あらすじ
深山幽谷に佇む清心庵には、摩耶と千という二人の男が暮らしていました。摩耶は美しく気高い身分を持つ女性で、千は、彼女を慕う一人の男です。ある日、千は茸狩りに山へ出かけますが、その道中で、摩耶を迎えに来た駕籠と、摩耶の居場所を探しているという見慣れない女に出会います。女の話によると、摩耶は、清心庵の尼と二人で暮らしているとのこと。しかし、尼の真意や、摩耶が清心庵にいる理由、そして千との関係は、謎に包まれています。千は、摩耶の言葉を信じながら、山の中で二人だけの生活を続けていますが、女の言葉は、彼の中に不安と疑問を植え付けます。
       一

 米と塩とは尼君が市(まち)に出で行(ゆ)きたまうとて、庵(いおり)に残したまいたれば、摩耶(まや)も予も餓(う)うることなかるべし。もとより山中の孤家(ひとつや)なり。甘きものも酢きものも摩耶は欲しからずという、予もまた同じきなり。
 柄長く椎(しい)の葉ばかりなる、小(ちいさ)き鎌を腰にしつ。籠(かご)をば糸つけて肩に懸け、袷(あわせ)短(みじか)に草履穿(は)きたり。かくてわれ庵を出でしは、午(ご)の時過ぐる比(ころ)なりき。
 麓(ふもと)に遠き市人(いちびと)は東雲(しののめ)よりするもあり。まだ夜明けざるに来(きた)るあり。芝茸(しばたけ)、松茸、しめじ、松露など、小笹(おざさ)の蔭、芝の中、雑木の奥、谷間(たにあい)に、いと多き山なれど、狩る人の数もまた多し。
 昨日(きのう)一昨日(おととい)雨降りて、山の地(つち)湿りたれば、茸(きのこ)の獲物さこそとて、朝霧の晴れもあえぬに、人影山に入乱れつ。いまはハヤ朽葉の下をもあさりたらむ。五七人、三五人、出盛りたるが断続して、群れては坂を帰りゆくに、いかにわれ山の庵に馴(な)れて、あたりの地味にくわしとて、何ほどのものか獲らるべき。
 米と塩とは貯えたり。筧(かけひ)の水はいと清ければ、たとい木の実一個(ひとつ)獲ずもあれ、摩耶も予も餓うることなかるべく、甘きものも酢きものも渠(かれ)はたえて欲しからずという。
 されば予が茸(たけ)狩らむとして来(きた)りしも、毒なき味(あじわい)の甘きを獲て、煮て食(くら)わむとするにはあらず。姿のおもしろき、色のうつくしきを取りて帰りて、見せて楽(たのし)ませむと思いしのみ。
「爺(じい)や、この茸は毒なんか。」
「え、お前様、そいつあ、うっかりしようもんなら殺(や)られますぜ。紅茸(べにたけ)といってね、見ると綺麗(きれい)でさ。それ、表は紅を流したようで、裏はハア真白(まっしろ)で、茸(きのこ)の中じゃあ一番うつくしいんだけんど、食べられましねえ。あぶれた手合が欲しそうに見ちゃあ指をくわえるやつでね、そいつばッかりゃ塩を浴びせたって埒(らち)明きませぬじゃ、おッぽり出してしまわっせえよ。はい、」
 といいかけて、行(ゆ)かむとしたる、山番の爺(じじ)はわれらが庵を五六町隔てたる山寺の下に、小屋かけてただ一人住みたるなり。
 風吹けば倒れ、雨露(うろ)に朽ちて、卒堵婆(そとば)は絶えてあらざれど、傾きたるまま苔蒸(こけむ)すままに、共有地の墓いまなお残りて、松の蔭の処々に数多く、春夏冬は人もこそ訪(と)わね、盂蘭盆(うらぼん)にはさすがに詣(もう)で来る縁者もあるを、いやが上に荒れ果てさして、霊地の跡を空しゅうせじとて、心ある市(まち)の者より、田畑少し附属して養いおく、山番の爺は顔丸(まろ)く、色煤(すす)びて、眼(まなこ)は窪(くぼ)み、鼻円(まろ)く、眉は白くなりて針金のごときが五六本短く生(お)いたり。継はぎの股引(ももひき)膝までして、毛脛(けずね)細く瘠(や)せたれども、健かに。谷を攀(よ)じ、峰にのぼり、森の中をくぐりなどして、杖(つえ)をもつかで、見めぐるにぞ、盗人(ぬすびと)の来て林に潜むことなく、わが庵も安らかに、摩耶も頼母(たのも)しく思うにこそ、われも懐ししと思いたり。
「食べやしないんだよ。爺や、ただ玩弄(おもちゃ)にするんだから。」
「それならば可(よ)うごすが。」
 爺は手桶(ておけ)を提(ひっさ)げいたり。
「何でもこうその水ン中へうつして見るとの、はっきりと影の映るやつは食べられますで、茸(きのこ)の影がぼんやりするのは毒がありますじゃ。覚えておかっしゃい。」
 まめだちていう。頷(うなず)きながら、
「一杯呑ましておくれな。咽喉(のど)が渇いて、しようがないんだから。」
「さあさあ、いまお寺から汲(く)んで来たお初穂だ、あがんなさい。」
 掬(むす)ばむとして猶予(ため)らいぬ。
