先刻(さっき)は、小さな女中の案内で、雨の晴間を宿の畑へ、家内と葱を抜きに行った。……料理番に頼んで、晩にはこれで味噌汁を拵(こしら)えて貰うつもりである。生玉子を割って、且(か)つは吸ものにし、且つはおじやと言う、上等のライスカレエを手鍋で拵(あつら)える。……腹ぐあいの悪い時だし、秋雨もこう毎日降続(ふりつづ)いて、そぞろ寒い晩にはこれが何より甘味(うま)い。
 畑の次手(ついで)に、目の覚めるような真紅(まっか)な蓼(たで)の花と、かやつり草(そう)と、豆粒ほどな青い桔梗(ききょう)とを摘んで帰って、硝子杯(コップ)を借りて卓子台(ちゃぶだい)に活けた。
 ……いま、また女中が、表二階の演技場で、万歳(まんざい)がはじまるから、と云って誘いに来た。――毎日雨ばかり続くから、宿でも浴客、就中(なかんずく)、逗留客にたいくつさせまい心づかいであろう。
 私はちょうど寝ころんで、メリメエの、(チュルジス夫人)を読んでいた処だ。真個(ほんとう)はこの作家のものなどは、机に向って拝見をすべきであろうが、温泉宿の昼間、掻巻(かいまき)を掛けて、じだらくで失礼をしていても、誰(たれ)も叱言(こごと)をいわない処がありがたい。
 が、この名作家に対しても、田舎まわりの万歳芝居は少々憚(はばか)る。……で、家内だけ、いくらかお義理を持参で。――ただし煙草(たばこ)をのませない都会の劇の義理見(けん)ぶつに切符を押(おし)つけられたような気味の悪いものではない。出来秋(できあき)の村芝居とおなじ野趣に対して、私も少からず興味を感ずる。――家内はいそいそと出て行った。
 どれ、寝てばかりもおられまい。もう二十日過(はつかすぎ)だし少し稼ごう。――そのシャルル九世(くせい)年代記を、わが文化の版、三馬(さんば)の浮世風呂にかさねて袋棚にさしおいた。――この度胸でないと仕事は出来ない。――さて新しい知己(その人は昨日この宿を立ったが)秋庭俊之(あきばとしゆき)君の話を記そう。……
 中へ出る人物は、芸妓(げいしゃ)が二人、それと湘南の盛場(さかりば)を片わきへ離れた、蘆(あし)の浦辺(うらべ)の料理茶屋の娘……と云うと、どうも十七八、二十(はたち)ぐらいまでの若々しいのに聞えるので、一寸(ちょっと)工合が悪い。二十四五の中年増(ちゅうどしま)で、内証(ないしょう)は知らず、表立った男がないのである。京阪地(かみがた)には、こんな婦人を呼ぶのに可(い)いのがある。(とうはん)とか言う。……これだと料理屋、待合(まちあい)などの娘で、円髷(まるまげ)に結(ゆ)った三十そこらのでも、差支(さしつか)えぬ。むかしは江戸にも相応(ふさわ)しいのがあった、娘分(むすめぶん)と云うのである。で、また仮に娘分として、名はお由紀(ゆき)と云うのと、秋庭君とである。
 それから、――影のような、幻のような、絵にも、彫刻にも似て、神のような、魔のような、幽霊かとも思われる。……歌の、ははき木(ぎ)のような二人(ふたり)の婦(おんな)がある。
 時は今年の真夏だ。――
 これから秋庭君の直話(じきわ)を殆(ほとん)どそのままであると云って可(い)い。

「――さあ、あれは明治何年頃でありましょうか。……新橋の芸妓(げいしゃ)で、人気と言えば、いつもおなじ事のようでございますが、絵端書(えはがき)や三面記事で評判でありました。一対の名妓が、罪障消滅(ざいしょうしょうめつ)のためだと言います。芸妓の罪障は、女郎の堅気も、女はおなじものと見えまして、一念発起、で、廻国(かいこく)の巡礼に出る。板橋から中仙道(なかせんどう)、わざと木曾の山路の寂(さび)しい中を辿(たど)って伊勢大和めぐり、四国まで遍路をする。……笈(おい)も笠も、用意をしたと、毎日のように発心(ほっしん)から、支度(したく)、見送人のそれぞれまで、続けて新聞が報道して、えらい騒ぎがありました。笈摺(おいずる)菅笠(すげがさ)と言えば、極(きま)った巡礼の扮装(いでたち)で、絵本のも、芝居で見るのも、実際と同じ姿でございます。……もしこれが間違って、たとい不図(ふと)した記事、また風説(うわさ)のあやまりにもせよ、高尚なり、意気なり、婀娜(あだ)なり、帯、小袖をそのままで、東京をふッと木曾へ行く。……と言う事であったとしますと、私の身体(からだ)はその時、どうなっていたか分りません。
 尚(な)おその上、四国遍路に出る、その一人が円髷(まるまげ)で、一人が銀杏返(いちょうがえし)だったのでありますと、私は立処(たちどころ)に杓(しゃく)を振って飛出(とびだ)したかも知れません。ただし途中で、桟道(さんばし)を踏辷(ふみすべ)るやら、御嶽(おんたけ)おろしに吹飛(ふきとば)されるやら、それは分らなかったのです。
 御存じとは思いますが、川越喜多院(かわごえきたいん)には、擂粉木(すりこぎ)を立掛(たてか)けて置かないと云う仕来(しきた)りがあります。縦にして置くと変事がある。むかし、あの寺の大僧正が、信州の戸隠(とがくし)まで空中を飛んだ時に、屋の棟を、宙へ離れて行く。その師の坊の姿を見ると、ちょうど台所で味噌を摺(す)っていた小坊主が、擂粉木を縦に持ったまま、破風(はふ)から飛出(とびだ)して雲に続いた。これは行力(ぎょうりき)が足りないで、二荒山(ふたらやま)へ落(おっ)こちたと言うのです。
 私にしても、おなじ運命かも知れません。別嬪(べっぴん)が二人、木曾街道を、ふだらくや岸打つ浪と、流れて行く。岨道(そばみち)の森の上から、杓を持った金釦(きんぼたん)が団栗(どんぐり)ころげに落ちてのめったら、余程(よっぽど)……妙なものが出来たろうと思います。
 些(ち)と荒唐無稽に過ぎるようですが、真実(まったく)で、母可懐(なつかし)く、妹恋しく、唯心も空(そら)に憧憬(あこが)れて、ゆかりある女と言えば、日とも月とも思う年頃では、全く遣(や)りかねなかったのでございます。――幼いうちから、孤(みなしご)だった私は、その頃は、本郷の叔父のうちに世話になって、――大学へ通っていました。……文科です。
 幸(さいわい)ですか、如何(いかが)だか、単に巡礼とばかりで、その芸妓たちの風俗から、円髷と銀杏返と云う事を見出さなかったばかりに、胸を削るような思(おもい)ばかりで済みました。
 もとより、円髷と銀杏返と、一人ずつ、別々に離れた場合は、私に取って何事もないのです。――申すまでもない事で、円髷と銀杏返を見るたびに、杓を持って追掛(おいか)けるのでは、色情狂(いろきちがい)を通り越して、人間離れがします、大道中(だいどうなか)で尻尾を振る犬と隔(へだた)りはありません。
 それに、私が言う不思議な婦(おんな)は、いつも、円髷に結った方は、品がよく、高尚で、面長(おもなが)で、そして背がすらりと高い。色は澄んで、滑らかに白いのです。銀杏返の方は、そんなでもなく、少し桃色がさして、顔もふっくりと、中肉……が小肥(こぶと)りして、些(ち)と肩幅もあり、較べて背が低い。この方が、三つ四つ、さよう、……どうかすると五つぐらい年紀下(としした)で。縞(しま)のきものを着ている。円髷のは、小紋か、無地かと思う薄色(うすいろ)の小袖です。
 思いもかけない時、――何処と言って、場所、時を定めず、私の身に取って、彗星(ほうきぼし)のように、スッとこの二人の並んだ姿の、顕(あらわ)れるのを見ます時の、その心持と云ってはありません。凄いとも、美しいとも、床(ゆか)しいとも、寂(さみ)しいとも、心細いとも、可恐(おそろし)いとも、また貴いとも、何とも形容が出来ないのです。
 唯今も申した通り、一人ずつ別に――二人を離して見れば何でもありません。並んで、すっと来るのを、ふと居る処を、或(あるい)は送るのを見ます時にばかり、その心持がしますのです。」
 著者はこれを聞きながら、思わず相対(さしむか)っていて、杯(さかずき)を控えた。
 ――こう聞くと、唯その二人立並(たちなら)んだ折のみでない。二人を別々に離しても、円髷(まるまげ)の女には円髷の女、銀杏返の女には銀杏返(いちょうがえし)の女が、他(ほか)に一体(ひとつ)ずつ影のように――色あり縞ある――影のように、一人ずつ附いて並んで、……いや、二人、三人、五人、七人、おなじようなのが、ふらふらと並んで見えるように聞き取られて、何となく悚然(ぞっと)した。

