あらすじ
昔、芝の金杉橋の近くに「黄金餅」という餅屋ができたことがありました。その餅屋は、たちまち評判になり、多くの人で賑わいました。しかし、その繁盛の陰には、ある坊さんの死と、金兵衛という男の思わぬ行動が隠されていました。金兵衛は、病気で寝込む坊さんを訪ね、その様子を見て、坊さんが実は莫大な財産を持っていることに気づきます。坊さんが亡くなると、金兵衛は葬儀を引き受け、坊さんの遺体から驚くべきものを発見するのです。
 ずツと昔時(むかし)芝(しば)の金杉橋(かなすぎばし)の際(きは)へ黄金餅(こがねもち)と云(い)ふ餅屋(もちや)が出来(でき)まして、一時(ひとしきり)大層(たいそう)流行(はやつ)たものださうでござります。何(ど)ういふ訳(わけ)で黄金餅(こがねもち)と名(なづ)けたかと申(まう)すに、芝(しば)将監殿橋(しやうげんどのばし)の際(きは)に極貧(ごくひん)の者ばかりが住(すん)で居(ゐ)る裏家(うらや)がござりまして金山寺屋(きんざんじや)の金兵衛(きんべゑ)と申(まう)す者の隣家(となり)に居(ゐ)るのが托鉢(たくはつ)に出(で)る坊(ばう)さんで源八(げんぱち)と申(まう)す者、近頃(ちかごろ)何(ど)う致(いた)したのか煩(わづら)つて寝て居(ゐ)るから見舞(みまつ)てやらうと金兵衛(きんべゑ)が出(で)て参(まゐ)り、金「御免(ごめん)なさいよ。源「アヽ御入来(おいで)なさい。見(み)ると煎餅(せんべい)のやうな薄(うす)つぺらの蒲団(ふとん)で爪(つめ)で引掻(ひつか)くとポロ/\垢(あか)が落(おち)る冷たさうな蒲団(ふとん)の上(うへ)に転(ころ)がつて居(ゐ)るが、独身者(ひとりもの)だから薬(くすり)一服(ぷく)煎(せん)じて飲(の)む事も出来(でき)ない始末(しまつ)、金「私(わつし)はね今日(けふ)はアノ通(とほ)り朝から降(ふ)りましたので一日(にち)楽(らく)を仕(し)ようと思つて休んだが、何(ど)うも困つたもんですね、何(なん)ですい病気は。源「ハツ/\いえもう貴方(あなた)、年が年ですから死病(しびやう)なんでせう。金「お前(まへ)さん其様(そん)な気の弱い事を云(い)つちやアいけませぬ、石(いし)へ獅噛附(しがみつい)ても癒(なほ)らうと云(い)ふ了簡(れうけん)で居(ゐ)なくツちやアいけませぬよ。源「いえ私(わつし)はそら六十四ですもの。金「ナニ八十になつても九十になつても生きてる人は生きて居(ゐ)ます、死にたいからつて死なれるものぢやないから確(しつ)かりして居(ゐ)なくツちやア。源「有難(ありがた)う存(ぞん)じます、毎度(まいど)御親切(ごしんせつ)にお見舞(みまひ)下(くだ)すつて。金「お前(まへ)さん医者(いしや)に掛(かゝ)つたら何(ど)うです。源「いえ掛(かゝ)りませぬ。金「其様(そん)な事(こと)を云(い)はないでさ、此奥(このおく)の幸斎先生(かうさいせんせい)は大層(たいそう)上手(じやうず)だてえから呼んで来(き)て上(あ)げませうか。源「いえいけませぬ、いけませぬ、ハツ/\医者(いしや)に掛(かゝ)るのも宜(よ)うがすが、直(すぐ)と薬礼(やくれい)を取られるのが残念ですから。金「医者(いしや)に掛(かゝ)れば是非(ぜひ)薬礼(やくれい)を取られますよ併(しか)し夫(それ)が厭(いや)なら買薬(かひぐすり)でもしなすつたら。源「買薬(かひぐすり)だツて薬違(くすりちがひ)でもすると大事(おほごと)になりますからまア止(よ)しませう、夫(それ)より私(わつし)は喫(た)べて見たいと思ふ物がありますがね。金「何(なん)です、遠慮(ゑんりよ)なく然(さ)うお云(い)ひなさい、私(わつし)が買つて来(き)て上(あ)げませう、何様(どん)な物が喫(た)べたいんです、何(ど)うも何(なん)だツて沢山(たんと)は喫(た)べられやしますまい。