ、仕事といえば馬鹿丁寧で捗(はこ)びは一向つきはせず、柱一本鴫居(しきい)一ツで嘘をいえば鉋(かんな)を三度も礪(と)ぐような緩慢(のろま)な奴、何を一ツ頼んでも間に合った例(ためし)がなく、赤松の炉縁(ろぶち)一ツに三日の手間を取るというのは、多方ああいう手合だろうと仙が笑ったも無理はありませぬ、それを親方が贔屓(ひいき)にしたので一時は正直のところ、済みませんが私も金(きん)も仙も六も、あんまり親方の腹が大きすぎてそれほどでもないものを買い込み過ぎて居るではないか、念入りばかりで気に入るなら我(おれ)たちもこれから羽目板にも仕上げ鉋(がんな)、のろりのろりとしたたか清めて碁盤肌(ごばんはだ)にでも削ろうかと僻(ひが)みを云ったこともありました、第一あいつは交際(つきあい)知らずで女郎買い一度一所にせず、好闘鶏鍋(しゃもなべ)つつき合ったこともない唐偏朴(とうへんぼく)、いつか大師(だいし)へ一同(みんな)が行く時も、まあ親方の身辺(まわり)について居るものを一人ばかり仲間はずれにするでもないと私が親切に誘ってやったに、我は貧乏で行かれないと云ったきりの挨拶(あいさつ)は、なんと愛想も義理も知らな過ぎるではありませんか、銭がなければ女房(かか)の一枚着を曲げ込んでも交際は交際で立てるが朋友(ともだち)ずく、それもわからない白痴(たわけ)の癖に段々親方の恩を被(き)て、私や金と同じことに今ではどうか一人立ち、しかも憚(はばか)りながら青(あお)っ涕(ぱな)垂(た)らして弁当箱の持運び、木片(こっぱ)を担いでひょろひょろ帰る餓鬼(がき)のころから親方の手についていた私や仙とは違って奴は渡り者、次第を云えば私らより一倍深く親方をありがたい忝(かたじけ)ないと思っていなけりゃならぬはず、親方、姉御、私は悲しくなって来ました、私はもしものことがあれば親方や姉御のためと云や黒煙の煽(あお)りを食っても飛び込むぐらいの了見は持って居るに、畜生ッ、ああ人情(なさけ)ない野郎め、のっそりめ、あいつは火の中へは恩を背負(しょ)っても入りきるまい、ろくな根性はもっていまい、ああ人情ない畜生めだ、と酔いが図らず云い出せし不平の中に潜り込んで、めそめそめそめそ泣き出せば、お吉は夫の顔を見て、例(いつも)の癖が出て来たかと困った風情はしながらも自己の胸にものっそりの憎さがあれば、幾らかは清が言葉を道理(もっとも)と聞く傾きもあるなるべし。
 源太は腹に戸締りのなきほど愚(おろ)かならざれば、猪口(ちょく)を擬(さ)しつけ高笑いし、何を云い出した清吉、寝ぼけるな我の前だわ、三の切を出しても初まらぬぞ、その手で女でも口説きやれ、随分ころりと来るであろう、汝(きさま)が惚(のろ)けた小蝶(こちょう)さまのお部屋ではない、アッハハハと戯言(おどけ)を云えばなお真面目に、木※(「木+患」、第3水準1-86-5)珠(ずずだま)ほどの涙を払うその手をぺたりと刺身皿(さしみざら)の中につっこみ、しゃくり上げ歔欷(しゃくりあげ)して泣き出し、ああ情ない親方、私を酔漢(よっぱらい)あしらいは情ない、酔ってはいませぬ、小蝶なんぞは飲(た)べませぬ、そういえばあいつの面(つら)がどこかのっそりに似て居るようで口惜しくて情ない、のっそりは憎い奴、親方の対(むこ)うを張って大それた、五重の塔を生意気にも建てようなんとは憎い奴憎い奴、親方が和(やさ)し過ぎるので増長した謀反人め、謀反人も明智(あけち)のようなは道理(もっとも)だと伯龍(はくりゅう)が講釈しましたがあいつのようなは大悪無道(ぶどう)、親方はいつのっそりの頭を鉄扇で打(ぶ)ちました、いつ蘭丸(らんまる)にのっそりの領地を与(や)ると云いました、私は今にもしもあいつが親方の言葉に甘えて名を列(なら)べて塔を建てれば打捨(うっちゃ)ってはおけませぬ、擲(たた)き殺して狗(いぬ)にくれますこういうように擲き殺して、と明徳利(あきどくり)の横面いきなり打(たた)き飛ばせば、砕片(かけら)は散って皿小鉢跳(おど)り出すやちんからり。馬鹿野郎め、と親方に大喝されてそのままにぐずりと坐(すわ)りおとなしく居るかと思えば、散らかりし還原海苔(もどしのり)の上に額おしつけはや鼾声(いびき)なり。源太はこれに打ち笑い、愛嬌のある阿呆めに掻巻(かいまき)かけてやれ、と云いつつ手酌にぐいと引っかけて酒気を吹くことやや久しく、怒(おこ)って帰って来はしたもののああでは高が清吉同然、さて分別がまだ要(い)るわ。

 源太が怒って帰りし後、腕拱(こまぬ)きて茫然(ぼうぜん)たる夫の顔をさし覗(のぞ)きて、吐息つくづくお浪は歎じ、親方様は怒らする仕事はつまり手に入らず、夜の眼も合わさず雛形(ひながた)まで製造(こしら)えた幾日の骨折りも苦労も無益(むだ)にした揚句の果てに他(ひと)の気持を悪うして、恩知らず人情なしと人の口端にかかるのはあまりといえば情ない、女の差し出たことをいうとただ一口に云わるるか知らねど、正直律義(りちぎ)もほどのあるもの、親方様があれほどに云うて下さる異見について一緒にしたとて恥辱(はじ)にはなるまいに、偏僻(かたいじ)張ってなんのつまらぬ意気地立て、それを誰が感心なと褒(ほ)めましょう、親方様の御料簡につけば第一御恩ある親方のお心持もよいわけ、またお前の名も上り苦労骨折りの甲斐も立つわけ、三方四方みな好いになぜその気にはなられぬか、少しもお前の料簡が妾(わたし)の腹には合点(のみこめ)ぬ、よくまあ思案し直して親方様の御異見につい従うては下されぬか、お前が分別さえ更(か)えれば妾がすぐにも親方様のところへ行き、どうにかこうにか謝罪(あやまり)云うて一生懸命精一杯、打(ぶ)たれても擲(たた)かれても動くまいほど覚悟をきめ、謝罪って謝罪って謝罪り貫(ぬ)いたらお情深い親方様が、まさかにいつまで怒ってばかりも居られまい、一時の料簡違いは堪忍(かに)して下さることもあろう、分別しかえて意地張(ば)らずに、親方様の云われた通りして見る気にはなられぬか、と夫思いの一筋に口説くも女の道理(もっとも)なれど、十兵衛はなお眼も動かさず、ああもう云うてくれるな、ああ、五重塔とも云うてくれるな、よしないことを思いたってなるほど恩知らずとも云わりょう人情なしとも云わりょう、それも十兵衛の分別が足らいででかしたこと、今さらなんとも是非がない、しかし汝(きさま)の云うように思案しかえるはどうしても厭、十兵衛が仕事に手下は使おうが助言(じょごん)は頼むまい、人の仕事の手下になって使われはしょうが助言はすまい、桝組(ますぐみ)も椽配(たるきわ)りも我(おれ)がする日には我の勝手、どこからどこまで一寸たりとも人の指揮(さしず)は決して受けぬ、善いも悪いも一人で背負(しょ)って立つ、他(ひと)の仕事に使われればただ正直の手間取りとなって渡されただけのことするばかり、生意気な差し出口は夢にもすまい、自分が主でもない癖に自己(おの)が葉色を際立てて異(かわ)った風を誇(ほこ)り顔(が)の寄生木(やどりぎ)は十兵衛の虫が好かぬ、人の仕事に寄生木となるも厭ならわが仕事に寄生木を容(い)るるも虫が嫌えば是非がない、和(やさ)しい源太親方が義理人情を噛(か)み砕いてわざわざ慫慂(すすめ)て下さるは我にもわかってありがたいが、なまじい我の心を生かして寄生木あしらいは情ない、十兵衛は馬鹿でものっそりでもよい、寄生木になって栄えるは嫌いじゃ、矮小(けち)な下草になって枯れもしょう大樹(おおき)を頼まば肥料(こやし)にもなろうが、ただ寄生木になって高く止まる奴らを日ごろいくらも見ては卑しい奴めと心中で蔑視(みさ)げていたに、今我が自然親方の情に甘えてそれになるのはどうあっても小恥かしゅうてなりきれぬわ、いっそのことに親方の指揮(さしず)のとおりこれを削れあれを挽(ひ)き割れと使わるるなら嬉しけれど、なまじ情がかえって悲しい、汝も定めてわからぬ奴と恨みもしょうが堪忍(かに)してくれ、ええ是非がない、わからぬところが十兵衛だ、ここがのっそりだ、馬鹿だ、白痴漢(たわけ)だ、何と云われても仕方はないわ、ああッ火も小さくなって寒うなった、もうもう寝てでもしまおうよ、と聴(き)けば一々道理の述懐。お浪もかえす言葉なく無言となれば、なお寒き一室(ひとま)を照らせる行燈(あんどん)も灯花(ちょうじ)に暗うなりにけり。

 その夜は源太床に入りてもなかなか眠らず、一番鶏(いちばんどり)二番鶏を耳たしかに聞いて朝も平日(つね)よりははよう起き、含嗽手水(うがいちょうず)に見ぬ夢を洗って熱茶一杯に酒の残り香を払う折しも、むくむくと起き上ったる清吉寝惚眼(ねぼれめ)をこすりこすり怪訝顔(けげんがお)してまごつくに、お吉ともども噴飯(ふきだ)して笑い、清吉昨夜(ゆうべ)はどうしたか、と嬲(なぶ)れば急にかしこまって無茶苦茶に頭を下げ、つい御馳走になり過ぎていつか知らず寝てしまいました、姉御、昨夜私(わっち)は何か悪いことでもしはしませぬか、と心配そうに尋ぬるもおかしく、まあ何でも好いわ、飯でも食って仕事に行きやれ、と和(やさ)しく云われてますます畏(おそ)れ、恍然(うっとり)として腕を組みしきりに考え込む風情(ふぜい)、正直なるが可愛らし。
 清吉を出しやりたる後、源太はなおも考えにひとり沈みて日ごろの快活(さっぱり)とした調子に似もやらず、ろくろくお吉に口さえきかで思案に思案を凝らせしが、ああわかったと独(ひと)り言(ごと)するかと思えば、愍然(ふびん)なと溜息つき、ええ抛(な)げようかと云うかとおもえば、どうしてくりょうと腹立つ様子を傍にてお吉の見る辛さ、問い慰めんと口を出(いだ)せば黙っていよとやりこめられ、詮方(せんかた)なさに胸の中にて空しく心をいたむるばかり。源太はそれらに関(かま)いもせず夕暮方まで考え考え、ようやく思い定めやしけんつと身を起して衣服をあらため、感応寺に行き上人に見(まみ)えて昨夜の始終をば隠すことなく物語りし末、一旦は私もあまりわからぬ十兵衛の答えに腹を立てしものの帰ってよくよく考うれば、たとえば私一人して立派に塔は建つるにせよ、それではせっかくお諭(さと)しを受けた甲斐なく源太がまた我欲にばかり強いようで男児(おとこ)らしゅうもない話し、というて十兵衛は十兵衛の思わくを滅多に捨てはすまじき様子、あれも全く自己(おのれ)を押えて譲れば源太も自己を押えてあれに仕事をさせ下されと譲らねばならぬ義理人情、いろいろ愚かな考えを使ってようやく案じ出したことにも十兵衛が乗らねば仕方なく、それを怒っても恨んでも是非のないわけ、はやこの上には変った分別も私には出ませぬ、ただ願うはお上人様、たとえば十兵衛一人に仰せつけられますればとて私かならず何とも思いますまいほどに、十兵衛になり私になり二人ともどもになりどうとも仰せつけられて下さりませ、御口ずからのことなれば十兵衛も私も互いに争う心は捨てておりまするほどに露さら故障はござりませぬ、我ら二人の相談には余って願いにまいりました、と実意を面に現わしつつ願えば上人ほくほく笑われ、そうじゃろそうじゃろ、さすがに汝(そなた)も見上げた男じゃ、よいよい、その心がけ一つでもう生雲塔見事に建てたより立派に汝はなっておる、十兵衛も先刻(さっき)に来て同じことを云うて帰ったわ、あれも可愛い男ではないか、のう源太、可愛がってやれ可愛がってやれ、と心ありげに云わるる言葉を源太早くも合点して、ええ可愛がってやりますとも、といと清(すず)しげに答うれば、上人満面皺(しわ)にして悦(よろこ)びたまいつ、よいわよいわ、ああ気味のよい男児じゃな、と真から底からほめられて、もったいなさはありながら源太おもわず頭(こうべ)をあげ、お蔭(かげ)で男児になれましたか、と一語に無限の感慨を含めて喜ぶ男泣き。はやこの時に十兵衛が仕事に助力せん心の、世に美しくも湧きたるなるべし。