「はじめて、その二人の婦(おんな)を見ましたのは、私が八つ九つぐらいの時、故郷の生家で。……母親の若くてなくなりました一周忌の頃、山からも、川からも、空からも、町に霙(みぞれ)の降りくれる、暗い、寂(さみ)しい、寒い真夜中、小学校の友だちと二人で見ました。――なまけものの節季(せっき)ばたらきとか言って、試験の支度(したく)に、徹夜で勉強をして、ある地誌略(ちしりゃく)を読んでいました。――白山(はくさん)は北陸道第一の高山にして、郡の東南隅(とうなんぐう)に秀(ひい)で、越前(えちぜん)、美濃(みの)、飛騨(ひだ)に跨(またが)る。三峰(さんぽう)あり、南を別山(べつざん)とし、北を大汝嶽(おおなんじだけ)とし、中央を御前峰(ごぜんがみね)とす。……後(うしろ)に剣峰(けんがみね)あり、その状(さま)、五剣(ごけん)を植(うう)るが如し、皆四時(しじ)雪を戴(いただ)く。山中に千仞瀑(せんじんだき)あり。御前峰の絶壁に懸(かか)る。美女坂(びじょざか)より遥(はるか)に看(み)るべし。しかれども唯飛流(ひりゅう)の白雲の中(うち)より落(おつ)るを見るのみ、真に奇観なり。この他(た)美登利池(みどりがいけ)、千歳谷(せんざいだに)――と、びしょびしょと冷く読んでいると、しばらく降止(ふりや)んで、ひっそりしていたのが急にぱらぱらと霰(あられ)になった。霰……横の古襖の破目(やぶれめ)で真暗な天井から、ぽっと燈明(あかり)が映ります。寒さにすくんで鼠も鳴かない、人ッ子の居ない二階の、階子段(はしごだん)の上へ、すっとその二人の婦(おんな)が立ちました。縞の銀杏返の方のが硝子台(がらすだい)の煤(すす)けた洋燈(ランプ)を持っています。ここで、聊(いささか)でも作意があれば、青い蝋燭と言いたいのですが、洋燈(ランプ)です。洋燈(ランプ)のその燈(ひ)です、その燈で、円髷の婦(おんな)の薄色の衣紋(えもん)も帯も判然(はっきり)と見えました。あッと思うと、トントン、トントンと静(しずか)な跫音(あしおと)とともに階子段を下りて来る。キャッと云って飛上(とびあが)った友だちと一所(いっしょ)に、すぐ納戸の、父の寝ている所へ二人で転(ころが)り込みました。これが第一時の出現で、小児(こども)で邪気のない時の事ですから、これは時々、人に話した事がありますが。
 翌年でしたか、また秋のくれ方に、母のない子は、蛙(かえる)がなくから帰ろ、で、一度別れた友だちを、尚(な)おさみしさに誘いたくって、町を左隣家(ひだりどなり)の格子戸の前まで行くと、このしもた屋は、前町(まえまち)の大商人(おおあきんど)の控屋(ひかえや)で、凡(およ)そ十人ぐらいは一側(ひとかわ)に並んで通ることの出来る、広い土間が、おも屋まで突抜(つきぬ)けていると言うのですが、その土間と、いま申した我家の階子段とは、暗い壁一重(ひとえ)になっていました。
 稚(おさな)い時は、だから、よく階子の中段に腰を掛けて、壁越に、その土間を歩行(ある)く跫音や、ものいう人声を聞いて、それをあの何年何月の間(あいだ)か、何処までも何処までもほり抜くと、土一皮(つちひとかわ)下(した)に人声がして、遠くで鶏(にわとり)の鳴くのが聞えたと言う、別の世界の話声が髣髴(ほうふつ)として土間から漏れる。……小児(こども)ごころに、内(うち)の階子段は、お伽話の怪(あやし)い山の、そのまま薄暗い坂でした。――そこが、いまの隣家(となり)の格子戸から、間(ま)を一つ框(かまち)に置いて、大(おおき)な穴のように偶(ふ)と見えました。――その口へ、円髷(まるまげ)の婦(おんな)がふっと立つ。同時に並んでいた銀杏返(いちょうがえし)のが、腰を消して、一寸(ちょっと)足もとの土間へ俯向(うつむ)きました。これは、畳を通るのに、駒下駄(こまげた)を脱いで、手に持つのだ、と見る、と……そのしもた家へ、入るのではなくて、人の居ない間(ま)を通抜(とおりぬ)けに、この格子戸へ出ようとするのだ、何故か、そう思うと、急に可恐(おそろし)くなって、一度、むこうへ駈出(かけだ)して、また夢中で、我家へ遁込(にげこ)んで了(しま)いました。
 二年ばかり経ってからです。父のために、頻(しきり)に後妻を勧めるものがあって、城下から六七里離れた、合歓(ねむ)の浜――と言う、……いい名ですが、土地では、眠そうな目をしたり、坐睡(いねむり)をひやかす時に(それ、ねむの浜からお迎(むかえ)が。)と言います。ために夢見る里のような気がします。が、村に桃の林があって、浜の白砂(しらすな)へ影がさす、いつも合歓の花が咲いたようだと言うのだそうです。その浜の、一向寺(いっこうでら)の坊さんの姪が相談の後妻になるので、父に連れられて行きました。生れてから三里以上歩行(ある)いたのは、またその時がはじめてです。母(おっか)さんが出来ると云うので、いくら留(と)められても、大きな草鞋(わらじ)で、松並木を駈けました。庵(いおり)のような小寺で、方丈の濡縁(ぬれえん)の下へ、すぐに静(しずか)な浪が来ました。尤(もっと)もその間(あいだ)に拾うほどの浜はあります。――途中建場茶屋(たてばぢゃや)で夕飯は済みました――寺へ着いたのは、もう夜分、初夏(はつなつ)の宵なのです。行燈(あんどん)を中にして、父と坊さんと何か話している。とんびずわりの足を、チクチク蚊がくいます、行儀よくじっとしてはいられないから、そこは小児(こども)で、はきものとも言わないで縁からすぐに浜へ出ました。……雪国の癖に、もう暑い。まるッ切(きり)風がありません。池か、湖かと思う渚を、小児ばかり歩行いていました。が、月は裏山に照りながら海には一面に茫(ぼう)と靄(もや)が掛(かか)って、粗い貝も見つからないので、所在なくて、背丈に倍ぐらいな磯馴松(そなれまつ)に凭懸(よりかか)って、入海(いりうみ)の空、遠く遥々(はるばる)と果(はて)しも知れない浪を見て、何だか心細さに涙ぐんだ目に、高く浮いて小船が一艘(そう)――渚から、さまで遠くない処に、その靄の中に、影のような婦(おんな)が二人――船はすらすらと寄りました。
 舷(ふなべり)に手首を少し片肱(かたひじ)をもたせて、じっと私を視(み)たのが円髷の婦(おんな)です、横に並んで銀杏返のが、手で浪を掻(か)いていました。その時船は銀(ぎん)の色して、浜は颯(さっ)と桃色に見えた。合歓(ねむ)の花の月夜です。――(やあ父(おとっ)さん――彼処(あすこ)に母(おっか)さんと、よその姉さんが。……)――後々(のちのち)私は、何故、あの時、その船へ飛込(とびこ)まなかったろうと思う事が度々(たびたび)あります。世を儚(はかな)む時、病に困(くるし)んだ時、恋に離れた時です。……無論、船に入ろうとすれば、海に溺れたに相違ない。――彼処に母さんと、よその姉さんが、――そう言って濡縁に飛びついたのは、まだ死なない運命だったろう、と思います。
 言うまでもありませんが、後妻のことは、其処でやめになりました。
 可厭(いや)な、邪慳(じゃけん)らしい、小母さんが行燈(あんどん)の影に来て坐っていましたもの。……」
 俊之君は、話しかけて、少時(しばらく)思(おもい)にふけったようであった。
「……その後、時を定めず、場所を択(えら)ばず、ともするとその二人の姿を見た事があるのです。何となく、これは前世から、私に附纏(つきまと)っている、女体(じょたい)の星のように思われます。――いえ、それも、世俗になずみ、所帯に煩わしく、家内もあるようになってからは、つい、忘れ勝(がち)……と言うよりも、思出(おもいだ)さない事さえ稀で、偶(たま)に夢に視(み)て、ああ、また(あの夢か。)と、思うようになりました。
 ――処(ところ)が、この八月の事です――
 寺と海とが離れたように、間(ま)を抜いてお話しましょう。が、桃のうつる白妙(しろたえ)の合歓の浜のようでなく、途中は渺茫(びょうぼう)たる沙漠のようで。……」