源「アノ私(わつし)は大福餅(だいふくもち)か今坂(いまさか)のやうなものを喫(た)べて見たいのです。金「餅気(もちツけ)のものを沢山(たんと)喰(くつ)ちやア悪くはありませぬか。源「いえ悪くつても構(かま)ひませぬ。金「ぢやア買つて来(き)ませう、二(ふた)つか三(みつ)つあれば宜(い)いんでせう。源「いえ、何卒(どうぞ)三十ばかり。金「其様(そん)なに喰(く)へやアしませぬよ。源「ナニ喰(く)へますから、願ひたいもので。金「ぢやア買つて来(き)ませう。直(すぐ)に出(で)かけたが間(ま)もなく竹の皮包(かはづゝみ)を二包(ふたづゝみ)持(もつ)て帰(かへ)つて参(まゐ)り、金「サ買つて来(き)たよ。源「アヽ、有難(ありがた)う。金「サ、お湯(ゆ)を汲(く)んで上(あ)げるからお喫(た)べ、夫(それ)だけはお見舞(みまひ)かた/″\私(わつし)が御馳走(ごちそう)して上(あ)げるから。源「ハツ/\何(ど)うも御親切(ごしんせつ)に有難(ありがた)う存(ぞん)じます、何卒(どうか)貴方(あなた)お宅(たく)へ帰(かへ)つて下(くだ)さいまし。金「帰(かへ)らんでも宜(い)いからお喫(あが)りな、私(わつし)の見て居(ゐ)る前(めえ)で。源「夫(それ)がいけないので、私(わつし)は子供(こども)の時分(じぶん)から、人の見て居(ゐ)る前(まい)では物は喰(く)はれない性分(しやうぶん)ですから、何卒(どうぞ)帰(かへ)つて下さい、お願ひでございますから。金「あい、ぢやア帰(かへ)るよ、用があつたらお呼びよ、直(すぐ)に来(く)るから。と金兵衛(きんべゑ)は宅(たく)へ帰(かへ)つたが考へた。金「はてな、彼(あ)の坊主(ばうず)は妙(めう)な事を云(い)ふて、人の見て居(ゐ)る前(まい)では物が喰(く)はれないなんて、全体(ぜんたい)アノ坊主(ばうず)は大変(たいへん)に吝(けち)で金(かね)を溜(ため)る奴(やつ)だと云(い)ふ事を聞いて居(ゐ)るが、アヽ云(い)ふ奴(やつ)は屹度(きつと)物(もの)を喰(く)はうとするとボーと火か何(なに)か燃上(もえあが)るに違(ちげ)えねえ、一番(ばん)見たいもんだな、食物(くひもの)から火(ひ)の燃(もえ)る処(ところ)を、ウム、幸(さいは)ひ壁(かべ)が少し破れてる、斯(か)うやつて火箸(ひばし)で突(つ)ツついて、ブツ、ヤー這出(はひだ)して竹の皮を広(ひろ)げやアがつた、アレ丈(だけ)悉皆(みんな)喰(く)つちまうのか知ら。見て居(ゐ)るとも知らず源八(げんぱち)は餅(もち)を取上(とりあ)げ二ツに割(わつ)て中(なか)の餡(あん)を繰出(くりだ)し、餡(あん)は餡(あん)餅(もち)は餅(もち)と両方(りやうはう)へ積上(つみあ)げまして、突然(とつぜん)懐中(ふところ)へ手(て)を突込(つツこ)み暫(しばら)くムグ/\やつて居(ゐ)たが、ズル/\ツと扱出(こきだ)したは御納戸(おなんど)だか紫(むらさき)だか色気(いろけ)も分(わか)らぬ様(やう)になつた古(ふる)い胴巻(どうまき)やうな物(もの)を取出(とりだ)しクツ/\と扱(こ)くと中(なか)から反古紙(ほごがみ)に包(つつ)んだ塊(かたまり)が出(で)ました。之(これ)を執(とつ)てウームと力任(ちからまか)せに破(やぶ)るとザラ/\/\と出(で)たのが古金(こきん)で彼此(かれこれ)五六十両(りやう)もあらうかと思(おも)はれる程(ほど)、金「おゝ金子(かね)だ、大層(たいそう)持(も)つて居(ゐ)やアがるナ、もう死ぬと云(い)ふので己(おれ)が見舞(みめえ)に行(い)つてやつたから、金兵衛(きんべゑ)さんに是(これ)だけ残余(あと)はお長家(ながや)の衆(しゆう)へツて、施与(ほどこし)でもするのか知(し)ら、今(いま)茲(こゝ)で己(おれ)が行(い)くと尚(なほ)沢山(たんと)貰(もら)へる訳(わけ)だが。