昔(むかし)浅草(あさくさ)の駒形(こまかた)に半田屋長兵衛(はんだやちやうべゑ)といふ茶器(ちやき)の鑑定家(めきゝ)がございました。其頃(そのころ)諸侯方(しよこうがた)へ召(め)され、長兵衛(ちやうべゑ)が此位(このくらゐ)の値打(ねうち)が有るといふ時は、直(ぢき)に其(そ)の代物(しろもの)を見ずに長兵衛(ちやうべゑ)が申(まう)しただけにお買上(かひあげ)になつたと云(い)ふし、此人(このひと)は大人(たいじん)でございますから、大概(たいがい)な処(とこ)から呼びに来(き)ても頓(とん)と参(まゐ)りません。家(うち)には変(へん)な奉公人(ほうこうにん)を置きまして、馬鹿(ばか)な者を愛して楽しんでゐるといふ極(ごく)無慾(むよく)な人でございました。長「何(なに)を、往(い)かねえよ、何(なん)だと。女房「でもお手紙が参(まゐ)りましたよ。長「何処(どこ)から。女房「萬屋(よろづや)五左衛門(ざゑもん)さんから。長「ムウン又(また)迎(むか)ひか、どうも度々(たび/″\)招待状(せうたいじやう)をつけられて困るなア、先方(むかう)は此頃(このごろ)茶(ちや)を始(はじ)めたてえが、金持(かねもち)ゆゑ極(ごく)我儘(わがまゝ)な茶で、種々(いろ/\)道具(だうぐ)を飾(かざ)り散(ちら)かして有(あ)るのを、皆(みん)なが胡麻(ごま)アするてえ事を聞いたが、己(おら)ア然(さ)ういふ事をするのが厭(いや)だから断(ことわ)つてくんなせえ。女房「だつて貴方(あなた)、度々(たび/″\)の事ですから一度(ど)往(い)らつしやいな、余(あんま)り勿体(もつたい)を附(つ)けるやうに思はれるといけませんよ。長「茶も何(なに)もやつた事のねえ奴(やつ)が、変(へん)に捻(ひね)つたことを云(い)つたり、不茶人(ふちやじん)が偽物(にせもの)を飾(かざ)つて置くのを見て、これは贋(にせ)でございますとも謂(い)へんから、あゝ結構(けつこう)なお道具(だうぐ)だと誉(ほ)めなければならん、それが厭(いや)だから己(おれ)の代(かは)りに彼(あ)の弥吉(やきち)の馬鹿野郎(ばかやらう)を遣(や)つて、一度(ど)でこり/\するやうにしてやらう。女房「お止(よ)し遊ばせよ、あなたは彼(あれ)を怜悧(りこう)と思召(おぼしめ)して目を掛(か)けていらツしやいますが、今朝(けさ)も合羽屋(かつぱや)の乳母(おんば)さんが店でお坊(ばう)さんを遊ばして居(ゐ)る傍(そば)で、弥吉(やきち)が自分の踵(かゝと)の皮を剥(む)いて喰(た)べさせたりして、お気の毒な、子供衆(こどもしゆ)だもんですから、何(なに)も知らずむしや/\喰(た)べて居(ゐ)ましたが、本当に汚(きたな)い事をするぢやア有(あ)りませんか、それに此頃(このごろ)では生意気(なまいき)になつて、大人(おとな)に腹を立たせますよ。長「いや、馬鹿(ばか)と鋏(はさみ)は使ひやうだ、お前(まへ)は嫌(きら)ひだが、己(おれ)は嗜(すき)だ……弥吉(やきち)や何処(どこ)へ往(い)つた、弥吉(やきち)イ。弥「えゝー。長「フヽヽ返事が面白(おもしろ)いな……さ此方(こつち)へ来(こ)い。弥「えゝー。長「何(なん)だ大きな体躯(なり)をして立つてる奴(やつ)が有(あ)るか、坐(すわ)んなよ。弥「用が有るなら直(ぢき)に往(い)つて来(く)るにやア立つてる方(はう)が早(はえ)えや。