「東京駅で、少し早めに待合(まちあ)わして。……つれはまだかと、待合室からプラットホオムを出口の方へ掛(かか)った処で、私はハッと思いました。……まだ朝のうちだが、実に暑い。息苦しいほどで、この日中が思遣(おもいや)られる。――海岸へ行くにしても、途中がどんなだろう。見合せた方がよかった、と逡巡(しりごみ)をしたくらいですから、頭脳(あたま)がどうかしていはしないかと、危(あやぶ)みました。
 あの、いきれを挙げる……むッとした人混雑(ひとごみ)の中へ――円髷(まるまげ)のと、銀杏返(いちょうがえし)のと、二人の婦(おんな)が夢のように、しかも羅(うすもの)で、水際立って、寄って来ました。(あら。)と莞爾(にっこり)して、(お早う。)と若い方が言うと、年上の上品なのは、一寸(ちょっと)俯目(ふしめ)に頷(うなず)くようにして、挨拶しました。」
 ――先刻(さっき)は、唯、芸妓(げいしゃ)が二人、と著者は記(しる)した。――俊之君は、「年増と若いの。」と云って話したのである。が、ここに記しつつ思うのに、どうも、どっちも――これから後(のち)も――それだと、少なくとも、著者がこの話についてうけた印象に相当しない。更(あらた)めて仮に姉と、妹としようと思う。……
「私は目が覚めたように、いや、龍宮から東京駅へ浮いて出た気がしました。同時に、どやどや往来(ゆきき)する人脚(ひとあし)に乱れて二人は、もう並んではいません。私と軽い巴(ともえ)になって、立停(たちどま)りましたので。……何の秘密も、不思議もない。――これが約束をした当日の同伴(つれ)なので。……実は昨夜、或場所で、余りの暑さだから、何処かいき抜きに、そんなに遠くない処へ一晩どまりで、と姉の方から話が出たので、可(よ)かろう、翌日(あした)にも、と酒の勢(いきおい)で云ったものの、用もたたまっていますし、さあ、どうしようか、と受けた杯を淀(よど)まして、――四五日経ってからの方が都合は可(い)いのだがと、煮切(にえき)らない。……姉さんは温和(おだやか)だから、ええええ御都合のいい時で結構。で、杯洗(はいせん)へ、それなり流れようとした処へ、(何の話?……)と、おくれて来た妹が、いきなり、(明日(あした)が可(い)い、明日になさい、明日になさい、ああこう云ってると、またお流れになる。)そこで約束が極(きま)って、出掛ける事になったのです。――昨夜(ゆうべ)の今朝ですもの、その二人を、不思議に思うのが却(かえ)って不思議なくらいで。いや自然の好(このみ)は妙なものだ、すらりとした姉の方が、細長い信玄袋を提げて、肩幅の広い、背の低い方が、ポコンと四角張って、胴の膨れた鞄を持っている、と、ふとおかしく思うほど、幻は現実に、お伽の坊やは、芸妓づれのいやな小父さんになりましたよ。
 乗込(のりこ)んでから、またどうか云う工合で、女たちが二人並ぶか、それを此方(こっち)から見る、と云った風(ふう)になると、髪の形ばかりでも、菩提樹(ぼだいじゅ)か、石榴(ざくろ)の花に、女の顔した鳥が、腰掛けた如くに見えて、再び夢心に引入(ひきい)れられもしたのでありましょうけれど、なかなか、そんな事を云っていられる混雑方(こんざつかた)ではなかったのです。
 折からの日曜で、海岸へ一日がえりが、群(むらが)り掛(かか)る勢(いきおい)だから、汽車の中は、さながら野天(のでん)の蒸風呂へ、衣服(きもの)を着て浸(つか)ったようなありさまで。……それでも、当初(はな)乗った時は、一つ二つ、席の空いたのがありました。クションは、あの二人ずつ腰を掛ける誂(あつらえ)ので、私は肥満(でっぷり)した大柄の、洋服着た紳士の傍(わき)、内側へ、どうやら腰が掛けられました。ちょうど、椅子を開いて向合(むかいあい)に一つ空席(あき)がありましたので、推されながら、この真中ほどへ来た女たちが、
(姉さん。)
(まあ、お前さん。)
 と譲合(ゆずりあ)いながら、その円髷(まるまげ)の方が、とに角(かく)、其処へ掛けようとすると、
(一人居るんです。)と言った、一人居た、茶と鼠の合の子の、麻らしい……詰襟(つめえり)の洋服を着た、痩せたが、骨組のしっかりした、浅黒い男が、席を片腕で叩くのです。叩きながら上着を脱いで、そのあいた処へ刎(は)ねました。――さいわい斜違(はすかい)のクションへ、姉は掛ける事が出来ましたし、それと背中合せに、妹も落着いたんです。御存じの通り、よっかかりが高いのですから、その銀杏返(いちょうがえし)は、髪も低い……一寸(ちょっと)雛箱へ、空色天鵝絨(びろうど)の蓋をした形に、此方(こっち)から見えなくなる。姉の円髷ばかり、端正(きちん)として、通(とおり)を隔てて向合(むかいあ)ったので、これは弱った――目顔(めがお)で串戯(じょうだん)も言えない。――たかだか目的地まで三時間に足りないのだけれど、退屈だなと思いましたが、どうして、退屈などと云う贅沢は言っていられない、品川でまた一もみ揉込(もみこ)んだので、苦しいのが先に立ちます。その時も、手で突張(つっぱ)ったり、指で弾いたり、拳で席を払(はた)いたり、(人が居るです、――一人居るですよ。)その、貴下(あなた)……白襯衣(しろしゃつ)君の努力と云ってはなかった。誰にも掛けさせまいとする。……大方その同伴(つれ)は、列車の何処かに知合とでも話しているか、後架(はばかり)にでも行ってるのであろうが、まだ、出て来ません。このこみ合う中で、それとも一人占めにしようとするのか知ら、些(ち)と怪(け)しからんと思ううちに、汽車が大森駅へ入った時です。白襯衣君が、肩を聳(そび)やかして突立(つった)って、窓から半身(はんしん)を乗出(のりだ)したと思うと、真赤な洋傘(こうもり)が一本、矢のように窓からスポリと飛込(とびこ)んだ。白襯衣君がパッとうけて、血の点滴(したた)るばかりに腕へ留(と)めて抱きましたが、色の道には、あの、スパルタの勇士の趣(おもむき)がありましたよ。汽車がまだ留(とま)らない間(うち)の早業(はやわざ)でしてなあ。」
 俊之君は、吻(ほっ)と一息を吐(つ)いて言った。
「敏捷(すばや)い事……忽(たちま)ち雪崩(なだ)れ込む乗客の真前(まんまえ)に大手を振って、ふわふわと入って来たのは、巾着(きんちゃく)ひだの青い帽子を仰向(あおむ)けに被(かぶ)った、膝切(ひざきり)の洋服扮装(いでたち)の女で、肱(ひじ)に南京玉のピカピカしたオペラバックと云う奴を釣って、溢出(はみだ)しそうな乳(ちち)を圧(おさ)えて、その片手を――振るのではない、洋傘(こうもり)を投げたはずみがついて、惰力が留まらなかったものと考えられます。お定(きま)りの、もう何(ど)うにもならないと云った大(おおき)な尻をどしんと置くのだが、扱いつけていると見えて、軽妙に、ポンと、その大(おおき)な浮袋で、クションへ叩きつけると、赤い洋傘(こうもり)が股へ挟まったように捌(さば)ける、そいつを一蹴(ひとけり)けって黄色な靴足袋(くつたび)を膝でよじって両脚を重ねるのをキッカケに、ゴム靴の爪さきと、洋傘(こうもり)の柄をつつく手がトントンと刻んで動く、と一所(いっしょ)に、片肱を白襯衣(しろしゃつ)の肩へ掛けて、円々(まるまる)しい頤(あご)を頬杖で凭(もた)せかけて、何と、危く乳首だけ両方へかくれた、一面に寛(はだ)けた胸をずうずうと揺(ゆす)って、(おお、辛度(しんど)。)と故(わざ)とらしい京弁で甘ったれて、それから饒舌(しゃべ)る。のべつに饒舌る……黄色い歯の上下に動くのと、猪首(いくび)を巾着帽子の縁(ふち)で突(つつ)くのと同時なんです。
 二の腕から、頸(えり)は勿論、胸の下までべた塗の白粉(おしろい)で、大切な女の膚(はだえ)を、厚化粧で見せてくれる。……それだけでも感謝しなければなりません。剰(あまつさ)え貴い血まで見せた、その貴下(あなた)、いきれを吹きそうな鳩尾(みずおち)のむき出た処に、ぽちぽちぽちと蚤(のみ)のくった痕がある。
 ――川崎を越す時分には、だらりと、むく毛の生えた頸(くび)を垂れて、白襯衣君の肩へ眉毛まで押着けて、坐睡(いねむり)をはじめたのですが、俯向けじゃあ寝勝手(ねがって)が悪いと見えて、ぐらぐら首を揺(ゆす)るうちに、男の肩へ、斜(はす)に仰向(あおの)け状(ざま)にぐたりとなった。どうも始末に悪いのは、高く崩れる裾ですが、よくしたもので、現(うつつ)に、その蚤の痕をごしごし引掻(ひっか)く次手(ついで)に、膝を捩(ね)じ合わせては、ポカリと他人(ひと)の目の前へ靴の底を蹴上(けあ)げるのです。
 男の方は、その重量(おもみ)で、窓際へ推曲(おしゆが)められて、身体(からだ)を弓形(ゆみなり)に堪(た)えて納まっている。はじめは肩を抱込(だきこ)んで、手を女の背中へまわしていました。……膚(はだ)いきれと、よっかかりの天鵝絨(びろうど)で、長くは暑さに堪(たま)りますまい。やがて、魚を仰向けにしたような、ぶくりとした下腹の上で涼ませながら、汽車の動揺に調子を取って口笛です。
 娑婆(しゃば)はこのくらいにして送りたい、羨(うらやま)しいの何のと申して。
 私は目の遣場(やりば)に困りました。往来の通(かよい)も、ぎっしり詰って、まるで隙間がないのです。現に私の頭の上には、緋手絡(ひてがら)の大円髷(おおまるまげ)が押被(おしかぶ)さって、この奥さんもそろそろ中腰になって、坐睡(いねむり)をはじめたのです。こくりこくりと遣るのに耳へも頬へもばらばらとおくれ毛が掛(かか)って来る。……鬢(びん)のおくれ毛が掛(かか)るのを、とや角(かく)言っては罰の当った話ですが、どうも小唄や小本(こほん)にあるように、これがヒヤリと参りません。べとべとと汗ばんで、一条(ひとすじ)かかると濛(もう)とします。ただし、色白で一寸(ちょっと)、きれいな奥さんでしたが、えらい子持だ。中を隔てられて、むこうに、海軍帽子の小児(こども)を二人抱いて押されている、脊のひょろりとしたのが主人らしい。その旦那の分と、奥さん自身のと、――私は所在なさに、勘定をしましたが、小児(こども)の分を合わせて洋傘(こうもり)九本は……どうです。
 さあ、事ここに及んで、――現実の密度が濃くなっては、円髷(まるまげ)と銀杏返(いちょうがえし)の夢の姿などは、余りに影が薄すぎる。……消えて幽霊になって了(しま)ったかも知れません。
(清涼薬(きつけ)……)
 と、むこうで、一寸(ちょっと)噪(はしゃ)いだ、お転婆(てんば)らしい、その銀杏返の声がすると、ちらりと瞳が動く時、顔が半分無理に覗いて、フフンと口許で笑いながら、こう手が、よっかかりを越して、姉の円髷の横へ伝(つたわ)って、白く下りると、その紙づつみを姉が受けて、子持の奥さんの肩の上から、
(清涼薬(きつけ)ですって。……嘸(さ)ぞお暑い事で。……)
 と、腹の上で揺れてる手を流眄(ながしめ)に見て、身を引きました。
 私は苦笑をしながら、ついぞ食べつけない、レモン入りの砂糖を舐(な)めました。――如何(いかが)、この動作で、その二人の婦(おんな)がやっと影を顕(あら)わし得た気がなさりはしませんか。
 時に、おなじくその赤い蝙蝠(こうもり)――の比翼の形を目と鼻の前(さき)にしながら、私と隣合った年配の紳士は、世に恐らく達人と云って可い、いや、聖人と言いたいほどで。――何故と云うと、この紳士は大森を出てから、つがいの蝙蝠が鎌倉で、赤い翼を伸(の)して下りた時まで、眠り続けて睡(ねむ)っていました。……
 真個(ほんとう)に寝ていたのかと思うと、そうでありません。つがいが飛んだのを見ると、明(あきらか)に眼(まなこ)を活かして、棚のパナマ帽を取って、フッと埃を窓の外へ弾(はじ)きながら、
(御窮屈でございましたろう……御迷惑で。)
 澄まして挨拶をされて、吃驚(びっくり)して、
(いや。どう仕(つかまつ)りまして。)
 と面くらう隙(ひま)に、杖(ステッキ)を脇挟(わきばさ)んで悠然と下車しましたから。」
 俊之君は、ここで更に居坐(いずまい)を直して続けた。……