 十兵衛感応寺にいたりて朗円上人に見(まみ)え、涙ながらに辞退の旨云うて帰りしその日の味気なさ、煙草のむだけの気も動かすに力なく、茫然(ぼんやり)としてつくづくわが身の薄命(ふしあわせ)、浮世の渡りぐるしきことなど思い廻(めぐ)らせば思い廻らすほど嬉(うれ)しからず、時刻になりて食う飯の味が今さら異(かわ)れるではなけれど、箸(はし)持つ手さえ躊躇(たゆた)いがちにて舌が美味(うも)うは受けとらぬに、平常(つね)は六碗七碗を快う喫(く)いしもわずかに一碗二碗で終え、茶ばかりかえって多く飲むも、心に不悦(まずさ)のある人の免れがたき慣例(ならい)なり。
 主人(あるじ)が浮かねば女房も、何の罪なきやんちゃざかりの猪之(いの)まで自然(おのず)と浮き立たず、淋(さび)しき貧家のいとど淋しく、希望(のぞみ)もなければ快楽(たのしみ)も一点あらで日を暮らし、暖か味のない夢に物寂(ものさ)びた夜を明かしけるが、お浪暁天(あかつき)の鐘に眼覚めて猪之と一所に寝たる床よりそっと出づるも、朝風の寒いに火のないうちから起すまじ、も少し睡(ね)させておこうとの慈(やさ)しき親の心なるに、何もかも知らいでたわいなく寝ていし平生(いつも)とは違い、どうせしことやらたちまち飛び起き、襦袢(じゅばん)一つで夜具の上跳(は)ね廻り跳ね廻り、厭じゃい厭じゃい、父様を打(ぶ)っちゃ厭じゃい、と蕨(わらび)のような手を眼にあてて何かは知らず泣き出せば、ええこれ猪之はどうしたものぞ、とびっくりしながら抱き止むるに抱かれながらもなお泣き止まず。誰も父様を打ちはしませぬ、夢でも見たか、それそこに父様はまだ寝て居らるる、と顔を押し向け知らすれば不思議そうに覗き込んで、ようやく安心しはしてもまだ疑惑(うたがい)の晴れぬ様子。
 猪之やなんにもありはしないわ、夢を見たのじゃ、さあ寒いに風邪をひいてはなりませぬ、床にはいって寝て居るがよい、と引き倒すようにして横にならせ、掻巻(かいまき)かけて隙間(すきま)なきよう上から押しつけやる母の顔を見ながら眼をぱっちり、ああ怖(こわ)かった、今よその怖い人が。おゝおゝ、どうかしましたか。大きな、大きな鉄槌(げんのう)で、黙って坐って居る父様の、頭を打って幾つも打って、頭が半分砕(こわ)れたので坊は大変びっくりした。ええ鶴亀鶴亀、厭なこと、延喜でもないことを云う、と眉(まゆ)を皺(しわ)むる折も折、戸外(おもて)を通る納豆売りの戦(ふる)え声に覚えある奴が、ちェッ忌々(いまいま)しい草鞋(わらじ)が切れた、と打ち独語(つぶや)きて行き過ぐるに女房ますます気色を悪(あ)しくし、台所に出て釜(かま)の下を焚(た)きつくれば思うごとく燃えざる薪(まき)も腹立たしく、引窓の滑(すべ)りよく明かぬも今さらのように焦(じ)れったく、ああ何となく厭な日と思うも心からぞとは知りながら、なお気になることのみ気にすればにや多けれど、また云い出さば笑われんと自分で呵(しか)って平日(いつも)よりは笑顔をつくり言葉にも活気をもたせ、いきいきとして夫をあしらい子をあしらえど、根がわざとせし偽飾(いつわり)なればかえって笑いの尻声が憂愁(うれい)の響きを遺して去る光景(ありさま)の悲しげなるところへ、十兵衛殿お宅か、と押柄(おうへい)に大人びた口ききながらはいり来る小坊主、高慢にちょこんと上り込み、御用あるにつきすぐと来たられべしと前後(あとさき)なしの棒口上。
 お浪も不審、十兵衛も分らぬことに思えども辞(いな)みもならねば、はや感応寺の門くぐるさえ無益(むやく)しくは考えつつも、何御用ぞと行って問えば、天地顛倒(てんどう)こりゃどうじゃ、夢か現(うつつ)か真実か、円道右に為右衛門左に朗円上人中央(まんなか)に坐したもうて、円道言葉おごそかに、このたび建立なるところの生雲塔の一切工事川越源太に任せられべきはずのところ、方丈思(おぼ)しめし寄らるることあり格別の御詮議例外の御慈悲をもって、十兵衛その方(ほう)にしかとお任せ相成る、辞退の儀は決して無用なり、早々ありがたく御受け申せ、と云い渡さるるそれさえあるに、上人皺枯れたる御声にて、これ十兵衛よ、思う存分し遂げて見い、よう仕上らば嬉しいぞよ、と荷担(にな)うに余る冥加(みょうが)のお言葉。のっそりハッと俯伏(うつぶ)せしまま五体を濤(なみ)と動(ゆる)がして、十兵衛めが生命(いのち)はさ、さ、さし出しまする、と云いしぎり咽(のど)塞(ふさ)がりて言語絶え、岑閑(しんかん)とせし広座敷に何をか語る呼吸の響き幽(かす)かにしてまた人の耳に徹しぬ。

 紅蓮白蓮(ぐれんびゃくれん)の香(におい)ゆかしく衣袂(たもと)に裾(すそ)に薫(かお)り来て、浮葉に露の玉動(ゆら)ぎ立葉に風のそよ吹ける面白の夏の眺望(ながめ)は、赤蜻蛉(あかとんぼ)菱藻(ひしも)を嬲(なぶ)り初霜向うが岡の樹梢(こずえ)を染めてより全然(さらり)となくなったれど、赭色(たいしゃ)になりて荷(はす)の茎ばかり情のう立てる間に、世を忍びげの白鷺(しらさぎ)がそろりと歩む姿もおかしく、紺青色(こんじょういろ)に暮れて行く天(そら)にようやく輝(ひか)り出す星を背中に擦(す)って飛ぶ雁(かり)の、鳴き渡る音も趣味(おもむき)ある不忍(しのばず)の池の景色を下物(さかな)のほかの下物にして、客に酒をば亀の子ほど飲まする蓬莱屋(ほうらいや)の裏二階に、気持のよさそうな顔して欣然と人を待つ男一人。唐桟揃(とうざんぞろ)いの淡泊(あっさり)づくりに住吉張りの銀煙管おとなしきは、職人らしき侠気(きおい)の風の言語(ものいい)挙動(そぶり)に見えながら毫末(すこし)も下卑ぬ上品質(だち)、いずれ親方親方と多くのものに立てらるる棟梁株(とうりょうかぶ)とは、かねてから知り居る馴染(なじみ)のお伝という女が、さぞお待ち遠でござりましょう、と膳を置きつつ云う世辞を、待つ退屈さに捕(つかま)えて、待ち遠で待ち遠で堪(たま)りきれぬ、ほんとに人の気も知らないで何をして居るであろう、と云えば、それでもお化粧(しまい)に手間の取れまするが無理はないはず、と云いさしてホホと笑う慣れきった返しの太刀筋。アハハハそれも道理(もっとも)じゃ、今に来たらばよく見てくれ、まあ恐らくここらに類はなかろう、というものだ。おや恐ろしい、何を散財(おご)って下さります、そして親方、というものは御師匠さまですか。いいや。娘さんですか。いいや。後家様。いいや。お婆(ばあ)さんですか。馬鹿を云え可愛そうに。では赤ん坊。こいつめ人をからかうな、ハハハハハ。ホホホホホとくだらなく笑うところへ襖(ふすま)の外から、お伝さんと名を呼んでお連れ様と知らすれば、立ち上って唐紙明けにかかりながらちょっと後ろ向いて人の顔へ異(おつ)に眼をくれ無言で笑うは、お嬉しかろと調戯(からか)って焦(じ)らして底悦喜(そこえっき)さする冗談なれど、源太はかえって心(しん)からおかしく思うとも知らずにお伝はすいと明くれば、のろりと入り来る客は色ある新造(しんぞ)どころか香も艶もなき無骨男、ぼうぼう頭髪(あたま)のごりごり腮髯(ひげ)、面(かお)は汚(よご)れて衣服(きもの)は垢(あか)づき破れたる見るから厭気のぞっとたつほどな様子に、さすがあきれて挨拶(あいさつ)さえどぎまぎせしまま急には出ず。
 源太は笑みを含みながら、さあ十兵衛ここへ来てくれ、関(かま)うことはない大胡坐(おおあぐら)で楽にいてくれ、とおずおずし居るを無理に坐に居(す)え、やがて膳部も具備(そなわ)りし後、さてあらためて飲み干したる酒盃(さかずき)とって源太は擬(さ)し、沈黙(だんまり)で居る十兵衛に対(むか)い、十兵衛、先刻(さっき)に富松(とみまつ)をわざわざ遣(や)ってこんなところに来てもらったは、何でもない、実は仲直りしてもらいたくてだ、どうか汝(きさま)とわっさり飲んで互いの胸を和熟させ、過日(こないだ)の夜の我(おれ)が云うたあの云い過ぎも忘れてもらいたいとおもうからのこと、聞いてくれこういうわけだ、過日の夜は実は我もあまり汝をわからぬ奴と一途(いちず)に思って腹も立った、恥かしいが肝癪(かんしゃく)も起し業(ごう)も沸(にや)し汝の頭を打砕(ぶっか)いてやりたいほどにまでも思うたが、しかし幸福(しあわせ)に源太の頭が悪玉にばかりは乗っ取られず、清吉めが家へ来て酔った揚句に云いちらした無茶苦茶を、ああ了見の小(ちさ)い奴はつまらぬことを理屈らしく恥かしくもなく云うものだと、聞いているさえおかしくて堪(たま)らなさにふとそう思ったその途端、その夜汝の家で陳(なら)べ立って来た我の云い草に気がついて見れば清吉が言葉と似たり寄ったり、ええ間違った一時の腹立ちに捲(ま)き込まれたか残念、源太男が廃(すた)る、意地が立たぬ、上人の蔑視(さげすみ)も恐ろしい、十兵衛が何もかも捨てて辞退するものを斜(はす)に取って逆意地(さかいじ)たてれば大間違い、とは思ってもあまり汝のわからな過ぎるが腹立たしく、四方八方どこからどこまで考えて、ここを推せばそこに襞※(「ころもへん+責」、第3水準1-91-87)(ひずみ)が出る、あすこを立てればここに無理があると、まあ我の知恵分別ありたけ尽して我のためばかり籌(はか)るではなく云うたことを、むげに云い消されたが忌々(いまいま)しくて忌々しくて随分堪忍(がまん)もしかねたが、さていよいよ了見を定(き)めて上人様のお眼にかかり所存を申し上げて見れば、よいよいと仰せられたただの一言に雲霧(もやもや)はもうなくなって、清(すず)しい風が大空を吹いて居るような心持になったわ、昨日(きのう)はまた上人様からわざわざのお招きで、行って見たれば我を御賞美のお言葉数々のその上、いよいよ十兵衛に普請一切申しつけたが蔭(かげ)になって助けてやれ、皆汝(そなた)の善根福種になるのじゃ、十兵衛が手には職人もあるまい、彼(あれ)がいよいよ取りかかる日には何人(いくら)も傭(やと)うその中(うち)に汝が手下の者も交じろう、必ず猜忌邪曲(そねみひがみ)など起さぬようにそれらには汝からよく云い含めてやるがよいとの細かいお諭(さと)し、何から何まで見透しでお慈悲深い上人様のありがたさにつくづく我折って帰って来たが、十兵衛、過日(こないだ)の云い過ごしは堪忍(かに)してくれ、こうした我の心意気がわかってくれたら従来(いままで)通り浄(きよ)く睦(むつ)まじく交際(つきあ)ってもらおう、一切がこう定まって見れば何と思った彼(か)と思ったは皆夢の中の物詮議、後に遺(のこ)して面倒こそあれ益(やく)ないこと、この不忍の池水にさらりと流して我も忘りょう、十兵衛汝(きさま)も忘れてくれ、木材(きしな)の引合い、鳶人足(とび)への渡りなんど、まだ顔を売り込んでいぬ汝にはちょっとしにくかろうが、それらには我の顔も貸そうし手も貸そう、丸丁(まるちょう)、山六(やまろく)、遠州屋(えんしゅうや)、いい問屋(といや)は皆馴染(なじみ)でのうては先方(さき)がこっちを呑んでならねば、万事歯痒(はがゆ)いことのないよう我を自由に出しに使え、め組の頭(かしら)の鋭次(えいじ)というは短気なは汝も知って居るであろうが、骨は黒鉄(くろがね)、性根玉は憚(はばか)りながら火の玉だと平常(ふだん)云うだけ、さてじっくり頼めばぐっと引き受け一寸退(の)かぬ頼もしい男、塔は何より地行(じぎょう)が大事、空風火水の四ツを受ける地盤の固めをあれにさせれば、火の玉鋭次が根性だけでも不動が台座の岩より堅く基礎(いしずえ)しかと据(す)えさすると諸肌(もろはだ)ぬいでしてくるるは必定(ひつじょう)、あれにもやがて紹介(ひきあわ)しょう、もうこうなった暁には源太が望みはただ一ツ、天晴(あっぱ)れ十兵衛汝がよくしでかしさえすりゃそれでよいのじゃ、ただただ塔さえよくできればそれに越した嬉しいことはない、かりそめにも百年千年末世に残って云わば我たちの弟子筋の奴らが眼にも入るものに、へまがあっては悲しかろうではないか、情ないではなかろうか、源太十兵衛時代にはこんなくだらぬ建物に泣いたり笑ったりしたそうなと云われる日には、なあ十兵衛、二人が舎利(しゃり)も魂魄(たましい)も粉灰(こばい)にされて消し飛ばさるるわ、拙(へた)な細工で世に出ぬは恥もかえって少ないが、遺したものを弟子めらに笑わる日には馬鹿親父(おやじ)が息子に異見さるると同じく、親に異見を食う子より何段増して恥かしかろ、生き磔刑(はりつけ)より死んだ後塩漬の上磔刑になるような目にあってはならぬ、初めは我もこれほどに深くも思い寄らなんだが、汝が我の対面(むこう)にたったその意気張りから、十兵衛に塔建てさせ見よ源太に劣りはすまいというか、源太が建てて見せくりょう何十兵衛に劣ろうぞと、腹の底には木を鑚(き)って出した火で観(み)る先の先、我意はなんにもなくなったただよくできてくれさえすれば汝も名誉(ほまれ)我も悦び、今日はこれだけ云いたいばかり、ああ十兵衛その大きな眼を湿(うる)ませて聴(き)いてくれたか嬉しいやい、と磨(みが)いて礪(と)いで礪ぎ出した純粋(きっすい)江戸ッ子粘り気なし、一(ぴん)でなければ六と出る、忿怒(いかり)の裏の温和(やさし)さもあくまで強き源太が言葉に、身動(みじろ)ぎさえせで聞きいし十兵衛、何も云わず畳に食いつき、親方、堪忍(かに)して下され口がきけませぬ、十兵衛には口がきけませぬ、こ、こ、この通り、ああありがとうござりまする、と愚かしくもまた真実(まこと)にただ平伏(ひれふ)して泣きいたり。