と見て居(ゐ)ると金(かね)を七八(なゝやツつ)づゝ大福餅(だいふくもち)の中(なか)へ入(い)れ上(うへ)から餡(あん)を詰(つ)め餅(もち)で蓋(ふた)をいたしてギユツと握固(にぎりかた)めては口へ頬張(ほゝば)り目(め)を白(しろ)ツ黒(くろ)にして呑込(のみこ)んで居(ゐ)る。金「ア、彼(あれ)を喰(くひ)やアがる、何(ど)うも酷(ひど)い奴(やつ)だナあれ/\。と見て居(ゐ)る中(うち)に忽(たちま)ち五六十両(りやう)の金子(かね)を鵜呑(うのみ)にしたから堪(たま)らない、悶掻(もがき)※(「廴+囘」、第4水準2-12-11)(まは)つて苦しみ出し。源「ウーンウーン金兵衛(きんべゑ)さん、金兵衛(きんべゑ)さん。金「あい/\今(いま)行(い)くよ、今(いま)行(い)くよ。源「ウーン/\。金「何(ど)うしたい。源「ハツ/\。金「おゝ/\お湯も何(なに)も飜(こぼ)れて大変(たいへん)だ。源「ド何卒(どうぞ)お湯をもう一杯下さい。金「サお喫(あが)り。源「へい有難(ありがた)う。微温湯(ぬるまゆ)だから其儘(そのまゝ)ゴツクリ飲(の)むと、空(から)ツ腹(ぱら)へ五六十両(りやう)の金子(かね)と餅(もち)が這入(はいつ)たのでげすからゴロ/\/\と込上(こみあ)げて来(き)た。源「ムツ、ムツ。金「オヽ吐(は)くのか吐(は)くなら少しお待ち、サ此飯櫃(このおはち)の蓋(ふた)ン中(なか)へ悉皆(すつかり)吐(は)いてお了(しま)ひ。源「ハツ/\ド何(ど)うぞモウ一杯お湯を…。金「サお上(あが)り。源「へい有難(ありがた)う。グート息(いき)をも継(つ)かずに飲(の)むと、ゴロ/\/\と喉(のど)へ詰(つ)まつたからウーム、バターリと仰向(あふむけ)さまに顛倒(ひつくりかへ)つて了(しま)ふ。金「アヽおい源八(げんぱち)さん、源八(げんぱち)さん、アヽ死んだ、何(ど)うも此金(このかね)があるんで今迄(いままで)死切(しにき)れずに居(ゐ)たんだナ、金(かね)を腹(はら)ん中(なか)い入(い)れちまつてモウ誰(たれ)にも取られる気遣(きづかひ)がないから安心して死んだのだが何(ど)うも強慾(がうよく)な奴(やつ)もあつたもんだな、是(これ)が所謂(いはゆる)有財餓鬼(うざいがき)てえんだらう、何(なに)しろ此儘(このまゝ)葬(はう)むつて了(しま)ふのは惜(をし)いや、腹(はら)ン中(なか)に五六十両(りやう)の金子(かね)が這入(はいつ)てる、加之(おまけ)に古金(こきん)だ、何(ど)うして呉(くれ)よう、知つてるのは己(おれ)ばかりだが、ウム、宜(い)い事がある。直(すぐ)に宅(たく)へ帰(かへ)つて羽織(はおり)を引(ひき)かけ差配人(さはいにん)の宅(たく)へやつて来(き)ました。金「エヽ今日(こんち)は。「おや是(これ)は能(よ)うお出(いで)なすつた、金兵衛(きんべゑ)さん今日(けふ)はお休みかい。金「へい、今日(けふ)は休みましてござります、就(つ)きまして差配(さはい)さん少々(せう/\)お願(ねがひ)があつて出ました。「アヽ何(なん)だイ。金「私共(わたしども)の隣家(となり)の源八(げんぱち)と云(い)ふ修業(しゆげふ)に出ます坊(ばう)さんナ。「イヤあの坊(ばう)さんに困つて居(ゐ)るのだよ、店請(たなうけ)があつたんだけれど其店請(そのたなうけ)が何所(どつか)へ逃亡(かけおち)をして了(しま)つたので、今にもアノ坊(ばう)さんに目(め)を瞑(ねむ)られると係合(かゝりあひ)だと思つて誠に案(あん)じて居(ゐ)るのサ。