「柄杓(ひしゃく)がないな、爺や、お前ン処(とこ)まで一所に行(ゆ)こう。」
「何が、仏様へお茶を煮てあげるんだけんど、お前様のきれいなお手だ、ようごす、つッこんで呑まっしゃいさ。」
 俯向(うつむ)きざま掌(たなそこ)に掬(すく)いてのみぬ。清涼掬(きく)すべし、この水の味はわれ心得たり。遊山(ゆさん)の折々かの山寺の井戸の水試みたるに、わが家のそれと異(ことな)らずよく似たり。実(げ)によき水ぞ、市中(まちなか)にはまた類(たぐい)あらじと亡き母のたまいき。いまこれをはじめならず、われもまたしばしばくらべ見つ。摩耶と二人いま住まえる尼君の庵なる筧の水もその味(あじわい)これと異るなし。悪熱のあらむ時三ツの水のいずれをか掬(むす)ばんに、わが心地いかならむ。忘るるばかりのみはてたり。
「うんや遠慮さっしゃるな、水だ。ほい、強いるにも当らぬかの。おお、それからいまのさき、私(わし)が田圃(たんぼ)から帰りがけに、うつくしい女衆が、二人づれ、丁稚(でっち)が一人、若い衆が三人で、駕籠(かご)を舁(か)いてぞろぞろとやって来おった。や、それが空駕籠じゃったわ。もしもし、清心様とおっしゃる尼様のお寺はどちらへ、と問いくさる。はあ、それならと手を取るように教えてやっけが、お前様用でもないかの。いい加減に遊ばっしゃったら、迷児(まいご)にならずに帰(けえ)らっしゃいよ、奥様が待ってござろうに。」
 と語りもあえず歩み去りぬ。摩耶が身に事なきか。

       二

 まい茸(だけ)はその形細き珊瑚(さんご)の枝に似たり。軸白くして薄紅(うすべに)の色さしたると、樺色(かばいろ)なると、また黄なると、三ツ五ツはあらむ、芝茸はわれ取って捨てぬ。最も数多く獲たるは紅茸なり。
 こは山蔭の土の色鼠に、朽葉黒かりし小暗(おぐら)きなかに、まわり一抱(かかえ)もありたらむ榎(えのき)の株を取巻きて濡色の紅(くれない)したたるばかり塵(ちり)も留めず地(つち)に敷きて生(お)いたるなりき。一ツずつそのなかばを取りしに思いがけず真黒なる蛇の小さきが紫の蜘蛛(くも)追い駈(か)けて、縦横(たてよこ)に走りたれば、見るからに毒々しく、あまれるは残して留(や)みぬ。
 松の根に踞(つくば)いて、籠のなかさしのぞく。この茸(きのこ)の数も、誰(た)がためにか獲たる、あわれ摩耶は市に帰るべし。
 山番の爺がいいたるごとく駕籠は来て、われよりさきに庵の枝折戸(しおりど)にひたと立てられたり。壮佼(わかもの)居て一人は棒に頤(おとがい)つき、他は下に居て煙草(たばこ)のみつ。内にはうらわかきと、冴えたると、しめやかなる女の声して、摩耶のものいうは聞えざりしが、いかでわれ入らるべき。人に顔見するがもの憂ければこそ、摩耶も予もこの庵には籠(こも)りたれ。面(おもて)合すに憚(はばか)りたれば、ソと物の蔭になりつ。ことさらに隔りたれば窃(ぬす)み聴かむよしもあらざれど、渠等(かれら)空駕籠は持て来たり、大方は家よりして迎(むかい)に来(きた)りしものならむを、手を空しゅうして帰るべしや。
 一同が庵を去らむ時、摩耶もまた去らでやある、もの食わでもわれは餓えまじきを、かかるもの何かせむ。
 打(うち)こぼし投げ払いし籠の底に残りたる、ただ一ツありし初茸(はつたけ)の、手の触れしあとの錆(さび)つきて斑(まだ)らに緑晶(ろくしょう)の色染みしさえあじきなく、手に取りて見つつわれ俯向(うつむ)きぬ。
 顔の色も沈みけむ、日もハヤたそがれたり。濃かりし蒼空(あおぞら)も淡くなりぬ。山の端(は)に白き雲起りて、練衣(ねりぎぬ)のごとき艶(つやや)かなる月の影さし初(そ)めしが、刷(は)いたるよう広がりて、墨の色せる巓(いただき)と連(つらな)りたり。山はいまだ暮ならず。夕日の余波(なごり)あるあたり、薄紫の雲も見ゆ。そよとばかり風立つままに、むら薄(すすき)の穂打靡(うちなび)きて、肩のあたりに秋ぞ染むなる。さきには汗出でて咽喉(のんど)渇くに、爺にもとめて山の井の水飲みたりし、その冷(ひやや)かさおもい出でつ。さる時の我といまの我と、月を隔つる思いあり。青き袷(あわせ)に黒き帯して瘠(や)せたるわが姿つくづくと※(「目+句」、第4水準2-81-91)(みまわ)しながら寂(さみ)しき山に腰掛けたる、何人(なにびと)もかかる状(さま)は、やがて皆孤児(みなしご)になるべき兆(きざし)なり。
 小笹ざわざわと音したれば、ふと頭(かしら)を擡(もた)げて見ぬ。