 言葉はなくても真情(まこと)は見ゆる十兵衛が挙動(そぶり)に源太は悦び、春風湖(みず)を渡って霞(かすみ)日に蒸すともいうべき温和の景色を面にあらわし、なおもやさしき語気円暢(なだらか)に、こう打ち解けてしもうた上は互いにまずいこともなく、上人様の思召(おぼしめ)しにもかない我たちの一分(いちぶん)も皆立つというもの、ああなんにせよ好い心持、十兵衛汝も過してくれ、我も充分今日こそ酔おう、と云いつつ立って違い棚(だな)に載せて置いたる風呂敷包みとりおろし、結び目といて二束(ふたつかね)にせし書類(かきもの)いだし、十兵衛が前に置き、我にあっては要なき此品(これ)の、一ツは面倒な材木(きしな)の委細(くわ)しい当りを調べたのやら、人足軽子(かるこ)そのほかさまざまの入目を幾晩かかかってようやく調べあげた積り書、また一ツはあすこをどうしてここをこうしてと工夫に工夫した下絵図、腰屋根の地割りだけなもあり、平地(ひらじ)割りだけなのもあり、初重の仕形だけのもあり、二手先または三手先、出し組ばかりなるもあり、雲形波形唐草(からくさ)生類(しょうるい)彫物のみを書きしもあり、何よりかより面倒なる真柱から内法(うちのり)長押(なげし)腰長押切目長押に半長押、縁板(えんいた)縁かつら亀腹柱高欄垂木(たるき)桝(ます)肘木(ひじき)、貫(ぬき)やら角木(すみぎ)の割合算法、墨縄(すみ)の引きよう規尺(かね)の取りよう余さず洩(も)らさず記せしもあり、中には我のせしならで家に秘めたる先祖の遺品(かたみ)、外へは出せぬ絵図もあり、京都(きょう)やら奈良の堂塔を写しとりたるものもあり、これらはみんな汝(きさま)に預くる、見たらば何かの足しにもなろ、と自己(おの)が精神(こころ)を籠(こ)めたるものを惜しげもなしに譲りあたうる、胸の広さの頼もしきを解(げ)せぬというにはあらざれど、のっそりもまた一ト気性、他(ひと)の巾着(きんちゃく)でわが口濡(ぬ)らすようなことは好まず、親方まことにありがとうはござりまするが、御親切は頂戴(いただ)いたも同然、これはそちらにお納めを、と心はさほどになけれども言葉に膠(にべ)のなさ過ぎる返辞をすれば、源太大きに悦ばず。此品(これ)をば汝は要(い)らぬと云うのか、と慍(いか)りを底に匿(かく)して問うに、のっそりそうとは気もつかねば、別段拝借いたしても、と一句うっかり答うる途端、鋭き気性の源太は堪(たま)らず、親切の上親切を尽してわが知恵思案を凝らせし絵図までやらんというものを、むげに返すか慮外なり、何ほど自己(おのれ)が手腕(うで)のよくて他(ひと)の好情(なさけ)を無にするか、そもそも最初に汝(おのれ)めがわが対岸(むこう)へ廻わりし時にも腹は立ちしが、じっと堪(こら)えて争わず、普通大体(なみたいてい)のものならばわが庇蔭(かげ)被(き)たる身をもって一つ仕事に手を入るるか、打ち擲(たた)いても飽かぬ奴と、怒って怒ってどうにもすべきを、可愛(かわゆ)きものにおもえばこそ一言半句の厭味も云わず、ただただ自然の成行きに任せおきしを忘れしか、上人様のお諭しを受けての後も分別に分別渇(か)らしてわざわざ出かけ、汝のために相談をかけてやりしも勝手の意地張り、大体ならぬものとても堪忍(がまん)なるべきところならぬを、よくよく汝をいとしがればぞ踏み耐(こた)えたるとも知らざるか、汝が運のよきのみにて汝が手腕(うで)のよきのみにて汝が心の正直のみにて、上人様より今度の工事(しごと)命(いいつ)けられしと思い居るか、此品(これ)をばやってこの源太が恩がましくでも思うと思うか、乃至(ないし)はもはや慢気の萌(きざ)して頭(てん)からなんのつまらぬものと人の絵図をも易く思うか、取らぬとあるに強いはせじ、あまりといえば人情なき奴、ああありがとうござりますると喜び受けてこの中(うち)の仕様を一所二所(ひととこふたとこ)は用いし上に、あの箇所はお蔭でうもう行きましたと後で挨拶(あいさつ)するほどのことはあっても当然なるに、開(あ)けて見もせず覗(のぞ)きもせず、知れきったると云わぬばかりに愛想も菅(すげ)もなく要らぬとは、汝十兵衛よくも撥(は)ねたの、この源太がした図の中に汝の知ったもののみあろうや、汝(うぬ)らが工風の輪の外に源太が跳(おど)り出ずにあろうか、見るに足らぬとそちで思わば汝(おのれ)が手筋も知れてある、大方高の知れた塔建たぬ前から眼に暎(うつ)って気の毒ながら批難(なん)もある、もう堪忍の緒も断(き)れたり、卑劣(きたな)い返報(かえし)はすまいなれど源太が烈(はげ)しい意趣返報(がえし)は、する時なさでおくべきか、酸くなるほどに今までは口もきいたがもうきかぬ、一旦思い捨つる上は口きくほどの未練ももたぬ、三年なりとも十年なりとも返報(しかえし)するに充分なことのあるまで、物蔭から眼を光らして睨みつめ無言でじっと待っててくりょうと、気性が違えば思わくも一二度ついに三度めで無残至極に齟齬(くいちが)い、いと物静かに言葉を低めて、十兵衛殿、と殿の字を急につけ出し叮嚀(ていねい)に、要らぬという図はしまいましょ、汝(そなた)一人で建つる塔定めて立派にできようが、地震か風のあろう時壊(こわ)るることはあるまいな、と軽くは云えど深く嘲ける語(ことば)に十兵衛も快よからず、のっそりでも恥辱(はじ)は知っております、と底力味ある楔(くさび)を打てば、なかなか見事な一言じゃ、忘れぬように記臆(おぼ)えていようと、釘(くぎ)をさしつつ恐ろしく睥(にら)みて後は物云わず、やがてたちまち立ち上って、ああとんでもないことを忘れた、十兵衛殿ゆるりと遊んでいてくれ、我は帰らねばならぬこと思い出した、と風のごとくにその座を去り、あれという間に推量勘定、幾金(いくら)か遺してふいと出つ、すぐその足で同じ町のある家が閾(しきい)またぐや否、厭だ厭だ、厭だ厭だ、つまらぬくだらぬ馬鹿馬鹿しい、ぐずぐずせずと酒もて来い、蝋燭(ろうそく)いじってそれが食えるか、鈍痴(どじ)め肴(さかな)で酒が飲めるか、小兼(こかね)春吉(はるきち)お房(ふさ)蝶子(ちょうこ)四の五の云わせず掴んで来い、臑(すね)の達者な若い衆頼も、我家(うち)へ行て清、仙、鉄、政、誰でも彼でもすぐに遊びによこすよう、という片手間にぐいぐい仰飲(あお)る間もなく入り来る女どもに、今晩なぞとは手ぬるいぞ、とまっ向から焦躁(じれ)を吹っかけて、飲め、酒は車懸(くるまがか)り、猪口(ちょく)は巴と廻せ廻せ、お房外見(みえ)をするな、春婆大人ぶるな、ええお蝶めそれでも血が循環(めぐ)って居るのか頭上(あたま)に鼬花火(いたちはなび)載せて火をつくるぞ、さあ歌え、じゃんじゃんとやれ、小兼め気持のいい声を出す、あぐり踊るか、かぐりもっと跳(は)ねろ、やあ清吉来たか鉄も来たか、なんでもいい滅茶滅茶に騒げ、我に嬉しいことがあるのだ、無礼講にやれやれ、と大将無法の元気なれば、後れて来たる仙も政も煙(けぶ)に巻かれて浮かれたち、天井抜きょうが根太抜きょうが抜けたら此方(こち)のお手のものと、飛ぶやら舞うやら唸(うな)るやら、潮来出島(いたこでじま)もしおらしからず、甚句に鬨(とき)の声を湧かし、かっぽれに滑(すべ)って転倒(ころ)び、手品(てずま)の太鼓を杯洗で鉄がたたけば、清吉はお房が傍に寝転んで銀釵(かんざし)にお前そのよに酢ばかり飲んでを稽古する馬鹿騒ぎの中で、一了簡あり顔の政が木遣(きやり)を丸めたような声しながら、北に峨々(がが)たる青山(せいざん)をと異(おつ)なことを吐き出す勝手三昧(ざんまい)、やっちゃもっちゃの末は拳(けん)も下卑て、乳房(ちち)の脹(ふく)れた奴が臍の下に紙幕張るほどになれば、さあもうここは切り上げてと源太が一言、それから先はどこへやら。