長「馬鹿(ばか)だな、苟且(かり)にも主人(しゆじん)が呼んだら、何(なに)か御用(ごよう)でも有(あ)りますかと手を突いて云(い)ふもんだ、チヨツ(舌打(したう)ち)大きな体躯(なり)で、汚(きたね)え手の垢(あか)を手の掌(ひら)でぐる/\揉(も)んで出せば何(ど)の位(くらゐ)の手柄(てがら)になる、物(もの)を積(つも)つて考へて見ろ、それに此頃(このごろ)は生意気(なまいき)になつて大分(だいぶ)大人(おとな)にからかふてえが、宜(よ)くないぞ、源蔵(げんぞう)見(み)たやうな堅(かた)い人を怒(おこ)らせるぢやアねえぞ。弥「なに彼(あ)の人(ひと)はね疝気(せんき)が起(おこ)つていけないツてえから、私(わたし)がアノそれは薬を飲んだつて無益(むだ)でございます、仰向(あふむ)けに寐(ね)て、脇差(わきざし)の小柄(こづか)を腹(はら)の上に乗(のつ)けてお置きなさいと云(い)つたんで。長「ムヽウ禁厭(まじなひ)かい。弥「疝気(せんき)の小柄(こづか)ツ腹(ぱら)(千住(じゆ)の小塚原(こづかつぱら))と云(い)つたら怒(おこ)りやアがつた、跡(あと)から芳蔵(よしざう)の娘(むすめ)が労症(らうしやう)だてえから、南瓜(たうなす)の胡麻汁(ごまじる)を喰(く)へつてえました。長「何(なん)だい、それは。弥「おや/\労症(らうしやう)南瓜(かぼちや)の胡麻汁(ごまじる)つて。長「馬鹿(ばか)な事を云(い)ふな、手前(てめえ)は江戸(えど)ツ子(こ)ぢやアねえぞ、十一の時(とき)三州(しう)西尾(にしを)の在(ざい)から親父(おやぢ)が手を引いて家(うち)へ連(つ)れて来(き)て、何卒(どうぞ)置いてくれと頼(たの)まれる時、己(おれ)が鼠(ねづみ)半切(はんぎれ)へ狂歌(きやうか)を書いて遣(や)つたツけ、ムヽウ何(なん)とか云つたよ、えゝ「西尾(にしを)から東(ひがし)を差(さ)して来(き)た[#「来た」の左に「北」の注記]小僧(こぞう)皆身(みなみ)[#「皆身」の左に「南」の注記]の為(ため)に年季奉公(ねんきぼうこう)と、東西南北(とうざいなんぼく)で書いて遣(や)ると、お前(まへ)の親父(おやぢ)がそれを国(くに)へ持つて往(い)つて表装(へうさう)を加へ、掛物(かけもの)にして古(ふる)びが附(つ)き時代が附(つ)きますによつて、忰(せがれ)も成人(せいじん)致(いた)しませう、そればかりが楽しみでございます、何分(なにぶん)どうかお世話を願ひますと、親はそれ程(ほど)に思つてゐるのに、親の心子知らずと云(い)ふはお前のことだ。大きな体躯(なり)をして居(ゐ)ながら、道具(だうぐ)は些(ちつ)とも覚(おぼ)えやアしねえ、親の恩を忘れちやア済(す)まんぞ。弥「アハヽヽ親玉(おやだま)ア。長「何(なん)だ、人が意見を云(い)つてるのに誉(ほめ)る奴(やつ)が有(あ)るか、困るなア、もう十八だぜ貴様(きさま)も。弥「然(さ)う/\来年は十九だ。長「其様(そん)なことは云(い)はなくつても宜(よ)い、就(つい)ては今(いま)萬屋(よろづや)から手紙が来(き)たんだ、先方(むかう)で己(おれ)の顔を知らんから、お前(まへ)己(おれ)の積(つもり)で代(だい)に往(い)け。弥「へえゝ……代(だい)てえのは……。長「己(おれ)の代(かは)りに往(い)くんだ。弥「ハヽヽそれぢやア私(わたし)が此(こ)の身上(しんしやう)を貰(もら)ふのだ。