 やや光の増し来(きた)れる半輪の月を背に、黒き姿して薪(たきぎ)をば小脇にかかえ、崖(がけ)よりぬッくと出でて、薄原(すすきはら)に顕(あらわ)れしは、まためぐりあいたるよ、かの山番の爺なりき。
「まだ帰らっしゃらねえの。おお、薄ら寒くなりおった。」
 と呟(つぶや)くがごとくにいいて、かかる時、かかる出会の度々なれば、わざとには近寄らで離れたるままに横ぎりて爺は去りたり。
「千ちゃん。」
「え。」
 予は驚きて顧(みかえ)りぬ。振返れば女居たり。
「こんな処に一人で居るの。」
 といいかけてまず微笑(ほほえ)みぬ。年紀(とし)は三十(みそじ)に近かるべし、色白く妍(かおよ)き女の、目の働き活々(いきいき)して風采(とりなり)の侠(きゃん)なるが、扱帯(しごき)きりりと裳(もすそ)を深く、凜々(りり)しげなる扮装(いでたち)しつ。中ざしキラキラとさし込みつつ、円髷(まるまげ)の艶(つやや)かなる、旧(もと)わが居たる町に住みて、亡き母上とも往来(ゆきき)しき。年紀(とし)少(わか)くて孀(やもめ)になりしが、摩耶の家に奉公するよし、予もかねて見知りたり。
 目を見合せてさしむかいつ。予は何事もなく頷(うなず)きぬ。
 女はじっと予を瞻(みまも)りしが、急にまた打笑えり。
「どうもこれじゃあ密通(まおとこ)をしようという顔じゃあないね。」
「何をいうんだ。」
「何をもないもんですよ。千ちゃん! お前様(まえさん)は。」
 いいかけて渠(かれ)はやや真顔になりぬ。
「一体お前様まあ、どうしたというんですね、驚いたじゃアありませんか。」
「何をいうんだ。」
「あれ、また何をじゃアありませんよ。盗人(ぬすびと)を捕えて見ればわが児(こ)なりか、内の御新造様(ごしんぞさま)のいい人は、お目に懸(かか)るとお前様だもの。驚くじゃアありませんか。え、千ちゃん、まあ何でも可(い)いから、お前様ひとつ何とかいって、内の御新造様を返して下さい。裏店(うらだな)の媽々(かか)が飛出したって、お附合五六軒は、おや、とばかりで騒ぐわねえ。千ちゃん、何だってお前様、殿様のお城か、内のお邸(やしき)かという家の若御新造が、この間の御遊山から、直ぐにどこへいらっしゃったかお帰りがない、お行方が知れないというのじゃアありませんか。
 ぱッとしたら国中の騒動になりますわ。お出入(でいり)が八方に飛出すばかりでも、二千や三千の提灯(ちょうちん)は駈(か)けまわろうというもんです。まあ察しても御覧なさい。
 これが下々(したじた)のものならばさ、片膚脱(かたはだぬぎ)の出刃庖丁の向う顧巻(はちまき)か何かで、阿魔(あま)! とばかりで飛出す訳じゃアあるんだけれど、何しろねえ、御身分が御身分だから、実は大きな声を出すことも出来ないで、旦那様(だんなさま)は、蒼(あお)くなっていらっしゃるんだわ。
 今朝のこッたね、不断一八(いっぱち)に茶の湯のお合手にいらっしゃった、山のお前様、尼様の、清心様がね、あの方はね、平時(いつも)はお前様、八十にもなっていてさ、山から下駄穿(げたばき)でしゃんしゃんと下りていらっしゃるのに、不思議と草鞋穿(わらじばき)で、饅頭笠(まんじゅうがさ)か何かで遣(や)って見えてさ、まあ、こうだわ。
(御宅の御新造様(さん)は、私(わし)ン処(とこ)に居ますで案じさっしゃるな、したがな、また旧(もと)なりにお前の処へは来ないからそう思わっしゃいよ。)
 と好(すき)なことをいって、草鞋も脱がないで、さっさっ去(い)っておしまいなすったじゃないか。
 さあ騒ぐまいか。あっちこち聞きあわせると、あの尼様はこの四五日(しごんち)前から方々の帰依者(きえしゃ)ン家(とこ)をずっと廻って、一々、
(私(わし)はちっと思い立つことがあって行脚(あんぎゃ)に出ます。しばらく逢わぬでお暇乞(いとまごい)じゃ。そして言っておくが、皆の衆決して私(わし)が留守へ行って、戸をあけることはなりませぬぞ。)
 と、そういっておあるきなすッたそうさね、そして肝心のお邸を、一番あとまわしだろうじゃあないかえ、これも酷(ひど)いわね。」

       三

「うっちゃっちゃあおかれない、いえ、おかれないどころじゃあない。直ぐお迎いをというので、お前様(まえさん)、旦那に伺うとまあどうだろう。
 御遊山を遊ばした時のお伴のなかに、内々清心庵(あまでら)にいらっしゃることを突留めて、知ったものがあって、先(せん)にもう旦那様に申しあげて、あら立ててはお家の瑕瑾(かきん)というので、そっとこれまでにお使(つかい)が何遍も立ったというじゃアありませんか。