 蒼※(「顫のへん+鳥」、第3水準1-94-72)(たか)の飛ぶ時よそ視(み)はなさず、鶴なら鶴の一点張りに雲をも穿(うが)ち風にも逆(むか)って目ざす獲物の、咽喉仏(のどぼとけ)把攫(ひっつか)までは合点せざるものなり。十兵衛いよいよ五重塔の工事(しごと)するに定まってより寝ても起きてもそれ三昧(ざんまい)、朝の飯喫(く)うにも心の中では塔を噬(か)み、夜の夢結ぶにも魂魄(たましい)は九輪の頂を繞(めぐ)るほどなれば、まして仕事にかかっては妻あることも忘れ果て児(こ)のあることも忘れ果て、昨日(きのう)の我を念頭に浮べもせず明日(あす)の我を想いもなさず、ただ一ト釿(ちょうな)ふりあげて木を伐(き)るときは満身の力をそれに籠(こ)め、一枚の図をひく時には一心の誠をそれに注ぎ、五尺の身体こそ犬鳴き鶏(とり)歌い権兵衛が家に吉慶(よろこび)あれば木工右衛門(もくえもん)がところに悲哀(かなしみ)ある俗世に在(あ)りもすれ、精神(こころ)は紛たる因縁に奪(と)られで必死とばかり勤め励めば、前(さき)の夜源太に面白からず思われしことの気にかからぬにはあらざれど、日ごろののっそりますます長じて、はやいずくにか風吹きたりしぐらいに自然軽う取り做(な)し、やがてはとんと打ち忘れ、ただただ仕事にのみかかりしは愚かなるだけ情に鈍くて、一条道(ひとすじみち)より外へは駈(か)けぬ老牛(おいうし)の痴に似たりけり。
 金箔(きんぱく)銀箔瑠璃(るり)真珠水精(すいしょう)以上合わせて五宝、丁子(ちょうじ)沈香(じんこう)白膠(はくきょう)薫陸(くんろく)白檀(びゃくだん)以上合わせて五香、そのほか五薬五穀まで備えて大土祖神(おおつちみおやのかみ)埴山彦神(はにやまひこのかみ)埴山媛神(はにやまひめのかみ)あらゆる鎮護の神々を祭る地鎮の式もすみ、地曳(じび)き土取り故障なく、さて竜伏(いしずえ)はその月の生気の方より右旋(みぎめぐ)りに次第据(す)え行き五星を祭り、釿初(ちょうなはじ)めの大礼には鍛冶(かじ)の道をば創(はじ)められし天(あま)の目(ま)一箇(ひとつ)の命(みこと)、番匠の道闢(ひら)かれし手置帆負(ておきほおい)の命(みこと)彦狭知(ひこさち)の命(みこと)より思兼(おもいかね)の命(みこと)天児屋根(あまつこやね)の命(みこと)太玉(ふとだま)の命(みこと)、木の神という句々廼馳(くくのち)の神(かみ)まで七神祭りて、その次の清鉋(きよがんな)の礼も首尾よく済み、東方提頭頼※(「咤−宀」、第3水準1-14-85)持国天王(とうほうたいとらだじごくてんおう)、西方尾※(「口+魯」、第4水準2-4-45)叉広目天王(さいほうびろしゃこうもくてんおう)、南方毘留勒叉増長天(なんぽうびるろしゃぞうちょうてん)、北方毘沙門多聞天王(ほっぽうびしゃもんたもんてんおう)、四天にかたどる四方の柱千年万年動(ゆる)ぐなと祈り定むる柱立式(はしらだて)、天星色星多願(てんせいしきせいたがん)の玉女(ぎょくじょ)三神、貪狼巨門(たんろうきょもん)等北斗の七星を祭りて願う永久安護、順に柱の仮轄(かりくさび)を三ッずつ打って脇司(わきつかさ)に打ち緊(し)めさする十兵衛は、幾干(いくそ)の苦心もここまで運べば垢穢(きたなき)顔(かお)にも光の出るほど喜悦(よろこび)に気の勇み立ち、動きなき下津盤根(しもついわね)の太柱と式にて唱うる古歌さえも、何とはなしにつくづく嬉しく、身を立つる世のためしぞとその下の句を吟ずるにも莞爾(にこにこ)しつつ二たびし、壇に向うて礼拝恭(つつし)み、拍手(かしわで)の音清く響かし一切成就の祓(はらい)を終るここの光景(さま)には引きかえて、源太が家の物淋(ものさび)しさ。
 主人(あるじ)は男の心強く思いを外には現わさねど、お吉は何ほどさばけたりとてさすが女の胸小さく、出入るものに感応寺の塔の地曳きの今日済みたり柱立式昨日済みしと聞くたびごとに忌々(いまいま)しく、嫉妬の火炎(ほむら)衝(つ)き上がりて、汝(おのれ)十兵衛恩知らずめ、良人(うち)の心の広いのをよいことにしてつけ上り、うまうま名を揚げ身を立つるか、よし名の揚(あが)り身の立たばさしずめ礼にも来べきはずを、知らぬ顔して鼻高々とその日その日を送りくさるか、あまりに性質(ひと)のよ過ぎたる良人も良人なら面憎きのっそりめもまたのっそりめと、折にふれては八重縦横に癇癪(かんしゃく)の虫跳(は)ね廻らし、自己(おの)が小鬢(こびん)の後れ毛上げても、ええ焦(じ)れったいと罪のなき髪を掻(か)きむしり、一文貰(もら)いに乞食が来ても甲張り声に酷(むご)く謝絶(ことわ)りなどしけるが、ある日源太が不在(るす)のところへ心易き医者道益(どうえき)という饒舌(おしゃべり)坊主遊びに来たりて、四方八方(よもやま)の話の末、ある人に連れられてこのあいだ蓬莱屋へまいりましたが、お伝という女からききました一分始終、いやどうも此方(こち)の棟梁は違ったもの、えらいもの、男児(おとこ)はそうありたいと感服いたしました、とお世辞半分何の気なしに云い出でし詞(ことば)を、手繰(たぐ)ってその夜の仔細(しさい)をきけば、知らずにいてさえ口惜しきに知っては重々憎き十兵衛、お吉いよいよ腹を立ちぬ。

 清吉汝(そなた)は腑甲斐(ふがい)ない、意地も察しもない男、なぜ私には打ち明けてこないだの夜の始末をば今まで話してくれなかった、私に聞かして気の毒と異(おつ)に遠慮をしたものか、あまりといえば狭隘(けち)な根性、よしや仔細を聴いたとてまさか私が狼狽(うろた)えまわり動転するようなことはせぬに、女と軽(かろ)しめて何事も知らせずにおき隠し立てしておく良人(うちのひと)の了簡はともかくも、汝たちまで私を聾(つんぼ)に盲目(めくら)にして済まして居るとはあまりな仕打ち、また親方の腹の中がみすみす知れていながらに平気の平左で酒に浮かれ、女郎買いの供するばかりが男の能でもあるまいに、長閑気(のんき)でこうして遊びに来るとは、清吉汝(おまえ)もおめでたいの、平生(いつも)は不在(るす)でも飲ませるところだが今日は私は関(かま)えない、海苔(のり)一枚焼いてやるも厭ならくだらぬ世間咄(せけんばな)しの相手するも虫が嫌う、飲みたくば勝手に台所へ行って呑(の)み口ひねりや、談話(はなし)がしたくば猫(ねこ)でも相手にするがよい、と何も知らぬ清吉、道益が帰りし跡へ偶然(ふと)行き合わせてさんざんにお吉が不機嫌を浴びせかけられ、わけもわからず驚きあきれて、へどもどなしつつだんだんと様子を問えば、自己(おのれ)も知らずに今の今までいしことなれど、聞けばなるほどどうあっても堪忍(がまん)のならぬのっそりの憎さ、生命(いのち)と頼むわが親方に重々恩を被(き)た身をもって無遠慮過ぎた十兵衛めが処置振り、あくまで親切真実の親方の顔踏みつけたる憎さも憎しどうしてくりょう。
 ムム親方と十兵衛とは相撲(すもう)にならぬ身分の差(ちが)い、のっそり相手に争っては夜光の璧(たま)を小礫(いしころ)に擲(ぶ)つけるようなものなれば、腹は十分立たれても分別強く堪(こら)えて堪えて、誰にも彼にも欝憤(うっぷん)を洩(も)らさず知らさず居らるるなるべし、ええ親方は情ない、ほかの奴はともかく清吉だけには知らしてもよさそうなものを、親方と十兵衛では此方(こち)が損、我(おれ)とのっそりなら損はない、よし、十兵衛め、ただ置こうやと逸(はや)りきったる鼻先思案。姉御、知らぬ中は是非がない、堪忍(かに)して下され、様子知っては憚(はばか)りながらもう叱られてはおりますまい、この清吉が女郎買いの供するばかりを能の野郎か野郎でないか見ていて下され、さようならば、と後声(しりごえ)烈(はげ)しく云い捨てて格子戸(こうしど)がらり明けっ放し、草履(ぞうり)もはかず後も見ず風より疾(はや)く駆け去れば、お吉今さら気遣(きづか)わしくつづいて追っかけ呼びとむる二タ声三声、四声めにははや影さえも見えずなったり。

 材(き)を釿(はつ)る斧(よき)の音、板削る鉋(かんな)の音、孔(あな)を鑿(ほ)るやら釘(くぎ)打つやら丁々かちかち響き忙(せわ)しく、木片(こっぱ)は飛んで疾風に木の葉の翻(ひるが)えるがごとく、鋸屑(おがくず)舞って晴天に雪の降る感応寺境内普請場の景況(ありさま)賑(にぎ)やかに、紺の腹掛け頸筋(くびすじ)に喰い込むようなをかけて小胯(こまた)の切り上がった股引(ももひき)いなせに、つっかけ草履の勇み姿、さも怜悧(りこう)げに働くもあり、汚(よご)れ手拭(てぬぐい)肩にして日当りのよき場所に蹲踞(しゃが)み、悠々然と鑿(のみ)を※(「石+刑」、第3水準1-89-2)(と)ぐ衣服(なり)の垢穢(きたな)き爺(じじ)もあり、道具捜しにまごつく小童(わっぱ)、しきりに木を挽(ひ)く日傭取り、人さまざまの骨折り気遣い、汗かき息張るその中に、総棟梁ののっそり十兵衛、皆の仕事を監督(みまわ)りかたがた、墨壺墨さし矩尺(かね)もって胸三寸にある切組を実物にする指図命令(いいつけ)。こう截(き)れああ穿(ほ)れ、ここをどうしてどうやってそこにこれだけ勾配(こうばい)もたせよ、孕(はら)みが何寸凹(くぼ)みが何分と口でも知らせ墨縄(なわ)でも云わせ、面倒なるは板片(いたきれ)に矩尺の仕様を書いても示し、鵜(う)の目鷹(たか)の目油断なく必死となりてみずから励み、今しも一人の若佼(わかもの)に彫物の画を描きやらんと余念もなしにいしところへ、野猪(いのしし)よりもなお疾く塵土(ほこり)を蹴立てて飛び来し清吉。
 忿怒(ふんど)の面火玉のごとくし逆釣ったる目を一段視開(みひら)き、畜生、のっそり、くたばれ、と大喝すれば十兵衛驚き、振り向く途端にまっ向より岩も裂けよと打ち下すは、ぎらぎらするまで※(「石+刑」、第3水準1-89-2)ぎ澄ませし釿(ちょうな)を縦にその柄にすげたる大工に取っての刀なれば、何かは堪(たま)らん避くる間足らず左の耳を殺(そ)ぎ落され肩先少し切り割(さ)かれしが、し損じたりとまた踏ん込んで打つを逃げつつ、抛(な)げつくる釘箱才槌(さいづち)墨壺矩尺(かねざし)、利器(えもの)のなさに防ぐ術(すべ)なく、身を翻えして退(の)く機(はずみ)に足を突っ込む道具箱、ぐざと踏み貫(ぬ)く五寸釘、思わず転ぶを得たりやと笠(かさ)にかかって清吉が振り冠(かぶ)ったる釿の刃先に夕日の光の閃(きら)りと宿って空に知られぬ電光(いなずま)の、疾(と)しや遅しやその時この時、背面(うしろ)の方に乳虎一声、馬鹿め、と叫ぶ男あって二間丸太に論もなく両臑(もろずね)脆(もろ)く薙(な)ぎ倒せば、倒れてますます怒る清吉、たちまち勃然(むっく)と起きんとする襟元(えりもと)把(と)って、やい我(おれ)だわ、血迷うなこの馬鹿め、と何の苦もなく釿もぎ取り捨てながら上からぬっと出す顔は、八方睨(にら)みの大眼(おおまなこ)、一文字口怒り鼻、渦巻(うずまき)縮れの両鬢(りょうびん)は不動を欺(あざむ)くばかりの相形(そうぎょう)。
 やあ火の玉の親分か、わけがある、打捨(うっちゃ)っておいてくれ、と力を限り払い除(の)けんと※(「足へん+宛」、第3水準1-92-36)(もが)き焦燥(あせ)るを、栄螺(さざえ)のごとき拳固(げんこ)で鎮圧(しず)め、ええ、じたばたすれば拳(は)り殺すぞ、馬鹿め。親分、情ない、ここをここを放してくれ。馬鹿め。ええ分らねえ、親分、あいつを活(い)かしてはおかれねえのだ。馬鹿野郎め、べそをかくのか、おとなしくしなければまだ打(ぶ)つぞ。親分酷(ひど)い。馬鹿め、やかましいわ、拳り殺すぞ。あんまり分らねえ、親分。馬鹿め、それ打つぞ。親分。馬鹿め。放して。馬鹿め。親分。馬鹿め。放して。馬鹿め。親。馬鹿め。放。馬鹿め。お。馬鹿め馬鹿め馬鹿め馬鹿め、醜態(ざま)を見ろ、おとなしくなったろう、野郎我の家へ来い、やいどうした、野郎、やあこいつは死んだな、つまらなく弱い奴だな、やあい、どいつか来い、肝心の時は逃げ出して今ごろ十兵衛が周囲(まわり)に蟻(あり)のように群(たか)って何の役に立つ、馬鹿ども、こっちには亡者(もうじゃ)ができかかって居るのだ、鈍遅(どじ)め、水でも汲んで来て打っ注(か)けてやれい、落ちた耳を拾って居る奴があるものか、白痴(たわけ)め、汲んで来たか、関(かま)うことはない、一時に手桶(ておけ)の水みんな面へ打つけろ、こんな野郎は脆く生きるものだ、それ占めた、清吉ッ、しっかりしろ、意地のねえ、どれどれこいつは我が背負って行ってやろう、十兵衛が肩の疵(きず)は浅かろうな、むむ、よしよし、馬鹿どもさようなら。

