あらすじ
ある日、山村家の招きで、主人公は髪を切るためにその家を訪れます。庭には桜の花が咲き乱れ、静かな空気が漂っています。家主は髪を切ってもらうことに少し緊張している様子で、主人公は優しく丁寧な言葉をかけながら、その人の髪を丁寧に刈っていきます。家主の弟も髪を切ってもらい、主人公は少年の顔に剃刀をあてます。少年は剃刀にあたるたびに少し怯えながらも、どこか希望に満ちた表情を見せるのでした。「始めて髪をハイカラにしようと思ふのだからいいやうにしてくれ」とのことだ。何しろよく伸びたものだ、どこかこの人は弱々しいから、もしかすると病気上りかも知れない。その人の髪に鋏を入れて居ると、弟らしい人が縁側に出て来る。兄が髪を刈るのを珍しがって見物だらう。やがて適宜に鋏を入れて顔剃りを了へると、一休みする。弟の方も大分伸びてるので五分刈りにしてくれとのことである。で、早速とりかかる。この人は自分より、三つ四つ年下らしく見える。何だらう、今十五か六だらうと、バリカンを動かしながら考へる。散髪が了って、洗面所で髪を洗ってから、
「顔を剃りませうか。」と訊ねる。すると困ったやうな様子で、
「まだ是迄剃らなかったのですが……」
自分はその返事に一寸興味を感じたので、
「では剃ってみませうか。」
「さうしてもらひませうか。」
自分は到頭その少年の頬に剃刀をあてた。頬に剃刀があたる度にびくびくしながら何だかこれから生れ変らうとでもしてるやうな、可憐な身構へが自分にとって親しみを感じさせた。
了
底本:「普及版 原民喜全集第一巻」芳賀書店
1966(昭和41)年2月15日
入力:蒋龍
校正:小林繁雄
2009年8月4日作成
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