 御新造様は何といっても平気でお帰り遊ばさないというんだもの。ええ! 飛んでもない。何とおっしゃったって引張(ひっぱ)ってお連れ申しましょうとさ、私とお仲さんというのが二人で、男衆を連れてお駕籠を持ってさ、えッちらおッちらお山へ来たというもんです。
 尋ねあてて、尼様(あまさん)の家(とこ)へ行って、お頼み申します、とやると、お前様。
(誰方(どなた)、)
 とおっしゃって、あの薄暗いなかにさ、胸の処から少し上をお出し遊ばして、真白(まっしろ)な細いお手の指が五本衝立(ついたて)の縁へかかったのが、はッきり見えたわ、御新造様だあね。
 お髪(ぐし)がちいっと乱れてさ、藤色の袷(あわせ)で、ありゃしかも千ちゃん、この間お出かけになる時に私が後(うしろ)からお懸け申したお召(めし)だろうじゃアありませんか。凄(すご)かったわ。おやといって皆(みんな)後じさりをしましたよ。
 驚きましたね、そりゃ旧(もと)のことをいえば、何だけれど、第一お前様、うちの御新造様とおっしゃる方がさ、頼みます、誰方ということを、この五六年じゃあ、もう忘れておしまい遊ばしただろうと思ったもの。
 誰だじゃあございません。さて、あなたは、と開き直っていうことになると、
(また、迎(むかい)かい。)
 といって、笑っていらっしゃるというもんです。いえまたも何も、滅相な。
(皆(みんな)御苦労ね。だけれど私あまだ帰らないから、かまわないでおくれ。ちっとやすんだらお帰りだといい。お湯(ぶう)でもあげるんだけれど、それよりか庭のね、筧(かけひ)の水が大層々々おいしいよ。)
 なんて澄(すま)していらっしゃるんだもの。何だか私たちああんまりな御様子に呆(あき)れッちまって、ぼんやりしたの、こりゃあまあ魅(つま)まれてでもいないかしらと思った位だわ。
 いきなり後(うしろ)からお背(なせ)を推して、お手を引張(ひっぱ)ってというわけにもゆかないのでね、まあ、御挨拶(ごあいさつ)半分に、お邸はアノ通り、御身分は申すまでもございません。お実家(さと)には親御様お両方(ふたかた)ともお達者なり、姑御(しゅうとご)と申すはなし、小姑一人(にん)ございますか。旦那様は御存じでもございましょう。そうかといって御気分がお悪いでもなく、何が御不足で、尼になんぞなろうと思し召すのでございますと、お仲さんと二人両方から申しますとね。御新造様が、
(いいえ、私は尼になんぞなりはしないから。)
(へえ、それではまたどう遊ばしてこんな処に、)
(ちっと用があって、)
 とおっしゃるから、どういう御用でッて、まあ聞きました。
(そんなこといわれるのがうるさいからここに居るんだもの。可(い)いから、お帰り。)
 とこんな御様子なの。だって、それじゃあ困るわね。帰るも帰らないもありゃあしないわ。
 じゃあまあそれはたってお聞き申しませんまでも、一体此家(ここ)にはお一人でございますかって聞くと、
(二人。)とこうおっしゃった。
 さあ、黙っちゃあいられやしない。
 こうこういうわけですから、尼様と御一所ではなかろうし、誰方とお二人でというとね、
(可愛い児(こ)とさ、)とお笑いなすった。
 うむ、こりゃ仔細(しさい)のないこった。華族様の御台様(みだいさま)を世話でお暮し遊ばすという御身分で、考えてみりゃお名もまや様で、夫人というのが奥様のことだといってみれば、何のことはない、大倭(やまと)文庫の、御台様さね。つまり苦労のない摩耶夫人様(まやぶにんさま)だから、大方洒落(しゃれ)に、ちょいと雪山(せっせん)のという処をやって、御覧遊ばすのであろう。凝ったお道楽だ。
 とまあ思っちゃあ見たものの、千ちゃん、常々の御気象が、そんなんじゃあおあんなさらない……でしょう。
 可愛い児とおっしゃるから、何ぞ尼寺でお気に入った、かなりやでもお見付け遊ばしたのかしらなんと思ってさ、うかがって驚いたのは、千ちゃんお前様(まえさん)のことじゃあないかね。
(いつでもうわさをしていたからお前たちも知っておいでだろう。蘭(らん)や、お前が御存じの。)
 とおっしゃったのが、何と十八になる男だもの、お仲さんが吃驚(びっくり)しようじゃあないか。千ちゃん、私も久しく逢わないで、きのうきょうのお前様は知らないから――千ちゃん、――むむ、お妙(たえ)さんの児の千ちゃん、なるほど可愛い児だと実をいえば、はじめは私もそれならばと思ったがね、考えて見ると、お前様、いつまで、九ツや十で居るものか。もう十八だとそう思って驚いたよ。
 何の事はない、密通(まおとこ)だね。