 源太居るかとはいり来たる鋭次を、お吉立ち上って、おお親分さま、まあまあ此方(こち)へと誘(いざな)えば、ずっと通って火鉢の前に無遠慮の大胡坐(おおあぐら)かき、汲んで出さるる桜湯を半分ばかり飲み干してお吉の顔を視、面色(いろ)が悪いがどうかしたか、源太はどこぞへ行ったのか、定めしもう聴いたであろうが清吉めがつまらぬことをしでかしての、それゆえちょっと話があって来たが、むむそうか、もう十兵衛がところへ行ったと、ハハハ、敏捷(すばや)い敏捷い、さすがに源太だわ、我(おれ)の思案より先に身体がとっくに動いて居るなぞは頼もしい、なあにお吉心配することはない、十兵衛と御上人様に源太が謝罪(わび)をしてな、自分の示しが足らなかったで手下(て)の奴がとんだ心得違いをしました。幾重(いくえ)にも勘弁して下されと三ツ四ツ頭を下げれば済んでしまうことだわ、案じ過しはいらぬもの、それでも先方(さき)がぐずぐずいえば正面(まとも)に源太が喧嘩を買って破裂(ばれ)の始末をつければよいさ、薄々聴いた噂では十兵衛も耳朶(みみたぶ)の一ツや半分斫(き)り奪(と)られても恨まれぬはず、随分清吉の軽躁行為(おっちょこちょい)もちょいとおかしないい洒落か知れぬ、ハハハ、しかし憫然(かわいそ)に我の拳固を大分食(くら)ってうんうん苦しがって居るばかりか、十兵衛を殺した後はどう始末が着くと我に云われてようやく悟ったかして、ああ悪かった、逸(はや)り過ぎた間違ったことをした、親方に頭を下げさするようなことをしたかああ済まないと、自分の身体(みうち)の痛いのより後悔にぼろぼろ涙をこぼしている愍然(ふびん)さは、なんと可愛い奴ではないか、のうお吉、源太は酷(むご)く清吉を叱って叱って十兵衛がとこへ謝罪(あやまり)に行けとまで云うか知らぬが、それは表向きの義理なりゃ是非はないが、ここは汝(おまえ)の儲(もう)け役、あいつをどうか、なあそれ、よしか、そこは源太を抱き寝するほどのお吉様にわからぬことはない寸法か、アハハハハ、源太がいないで話も要(い)らぬ、どれ帰ろうかい御馳走は預けておこう、用があったらいつでもおいで、とぼつぼつ語って帰りし後、思えば済まぬことばかり。女の浅き心から分別もなく清吉に毒づきしが、逸りきったる若き男の間違いし出して可憫(あわれ)や清吉は自己(おのれ)の世を狭(せば)め、わが身は大切(だいじ)の所天(おっと)をまで憎うてならぬのっそりに謝罪らするようなり行きしは、時の拍子の出来事ながらつまりはわが口より出し過失(あやまち)、兎せん角せん何とすべきと、火鉢の縁(ふち)に凭(もた)する肘(ひじ)のついがっくりと滑(すべ)るまで、我を忘れて思案に思案凝らせしが、思い定めて、おおそうじゃと、立って箪笥(たんす)の大抽匣(おおひきだし)、明けて麝香(じゃこう)の気(か)とともに投げ出し取り出すたしなみの、帯はそもそも此家(ここ)へ来し嬉し恥かし恐ろしのその時締めし、ええそれよ。ねだって買ってもろうたる博多に繻子(しゅす)に未練もなし、三枚重ねに忍ばるる往時(むかし)は罪のない夢なり、今は苦労の山繭縞(やままゆじま)、ひらりと飛ばす飛八丈(とびはちじょう)このごろ好みし毛万筋、千筋(ちすじ)百筋(ももすじ)気は乱るとも夫おもうはただ一筋、ただ一筋の唐七糸帯(からしゅっちん)は、お屋敷奉公せし叔母が紀念(かたみ)と大切(だいじ)に秘蔵(ひめ)たれど何か厭(いと)わん手放すを、と何やらかやらありたけ出して婢(おんな)に包ませ、夫の帰らぬそのうちと櫛笄(くしこうがい)も手ばしこく小箱に纏(まと)めて、さてそれを無残や余所(よそ)の蔵(くら)に籠(こも)らせ、幾らかの金懐中(ふところ)に浅黄の頭巾小提灯(こぢょうちん)、闇夜(やみよ)も恐れず鋭次が家に。

 池の端の行き違いより翻然(からり)と変りし源太が腹の底、初めは可愛(かわゆ)う思いしも今は小癪(こしゃく)に障(さわ)ってならぬその十兵衛に、頭(かしら)を下げ両手をついて謝罪(あやま)らねばならぬ忌々(いまいま)しさ。さりとて打ち捨ておかば清吉の乱暴も我(わ)が命令(いいつ)けてさせしかのよう疑がわれて、何も知らぬ身に心地快(よ)からぬ濡衣(ぬれぎぬ)被(き)せられんことの口惜しく、たださえおもしろからぬこのごろよけいな魔がさして下らぬ心労(こころづか)いを、馬鹿馬鹿しき清吉めが挙動(ふるまい)のためにせねばならぬ苦々しさにますます心平穏(おだやか)ならねど、処弁(さば)く道の処弁(さば)かで済むべきわけもなければ、これも皆自然に湧きしこと、なんとも是非なしと諦めて厭々ながら十兵衛が家音問(おとず)れ、不慮の難をば訪い慰め、かつは清吉を戒むること足らざりしを謝(わ)び、のっそり夫婦が様子を視(み)るに十兵衛は例の無言三昧、お浪は女の物やさしく、幸い傷も肩のは浅く大したことではござりませねばどうぞお案じ下されますな、わざわざお見舞い下されては実(まこと)に恐れ入りまする、と如才なく口はきけど言葉遣いのあらたまりて、自然(おのず)とどこかに稜角(かど)あるは問わずと知れし胸の中(うち)、もしや源太が清吉に内々含めてさせしかと疑い居るに極まったり。
 ええ業腹(ごうはら)な、十兵衛も大方我をそう視て居るべし、とく時機(とき)の来よこの源太が返報(しかえし)仕様を見せてくれん、清吉ごとき卑劣(けち)な野郎のしたことに何似るべきか、釿(ちょうな)で片耳殺(そ)ぎ取るごときくだらぬことを我(わ)がしょうや、わが腹立ちは木片(こっぱ)の火のぱっと燃え立ちすぐ消ゆる、堪(こら)えも意地もなきようなることでは済まさじ承知せじ、今日の変事は今日の変事、わが癇癪はわが癇癪、まるで別なり関係(かかりあい)なし、源太がしようは知るとき知れ悟らする時悟らせくれんと、裏(うち)にいよいよ不平は懐(いだ)けど露塵(つゆちり)ほども外には出さず、義理の挨拶(あいさつ)見事に済ましてすぐその足を感応寺に向け、上人のお目通り願い、一応自己(おのれ)が隷属(みうち)の者の不埒(ふらち)をお謝罪(わび)し、わが家に帰りて、いざこれよりは鋭次に会い、その時清を押えくれたる礼をも演(の)べつその時の景状(ようす)をも聞きつ、また一ツにはさんざん清を罵(ののし)り叱って以後(こののち)わが家に出入り無用と云いつけくれんと立ち出でかけ、お吉のいぬを不審してどこへと問えば、どちらへかちょと行て来るとてお出でになりました、と何食わぬ顔で婢(おんな)の答え、口禁(くちど)めされてなりとは知らねば、おおそうか、よしよし、我(おれ)は火の玉の兄きがところへ遊びに行たとお吉帰らば云うておけ、と草履(ぞうり)つっかけ出合いがしら、胡麻竹(ごまだけ)の杖(つえ)とぼとぼと焼痕(やけこげ)のある提灯(ちょうちん)片手、老いの歩みの見る目笑止にへの字なりして此方(こち)へ来る婆(ばば)。おお清の母親(おふくろ)ではないか。あ、親方様でしたか、

 ああ好いところでお眼にかかりましたがどちらへかお出かけでござりまするか、と忙(せわ)しげに老婆(ばば)が問うに源太軽(かろ)く会釈して、まあよいわ、遠慮せずと此方(こち)へはいりゃれ、わざわざ夜道を拾うて来たは何ぞ急の用か、聴いてあげよう、と立ち戻れば、ハイハイ、ありがとうござります、お出かけのところを済みません、御免下さいまし、ハイハイ、と云いながら後に随(つ)いて格子戸くぐり、寒かったろうによう出て来たの、あいにくお吉もいないで関(かま)うこともできぬが、縮こまっていずとずっと前へ進(で)て火にでもあたるがよい、と親切に云うてくるる源太が言葉にいよいよ身を堅くして縮こまり、お構い下さいましては恐れ入りまする、ハイハイ、懐炉を入れておりますればこれで恰好(かっこう)でござりまする、と意久地なく落ちかかる水涕(みずばな)を洲の立った半天の袖で拭(ふ)きながらはるか下って入口近きところに蹲(うずく)まり、何やら云い出したそうな素振り、源太早くも大方察して老婆(としより)の心の中さぞかしと気の毒さ堪(たま)らず、よけいなことし出(いだ)して我に肝煎(きもい)らせし清吉のお先走りを罵(ののし)り懲らして、当分出入りならぬ由云いに鋭次がところへ行かんとせし矢先であれど、視ればわが子を除いては阿弥陀(あみだ)様よりほかに親しい者もなかるべきか弱き婆のあわれにて、我(われ)清吉を突き放さば身は腰弱弓の弦(つる)に断(き)れられし心地して、在るに甲斐なき生命(いのち)ながらえんに張りもなく的もなくなり、どれほどか悲しみ歎いて多くもあらぬ余生を愚痴の涙(なんだ)の時雨(しぐれ)に暮らし、晴れ晴れとした気持のする日もなくて終ることならんと、思いやれば思いやるだけ憫然(ふびん)さの増し、煙草捻(ひね)ってつい居るに、婆(ばば)は少しくにじり出で、夜分まいりましてまことに済みませんが、あの少しお願い申したいわけのござりまして、ハイハイ、もう御存知でもござりましょうがあの清吉めがとんだことをいたしましたそうで、ハイハイ、鉄五郎様から大概は聞きましたが、平常(ふだん)からして気の逸(はや)い奴(やつ)で、じきに打(ぶ)つの斫(き)るのと騒ぎましてそのたびにひやひやさせまする、お蔭(かげ)さまで一人前にはなっておりましてもまだ児童(がき)のような真一酷(まいっこく)、悪いことや曲ったことは決してしませぬが取り上(のぼ)せては分別のなくなる困った奴(やっこ)で、ハイハイ、悪気は夢さらない奴(やつ)でござります、ハイハイそれは御存知で、ハイありがとうござります、どういう筋で喧嘩をいたしましたか知りませぬが大それた手斧(ちょうな)なんぞを振り舞わしましたそうで、そうききました時は私が手斧で斫られたような心持がいたしました、め組の親分とやらが幸い抱き留めて下されましたとか、まあせめてもでござります、相手が死にでもしましたら彼(あれ)めは下手人、わたくしは彼を亡くして生きて居る瀬はござりませぬ、ハイありがとうござります、彼めが幼少(ちいさい)ときはひどい虫持で苦労をさせられましたも大抵ではござりませぬ、ようやく中山の鬼子母神様の御利益(ごりやく)で満足には育ちましたが、癒(なお)りましたら七歳(ななつ)までにお庭の土を踏ませましょうと申しておきながら、ついなにかにかまけてお礼参りもいたさせなかったその御罰か、丈夫にはなりましたがあの通りの無鉄砲、毎々お世話をかけまする、今日も今日とて鉄五郎様がこれこれと掻(か)い摘(つま)んで話されました時の私のびっくり、刃物を準備(ようい)までしてと聞いた時には、ええまたかと思わずどっきり胸も裂けそうになりました、め組の親分様とかが預かって下されたとあれば安心のようなものの、清めは怪我はいたしませぬかと聞けば鉄様の曖昧(あいまい)な返辞、別条はない案じるなと云わるるだけになお案ぜられ、その親分の家を尋ぬれば、そこへ汝(おまえ)が行ったがよいか行かぬがよいか我(おれ)には分らぬ、ともかくも親方様のところへ伺って見ろと云いっ放しで帰ってしまわれ、なおなお胸がしくしく痛んでいても起っても居られませねば、留守を隣家(となり)の傘張りに頼んでようやく参りました、どうかめ組の親分とやらの家を教えて下さいまし、ハイハイすぐにまいりまするつもりで、どんな態(ざま)しておりまするか、もしやかえって大怪我などして居るのではござりますまいか、よいものならば早う逢(あ)って安堵(あんど)しとうござりまするし喧嘩の模様も聞きとうござりまする、大丈夫曲ったことはよもやいたすまいと思うておりまするが若い者のこと、ひょっと筋の違った意趣ででもしたわけなら、相手の十兵衛様にまずこの婆が一生懸命で謝罪り、婆はたといどうされても惜しくない老耄(おいぼれ)、生先(おいさき)の長い彼めが人様に恨まれるようなことのないようにせねばなりませぬ、とおろおろ涙になっての話し。始終を知らで一ト筋にわが子をおもう老いの繰言、この返答には源太こまりぬ。