「お話のいたしようで、どうお取りになったか知れないのでありますが、私は紳士に敬意を表するとともに、赤い蝙蝠(こうもり)にも、年児(としご)の奥さんにも感謝します。決して敵意は持ちません。そのいずれの感化であったかは自分にも分りません。が、とに角、その晩、二人の婦(おんな)と、一ツ蚊帳に……成(な)りたけ離れて寝ましたから。
 ――さあ、何時頃だったでしょう――二度めに、ふと寝苦しい暑さから、汗もねばねばとして目の覚めましたのは。――夜中も、その沈み切った底だったと思います。うつうつしながら糠(ぬか)に咽(む)せるように鬱陶(うっとう)しい、羽虫と蚊の声が陰(いん)に籠(こも)って、大蚊帳の上から圧附(おしつ)けるようで息苦しい。
 蚊帳は広い、大(おおき)いのです。廻縁(まわりえん)の角座敷の十五畳一杯に釣って、四五ヶ所釣(つり)を取ってまだずるり――と中だるみがして、三つ敷いた床(とこ)の上へ蔽(おお)いかかって、縁へ裾が溢(こぼ)れている。私には珍しいほどの殆(ほとん)ど諸侯道具(だいみょうどうぐ)で。……余り世間では知りませんが、旅宿(やど)が江戸時代からの旧家だと聞いて来たし、名所だし、料理旅籠(はたご)だししますから、いずれ由緒あるものと思われる、従って古いのです。その上、一面に嬰児(あかご)の掌(て)ほどの穴だらけで、干潟の蟹の巣のように、ただ一側(ひとかわ)だけにも五十破れがあるのです。勿論一々(ひとつびとつ)継(つぎ)を当てた。……古麻(ふるあさ)に濃淡が出来て、こう瞬(またたき)をするばかり無数に取巻く。……この大痘痕(おおあばた)の化(ばけ)ものの顔が一つ天井から抜出(ぬけだ)したとなると、可恐(おそろし)さのために一里(ひとさと)滅びようと言ったありさまなんです。――ここで一寸(ちょっと)念のために申しますが、この旅籠屋も、昨年の震災を免(まぬか)れなかったのに、しかも一棟(ひとむね)焚(や)けて、人死(ひとじに)さえ二三人あったのです――蚊帳は火の粉を被(かぶ)ったか、また、山を荒して、畑に及ぶと云う野鼠が群り襲い、当時、壁も襖も防ぎようのなかった屋(や)のうちへ押入って、散々に喰散らしたのかとも思われる。
 女中が二人で、宵にこの蚊帳を釣った時、
(まあ。)
 と浮(うっか)りしたように姉が云うと、
(お気の毒だわね。)
 と思わず妹も。……この両方(ふたかた)だって、おなじく手拭浴衣一枚で、生命を助(たすか)って、この蚊帳を板にした同然な、節穴と隙間だらけのバラックに住んでいるのに、それでさえそう言った。

 ――実は、海岸も大分片よった処ですから、唯聞いたばかり、絵で見たばかりで様子を知らない。――宿が潰れた上、焚けて人死があった事は、途中自動車の運転手に聞いて、はじめて知ったのです。
(――それは少し心配だな。)
 二人の婦(おんな)も、黙って顔を見合せました。
 可恐(おそろ)しい崖崩れがそのままになっていて、自動車が大揺れに煽(あお)った処で。……またそれがために様子を聞きたくもなったのでした。
 運転手は悍馬(かんば)を乗鎮(のりしず)めるが如くに腰を切って、昂然(こうぜん)として、
(来(きた)る……九月一日、十一時五十八分までは大丈夫請合います。)
 と笑って言った。――(八月十日頃の事ですが)――
 畜生、巫山戯(ふざけ)ている。私は……一昨々年――家内をなくしたのでございますが、連(つれ)がそれだったらこういう蔑(な)めた口は利きますまい。いや、これに対しても、いまさら他(よそ)の家(うち)へとも言いたくなし、尤(もっと)も其家(そこ)をよしては、今頃間貸(まがし)をする農家ぐらいなものでしょうから。
(構わない、九月一日まで逗留だ。)
 と擬勢(ぎせい)を示した。自動車は次第に動揺が烈しくなって乗込(のりこ)みました。入江に渡した村はずれの土橋などは危なかしいものでした。
 場所は逗子から葉山を通って秋谷(あきや)、立石(たていし)へ行く間(あいだ)の浦なんです。が、思ったとは大変な相違で、第一土橋と云う、その土橋の下にまるで水がありません、……約束では、海の波が静(しずか)にこの下を通って、志した水戸屋(みなとや)と云うのの庭へ、大(おおき)な池に流れて、縁前(えんさき)をすぐに漁船が漕ぐ。蘆(あし)が青簾(あおす)の筈なんです。処(ところ)が、孰方(どっち)を向いても一面の泥田、沼ともいわず底が浅い。溝(どぶ)をたたきつけた同然に炎天に湧いたのが汐(しお)で焼けて、がさがさして、焦げています。……あの遠くの雲が海か知らんと思うばかりです。干潟と云うより亡(ほろ)びた沼です。気の利いた蛙なんか疾くに引越して、のたり、のたりと蚯蚓(みみず)が雨乞(あまごい)に出そうな汐筋(しおすじ)の窪地を、列を造って船虫が這(はい)まわる……その上を、羽虫の大群(おおむれ)が、随所に固って濛々(もうもう)と、舞っているのが炎天に火薬の煙のように見えました。
 半ばひしゃげたままの藤棚の方から、すくすくとこの屋台を起(おこ)して支えた、突支棒(つっかいぼう)の丸太越(まるたごし)に、三人広縁に立って三方に、この干からびた大沼を見た時は、何だか焼原(やけはら)の東京が恋しくなった。
 贅沢だとお叱んなさい。私たちは海へ涼みに出掛けたのです。
(海には汐の満干(まんかん)があるよ、いまに汐がさすと一面の水になる。)
 折角(せっかく)、楽(たのし)みにして、嬉しがって来た女連(おんなれん)に、気の毒らしくって、私が言訳(いいわけ)らしくそう言いますと、
(嘸(さ)ぞようござんしょうねお月夜だったら。)
 姉の言った事は穏(おだやか)です。
 些(ち)と跳(は)ねものの妹のをお聞きなさい。
(雪が降るといい景色だわね。)
 真実(ほんとう)の事で。……これは決して皮肉でも何でもありません。成程ここへ雪が降れば、雪舟(せっしゅう)が炭団(たどん)を描いたようになりましょう。
 それも、まだ座敷が極(きま)ったと言うのではなかったので。……ここの座敷には、蜜柑(みかん)の皮だの、キャラメルの箱だのが散ばって、小児(こども)づれの客が、三崎へ行く途中、昼食(ちゅうじき)でもして行った跡(あと)をそのままらしい。障子はもとより開放(あけはな)してありました。古襖がたてつけの悪いままで、その絵の寒山拾得(かんざんじっとく)が、私たちを指(ゆびさ)して囁き合っている体(てい)で、おまけに、手から抜出(ぬけだ)した同然に箒が一本立掛(たてか)けてあります。
 串戯(じょうだん)にも、これじゃ居たたまらないわけなんですが、些(ちっ)とも気にならなかったのは、――先刻(さっき)広い、冠木門(かぶきもん)を入った時――前庭を見越したむこうの縁で、手をついた優しい婦(おんな)を見たためです。……すぐその縁には、山林局の見廻りでもあろうかと思う官吏風の洋装したのが、高い沓脱石(くつぬぎいし)を踏んで腰を掛けて、盆にビイル罎(びん)を乗せていました。またこの形は、水戸屋がむかしの茶屋旅籠のままらしくて面白し……で、玄関とも言わず、迎えられたまま、その傍(わき)から、すぐ縁側へ通ったのですが、優しい婦(ひと)が、客を嬉しそうに見て、
(お暑うございましたでしょう、まあ、ようこそ、――一寸(ちょっと)お休み遊ばして。)
 と、すぐその障子の影へ入れる、とすぐ靴の紐を縷(かが)っていた洋装のが、ガチリと釣銭を衣兜(かくし)へ掴込(つかみこ)んで、がっしりした洋傘(こうもり)を支(つ)いて出て行く。……いまの婦(おんな)は門外(もんそと)まで、それを送ると、入違いに女中が、端近(はしぢか)へ茶盆を持って出て、座蒲団をと云った工合で?……うしろに古物(こぶつ)の衝立(ついたて)が立って、山鳥(やまどり)の剥製が覗いている。――処へ、三人茶盆を中にして坐った様子は、いまに本堂で、志す精霊(しょうりょう)の読経が始りそうで何とも以(もっ)て陰気な処へ、じとじと汗になるから堪(たま)りません……そこで、掃除の済まない座敷を、のそのそして、――右の廻縁へ立った始末で。……こう塩辛い、大沼を視(なが)めるうちに、山下の向う岸に、泥を食って沈んだ小船の、舷(ふなばた)がささらになって、鯉ならまだしも、朝日奈(あさひな)が取組合(とっくみあ)った鰐(わに)の頤(あご)かと思うのを見つけたのも悲惨です。
 山出しの女中が来て、どうぞお二階へ、――助かった、ここで翌朝(あす)まで辛抱するのかと断念(あきら)めていたのに。――いや、階子段(はしごだん)は、いま来た三崎街道よりずッと広い、見事なものです。三人撒いたように、ふらふらと上ると、上り口のまた広々とした板敷を、縁側へ廻る処で、白地の手拭の姉さんかぶりで、高箒(たかぼうき)を片手に襷(たすき)がけで、刻足(きざみあし)に出て行逢(ゆきあ)ったのがその優しい婦(おんな)で、一寸(ちょっと)手拭を取って会釈しながら、軽くすり抜けてトントンと、堅い段を下りて行くのが、あわただしい中にも、如何(いか)にも淑(しとや)かで跫音(あしおと)が柔(やわらこ)うございました。
 何とも容子(ようす)のいい、何処かさみしいが、目鼻立(だち)のきりりとした、帯腰(おびごし)がしまっていて、そして媚(なまめ)かしい、なり恰好は女中らしいが、すてきな年増だ。二十六七か、と思ったのが――この水戸屋の娘分――お由紀さんと言うのだとあとで分りました。

