あらすじ
「機縁」は、悠久の時を生きる男と女の、運命的な出会いを描いた作品です。二人の出会いは、まるで火と水の激突のよう。しかし、その出会いは、新たな生命の芽生えを告げ、世界を大きく変えようとしています。壮大なスケールで描かれる、二人の愛と運命の物語。彼らの未来には、どんな奇跡が待ち受けているのでしょうか。
大海(おほうみ)かたち定めぬ劫初(はじめ)の代(よ)に
水泡(みなわ)の嵐たゆたふ千尋(ちひろ)の底。
折しも焔(ほのほ)はゆるき『時』の鎖(くさり)、
まひろく永き刻みに囚(とらは)れつつ、
群鳥(むらどり)翔(かけ)る翼のその噪(さわ)ぎと、
その疾(と)さあらめ、宛(あたか)も眠(ねぶ)り転(まろ)び、
無際の上枝(ほつえ)下枝(しづえ)を火の殻(から)負(お)ひ
這(は)ひもてわたる蝸牛(くわぎゆう)の姿しめす。

火と水、相遇はざりし心を、今、
夜(よ)とせば、かりそめならぬ朝や日や、
舞ひたつ疾風(はやち)歓喜(よろこび)空を揺(ゆ)りて、
擁(いだ)きぬ、触れぬ、燃えなす願ひよ、将(は)た、
霑(うるほ)すおもひよ、ここに力の芽(め)は
男子(をのこ)と燻(くゆ)りて、雙手(もろて)、見よ、披(ひら)けり。

水と火、噫(あゝ)相遇へり、青き膏(あぶら)、
浮浪ただよふひまをかぎろひたち、
くちづけ、手握(たにぎ)るや、このひと時こそ
生命(いのち)の精(き)なれ、よろづの調(しらべ)のもと。
歌へり『劫初(ごふしよ)』、かかれば極(はて)のくまも
讃頌(ほめうた)こだまにこたへ、化(な)り出でたる
真白き姿―しぶきと消えぬ花や、
奇(くす)しきにほひ焔の蘂(ずゐ)をまとふ。

現ぜる女(をみな)よ、胸乳抑(おそ)ふる手の
とこしへ解きもあへざる深きおもひ
つゝみて独りながむるけはひ著(し)るし
なべての秘事(ひめごと)孕(はら)むこは母ぞと
知れりや、水泡胡蝶のつばさ浮び、
千条(ちすじ)の烟いぶきて薫りみちぬ。
(月刊スケツチ 第十一号 明治三十九年二月)
了

底本:「蒲原有明論考」明治書院
   1965(昭和40)年3月5日初版発行
初出:「月刊スケッチ 第十一号」
   1906(明治39)年2月
入力:広橋はやみ
校正:小林繁雄
2010年12月8日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。