 八五郎そこに居るか、誰か来たようだ明けてやれ、と云われて、なんだ不思議な、女らしいぞと口の中(うち)で独語(つぶやき)ながら、誰だ女嫌いの親分のところへ今ごろ来るのは、さあはいりな、とがらりと戸を引き退(の)くれば、八ッさんお世話、と軽い挨拶、提灯吹き滅(け)して頭巾を脱ぎにかかるは、この盆にもこの正月にも心付けしてくれたお吉と気がついて八五郎めんくらい、素肌に一枚どてらの袵(まえ)広がって鼠色(ねずみ)になりしふんどしの見ゆるを急に押し隠しなどしつ、親分、なんの、あの、なんの姉御だ、と忙(せわ)しく奥へ声をかくるに、なんの尽しで分る江戸ッ児。おおそうか、お吉来たの、よく来た、まあそこらの塵埃(ごみ)のなさそうなところへ坐ってくれ、油虫が這(は)って行くから用心しな、野郎ばかりの家は不潔(きたない)のが粧飾(みえ)だから仕方がない、我(おれ)も汝(おまえ)のような好い嚊(かか)でも持ったら清潔(きれい)にしようよ、アハハハと笑えばお吉も笑いながら、そうしたらまた不潔不潔と厳しくお叱(いじ)めなさるか知れぬ、と互いに二ツ三ツ冗話(むだばな)しして後、お吉少しく改まり、清吉は眠(ね)ておりまするか、どういう様子か見てもやりたし、心にかかれば参りました、と云えば鋭次も打ち頷(うなず)き、清は今がたすやすや睡(ね)ついて起きそうにもない容態じゃが、疵(きず)というて別にあるでもなし頭の顱骨(さら)を打ち破(わ)ったわけでもなければ、整骨医師(ほねつぎいしゃ)の先刻(さっき)云うには、ひどく逆上したところを滅茶滅茶に撲(う)たれたため一時は気絶までもしたれ、保証(うけあい)大したことはない由、見たくばちょっと覗(のぞ)いて見よ、と先に立って導く後につき行くお吉、三畳ばかりの部屋の中に一切夢で眠り居る清吉を見るに、顔も頭も膨(は)れ上りて、このように撲(う)ってなしたる鋭次の酷(むご)さが恨めしきまで可憫(あわれ)なる態(さま)なれど、済んだことの是非もなく、座に戻って鋭次に対(むか)い、我夫(うち)では必ず清吉がよけいな手出しに腹を立ち、お上人様やら十兵衛への義理をかねて酷く叱るか出入りを禁(と)むるか何とかするでござりましょうが、元はといえば清吉が自分の意恨でしたではなし、つまりは此方(こち)のことのため、筋の違った腹立ちをついむらむらとしたのみなれば、妾(わたし)はどうも我夫のするばかりを見て居るわけには行かず、ことさら少しわけあって妾がどうとかしてやらねばこの胸の済まぬ仕誼(しぎ)もあり、それやこれやをいろいろと案じた末に浮んだは一年か半年ほど清吉に此地(こち)退(の)かすること、人の噂も遠のいて我夫の機嫌も治(なお)ったら取り成しようは幾らもあり、まずそれまでは上方あたりに遊んで居るようしてやりたく、路用の金も調(こしら)えて来ましたれば少しなれどもお預け申しまする、どうぞよろしく云い含めて清吉めに与(や)って下さりませ、我夫はあの通り表裏のない人、腹の底にはどう思っても必ず辛く清吉に一旦あたるに違いなく、未練げなしに叱りましょうが、その時何と清吉がたとい云うても取り上げぬは知れたこと、傍から妾が口を出しても義理は義理なりゃしようはなし、さりとて欲でしでかした咎(とが)でもないに男一人の寄りつく島もないようにして知らぬ顔ではどうしても妾が居られませぬ、彼(あれ)が一人の母のことは彼さえいねば我夫にも話して扶助(たすく)るに厭は云わせまじく、また厭というような分らぬことを云いもしますまいなれば掛念(けねん)はなけれど、妾が今夜来たことやら蔭(かげ)で清をばいたわることは、我夫へは当分秘密(ないしょ)にして。わかった、えらい、もう用はなかろう、お帰りお帰り、源太が大抵来るかも知れぬ、撞見(でっくわ)しては拙(まず)かろう、と愛想はなけれど真実はある言葉に、お吉嬉(うれ)しく頼みおきて帰れば、その後へ引きちがえて来る源太、はたして清吉に、出入りを禁(と)むる師弟の縁断(き)るとの言い渡し。鋭次は笑って黙り、清吉は泣いて詫びしが、その夜源太の帰りしあと、清吉鋭次にまた泣かせられて、狗(いぬ)になっても我ゃ姉御夫婦の門辺は去らぬと唸(うな)りける。
 四五日過ぎて清吉は八五郎に送られ、箱根の温泉(いでゆ)を志して江戸を出でしが、それよりたどる東海道いたるは京か大阪の、夢はいつでも東都(あずま)なるべし。

 十兵衛傷を負うて帰ったる翌朝、平生(いつも)のごとく夙(と)く起き出づればお浪驚いて急にとどめ、まあ滅相な、ゆるりと臥(やす)んでおいでなされおいでなされ、今日は取りわけ朝風の冷たいに破傷風にでもなったら何となさる、どうか臥んでいて下され、お湯ももうじき沸きましょうほどに含嗽手水(うがいちょうず)もそこで妾がさせてあげましょう、と破れ土竈(べっつい)にかけたる羽虧(はか)け釜(がま)の下焚(た)きつけながら気を揉(も)んで云えど、一向平気の十兵衛笑って、病人あしらいにされるまでのことはない、手拭だけを絞ってもらえば顔も一人で洗うたが好い気持じゃ、と箍(たが)の緩(ゆる)みし小盥(こだらい)にみずから水を汲み取りて、別段悩める容態(ようす)もなく平日(ふだん)のごとく振舞えば、お浪は呆(あき)れかつ案ずるに、のっそり少しも頓着(とんじゃく)せず朝食(あさめし)終(しも)うて立ち上り、いきなり衣物を脱ぎ捨てて股引(ももひき)腹掛け着けにかかるを、とんでもないことどこへ行かるる、何ほど仕事の大事じゃとて昨日の今日は疵口の合いもすまいし痛みも去るまじ、じっとしていよ身体を使うな、仔細はなけれど治癒(なお)るまでは万般(よろず)要慎(つつしみ)第一と云われたお医者様の言葉さえあるに、無理圧(お)しして感応寺に行かるる心か、強過ぎる、たとい行ったとて働きはなるまじ、行かいでも誰が咎(とが)みょう、行かで済まぬと思わるるなら妾がちょと一ト走り、お上人様のお目にかかって三日四日の養生を直々(じきじき)に願うて来ましょ、お慈悲深いお上人様の御承知なされぬ気遣いない、かならず大切(だいじ)にせい軽挙(かるはずみ)すなとおっしゃるは知れたこと、さあ此衣(これ)を着て家に引っ籠(こ)み、せめて疵口(くち)のすっかり密着(くっつ)くまで沈静(おちつ)いていて下され、とひたすらとどめ宥(なだ)め慰め、脱ぎしをとってまた被(き)すれば、よけいな世話を焼かずとよし、腹掛け着せい、これは要らぬ、と利く右の手にて撥(は)ね退くる。まあそう云わずと家にいて、とまた打ち被する、撥ね退くる、男は意気地女は情(じょう)、言葉あらそい果てしなければさすがにのっそり少し怒って、わけの分らぬ女の分で邪魔立てするか忌々(いまいま)しい奴、よしよし頼まぬ一人で着る、高の知れたる蚯蚓膨(みみずば)れに一日なりとも仕事を休んで職人どもの上(かみ)に立てるか、汝(うぬ)はちっとも知るまいがの、この十兵衛はおろかしくて馬鹿と常々云わるる身ゆえに職人どもが軽う見て、眼の前ではわが指揮(さしず)に従い働くようなれど、蔭では勝手に怠惰(なまけ)るやら譏(そし)るやらさんざんに茶にしていて、表面(うわべ)こそ粧(つくろ)え誰一人真実仕事をよくしょうという意気組持ってしてくるるものはないわ、ええ情ない、どうかして虚飾(みえ)でなしに骨を折ってもらいたい、仕事に膏(あぶら)を乗せてもらいたいと、諭(さと)せば頭は下げながら横向いて鼻で笑われ、叱れば口に謝罪(あやま)られて顔色(かおつき)に怒られ、つくづく我(が)折って下手に出ればすぐと増長さるる口惜しさ悲しさ辛さ、毎日毎日棟梁棟梁と大勢に立てられるは立派でよけれど腹の中では泣きたいようなことばかり、いっそ穴鑿(あなほ)りで引っ使われたほうが苦しゅうないと思うくらい、その中でどうかこうか此日(ここ)まで運ばして来たに今日休んでは大事の躓(つまず)き、胸が痛いから早帰りします、頭痛がするで遅くなりましたと皆(みんな)に怠惰(なまけ)られるは必定(ひつじょう)、その時自分が休んで居れば何と一言云いようなく、仕事が雨垂(あまだ)れ拍子になってできべきものも仕損(しそこな)う道理、万が一にも仕損じてはお上人様源太親方に十兵衛の顔が向けらりょうか、これ、生きても塔ができねばな、この十兵衛は死んだ同然、死んでも業(わざ)をし遂げれば汝が夫(おやじ)は生きて居るわい、二寸三寸の手斧傷(ちょうなきず)に臥(ね)て居られるか居られぬか、破傷風が怖(おそ)ろしいか仕事のできぬが怖ろしいか、よしや片腕奪(と)られたとて一切成就の暁までは駕籠(かご)に乗っても行かではいぬ、ましてやこれしきの蚯蚓膨(みみずば)れに、と云いつつお浪が手中より奪いとったる腹掛けに、左の手を通さんとして顰(しか)むる顔、見るに女房の争えず、争いまけて傷をいたわり、ついに半天股引まで着せて出しける心の中、何とも口には云いがたかるべし。
 十兵衛よもや来はせじと思い合うたる職人ども、ちらりほらりと辰の刻ころより来て見てびっくりする途端、精出してくるる嬉しいぞ、との一言を十兵衛から受けて皆冷汗をかきけるが、これより一同(みなみな)励み勤め昨日に変る身のこなし、一をきいては三まで働き、二と云われしには四まで動けば、のっそり片腕の用を欠いてかえって多くの腕を得つ日々(にちにち)工事(しごと)捗取(はかど)り、肩疵治るころには大抵塔もできあがりぬ。