女房「御覧(ごらん)なさい、馬鹿(ばか)でも慾張(よくば)つて居(ゐ)ますよ。長「黙(だま)つてゐな、己(おら)ア馬鹿(ばか)が好(すき)だ……其儘(そのまゝ)却(かへ)つて綿服(めんぷく)で往(ゆ)け、先方(むかう)へ往(ゆ)くと寄附(よりつ)きへ通(とほ)すか、それとも広間(ひろま)へ通(とほ)すか知らんが、鍋島(なべしま)か唐物(からもの)か何(なに)か敷(し)いて有(あ)るだらう、囲(かこ)ひへ通(とほ)る、草履(ざうり)が出て居(ゐ)やう、露地(ろぢ)は打水(うちみづ)か何(なに)かして有(あ)らう、先方(せんぱう)も茶人(ちやじん)だから客は他(ほか)になければお前(まへ)一人だから広間(ひろま)へ通(とほ)すかも知れねえが、お前(まへ)は辞儀(じぎ)が下手(へた)で誠に困る、両手をちごはごに突(つ)いてはいけねえよ、手の先(さき)と天窓(あたま)の先(さき)を揃(そろ)へ、胴(どう)を詰(つ)めて閑雅(しとやか)に辞儀(じぎ)をして、かね/″\お招(まね)きに預(あづ)かりました半田屋(はんだや)の長兵衛(ちやうべゑ)と申(まう)す者で、至(いた)つて未熟(みじゆく)もの、此後(こののち)ともお見知(みし)り置(お)かれて御懇意(ごこんい)に願ひますと云(い)ふと、先(まづ)此方(こちら)へと、鑑定(めきゝ)をして貰(もら)ふ積(つも)りで、自慢(じまん)の掛物(かけもの)は松花堂(しやうくわだう)の醋吸(すすひ)三聖(せい)を見せるだらう、宜(よ)い掛物(かけもの)だ、箱書(はこがき)は小堀(こぼり)権(ごん)十郎(らう)で、仕立(したて)が慥(たし)か宜(よ)かつたよ、天地(てんち)が唐物緞子(からものどんす)、中(なか)が白茶地(しらちやぢ)の古金襴(こきんらん)で。弥「へえー……何(なに)を。長「松花堂(しようくわだう)の三教(けう)醋吸(すすひ)の図(づ)で、風袋(ふうたい)一文字(もんじ)が紫印金(むらさきいんきん)だ、よく見て覚(おぼ)えて置け。弥「へえー紫色(むらさきいろ)のいんきんだえ、あれは癢(かゆ)くつていけねえもんだ。長「何(なん)だ其様(そん)な尾籠(びろう)なことを云(い)つちやアなりませんよ、結構(けつこう)な御軸(おぢく)でございますと云(い)ふんだ、出して見せるか掛(か)けて見せるか知らんけれども掛(か)けて有(あ)つたら先(ま)づ辞儀(じぎ)をして、一応(おう)拝見(はいけん)して、誠にどうもお仕立(したて)と申(まう)し、お落着(おちつき)のある流石(さすが)は松花堂(しようくわだう)はまた別でございます、あゝ結構(けつこう)な御品(おしな)で、斯様(かやう)なお道具(だうぐ)を拝見(はいけん)致(いた)すのは私共(わたくしども)の眼(め)の修業(しゆげふ)に相成(あひな)りますと云(い)つて、身(み)を卑下(ひげ)するんだ。弥「ひげするんなら、角(かど)の髪結床(かみゆひどこ)へ往(い)きやア直(ぢき)だ。長「髯(ひげ)を剃(する)んではない、吾身(わがみ)を卑(いや)しめるんだ、然(さ)うすると先方(むかう)では惚込(ほれこ)んだと思ふから、お引取(ひきとり)値段(ねだん)をと来(く)る、其時(そのとき)買冠(かひかぶ)りをしないやうに、其(そ)の掛物(かけもの)へ瑾(きず)を附(つ)けるんだ。弥「へえ、それは造作(ざふさ)もねえ、破(やぶ)くか。長「破(やぶ)く奴(やつ)が有(あ)るか、知れねえやうに瑾(きず)を附(つ)けるのが道具商(だうぐや)の秘事(ひじ)だよ。