 いくら思案をしたって御新造様は人の女房さ。そりゃいくら邸の御新造様だって、何だってやっぱり女房だもの。女房がさ、千ちゃん、たとい千ちゃんだって何だって、男と二人で隠れていりゃ、何のことはない、怒っちゃあいけませんよ、やっぱり何さ。
 途方もない、乱暴な小僧(こぞ)ッ児(こ)の癖に、失礼な、末恐しい、見下げ果てた、何の生意気なことをいったって私が家(とこ)に今でもある、アノ籐(とう)で編んだ茶台はどうだい、嬰児(ねんねえ)が這(は)ってあるいて玩弄(おもちゃ)にして、チュッチュッ噛(か)んで吸った歯形がついて残ッてら。叱り倒してと、まあ、怒っちゃあ嫌よ。」

       四

「それが何も、御新造様さえ素直に帰るといって下さりゃ、何でもないことだけれど、どうしても帰らないとおっしゃるんだもの。
 お帰り遊ばさないたって、それで済むわけのものじゃあございません。一体どう遊ばす思召(おぼしめし)でございます。
(あの児(こ)と一所に暮そうと思って、)
 とばかりじゃあ、困ります。どんなになさいました処で、千ちゃんと御一所においで遊ばすわけにはまいりません。
(だから、此家(ここ)に居るんじゃあないか。)
 その此家(ここ)は山ン中の尼寺じゃアありませんか。こんな処にあの児と二人おいで遊ばしては、世間で何と申しましょう。
(何といわれたって可(い)いんだから、)
 それでは、あなた、旦那様に済みますまい。第一親御様なり、また、
(いいえ、それだからもう一生人づきあいをしないつもりで居る。私が分ってるから、可(い)いから、お前たちは帰っておしまい、可いから、分っているのだから、)
 とそんな分らないことがありますか。ね、千ちゃん、いくら私たちが家来だからって、ものの理は理さ、あんまりな御無理だから種々(いろいろ)言うと、しまいにゃあただ、
(だって不可(いけな)いから、不可いから、)
 とばかりおっしゃって果(はて)しがないの。もうこうなりゃどうしたってかまやしない。どんなことをしてなりと、お詫(わび)はあとですることと、無理やりにも力ずくで、こっちは五人、何の! あんな御新造様、腕ずくならこの蘭一人で沢山だわ。さあというと、屹(きっ)と遊ばして、
(何をおしだ、お前達、私を何だと思うのだい、)
 とおっしゃるから、はあ、そりゃお邸の御新造様だと、そう申し上げると、
(女中たちが、そんな乱暴なことをして済みますか。良人(やど)なら知らぬこと、両親(ふたおや)にだって、指一本ささしはしない。)
 あれで威勢がおあんなさるから、どうして、屹(きっ)と、おからだがすわると、すくんじまわあね。でもさ、そんな分らないことをおっしゃれば、もう御新造様でも何でもない。
(他人ならばうっちゃっておいておくれ。)
 とこうでしょう。何てったって、とてもいうことをお肯(き)き遊ばさないお気なんだから仕ようがない。がそれで世の中が済むのじゃあないんだもの。
 じゃあ、旦那様がお迎(むかい)にお出で遊ばしたら、
(それでも帰らないよ。)
 無理にも連れようと遊ばしたら、
(そうすりゃ御身分にかかわるばかりだもの。)
 もうどう遊ばしたというのだろう。それじゃあ、旦那様と千ちゃんと、どちらが大事でございますって、この上のいいようがないから聞いたの。そうするとお前様(まえさん)、
(ええ、旦那様は私が居なくっても可(い)いけれど、千ちゃんは一所に居てあげないと死んでおしまいだから可哀相(かわいそう)だもの。)
 とこれじゃあもう何にもいうことはありませんわ。ここなの、ここなんだがね、千ちゃん、一体こりゃ、ま、お前さんどうしたというのだね。」
 女はいいかけてまた予が顔を瞻(みまも)りぬ。予はほと一呼吸(いき)ついたり。
「摩耶さんが知っておいでだよ、私は何にも分らないんだ。」
「え、分らない。お前さん、まあ、だって御自分のことが御自分に。」
 予は何とかいうべき。
「お前、それが分る位なら、何もこんなにゃなりやしない。」
「ああれ、またここでもこうだもの。」

       五

 女はまたあらためて、
「一体詮じ詰めた処が千ちゃん、御新造様と一所に居てどうしようというのだね。」
 さることはわれも知らず。
「別にどうってことはないんだ。」
「まあ。」
「別に、」
「まあさ、御飯をたいて。」
「詰(つま)らないことを。」
「まあさ、御飯をたいて、食べて、それから、」
「話をしてるよ。」
「話をして、それから。」
「知らない。」
「まあ、それから。」
「寝っちまうさ。」