 時は一月の末つ方、のっそり十兵衛が辛苦経営むなしからで、感応寺生雲塔いよいよものの見事に出来上り、だんだん足場を取り除けば次第次第に露(あら)わるる一階一階また一階、五重巍然(ぎぜん)と聳(そび)えしさま、金剛力士が魔軍を睥睨(にら)んで十六丈の姿を現じ坤軸(こんじく)動(ゆる)がす足ぶみして巌上(いわお)に突っ立ちたるごとく、天晴(あっぱ)れ立派に建ったるかな、あら快よき細工振りかな、希有(けう)じゃ未曽有(みぞう)じゃまたあるまじと為右衛門より門番までも、初手のっそりを軽(かろ)しめたることは忘れて讃歎すれば、円道はじめ一山(いっさん)の僧徒も躍(おど)りあがって歓喜(よろこ)び、これでこそ感応寺の五重塔なれ、あら嬉しや、我らが頼む師は当世に肩を比すべき人もなく、八宗九宗の碩徳(せきとく)たち虎豹鶴鷺(こひょうかくろ)と勝(す)ぐれたまえる中にも絶類抜群にて、譬(たと)えば獅子王(ししおう)孔雀王(くじゃくおう)、我らが頼むこの寺の塔も絶類抜群にて、奈良や京都はいざ知らず上野浅草芝山内、江戸にて此塔(これ)に勝(まさ)るものなし、ことさら塵土に埋もれて光も放たず終るべかりし男を拾いあげられて、心の宝珠(たま)の輝きを世に発出(いだ)されし師の美徳、困苦に撓(たゆ)まず知己に酬(むく)いてついにし遂げし十兵衛が頼もしさ、おもしろくまた美わしき奇因縁なり妙因縁なり、天のなせしか人のなせしかはたまた諸天善神の蔭(かげ)にて操りたまいしか、屋(おく)を造るに巧妙(たくみ)なりし達膩伽尊者(たにかそんじゃ)の噂はあれど世尊(せそん)在世の御時にもかく快きことありしをいまだきかねば漢土(から)にもきかず、いで落成の式あらば我偈(げ)を作らん文を作らん、我歌をよみ詩を作(な)して頌(しょう)せん讃せん詠ぜん記せんと、おのおの互いに語り合いしは欲のみならぬ人間(ひと)の情の、やさしくもまた殊勝なるに引き替えて、測りがたきは天の心、円道為右衛門二人が計らいとしていと盛んなる落成式執行(しゅうぎょう)の日もほぼ定まり、その日は貴賤男女の見物をゆるし貧者に剰(あま)れる金を施し、十兵衛その他を犒(ねぎ)らい賞する一方には、また伎楽(ぎがく)を奏して世に珍しき塔供養あるべきはずに支度とりどりなりし最中、夜半の鐘の音の曇って平日(つね)には似つかず耳にきたなく聞えしがそもそも、漸々(ぜんぜん)あやしき風吹き出して、眠れる児童(こども)も我知らず夜具踏み脱ぐほど時候生暖かくなるにつれ、雨戸のがたつく響き烈(はげ)しくなりまさり、闇に揉(も)まるる松柏の梢(こずえ)に天魔の号(さけ)びものすごくも、人の心の平和を奪え平和を奪え、浮世の栄華に誇れる奴らの胆(きも)を破れや睡(ねむ)りを攪(みだ)せや、愚物の胸に血の濤(なみ)打たせよ、偽物の面の紅き色奪(と)れ、斧(おの)持てる者斧を揮(ふる)え、矛(ほこ)もてるもの矛を揮え、汝(なんじ)らが鋭(と)き剣(つるぎ)は餓(う)えたり汝ら剣に食をあたえよ、人の膏血(あぶら)はよき食なり汝ら剣にあくまで喰わせよ、あくまで人の膏膩(あぶら)を餌(か)えと、号令きびしく発するや否、猛風一陣どっと起って、斧をもつ夜叉(やしゃ)矛もてる夜叉餓えたる剣もてる夜叉、皆一斉に暴(あ)れ出しぬ。

 長夜の夢を覚まされて江戸四里四方の老若男女、悪風来たりと驚き騒ぎ、雨戸の横柄子(よこざる)しっかと※(「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2-13-28)(さ)せ、辛張り棒を強く張れと家々ごとに狼狽(うろた)ゆるを、可愍(あわれ)とも見ぬ飛天夜叉王、怒号の声音(こわね)たけだけしく、汝ら人を憚(はばか)るな、汝ら人間(ひと)に憚られよ、人間は我らを軽(かろ)んじたり、久しく我らを賤(いや)しみたり、我らに捧(ささ)ぐべきはずの定めの牲(にえ)を忘れたり、這(は)う代りとして立って行く狗(いぬ)、驕奢(おごり)の塒巣(ねぐら)作れる禽(とり)、尻尾なき猿、物言う蛇、露誠実(まこと)なき狐の子、汚穢(けがれ)を知らざる豕(いのこ)の女(め)、彼らに長く侮られてついにいつまで忍び得ん、我らを長く侮らせて彼らをいつまで誇らすべき、忍ぶべきだけ忍びたり誇らすべきだけ誇らしたり、六十四年はすでに過ぎたり、我らを縛せし機運の鉄鎖、我らを囚(とら)えし慈忍の岩窟(いわや)はわが神力にてちぎり棄(す)てたり崩潰(くずれ)さしたり、汝ら暴(あ)れよ今こそ暴れよ、何十年の恨みの毒気を彼らに返せ一時に返せ、彼らが驕慢(ほこり)の気の臭さを鉄囲山外(てついさんげ)に攫(つか)んで捨てよ、彼らの頭(こうべ)を地につかしめよ、無慈悲の斧の刃味のよさを彼らが胸に試みよ、惨酷(ざんこく)の矛、瞋恚(しんい)の剣の刃糞(はくそ)と彼らをなしくれよ、彼らが喉(のんど)に氷を与えて苦寒に怖れ顫(わなな)かしめよ、彼らが胆に針を与えて秘密の痛みに堪えざらしめよ、彼らが眼前(めさき)に彼らが生(な)したる多数(おおく)の奢侈(しゃし)の子孫を殺して、玩物(がんぶつ)の念を嗟歎(さたん)の灰の河に埋めよ、彼らは蚕児(かいこ)の家を奪いぬ汝ら彼らの家を奪えや、彼らは蚕児の知恵を笑いぬ汝ら彼らの知恵を讃せよ、すべて彼らの巧みとおもえる知恵を讃せよ、大とおもえる意(こころ)を讃せよ、美わしとみずからおもえる情を讃せよ、協(かな)えりとなす理を讃せよ、剛(つよ)しとなせる力を讃せよ、すべては我らの矛の餌(え)なれば、剣の餌なれば斧の餌なれば、讃して後に利器(えもの)に餌(か)い、よき餌をつくりし彼らを笑え、嬲(なぶ)らるるだけ彼らを嬲れ、急に屠(ほふ)るな嬲り殺せ、活(い)かしながらに一枚一枚皮を剥(は)ぎ取れ、肉を剥ぎとれ、彼らが心臓(しん)を鞠(まり)として蹴よ、枳棘(からたち)をもて背を鞭(う)てよ、歎息の呼吸(いき)涙の水、動悸(どうき)の血の音悲鳴の声、それらをすべて人間より取れ、残忍のほか快楽(けらく)なし、酷烈ならずば汝ら疾(と)く死ね、暴れよ進めよ、無法に住して放逸無慚(むざん)無理無体に暴れ立て暴れ立て進め進め、神とも戦え仏をも擲(たた)け、道理を壊(やぶ)って壊りすてなば天下は我らがものなるぞと、叱※(「口+它」、第3水準1-14-88)(しった)するたび土石を飛ばして丑(うし)の刻より寅(とら)の刻、卯(う)となり辰(たつ)となるまでもちっとも止まず励ましたつれば、数万(すまん)の眷属(けんぞく)勇みをなし、水を渡るは波を蹴かえし、陸(おか)を走るは沙(すな)を蹴かえし、天地を塵埃(ほこり)に黄ばまして日の光をもほとほと掩(おお)い、斧を揮って数寄者が手入れ怠りなき松を冷笑(あざわら)いつつほっきと斫(き)るあり、矛を舞わして板屋根にたちまち穴を穿(うが)つもあり、ゆさゆさゆさと怪力もてさも堅固なる家を動かし橋を揺がすものもあり。手ぬるし手ぬるし酷(むご)さが足らぬ、我に続けと憤怒(ふんぬ)の牙噛み鳴らしつつ夜叉王の躍(おど)り上って焦躁(いらだ)てば、虚空(こくう)に充(み)ち満ちたる眷属、おたけび鋭くおめき叫んで遮(しゃ)に無に暴威を揮うほどに、神前寺内に立てる樹も富家(ふうか)の庭に養(か)われし樹も、声振り絞って泣き悲しみ、見る見る大地の髪の毛は恐怖に一々竪立(じゅりつ)なし、柳は倒れ竹は割るる折しも、黒雲空に流れて樫(かし)の実よりも大きなる雨ばらりばらりと降り出せば、得たりとますます暴るる夜叉、垣(かき)を引き捨て塀(へい)を蹴倒し、門をも破(こわ)し屋根をもめくり軒端(のきば)の瓦(かわら)を踏み砕き、ただ一ト揉みに屑屋(くずや)を飛ばし二タ揉み揉んでは二階を捻(ね)じ取り、三たび揉んでは某寺(なにがしでら)をものの見事に潰(ついや)し崩(くず)し、どうどうどっと鬨(とき)をあぐるそのたびごとに心を冷やし胸を騒がす人々の、あれに気づかいこれに案ずる笑止の様を見ては喜び、居所さえもなくされて悲しむものを見ては喜び、いよいよ図に乗り狼藉(ろうぜき)のあらん限りを逞(たくま)しゅうすれば、八百八町百万の人みな生ける心地せず顔色さらにあらばこそ。
 中にもわけて驚きしは円道為右衛門、せっかくわずかに出来上りし五重塔は揉まれ揉まれて九輪は動(ゆら)ぎ、頂上の宝珠は空に得読めぬ字を書き、岩をも転ばすべき風の突っかけ来たり、楯をも貫くべき雨のぶつかり来るたび撓(たわ)む姿、木の軋(きし)る音、復(もど)る姿(さま)、また撓む姿、軋る音、今にも傾覆(くつがえ)らんず様子に、あれあれ危し仕様はなきか、傾覆られては大事なり、止むる術(すべ)もなきことか、雨さえ加わり来たりし上周囲(まわり)に樹木もあらざれば、未曽有の風に基礎(どだい)狭くて丈のみ高きこの塔の堪(こら)えんことのおぼつかなし、本堂さえもこれほどに動けば塔はいかばかりぞ、風を止むる呪文はきかぬか、かく恐ろしき大暴風雨(おおあらし)に見舞いに来べき源太は見えぬか、まだ新しき出入りなりとて重々来ではかなわざる十兵衛見えぬか寛怠(かんたい)なり、他(ひと)さえかほど気づかうに己(おの)がせし塔気にかけぬか、あれあれ危しまた撓んだわ、誰か十兵衛招(よ)びに行け、といえども天に瓦飛び板飛び、地上に砂利の舞う中を行かんというものなく、ようやく賞美の金に飽かして掃除人の七蔵爺(しちぞうじじ)を出しやりぬ。