金「夫(それ)が貴方(あなた)、段々(だん/″\)詮索(あら)つて見ますると私(わたし)と少し内縁(ひつかゝり)の様(やう)に思はれます、仮令(たとへ)身寄(みより)でないにもせよ功徳(くどく)の為(ため)に葬式(とむらひ)だけは私(わたし)が引受(ひきう)けて出してやりたいと存(ぞん)じますが、夫(それ)に当人(たうにん)の遺言(ゆゐごん)で是非(ぜひ)火葬(くわさう)にして呉(くれ)ろと申(まう)すことで。「成程(なるほど)、夫(それ)は何(ど)うも御奇特(ごきどく)な事で、お前(まい)が葬式(とむらひ)を出して呉(く)れゝば誠に有難(ありがた)いね、ぢやア何分(なにぶん)お頼(たの)ウ申(まうし)ますよ、今に私(わたし)も行(ゆ)きますが、早桶(はやをけ)や何(なに)かの手当(てあて)は。金「ナニ宜(よろ)しうございます、湯灌(ゆくわん)や何(なに)かもザツと致(いた)しまして、早桶(はやをけ)と云(い)つては高いものですし何(ど)うせ焼(や)いて了(しま)ふもんですから沢庵樽(たくあんだる)か菜漬樽(なづけだる)にでも入(い)れませう。「夫(それ)が宜(よ)からう、ソコでお前(まへ)さんは施主(せしゆ)の事(こと)だから袴(はかま)でも着(つ)けるかい。金「ナニ夜分(よる)の事(こと)でげすから襦袢(じゆばん)をひつくり返して穿(は)きます。「デモ編笠(あみがさ)は被(かぶ)らなければなるまい。金「ナニ三俵(さんだら)ポツチでも被(かぶ)つて摺小木(すりこぎ)でも差(さ)して往(ゆ)きませう。「可笑(をか)しいな、狐(きつね)にでも化(ばか)されたやうで。金「ナニ構(かま)やアしませぬ。「ぢやア何分(なにぶん)頼(たの)むよ。金「へい宜(よろ)しうがす。「お寺(てら)は何所(どこ)だい。金「エヽ麻布(あざぶ)の三軒家(さんげんや)なんで。「何(ど)うも大変(たいへん)に遠いね、まア宜(よ)い、ぢやア其積(そのつもり)で。金「へい畏(かしこま)りました。是(これ)から宅(たく)へ帰(かへ)つて支度(したく)をして居(ゐ)る中(うち)に長家(ながや)の者も追々(おひ/\)悔(くや)みに来(く)る、差配人(さはいにん)は葬式(さうしき)の施主(せしゆ)が出来(でき)たので大(おほ)きに喜び提灯(ちやうちん)を点(つ)けてやつて参(まゐ)り「金兵衛(きんべゑ)さん色々(いろ/\)お骨折(ほねをり)、誠に御苦労様(ごくらうさま)。金「何(ど)ういたしまして、何(ど)うも遠方(ゑんぱう)の処(ところ)を恐入(おそれいり)ます、何(いづ)れも稼業人(かげふにん)ばかりですから成(なる)たけ早く致(いた)して了(しま)ひたいと存(ぞん)じます。「其方(そのはう)が宜(い)い、机や何(なに)か立派(りつぱ)に出来(でき)たね。金「ナニ板の古いのがありましたからチヨイと足を打附(うちつ)けて置いたので。「成程(なるほど)、早桶(はやをけ)は大分(だいぶ)宜(い)いのがあつたね。金「ナニ是(これ)は沢庵樽(たくあんだる)で。「おや、山に十の字の焼印(やきいん)があるね、是(これ)は己(おれ)ン所(とこ)の沢庵樽(たくあんだる)ぢやアないか。金「何(なん)だか知れませぬが井戸端(ゐどばた)に水が盛(は)つてあつたのを覆(こぼ)して持(もつ)て来(き)ましたが、ナニ直(ぢき)に明けてお返し申(まうし)ます。「明けて返したつて仕(し)やうがない、冗談(じようだん)云(い)つちやアいけない、ぢやアそろ/\出かけよう。是(これ)から長家(ながや)の者が五六人付(つ)いて出かけましたが、お寺は貧窮山難渋寺(ひんきゆうさんなんじふじ)と云(い)ふので、本堂(ほんだう)には鴻雁寺(こうがんじ)が二挺(てう)点(とも)つて居(ゐ)る。金「皆(みな)さん嘸(さぞ)お疲労(くたびれ)でございませう、大(おほ)きに有難(ありがた)う存(ぞん)じました。