 ――また、奇異(みょう)なものを見ました――
 貴下(あなた)には、矢張(やっぱ)り唐突(だしぬけ)に聞えましょうが、私には度々の事で。……何かと申すと――例の怪しい二人の婦(おんな)の姿です。――私が湯から上りますと、二人はもう持参の浴衣に着換(きか)えていて、お定(きま)りの伊達巻(だてまき)で、湯殿へ下(お)ります、一人が市松で一人が独鈷(とっこ)……それも可(い)い、……姉の方の脱いだ明石(あかし)が、沖合の白波に向いた欄干(てすり)に、梁(はり)から衣紋竹(えもんだけ)で釣って掛けてさぼしてある。裾(すそ)にかくして、薄い紫のぼかしになった蹴出(けだ)しのあるのが、すらすら捌(さば)くように、海から吹く風にそよいでいました。――午後二時さがりだったと思います。真日中(まひなか)で、土橋にも浜道にも、人一人通りません。が、さすがに少し風が出ました。汗が引いてスッと涼しい。――とその蹴出しの下に脱いで揃えた白足袋が、蓮……蓮には済まないが、思うまま言わして下さい。……白蓮華(びゃくれんげ)の莟(つぼみ)のように見えました。同時に、横の襖に、それは欄間(らんま)に釣って掛けた、妹の方の明石(あかし)の下に、また一絞(ひとしぼ)りにして朱鷺色(ときいろ)の錦紗(きんしゃ)のあるのが一輪の薄紅い蓮華に見えます。――東京駅を出て、汽車で赤蝙蝠(あかこうもり)に襲われた、のちこの時まで、(ああ、涼しい。)と思えたのは、自動車で来る途中、山谷戸(やまやと)の、路傍に蓮田(はすた)があって、白いのが二三輪、旱(ひでり)にも露を含んで、紅蓮(こうれん)が一輪、むこうに交って咲いたのを見た時ばかりであったからです。
 また涼しい風が颯(さっ)と来ました。羅(うすもの)は風よりも軽い……姉の明石が、竹を辷(すべ)ると、さらりと落ちたが、畳まれもしないで、煽(あお)った襟をしめ加減に、細(ほっそ)りとなって、脇あけも採(と)れながら、フッと宙を浮いて行く。……あ、あ、と思ううちに、妹のが誘われて、こう並んでひらひらと行く。後のの裾(すそ)が翻(かえ)ったと見る時、ガタリと云って羅の抜けたあとへ衣紋竹が落ちました。一つは擽(くすぐ)られるように、一つは抱くようにと、見るうちに、床(とこ)わきへ横に靡いて両方裾(すそ)を流したのです。
 私は悚然(ぞっ)とした。
 ばかりではありません。ここで覚めるのかと思う夢でない所を見ると、これが空蝉(うつせみ)になって、二人は、裏の松山へ、湯どのから消失(きえう)せたのではなかろうか――些(ち)と仰山(ぎょうさん)なようであるが真個(まったく)……勝手を知った湯殿の外まで密(そっ)と様子を見に行ったくらいです。婦(おんな)の事で、勿論戸は閉めてある。妹の方の笑声が湯気に籠(こも)って、姉が静(しずか)に小桶を使う。その白い、かがめた背筋と、桃色になった湯の中の乳(ち)のあたりが、卑(さもし)い事だが、想像されて。……ただし、紅白の蓮華が浴する、と自讃して後架(こうか)の前から急に跫音(あしおと)を立てて、二階の見霽(みはらし)へ帰りました。
 や、二人の羅が、もとの通り、もとの処に掛(かか)っている、尤(もっと)も女中が来て、掛け直したと思えば、それまでなんですが、まだ希有(けう)な気がしたのです。
 けれども、午飯(ひる)のお誂(あつらえ)が持出されて、湯上りの二人と向合う、鯒(こち)のあらいが氷に乗って、小蝦(こえび)と胡瓜が揉合(もみあ)った処を見れば無事なものです。しかも女連(おんなれん)はビイルを飲む。ビイルを飲む仏もなし、鬼もない。おまけに、(冷蔵庫じゃないわね。)そ、そんな幽霊があるもんじゃありません。
 況(いわん)や、三人、そこへ、ころころと昼寝なんぞは、その上、客も、芸妓もない、姉も妹も、叔母さんも、更に人間も、何にもない。
 暮方(くれがた)、またひったりと蒸伏(むしふ)せる夕凪(ゆうなぎ)になりました。が、折から淡(うっす)りと、入江の出岬(でさき)から覗いて来る上汐(あげしお)に勇気づいて、土地で一番景色のいい、名所の丘だと云うのを、女中に教わって、三人で出掛けました。もう土橋の下まで汐が来ました。路々(みちみち)、唐黍(とうきび)畑も、おいらん草(そう)も、そよりともしないで、ただねばりつくほどの暑さではありましたが、煙草(たばこ)を買えば(私が。)(あれさ、細(こまか)いのが私の方に。)と女同士……東京子(とうきょうっこ)は小遣を使います。野掛け気分で、ぶらぶら七八町出掛けまして、地震で崩れたままの危(あぶな)かしい石段を、藪だの墓だのの間を抜けて、幾蜿(いくうね)りかして、頂上へ――誰も居ません。葭簀張(よしずばり)の茶店が一軒、色の黒い皺(しな)びた婆さんが一人、真黒な犬を一匹、膝に引(ひき)つけていて、じろりと、犬と一所(いっしょ)に私たちを視(なが)めましたっけ。……
 この婆さんに、可厭(いや)な事を聞きました。――
 ……此処で、姉の方が、隻手(かたて)を床几(しょうぎ)について、少し反身(そりみ)に、浴衣腰を長くのんびりと掛けて、ほんのり夕靄(ゆうもや)を視めている。崖縁(がけぶち)の台つきの遠目金(とおめがね)の六尺ばかりなのに妹が立掛(たちかか)った処は、誰も言うた事ですが、広重(ひろしげ)の絵をそのままの風情でしたが――婆の言う事で、変な気になりました。
 目の下の水田(みずた)へは雁(かり)が降りるのだそうです。向うの森の山寺には、暮(くれ)六(む)つの鐘が鳴ると言う。その釣鐘堂も崩れました。右の空には富士が見える。それは唯深い息づきもしない靄です。沖も赤く焼けていて、白帆の影もなし、折から星一つ見えません。
(御覧じゃい、あないにの、どす黒くへりを取った水際から、三反(たん)も五反(たん)と、沖の方へさ汐の干(ひ)た処(とこ)へ、貝、蟹の穴からや、にょきにょきと蘆(あし)が生えましたぞい。あの……蘆がつくようでは、この浦は、はや近うちに、干上って陸(おか)になるぞいの。そうもござりましょ。……去年の大地震で、海の底が一体(いったい)に三尺がとこ上りましての、家々の土地面(つちじめん)が三尺たたら踏んで落込(おちこ)みましたもの、の。いま、さいて来た汐も、あれ、御覧じゃい。……海鼠(なまこ)が這うようにちょろちょろと、蘆間(あしま)をあとへ引きますぞいの。村中が心を合せて、泥浚(どろさらい)をせぬ事には、ここの浦は、いまの間(ま)に干潟になって、やがて、ただ茫々(ぼうぼう)と蘆ばかりになるぞいの。……)
 何だか独言(ひとりごと)のように言って聞かせて、錆茶釜(さびちゃがま)に踞(しゃが)んで、ぶつぶつ遣(や)るたびに、黒犬の背中を擦(さす)ると、犬が、うううう、ぐうぐうと遣る。変に、犬の腹から声を揉出(もみだ)すようで、あ、あの婆さんの、時々ニヤリとする歯が犬に似ている。薄暮合(うすくれあい)に、熟(じっ)としている犬の不気味さを、私は始めて知りました。……
(――旦那様方が泊らっしゃった、水戸屋がの、一番に海へ沈んだぞいの。)
 靄の下に、また電燈の光を漏らさない、料理旅籠(はたご)は、古家(ふるいえ)の甍(いらか)を黒く、亜鉛(トタン)屋根が三面に薄(うっす)りと光って、あらぬ月の影を宿したように見えながら、縁(えん)も庇(ひさし)も、すぐあの蛇のような土橋に、庭に吸われて、小さな藤棚の遁(に)げようとする方へ、大(おおき)く傾いているのでした。
(……その時は、この山の下からの、土橋の、あの入江がや、もし……一面の海でござったがの、轟(ごう)と沖も空も鳴って来ると、大地も波も、一斉(いちどき)に箕(み)で煽(あお)るように揺れたと思わっしゃりまし。……あの水戸屋の屋根がの、ぐしゃぐしゃと、骨離れの、柱離れで挫(ひしゃ)げての――私らは、この時雨(しぐれ)の松の……)
 と言いました。字の傘のように高く立って、枝が一本折れて、崖へ傾いているを指(ゆびさ)して、
(松の根に這い縋(すが)って見ましたがの、潰れた屋の棟(むね)の瓦の上へ、一(いっ)ちさきに、何処の犬やら、白い犬が乗りましたぞい。乾してあった浴衣が、人間のように、ぱッぱッと欄干(てすり)から飛出(とびだ)して、潟の中へへばりつく。もうその時は、沖まで汐が干(ひ)たぞいの。ありゃ海が倒(さかさま)になって裏返ったと思いましたよ。その白犬がの、狂気(きちがい)になったかの、沖の方へ、世界の涯(はて)までと駈出(かけだ)すと思う時、水戸屋の乾(いぬい)の隅へ、屋根へ抜けて黄色な雲が立ちますとの、赤旗がめらめらと搦(から)んで、真黒な煙がもんもんと天井まで上りました。男衆も女衆も、その火を消す間(ま)に、帳場から、何から、家中(うちじゅう)切(きり)もりをしてござった彼家(あのいえ)のお祖母様(ばばさま)が死なしゃった。人の生命(いのち)を、火よりさきへ助ければ可(よ)いものと、村方(むらかた)では言うぞいの。お祖母様が雛児(ひよこ)のように抱いてござった小児(こども)衆も二人、一所(いっしょ)に死んだぞの。孀(やもめ)つづきの家で、後家御(ごけご)は一昨年(おととし)なくならした……娘さんが一人で、や、一気に家を装立(もりた)てていさっしゃりますよ。姉さんじゃ。弟どのは、東京の学校さ入っていさっしゃるで。……地震の時は留守じゃったで、評判のようないは姉娘でござりますよ。――家(うち)とおのれは助かっても、老人(としより)小児を殺(ころ)いてはのうのう黒犬を、のう、黒犬や――)……
 勝手にしろ。殺したのではない、死んだのである。その場合に、圧(おし)に打たれ、火に包まれたものと進退をともにするのは、助けるのではない、自殺をするのだ、と思いました。……私は可厭(いや)な事を聞いた、しかし、祖母と小さい弟妹を死なせて水戸屋を背負って生残(いきのこ)ったと言う娘分、――あの優しい婦(おんな)が確(たしか)にと、この時直覚的に知りましたが――どんなに心苦しいか……この狭い土地で、嘸(さ)ぞ肩身が狭かろう。――胸のせまるまで、いとしく、可憐(あわれ)になったのです。
(可厭な婆さん……)
(黒犬が憑いてるようね。犬も婆(ばばあ)のようだったよ。)
 石段を下りかかって、二人がそう云った時、ふと見返ると、坂の下口(したぐち)に伸掛(のしかか)って覗いていました。こんな時は、――鹿は贅沢だ。寧(むし)ろ虎の方が可(い)い。礫(つぶて)を取って投げようとするのを二人に留(と)められて……幾つも新しい墓がある――墓を見ながら下りたんです。
 時に――(見たいわね。)妹なぞもそう言ったのですが、お由紀さんは、それ切(きり)姿を見せなかったのです。
 大分話が前後(あとさき)になりました。