 耄碌頭巾(もうろくずきん)に首をつつみてその上に雨を凌(しの)がん準備(ようい)の竹の皮笠引き被(かぶ)り、鳶子合羽(とんびがっぱ)に胴締めして手ごろの杖持ち、恐怖(こわごわ)ながら烈風強雨の中を駈(か)け抜けたる七蔵爺(おやじ)、ようやく十兵衛が家にいたれば、これはまた酷(むご)いこと、屋根半分はもうとうに風に奪(と)られて見るさえ気の毒な親子三人の有様、隅の方にかたまり合うて天井より落ち来る点滴(しずく)の飛沫(しぶき)を古筵(ふるござ)でわずかに避(よ)け居る始末に、さてものっそりは気に働らきのない男と呆れ果てつつ、これ棟梁殿、この暴風雨(あらし)にそうして居られては済むまい、瓦が飛ぶ樹が折れる、戸外(おもて)はまるで戦争(いくさ)のような騒ぎの中に、汝(おまえ)の建てられたあの塔はどうあろうと思わるる、丈は高し周囲(まわり)に物はなし基礎(どだい)は狭し、どの方角から吹く風をも正面(まとも)に受けて揺れるわ揺れるわ、旗竿(はたざお)ほどに撓んではきちきちと材(き)の軋(きし)る音の物凄(ものすご)さ、今にも倒れるか壊(こわ)れるかと、円道様も為右衛門様も胆を冷やしたり縮ましたりして気が気ではなく心配して居らるるに、一体ならば迎いなど受けずともこの天変を知らず顔では済まぬ汝(おまえ)が出ても来ぬとはあんまりな大勇、汝のお蔭で険難(けんのん)な使いをいいつかり、忌々(いまいま)しいこの瘤(こぶ)を見てくれ、笠は吹き攫(さら)われるずぶ濡(ぬ)れにはなる、おまけに木片(きぎれ)が飛んで来て額にぶつかりくさったぞ、いい面の皮とは我(おれ)がこと、さあさあ一所に来てくれ来てくれ、為右衛門様円道様が連れて来いとの御命令(おいいつけ)だわ、ええびっくりした、雨戸が飛んで行(い)てしもうたのか、これだもの塔が堪るものか、話しする間にももう倒れたか折れたか知れぬ、ぐずぐずせずと身支度せい、はやくはやくと急(せ)り立つれば、傍から女房も心配げに、出て行かるるなら途中が危険(あぶな)い、腐ってもあの火事頭巾、あれを出しましょ冠(かぶ)っておいでなされ、何が飛んで来るか知れたものではなし、外見(みえ)よりは身が大切(だいじ)、いくら襤褸(ぼろ)でも仕方ない刺子絆纏(ばんてん)も上に被(き)ておいでなされ、と戸棚がたがた明けにかかるを、十兵衛不興げの眼でじっと見ながら、ああ構うてくれずともよい、出ては行かぬわ、風が吹いたとて騒ぐには及ばぬ、七蔵殿御苦労でござりましたが塔は大丈夫倒れませぬ、なんのこれほどの暴風雨で倒れたり折れたりするような脆(もろ)いものではござりませねば、十兵衛が出かけてまいるにも及びませぬ、円道様にも為右衛門様にもそう云うて下され、大丈夫、大丈夫でござります、と泰然(おちつき)はらって身動きもせず答うれば、七蔵少し膨(ふく)れ面(つら)して、まあともかくも我と一緒に来てくれ、来て見るがよい、あの塔のゆさゆさきちきちと動くさまを、ここにいて目に見ねばこそ威張って居らるれ、御開帳の幟(のぼり)のように頭を振って居るさまを見られたらなんぼ十兵衛殿寛濶(おうよう)な気性でも、お気の毒ながら魂魄(たましい)がふわりふわりとならるるであろう、蔭で強いのが役にはたたぬ、さあさあ一所に来たり来たり、それまた吹くわ、ああ恐ろしい、なかなか止みそうにもない風の景色、円道様も為右衛門様も定めし肝を煎(い)っておらるるじゃろ、さっさと頭巾なり絆纏なり冠るとも被(き)るともして出かけさっしゃれ、とやり返す。大丈夫でござりまする、御安心なさってお帰り、と突っぱねる。その安心がそう手易(たやす)くはできぬわい、とうるさく云う。大丈夫でござりまする、と同じことをいう。末には七蔵焦(じ)れこんで、なんでもかでも来いというたら来い、我の言葉とおもうたら違うぞ円道様為右衛門様の御命令(おいいつけ)じゃ、と語気あらくなれば十兵衛も少し勃然(むっ)として、我(わし)は円道様為右衛門様から五重塔建ていとは命令(いいつ)かりませぬ、お上人様は定めし風が吹いたからとて十兵衛よべとはおっしゃりますまい、そのような情ないことを云うては下さりますまい、もしもお上人様までが塔危(あぶな)いぞ十兵衛呼べと云わるるようにならば、十兵衛一期の大事、死ぬか生きるかの瀬門(せと)に乗っかかる時、天命を覚悟して駈けつけましょうなれど、お上人様が一言半句十兵衛の細工をお疑いなさらぬ以上は何心配のこともなし、余の人たちが何を云わりょうと、紙を材(き)にして仕事もせず魔術(てずま)も手抜きもしていぬ十兵衛、天気のよい日と同じことに雨の降る日も風の夜も楽々としておりまする、暴風雨が怖(こわ)いものでもなければ地震が怖うもござりませぬと円道様にいうて下され、と愛想なく云い切るにぞ、七蔵仕方なく風雨の中を駈け抜けて感応寺に帰りつき円道為右衛門にこのよし云えば、さてもその場に臨んでの知恵のない奴め、なぜその時に上人様が十兵衛来いとの仰せじゃとは云わぬ、あれあれあの揺るる態(さま)を見よ、汝(きさま)までがのっそりに同化(かぶ)れて寛怠過ぎた了見じゃ、是非はない、も一度行って上人様のお言葉じゃと欺誑(たばか)り、文句いわせず連れて来い、と円道に烈しく叱られ、忌々(いまいま)しさに独語(つぶや)きつつ七蔵ふたたび寺門を出でぬ。

 さあ十兵衛、今度は是非に来よ四の五のは云わせぬ、上人様のお召しじゃぞ、と七蔵爺(じじ)いきりきって門口から我鳴(がな)れば、十兵衛聞くより身を起して、なにあの、上人様のお召しなさるとか、七蔵殿それは真実(まこと)でござりまするか、ああなさけない、何ほど風の強ければとて頼みきったる上人様までが、この十兵衛の一心かけて建てたものを脆(もろ)くも破壊(こわ)るるかのように思し召されたか口惜しい、世界に我を慈悲の眼で見て下さるるただ一つの神とも仏ともおもうていた上人様にも、真底からはわが手腕(うで)たしかと思われざりしか、つくづく頼もしげなき世間、もう十兵衛の生き甲斐なし、たまたま当時に双(なら)びなき尊(たっと)き智識に知られしを、これ一生の面目とおもうて空(あだ)に悦(よろこ)びしも真にはかなきしばしの夢、嵐(あらし)の風のそよと吹けば丹誠凝らせしあの塔も倒れやせんと疑わるるとは、ええ腹の立つ、泣きたいような、それほど我(おれ)は腑(ふ)のない奴(やつ)か、恥をも知らぬ奴(やっこ)と見ゆるか、自己(おのれ)がしたる仕事が恥辱(はじ)を受けてものめのめ面(つら)押し拭(ぬぐ)うて自己は生きて居るような男と我は見らるるか、たとえばあの塔倒れた時生きていようか生きたかろうか、ええ口惜しい、腹の立つ、お浪、それほど我が鄙(さも)しかろうか、あゝあゝ生命(いのち)ももういらぬ、わが身体にも愛想の尽きた、この世の中から見放された十兵衛は生きて居るだけ恥辱をかく苦悩(くるしみ)を受ける、ええいっそのこと塔も倒れよ暴風雨もこの上烈しくなれ、少しなりともあの塔に損じのできてくれよかし、空吹く風も地(つち)打つ雨も人間(ひと)ほど我には情(つれ)なからねば、塔破壊(こわ)されても倒されても悦びこそせめ恨みはせじ、板一枚の吹きめくられ釘(くぎ)一本の抜かるるとも、味気なき世に未練はもたねばものの見事に死んで退(の)けて、十兵衛という愚魯漢(ばかもの)は自己が業の粗漏(てぬかり)より恥辱を受けても、生命惜しさに生存(いきながら)えて居るような鄙劣(けち)な奴(やつ)ではなかりしか、かかる心をもっていしかと責めては後にて弔(とむら)われん、一度はどうせ捨つる身の捨て処よし捨て時よし、仏寺を汚すは恐れあれどわが建てしもの壊(こわ)れしならばその場を一歩立ち去り得べきや、諸仏菩薩もお許しあれ、生雲塔の頂上(てっぺん)より直ちに飛んで身を捨てん、投ぐる五尺の皮嚢(かわぶくろ)は潰(やぶ)れて醜かるべきも、きたなきものを盛ってはおらず、あわれ男児(おとこ)の醇粋(いっぽんぎ)、清浄(しょうじょう)の血を流さんなれば愍然(ふびん)ともこそ照覧あれと、おもいしことやら思わざりしや十兵衛自身も半分知らで、夢路をいつの間にかたどりし、七蔵にさえどこでか分れて、ここは、おお、それ、その塔なり。
 上りつめたる第五層の戸を押し明けて今しもぬっと十兵衛半身あらわせば、礫(こいし)を投ぐるがごとき暴雨の眼も明けさせず面を打ち、一ツ残りし耳までもちぎらんばかりに猛風の呼吸(いき)さえさせず吹きかくるに、思わず一足退きしが屈せず奮(ふる)って立ち出でつ、欄を握(つか)んできっと睥(にら)めば天(そら)は五月(さつき)の闇(やみ)より黒く、ただ囂々(ごうごう)たる風の音のみ宇宙に充(み)ちて物騒がしく、さしも堅固の塔なれど虚空に高く聳(そび)えたれば、どうどうどっと風の来るたびゆらめき動きて、荒浪の上に揉(も)まるる棚(たな)なし小舟(おぶね)のあわや傾覆(くつがえ)らん風情、さすが覚悟を極めたりしもまた今さらにおもわれて、一期の大事死生の岐路(ちまた)と八万四千の身の毛よだたせ牙咬(か)みしめて眼(まなこ)を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)(みは)り、いざその時はと手にして来し六分鑿(ろくぶのみ)の柄忘るるばかり引っ握んでぞ、天命を静かに待つとも知るや知らずや、風雨いとわず塔の周囲(めぐり)を幾たびとなく徘徊(はいかい)する、怪しの男一人ありけり。

 去る日の暴風雨(あらし)は我ら生まれてから以来(このかた)第一の騒ぎなりしと、常は何事に逢うても二十年前三十年前にありし例(ためし)をひき出して古きを大げさに、新しきをわけもなく云い消す気質(かたぎ)の老人(としより)さえ、真底我(が)折(お)って噂し合えば、まして天変地異をおもしろずくで談話(はなし)の種子(たね)にするようの剽軽(ひょうきん)な若い人は分別もなく、後腹の疾(や)まぬを幸い、どこの火の見が壊れたりかしこの二階が吹き飛ばされたりと、他(ひと)の憂い災難をわが茶受けとし、醜態(ざま)を見よ馬鹿欲から芝居の金主して何某(なにがし)め痛い目に逢うたるなるべし、さても笑止あの小屋の潰(つぶ)れ方はよ、また日ごろより小面憎かりし横町の生花の宗匠が二階、お神楽(かぐら)だけのことはありしも気味(きび)よし、それよりは江戸で一二といわるる大寺の脆く倒れたも仔細こそあれ、実は檀徒(だんと)から多分の寄附金集めながら役僧の私曲(わたくし)、受負師の手品、そこにはそこのありし由、察するに本堂のあの太い柱も桶(おけ)でがなあったろうなんどとさまざまの沙汰に及びけるが、いずれも感応寺生雲塔の釘一本ゆるまず板一枚剥(は)がれざりしには舌を巻きて讃歎し、いや彼塔(あれ)を作った十兵衛というはなんとえらいものではござらぬか、あの塔倒れたら生きてはいぬ覚悟であったそうな、すでのことに鑿(のみ)啣(ふく)んで十六間真逆(まさか)しまに飛ぶところ、欄干(てすり)をこう踏み、風雨を睨(にら)んであれほどの大揉(おおも)めの中にじっと構えていたというが、その一念でも破壊(こわ)るまい、風の神も大方血眼(ちまなこ)で睨まれては遠慮が出たであろうか、甚五郎(じんごろう)このかたの名人じゃ真の棟梁じゃ、浅草のも芝のもそれぞれ損じのあったに一寸一分歪(ゆが)みもせず退(ず)りもせぬとはよう造ったことの。いやそれについて話しのある、その十兵衛という男の親分がまた滅法えらいもので、もしもちとなり破壊れでもしたら同職(なかま)の恥辱(はじ)知合いの面汚し、汝(うぬ)はそれでも生きて居らりょうかと、とても再び鉄槌(かなづち)も手斧(ちょうな)も握ることのできぬほど引っ叱(しか)って、武士で云わば詰腹同様の目に逢わしょうと、ぐるぐるぐる大雨を浴びながら塔の周囲(まわり)を巡っていたそうな。いやいや、それは間違い、親分ではない商売上敵(しょうばいがたき)じゃそうな、と我れ知り顔に語り伝えぬ。
 暴風雨のために準備(したく)狂いし落成式もいよいよ済みし日、上人わざわざ源太を召(よ)びたまいて十兵衛とともに塔に上られ、心あって雛僧(こぞう)に持たせられしお筆に墨汁(すみ)したたか含ませ、我この塔に銘じて得させん、十兵衛も見よ源太も見よと宣(のたま)いつつ、江都の住人十兵衛これを造り川越源太郎これを成す、年月日とぞ筆太に記(しる)しおわられ、満面に笑みを湛(たた)えて振り顧(かえ)りたまえば、両人ともに言葉なくただ平伏(ひれふ)して拝謝(おが)みけるが、それより宝塔長(とこしな)えに天に聳(そび)えて、西より瞻(み)れば飛檐(ひえん)ある時素月を吐き、東より望めば勾欄(こうらん)夕べに紅日を呑んで、百有余年の今になるまで、譚(はなし)は活(い)きて遺(のこ)りける。
了

底本:「日本の文学 1 坪内逍遙 二葉亭四迷 幸田露伴」中央公論社
   1970(昭和45)年1月5日初版発行
初出:「国会新聞」
   1891(明治24)年11月〜1892(明治25)年4月
※このファイルには、以下の青空文庫のテキストを、上記底本にそって修正し、組み入れました。
「五重塔 新字旧仮名」(入力:kompass、校正:浅原庸子)
入力:佐野良二
校正:川山隆
2009年9月11日作成
2013年3月31日修正
青空文庫作成ファイル:
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