甲「何(ど)うも可哀(かあい)さうな事をしましたな、私(わたし)も長らく一緒(しよ)に居(を)つたが喰(く)ふ物も喰(く)はずに修業(しゆげふ)して歩き、金子(かね)を蓄(ため)た人ですから少しは貯金(こゝろがけ)がありましたらう。金「いえ何(なに)もありませぬよ、何卒(どうぞ)皆(みな)さん此方(こちら)へお出(いで)なすつてナニ本堂(ほんだう)で莨(たばこ)を喫(の)んだつて構(かま)やアしませぬ。其中(そのうち)に和尚(をしやう)が出て来(く)る。和「ハイ何(ど)うも御愁傷(ごしうしやう)な事で。金「何卒(どうぞ)一ツ何(なん)とでも戒名(かいめう)をお附(つけ)なすつて。此仏(このほとけ)は是々(これ/\)で餅(もち)と金(かね)を一緒に食(く)つて死んだのでげすから、とも申(まう)されませんが、戒名(かいみやう)を見ると「安妄養空信士(あんもうやうくうしんじ)」と致(いた)して置かれたのには金兵衛(きんべゑ)が驚(おどろ)きました。金「成程(なるほど)、是(これ)は面白(おもしろ)うがすな。和「夫(それ)では引導(いんだう)を渡(わた)して上(あ)げよう。グワン/\と鉦(かね)を打鳴(うちなら)し、和「南無喝※(「口+羅」、第3水準1-15-31)怛那(なむからたんの)、※(「口+多」、第3水準1-15-2)羅夜耶(とらやや)、南無阿※(「口+利」、第3水準1-15-4)耶(なむおりや)、婆慮羯諦爍鉢羅耶(ばりよぎやていしふふらや)、菩提薩※婆耶(ふちさとばや)[#「足へん+多」、359-2]。と神咒(しんじゆ)を唱(とな)へ往生集(わうじやうしふ)を朗読(らうどく)して後(のち)に引導(いんどう)を渡(わた)し、焼香(せうかう)も済(す)んで了(しま)ふと。金「何(ど)うも皆(みな)さん遠方(ゑんぽう)の処(ところ)誠に有難(ありがた)う存(ぞん)じました、本来(ほんらい)ならば強飯(おこは)かお酢(すし)でも上(あ)げなければならないんですが、御承知(ごしようち)の通(とほ)りの貧乏葬式(びんばふどむらひ)でげすから、恐入(おそれいり)ましたが何(なに)も差上(さしあ)げませぬ、尤(もつと)も外へ出ますと夜鷹蕎麦(よたかそば)でも何(なん)でもありますから貴所方(あなたがた)のお銭(あし)で御勝手(ごかつて)に召上(めしあが)りまして。甲「何(なん)だ人面白(ひとおもしろ)くもねえ、先(さき)へ出よう/\。「金兵衛(きんべゑ)どんお前(まい)是(これ)から焼場(やきば)へ持(も)つて行(ゆ)くのに独(ひとり)ぢやア困るだらうから己(おれ)が片棒(かたぼう)担(かつ)いでやらうか。金「ナニ宜(よろ)しうがす、私(わたし)が独(ひとり)で脊負(しよつ)て行(ゆ)きます、成(なる)たけ入費(もの)の係(かゝ)らぬ方(はう)が宜(よろ)しうがすから。「宜(い)いかえ。金「エヽ宜(よ)うがすとも。と早桶(はやをけ)を脊負(しよ)ひ焼場鑑札(やきばかんさつ)を貰(もら)つてドン/\焼場(やきば)へ来(き)まして。金「お頼(たの)う申(まう)します。坊「ドーレ。金「何卒(どうぞ)これを。坊「ア、成程(なるほど)、難渋寺(なんじふじ)かへ、宜(よろ)しい、此方(こちら)へ。金「それで此(この)並焼(なみやき)はお幾(いく)らでげす。坊「並焼(なみやき)は一歩(ぶ)と二百だね。金「ヘヽー何(ど)うでげせう、三朱(しゆ)位(ぐらゐ)には負(まか)りますまいか。坊「焼場(やきば)へ来(き)て値切(ねぎ)るものもないもんだ、極(きま)つて居(ゐ)るよ。金「ナニ本当(ほんたう)に焼(や)けないでも宜(よろ)しいんで。坊「然(さ)うはいかない、一体(いつたい)に火が掛(かゝ)るんだから。金「頭と足の方(ほう)はホンガリ焼(や)いて腹(はら)は生焼(なまやき)にはなりますまいか。