 処(ところ)で、真夜中に寝苦しい目の覚めた時です。が、娘分に対しても決して不足を言うんじゃあない。……蚊帳のこの古いのも、穴だらけなのも、一層(いっそう)お由紀さんの万事最惜(いとし)さを思わせるのですけれども、それにしても凄まじい、――先刻(さっき)も申した酷(ひど)い継(つぎ)です。隣室(となり)には八畳間が二つ並んで、上下だだ広(び)い家(うち)に、その晩はまた一組も客がないのです。この辺に限らず、何処でも地方は電燈が暗うございますから、顔の前に点いていても、畳の目がやっと見える、それも蚊帳の天井に光っておればまだしも、この燈(ひ)に羽虫の集(たか)る事夥多(おびただ)しい。何しろ、三方取巻いた泥沼に群れたのが蒸込(むしこ)むのだから堪(たま)りません。微細(こまか)い奴は蚊帳の目をこぼれて、むらむら降懸(ふりかか)るものですから、当初(はな)一旦寝たのが、起上(おきあが)って、妹が働いて、線を手繰(たぐ)って、次の室(ま)へ電燈を持って行ったので、それなり一枚開(あ)けてあります。その襖越しにぼんやりと明(あかり)が届く、蚊帳の裡(なか)の薄暗さをお察し下さい。――鹿を連れた仙人の襖の南画も、婆と黒犬の形に見える。……ああ、この家(うち)がぐわしゃぐわしゃと潰れて乾(いぬい)の隅から火が出た、三人の生命(いのち)が梁(はり)の下で焼けたのだと思うと、色合と言い、皺といい、一面の穴と言い、何だか、ドス黒い沼の底に、私たち倒れているような気がしてなりません。
(ああ、これは尋常事(ただごと)でない。)
 一体(いったい)小児(こども)の時から、三十年近くの間(あいだ)――ふと思い寄らず、二人の婦(おんな)の姿が、私の身の周囲へ顕(あら)われて、目に遮る時と云うと、善(いい)にしろ、悪いにしろ、それが境遇なり、生活なりの一転機となるのが、これまでに例を違(たが)えず、約束なのです。とに角、私の小さい身体(からだ)一つに取って、一時期を劃(かく)する、大切な場合なのです。
(これは、尋常事でない。……)
 私は形に出る……この運命の映絵(うつしえ)に誘われていま不思議な処へ来た――ここで一生を終るのではないか、死ぬのかも知れない。
 枕も髪も影になって、蒸暑さに沓(くつ)脱ぎながら、行儀よく組違(くみちが)えた、すんなりと伸びた浴衣の裾を洩(も)れて、しっとりと置いた姉の白々とした足ばかりが燈(ひ)の加減に浮いて見える。白い指をすッすッと刻んで、瞳をふうわりと浮いて軽い。あの白蓮華をまた思いました。
 取縋(とりすが)って未来を尋ねようか、前世の事を聞こうか。――
 と、この方(ほう)は、私の隣に寝ている。むこうへ、一嵩(ひとかさ)一寸(ちょっと)低く妹が寝ていました。
 ……三分……五分……
 紅い蓮華がちらちらと咲いた。幽(かすか)に見えて、手首ばかり、夢で蝶を追うようなのが、どうやら此方(こっち)を招くらしい。……
 ――抱きしめて、未来を尋ねようか。前世の事を聞こうか。――
 招く方へは寄易(よりやす)い。
 私は、貴方、巻莨(まきたばこ)の火を消しました。
 その時です。ぱちぱちと音のするばかり、大蚊帳の継穴(つぎあな)が、何百か、ありッたけの目になりました。――蚊帳の目が目になった、――否(いえ)、それが一つ一(びと)つ人間の目なんです。――お分りになり憎(にく)うございましょうか知(し)ら。……一斉(いちどき)に、その何十人かの目が目ばかり出して熟(じっ)と覗いたのです。※(「目+爭」、第3水準1-88-85)(みは)る、瞬(またた)く、瞳(ひとみ)が動く。……馬鹿々々しいが真個(まったく)です。※(「目+爭」、第3水準1-88-85)る、瞬く、瞳が動く。……生々(なまなま)として覗いています。暗い、低い、大天井ばかりを余して、蚊帳の四方は残らず目です。
 私はすくんで了(しま)いました。
 いや、すくんでばかりはおられません。仰向けに胸へ緊乎(しっか)と手を組んで、両眼(りょうがん)を押睡(おしつむ)って、気を鎮めようとしたのです。
 三分……五分――十分――
 魔は通って過ぎたろうと、堅く目を開きますと、――鹿と仙人が、婆(ばば)と黒犬に見える、――その隣室(となり)の襖際と寝床の裾――皆が沖の方を枕にしました――裾の、袋戸棚との間が、もう一ヶ所通(かよい)で、裏階子(うらばしご)へ出る、一人立(ひとりだち)の口で。表二階の縁と、広く続いて、両方に通口(かよいぐち)のあるのが、何だか宵から、暗くて寂(さび)しゅうございました。――いま、その裏階子の口の狭い処にぼッと人影が映(さ)して色の白い婦(おんな)が立ちました。私は驚きません。それは円髷(まるまげ)の方で……すぐ銀杏返(いちょうがえし)のが出る、出て二人並ぶと同時に膝をついて、駒下駄を持つだろう。小児(こども)の時見たのと同じようだ。で、蚊帳から雨戸を宙に抜けて、海の空へ通るのだろうと思いました。私の身に、二人の婦(おんな)の必要な時は、床柱(とこばしら)の中から洋燈(ランプ)を持って出て来た事さえありますから。」……
「ははあ。」
 著者は思わず肱(ひじ)を堅くして聞いたのであった。