弥「フヽヽ「ヒヂ」は道具商(だうぐや)より畳職(たゝみや)の方(はう)がつよいで。長「黙(だま)つて人の云(い)ふことを聞け、醋吸(すすひ)の三聖(せい)は結構(けつこう)でございます、なれども些(ち)と御祝儀(ごしゆうぎ)の席には向きませんかと存(ぞん)じます、孔子(こうし)に老子(らうし)、釈迦(しやか)は仏(ぶつ)だからお祝(いは)ひの席には掛(か)けられませんと、買つてくれと云(い)はれないやうに瑾(きず)を見出(みいだ)して、惜(をし)い事(こと)には何(ど)うも些(ち)と軸(ぢく)ににゆうが有(あ)りますと云(い)つてにゆうなぞを見出(みいだ)さなくツちやアいかねえ。弥「へえー……「にゆう」てえのは坊(ばう)さまかい。長「何故(なぜ)え。弥「づくにゆうでございますツて。長「然(さ)うぢやアねえ、軸(ぢく)に「にゆう」が有(あ)りますと云(い)ふのだ。弥「へえー。長「にゆうを知らんか、道具商(だうぐや)の御飯(おまんま)を喰(く)つてゝ「にゆう」を知らん奴(やつ)もねえもんだ。弥「アハヽヽ何(なん)の事(こつ)た。長「瑾(きず)が出来(でき)たと云(い)つては余(あんま)り素人染(しらうとじみ)るから、瑾(きず)を「にゆう」と云(い)ふが道具商(どうぐや)の通言(あたりまへ)だ。弥「へえ、始(はじ)めて聞いた。長「何(ど)うかすると、お客さまに腰(こし)の物(もの)を出されるかも知れねえ、然(さ)うしたら私(わたくし)は小道具(こだうぐ)の方(はう)とは違ひますゆゑ刀剣(たうけん)の類(るゐ)は流違(りうちが)ひでございますから心得(こゝろえ)ませんが、拝見(はいけん)だけ仰(おほ)せ付(つ)けられて下(くだ)さいましと云(い)つて、先(まづ)頭(かしら)から先(さき)へ眼(め)を附(つ)け、それから縁(ふち)を見て、目貫(めぬき)から何(ど)うも誠にお差(さし)ごろに、定(さだ)めし御中身(おなかみ)は結構(けつこう)な事でございませう、当季(たうき)斯(か)やうな物(もの)は誠に少なくなりましたがと云(い)つて、服紗(ふくさ)を刀柄(つか)へ巻(ま)いて抜(ぬ)くんだよ、先方(むかう)へ刃(は)を向(む)けないやうに、此方(こちら)へ刃(は)を向けて鋩子先(ばうしさき)まで出(で)た処でチヨンと鞘(さや)に収(をさ)め、誠に結構(けつこう)なお品(しな)でございますと、誉(ほ)めながら瑾(きず)を附(つ)けるんだ、惜(を)しい事には揚物(あげもの)でございますつて。弥「へえ天麩羅(てんぷら)かい。長「解(わか)らんのう、長(なが)い刀(み)を揚(あ)げて短くしたのを揚身(あげみ)といふ。弥「矢張(やつぱり)あなごなぞは長いのを二つに切りますよ。長「喰(くら)ひ意地(いぢ)が張(は)つてるな、鑑定(めきゝ)が済(す)むと是(これ)からお茶を立てるんで御広間(おひろま)へ釜(かま)が掛(かゝ)つて居(ゐ)る、お前(めえ)にも二三度(ど)教へた事も有(あ)つたが、何時(いつ)も飲(の)むやうにして茶碗(ちやわん)なぞは解(わか)りません、何(なん)でございますか誠に結構(けつこう)な御茶碗(おちやわん)でと一々聞いて先方(むかう)に云(い)はせなければなりませんよ、それからぽツぽと烟(けむ)の出るやうなお口取(くちとり)が出るよ、粟饅頭(あはまんぢう)か蕎麦饅頭(そばまんぢう)が出るだらう。