「串戯(じょうだん)じゃあないよ。そしてお前様(まえさん)、いつまでそうしているつもりなの。」
「死ぬまで。」
「え、死ぬまで。もう大抵じゃあないのね。まあ、そんならそうとして、話は早い方が可(い)いが、千ちゃん、お聞き。私だって何も彼家(あすこ)へは御譜代というわけじゃあなしさ、早い話が、お前さんの母様(おっかさん)とも私あ知合だったし、そりゃ内の旦那より、お前さんの方が私ゃまったくの所、可愛いよ。可いかね。
 ところでいくらお前さんが可愛い顔をしてるたって、情婦(いろ)を拵(こしら)えたって、何もこの年紀(とし)をしてものの道理がさ、私がやっかむにも当らずか、打明けた所、お前さん、御新造様と出来たのかね。え、千ちゃん、出来たのならそのつもりさ。お楽(たのし)み! てなことで引退(ひきさが)ろうじゃあないか。不思議で堪(たま)らないから聞くんだが、どうだねえ、出来たわけかね。」
「何がさ。」
「何がじゃあないよ、お前さん出来たのなら出来たで可いじゃあないか、いっておしまいよ。」
「だって、出来たって分らないもの。」
「むむ、どうもこれじゃあ拵えようという柄(がら)じゃあないのね。いえね、何も忠義だてをするんじゃないが、御新造様があんまりだからツイ私だってむっとしたわね。行(ゆき)がかりだもの、お前さん、この様子じゃあ皆(みんな)こりゃアノ児(こ)のせいだ。小児(こども)の癖にいきすぎな、いつのまにませたろう、取っつかまえてあやまらせてやろう。私ならぐうの音(ね)も出させやしないと、まあ、そう思ったもんだから、ちっとも言分は立たないし、跋(ばつ)も悪しで、あっちゃアお仲さんにまかしておいて、お前さんを探して来たんだがね。
 逢って見ると、どうして、やっぱり千ちゃんだ、だってこの様子で密通(まおとこ)も何もあったもんじゃあないやね。何だかちっとも分らないが、さて、内の御新造様と、お前様とはどうしたというのだね。」
 知らず、これをもまた何とかいわむ。
「摩耶さんは、何とおいいだったえ。」
「御新造さんは、なかよしの朋達(ともだち)だって。」
 かくてこそ。
「まったくそうなんだ。」
 渠(かれ)は肯(がえん)する色あらざりき。
「だってさ、何だってまた、たかがなかの可いお朋達ぐらいで、お前様、五年ぶりで逢ったって、六年ぶりで逢ったって、顔を見ると気が遠くなって、気絶するなんて、人がありますか。千ちゃん、何だってそういうじゃアありませんか。御新造様のお話しでは、このあいだ尼寺でお前さんとお逢いなすった時、お前さんは気絶(ひきつけ)ッちまったというじゃアありませんか。それでさ、御新造様は、あの児がそんなに思ってくれるんだもの、どうして置いて行(ゆ)かれるものか、なんて好(すき)なことをおっしやったがね、どうしたというのだね。」
 げにさることもありしよし、あとにてわれ摩耶に聞きて知りぬ。
「だって、何も自分じゃあ気がつかなかったんだから、どういうわけだか知りやしないよ。」
「知らないたって、どうもおかしいじゃアありませんか。」
「摩耶さんに聞くさ。」
「御新造様に聞きゃ、やっぱり千ちゃんにお聞き、とそうおっしゃるんだもの。何が何だか私たちにゃあちっとも訳がわかりやしない。」
 しかり、さることのくわしくは、世に尼君ならで知りたまわじ。
「お前、私達だって、口じゃあ分るようにいえないよ。皆(みんな)尼様(あまさん)が御存じだから、聞きたきゃあの方に聞くが可いんだ。」
「そらそら、その尼様だね、その尼様が全体分らないんだよ。
 名僧の、智識の、僧正の、何のッても、今時の御出家に、女でこそあれ、山の清心さんくらいの方はありやしない。
 もう八十にもなっておいでだのに、法華経二十八巻を立読(たてよみ)に遊ばして、お茶一ツあがらない御修行だと、他宗の人でも、何でも、あの尼様といやア拝むのさ。
 それにどうだろう。お互の情(こころ)を通じあって、恋の橋渡(はしわたし)をおしじゃあないか。何の事はない、こりゃ万事人の悪い髪結(かみゆい)の役だあね。おまけにお前様、あの薄暗い尼寺を若いもの同士にあけ渡して、御機嫌よう、か何かで、ふいとどこかへ遁(に)げた日になって見りゃ、破戒無慙(はかいむざん)というのだね。乱暴じゃあないか。千ちゃん、尼さんだって七十八十まで行い澄(すま)していながら、お前さんのために、ありゃまあどうしたというのだろう。何か、千ちゃん処(とこ)は尼さんのお主(しゅう)筋でもあるのかい。そうでなきゃ分らないわ。どんな因縁だね。」
 と心籠(こ)めて問う状(さま)なり。尼君のためなれば、われ少しく語るべし。