「――処(ところ)がその婦(おんな)は一人きりで、薄いお納戸色の帯に、幽(かすか)な裾模様が、すッと蘆(あし)の葉のように映りました。すぐ背を伸ばせば届きます。立って、ふわふわと、凭(よ)りかかるようにして、ひったりと蚊帳に顔をつけた。ああ、覗く。……ありたけの目が、その一ところへ寄って、爛々(らんらん)として燃えて大蛇(おろち)の如し……とハッとするまに、目がない、鼻もない、何にもない、艶々(つやつや)として乱れたままの黒髪の黒い中に、ぺろりと白いのっぺらぼう。――」
「…………」
 著者は黙って息を呑んで聞いた。
「うう、と殺されそうな声を呑むと、私は、この場合、婦(おんな)二人、生命(いのち)を預る……私は、むくと起きて、しにみに覚悟して、蚊帳を刎(は)ねた、その時、横ゆれに靡(なび)いて、あとへ下(さが)ったその婦(おんな)が、気に圧(お)されて遁(に)げ状(ざま)に板敷を、ふらふらとあと退(ずさ)りに退(すさ)るのを夢中で引捉(ひっとら)えようとしました。胸へ届きそうな私の手が、辷(すべ)るが早いか、何とも申しようのない事は、その婦(おんな)は三四尺ひらりと空(くう)へ飛んで、宙へ上(あが)った。白百合が裂けたように釣られた両足の指が反(そ)って震えて、素足です。藍、浅葱、朱鷺色(ときいろ)と、鹿子(かのこ)と、絞(しぼり)と、紫の匹田(ひった)と、ありたけの扱帯(しごき)、腰紐を一つなぎに、夜の虹が化けたように、婦(おんな)の乳(ち)の下から腰に絡(まつ)わり、裾に搦(から)んで。……下に膝をついた私の肩に流れました。雪なす両の腕(かいな)は、よれて一条(ひとすじ)になって、裏欄干(うららんかん)の梁に釣(つる)した扱帯の結目(むすびめ)、ちょうど緋鹿子の端を血に巻いて縋(すが)っている。顔を背けよう背けようと横仰向けに振って、よじって伸ばす白い咽喉(のど)が、傷々(いたいた)しく伸びて、蒼褪(あおざ)める頬の色が見る見るうちに、その咽喉へ隈(くま)を薄く浸(にじ)ませて、身悶(みもだえ)をするたびに、踏処(ふみどころ)のない、つぼまった蹴出(けだし)が乱れました。凄いとも、美しいとも、あわれとも、……踏台が置いてある。目鼻のない、のっぺらぼうと見えたのは、白地の手拭(てぬぐい)で、顔の半ば目かくしをしていたのです。」
 俊之君は、やや、声忙(せわ)しく語った。此処で吻(ほっ)と一息した。
「いま、これを処置するのに、人の妻であろうと、妾であろうと、娘であろうと、私は抱取(だきと)らなければなりません。
 私は綺麗なばけものを、横抱きに膝に抱いて助けました。声を殺して、
(何をなさる。)
 扱帯(しごき)で両膝は結(ゆわ)えていました。けれども、首をくくるのに、目隠をするのは可訝(おか)しい。気だけも顔を隠そうとしたのかと思う。いや、そうでないのです。それに、実は死のうとしたのではない。私から遁(に)げようとしたので、目を隠したのは、見まい見せまいじゃあない。蚊帳を覗くためだったのだから余程(よっぽど)変です。」

「前後のいきさつで、大抵お察しでありましょう。それはお由紀さんでございました。

 申憎(もうしにく)うございますけれども、――今しがた、貴方の御令閨(ごれいけい)のお介添(かいぞえ)で――湯殿へ参っております、あの女なのです。

 これでは……その時の私と、由紀とのうけこたえに、女のものいいが交りましては、尚(な)お申憎うございますから、わけだけを、手取早(てっとりばや)く。……
 由紀は、人の身の血も汐も引くかと思う、干潟に崩家(くずれや)を守りつつ、日も月も暗くなりました。……村の口の端(は)、里の蔭言(かげごと)、目も心も真暗になりますと、先達(せんだっ)て頃から、神棚、仏壇の前に坐って、目を閉じて拝む時、そのたびに、こう俯向(うつむ)く……と、衣(き)ものの縞(しま)が、我が膝が、影のように薄(うっす)りと浮いて見えます。それが毎日のように度重(たびかさな)ると段々(だんだん)に判然(はっきり)見える。姿見のない処に、自分の顔が映るようで、向うが影か、自分が影か、何とも言えない心細い、寂(さび)しい気がしたのだそうです。絣(かすり)は那様(そんな)でない、縞(しま)の方が、余計にきっぱりとしたのが、次第に、おなじまで、映る事になったと言います。ただ、神仏の前にぬかずく時、――ほかには何の仔細もなかった。
 処(ところ)が当日、私たちの着きますのが、もう土橋のさきから分ったと言うのです。それは別に気にも留(と)めなかった。黄昏(たそがれ)に三人で、時雨(しぐれ)の松の見霽(みはらし)へ出掛けるのを、縁の柱で、悄乎(しょんぼり)と、藤棚越に伸上(のびあが)って見ていると、二人に連れられて、私の行くのが、山ではなしに、干潟を沖へ出て、それ切(きり)帰らない心持がしてならなかった。無事に山へ行きました。――が、遠目金(とおめがね)を覗くのも、一人が腰を掛けたのも、――台所へ引込(ひっこ)んでまでもよく分る。それとともに、犬婆さんが、由紀の身について饒舌(しゃべ)るのさえ聞えるようで。……それがために身を恥じて、皆の床の世話もしなかった。極(きま)りの悪い、蚊帳の所為(せい)ばかりではないと言います。夜の進むに従って、私たちの一挙一動がよく知れた。……

 三人が一寝入(ひとねいり)したでしょう、うとうととして一度目を覚ます、その時でした。妹の方が、電燈を手繰(たぐ)って隣の室へ運んでいたのは。――(大変な虫ですよ)と姉は寝ながら懶(ものう)そうに団扇(うちわ)を動かす。蚤(のみ)と蚊で……私も痒(かゆ)い。身体中(からだじゅう)、くわッといきって、堪(たま)らない、と蚊帳を飛出(とびだ)して、電燈の行ったお隣へ両腕を捲(まく)って、むずむず掻きながら、うっかり入ると、したたかなものを見ました。頭から足のさきまで、とろりと白い膏(あぶら)のかかったはり切れそうな膚(はだ)なんです。蚤を振(ふる)って脱いでいたので。……電燈の下へ立派に立って、アハハと笑いました。(抱くと怪我をしてよ。……夏虫さん――)(いや、どうも、弱った。)と襖の陰へ、晩に押して置いた卓子台(ちゃぶだい)の前へ、くったりと小さくなる。(生憎(あいにく)、薬が。)と姉が言うと(香水をつけて上げましょう、かゆいのが直るわよ。……)と一気にその膚で押して出て、(どうせお目に掛けたんだ、暑さ凌(しの)ぎ。ほほほほ。)袋戸棚から探って取った小罎を持って、胸の乳、薫(かお)ってひったりと、(これ、ここも、ここも、ここも。)虫のあとへ、ひやひやと罎の口で接吻(キッス)をさせた。