弥「へえ、何人前(なんにんまへ)出るえ。長「何人前(なんにんまへ)なんて葬式(とむらひ)ぢやア有(あ)るまいし、菓子器(くわしき)へ乗せて一つよ。弥「たつた一つかア。長「がつ/\喰(く)ふと腹(はら)を見られるは。弥「ぢやア腹掛(はらがけ)をかけて往(い)きませう。長「フヽヽ其(そ)の桟留縞(さんとめじま)の布子(ぬのこ)に、それで宜(よ)い、袴(はかま)は白桟(しろざん)の御本手縞(ごほんてじま)か、変(へん)な姿だ、ハヽヽ、のう足袋(たび)だけ新しいのを持たしてやれ。弥「ぢやア往(い)つて参(まゐ)ります。と火(ひ)の附(つ)きさうな頭髪(あたま)で、年寄(としより)だか若いか分(わか)りません。長「随分(ずゐぶん)茶(ちや)の有(あ)る男(をとこ)だな……草履下駄(ざうりげた)を片(かた)ちんばに履(は)いて往(ゆ)く奴(やつ)があるか、狗(いぬ)がくはへて往(い)つた、外(ほか)に無いか、それではそれで往(い)け、醋吸(すすひ)の三聖(せい)、孔子(こうし)に老子(らうし)に釈迦(しやか)だよ、天地(てんち)が唐物緞子(からものどんす)、中(なか)が白茶地(しらちやぢ)古錦襴(こきんらん)、風袋一文字(ふうたいいちもんじ)が紫印金(むらさきいんきん)だよ、瑾(きず)の事(こと)がにゆうだよ、忘れちやアいけないよ。弥「へい畏(かしこ)まりました。とぴよこ/\出掛(でか)けましたが、愚(おろ)かしい故(ゆゑ)萬屋(よろづや)五左衛門(ざゑもん)の表口(おもてぐち)から這入(はい)ればよいのに、裏口(うらぐち)から飛込(とびこ)んで、二重(ぢう)の建仁寺垣(けんねんじがき)を這入(はい)り、外庭(そとには)を通(とほ)りまして、漸々(やう/\)庭伝(にはづた)ひに参(まゐ)りますと、萱門(かやもん)が有(あ)つて締(し)めてあるのを無理に押したから、閂(かんぬき)が抜(ぬ)け、扉(とびら)が開(あ)く機(はず)みに中(なか)へ転(ころ)がり込(こ)み、泥だらけになつて、青苔(あをごけ)や下草(したくさ)を踏(ふ)み暴(あら)し、辷(すべ)つて転(ころ)んで石燈籠(いしどうろう)を押倒(おしたふ)し、松(まつ)ヶ枝(え)を折(を)るといふ騒(さわ)ぎで、先程(さきほど)から萬屋(よろづや)の主人(あるじ)は、四畳(でふ)の囲(かこひ)へ這入(はい)り、伽羅(きやら)を焼(た)いて香(かう)を聞いて居(を)りました。弥吉(やきち)は方々(はう/″\)覗(のぞ)いたが誰(だれ)も居(ゐ)ません。ふと囲(かこひ)へ眼(め)を附(つ)け、弥「此(こ)ん中(なか)に人が居(ゐ)るだらう。と怪(け)しからん奴(やつ)で、指の先へ唾(つば)を附(つ)け、ぷつりと障子(しやうじ)へ穴を開(あ)け覗(のぞ)き見て、弥「いやア何(なに)か喰(く)つて居(ゐ)やアがる。主人「これ、誰(たれ)か来(き)たよ……誰(だれ)だ、其処(そこ)へ穴(あな)を開(あ)けたのは、怪(けし)からん人だな、張立(はりたて)の障子(しやうじ)へぽつ/\穴(あな)を開(あ)けて乱暴(らんばう)な真似(まね)をする、誰(だれ)だな、覗(のぞ)いちやアいかん、誰(だれ)だ。弥「ハヽヽ何(ど)うか怒(おこ)つてやアがる、えヘヽヽ御免(ごめん)なさい。主人「これは驚(おどろ)いた……誰(だれ)か来(こ)いよ、変(へん)な人が来(き)たから……其処(そこ)は這入(はい)る処(とこ)ぢやア有(あ)りません、づか/\這入(はい)つて来(き)ちやアいけません。