「お前も知っておいでだね、母上(おっかさん)は身を投げてお亡くなんなすったのを。」
「ああ。」
「ありゃね、尼様が殺したんだ。」
「何ですと。」
 女は驚きて目を※(「目+爭」、第3水準1-88-85)(みは)りぬ。

       六

「いいえ、手を懸けたというんじゃあない。私はまだ九歳(ここのつ)時分のことだから、どんなだか、くわしい訳は知らないけれど、母様(おっかさん)は、お前、何か心配なことがあって、それで世の中が嫌におなりで、くよくよしていらっしゃったんだが、名高い尼様(あまさん)だから、話をしたら、慰めて下さるだろうって、私の手を引いて、しかも、冬の事だね。
 ちらちら雪の降るなかを山へのぼって、尼寺をおたずねなすッて、炉(ろ)の中へ何だか書いたり、消したりなぞして、しんみり話をしておいでだったが、やがてね、二時間ばかり経(た)ってお帰りだった。ちょうど晩方で、ぴゅうぴゅう風が吹いてたんだ。
 尼様が上框(あがりかまち)まで送って来て、分れて出ると、戸を閉めたの。少し行懸(ゆきかか)ると、内で、
(おお、寒(さむ)、寒。)と不作法な大きな声で、アノ尼様がいったのが聞えると、母様が立停(たちどま)って、なぜだか顔の色をおかえなすったのを、私は小児心(こどもごころ)にも覚えている。それから、しおしおとして山をお下りなすった時は、もうとっぷり暮れて、雪が……霙(みぞれ)になったろう。
 麓(ふもと)の川の橋へかかると、鼠色の水が一杯で、ひだをうって大蜿(おおうね)りに蜒(うね)っちゃあ、どうどうッて聞えてさ。真黒(まっくろ)な線(すじ)のようになって、横ぶりにびしゃびしゃと頬辺(ほっぺた)を打っちゃあ霙が消えるんだ。一山(やま)々々になってる柳の枯れたのが、渦を巻いて、それで森(しん)として、あかり一ツ見えなかったんだ。母様が、
(尼になっても、やっぱり寒いんだもの。)
 と独言(ひとりごと)のようにおっしゃったが、それっきりどこかへいらっしゃったの。私は目が眩(くら)んじまって、ちっとも知らなかった。
 ええ! それで、もうそれっきりお顔が見られずじまい。年も月もうろ覚え。その癖、嫁入をおしの時はちゃんと知ってるけれど、はじめて逢い出した時は覚えちゃあいないが、何でも摩耶さんとはその年から知合ったんだとそう思う。
 私はね、母様がお亡くなんなすったって、それを承知は出来ないんだ。
 そりゃものも分ったし、お亡(なく)なんなすったことは知ってるが、どうしてもあきらめられない。
 何の詰(つま)らない、学校へ行ったって、人とつきあったって、母様が活(い)きてお帰りじゃあなし、何にするものか。
 トそう思うほど、お顔が見たくッて、堪(たま)らないから、どうしましょうどうしましょう、どうかしておくれな。どうでもして下さいなッて、摩耶さんが嫁入をして、逢えなくなってからは、なおの事、行っちゃあ尼様(あまさん)を強請(ねだ)ったんだ。私あ、だだを捏(こ)ねたんだ。
 見ても、何でも分ったような、すべて承知をしているような、何でも出来るような、神通(じんずう)でもあるような、尼様だもの。どうにかしてくれないことはなかろうと思って、そのかわり、自分の思ってることは皆(みんな)打(うち)あけて、いって、そうしちゃあ目を瞑(ねむ)って尼様に暴れたんだね。
「そういうわけさ。」
 他(ほか)に理窟もなんにもない。この間も、尼さまン処(とこ)へ行って、例のをやってる時に、すっと入っておいでなのが、摩耶さんだった。
 私は何とも知らなかったけれど、気が着いたら、尼様が、頭を撫(な)でて、
(千坊や、これで可(い)いのじゃ。米も塩も納屋にあるから、出してたべさしてもらわっしゃいよ。私(わし)はちょっと町まで托鉢(たくはつ)に出懸けます。大人しくして留守をするのじゃぞ。)
 とそうおっしゃったきり、お前、草鞋(わらじ)を穿(は)いてお出懸(でかけ)で、戻っておいでのようすもないもの。
 摩耶さんは一所に居ておくれだし、私はまた摩耶さんと一所に居りゃ、母様のこと、どうにか堪忍が出来るのだから、もう何もかもうっちゃっちまったんさ。
 お前、私にだって、理窟は分りやしない。摩耶さんも一所に居りゃ、何にも食べたくも何ともない、とそうおいいだもの。気が合ったんだから、なかがいいお朋達(ともだち)だろうよ。」
 かくいいし間(ま)にいろいろのことこそ思いたれ。胸痛くなりたれば俯向(うつむ)きぬ。女が傍(かたわら)に在るも予はうるさくなりたり。