 ああ、この時は弱ったそうです。……由紀は仏間に一人、蚊帳に起きて端正(きちん)と坐って、そして目をつぶって、さきから俯向いて一人居たのだそうですが、二階の暗がりに、その有様が、下の奥から、歴々(ありあり)と透いて見えたのですから。――年は長(た)けても処女なんです。どうしていいか分らない。あっちへ遁(に)げ、此方(こっち)へ避(よ)け、ただ人の居ない処を、壁に、柱に、袖をふせて、顔をかくしたと言うじゃありませんか。
 私は冷い汗を流した、汗と一所(いっしょ)に掌(てのひら)に血が浸(にじ)んだ。――帯も髪も乱れながら、両膝を緊乎(しっかり)結(ゆわ)えている由紀を、板の間に抱いたまま、手を離そうにも、頭(かぶり)をふり、頭を掉(ふ)って、目を結えたのをはずしませんから、見くびって、したたかくい込んでいた蚊の奴が、血をふいてぼとりと落ちたのです。
 私は冷くなって恥じました。けれども、その妹も、並んだ姉も、ただの女、ただの芸妓に、私が扱い得なかったことは、お察し下さるだろうと存じます。

 ――痒(かゆ)さは、香水で立処(たちどころ)に去りましたが、息が詰(つま)る、余り暑いから、立って雨戸を一枚繰(く)りました。(おお涼しい。)勢(いきおい)に乗じて、妹は縁の真正面へ、蚊帳の黒雲を分けたように、乳を白く立ったのですが、ごろごろごろ、がたん。間遠(まどお)に荷車の音が、深夜の寂寞(せきばく)を破ったので、ハッとかくれて、籐椅子(とういす)に涼んだ私の蔭に立ちました。この音は妙に凄うございました。片輪車(かたわぐるま)の変化(へんげ)が通るようで、そのがたんと門にすれた時は、鬼が乗込(のりこ)む気勢(けはい)がしました。
 姉がうっとりした声で、(ああ、私は睡(ねむ)い。……お寝よ、いいからさ。)(沢山(たんと)おっしゃいよ。)余り夜が深い。何だか、美しい化鳥(けちょう)と化鳥が囁いているように聞えた。(あ、梟(ふくろう)が鳴いている。)唯一つ、遥(はるか)に、先刻(さっき)の山の、時雨(しぐれ)の松のあたりで聞えました。

 この、梟が鳴き、荷車の消えて行く音を聞いた時、由紀は、その車について、戸外(おもて)へ出了(でっちま)おうと思ったと言います。しかし気がついた。いま外へ出れば、枝を探り、水を慕って、屹(きっ)と自殺をするに違いない。……それが可恐(おそろ)しい。由紀はまだ死にたくない未練があると思ったそうです。――真個(まったく)です、その時戸を出たらば魔に奪(と)られたに相違ありません。
 私たちも凄かった。――岬も、洲(す)も、潟も、山も、峰の松も、名所一つずつ一ヶ所一体の魔が領(りょう)しているように見えたのですから。(天狗様でしょうか、鬼でしょうか、私(わたい)たちとはお宗旨違いだわね。引込(ひっこ)みましょう可恐(こわ)いから。)居かわって私の膝にうしろ向きにかけていた銀杏返(いちょうがえし)が言ったのです。

 由紀は残らず知っていました。

 それからは、私も余程(よっぽど)寝苦しかったと見えます――先にお話しした二度めに目を覚ましますまで、ものの一時間とはなかったそうで――由紀の下階(した)から透(とお)して見たのでは――余り判明(はっきり)見えるので、由紀は自分で恐ろしくなって、これは発狂するのではないかと思った。それとも、唯、心で見る迷いで、大蚊帳の裡(なか)の模様は実際とまるで違っているかも知れない。それならば、まよいだけで、気が違うのではないであろう。どっちか確(たしか)めるのは、自分で一度二階へ上って様子を見なければ分らない。が深く堅く目を瞑(つぶ)っていると思いつつ……それが病気で、真個(ほんとう)は薄目を明けているのかも計(はか)られない、と、身だしなみを、恥かしくないまでに、坐ってカタカタと箪笥をあけて、きものを着かえて、それから手拭(てぬぐい)で目を結(ゆわ)えて、二階へ上ったのだそうですが、数ある段を、一歩(ひとあし)も誤らず、すらすらと上りながら、気が咎(とが)めて、二三度下りたり、上ったり、……また幾度(いくたび)、手で探っても、三重(みえ)にも折った手拭はちゃんと顔半分蔽(おお)うている。……いよいよ蚊帳を覗くとなると、余りの事に、それがこの病気の峠で、どんな風に、ひきつけるか、気を失うか、倒れるかも分らない。その時醜くないようにと、両膝をくくったから、くくったままで、蚊帳まで寄って来るのです、間(あいだ)は近いけれども、それでは忍んでは歩行(ある)けますまい。……扱帯(しごき)を繋(つな)いで、それに縋(すが)って、道成寺(どうじょうじ)のつくりもののように、ふらふらと幽霊だちに、爪立(つまだ)った釣身(つりみ)になって覗いたのだそうです。私に追われて、あれと遁(に)げる時、――ただたよりだったのですから、その扱帯(しごき)を引手繰(ひきたぐ)って、飛退(とびの)こうとしたはずみに、腰が宙に浮きました。
 浅間(あさま)しい、……極(きまり)が悪い。……由紀は、いまは活きていられない。――こうしていても、貴方(とはじめて顔を振向けて、)私の抱(だい)ている顔も手も皆見える。これが私を殺すのです――と云って、置処(おきどころ)のなさそうな顔を背(そむ)ける。猿轡(さるぐつわ)とか云うものより見ても可哀(あわれ)なその面縛(めんばく)した罪のありさまに、
(心配なさる事はない。私が見えないようにして上げる。)
 と云って、目隠(めかくし)の上を二処(ふたところ)吸って吸いました。
 貴下(あなた)、慰めるにしても、気休めを言うにしても、何と云う、馬鹿な、可忌(いまわ)しい、呪詛(のろ)った事を云ったものでしょう。
 手拭は取れました。
(あれ、お二方(ふたかた)が。)
 と俯向く処を、今度はまともに睫毛(まつげ)を吸った。――そのお二方ですが、由紀が、唯、憚(はばか)ったばかりではなかったので。すらすらと表二階の縁の端(はし)へ、歴々(ありあり)と、円髷(まるまげ)と銀杏返(いちょうがえし)の顔が白く、目をぱっちりと並んで出ました。由紀を抱きかくしながら踞(うずくま)って見た時、銀杏返の方が莞爾(にっこり)すると、円髷のが、頷(うなずき)を含んで眉を伏せた、ト顔も消えて、衣(きもの)ばかり、昼間見た風の羅(うすもの)になって、スーッと、肩をかさねて、階子段(はしごだん)へ沈み、しずみ、トントントンと音がしました。
 二人のその婦(おんな)の姿は、いつも用が済むと、何処かへ行って了(しま)うのが例なのです。
 しかし、姉も妹も、すやすやと蚊帳に寝ていた事は言うまでもありますまい。
 ただ不思議な事は、東京へ帰りましてからも、その後時々逢いますが、勝手々々で、一人だったり、三人だったり、姉と妹と二人揃って立った場合に出会わなかったのでございます。
 ――少々金の都合も出来ました。いよいよ決心をして先月……十月……再び水戸屋を訪ねました時、自動車(タキシイ)が杜戸(もりと)、大くずれ、秋谷を越えて、傍道(わきみち)へかかる。……あすこだったと思う、紅蓮(こうれん)が一茎(ひとえだ)、白蓮華(びゃくれんげ)の咲いた枯田(かれた)のへりに、何の草か、幻の露の秋草の畦(あぜ)を前にして、崖の大巌(おおいわ)に抱かれたように、巌窟(いわむろ)に籠(こも)ったように、悄乎(しょんぼり)と一人、淡く彳(たたず)んだ婦(おんな)を見ました。
(やあ、水戸屋の姉さんが。)
 と運転手が言いました。
 ひらりと下りますと、
(旦那様――)
 知らせもしないのに、今日来るのを知って、出迎(でむかえ)に出たと云って、手に縋(すが)って、あつい涙で泣きました。今度は、清(すずし)い目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)(ひら)いても、露のみ溢(あふ)れて、私の顔は見えない。……
 由紀は、急な眼病で、目が見えなくなりました。
 ――結婚はまだしませんが、所帯万事引受(ひきう)けて、心ばかりは、なぐさめの保養に出ました。――途中から、御厚情を頂きます。
 ……ああ、帰って来ました。……御令閨(ごれいけい)が手をお取り下すって、」
 と廊下を見つつ涙ぐんで。
「髪も、化粧も、為(し)て頂いて……あの、きれいな、美しい、あわれな……嬉しそうな。」
 と言いかけて、無邪気に、握拳(にぎりこぶし)で目を圧(おさ)えて、渠(かれ)は落涙(らくるい)したのである。
 涙はともに誘われた。が、聞えるスリッパの跫音(あしおと)にも、その(二人(ふたり)の婦(おんな))にも、著者に取っては、何の不思議も、奇蹟も殆(ほとん)ど神秘らしい思いでのないのが、ものたりない。……
了

底本:「文豪怪談傑作選 泉鏡花集 黒壁」ちくま文庫、筑摩書房
   2006(平成18)年10月10日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第二十二卷」岩波書店
   1940(昭和15)年11月20日第1刷発行
初出:「女性」
   1925(大正14)年1月号
※「拵える」に対するルビの「こしら」と「あつら」の混在は、底本通りです。
※表題は底本では、「甲(きのえ)乙(きのと)」となっています。
入力:門田裕志
校正:坂本真一
2017年8月25日作成
2017年9月8日修正
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