あらすじ
湯屋で熱い湯に身を委ね、至福のひとときを過ごす山頭火。郵便を受け取り、長火鉢にあぐらをかいてゆっくりと手紙を読む姿は、何とも穏やかで幸せそうです。そして、紅白紫黄と咲き乱れる花畑を眺めながら、尿をするのもまた、日々の暮らしの喜びの一つ。香ばしいお茶をすすりながら、自分が自分であることを実感し、生きていることの喜びを噛みしめる山頭火。彼の生活は、一見、シンプルで何気ないものに見えますが、そこには、豊かな心の彩りがあふれています。 御飯ができ、お汁ができて、そして薬缶を沸くようにしておいて、私は湯屋へ出かける。朝湯は今の私に与えられているゼイタクの一つである、私は悠々として、そして黙々として朝湯を享楽する(朝湯については別に扉の言葉として書く)。過現未一切の私が熱い湯の中に融けてしまう快さ、とだけ書いておく。
湯から帰ると、手製の郵便受函に投げ込まれてある郵便物を掴んで、いそいそと長火鉢の前にあぐらをかく、一つ一つ丹念に読む、読んでは微笑する、そして返事を認める、それを持って角のポストまで行く、途中きっと尿する、そこは花畑だ、紅白紫黄とりどりの美しさである、帰って来て、香ばしい茶をすする、考えるでもなく、考えないでもなく、自分が自分の自分であることを感じる。――この時ほど私は生きていることのよろこびを覚えることはない、そして死なないでよかったとしみじみ思う。
それから、朝食兼昼食がはじまるのであるが、もう余白がなくなった。余白といえば、私の生活は余白的だ、厳密にいえば、それは埋草にも値しないらしい。
(「三八九」第三集)
了
底本:「山頭火随筆集」講談社文芸文庫、講談社
2002(平成14)年7月10日第1刷発行
2007(平成19)年2月5日第9刷発行
初出:「「三八九」第三集」
1931(昭和6)年3月30日発行
入力:門田裕志
校正:仙酔ゑびす
2008年5月19日作成
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