坊「然(さ)うはいきませぬよ、元膩(もとあぶら)だから一体(いつたい)に火が掛(かゝ)るでな。金「ぢやア明朝(みやうあさ)早く骨揚(こつあげ)に来(き)ますから、死骸(しがい)を間違(まちが)ひないやうに願ひます。坊「其様(そん)な事はありやせぬ。金「何分(なにぶん)お頼(たの)み申(まう)します。と宅(たく)へ帰(かへ)つたがまだ暗い中(うち)にやつて来(き)ました。金「お早う。坊「えらう早く来(き)たな、まだ薄暗(うすぐら)いのに。金「エヘヽヽ昨晩(さくばん)は大(おほき)にお喧(やか)ましうございます。坊「ウム値切(ねぎつ)た人か、サ此方(こつち)へ這入(はい)んなさい。金「へい、有難(ありがた)う。坊「穏坊(をんばう)/\、見て上(あ)げろ。穏「はい此方(こつち)へお出(いで)なさい、骨(こつ)を入(い)れる物を持(もつ)てお出(いで)なすつたか。金「イエ、何(なに)か買(か)はうと思(おも)つたが大分(だいぶ)高(たけ)えやうですから、彼所(あすこ)に二升(しよう)壜(どつこり)の口の欠(かけ)たのがあつたから彼(あれ)を持(もつ)て来(き)ました。穏「彼(あれ)は私(わし)が水を入(い)れて置いたのだ、無闇(むやみ)に口(くち)なんぞを打欠(ぶつか)いちやアいけませぬよ。金「エヘ、御免(ごめん)なさい、兎(と)に角(かく)頂戴(ちやうだい)しませう、一体(たい)に黒(くろ)くなりやしたな、何(ど)うも、南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)々々(/\)々々(/\)々々(/\)、成程(なるほど)此木(このき)の箸(はし)と竹(たけ)の箸(はし)で斯(か)うするんですな、お前(まい)さん彼方(あつち)へ行(い)つてゝお呉(く)んなさい。穏「私(わし)が見て居(ゐ)ねえでは歯骨(はつこつ)や何(なに)か分(わか)るまい。金「ナニ知つてるよ、ちやんと心得(こゝろえ)てるんだ、彼方(あつち)へ行(ゆ)け、行(ゆ)かねえと撲(なぐ)り附(つ)けるぞ、行(い)かねえか畜生(ちくしやう)。箸(はし)で段々(だん/″\)灰(はい)を掻(か)いて行(ゆ)くと腹(はら)の辺(あたり)に塊(かたまり)があつたから木と竹の箸(はし)でヅンと突割(つきわ)ると中(なか)から色も変(かは)らず山吹色(やまぶきいろ)の古金(こきん)が出るから、慌(あは)てゝ両方(りやうはう)の袂(たもと)へ入(い)れながら。金「穏坊(をんばう)の畜生(ちくしやう)、此方(こつち)へ這入(はいつ)て来(き)やアがると肯(きか)ねえぞ、無闇(むやみ)に這入(へいり)やアがるとオンボウ焼(や)いて押付(おつつ)けるぞ。と悪体(あくたい)をつきながら穏坊(をんばう)の袖(そで)の下(した)を掻潜(かいくゞ)つてスーツと駈出(かけだ)して行(ゆ)きました。穏「アレ、乱暴狼藉(らんぼうらうぜき)な奴(やつ)もあればあるものだ、アレ逃(に)げてツちまつた。金兵衛(きんべゑ)さんは此金子(このかね)を以(もつ)て、芝(しば)金杉橋(かなすぎばし)の本(もと)へ、黄金餅(こがねもち)と云(い)ふ餅屋(もちや)を出したのが、大層(たいそう)繁昌(はんじやう)いたした。と云(い)ふ一席話(せきばなし)でござります。
了

底本:「明治の文学 第3巻 三遊亭円朝」筑摩書房
   2001(平成13)年8月25日初版第1刷発行
底本の親本:「定本 円朝全集 巻の13」世界文庫
   1964(昭和39)年6月発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年8月14日作成
青空文庫作成ファイル:
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