「だから、もう他(ほか)に何ともいいようは無いのだから、あれがああだから済まないの、義理だの、済まないじゃあないかなんて、もう聞いちゃあいけない。人とさ、ものをいってるのがうるさいから、それだから、こうしてるんだから、どうでも可いから、もう帰っておくれな。摩耶さんが帰るとおいいなら連れてお帰り。大方、お前たちがいうことはお肯(き)きじゃあるまいよ。」
 予はわが襟を掻(か)き合せぬ。さきより踞(つくば)いたる頭(かしら)次第に垂れて、芝生に片手つかんずまで、打沈みたりし女の、この時ようよう顔をばあげ、いま更にまた瞳を定めて、他のこと思いいる、わが顔、瞻(みまも)るよと覚えしが、しめやかなるものいいしたり。
「可(よ)うござんす。千ちゃん、私たちの心とは何かまるで変ってるようで、お言葉は腑(ふ)に落ちないけれど、さっきもあんなにゃア言ったものの、いまここへ、尼様がおいで遊ばせば、やっぱりつむりが下るんです。尼様は尊く思いますから、何でも分った仔細(しさい)があって、あの方の遊ばす事だ。まあ、あとでどうなろうと、世間の人がどうであろうと、こんな処はとても私たちの出る幕じゃあない。尼様のお計らいだ、どうにか形(かた)のつくことでござんしょうと、そうまあねえ、千ちゃん、そう思って帰ります。
 何だか私もぼんやりしたようで、気が変になったようで、分らないけれど、どうもこうした御様子じゃあ、千ちゃん、お前様(まえさん)と、御新造様(ごしんぞさん)と一ツお床でおよったからって、別に仔細はないように、ま私は思います。見りゃお前様もお浮きでなし、あっちの事が気にかかりますから、それじゃあお分れといたしましょう。あのね、用があったら、そッと私ンとこまでおっしゃいよ。」
 とばかりに渠(かれ)は立ちあがりぬ。予が見送ると目を見合せ、
「小憎らしいねえ。」
 と小戻りして、顔を斜(ななめ)にすかしけるが、
「どれ、あのくらいな御新造様を迷わしたは、どんな顔だ、よく見よう。」
 といいかけて莞爾(にっこ)としつ。つと行(ゆ)く、むかいに跫音(あしおと)して、一行四人の人影見ゆ。すかせば空駕籠釣らせたり。渠等は空しく帰るにこそ。摩耶われを見棄てざりしと、いそいそと立ったりし、肩に手をかけ、下に居(お)らせて、女は前に立塞(たちふさ)がりぬ。やがて近づく渠等の眼より、うたてきわれをば庇(かば)いしなりけり。
 熊笹のびて、薄(すすき)の穂、影さすばかり生(お)いたれば、ここに人ありと知らざる状(さま)にて、道を折れ、坂にかかり、松の葉のこぼるるあたり、目の下近く過(よぎ)りゆく。女はその後を追いたりしを、忍びやかにぞ見たりける。駕籠のなかにものこそありけれ。設(もうけ)の蒲団(ふとん)敷重ねしに、摩耶はあらで、その藤色の小袖のみ薫(かおり)床しく乗せられたり。記念(かたみ)にとて送りけむ。家土産(いえづと)にしたるなるべし。その小袖の上に菊の枝置き添えつ。黒き人影あとさきに、駕籠ゆらゆらと釣持ちたる、可惜(あたら)その露をこぼさずや、大輪(おおりん)の菊の雪なすに、月の光照り添いて、山路に白くちらちらと、見る目遥(はるか)に下り行(ゆ)きぬ。
 見送り果てず引返して、駈(か)け戻りて枝折戸(しおりど)入(い)りたる、庵のなかは暗かりき。
「唯今(ただいま)!」
 と勢(いきおい)よく框(かまち)に踏懸け呼びたるに、答(いらえ)はなく、衣(きぬ)の気勢(けはい)して、白き手をつき、肩のあたり、衣紋(えもん)のあたり、乳(ち)のあたり、衝立(ついたて)の蔭に、つと立ちて、烏羽玉(うばたま)の髪のひまに、微笑(ほほえ)みむかえし摩耶が顔。筧(かけひ)の音して、叢(くさむら)に、虫鳴く一ツ聞えしが、われは思わず身の毛よだちぬ。
 この虫の声、筧の音、框に片足かけたる、その時、衝立の蔭に人見えたる、われはかつてかかる時、かかることに出会(いであ)いぬ。母上か、摩耶なりしか、われ覚えておらず。夢なりしか、知らず、前(さき)の世のことなりけむ。
明治三十(一八九七)年七月
了

底本:「泉鏡花集成3」ちくま文庫、筑摩書房
   1996(平成8)年1月24日第1刷発行
底本の親本:「鏡花全集 第三卷」岩波書店
   1941(昭和16)年12月25日第1刷発行
初出:「新著月刊」
   1897(明治30)年7月
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2009年3月25日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。