弥「門(もん)を破(やぶ)つて這入(はい)つた。主人「おゝ/\乱暴狼藉(らんばうらうぜき)で、飛石(とびいし)なぞは狗(いぬ)の糞(くそ)だらけにして、青苔(あをごけ)を散々(さん/″\)に踏暴(ふみあら)し、折角(せつかく)宜(よ)い塩梅(あんばい)に苔(こけ)むした石燈籠(いしどうろう)を倒(たふ)し、松(まつ)ヶ枝(え)を折(を)つちまひ、乱暴(らんばう)だね……何方(どちら)からお入来(いで)なすつた。弥「アハヽヽ驚(おどろ)いちまつたな……コヽ予々(かね/″\)お招(まね)きになりました半田屋(はんだや)の長兵衛(ちやうべゑ)で。主人「へえー是(これ)は驚(おどろ)き入(い)つた、左様(さやう)とは心得(こゝろえ)ず甚(はなは)だ御無礼(ごぶれい)の段々(だん/″\)何(なん)ともどうも、是(これ)は恐縮千萬(きようしゆくせんばん)……何卒(どうぞ)是(こ)れへ/\速(すみや)かにお通(とほ)りを願ひます、何卒(どうぞ)是(こ)れへ是(こ)れへ。弥「ハヽヽ狭(せま)つこい処(とこ)に這入(はい)つてるな……己(おら)ア手前(てめえ)に禁厭(まじなひ)を教(をし)へてやらうか。主人「ヘヽヽ御冗談(ごじようだん)ばかり……へえ成程(なるほど)……えゝ予々(かね/″\)天下有名(てんかいうめい)のお方(かた)で、大人(たいじん)で在(いら)つしやると云(い)ふ事(こと)は存(ぞん)じて居(を)りましたが、今日(けふ)は萬屋(よろづや)の家(うち)へ始(はじ)めて往(ゆ)くのだから、故意(わざ)と裏口(うらぐち)からお這入(はい)りになり、萱門(かやもん)を押破(おしやぶ)つて散々(さん/″\)に下草(したくさ)をお暴(あら)しになりました所(とこ)の御胆力(ごたんりき)、どうも誠に恐入(おそれい)りました事で、今日(こんにち)の御入来(ごじゆらい)は何(なん)とも何(ど)うも実(じつ)に有難(ありがた)い事(こと)で、大(おほ)きに身(み)の誉(ほま)れに相成(あひな)ります、何卒(どうぞ)速(すみや)かに此方(これ)へ/\。弥「私(わつち)アお前(めえ)にりん病(びやう)が起(おこ)つても直(ぢき)に療(なほ)る禁厭(まじなひ)を教(をし)へて遣(や)らう、縄(なは)を持つて来(き)な、直(ぢき)に療(なほ)らア。主人「はてな…へえゝ。弥「痳病(りんびやう)(尋常(じんじやう))に縄(なわ)にかゝれと云(い)ふのだ。主人「えへゝゝ御冗談(ごじようだん)ばかり、おからかひは恐入(おそれい)ります、えゝ始めまして……(丁寧(ていねい)に辞儀(じぎ)をして)手前(てまへ)は当家(たうけ)の主人(あるじ)五左衛門(ござゑもん)と申(まう)す至(いた)つて武骨(ぶこつ)もので、何卒(どうか)一度(ど)拝顔(はいがん)を得(え)たく心得(こゝろえ)居(を)りましたが、中々(なか/\)大人(たいじん)は知らん処(ところ)へ御来臨(ごらいりん)のない事は存(ぞん)じて居(を)りましたが、一度(ど)にても先生の御入来(おいで)がないと朋友(ほういう)の前(まへ)も実(じつ)に外聞(ぐわいぶん)悪(わる)く思ひます所から、御無礼(ごぶれい)を顧(かへり)みず再度(さいど)書面(しよめん)を差上(さしあ)げましたが、お断(ことわ)りのみにて今日(けふ)も御入来(おいで)は有(あ)るまいと存(ぞん)じましたが、図(はか)らざる所(ところ)の御尊来(ごそんらい)、朋友(ほういう)の者(もの)に外聞(ぐわいぶん)旁(かた/″\)誠に有難(ありがた)い事で恐入(おそれい)ります……何(ど)うもお身装(みなり)の工合(ぐあひ)、お袴(はかま)の穿(はき)やうから更(さら)にお飾(かざ)りなさらん所と云(い)ひ、お履物(はきもの)がどうも不思議(ふしぎ)で、我々(われ/\)が紗綾縮緬(さやちりめん)羽二重(はぶたい)を着ますのは心恥(こゝろはづ)かしい事で、既(すで)に新(しん)五百題(だい)にも有(あ)ります通(とほ)り「木綿(もめん)着(き)る男子(をのこ)のやうに奥(おく)ゆかしく見え」と実(じつ)に恐入(おそれい)ります、何卒(どうぞ)此方(こちら)へ/\。弥「お前(めえ)さんの処(とこ)から頼(たの)みが有(あ)つたので見に来(き)た。主人「それは誠に恐入(おそれい)ります。弥「手を揃(そろ)へてお辞儀(じぎ)をするんだが何(ど)うだい……此位(このくらゐ)で丁度(ちやうど)揃(そろ)つて居(ゐ)るか居(ゐ)ねえか見てくれ。主人「へゝゝゝ御冗談(ごじようだん)ばかり。弥「揚物(あげもの)が解(わか)るか、揚物(あげもの)てえと素人(しらうと)は天麩羅(てんぷら)だと思ふだらうが、長(なげ)えのを漸々(だん/″\)詰(つ)めたのを揚物(あげもの)てえのだ、それから早く掛物(かけもの)を出して見せなよ、破(やぶ)きアしねえからお見せなせえ、いんきんだむしの附着(くつゝ)いてる箱は川原崎(かはらさき)権(ごん)十郎(らう)の書(か)いたてえ……えゝ辷(すべ)つて転(ころ)んだので忘れちまつた、醋吸(すすひ)の三聖(せい)格子(かうし)に障子(しやうじ)に……簾(すだれ)アハヽヽヽ、おい何(ど)うした、確(しつ)かりしねえ。主人(あるじ)五左衛門(ござゑもん)は驚(おどろ)きまして太鼓張(たいこばり)のふすまを開(あ)けて、五「アツ。と口(くち)を開(あ)けたまゝ水屋(みづや)の方(はう)へ飛出(とびだ)しました。弥「おい……ハヽヽ彼方(あつち)へ逃(に)げて往(い)きやアがつた、馬鹿(ばか)な奴(やつ)だなア……先刻(さつき)むぐ/\喰(く)つてゐた粟饅頭(あはまんぢう)……ムンこゝに烟(けむ)の出(で)る饅頭(まんぢう)がある、喰(くひ)かけて残(のこ)して往(い)きやアがつたな。と香炉(かうろ)を手に取揚(とりあ)げ、銀(ぎん)の匙(さじ)で火(ひ)の附(つ)いた香(かう)を口へ入れ、弥「おゝ熱(あつ)つゝゝゝ。五「乱暴(らんばう)な人だ、火を喰(く)つてらア、口の中に疵(きず)が出来(でき)ましたらう。弥「いえ、にゆうが出来(でき)ました。
(拠酒井昇造筆記)
了

底本:「明治の文学 第3巻 三遊亭円朝」筑摩書房
   2001(平成13)年8月25日初版第1刷発行
底本の親本:「定本 円朝全集 巻の13」世界文庫
   1964(昭和39)年6月発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5-86)を、大振りにつくっています。
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年8月14日作成
2011年9月3日作成
青空文庫作成ファイル:
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